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28話 消えた美術館

れい


肩書/役割:探偵、指揮官

特徴:冷静沈着で鋭い洞察力を持つ。影班やK部門の作戦統括を担当。

能力/役割:事件現場の全体像把握、戦略指示、情報整理。



佐々木朱音あかね


肩書/役割:探偵事務所関係者

特徴:無邪気ながらも鋭い直感を持つ。スケッチブックに描く絵が事件解明の手がかりとなる。



沙耶さや


肩書/役割:心理・直感担当

特徴:感情的支柱。直感力が鋭く、細かな違和感や痕跡を見抜く。



影班


役割:潜入・制圧・痕跡回収

•成瀬由宇:接近・対象制圧。戦闘技能が高く、無音での侵入を得意とする。

•桐野詩乃:痕跡消去・毒物処理。痕跡操作や現場整理に長ける。

•安斎柾貴:心理制圧・記録攪乱。対象の意識操作やデータ消去を担当。



柊ナツメ(ひいらぎ なつめ)


肩書/役割:記憶ケア専門官

特徴:心理干渉、記憶封印解除補助。柊コウキの姉で、精神的安定支援を担当。



柊コウキ


肩書/役割:記憶保持者・事件関係者

特徴:封印された過去の記憶を持つ少年。事件の鍵となる証言者。



水無瀬透みなせ とおる


肩書/役割:記憶探査官

特徴:深層意識へのアクセスを得意とし、封じられた記憶を解放する。



御子柴理央みこしば りお


肩書/役割:記憶分析報告官

特徴:高度な分析力で記録と記憶の整合性を検証。事件全体の真相提示を担当。



九条凛くじょう りん


肩書/役割:心理干渉分析官

特徴:精神状態や行動パターンを解析。記録操作や心理的干渉の痕跡を見抜く。



七瀬廉ななせ れん


肩書/役割:K部門特殊操作官

特徴:ゴーグルで視覚補助、削除された記録痕跡の追跡・回収を担当。



白鷺柚月しらさぎ ゆづき


肩書/役割:回収スペシャリスト

特徴:ドローン操作や現場回収を担当。玲直属で現場サポートに長ける。



綾野凛音あやの りんね


肩書/役割:端末・電子記録操作担当

特徴:正確無比に端末操作。記録解析や復元作業を得意とする。



瀬名零司せな れいじ


肩書/役割:記録照合・戦略解析スペシャリスト

特徴:データ・証言・動機を組み合わせ、行動の意味を可視化する。口癖は「情報が示す“本音”は、言葉よりも正確だ」。



白鷹ミコト(しらたか みこと)


肩書/役割:現場管理・痕跡回収官

特徴:回収作業や証拠保全の専門家。冷静な指示でチームをサポート。



望月慧もちづき けい


肩書/役割:記録改ざん痕跡復元官

特徴:消去・改ざんされた記録を復元。心理構造とデータ痕跡を組み合わせ、真実を再構築する。



如月迅きさらぎ じん


肩書/役割:暗号化記録復元・反改ざん

特徴:高度な暗号解析スキルで失われた記録の復元を担当。冷静沈着で論理的思考の持ち主。



風間凱かざま かい


肩書/役割:戦術解析・突破工作専門官

特徴:影班の指揮系統の要。突破作戦と戦術全般を管理する。



服部刹那はっとり せつな


肩書/役割:忍術戦術統括

特徴:隠密行動と戦術制御に特化した一族の統率者。



服部響はっとり ひびき


肩書/役割:幻術操作・認識撹乱専門

特徴:音や光による幻術で敵の知覚を錯乱させる。戦闘支援に特化。



鷲塚エイジ(わしづか えいじ)


肩書/役割:環境同調索敵官

特徴:空間の微細変化から人や痕跡を特定するプロ。感覚フィールドスーツを用いる。



真堂レイジ(しんどう れいじ)


肩書/役割:スナイパー専門官

特徴:遠距離制圧・構造弱点狙撃を担当。静寂の中で精密射撃を行う。

なるほど、では玲がまだ現場に到着していない状況に合わせて書き直します。



【時刻:08:45/K都市美術館・特別展示室】


ガラスケースの内部には、ルネ・ブリュネの原画《偽りの静寂》が鎮座していた。

警備システムは厳重で、展示品の周囲には最先端のセンサーが張り巡らされている。


警備員の佐藤が巡回を終え、報告書を手に戻った数秒後――

ケース内にあったはずの原画が、忽然と消えていた。


佐藤は目を見開き、手元の端末を何度も確認する。

「……何だ、これ……カメラも警報も、作動していない……」


展示室は異様な静寂に包まれ、空気は凍りついたようだ。

ただ、そこに残されていたのは、深く不気味な空白だけだった。


背後から館長の田村が息を呑みながら駆け寄る。

「佐藤、ケースを……確認してくれ。本当に、消えたのか?」


佐藤はうなずき、慎重にケース内部を覗き込む。

「はい……間違いありません。原画は、ここにありません」


美術館の静かな朝に、不可解な事件の気配だけが漂っていた。

玲はまだ現場に到着していない――しかし、この謎の知らせは、すぐに彼の耳に届くことになるだろう。


【時刻:09:05/玲探偵事務所・ロッジ】


玲はデスクに置かれた報告書をゆっくりと手に取り、ページをめくる。

展示室の監視カメラ映像、警備員の巡回記録、センサーのログ……どれも異常は記録されていない。


眉をひそめ、低く呟く。

「……原画が消えた……だと? 警報もカメラも反応せず、痕跡は何もなし……」


手元のペンでメモを取りながら、頭の中で情報を整理する。

「これは偶然ではない……誰かが“完璧に消す”手段を知っている。しかも、現場にまだ足跡を残している」


玲は深呼吸をひとつ入れ、窓の外の光を眺めながら続ける。

「美術館の監視網を突破した……となると、次は現場に急行だな」


静かなロッジの室内に、決意と緊張の空気が漂う。

玲の視線は、まだ見ぬ犯人と消えた原画に向かって鋭く固定されていた。


【時刻:09:20/玲探偵事務所・作戦室】


白い壁にプロジェクターが光を投影する。

そこに映し出されたのは、事件当夜の美術館フロア図。


玲は指先でスクリーンをなぞりながら、静かに説明を始める。

「ここが特別展示室。原画《偽りの静寂》はこの位置に展示されていた」


橘奈々が端末を操作しながら、映像のタイムラインを重ねる。

「警備員の巡回ルートとセンサー反応……不自然な空白がここにあります」


玲は眉をひそめ、フロア図の一点を指さす。

「ここ……ガラスケースの周囲のセンサーは全て正常。だが、原画が消えた時間帯、監視カメラは何も捉えていない」


瀬名零司が複合解析デバイス「LUCID」を操作し、記録データを重ね合わせる。

「つまり、現場には誰もいなかったように装いながら、原画は持ち去られた……第三者の介入があった可能性が高い」


玲は黙ってフロア図を見つめ、短く息を吐く。

「完璧に計画された行動……ただの泥棒ではない。狙いは、この原画そのものか、あるいはそれに付随する情報か……」


部屋には緊張が漂い、プロジェクターの光だけが静かに壁を照らしていた。


【時刻:09:45/K都市美術館・外庭・石畳】


冷たい風が石畳を撫で、落ち葉を小さく舞わせていた。

美術館の外庭は、朝の静けさの中でひっそりと息をしている。


玲はコートの襟を立て、石畳を慎重に歩きながら辺りを見回す。

「……センサーも警報も反応せず、どうやって持ち去った?」


橘奈々がスマートフォンで地上からの監視映像を確認しつつ答える。

「複数の経路を試しても、侵入痕は映らない……誰かが、完璧に操作したようです」


玲は手元の報告書を握り、石畳に残るわずかな影を見つめる。

「消された痕跡を追う……まずは展示室の外周からだ」


風が吹き抜け、静寂の中に緊張の気配が混ざる。

影のように、何者かがすでに美術館内で動いていることを、玲は直感していた。


【時刻:09:50/K都市美術館・周辺】


影班は、早朝の冷たい空気の中で静かに動いていた。

成瀬由宇、桐野詩乃、安斎柾貴――三人はそれぞれ異なる角度から美術館に接近し、周辺の動線を完全に把握している。


成瀬は北側の裏口から、無音で足音を消しながら壁沿いを進む。

桐野は南庭の樹木の陰に身を隠しつつ、潜入ルートを確認。

安斎は東側の通用口周辺を監視し、電子セキュリティへの干渉準備を整えていた。


それぞれが無線で状況を報告する。

「北側、異常なし」――成瀬

「南庭、死角に変化なし」――桐野

「東通用口、センサー確認。遠隔干渉可能」――安斎


玲は無線越しに短く指示を出す。

「各班、そのまま潜入位置を維持。対象の動きを確認次第、報告せよ」


風が再び石畳を撫で、静寂を揺らす。

美術館を取り巻く三方向の影が、すでに次の一手を待っていた。


【時刻:09:55/K都市美術館・北側裏口】


成瀬由宇の耳に、無線越しに玲の冷静な声が届く。

「対象は“記録を残さない芸術盗難犯”。奇を衒わず、確実に。」


成瀬はわずかに頷き、手首のグローブを引き締める。

「了解。10分で済ませる。」


時計の針が刻むかのように、潜入と制圧の計画が頭の中で再確認される。

北側から侵入する成瀬、南庭で封鎖する桐野、東通用口を監視・制御する安斎。


全員の動きが無音の調和を保ち、10分以内に任務は完了することを確信していた。


冷たい風が石畳を撫でる中、影班の影が静かに美術館に溶け込む。


【時刻:09:58/玲探偵事務所・作戦室】


玲は端末を睨み、低く告げる。

「今、この瞬間も別の美術館で改竄が進行している。場所は――“国立近代芸術センター”!」


橘奈々がすぐに地図を開き、施設内のフロア構造を確認する。

「警備ルートは……なるほど、こちらも複数の死角が存在します」


瀬名零司が解析デバイス「LUCID」を操作しながら言う。

「データ上、原画や展示物の移動履歴が不自然に断絶しています。前回と同じ手口の可能性が高い」


玲は深呼吸を一つ入れ、チーム全員を見渡す。

「影班、すぐに二手に分かれろ。北棟と南棟から接近。記録改竄を阻止する」


冷たい空気の作戦室に、緊張と決意の静寂が広がる。

すでに次の現場では、別の影が動き出していた。


【時刻:10:10/国立近代芸術センター・監視室】


久瀬遥は無言で端末に向かい、三台の解析マシンを並列で稼働させていた。

各画面には美術館内部のフロア図、センサー情報、監視カメラのライブ映像が映し出されている。


指先は軽やかにキーボードを叩き、瞬時にデータを照合する。

「……この動き方、前回の《偽りの静寂》と完全に一致している」


画面には、展示物の移動履歴の異常と、警備ログに残る不可解な空白が赤く強調される。

久瀬は眉をひそめ、静かに呟く。

「誰かが……完全に痕跡を消そうとしている……だが、残るわずかなログが鍵になる」


遠くの廊下から、センサーが微かに反応する。

久瀬は目を上げ、呼吸を整えながら言う。

「影班、潜入準備。改竄者を阻止する――今だ」


冷たい夜気が監視室の窓から差し込み、解析室には緊張の空気が張り詰めていた。


【時刻:10:25/玲探偵事務所・作戦室】


玲は席を立ち、端末に素早く短い指示文を打ち込むと、影班の3人に一斉送信した。

画面には濃く表示される送信ログと、着信確認の応答が次々に返ってくる。


「次の標的は、美術館の搬送ルートにある『港湾地下第6保管庫』。

仮面の一団が接触する可能性が高い。搬入時刻は10:40。搬送車両は東側通路を使用。

影班は三方向から挟み、白鷺のドローンで搬出経路を常時監視。七瀬がログ追跡、綾野は暗号監視、瀬名は相関解析で行動予測を支援。

目的は“記録改竄の阻止”と“搬送物の保全”。市民被害絶対無し。理解できたら返事。」


無線が一瞬静まり、成瀬由宇の低い声がまず返る。

「了解。北側排気口から侵入、封鎖ポイントを確保する。」


桐野詩乃が続ける。

「南側の地下連絡通路を押さえる。痕跡消去班の動きを封じる。」


安斎柾貴は冷静に応答した。

「東側出入口で電子監視を遮断→即時復旧不可にする。心理撹乱で混乱を与えず誘導する。」


玲は頷き、短く言い放つ。

「行け。」


その声を合図に、作戦室の空気が一変する。

白鷺柚月がドローンを展開し、上空から第6保管庫の死角と搬送動線を即時スキャン。

七瀬廉は過去の搬送ログと現在のパケットを重ね、リアルタイムで異常通信を検出する準備を整える。

綾野凛音は暗号監視モードに入り、外部からのアクセス試行を待ち受ける。

瀬名零司はLUCIDを起動し、複合相関図を可視化して影班のモニタリング画面にリンクした。


影班の3人はそれぞれ車両に分乗し、静かに現場へ向かう。

雨上がりの路面を黒塗りの車両が滑るように走り、車内の表示灯が淡く光る。成瀬の手はハンドルに確実に添えられ、桐野は装備を最終確認し、安斎は小型ジャマーのスイッチを親指で撫でた。


「搬送車両、東側通路に入った」──白鷺のドローンが上空から即時報告。

「仮面集団、現場から北へ移動中。誘導の兆候あり」──七瀬の追跡画面が冷静に伝える。


玲は画面を見据え、低く静かに続けた。

「全員、役割厳守。証拠と記録を最優先で保全。不要な衝突は避けて確保のみ。ここで取りこぼしたら、記録は永遠に消える。」


短い沈黙ののち、全員の応答が重なった。

「了解」「了解」「了解」


そして、影班の車列が地下の出入口へと滑り込み、ドローンの映像とLUCIDの解析が重なり合う中、十年にわたる“改竄の連鎖”を断つための一手が、静かに開始された。


【時刻:10:40/港湾地下第6保管庫・監視モニター室】


七瀬廉が解析端末の画面を凝視する。

「……この搬送記録、少しおかしい」


画面を拡大すると、搬送される《アウレリオ》の背後に、白衣を着た人物の影が微かに映り込んでいるのが確認できた。

その姿は完全に不鮮明で、監視カメラの焦点がわずかにずれた瞬間にしか捉えられていない。


瀬名零司がLUCIDの複合解析を使い、映像と過去の搬送ログを重ねる。

「……確かに白衣の人物が背後にいる。正体は特定できないが、意図的に痕跡を消そうとした動きが確認できる」


影班の安斎が無線で低く報告する。

「北側封鎖完了。搬送車両の進行に干渉なし。だが、白衣……異常人物の存在を確認」


桐野詩乃も監視画面に目を凝らす。

「南側から接近した痕跡なし。つまり、地下の死角から潜入している可能性が高い」


成瀬由宇は車両の影に隠れながら呟く。

「……静かに、だな。間違いなく、記録操作を担当している。奴の目的はアウレリオではなく、“その記録”だ」


七瀬は無線で指示を送る。

「影班、警戒を強化。搬送と同時に、白衣の人物の接触を阻止せよ。痕跡を残さず、完全に記録を保全する」


冷たい地下の空気の中、微かな白衣の影が、《アウレリオ》とその周囲を不気味に取り巻く。

誰も知らぬその存在が、次の“改竄”を阻止できるかの鍵となっていた。


【時刻:10:45/港湾地下第6保管庫・解析室】


七瀬廉の端末画面に、静かにロゴが浮かぶ。

《K-Nova Archives》――仮想記録再生システムが起動した。


瀬名零司が端末を操作しながら説明する。

「このシステムは、搬送中の映像やセンサー記録、電子ログを仮想空間上で再構築する。

つまり、実際の現場と同時に、記録そのものの改竄や干渉も解析できる」


画面上では、地下保管庫の通路が仮想的に再現され、《アウレリオ》の搬送経路が鮮明に表示される。

七瀬が指を滑らせ、フレームごとに動きを止めると、背後に白衣の人物が微かに映り込む瞬間が拡大された。


安斎が無線で低く報告する。

「北側・南側の封鎖は完了。だが、白衣は記録媒体への接触を試みる動きを見せている」


桐野が毒物処理用の小型ドローンを準備しながら言う。

「痕跡を残さないように巧妙に操作している……ただの搬送妨害ではない」


瀬名は解析画面に赤線を引きながら、冷静に指摘する。

「ここで記録の干渉が行われれば、後日の証拠も消える。白衣の人物は“記録改竄の専門家”だ」


七瀬は無言で端末に集中し、LUCIDとK-Nova Archivesを連動させ、仮想空間内の人物動線を完全に把握する準備を整える。

「影班、全員配置につけ。これ以上の痕跡を残させるな――記録は絶対に保全する」


冷たい地下空間に、静かな緊張が張り詰める。

仮想の再生画面が、現実の行動と一秒たりともずれずに映し出す中、白衣の影は《アウレリオ》を取り囲むかのように漂っていた。


【時刻:10:50/港湾地下第6保管庫・解析ラボ】


電子構造図とログ断片が無数に映し出された多面ディスプレイの前で、笹原イオリは黙々と作業を続けていた。


指先は軽やかにキーボードを叩き、ログの断片をリアルタイムで相互照合。

「……微細なタイムスタンプのズレ、わずか0.03秒。だが、確実に外部から介入された痕跡」


画面には搬送経路とセンサー情報が立体的に重なり合い、白衣の人物の動線も仮想的に表示される。

笹原は眉をひそめ、モニター越しに冷静に呟く。

「ここで改竄が起こった場合、記録は完全に消える……だが、この微小なズレが突破口になる」


端末の横では小型ドローンの映像がリアルタイムで流れ、安斎の指示による障害物確認や進路封鎖が反映されていた。


笹原は再びログを解析しながら、低く声を出す。

「影班に警告。白衣の人物、搬送物への接触を試みる動き。痕跡を残さず、改竄を阻止せよ」


静まり返った地下空間で、冷たいディスプレイの光だけが笹原の顔を照らす。

《アウレリオ》と、その背後に潜む白衣の影――その両方を守るため、解析と監視の作業は止まることなく続いた。


【時刻:10:55/港湾地下第6保管庫・作戦室】


玲は深く息を吸い込み、冷静な眼差しで端末の画面を見据える。

無線インカムに手を当て、低く指示を出す。


「影班、準備しろ。今回の相手は記録そのものを操る存在だ。――行け。」


無線越しに返る三つの声。


「了解、北側ルートから侵入」――成瀬由宇

「南側封鎖、異常なし」――桐野詩乃

「電子監視遮断、即時復旧不可」――安斎柾貴


白鷺柚月がドローンを展開し、搬送経路の死角を即時スキャン。

七瀬廉は仮想ログを追跡し、白衣の人物の動きをリアルタイムで解析。

瀬名零司はLUCIDを駆使し、解析画面上で行動予測を可視化する。


冷たい地下の空気の中、影班の三方向の影が静かに動き出す。

《アウレリオ》を守り、記録の改竄を阻止するための戦いが――今、始まった。


【時刻:11:00/港湾地下第6保管庫・搬送路内】


そこは現実とも夢ともつかない異様な空間だった。


壁一面に無数のモニターが並び、搬送路の映像や電子ログ、仮想記録《K-Nova Archives》が同時に投影される。

七瀬廉は端末を片手に、複数の動線と白衣の影を同時に追い続ける。

「……これは現実か、仮想か。白衣の人物が操作する記録空間に、俺たち自身が飲み込まれている」


瀬名零司がLUCIDの解析画面を指でなぞり、複合的な行動予測を表示する。

「情報が示す“本音”は、言葉よりも正確だ。白衣の人物の狙いも、行動パターンも、ここで見える」


安斎柾貴は暗視ゴーグル越しに搬送車両を監視しつつ、電子干渉の兆候を探る。

「物理的な侵入者ではない……記録そのものを揺さぶる相手だ」


桐野詩乃は静かにドローンの操作を続け、搬送物の安全を確保。

成瀬由宇は北側の死角から潜む白衣の影を追い、無音で接近準備を整える。


白衣の人物が微かに動くたび、仮想と現実の境界が揺らぎ、空間全体が静かに圧迫感を帯びていく。

この異様な空間で、影班は《アウレリオ》と記録の保全を賭けた最後の攻防に挑もうとしていた。


【時刻:11:02/港湾地下第6保管庫・搬送路】


しかし、影班の三人――成瀬由宇、桐野詩乃、安斎柾貴――に迷いは一切なかった。


――01秒: 成瀬は北側通路の死角から静かに走り出す。暗視ゴーグルがわずかな影も見逃さず、ナイフを手に構える。


――02秒: 桐野は南側連絡通路に回り込み、微量の煙霧を拡散。搬送路の死角を完全に封鎖し、痕跡を残さず侵入可能なルートを遮断。


――03秒: 安斎は手の甲に装着した小型デバイスを起動。搬送車両と周囲の監視ログに干渉し、電子的な遮断を即座に実施。


――04秒: 成瀬が北側の角を曲がり、白衣の人物の接近ルートを視認。音もなく潜行しつつ、封鎖ラインを確保。


――05秒: 桐野が煙霧と暗視の情報を組み合わせ、南側侵入を阻止。異物感知センサーも干渉済みで、白衣の人物は進路を失う。


――06秒: 安斎が心理的圧迫を与える微弱な信号を送信し、搬送チームの混乱を最小限に抑えつつ、電子干渉を強化。


――07秒: 成瀬がナイフを静かに構え、白衣の人物の動線を完全に塞ぐ。搬送物アウレリオへの接触は不可能。


――08秒: 桐野が最終チェック。全通路封鎖完了、異常な動きはなし。安斎はデバイスを解除し、ログ復旧不可の状態を維持。


影班はわずか8秒で、地下第6保管庫の搬送路を完全に封鎖した。

《アウレリオ》とその記録は――物理的にも電子的にも――絶対的に保護される。


冷たい地下空間に、静寂と緊張だけが残った。


そして――


【時刻:11:03/港湾地下第6保管庫・搬送路】


――11秒:虚構の中心に潜んでいた記録操作主――黒いフードの人物の背後に成瀬由宇が到達。

無音の接近で、ナイフを構えつつ、相手の動きを完全に封じる。


――13秒:桐野詩乃が微細な毒気を散布し、周囲の干渉記録を瞬時に完全消去。

電子的にも仮想的にも、白衣の人物の干渉は消え去り、記録の安全は確保される。


――15秒:安斎柾貴が対象の意識を遮断。

虚構空間は一瞬にして崩壊し、地下搬送路は現実に引き戻される。


静寂が戻った空間に、影班の三人は無言で立ち尽くす。

《アウレリオ》とその記録は完全に保護され、記録改竄を試みた黒いフードの人物はもはや干渉不能となった。


冷たい地下空間に、緊張の余韻だけが残る。


【時刻:11:05/港湾地下第6保管庫・搬送路】


記憶の迷宮は、静かに消えた。


七瀬廉が端末を閉じ、深く息をつく。

「……これで、全ての虚構は解除された」


瀬名零司はLUCIDの解析画面を見つめ、冷静に呟く。

「情報が示す“本音”は、言葉よりも正確だ。記録操作主の意図も、行動も、ここで終わった」


安斎柾貴が視線を床に落とし、無言で装置を解除。

桐野詩乃は小型ドローンを格納し、搬送物の安全を最終確認する。


成瀬由宇は北側の通路を一瞥し、低く言った。

「記録は守った。後は現場の確認だけだ」


冷たい地下空間に、静寂と安堵が満ちる。

虚構の中心で蠢いていた黒衣の影も、もはや存在せず、すべては現実の時間の中に戻された。


【時刻:11:10/港湾地下第6保管庫・解析室】


白鷹ミコトは静かに黒革の資料バインダーをテーブルに置いた。

革の表面がわずかに光を反射し、緊張感が漂う室内に低い音を立てた。


彼女はゆっくりとフタを開き、中の資料を整頓しながら言う。

「今回の作戦で得られた全ての記録――映像、電子ログ、解析結果を整理した。これが公式報告用だ」


瀬名零司が画面から目を離し、資料に視線を移す。

「……情報が示す“本音”を、この中に完全に封じ込めたか」


七瀬廉が端末を片手に覗き込み、確認する。

「これで、搬送物アウレリオも、記録も、安全圏内に置かれる。外部からの改竄は不可能だ」


桐野詩乃が小型ドローンを片付けながら付け加える。

「搬送経路、封鎖ルート、干渉記録……すべて網羅されている」


安斎柾貴は無言で資料に視線を落とし、軽く頷いた。

「……ここまでで、今回の異常事態は完全に制御下に置かれた」


黒革のバインダーは、今回の事件の全貌と、影班たちの行動記録を静かに収めていた。


【時刻:11:15/玲探偵事務所・作戦室】


玲はゆっくりと息を吸い込み、端末を手にインカムに向かって囁いた。


「影班、準備完了次第、旧工房跡地へ向かう。東条ユリアの痕跡を追う。」


沈黙の数秒。


「――行け。」


無線越しに返る返答は短く、確実だった。


「了解、北側ルートから侵入」――成瀬由宇

「南側封鎖、異常なし」――桐野詩乃

「電子監視遮断、即時復旧不可」――安斎柾貴


冷たい朝の光が差し込む事務所の窓越し、影班は既に作戦態勢に入っていた。

古びた工房跡地の暗がりに、東条ユリアの痕跡を追う影が静かに伸びていく。


【時刻:11:30/旧工房跡地・倉庫内部】


廃材の匂いと静寂が支配する朽ちた倉庫。

木の梁はところどころ崩れ落ち、日差しが隙間から差し込む。埃が舞い、足音はかすかに反響するだけだった。


成瀬由宇は低く身をかがめ、倉庫の奥へ向かって進む。

「南側、死角なし。異常なし」


桐野詩乃は背後の通路を警戒しつつ、手元の小型スキャナーで微細な痕跡を確認する。

「足跡、工具の痕……東条ユリアのものに間違いない」


安斎柾貴は電子デバイスを操作し、倉庫内部の防犯カメラやセンサーの干渉履歴を解析。

「外部からの監視は遮断済み。内部操作の痕跡あり。ユリアの痕跡に沿って追跡可能だ」


静まり返った倉庫に、影班の息遣いと電子機器の微かな光だけが存在する。

《追跡の影》が、朽ちた空間に静かに浸透していった。


【時刻:11:32/旧工房跡地・倉庫内部】


しかし、影班の足取りに迷いはなかった。


――01秒: 成瀬由宇が北側通路から倉庫奥へ潜行。微細な足跡と木くずの乱れを視認。


――03秒: 桐野詩乃が手元のスキャナーで工具痕の材質を解析し、微かな油分の残留を確認。


――05秒: 安斎柾貴が電子監視記録を瞬時に解析し、内部操作の痕跡を特定。


――07秒: 成瀬が痕跡に沿って前進し、隠された通路を視覚的に把握。


――09秒: 桐野が微量の毒気散布を行い、痕跡の消去や改竄を阻止。


――11秒: 安斎がデバイスを起動し、電子記録へのアクセスを遮断。


――13秒: 成瀬が痕跡の中心に到達。東条ユリアの工具と、微かな衣類の繊維を確保。

倉庫内の全ての痕跡は、影班によって物理的にも電子的にも保護された。


冷たい空間に、完全な制圧と確保の静寂だけが残る。


【時刻:11:45/玲探偵事務所・作戦室】


玲は白鷹ミコトの言葉を反芻しながら、目の前の記録ファイルを見つめていた。


黒革の表紙には、今回の作戦で得られた全ての痕跡、解析結果、影班の動きが整然と収められている。


「……全て、ここに残ったか」


瀬名零司が静かに傍らに立ち、端末の解析画面を覗き込む。

「情報が示す“本音”は、言葉よりも正確だ。記録操作主の意図も、行動も、すべて明確になった」


玲はファイルに指を置き、深く息をつく。

「影班の行動、ユリアの痕跡……これで次の一手が見える」


部屋の静寂の中で、全ての記録が現実と虚構の境界を結び、次なる作戦への道標となっていた。


【時刻:11:50/旧工房跡地・倉庫地下】


影班の報告を受け、玲たちは慎重に倉庫内の地下へと踏み込む。


湿った空気に錆びた鉄の匂いが混じり、足元の石板が軋む。

成瀬由宇は最前線で低く身をかがめ、手のひらで壁をなぞりながら進む。

「南側の通路、異常なし」


桐野詩乃は小型ライトで周囲を照らし、微細な痕跡を探る。

「工具痕と繊維痕、まだ残ってる。ユリアの行動ルートを追える」


安斎柾貴は電子干渉端末を起動し、地下に張り巡らされたセンサーや無線妨害の有無を解析する。

「外部からのアクセスは完全遮断。記録改竄の可能性は低い」


玲はファイルを手に、暗い地下空間に沈む静寂を確かめながら、低く指示を出す。

「慎重に進め。痕跡を逃すな」


朽ちた地下通路に、影班の気配と玲たちの集中が静かに染み渡る。


【時刻:11:52/旧工房跡地・倉庫地下通路】


――17秒:成瀬由宇が壁の奥を軽く叩く。

反響音の微妙な違いから隠し通路を特定し、低く囁く。

「通路、発見」


――23秒:桐野詩乃が床面を慎重に観察。

微量の薬剤痕を確認し、防御目的の処理跡であることを特定。

「痕跡、残ってる。防御用の仕掛けだ」


――29秒:安斎柾貴が手元のデバイスを操作。

倉庫内の隠されたデータサーバへアクセスし、改竄の痕跡を含めた記録データを回収。

「記録、確保」


地下通路の痕跡は、物理的にも電子的にも完全に制圧された。

影班の迅速かつ正確な行動により、東条ユリアの痕跡は安全に保護され、次の解析フェーズへの道が開かれた。


静寂の中、影班はわずかな呼吸音だけを残し、地下の影に溶け込む。


【時刻:11:55/旧工房跡地・倉庫地下】


玲は静かに紙片を握りしめる。


そこには、今回の作戦で確認された痕跡や解析結果の最終要点が、簡潔にメモされていた。

「影班の動き、痕跡保護、ユリアの足取り……全てここに記録されている」


瀬名零司が端末画面を横目で確認し、淡々と付け加える。

「情報が示す“本音”は、言葉よりも正確だ。紙片に書かれた内容も、現場の状況と完全に一致している」


玲は深く息を吸い、ゆっくりと吐く。

「――これで、次の行動指針は明確だ」


冷たい地下空間に、紙片を握る手の感触だけが、次なる作戦への決意を象徴していた。


【時刻:11:57/旧工房跡地・倉庫地下】


成瀬由宇が手元の端末を覗き込み、低く報告する。


「北側通路の微細痕跡、異常なし。隠し通路も確認済み。電子監視は完全遮断状態です」


桐野詩乃が背後で微かに頷き、付け加える。

「床や壁の微量薬剤痕も解析済。防御仕掛けは全て無効化済み」


安斎柾貴はデバイスを操作しつつ、冷静にまとめる。

「データサーバから回収した記録も完全。改竄や干渉の痕跡は残っていません」


玲は紙片を握ったまま、影班の報告を聞き、静かに頷いた。

「よし……これで地下の全痕跡と記録は制圧完了だ」


倉庫地下に、影班の精密な制圧と解析の痕跡だけが、静かに刻まれていた。


【時刻:12:00/旧工房跡地・地下格納室前】


重厚な扉がゆっくりと開かれると同時に、冷たい空気が影班の前に流れ込んだ。


鉄の匂いと湿気が混ざった地下室の空気は、かすかに金属音を含んで振動する。

成瀬由宇は無言で前に進み、手のひらで壁を伝いながら慎重に足を運ぶ。

「通路、異常なし。奥に何かある」


桐野詩乃はライトで薄暗い空間を照らし、床や壁の微細な痕跡を確認する。

「微細な粉末痕あり……過去に何かが設置されていた形跡」


安斎柾貴は端末を操作し、電子センサーや監視システムの干渉履歴を解析。

「外部アクセスなし。内部干渉の痕跡も追跡可能」


影班は静かに呼吸を整え、重厚な扉の向こう、地下格納室の奥深くへと踏み込む準備を整えた。

その先に待つものが何であれ、痕跡の確保と制圧の手順はすでに頭の中で完璧に描かれていた。


【時刻:12:05/美術館・特別展示室】


玲が一歩、展示されている画布に近づく。


ルネ・ブリュネの原画《偽りの静寂》は、ガラスケース越しに冷たく輝いていた。

その表面には、わずかに埃の筋が残るだけで、盗難の痕跡は微塵も感じられない。


玲は手袋を装着した指先をケースに添え、低くつぶやく。

「……全て、ここに戻ったか」


背後のモニターには、影班が回収した痕跡や搬送経路の解析結果が映し出される。

瀬名零司が端末を操作しながら補足する。

「情報が示す“本音”は、言葉よりも正確だ。画布の位置、展示室内の安全確保、全て完璧に再現されている」


玲は深く息を吸い込み、ケース越しに画布をじっと見つめた。

静寂の中で、作戦の全貌と影班の働きが、確かな形として目の前に結実していた。


【時刻:12:07/美術館・特別展示室】


真嶋は静かに画布の前に立ち、慎重に手を伸ばす。


「これは……まだ壊されていない」


彼の視線は、原画の表面だけでなく、微細な筆致の奥深くに残る痕跡へと注がれていた。

「一部は書き換えられているが、奥に残っている“記憶層”まで到達していない……」


空気が張り詰める中、真嶋は指先で軽く画布を触れながら、息を呑む。

「……間に合うかもしれない」


背後で玲は静かに頷き、影班の動きを目で追う。

作戦の全局面が、この瞬間に収束し、失われた“記録の層”の回復が現実味を帯びてきた。


【時刻:12:10/旧工房跡地・地下格納室前】


重厚な扉が静かに開かれた瞬間、冷たい空気が影班の前に一斉に流れ込んだ。


鉄と湿気の混じった匂いが鼻腔を刺激し、地下室の暗闇が一瞬だけ深く沈み込む。

成瀬由宇は低く身をかがめ、慎重に足を運ぶ。

「内部、異常なし……だが気を抜くな」


桐野詩乃はライトで床や壁を照らし、微細な痕跡を確認する。

「過去に設置された痕跡あり。防御用の薬剤は無効化済み」


安斎柾貴は端末を操作し、電子センサーや監視システムの干渉履歴を解析。

「外部アクセスなし。改竄の可能性は低い」


影班は静かに呼吸を整え、地下格納室の奥深くへ踏み込む準備を整えた。

冷たい空気の中、緊張と集中が張り詰める。

全ての痕跡は、影班の正確な行動によって回収され、次の作戦へとつながる道標となった。


【時刻:12:12/美術館・特別展示室】


真嶋レンジの手が、最後の記憶層へと届いたときだった。


指先が微かに震む中、奥深く封じられていた筆致や色彩の“未改竄の痕跡”が、ゆっくりと浮かび上がる。

「……これが、本当の層か」


玲は隣で静かに見守り、低くつぶやく。

「間に合った……すべての改竄は、この層には到達していない」


真嶋は慎重にデータを読み取り、筆致の動きや色彩の変化を解析端末に転送する。

空間には、微細な筆の震えまでも記録として再生される静寂が漂う。


影班や解析チームの努力が結実し、失われた記録はここに完全に回復されつつあった。


【時刻:12:14/美術館・特別展示室】


そのとき、情報処理班からインカム越しに通信が入った。


「こちら久瀬遥。解析完了。全データが回収され、記録層の整合性確認も終了。異常干渉はなし」


玲は静かに息を整え、端末を軽く叩く。

「了解。影班、真嶋の作業に支障が出ないよう警戒を続けろ」


真嶋は頷き、再び記憶層に集中する。

「全ての筆致と色彩が、元の状態で残っている……これで改竄は完全に封じられた」


室内には、静かな勝利の空気が広がる。

影班、解析班、そして真嶋の手によって、失われた“本当の記録”が再び光を取り戻した瞬間だった。


【時刻:12:17/美術館・特別展示室】


玲は通信端末に指を当て、低く指示を送った。


「影班、鷲塚エイジを現場に投入する。対象の残留痕跡を追跡させろ」


端末の向こうで短く応答が返る。

「了解。感覚フィールドスーツ起動。ノイズ解析開始」


影班の背後に、極度に無口な鷲塚エイジが現れる。

黒光りするスーツに全身を包み、視線を一切動かさず、微細な空気の変化や振動を読み取る姿は、まるで人間ではなく、環境そのものと同化しているかのようだった。


玲は静かに画布を見つめながら、言葉を続ける。

「全ての痕跡を確保し、残留ノイズを追跡する……これが、真実の回収作戦だ」


空間の中、微細な揺らぎを読み取る鷲塚の存在が、これまで誰も到達できなかった“未解析領域”への鍵となる。


【時刻:12:20/旧工房跡地・地下通路】


鷲塚エイジの指先が、通路の突き当たりにある、目には見えない隠し扉をなぞる。


小さな振動。かすかな音圧の乱れ。微熱の痕跡。

空間のノイズが、彼の感覚フィールドスーツを通じて明確な“存在”として浮かび上がる。


「ここにいる……まだ、生きている」


玲は冷静に端末に指を置き、低く短く告げる。

「影班、準備。ユリアを救出する」


影班の三人――成瀬、桐野、安斎――は一瞬の沈黙の後、互いに視線を交わす。

呼吸を整え、無音で扉へと接近。

静寂の地下通路に、緊張が一気に張り詰めた。


救出作戦は、秒単位での正確な動きが求められる。

全員の意識は、微細な空間の変化とユリアの存在に集中していた。


【時刻:12:22/旧工房跡地・地下通路】


鷲塚エイジが壁際の微細な痕跡を慎重になぞる。


目には見えない凸凹、微弱な空気の流れ、かすかな残留熱――

スーツが感知する情報が、彼の神経に直接フィードバックされる。


「……こちらに足跡あり。向こう側に空間の歪み」


成瀬由宇が小さく頷き、ナイフを握りしめる。

「了解。扉への接近は俺に任せろ」


桐野詩乃は周囲の微量薬剤痕や環境変化を確認。

「防御仕掛けの痕跡なし。影班の動きに干渉はない」


安斎柾貴は端末で内部監視ログを解析しながら、静かに報告。

「外部からの通信や干渉も確認済み。救出経路は安全」


鷲塚の指が示す扉の先には、生きたユリアの存在が確実にある。

影班とスペシャリストたちの動きが、地下通路に緊張の波紋を広げていた。


【時刻:12:24/旧工房跡地・監視解析室】


真嶋レンジはモニターに映る多面映像を見つめ、目を細める。


「解析完了率は78%。残留ノイズの復元と時間的整合性確認を同時進行中」


端末にはリアルタイムで、映像フレームごとの動き、光源変化、影の追跡パターンが表示される。

レンジは専門用語を口にしながら、解析状況を確認する。


「フレーム間干渉はなし。潜在的改竄の検知もクリア。動線推定アルゴリズムで経路特定が可能」


画面上には、微細な揺らぎや熱源、壁際の残留圧力、空気の微振動まで可視化されていた。

「この情報を影班にフィードバックすれば、ユリアの居場所を秒単位で特定できる」


冷静な手つきで、レンジは解析結果を送信。

地下通路で待機する影班と鷲塚エイジの行動を支援する準備を整えた。


【時刻:12:26/旧工房跡地・地下通路前】


玲は画面の解析結果を確認し、深く頷いた。


「影班、進行。ユリアの位置を確保し、速やかに搬出する」


成瀬由宇、桐野詩乃、安斎柾貴――三人の影班が一瞬視線を交わす。

互いの呼吸を整え、無音で扉へと接近する。


玲は続けて、静かに端末へ向かって言葉を落とす。

「鷲塚、周囲の環境ノイズを監視し、微細変化があれば即時報告。レンジ、映像解析の進行状況をリアルタイムで反映すること」


緊張と集中が地下通路に張り詰める中、全員の意識は一点――生きたユリアの確保――に結晶していた。


【時刻:12:35/旧工房跡地・地下通路】


影班が扉前で静かに待機する中、玲は通信端末に指を当て、冷静に告げた。

「望月慧、現場に投入。ユリアの過去記録と改ざん痕跡を即時解析する」


数秒後、影班の背後から一歩、静かに歩み出す人物。

細身の体にラボコート、肩に装着された多機能端末。目は冷静に前方を見据え、手には小型解析装置を携えている。


「望月慧。よろしく――まず、ユリアの記録痕跡を復元します」


彼は足早に通路に入り、端末を起動。

消去・改ざんされたデータの断片を解析し、微細な“痕跡の縫い目”を光で可視化していく。


「削除ログ、断片化データ、通信履歴……全てが示すのは、ユリアが地下通路に閉じ込められた経路です。異常な時間差も抽出済み」


成瀬由宇が軽く頷く。

「ありがとう。影班は入口制圧に集中する」


桐野詩乃は壁沿いを確認しつつ、安斎柾貴は端末を通じて環境干渉を監視する。


望月は解析結果をリアルタイムでフィードバック。

「ユリアの記憶層に残る揺らぎを元に、隠し扉の正確な位置を特定しました。ここです」


鷲塚エイジが指示通り、感覚フィールドで微細な空間ノイズを確認。

影班は一斉に動き、成瀬が扉を開くと、そこには生きたユリアが待っていた。


玲は短く囁く。

「望月、鷲塚、レンジ。全ての痕跡と映像を回収し、改ざん痕跡を完全に記録する」


望月慧は静かに頷き、解析作業を続ける。

「改ざんの痕跡は完全には消せません。全て、後世に残ります」


地下通路に、復元された真実と救出されたユリア、そして精鋭スペシャリストたちの沈黙の連携が静かに刻まれた。


【時刻:12:42/旧工房跡地・地下通路】


望月慧は端末を前に静かに腰を落とし、指先で断片データをなぞる。

微細な光がスクリーン上を走り、削除されたはずの痕跡がひとつずつ浮かび上がった。


「……解析完了」

彼は低くつぶやき、影班と玲に向かって説明を始めた。


「改ざんは二重構造です。まず初期データは完全に消去され、ユリアの通過経路や接触情報は外部ログから抹消されていました。しかし、削除時に残された微細な“縫い目”から、経路と滞在時間を正確に割り出せます」


桐野が眉をひそめ、安斎が端末を覗き込む。

「次に、時間軸の改ざんです」

望月は指を動かしながら続けた。

「本来、記録は10年前から現在まで通しで残るはずでしたが、意図的に時間飛躍が挿入され、当時の行動は矛盾して見える状態にされていました」


成瀬は無言で頷く。


「さらに心理的操作も施されています」

望月は声を落とす。

「ユリア自身の記憶に微細な揺らぎを挿入し、無意識に通過経路や接触対象を忘却させる仕組みです。本人に自覚はありません」


玲は画面に視線を集中させ、ゆっくりと頷く。


「では、10年前の真実は――?」

影班の誰もが息を潜める。


望月は端末のスクリーンを操作し、地下通路の古いログを映す。

「廃工房倉庫事件です。ユリアは当時、偶発事故に見せかけられた火災現場に立ち会っていました。表向きの保安担当者ではなく、極秘指示を受けた第三者による計画的な仕組みでした」


画面には、当時の通路や倉庫内の微細な足跡や機器の配置が映し出される。


「彼女は無意識のうちに、被害者や関係者の位置を確認していました。しかしその情報はすべて意図的に抹消されていたのです」


安斎が腕組みをし、桐野が息をつめる。


「ただし、ユリア自身が一部情報を暗号化して残していました。消去されたデータの断片が、今、完全に復元されています」


望月は端末を閉じ、静かに言った。

「これで、ユリアが知らぬまま隠していた真実も含め、10年前の出来事が可視化されました」


玲は深く息を吸い、端末の画面を見つめる。

「これで、全ての改ざんと隠蔽の流れが明らかになった……」


影班、レンジ、鷲塚――全員の視線は、復元された“10年前の真実”に向けられていた。


静寂の地下通路に、解析された記録と救出の緊張が、重く静かに刻まれる。


【時刻:13:05/旧工房跡地・地下通路】


端末の光が暗い通路を淡く照らす中、三人のスペシャリスト――望月慧、鷲塚エイジ、レンジ――が慎重に並んでいた。

中央には、拘束されていたユリアが座り、瞳を揺らしながらもスクリーンを見つめている。


望月が静かに口を開いた。

「ユリア、すべてのデータを復元しました。あなたが無意識に隠していた情報も含め、10年前の記録を再構築しています」


ユリアの胸の奥で、何かが微かに震える。

長く閉ざされていた記憶の扉が、光と共にわずかに開くような感覚。


画面には、当時の倉庫内部、通路の微細な足跡、そして火災現場に立つユリア自身の姿が映し出される。

無意識下での行動、確認した人物の位置、改ざんされた記録の痕跡――すべてが、目の前で明らかになった。


ユリアは目を伏せ、指先で膝を押さえる。

「……私は、あの時、何をしていたの……?」

声は震え、嗚咽に近い。


レンジがそっと肩に手を置く。

「ユリア。あなたが行動したこと、その全てが記録に残っていました。改ざんされていたけれど、私たちが復元しました。あなたが悪いわけではない」


ユリアはしばらく沈黙したまま、深く息を吸い、そしてゆっくりと目を上げる。

スクリーンに映る過去の自分を見つめながら、心の奥で、自分が知らぬうちに“真実”を守ろうとしていたことを理解する。


鷲塚が静かに言った。

「恐怖や混乱で記憶を閉じても、痕跡は消えない。君の意思は、確かに残っていた」


ユリアの瞳に、初めての覚悟と納得の光が差し込む。

胸の奥で押しつぶされそうだった罪悪感が、少しずつ溶けていく。


「……わかった。もう、隠さない。真実を、皆に伝える」


三人は互いに視線を交わす。

静かだが、確かな連帯感がそこにあった。

長く歪められていた時間は、この瞬間、ようやく形を取り戻したのだった。


【時刻:10年前/記録塔地下】


焦げた壁の前に、レンジが静かに立っていた。

黒く煤けた石壁は、火災の熱を物語るかのようにひび割れ、淡い煙の匂いが微かに鼻を刺す。


レンジの指先が、壁に刻まれた微細な凹凸をなぞる。

「……ここに、何かが残っている」

低くつぶやき、端末を取り出す。スクリーンに光が反射する。


壁面には、焼失を免れた小さな記録媒体が埋め込まれていた。

普段の視認ではほとんど気付かない、微細な熱変化と残留磁力の痕跡。


レンジは呼吸を整え、端末で非線形アルゴリズム解析を起動する。

データ断片がスクリーン上に広がり、消去された記録の“縫い目”が徐々に浮かび上がる。


「ここにあったのは、偶発事故ではなく――計画された行動の痕跡」

レンジの声は冷静だが、その瞳には緊張の光が宿る。


ふと、壁の奥から微かな振動が伝わる。

過去の行動を抹消しようとする何者かの痕跡。

レンジは端末を壁に近づけ、残存データの完全復元を試みる。


焦げた壁の前、過去と現在が交差する瞬間――

そこに、10年前の真実の欠片が、ひっそりと息を吹き返そうとしていた。


【時刻:10:32/旧工房跡地・地下通路】


玲は机に置かれた端末を軽く叩き、低く短く指示を出した。

「レンジ、あの痕跡を解析。全て明らかにしろ」


レンジは頷き、焦げた壁の前に端末を構える。

スクリーン上には、過去の断片的なデータと、消去されたログの縫い目が浮かび上がる。


「……痕跡は微細だ。非線形アルゴリズムで再構築する」

指を滑らせ、複雑に散らばったデータ断片をひとつずつ統合していく。


数秒後、スクリーン上に鮮明な映像が浮かび上がった。

焦げた壁の奥、10年前の地下通路を歩く人物の影。

微かな手の動き、刻まれた記録媒体の位置、当時の行動パターン――全てが可視化される。


レンジは画面に指を置き、淡々と解説する。

「ここに、改ざんの痕跡が残っていた。意図的に消された記録だが、物理的・心理的痕跡から復元可能」


玲は端末の光を見つめながら、短く頷く。

「行動を確認。次はユリアに伝える。全体像をつなげろ」


レンジの解析は静かだが確実。

10年前の隠された真実が、今、影班と玲の前でゆっくりと形を取り戻そうとしていた。


【時刻:11:05/旧工房跡地・安全制圧区域】


影班が通路の封鎖を完了し、静寂が戻った倉庫内。

玲は端末を手にし、ユリアの前に立った。


ユリアはかすかに肩を震わせながらも、目を伏せずに玲を見つめている。

その横には風間凱が静かに立ち、周囲の安全確認を怠らない。


玲は端末の画面をユリアに向け、低い声で説明を始める。

「これは、君が隠してきた真実の記録だ。10年前の行動、そして消去された痕跡――全て、レンジが復元した」


端末のスクリーンには、焦げた壁の奥に残された微細な記録痕跡が可視化されていた。

ユリアの指が震え、画面に触れる。


望月慧の解析結果も映し出される。

削除されたログ、断片化されたデータ、心理的な記憶構造――

全てが整理され、時系列と行動の意図が浮かび上がる。


「あなた……覚えていたんですね……」ユリアの声はかすかに震える。


玲は静かに頷く。

「記憶は完全には消えない。望月の解析でそれが証明された。君の記録は、改ざんされても痕跡として残っていた」


風間凱は端末をちらりと見て、淡々と報告する。

「周囲の安全は確保済み。次の行動に移る準備は整っています」


ユリアは深呼吸し、震える手を胸に当てる。

そして、初めて心の奥底に眠っていた記憶の重みを、静かに受け止めた。


玲はさらに続ける。

「今から、この真実をもとに、全体像を整理する。君はそれを語る側だ。怖がる必要はない」


倉庫内に、緊張と安堵が混ざった静寂が流れる。

10年前に封じられた記録が、ようやく光を取り戻した瞬間だった。


【時刻:11:28/旧工房跡地・安全区域】


端末の光が暗がりに揺れる中、如月迅は静かに席につき、画面を開いた。

「改ざんの痕跡をすべて抽出。復元処理を開始する」


彼の手元では、膨大なデータが断片化され、暗号化されたログが複雑に絡み合っていた。

冷静沈着な指先が、論理的な手順で一つずつ復元を進める。

画面に浮かび上がるのは、消されたはずの記録、操作の痕跡、そしてユリア自身の行動履歴だった。


玲は如月の肩越しに覗き込み、短く確認する。

「正確か?」

「はい。元データとの照合も完了済み。改ざんの意図と手口まで再現可能です」如月は淡々と答える。


影班は周囲の安全を守りながら、ユリアに視線を送る。

ユリアは手元の端末に映る自分の証言と行動の映像を見つめ、深呼吸をする。

「……これが……本当の私の行動……」

長年封じられていた記憶と、改ざんによって塗りつぶされた記録が、今、彼女の前に鮮明に蘇った瞬間だった。


玲は軽く頷き、影班に指示を送る。

「ユリアが整理した証言をもとに、全体像を確認。改ざんされた事件の真相を完全に把握する」


ユリアは震える手でスクリーンをなぞりながら、少しずつ言葉を紡ぐ。

「この通路を通り、あの壁の奥に……でも、私は消される寸前に気付いて……」


如月迅は端末を操作しながら補足する。

「消去や暗号化の痕跡もすべて復元済み。各行動の時間軸と関連情報を連動させ、事実の整合性を保証します」


その冷静で几帳面な解析に支えられ、影班は現場の痕跡とユリアの証言を完全に統合することができた。

倉庫内に、静かだが確実な達成感が漂う。

消された記録と封じられた記憶が、今、完全に再構築され、事件全体の真相が姿を現し始めていた。


【時刻:14:17/廃工場跡・地下施設】


玲は端末を手に、深く息を吸った。

「影班、慎重に。ユリアの証言をもとに全行動を追う」


影班の三人――成瀬由宇、桐野詩乃、安斎柾貴――は無言で周囲を警戒しながら、廃工場の薄暗い通路に足を踏み入れる。

風間凱は前方で歩調を合わせ、全体の戦術状況を俯瞰する。

「データによると、黒幕の行動は三段階に分かれる。まず現場確認、次に記録操作、最後に証言封鎖」


玲は端末に映るユリアの復元証言と現場の痕跡を交差させ、分析を続ける。

「証言と現場の時間軸が完全に一致する。黒幕は証拠を残さず動き、関与者も各自に役割を分担していた」


成瀬が低く報告する。

「先行する偵察班の痕跡は全て消されている。毒物やセンサー妨害も完璧だ」

桐野が続く。

「しかし、微細な振動や空気の流れから、不自然な通行パターンが検出可能です」


安斎は手の甲のデバイスを操作し、過去の監視ログと照合する。

「証言と一致しない箇所を補正しました。各関与者の動線はこれで明確です」


玲は頷き、風間に目配せする。

「黒幕の行動パターンを提示して。全員で共有する」


風間は端末を操作しながら説明する。

「第一フェーズ:潜伏と観察。第二フェーズ:改ざん作業。第三フェーズ:証言者排除。各行動は複数の時間帯に重なり、証拠を分散させている」


玲は冷静にまとめる。

「これで全事件のフローは把握した。ユリアの証言を中心に、影班と我々の調査結果を統合すれば、黒幕の全容と関与者の役割を正確に特定できる」


廃工場の地下には、静かながらも確実な達成感が漂った。

消えた記録も、封じられた記憶も、影班と玲の解析によって完全に可視化され、事件全体の真相が今、ついに姿を現し始めていた。


【時刻:23:47/港湾地下第6保管庫】


夜闇が深く沈む倉庫街。風に揺れる海の匂いが鼻腔を撫でる。

だが、静寂を破る足音はない。黒装束の集団――服部一族の隠密部隊――が無音で降り立った。


仮面に隠された瞳は、ひたすら一点を見据えている。目的はただ一つ――黒幕の拘束。


玲はイヤーピースに指を当て、低く指示を送る。

「影班、配置につけ。黒幕への接触を最短で完了させる」


成瀬由宇が静かに前に出る。

「了解。全員、無駄な動きはなし。15秒で制圧する」


桐野詩乃は周囲の監視センサーを手早く確認し、微量の毒気散布装置をセットする。

「記録の痕跡は完全に消去。干渉なし」


安斎柾貴は手の甲のデバイスで黒幕の位置を特定。

「接触準備完了。心理制圧も同時に行う」


地下倉庫の薄暗い照明が、彼らの黒衣に反射する。

そして――


――01秒:成瀬が影の如く黒幕の背後に接近。

――04秒:桐野が脱出路と監視経路を封鎖、微量の神経系毒を周囲に散布。

――07秒:安斎が心理制御デバイスを起動、黒幕の意識を瞬時に遮断。

――10秒:成瀬が首筋に一閃。黒幕は声も上げず、制圧される。

――12秒:桐野が体勢を安定させ、影班全員が拘束完了を確認。

――15秒:全員静止。空間には再び、死のような静寂が戻る。


玲は端末を確認し、短く呟いた。

「完了。全員、撤収。証拠と黒幕を確保しろ」


黒幕は、地下倉庫の床に静かに座らされる。

服部一族の面々は無言のまま監視。影班の動きは完璧で、外部に一切の痕跡を残さなかった。


玲は深く息を吸い、端末に次の指示を入力する。

「記録解析班、全証言と環境データを統合。全事件のフローを最終確認する」


地下倉庫の空気は、確かな勝利の冷たさと、事件の全貌がついに明らかになった安堵感で満ちていた。


【時刻:23:58/港湾地下第6保管庫・制圧後室】


黒幕は椅子に座らされ、手錠で固定されている。顔には冷静な余裕の影が残るが、瞳の奥には微かな動揺が見える。


玲は端末を操作し、影班の配置を最終確認する。

耳元で静かに報告が入る。


「服部刹那、現場制圧完了。全経路の封鎖と外部連絡の遮断も完了しています」


玲は頷き、短く言った。

「了解。小隊と影班の連携は完璧だ。次は取り調べに入る」


刹那は影のように近づき、周囲の微細な変化を確認する。

「状況制御完了。対象の動揺は計算範囲内。干渉なし」


【取り調べ開始】


玲は椅子に座る黒幕を見据え、低く言った。

「ここまでの全経路、全行動、関与者の動きは全て掌握している。隠し通せるものはない」


黒幕は口を開く前に、服部刹那の視線を感じ、無言で頷く。

「……なるほど。貴様らは……完璧に動いたな」


玲は端末を操作し、影班、風間、そして記録解析班の解析結果をリアルタイムで表示させる。

複数のスクリーンに映し出されたのは、過去10年に渡る事件のフロー図、証言者の動き、改ざんされた記録の痕跡、そして黒幕の指示系統。


「望月慧の解析によると、過去に消去・改ざんされた情報は完全には消えていない。痕跡から全真相を復元可能だ」

如月迅が端末を操作し、暗号化された過去データを再構築する。


ユリアは深呼吸を一つ置き、声を震わせながらも告白する。

「……10年前、私が見ていた記録は……偽装されていたんです。事故ではなく、計画的な事件だった」


玲は静かに頷き、影班の位置を確認しながら続ける。

「黒幕が指示した通りに改ざんが行われ、証言者の記憶も操作されていた。だが、我々は全ての痕跡を追跡した。あなたの行動も、関与者も、全て明らかになった」


風間凱が付け加える。

「証言、記録、行動パターンを総合すれば、黒幕の計画、目的、そして誰が利用されていたかまで、完全に把握できる」


黒幕は重く息をつき、ついに口を開いた。

「……全て見抜かれていたか。……私の指示系統、影班の動き、全て……」


玲はゆっくりと椅子から立ち上がる。

「あなたが作った偽りの迷宮はここで終わる。全関与者の証言、全記録、全事件のフローは復元された。逃げ場はない」


刹那は影のように黒幕の背後に立ち、必要であれば即時制圧できる体勢を取る。

「全員、状況確認済み。これ以上の抵抗は無意味」


ユリアは震える手で最終証言を差し出す。

「これが……全ての真実です……」


玲は端末を操作し、影班、解析班、そして証言者の証言を統合。

スクリーンに映し出されたのは、事件開始から解決までの完全なフロー図。

改ざんされた記録も、消された痕跡も、全てが再構築され、真実が白日の下に晒される。


黒幕は椅子に沈み、瞳を伏せたまま静かに息をつく。

玲は最後に短く告げる。

「これで全て終わった。証言も記録も、誰も欺けない」


廊下には再び静寂が戻り、地下倉庫には完全な秩序と、真実の重みだけが残された。


【時刻://港湾地下第6保管庫・制圧後】


響が片手を掲げる。

わずかな振動とともに、施設周囲に淡い光の波紋が広がる。

視覚と音に微細な干渉を与え、空間内の存在感を錯覚させる。


「これで、外部からの認識も完全に遮断。安全圏を確保した」

響の声は低く、冷静だった。


ユリアは椅子に腰掛け、手元の証言書類を握る。

朱音は床に座り、膝を抱えたまま静かに周囲を見渡す。


成瀬由宇は壁際に立ち、周囲を確認する。

桐野詩乃は端末を操作し、毒や痕跡処理の結果を整理する。

安斎柾貴はデバイスを確認し、遮断記録を最終確認する。


玲は端末を操作し、全員の動きを把握した。

「準備完了。次の手順に移行する」


響が手を下ろすと、空気が静止した。

光と音の干渉は消え、全員が動きやすい環境が整う。


【時刻://港湾地下第6保管庫】


如月迅は端末の前に座り、指を高速で動かす。

「……データ断片、再構成完了まであと30秒。痕跡の縫い目が鮮明になってきた」


成瀬由宇が壁際を沿うように進み、端末に目を向けながら言った。

「左壁沿い、微熱と圧力痕を検知。ユリアの残留痕跡を確認」


桐野詩乃は小型分析機を操作し、微量物質を検知する。

「ここに、先行者が消した痕跡の残留物があります。確認済みです」


安斎柾貴がデバイスを操作しつつ報告する。

「遮断ログも確認済み。回収可能な記録はこれで全てです」


如月迅は画面を見つめ、微かに頷いた。

「全痕跡の整合性確認完了。改ざん前のデータが復元されつつある」


玲が静かにインカムに指示する。

「全員、痕跡回収完了次第、即時撤収。ユリアの安全確保を最優先」


成瀬由宇は頷き、短く返す。

「了解。全員、準備完了」


桐野が微笑みを浮かべて言った。

「それでは、回収開始。無駄な干渉は一切なしで」


安斎は冷静に操作を続けながら付け加える。

「全ルート封鎖済み。誰も干渉できません」


倉庫内には端末の光だけが淡く揺れ、影班の無音の動きが静寂を支配していた。


【時刻://港湾地下第6保管庫前通路】


刹那が冷静に指示を出す。

「突破ルート、確保。風間、次のチェックポイントを頼む」


風間凱が端末を確認しながら頷く。

「了解。障害物、警報系統ともに無効化済み。安全経路は確保されている」


成瀬由宇がユリアの前に回り、静かに声をかける。

「ユリア、ここからは私たちが導く。落ち着いて」


ユリアは小さく頷き、手に握った資料を胸に押さえる。

「……わかりました」


桐野詩乃が周囲の微量な毒物や妨害痕跡を確認しながら、軽く指を鳴らす。

「異常なし。回収物も全て安全に保持」


安斎柾貴が遮断デバイスを解除しつつ報告する。

「経路は完全封鎖。外部干渉はあり得ません」


玲は影班全員の動きを端末で確認しながら短く指示。

「全員、ユリアを確保次第、直ちに外部搬出口へ。時間の猶予はほとんどない」


刹那が軽く手を振り、前方の通路を指示する。

「進め。全員、移動開始」


風間がユリアの側で歩調を合わせる。

「落ち着いて、ここを抜ければ安全圏内だ」


成瀬が慎重に後方を警戒しながら通路を進む。

「端末、再確認。異常なし……よし、このまま出口まで」


桐野が小型端末で周囲の環境データを監視し続ける。

「残留妨害物なし。回収記録は全て無傷」


安斎が無線で玲に報告する。

「移送中。ユリアは無事。異常接触なし」


廃倉庫の冷たい空気を裂くように、影班はユリアを中心に無音で進む。

外光が微かに差し込む搬出口が視界に入った瞬間、ユリアは安堵の息を漏らした。


玲は端末越しに静かに告げる。

「完了。全員、後続の確認を忘れずに」


影班は互いに目配せを交わし、無事の確認と共に、全員が地下の迷宮を後にした。


【時刻://記録塔地下・メイン解析室】


レンジの手が、目に見えない記憶構造体へと触れた瞬間、静寂を裂く警告音が室内に響いた。


「――異常検知、記録干渉。即時隔離推奨」


レンジは目を細め、端末の警告表示を確認する。

「この干渉……ただのシステム異常じゃない。誰かが意図的に操作している」


玲が端末を手に短く指示する。

「影班、警戒。レンジ、干渉源の解析を最優先」


安斎が遮断デバイスを起動し、室内の外部接続を瞬時に遮断する。

「外部信号は完全にシャットアウト。内部干渉だけを解析可能」


桐野が床下の微細センサーを確認し、低く呟く。

「痕跡は残っている……誰かが潜んで操作していた形跡」


成瀬がレンジの横に回り、静かに声をかける。

「落ち着け。手順通り、回避可能だ」


レンジは深呼吸し、端末の解析画面を操作する。

「干渉の波形……時間軸と操作ログを逆算すれば、干渉者の位置を特定できるはず」


玲は無線で影班に告げる。

「動くな。まずは干渉源を可視化する。位置が分かれば全員一気に封鎖する」


警告音がなおも室内に低く鳴り響く中、レンジの指先が微細な光の軌跡を追い、記憶構造体の中心へと進んでいった。


【時刻://記録塔地下・防衛層】


風間凱は静かに周囲を見渡し、防衛システムの監視ライトやレーザーセンサーの動きに合わせて自らの位置を微調整する。


「センサーの周期は3.2秒、レーザーはわずかに誤差を持っている……」


影班の成瀬が低く息をつきながら隣に寄る。

「その間隙を突くんだな?」


風間は頷き、端末でリアルタイムの動線解析を表示する。

「正確に動けば、干渉者が気づく前に中心室まで到達できる」


桐野が薬剤分散装置の位置を確認し、報告する。

「障害物の配置と毒気散布はこの範囲内。迂回は可能」


安斎は遮断ログを端末に映し、指を滑らせる。

「通信ラインも封鎖済み。外部干渉はなし」


風間は軽く拳を握り、静かに指示する。

「成瀬、桐野、安斎。各自担当ラインに沿って進め。目標は中心室。迅速に、だ」


暗い通路に緊張が満ち、風間の動線指揮に沿って影班は音もなく前進を開始した。


【時刻://記録塔・中心防衛層】


突如、通路全体が青白い光で満たされ、空気が微かに振動する。


中央に立ち上がったのは、防衛AIアンブレイカブル・ガーディアン。全身を覆う金属光沢の装甲は光を反射し、機械特有の低い唸り声が響いた。


「侵入者を確認。即時排除対象に指定」


玲の声がイヤーピースに入る。

「風間、状況は?」


風間凱は端末を確認し、静かに答える。

「予想通り、全センサー連動。光学・音響・振動検知すべてが統合制御されている。直接接触は危険、迂回ルートを選定」


成瀬が短く頷く。

「了解。隙を突く。準備はできている」


桐野は毒気分散装置の微調整を確認しながらつぶやく。

「これでAIの視覚センサーに干渉可能。少しの間だけ…」


安斎が手元のデバイスを起動し、遮断記録の書き換えを開始。

「通信ラインも遮断済み。孤立させる」


風間は深呼吸し、低い声で指示を出す。

「行くぞ。三方向から一斉に接近。目標は中心室、ユリアの安全確保だ」


青白い光の中、影班は静かに、しかし確実な足取りで進撃を開始した。


【時刻://記録塔・中心防衛層(外周狙撃ポイント)】


真堂レイジは無言でライフルを構え、狙撃窓から青白い光に照らされた中心防衛層を見据えた。

銃口の先端で、わずかな熱と風が交差する。彼は深くゆっくりと息を吐き、視界を一点に絞り込む。


「レイジ、照準はどうだ?」風間の声がイヤーピース越しに入る。

「目標は確認。コアの出力パルスに位相ノイズあり。照準補正、完了。」レイジは淡々と答えた。声には揺らぎがない。


端末の表示で、彼のレティクルが防衛AIアンブレイカブル・ガーディアンの装甲継ぎ目、そしてコア露出点に吸い込まれるように合わせられていく。

遠隔の解析表示が一瞬赤く点滅する。成瀬が低く呟く。

「カバー、入る。桐野、安斎、準備を。」


レイジは指先でトリガーを確かめると、電磁照準を微動させ、超振動弾丸の発射準備を最終確認する。

「発射。三、二、――」風間の最後の合図が切れた瞬間、レイジが引き金を引く。


静寂を裂くような音は無い。弾は光の筋となってAIの胸部に吸い込まれ、コアの露出点を直撃した。

同時に、超振動が装甲の接合部を内側から引き裂く。青白い光が一度激しく揺れ、次の瞬間、中心部から金属の断末魔のような高周波が響いた。


《アンブレイカブル・ガーディアン》の光帯が瞬時に乱れ、装甲に亀裂が走る。

「コア破壊、確認!」レイジの冷静な報告が届く。短い沈黙の後、AIは機能停止に入る。温度センサーの表示が急降下し、中央の光が次第に消えていった。


光が引いた空間に、機械の低いうなりだけが残る。風間が即座に動線を指示する。

「中心室へ突入。成瀬、先に。桐野、安斎は後方封鎖。レイジ、観測維持」


成瀬が無言で走り出し、桐野と安斎が続く。風間は冷静に全体の流れを制御し、ユリアの安全圏へ向けて道を切り開いた。

レイジは狙撃窓に残り、遠方の視界を凝視しつつ、次の可能性に備えてゆっくりとライフルを下ろした。


青白い光の跡が静かに消え、記録塔の中心防衛層には人間だけの足音が戻ってきた。


【時刻://記録塔・内部構造】


レンジは深く息を吸い、端末と接続されたインターフェイスに意識を集中させた。

空間は現実とも幻覚ともつかない光景に変わる。透明な階層が縦横に重なり、断片化された記録が漂う。


その中で、ひときわ強い存在感を放つ影がゆっくりと近づいてきた。

銀色の髪を肩まで垂らし、淡い光に包まれた少女――ユリアが現れる。


レンジは手を差し伸べるようにして囁く。

「……ユリア、ここにいるのか?」


少女は一瞬レンジを見つめ、微かに頷く。

「私……ずっと、ここにいたのね……でも、何も見えなかった……」その声は震え、記憶の迷路に囚われていたことを示していた。


レンジは端末の解析情報を確認しながら、静かに語りかける。

「望月慧の解析が示している。改ざんは完全ではなかった。君の記憶には、微細な揺らぎとして真実が残っている――今、それを取り戻す時だ。」


少女の瞳に初めて光が宿る。

「……覚えて……いる……? 本当のこと……」


レンジは頷き、端末の光を少女の記憶層に合わせる。

青白い光が記録構造体内に広がり、断片化された過去の断片が徐々に結合されていく。


記録構造体内で、ユリアの隠された記憶がゆっくりと呼び覚まされ、10年前の真実の輪郭が浮かび上がり始めた。


【時刻://記録塔・内部構造】


柊ナツメは静かに足を踏み入れ、ユリアの傍らに腰を下ろした。

淡い光に照らされた少女の肩に手を添え、穏やかに囁く。


「ユリア、怖がらなくていい。今から、一緒に記憶を整理していくわ。」


ナツメの手のひらから、微弱な振動が伝わり、記憶構造体内の揺らぎをやわらげる。

「無理に思い出す必要はない。少しずつでいいの。君のペースで――」


ユリアは小さく息をつき、震える指でレンジの端末を握る。

「……でも、全部……思い出したら、辛くなる……」


ナツメは優しい笑みを浮かべ、落ち着いた声で答えた。

「だから、私がいる。心の準備ができたところだけを取り出して、残りは少しずつ戻していこう。」


レンジは端末を操作しながら、ナツメとユリアの間で情報を補助する。

青白い光の中、ユリアの断片化された記憶が少しずつ整列し始め、トラウマによる圧迫感はナツメのサポートによって和らいでいく。


記憶構造体の中で、ユリアの心が、守られながら本当の過去に触れ始める。


時刻:午前4時32分

場所:記録塔・中央制御室


防衛システムはすべて沈黙し、赤い警告ランプも点滅をやめていた。

記録サーバーは完全に凍結状態に入り、動作の痕跡は画面上に残っていない。


玲は静かに端末を覗き込み、端末越しに影班へ短く告げる。

「全システム停止確認。回収班、進め。」


成瀬、桐野、安斎の三人は、沈黙の制御室に無音で踏み込み、最後のデータ断片を確保するための作業を開始した。

光を反射する金属パネルの間を通り抜け、影のように進む影班。

全てが凍結された空間で、唯一動くのは彼らの冷静な指先と、端末の微かな光だけだった。


時刻:午前4時45分

場所:記録塔・中央制御室


静寂の中、レンジの指先が最後の確認を終えると、サーバーの画面に微かな光が走った。

ゆっくりとデータが再構築され、削除されていた記録が画面上に戻ってくる。


玲は端末越しに深く息を吐く。

「戻った。全ての記録が元に戻った。」


影班も作業を終え、無言で退室。

防衛システムの沈黙が、再び空間を包む。

失われた真実が、ようやくその姿を現した瞬間だった。


時刻:午前4時46分

場所:記録塔・中央制御室


玲は画面を見つめ、静かに口を開いた。

「これで終わりだ。すべての痕跡が、記録も記憶も、正しい場所に戻った。」


部屋に漂う静寂に、わずかな安堵が混じる。

彼の声は冷静だが、その瞳の奥には、長い戦いの重みが宿っていた。


時刻:午前2時13分

場所:山奥・服部一族秘匿の里


月明かりが静かに山肌を照らし、森の奥深く、厚い霧と古木が影を落とす中、秘匿の里は静寂に包まれていた。


影のように忍び歩く服部刹那が、低く呟く。

「夜気も深く、ここから先は足音一つも許されない。」


背後で風間凱が端末を覗き込み、指示を返す。

「東門、南棟、地下倉庫。全方位を同時に封鎖。動きがあれば即座に報告。」


刹那が木の葉を踏む音も最小限に抑えながら前進する。

「了解。影班、配置につけ。対象の動きはすべて私が先読みする。」


その瞬間、黒装束の小隊が静かに影から影へ移動し、全員が息を潜める。


遠くから微かに、鷲塚エイジの声がイヤーピースを通じて届く。

「微細な振動、残留熱、空気の流れ……動きあり。里の西門付近。」


刹那は静かに頷き、短く告げる。

「全員、準備。ここから先は一切の妥協なし。行くぞ。」


霧が揺れ、古木の影が伸びる中、秘匿の里に潜む危険が一瞬、気配として立ち上る。

風間は端末の画面を睨み、冷静に分析する。

「夜明けまでには全て確認する。奇襲も想定内だ。」


月光に照らされた小道を、影たちはまるで存在しないかのように滑る。

小さな緊張と静寂の中、里の全域が無言の戦場となった。


時刻:午前6時17分

場所:山荘・リビングルーム


夜明けの光が、山荘の窓辺を優しく照らしていた。

木製のフローリングに反射する淡い光が、室内を温かく包む。


朱音は窓際の椅子に腰かけ、深呼吸をひとつ。

「……もう、全部終わったんだね」


玲が彼女の隣に立ち、静かに頷く。

「そうだ。記録も証言も、改ざんされていた痕跡も、すべて戻った。」


影班の三人が扉の外から入ってきた。成瀬が軽く会釈し、桐野と安斎も静かに頭を下げる。

「無事です。ユリアの痕跡も、全て回収完了しました。」


風間凱は端末を手に立ち、窓から差し込む光に目を細める。

「計画通り、全行動パターンを追跡。黒幕と関与者の動きも完全に把握。」


朱音は微笑み、静かに玲を見上げる。

「……皆、ありがとう。私、一人じゃ絶対無理だった」


玲は短く応える。

「これからは、記録も記憶も、誰の手にも奪われないようにする。それが俺たちの仕事だ。」


窓の外、森を揺らす風が静かに音を立てる。

山荘の中に、ようやく落ち着いた朝の空気が満ちていた。


時刻:午前6時25分

場所:山荘・キッチン


沙耶は台所でコーヒーメーカーのスイッチを入れ、ゆっくりと豆の香りを楽しむように深呼吸をした。

湯が滴る音、ガラスカップに反射する朝の光、すべてが静かに流れていく。


「……こんなに静かな朝、久しぶりだね」


振り向くことなく、砂糖とミルクをカップに加えながらつぶやく。

「でも、全部終わったからって、楽になったわけじゃない。記憶も記録も、いくら戻しても、人の心には消えないものが残る……」


玲がキッチンの入口に立ち、端末を片手に静かに応える。

「そうだな。でも、残されたものと向き合えるのも、人間だけだ。だから俺たちは、これからも守る。」


朱音がリビングから歩み寄り、カップを受け取る。

「沙耶さんの言う通りだよ。悲しいことも、怖かったことも、全部忘れちゃいけないんだね。」


沙耶は微かに笑みを浮かべ、カップを掲げる。

「そう、だからこうして、温かいコーヒーで心を落ち着けるのよ。」


外の森では、朝霧がゆっくりと溶け、山の緑が柔らかく光を帯びていた。

静かな朝に、ほんの少しの安心が流れ込む。


時刻:午後11時45分

場所:玲探偵事務所・デスク


玲は画面の文字を静かに追い、指先で端末を撫でながらつぶやいた。


「脳波変調痕跡……強制記憶誘導か……」


画面には九条凛からの詳細な現場写真と解析レポートが並んでいる。

暗い廃地下に並ぶ遺体、微細な光反射を拾ったドローン撮影、そして幾何学的配置のメモ。


玲はゆっくり立ち上がり、デスクの隅に置かれた地図を広げる。

「旧市街の地下カタコンベ……完全に封鎖されているはずだが、どうやって複数の遺体を正確に配置した?」


指で地図上の通路をなぞりながら、彼の眉間に深い影が落ちる。

「これは……ただの死体じゃない。記録、記憶、操作……何か大きな計画の一部だ。」


静寂の中、玲は端末の画面をスクロールし、脳波測定痕跡の解析データを読み込む。

「九条、詳細な状況とアクセス可能な監視ログを送ってくれ……一刻も早く、現場へ向かう必要がある。」


端末を机に置き、玲はジャケットの襟を正す。

夜の闇を背に、次の行動を決意するその背中には、これまでの事件で培った鋭い洞察が宿っていた。

【時刻:23:42】

【場所:玲探偵事務所・ロッジ】


玲の端末が静かに震え、画面に一通のメッセージが表示された。


差出人は服部刹那。件名には《緊急連絡・協力要請》とだけ書かれている。


玲は息を吐きながら画面を覗き込む。


「玲、影班の動きとユリアの保護状況を確認した。

当里の諜報網により、追加の潜伏者と隠蔽記録の存在が判明した。

今後の接触および回収作戦は当里の判断で支援する。

詳細な行動指針は追って送信する。」


玲は画面を見つめたまま、ゆっくりと椅子にもたれかかる。

「……服部一族か。さすが、影からすべてを把握している。」


台所から、沙耶の静かな声が響く。

「……今回も、彼らの力が必要になりそうね。」


玲は端末を閉じ、影班に目を向ける。

「情報を共有する。次の行動を整理しろ。」


窓の外では夜霧が山肌を覆い、月明かりが里の屋根をかすかに照らしていた。

遠く、服部一族の秘匿の里から、静かに影が伸びている。

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