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27話 仕組まれた事故

佐々木家

•佐々木圭介

父。過去の事件に深く関わる人物。真実を追い求める強い意志を持つ。冷静沈着だが、家族への思いは深い。

•佐々木沙耶

母。チームの感情的支柱。直感と人間観察力に優れ、事件の真相を導く力を持つ。

•佐々木朱音

娘。無邪気さと鋭い直感を併せ持つ。スケッチブックに描く絵が事件解明の鍵になる。



玲探偵事務所

•玲

探偵。男性。冷静沈着で指示力が高く、チーム全体を統率。記録や証言を駆使して事件の真相に迫る。

•橘奈々

玲の助手。情報処理能力が高く、現場の映像やログ解析に長ける。

•瀬名零司

記録照合・戦略解析スペシャリスト。データ・証言・動機を組み合わせ、行動の「意味」を可視化する。口癖は「情報が示す“本音”は、言葉よりも正確だ」。

•御子柴理央

記憶分析担当。冷静かつ緻密に、消された記録や証言の復元を行う。

•水無瀬透

記憶探査官。封じられた記憶にアクセスし、真実の断片を引き出す役割。

•九条凛

精密心理尋問官。心理的干渉と行動分析で対象を追い詰める。



影班

•成瀬由宇

接近・対象制圧担当。戦闘能力に優れ、迅速で正確な行動を行う。

•桐野詩乃

痕跡消去・毒物処理担当。冷静かつ的確に現場操作を行う。

•安斎柾貴

精神制圧・記録攪乱担当。心理戦と電子制御で敵の行動を封じる。



協力者/その他

•七瀬廉

記録追跡・復元担当。消されたログや映像を復元し、リアルタイムで共有する。

•白鷺柚月

回収スペシャリスト。玲直属。ドローンなどを使い、証拠回収や現場探索を担当。

•綾野凛音

記録解析担当。端末やコード操作に長け、消された記録の復元を行う。

•神原環

“沈黙を記録から解放する”スペシャリスト。改竄・抹消された記録を復元し、真実を可視化する。



黒幕/敵

•的場俊介

元公安・情報管理担当。民間コンサルタントを名乗るが、証言排除や事件の影で暗躍。

•東堂敬一

K部門総監。特別訓練を受けた強敵。影班によって制圧される。

•九条要

心理干渉・格闘能力に長けた敵。影班により15秒で制圧される。

•西條美咲

記録管理官。外部からの干渉を受けて記憶操作されるが、関与が徐々に判明。

07:45/K都市圏・高速道路


朝の喧騒が広がる都市の景色の中、ひとつの車両が速度を上げていた。

後部座席に座る男がスマートフォンを握りしめ、画面を覗き込む。


「……やっぱり、ここを通るのか」

低くつぶやいた声に、運転席の人物が反応する。

「急ぐしかない。時間がないんだ」

ハンドルを握る手に力が入る。外の車列をかいくぐるように、車はさらに加速した。


助手席の女性が、ふとフロントガラスの先を指さす。

「見て……あの黒い車、ずっとついてきてる」

運転席の男はわずかに眉をひそめる。

「分かってる。振り切らなきゃ……でも、事故は絶対避ける」


都市の雑音とタイヤの摩擦音だけが、車内の沈黙を切り裂いた。

目の前の高速道路の標識が次々と流れ、都市の朝の光がフロントガラスに反射する。

誰もが知っている、けれど避けられない――この追跡劇の行方を。


次の瞬間、金属音が鋭く響いた。

運転席の男は反射的にハンドルを切るが、間に合わなかった。


「うわっ——!」

助手席の女性の叫びが、炎と煙にかき消される。


衝撃の瞬間、車体は横滑りしながら中央分離帯に衝突した。

ガラスが砕け、車内に炎が吹き込む。

後部座席の男は、熱と煙で視界を奪われながらも、必死にシートベルトを握る。


黒煙が立ち昇り、赤とオレンジの炎が車体を包む。

周囲の車両は急ブレーキをかけ、パニック状態に陥った。


「……くそっ、逃げられない!」

運転席の男の声も、炎と悲鳴に飲み込まれる。

高速道路は一瞬にして地獄のような光景に変わった。


07:48/K都市圏・高速道路


救急車のサイレンが、炎と煙に包まれた高速道路に鳴り響いた。

赤い光が道路を揺らめき、焦げたタイヤの匂いと混ざる。


消防隊員がホースを抱えて炎に向かって駆け出す。

警察官が現場を封鎖し、車両の残骸の間を慎重に歩く。


黒く焦げた車体の中で、運転席の男の手がかすかに動いた。

「……助けて……」

かすれた声が煙の中でかすかに響く。


救急隊員が必死に車内に手を伸ばし、炎の熱と煙の中で負傷者を引き出す。

周囲では、通勤ラッシュの車列が停まり、誰もが現場を恐る恐る見守った。


07:52/K都市圏・K部門本部


端末の画面が赤く点滅し、低く電子音が鳴った。

オペレーターが慌てて受信ボタンを押すと、無機質なアナウンスが響き渡る。


「エキストラスペシャリスト対象案件発生――プロファイリング班、解析班、出動準備」


室内の空気が一瞬で張り詰めた。

玲が目を細め、モニターに映し出された事故現場の映像を確認する。

燃え盛る車体、橋の支柱に激突した車の残骸、そして現場での緊迫した救助活動。


「これは……偶発事故ではない」

低く呟き、手袋をはめ直す玲。

奈々は端末を操作しながら、データの不整合を洗い出す。

「車両挙動、監視カメラ映像、目撃証言……計画的に操作された可能性が高いです」


指示が下され、プロファイリング班と解析班が次々と動き出す。

緊張感が室内を満たし、K部門全体が一瞬で戦闘態勢に入った。


「全員、現場へ。可能な限りの情報を収集しろ」

玲の声に、誰もが即座に反応する。

これは、ただの事故ではなく――巧妙に仕組まれた犯罪の序章に過ぎなかった。


07:55/K都市圏・橋上高速道路現場


奈々が端末を見つめ、目を見開いた。

「……黒い車両、現場付近で再び目撃されています」


玲はモニター越しに映像を凝視する。燃え残る車体の陰から、黒い車両がスムーズに去っていくのが確認できた。

「動きを封じろ。周囲の監視カメラをすべて追跡に使え」

玲の指示に、解析班が素早く情報を整理する。


その直後、K部門の現場班が橋上に到着した。

防護服とヘルメットを身につけた隊員たちが、燃え残る車両の周囲に規制線を張り、安全を確保しながら現場検証を始める。


「車体の損傷パターン、摩擦痕、タイヤの跡……すべて計算されている」

現場班リーダーが低く呟き、手元のカメラで残骸を撮影する。


同時に、目撃者の整理も始まった。

「私は、黒いセダンが橋を出るところを見たんです……でもスピードが速くて……」

恐怖に声を震わせる通行人。

玲は冷静にメモを取りながら、目撃者の供述の矛盾点を頭の中で整理する。


奈々が端末でカメラ映像と証言を重ね合わせ、動きの軌跡を表示する。

「ここで停止、ここで急加速……意図的に事故現場に接近しています」

玲はうなずき、黒い車両が事件のキーであることを確信した。


橋上は、炎と煙の余韻に包まれながらも、冷徹な調査の手が着実に真相に迫りつつあった。


08:00/K都市圏・橋上高速道路現場


現場はまだ煙と炎の余韻に包まれていた。

警察や救急隊員、K部門の現場班が忙しく動く中、圭介は手元の資料を眺めながら、冷静な口調で言った。


「誰かが、証言を防ぐために偶然を装って“消した”か……」


奈々が端末の画面を見直す。映像や目撃者証言に、不自然な空白や矛盾が散見される。

玲も眉をひそめ、車両データの不整合を確認している。


その横で、朱音は静かにスケッチブックを開き、車体や橋の配置、目撃者の動きなどを描き始めた。

「……ここ、変だよ」

朱音の小さな声に、周囲が振り向く。


「何が?」

圭介が尋ねると、朱音は指で橋の支柱と車の残骸を指さす。

「黒い車、ここを通らなきゃ見えないはずなのに、さっき見た人は別の方向から来たって言ってる。変だよ、誰か隠してる」


玲が朱音の指摘を端末の映像と照合する。

「……確かに、不自然だ。偶然の目撃では説明できない」

圭介も頷き、朱音の直感が事件の鍵になることを静かに認めた。


橋上の騒然とした空気の中で、ひとつの真実がゆっくりと浮かび上がろうとしていた。

誰かが、計画的に事故を装い、証言と証拠を操作している――。


08:05/K都市圏・橋上高速道路現場近く


沙耶は手元の端末画面を指でなぞりながら、冷静に分析を口にした。


「‘また連絡します。場所は変えた方がいい。’……会う相手が存在し、場所の変更を指示していることが確認できる」


玲と圭介が視線を合わせる。端末のログには、わずかな時間差で送信された暗号めいたメッセージの履歴が残っていた。

「つまり、事故現場を見張っていた誰かが、次の動きを指示されていた可能性が高い」

沙耶の声は、現場の喧騒に埋もれることなく鋭く響いた。


その瞬間、橋の影に黒い車両が再び姿を現す。

影班の成瀬由宇、桐野詩乃、安斎柾貴が、都市の高層ビルの屋上や路地裏から車両の動きを監視していた。


「対象、移動を開始」

無線越しに成瀬の低い声が響く。

桐野が追跡ルートを端末に描き、安斎は車両挙動のパターンを解析する。

「加速、減速、進路変更……計算された動きだ」


黒い車両は、高速道路を抜け、都市の裏道へと入り込む。

影班は巧妙に距離を保ちながら追跡を続け、周囲の目を欺くように車両の軌跡を追った。


沙耶は端末を覗き込み、冷静に指示する。

「衝突の現場に拘束されるな。先回りして接触の痕跡を確認、追跡情報をリアルタイムで分析する」


橋上では炎の余韻と煙が漂い、現場班とK部門の捜査が進む一方で、黒い車両を巡る影の戦いは、すでに都市の迷路の中へと消えていった。


08:12/K都市圏・橋上高速道路現場付近


奈々が端末の解析結果を確認し、眉をひそめた。

「黒い車両の軌跡と、現場目撃者の証言を重ねると、次の進路がほぼ特定できます」

解析画面には、都市の道路網と車両の動きを示す細かな軌跡が表示されていた。


その隣で、朱音はスケッチブックを手に、車両の動きを指さす。

「ここだよ……曲がった先に行くはず」

朱音の小さな指が地図上の裏道を示す。直感的に、黒い車両の次の動きを見抜いているのだ。


圭介が朱音の指示を見る。

「君の直感か……確かに、解析結果とも一致している」

玲も端末の軌跡を朱音の指先と照合し、頷いた。

「偶然じゃない。狙われた動線が計算されている。朱音の直感が、追跡の突破口になる」


影班はすでに動き始めていた。

「対象、裏道に侵入。距離を保って追尾」

成瀬由宇の低い声が無線に響く。

桐野と安斎も慎重に車両を追い、黒い車両が次にどこで止まるか、あるいは何をするかを注視していた。


橋上の現場では、依然として煙と炎が漂う中、朱音の直感が導く一点に全員の視線が集中する。

次の瞬間、真実に近づくための追跡劇が、都市の迷路の中で静かに幕を開けた。


08:20/K都市圏・K部門 特別分析室


瀬名慧は、静寂に包まれた分析室の一角で、複数のモニターを前に証言記録と事故現場の映像を繰り返し確認していた。

手元には、現場で得られた目撃者の供述と、監視カメラ映像のタイムラインが並ぶ。


「……黒い車両は、事故現場に接近してからわずか数秒で消えている」

低く呟き、慧は映像を一時停止して再生を繰り返す。目撃者の証言と照合すると、ある共通点が浮かび上がった。


「全員、事故現場を直接目撃しているわけじゃない……だが、黒い車両が現場を確認した後、必ず誰かと連絡を取っている」

慧は端末を操作し、車両の通過軌跡と通信ログを重ね合わせる。


「つまり、黒い車両の目的は“目撃者の把握”と“証言の操作”にある」

事故の直前、現場付近で動いていた複数の人物との接触痕跡が、映像と証言の両方から確認できたのだ。


慧は指先で画面をなぞり、次の推測を口にする。

「目撃者を排除するのではなく、誘導する。偶然を装って記憶や証言に影響を与え、事故が偶発に見えるように仕組んでいる……」


画面の黒い車両が都市の裏道を滑る映像を見つめながら、慧は静かに拳を握った。

「ターゲットは事故そのものではない。人の記憶だ……」


特別分析室の静寂の中、慧の思考は冷徹に事件の核心へと迫っていた。


08:25/K都市圏・都市裏道


「車が制御不能になった瞬間を目撃した」

目撃者の震える声が端末越しに響く。

その瞬間、影班の通信が一斉に活性化した。


「対象、裏道に逃走中。追跡開始」

成瀬由宇の低く鋭い声が無線を貫く。

桐野詩乃は路地沿いの高所から車両の進路を確認し、安斎柾貴は交差点の要所で封鎖を準備する。


黒い車両は、人通りの少ない都市の裏道を猛スピードで進む。

タイヤの摩擦音、エンジンの唸り、微かな排気音が夜の街に反響する。


「加速傾向、右折——ここで距離を詰める」

成瀬は車両の後方を絶妙な距離で追尾する。

桐野がスマートグラスの映像を分析し、次の曲がり角を予測する。

「左折、次の交差点で遮断可能」


安斎は路上の障害物を利用し、黒い車両の進路を制御するように指示を送る。

「目標、阻止準備完了。接触は最小限、逃走阻止優先」


黒い車両が曲がる直前、成瀬がアクセルを微調整し、距離を保ちながら接近。

桐野が無線で指示する。

「ここだ、タイミングを逃すな」


一瞬の静寂。次の瞬間、黒い車両は路上の障害物に気づき、進路を逸らす。

影班は巧妙に距離を維持しつつ、都市の迷路の中で確実に追跡を続ける。


「捕捉完了。逃走の余地なし」

安斎の声が無線を通じて届き、影班全員の目に緊張が走る。

黒い車両の計算された動きに対抗し、都市の裏道を舞台にした追跡戦は、今まさにクライマックスを迎えようとしていた。


08:30/K都市圏・特別分析室


玲はモニターに映る都市の裏道の軌跡を見つめながら、瀬名慧の分析に耳を傾けた。

「瀬名、君の読みでは……黒い車両はどこで停車する?」

鋭い視線が慧に向けられる。慧はわずかに息をつき、画面上の軌跡を指さした。


「この交差点を抜けた先の路地です」

慧の声は冷静だが、その瞳には確信が宿っていた。

「監視カメラの死角が多く、目撃者の存在もほぼ確認できない。ここが黒い車両の一時的な停車地点になる可能性が高い」


奈々が端末の解析結果を再確認する。

「ここで通信ログと照合すると、連絡先への指示が送信されるタイミングも一致しています」


玲は微かに頷き、唇を引き締める。

「よし、影班に指示を出す。停車地点での接触、警戒を最優先に」


影班はすでに都市の迷路を巧みに進み、指定された路地の周囲に配置につく。

成瀬が低くつぶやく。

「対象、停車確認。位置固定、接触準備」


橋上や都市の裏道で、事故の余韻と炎の影が残る中、黒い車両の停車地点に全員の視線が集中した。

この瞬間、計画的な追跡と阻止の戦いが、静かに、しかし確実に動き始めていた。


08:40/K都市圏・特別分析室/都市裏道


朱音が眉をひそめ、スケッチブックの線を見つめた。

「……なんだか、ここが変だよ」

その違和感が、分析の起点となった。


「朱音の直感……これだな」

玲は微かに頷き、端末を伏見遼に渡す。


伏見遼は静かに指を動かし、過去の膨大なデータベースにアクセスする。

事故現場の映像、監視カメラの軌跡、交通データ、過去の同様の事例……あらゆる情報を高速で組み合わせ、詳細なパターン分析を開始した。


その間、都市裏道では影班が動いていた。

成瀬由宇が静かに黒い車両に接近し、桐野詩乃と安斎柾貴が周囲を封鎖する。


「接触準備完了」

成瀬の低い声が無線を通じて届く。

黒い車両は停車したまま、運転手は車内で何かを操作している。

成瀬は静かにドアハンドルに手をかけ、慎重に車内に入り込む。


桐野が後方から警戒を続け、安斎が車両の前方で安全確保。

「証拠確保、迅速に」

成瀬は素早く車内のデバイスや書類を回収する。

暗証番号や通信ログ、USBメモリ——痕跡を残さぬよう手際よく確保された証拠は、事件の全貌を解明する鍵となるだろう。


黒い車両の中から、伏せられた操作記録が端末に転送される。

「これで、誰が、何を、いつ指示したか……完全に追跡できる」

奈々が端末を確認し、目を輝かせた。


都市裏道の静寂の中で、影班の緊迫の動きと、朱音の直感に導かれた伏見遼の分析が交差し、事件解明への道が確実に開かれつつあった。


08:55/K都市圏・特別分析室


伏見遼は端末の画面を睨みつけ、指でデータをなぞりながら低くつぶやいた。

「三件の事故、すべて‘整備不良’ってことで片付けられてるけど……奇妙な共通点がある」


画面には、過去三件の車両事故の現場写真、修理記録、目撃者証言が並ぶ。

どれも一見すると偶発的事故に見える。しかし、細部を比較すると、あるパターンが浮かび上がった。


「すべて、事故発生前に黒い車両が接近している……しかも、被害者は共通の人物や組織に関係している」

奈々が解析結果を補足する。

「通信ログや車両データも一致しています。操作の痕跡が残っている――偶然では説明できません」


玲が冷静に画面に目を落とす。

「つまり、事故に見せかけた意図的な妨害……対象は車両ではなく、人物や証拠だ」


朱音がスケッチブックを指さす。

「ここ、似た形の動きが全部同じ。誰かが計算してやってるんだ」


伏見は端末を指で叩き、声を強めた。

「黒幕は……事故現場に接触した黒い車両の運転者、そして指示系統に存在する人物。証拠と通信ログから逆算すれば、次に誰を狙うかもわかる」


玲は静かに頷き、影班に無線を送る。

「全員、ターゲットの次の行動を封じろ。今回は偶発じゃない、計画的犯行の核心に迫る」


特別分析室に張り詰めた静寂。

伏見遼の冷徹な分析、朱音の直感、奈々の端末解析、そして影班の現場行動――すべてが交差し、事件の黒幕に迫る道が、都市の迷路の中で確実に形を現し始めていた。


09:05/K都市圏・特別分析室


伏見遼は端末の画面を睨みつけながら、指で複数の資料をなぞった。

「整備を請け負った業者が全部同じ……‘ナガミネ・オートサービス’だ」


奈々が端末のデータベースを検索し、会社情報を表示する。

「郊外の小規模整備会社……これまで大きな問題は報告されていません」


玲は手を顎に当て、静かに考え込む。

「表向きは小規模整備会社……しかし、ここを経由して車両の整備や改ざんが行われている可能性が高い」


朱音がスケッチブックを指さし、小さな声で言った。

「この会社……事故車両と同じパターンの車、全部通ってる気がする」


伏見は端末のログをスクロールし、目を細める。

「可能性としては……‘ナガミネ・オートサービス’の経営者、あるいはそこに繋がる人物が、黒幕の中心にいる」

画面には、過去の整備履歴、車両改ざんの痕跡、事故現場との位置情報が重なり合う。

「整備を通じて車両に細工し、事故を偶発に見せかける……全て計算された犯罪だ」


玲は微かに息をつき、冷たい声で言った。

「よし、次はこの会社と関係者を追い、行動パターンと指示系統を洗い出す。黒幕の正体に迫るには、それしかない」


都市の迷路の中、事件の核心に向けた捜査が、特別分析室と影班の連携で確実に動き始めていた。


09:20/郊外・ナガミネ・オートサービス工場


工場の空気は重く、油の匂いが立ち込めている。

鉄の機械音が響く中、影班は静かに工場の裏口から潜入した。


「全員、音を立てるな」

成瀬由宇が低くつぶやき、周囲を鋭く警戒する。

桐野詩乃は端末で監視カメラの死角を確認し、安斎柾貴は前方の通路を先読みするように進む。


工場内部は作業員の声が混ざり、重機や工具の音で雑然としている。

しかし、影班の動きは息をひそめ、まるで空気に溶け込むように慎重だ。


「奥の倉庫、あそこに黒幕がいる可能性が高い」

桐野が指先で通路の地図を示す。

安斎が頷き、前方の鉄扉に手をかける。


成瀬は息を整え、低い声で指示を出す。

「接触確認、無駄な抵抗は避ける。証拠の確保が最優先」


扉の向こうでは、黒い車両の整備や書類作業が行われている様子がうかがえる。

影班は一瞬の静寂を保ちつつ、都市の迷路を抜けてきた追跡劇の延長線上で、黒幕との直接対峙に向けて慎重に歩を進める。


工場の重い空気の中、油の匂いと金属音に混じり、事件解明への決定的瞬間が近づいていた。


09:35/郊外・ナガミネ・オートサービス工場・倉庫内


倉庫内は金属の冷たい光と油の匂いに満ち、作業台の周囲には散乱した工具と書類が並んでいた。

沙耶は机に広げられた整備記録をじっと見つめ、ページのインクの濃淡に目を止める。


「……これ、不自然だ」

沙耶が指で書類の一部を指し、低く呟く。

「同じ日にまとめて記録されたように見えるけれど、インクの濃さが微妙に違う……後から書き足された可能性が高い」


伏見遼や奈々が端末のデータと照合し、さらに不自然さが確認される。

「整備記録の改ざんが行われている。事故車両に手を加えた痕跡も残っている」


その瞬間、影班が黒幕の存在に気づく。

成瀬由宇が静かに背後から接近し、桐野詩乃と安斎柾貴が通路を封鎖する。

倉庫の奥で、黒幕は整備台に向かい、手元の書類とデバイスを操作していた。


「接触、開始」

成瀬が低くつぶやき、黒幕の背後に素早く回り込む。

桐野が前方から封鎖し、安斎が側面を押さえる。

黒幕は一瞬で状況を察知し、身構えるが、影班の動きは的確で隙を与えない。


成瀬の手が黒幕の肩に触れ、同時に書類や端末を押さえる。

「証拠確保。抵抗は最小限で」

安斎が冷静に指示を出し、桐野が周囲の警戒を固める。


沙耶は記録の異常を指摘した視線を伏せず、冷静に黒幕と対峙する。

油と金属の匂いに包まれた倉庫内で、影班の動きと冷徹な分析が交差し、事件の核心に迫る瞬間が静かに訪れた。


09:45/郊外・ナガミネ・オートサービス工場・倉庫内


沙耶が記録のインクの濃淡を指摘した直後、圭介が冷静な口調で追い打ちをかけた。


「この点検記録、“事故の前日”の日付になってる。だが、点検そのものはもっと前だったんじゃないか?」


黒幕の顔が一瞬こわばる。手元の書類や端末の操作を止め、周囲を見渡した。

奈々が端末を解析し、すぐに矛盾が確定する。

「日付と実際の点検履歴が一致しません。記録の改ざんは明らかです」


伏見遼が分析結果を画面に映し出す。過去の事故との共通点、整備記録の改ざんパターン、黒い車両の追跡軌跡——全てが指し示す人物。


玲が低く声を出す。

「……間違いない。この工場の経営者、ナガミネ・オートサービス代表・長峰雅也だ」


黒幕・長峰は視線を落とし、わずかに息をついた。

「……すべて計画通りだと思ったのに……」

影班の成瀬が静かに手を伸ばし、書類と端末を押さえる。

桐野と安斎が周囲を封鎖し、黒幕の行動を封じた。


朱音はスケッチブックを握りしめ、静かに頷く。

「やっぱり……違和感が正しかったんだ」


油と金属の匂いに包まれた倉庫の中で、黒幕の正体が確定した瞬間、事件の全貌が初めて明確になった。

事故に見せかけられた一連の計画的犯罪――黒幕の策略は、ここで完全に露見したのだった。


09:50/郊外・ナガミネ・オートサービス工場・倉庫内


長峰は視線を逸らし、わずかに唇を噛んだ後、重い口を開いた。


「……確かに点検は事故の三日前だ。だけど、翌日になって‘再チェックしてくれ’って依頼が来た。そいつが来て、直接指示してきたんだ」


影班とK部門の面々は息をひそめ、黒幕の告白に耳を傾ける。

伏見遼が端末で通信ログや過去のデータを確認し、解析結果と照合する。

「なるほど……再チェック依頼を装い、車両に細工が施されたんだな」


圭介が静かに問いかける。

「その‘そいつ’とは……?」


長峰は小さく息をつき、肩を落とす。

「……あの人物は、俺にとって利益を得る存在だ。事故を偶発に見せかけ、標的の車両を破損させることで、保険金や契約上の利権が動く。指示はすべてそいつからだった」


玲が冷静に分析する。

「要するに、長峰自身は黒幕の指示で行動していた――共犯者として関与していたが、操られていた側面もあるわけだ」


朱音が小さな声でつぶやく。

「だから、黒い車や事故のパターンが全部計算されていたんだ……」


沙耶は資料を確認しながら言った。

「黒幕の最終目的は、事故の演出によって人物や証拠を操作し、利益を得ること。そのために整備記録や車両改ざんを利用したわけね」


倉庫内の重い空気の中、黒幕の動機がついに明らかになった。

単なる偶然の事故ではなく、利権を絡めた計画的犯罪。長峰は操られた共犯者であり、指示系統の先にある黒幕の存在が、この事件全体の核心だった。


10:05/郊外・ナガミネ・オートサービス工場・倉庫内


長峰は数秒間沈黙した後、乾いた唇を舐め、低くつぶやいた。

「名前は‘マトバ’……若くてスーツを着た男だったが、口ぶりが警察の人間っぽくて、正直逆らえなかった」


玲が目を細める。

「……警察に擬態して、指示を出していたということか」


伏見遼が端末を操作し、通信ログや過去の監視映像、車両の追跡データを照合する。

「黒い車両の指示系統と、長峰に送られた連絡履歴を逆算すると、マトバは現場のほぼ全てを掌握していた可能性があります」


奈々が補足する。

「都市圏の監視カメラに映っているスーツ姿の人物、通信機器を手にしている……マトバの行動パターンと一致します」


影班の成瀬が低くつぶやく。

「接触の可能性あり。だが慎重に動かないと、証拠が消される恐れがある」


朱音がスケッチブックに黒い車両の軌跡とマトバの動線を描きながら言った。

「ここで指示が出されていたのかもしれない……だから事故も偶然に見えたんだ」


玲は静かに頷き、冷たい声で指示する。

「全員、マトバの正体を確定するための証拠を収集する。接触は影班が担当、追跡は解析班がサポート。今回は偶発ではない、計画的犯行の核心に迫る」


油の匂いと金属音に包まれた倉庫内で、黒幕の背後に潜む“マトバ”の正体を追う緊迫の追跡戦が、ついに本格化し始めた。


10:20/K都市圏・特別分析室


報告を受けた玲は机に手をつき、低く声を発した。

「‘的場’という名前、正式な記録にはないが……内部情報によると、過去に‘証言排除’に関与したとされる人物がいる」


伏見遼が端末を操作し、過去の事件データと通信ログを照合する。

「なるほど……事故現場に介入した黒い車両の指示系統と一致します。的場が存在する可能性は極めて高い」


奈々が解析端末を眺め、地図上に黒い車両の軌跡とスーツ姿の目撃情報を重ね合わせる。

「都市圏内の移動パターン、監視カメラの記録……この人物は、計画的に事故現場や関連人物の監視を行っている」


玲は静かに指示を出す。

「影班、的場の行動を追跡。現場接触は最小限、証拠確保を優先。解析班はリアルタイムで支援」


成瀬由宇は低くつぶやき、都市の高層ビルから的場の動線を確認する。

「対象、移動開始。裏道、繁華街を経由……次の接触ポイントを特定」


桐野詩乃が端末で死角を計算し、安斎柾貴が要所を封鎖する。

「無駄な接触は避け、情報を確保する。動きに乱れがあれば即座に制御」


都市の雑踏に紛れた黒いスーツの人物――マトバ/的場――を、影班は冷静かつ慎重に追跡する。

倉庫で暴かれた黒幕の背後に潜む存在を、K部門は確実に捕捉するため、都市の迷路を舞台に緊迫の追跡劇を展開し始めた。


10:35/K都市圏・繁華街付近


奈々が端末を操作しながら、声を上げる。

「的場俊介――元公安の情報管理担当。現在は‘民間コンサルタント’という肩書きで、実態はつかめていない」


玲が冷静に頷き、影班に指示を送る。

「全員、的場の行動を追跡。接触は必要最小限、証拠確保を優先」


成瀬由宇は都市の高層ビルの屋上から、スーツ姿の的場を視認する。

「対象確認。人混みに紛れて移動中」

桐野詩乃は端末で周囲の死角を解析し、安斎柾貴は通行人や車両の流れを封鎖して接触ポイントを押さえる。


的場は繁華街の裏道に入り込み、急ぎ足でビルの間を縫うように移動する。

「次の角を曲がったら、接触可能。慎重に」

成瀬の低い声が無線に響く。


影班は静かに距離を詰め、都市の雑踏に紛れながらも、確実に的場を追う。

朱音がスケッチブックに描いた軌跡と、伏見遼の解析情報が合致する。

「ここで指示を受けていたのかも……」

沙耶が小さく呟く。


的場はビルの陰に入り、一瞬姿を消す。

しかし影班は焦らず、角度を変え、屋上や裏路地から監視を続ける。

都市の雑踏、ビルの影、交通の喧騒――すべてを利用し、影班は冷静かつ緊迫した追跡を展開していた。


「動きに乱れなし。接触、準備完了」

安斎の低い声が無線を通じ、追跡班全員の神経が研ぎ澄まされる。

この瞬間、都市の迷路の中で、黒幕の指示者“的場俊介”との直接対峙が目前に迫っていた。


10:50/K都市圏・繁華街裏路地


伏見遼は端末の画面を睨み、低く静かに言った。

「事故の前日、整備を名目に車両に‘操作の痕跡’を残し、事故を装う……これは‘偶然を偽装した計画殺人’だ」


玲が頷き、影班に指示を送る。

「全員、接触開始。慎重に、証拠確保を最優先」


成瀬由宇は裏路地の高所から的場の動きを確認し、無線で報告する。

「対象、移動中。背後に人影なし。接触可能圏内」


桐野詩乃は端末で死角を解析し、安斎柾貴は通路を封鎖。

「全方向、封鎖完了。無駄な衝突は避ける」


的場はスーツの裾を整え、慣れた足取りでビルの影に消えようとする。

しかし成瀬は静かに距離を詰め、角度を変えながら接触のタイミングを狙う。


「ここだ」

低くつぶやく成瀬の声に合わせ、安斎が前方を押さえ、桐野が側面から動きを制御する。


成瀬は素早く的場に接近し、背後から軽く肩に触れる。

「動くな」

的場は一瞬で状況を察知し、反射的に手を伸ばすが、安斎と桐野の確実な封鎖で逃走は不可能だった。


伏見遼と奈々は端末で車両操作痕跡のデータをリアルタイム確認し、証拠を即座に保存。

「証拠確保完了。事故操作の痕跡、通信履歴、指示系統……全て押さえた」


朱音は小さな声でつぶやく。

「これで……全部、わかるんだね」


油と金属の匂いの残る都市裏路地で、影班は的場との接触に成功し、事件の核心に迫る証拠を手に入れた。

偶然を装った計画的犯罪の全貌が、ついに明るみに出る瞬間だった。


11:10/K都市圏・取調室


沙耶は口を閉ざしたまま、記録ファイルをじっと見つめる。

「的場は、何人目の‘口封じ’を担当したんだろうね……」


玲は冷静に椅子に腰掛け、取り調べ用端末を操作する。

「的場俊介、元公安の情報管理担当。現在は民間コンサルタントとして活動しているな」


マトバは手錠をかけられたまま椅子に座り、目線を下に落としていた。

静寂が数秒間、部屋を支配する。


玲がゆっくり声をかける。

「あなたの仕事は明白だ。事故を偶発に偽装するための車両操作、証言操作、そして口封じ……すべて計画的に行われていた」


マトバはわずかに顔を上げ、唇を震わせる。

「……指示された通りに動いただけだ。誰が指示を……」

しかし玲は制するように続ける。

「誰が指示したかは問題ではない。あなたが直接行動した事実がある」


沙耶が静かに補足する。

「あなたが関わった人数、誰を守れなかったか……全部、記録には残っている」


伏見遼が端末を操作し、事故の前日や当日の車両操作記録、通信履歴をスクリーンに映し出す。

「このログを見れば、あなたが介入したすべての案件が追える。隠せるものは何もない」


マトバは拳を握りしめ、沈黙したままうつむく。

部屋の空気は張り詰め、静かに緊迫が増していく。


玲は最後に低く言い放つ。

「これで、あなたの関与は確定だ。後は全て、証拠と供述に基づいて処理される」


沙耶の目が冷たく光る。

「口封じはもう終わりだ……これ以上、犠牲は出させない」


取調室の静寂の中で、計画的犯罪の核心に迫る、最後の心理戦が静かに始まった。


11:30/K都市圏・特別分析室


奈々は複数の交通監視映像を同時に処理しながら、画面に映る車両の軌跡を指でなぞる。

「的場が出入りしていた‘ナガミネ・オートサービス’周辺の映像、三日前に一度だけ、ナンバーを隠した車が長時間停車していたわ」


伏見遼が端末に目を落とし、低くつぶやく。

「長峰の整備作業と的場の指示、さらにその車両……全てが時系列でつながる」


玲が取調室から持ち帰ったマトバの供述を読み上げる。

「黒幕は表に姿を現さず、指示系統を巧妙に隠していた。整備依頼や車両操作、事故の偶発偽装、証言操作……全て黒幕の意図によるものだ」


沙耶が画面を見つめ、冷静に分析する。

「ナガミネ・オートサービスの経営者・長峰は操られた共犯者。黒幕はその背後で計画を仕切っていた」


奈々が手元の端末を操作し、ナンバー隠蔽車両と通信履歴を照合する。

「黒幕は、この車両を介して事故現場の制御と証拠操作を指示していた。すべて計算されていたのよ」


朱音がスケッチブックに軌跡を書き込みながら、微かに息をつく。

「だから事故も偶然に見えたんだ……全部、誰かが裏で操っていた」


伏見遼が画面を指差し、低く断定する。

「黒幕は、過去の公安内部で情報操作や証言排除に関与していた人物。的場を通じて民間の整備会社や車両操作、通信ログ改ざんまで全て掌握していた」


玲は静かに椅子に腰掛け、冷たい声で言い放つ。

「よし、これで黒幕の全貌が明らかになった。次は確実に接触し、証拠と供述をもとに逮捕に繋げる」


都市の監視映像、端末解析、マトバの供述、影班の追跡――

全てのピースが揃い、偶然を装った計画的犯罪の全貌が、特別分析室のモニターの前でついに姿を現した。


12:00/郊外・都市圏近郊・黒幕潜伏先ビル


九条凛は端末を見つめ、低くつぶやいた。

「表情がない。目線も固定している……心理的に、‘潜入者’ではなく‘指揮役’の動き」


玲は端末の映像を確認し、冷静に指示を出す。

「的場が黒幕の位置を把握している。影班、確実に囲め。無駄な衝突は避け、証拠確保優先」


成瀬由宇、桐野詩乃、安斎柾貴の影班は、黒幕潜伏先のビルを静かに包囲する。

成瀬が低くつぶやく。

「対象確認。窓際で座っている。指示端末を操作中」


伏見遼が解析端末を操作し、過去の事故や通信履歴と照合する。

「これが、都市圏内での全ての計画の中心点だ」


玲は取り調べ用端末を持ちながら、無線で影班に最後の指示を送る。

「接触、開始。拘束に入る」


影班は静かにビル内部へ侵入し、黒幕の周囲を封鎖。

黒幕は突然の物音に目を上げるが、成瀬が素早く背後から手を伸ばし、端末や書類を押さえる。

桐野と安斎が側面を固め、逃走ルートを全て封鎖する。


玲は低く告げる。

「これ以上の操作は無意味だ。あなたは逮捕される」


黒幕は肩を落とし、冷たい汗を流しながら、観念したように椅子に深く座る。

沙耶は書類と端末を手に取り、冷静に証拠を整理する。

「もう、これ以上誰も……犠牲にはならない」


伏見遼と奈々が端末でデータを保存し、事故操作の痕跡、通信履歴、指示系統の証拠を確保。

都市圏に張り巡らされた計画的犯罪の全貌が、影班とK部門の手で完全に暴かれた瞬間だった。


黒幕の逮捕――偶然を装った計画的犯罪の結末が、ついに現実のものとなった。


12:15/郊外・都市圏近郊・黒幕拘束現場


九条凛は静かにボイスレコーダーを取り出し、黒幕の近くに慎重に設置する。

端末や書類の隙間に忍ばせ、周囲に気づかれないよう動作を確認する。


低くつぶやいた。

「これで、供述の一部始終を確実に記録できる……心理状態、指示内容、反応すべてが証拠になる」


沙耶が横で書類を整理しながら、静かに頷く。

「録音があれば、後で事件全体の構造も明確にできる」


伏見遼は端末を操作し、過去の車両操作や通信記録とリアルタイムで照合する。

「ボイスレコーダーの記録とデータを組み合わせれば、黒幕の全指示系統が再現可能だ」


玲は低く声をかける。

「凛、確実に記録を確保する。後は司法に委ねるだけだ」


九条は静かに頷き、指示通りボイスレコーダーの位置を調整する。

「……これで、黒幕の計画も、操られた共犯者の動きも、全て証拠として残る」


黒幕は手錠に縛られ、沈黙したまま椅子に座っている。

都市圏に張り巡らされた計画的犯罪の全貌は、今や確実に記録され、法的に追及される日を待っていた。


12:35/K都市圏・特別分析室


しばらくの沈黙の後、奈々の声が無線に響いた。

「的場、動いた。目的地は……‘K部門の第三証言者’の勤務先と一致」


玲は机に手をつき、冷静に指示を出す。

「影班、直ちに追跡。接触は最小限、証拠確保と証言者の保護を最優先」


成瀬由宇は高所から監視カメラの映像を確認しながら低く報告する。

「対象、移動中。車両使用。ルートは繁華街から郊外のオフィス街へ」


桐野詩乃が端末で周囲の死角を解析し、安斎柾貴は主要交差点を封鎖する。

「通行人に注意。無駄な衝突は避ける」


伏見遼がリアルタイムでデータを解析する。

「ナンバー隠蔽車両と的場の通信ログ、過去の事故パターンとリンク。今回も同じ手口の可能性が高い」


朱音はスケッチブックに軌跡を書き込み、眉をひそめる。

「また誰かを狙ってる……偶然じゃない」


沙耶は冷静にファイルを確認しながらつぶやく。

「第三証言者の保護が最優先。的場を止めなければ、また証言が消される」


都市の雑踏を縫うように、影班は的場の車両を追跡する。

高層ビルの影、裏路地、交通の流れ――全てを利用し、冷静に追跡線を維持する。


玲は端末に目を落とし、低く指示する。

「全員、緊張を切らすな。黒幕の指示者が動く今、事件の決定的瞬間が迫っている」


都市の迷路を舞台に、黒幕の指示者との直接対決――そして証言者保護のための緊迫の追跡劇が、再び始まった。


12:50/K都市圏・特別分析室


玲はホワイトボードにマーカーで名前を書き出す。

「‘川田修造’、元運輸局職員。事故の直前に‘構造的な不備を警告していた’と証言している。現在は民間ビルの警備員として勤務中」


沙耶が資料を整理しながら静かに言う。

「的場が狙うのは、この証言者。証言を消させないためには、保護が最優先」


成瀬由宇がモニターの上空映像を確認する。

「対象確認。ビルの警備員姿で、通常勤務中。現在、車両で移動を開始」


桐野詩乃が解析端末を操作し、周囲の死角や潜入ルートを割り出す。

「影班、接触ポイントはこの裏口。周囲の警備は最小限、混乱を避けて進行可能」


安斎柾貴が低い声で指示を出す。

「全員、無駄な接触は避けろ。証言者を最優先で保護する」


朱音がスケッチブックにビルの間取りと動線を描き、慎重に確認する。

「ここで隠れて……こっちから救出すれば安全」


影班は都市の雑踏とビルの配置を利用し、静かに接近する。

成瀬が指示する。

「川田修造、動きを止めさせるな。影班、後方から覆い、的場の接近を阻止」


奈々は端末でナンバー隠蔽車両や通信ログを追い、的場の動きをリアルタイムで予測する。

「的場は裏路地から接近中。速やかに介入しないと、危険」


都市の雑踏を縫うように、影班は冷静かつ迅速に行動を開始。

川田修造を無事に保護し、的場の妨害を阻止する――

計画的犯罪の核心に迫る、最後の防衛線が今、静かに展開されようとしていた。


13:05/K都市圏・民間ビル裏口


沙耶は手元のメモを確認しながら、静かに言った。

「彼が出した報告書……上からもみ消された痕跡がある。‘彼の証言’が的場にとって一番邪魔なんだろうね」


玲は静かに頷き、影班に目をやる。

「川田修造、無事保護完了。建物内で安全を確保。接触・搬出は影班が担当」


成瀬由宇が川田を囲むように配置された影班の動きを確認し、低く報告する。

「対象、混乱なく確保。的場の接近は阻止済み。証言者への脅威は現在ゼロ」


桐野詩乃が端末で周囲の死角や潜在的危険をチェックする。

「周囲の警備も確認済み。搬出ルートは安全」


安斎柾貴が周囲を警戒しながら、静かに指示を出す。

「全員、証言者保護に支障なし。任務完了」


朱音はスケッチブックに最後の動線を描きながら、微かに息をつく。

「これで……もう、邪魔されることはない」


沙耶は冷静に書類と端末を整理し、呟く。

「彼の証言が残れば、的場の計画は完全に暴かれる。今回の事件の決定的証拠になる」


都市の裏口に張り巡らされた警戒線と影班の連携によって、川田修造は無事に保護された。

偶然を装った計画的犯罪の最後の歯車――“証言者の保護”—は、ついに完全に成功したのだった。


13:25/K都市圏・特別分析室


水無瀬透が静かに部屋に入り、メモを手に掲げる。

「彼には‘直前の改ざん指示’の記憶が残っている可能性がある。だが、恐怖から記憶をブロックしている……少しだけ触れてみる必要がある」


玲は手元の資料を見ながら、低く頷く。

「慎重に。記憶を刺激するだけで、心理的負荷が大きい。暴走させてはならない」


沙耶が川田修造の横に座り、静かに声をかける。

「川田さん、少しだけ、思い出せそうなことを話してみてもいいかな……?」


川田は肩をすくめ、目を伏せたまま微かに震える。

「……怖い……でも、言わなきゃいけないんですか……」


水無瀬は手元のメモを確認し、穏やかな声で続ける。

「大丈夫、急ぐ必要はない。思い出せる範囲で構わない。私たちは、あなたを守るためにここにいる」


朱音はスケッチブックに小さく線を引きながらつぶやく。

「怖くても、これで真実に近づけるんだね……」


伏見遼が端末で過去の通信履歴や整備記録と照合し、リアルタイムで情報を整理する。

「記憶と証拠を突き合わせれば、黒幕の指示系統も完全に特定できる」


川田は深呼吸し、震える声で少しずつ口を開く。

「……あの日……整備会社に、突然‘再チェック’の指示が来て……俺はそれを見て……」


水無瀬は静かに聞き取り、心理的負荷を最小限に保ちながら、記憶の断片を整理していく。

都市の特別分析室に、恐怖と真実が交錯する緊迫した空気が漂った。


13:50/K都市圏・民間ビル裏手


沙耶はビルの裏手を回り、端末を確認しながら静かに言った。

「おかしい……警備ログが‘15分前’に一度止まってる。誰かがアクセスしてる」


玲が端末を操作し、警備ログと監視映像を照合する。

「なるほど。的場、もしくは背後の黒幕が接触していた可能性がある」


伏見遼が過去の通信履歴、車両操作、整備記録とリアルタイムで照合しながら言う。

「川田さんの記憶とログを突き合わせれば、黒幕の指示系統を完全に再現できる」


水無瀬透が穏やかに川田に語りかける。

「大丈夫、恐怖を思い出させるわけじゃない。落ち着いて、思い出せる範囲だけでいい」


川田は深く息を吸い込み、震える手でメモを握りしめながら、声を絞り出す。

「……あの日、整備会社に‘再チェック’の依頼が来た……それは的場からの指示だった。彼は、俺に具体的な操作方法を指示した……そして事故の車両は……」


朱音がスケッチブックに軌跡を書き込み、画面の解析結果と照合する。

「全部つながる……事故操作、通信、整備指示……黒幕の指示系統が完全に見えた」


沙耶が静かに頷き、端末で証拠を保存する。

「川田さんの記憶で、黒幕の全指示が確定した。もう隠せるものはない」


玲は低く告げる。

「これで、偶然を装った計画的犯罪の全貌が完全に暴かれた。的場も黒幕も、逃げ場はない」


都市の雑踏、監視カメラ、端末解析、そして川田の恐怖に抑えられた記憶――

すべてが結びつき、計画的犯罪の核心がついに完全に明らかになった瞬間だった。


14:05/K都市圏・民間ビル裏手・特別分析室臨時支部


水無瀬透は即座に川田の肩に手を置き、静かに目を閉じた。

「――記憶に鍵がある。電子点検時に配線が書き換えられていた。それを彼は見ていた……!」


川田は目を見開き、震える声で呟く。

「……そうだ……俺は、整備記録の端末を見て……配線図が……勝手に書き換わっていた……それを……」


朱音はスケッチブックに線を引き、画面の解析結果と重ね合わせる。

「だから事故は偶然じゃなく、完全に操作されていたんだ……」


伏見遼が端末のデータをスクロールさせながら確認する。

「電子点検のログと通信履歴を照合すると、配線書き換えの指示は的場、そして黒幕から直接来ていたことが確定する」


沙耶が冷静にファイルを整理し、低く言う。

「川田さんが見たものが、黒幕を追い詰める決定的証拠になる……」


玲は深く息をつき、指示を送る。

「影班、的場の動きは封鎖。川田の記憶と証拠を組み合わせ、黒幕の指示系統を完全に押さえる」


川田は震えながらも、ゆっくりと事実を語り出す。

「……的場が直接、整備会社の端末にアクセスして……配線を書き換えた……事故前日、俺はそれを目撃したんだ……」


都市の雑踏や監視カメラ、端末解析、川田の抑圧された記憶――

すべてが交錯し、偶然を装った計画的犯罪の全貌がついに解明される瞬間だった。


14:25/K都市圏・特別分析室


伏見遼は端末を前に冷や汗をかきながら、低く報告した。

「的場の接近情報が‘事前に漏れていた’可能性がある。張り込み位置、証言者名、全部……内部ログから抜かれてる」


玲は眉をひそめ、手元の資料を叩く。

「内部情報が漏れていた……これは想定外だ。的場は、常に一歩先を読んで動いていた可能性がある」


沙耶はメモを見つめ、静かに呟く。

「つまり、我々の行動も監視されていたということ……内部にスパイがいるのかもしれない」


成瀬由宇がモニターに映る都市のルートを確認し、冷静に報告する。

「影班の張り込み位置は事前に特定されていた可能性が高い。無線通信も全て傍受されていた可能性があります」


伏見は端末でログ解析を続け、指を震わせながら続ける。

「このアクセス履歴……通常業務とは異なるIDが、数時間前から動いている。証言者や影班の位置情報まで抜かれている」


玲は静かに深呼吸をし、低い声で指示を出す。

「この情報漏洩の可能性を踏まえ、即座に通信を封鎖し、影班の位置を再配置。証言者保護は優先、内部犯の特定も急ぐ」


沙耶はファイルを整理しながら、冷徹に言う。

「これまでの証拠だけでなく、内部からのリークがなければ、黒幕の計画はここまで緻密にはならなかった。真相はさらに深い」


都市の監視、端末解析、そして川田の記憶――

偶然を装った計画的犯罪の全貌は解明されつつあるが、その裏には、まだ見えない“内部の影”が潜んでいることを示していた。


14:42/K都市圏・特別分析室


御子柴理央は無言のまま端末を覗き込み、眉を寄せた。

画面に映る職員データのログが、どこか不自然に波打っている。


「……職員の記録に異常がある。“一時的な記憶抹消”の痕跡。外部からの干渉じゃなく、本人が“意図的に抜かれた”記憶を保持してる可能性がある」


玲がすぐに反応し、椅子を引き寄せる。

「意図的な記憶抜き取り……つまり、スパイ行為を自覚した上で記録を隠したということか」


奈々が端末を叩き、通信ログを追跡する。

「アクセス履歴、再生不能の時間帯があります。復旧できれば、誰が情報を持ち出したか特定できるはず」


伏見が静かに補足する。

「抜かれた時間は、的場が接近する“2時間前”。偶然じゃない。彼らに内部情報を渡した人物がいる」


沙耶は静かに息を吸い、低く言う。

「……つまり、K部門の中に“もう一人の協力者”がいたってことね」


御子柴は指先で画面を操作し、複数の記憶ログを重ねる。

「記憶痕のパターンが一致した。意図的に情報を隠した職員は――“情報処理第3班・朝倉浩平”。

彼は事故直前、的場のデータを閲覧した最後の人物」


玲の表情がわずかに硬くなる。

「朝倉……K部門の中でも、最も内部アクセス権限の高い技術者だ」


影班の通信が入る。

『こちら影班。朝倉浩平、現在K都市第七区のターミナル付近で行動中。護衛班を伴っていない』


玲は立ち上がり、短く指示を出す。

「追跡開始。対象は内部犯の可能性が高い。逃すな」


成瀬由宇、桐野詩乃、安斎柾貴――影班の3人が一斉に動き出す。

都市の雑踏を縫い、ターゲットを見失わぬように。


画面の光が御子柴の瞳を照らし、彼は小さく呟いた。

「……記憶を消しても、真実の痕跡は残る。彼の中に“黒幕との接点”が必ずある」


そして、追跡の先に浮かび上がるのは――

的場を操り、裏で全てを仕組んだ“本当の黒幕”の影だった。


15:10/K都市圏・第七区・ターミナル周辺


伏見遼が端末を叩き、低く報告する。

「……ログの異常記録を残していたのは、西條美咲。警備部所属、玲さんと同期の情報管理官だ」


玲は眉をひそめ、静かに頷く。

「西條か……内部犯。だが今の最優先は朝倉の確保だ」


成瀬由宇は高所から周囲を監視し、低い声で報告する。

「対象確認。朝倉浩平、ターミナル前の歩行者混雑を利用して移動中。単独行動」


桐野詩乃が解析端末を操作し、逃走ルートの死角を割り出す。

「影班、裏口から接近可能。周囲の監視カメラ死角を利用すれば目立たずに確保可能」


安斎柾貴が低く指示する。

「全員、慎重に。市民を巻き込むな。確実に拘束する」


影班は都市の雑踏を縫うように、朝倉に静かに接近する。

成瀬が背後から肩を抑え、桐野が前方を封鎖。

安斎が横から手錠を用意し、逃走ルートを完全に封じる。


玲が無線で指示する。

「確保完了次第、即座に証拠と共に特別分析室へ搬送」


朝倉は突然の囲い込みに目を見開き、反射的に後ろに手を伸ばすが、成瀬の素早い動きで押さえ込まれる。

安斎が静かに手錠をかけ、桐野が資料や端末を押さえる。


伏見が端末で再確認する。

「ログ、端末、通信記録――すべて押さえた。朝倉の行動履歴から、黒幕指示の全容が再現可能」


沙耶が静かに息をつき、川田の安全を確認する。

「これで、内部犯による情報操作も完全に封じられた……」


都市の雑踏を背景に、影班による精密な確保作戦は成功。

偶然を装った計画的犯罪の、最後の内部関与者がついに押さえられた瞬間だった。


15:35/K都市圏・特別分析室・臨時記憶復元室


御子柴理央は端末を前に静かに付け加えた。

「自分が知らぬまま‘記憶操作’されていたなら……本人に自覚はない可能性もある」


水無瀬透が川田の隣に座り、落ち着いた声で語りかける。

「恐怖や抵抗でブロックされた記憶は、ゆっくり、安全に取り出す必要がある。焦らず、思い出せる範囲から」


川田は深呼吸し、震える手を机の上に置く。

「……あの日のこと……もう一度思い出す……」


伏見遼が端末の解析を開始する。

「整備ログ、通信履歴、車両操作……川田さんの記憶と突き合わせれば、書き換えられた配線図や指示の痕跡を正確に復元できる」


朱音はスケッチブックに事故車両の軌跡や整備の流れを書き込み、川田の言葉と照合する。

「ここで配線が書き換えられて……このルートで事故が起きたんだ」


水無瀬が手を川田の肩に置き、微かに目を閉じる。

「大丈夫、ゆっくりでいい。記憶は断片でも構わない。私たちが繋ぎ合わせる」


川田は声を震わせながらも、徐々に詳細を思い出し始める。

「……的場が端末を操作して……再チェックの指示……配線を書き換えた……事故車両の動き……全部、見てた……」


御子柴は解析端末の画面を凝視し、静かに言う。

「記憶が戻れば、黒幕の指示系統も完全に再現できる。外部からの痕跡も、内部操作も、全てつながる」


沙耶が資料を整理しながら、淡々と報告する。

「これで、偶然を装った計画的犯罪の全貌が、法的に証明できる形で揃った」


都市の監視、端末解析、そして川田の抑圧されていた記憶――

全てが結びつき、黒幕指示の全容が、ついに明らかになろうとしていた。


16:00/K都市圏・特別分析室


玲は端末を前に、低くつぶやいた。

「なら、彼女は‘利用されている’……その証拠を、俺たちが掴むしかない」


伏見遼が解析端末を操作し、警備部内部の通信ログを確認する。

「西條美咲のアクセス履歴……川田保護の直前、ログを操作して情報を漏洩させた形跡があります。しかも端末操作の痕跡は、彼女しか通せないIDで記録されている」


御子柴理央がデータを重ね合わせ、冷静に言う。

「さらに、川田の記憶と照合すると、改ざん指示や的場の接触時刻と完全に一致する。西條が関与していることは間違いない」


沙耶がファイルを整理しながら、低く呟く。

「彼女自身は黒幕の全容を知らされていない可能性もある……つまり、操られている立場」


水無瀬透が分析端末を指差しながら補足する。

「ただし、利用されていたとしても、記録操作を行った事実は消えない。これが証拠となり、法的に責任を追及可能」


玲は机に手を置き、静かに決意を込める。

「西條美咲――君の関与は確定だ。だが、本当に狙われたのは彼女自身かもしれない。証拠を押さえ、事実を明らかにする」


伏見遼が冷や汗をかきながら端末を確認する。

「これで、内部情報漏洩と記憶操作、両方の証拠が揃いました。黒幕への糸口も完全に見えています」


都市の監視ログ、通信履歴、そして川田の復元された記憶――

偶然を装った計画的犯罪の全貌は、西條美咲の関与によって、ついに内部からの操作痕跡も明らかになった。


16:25/K都市圏・都市街路


九条凛は双眼鏡をゆっくり下ろし、静かに呟いた。

「出てきた。左手に紙袋。軽装で、足取りも普通。だが目が泳いでる。あれは‘次の現場’へ向かう前の目だ」


玲は端末を操作し、伏見遼からのログと川田の復元記憶を重ね合わせる。

「的場の背後で指示を出していた黒幕……連絡履歴、内部アクセス、全ての証拠が揃った。動機も行動も、完全に再現可能だ」


沙耶が静かに言う。

「全て繋がる……偶然に見えた事故も、内部情報漏洩も、記憶操作も、黒幕が計画していたことだった」


水無瀬透は川田に目を向け、穏やかに確認する。

「川田さん、あなたの記憶からも、指示系統の全容が確認できた。黒幕の存在は確実です」


伏見遼が端末画面をスクロールし、証拠を提示する。

「電子点検ログ、通信履歴、警備操作履歴……全て黒幕の動きと一致。これ以上、隠すことはできません」


成瀬由宇は監視映像を確認し、低い声で報告する。

「黒幕、的場を使い、内部情報を巧みに操作していた。これで黒幕の全容が公的に押さえられる」


玲は深く息をつき、静かに指示する。

「影班、確保体制を維持。証拠を押さえ、司法に提出。これで計画的犯罪は完全に暴かれた」


朱音はスケッチブックに軌跡を重ね、静かに呟く。

「全部、つながった……もう、誰も逃げられない」


都市の雑踏、監視カメラ、端末解析、川田の復元された記憶――

偶然を装った計画的犯罪の黒幕は、ついに完全にその姿を現した。

そして、都市の影で蠢いていたすべての操作は、法の前に明らかになる日を迎えようとしていた。


【時刻:16:48/旧中央監視センター周辺】


橘奈々の無線が、静寂を破るように響いた。

「こちら奈々、聞こえる? 進行方向、東の地下鉄構内を抜けているわ。目的地はおそらく“旧中央監視センター”。過去に公安の“非公式尋問”が行われた施設よ。」


玲が短く応答する。

「了解。影班、全員現場へ移動。目的は“指示者”の確保だ。逃すな。」


闇に沈む構内を、影班の足音が吸い込まれていく。

成瀬由宇が先行し、手信号で進路を指示。

桐野詩乃が後方からカメラ映像を転送し、安斎柾貴が無言で電磁封鎖装置を設置した。


やがて、薄暗い監視室の奥――

黒いスーツを着た男が、古びた端末の前で指を止めた。


玲が静かに歩み出る。

「……“黒幕”は、お前だな。公安情報を利用し、事故を装って人を消した。的場も、西條も、すべてお前の駒だった。」


男はゆっくりと振り返り、薄く笑った。

「……証言を残す者がいなければ、真実など存在しない。私は、ただ“秩序”を守っただけだ。」


玲の目が細く光る。

「秩序じゃない。恐怖で縛っただけだ。」


その瞬間、安斎が背後から一歩踏み込み、制圧動作。

男の手から端末が弾かれ、床に落ちた。


奈々の声が再び無線に入る。

「確保確認。データ同期完了。すべての指令ログ、今サーバーに送信したわ。」


沙耶が短く息をつき、安堵の笑みを漏らす。

「……これで、ようやく“偶然”が終わるね。」


玲は拘束された男を見下ろしながら、低く言った。

「真実は、消しても戻る。お前がどれだけ操作しても、記憶の中の証人は消えない。」


遠くで警報が鳴り始め、外からK部門の隊員たちが突入してくる。

旧監視センターの冷たい空気の中、長く続いた沈黙の事件は、ついに終焉を迎えた。


【時刻:18:22/K部門・第七取調室】


白い蛍光灯が、薄い灰色の壁を冷たく照らしていた。

中央の金属製テーブルには、手錠をかけられた男――“黒幕”とされた元公安幹部・牧原隼人が座っている。

その対面に、玲、橘奈々、そして尋問のスペシャリスト――真壁怜司まかべ れいじが立っていた。


静寂の中、真壁が椅子を引く音だけが響く。

黒い手袋を外しながら、彼は穏やかな声で言った。

「牧原隼人。あなたが計画した“事故偽装連鎖事件”について、順に確認する。」


牧原は笑みを浮かべる。

「……尋問官か。懐かしいな。“あの頃”を思い出す。」


真壁は表情を変えず、指先で端末を操作する。

モニターに、事故当日の映像、改ざんされた点検記録、そして整備業者への指示メールが次々と表示されていく。

すべて、伏見遼によって復元された“抹消前のデータ”だ。


玲が静かに言った。

「あなたの指示で“整備不良”が作られた。証言者は事故として処理され、真実は消された。なぜそこまでした?」


牧原の笑みが、わずかに歪む。

「……真実は、管理されるべきだ。混乱を防ぐためにな。」


その瞬間、真壁の声が低く響いた。

「あなたが言う“管理”とは、人を殺して沈黙させることか?」


短い沈黙。

牧原の瞳が、一瞬だけ揺れた。


真壁は目線を外さず、ゆっくりと端末を切り替える。

映像には、かつて“旧中央監視センター”で行われた非公式尋問の記録が映し出された。

そこに映るのは――牧原自身が、拘束された証言者に指示を与えている姿だった。


奈々が息をのむ。

「……証言者隔離じゃない。“処理”。本当にやっていたのね。」


牧原の肩が震えた。

「……違う……俺は命令に従っただけだ……上が――」


真壁が静かに問い詰める。

「“上”とは誰だ? 命令の出所を言え。」


長い沈黙。

室内の空気が張り詰める。


やがて牧原は、乾いた笑いを漏らした。

「……“的場”は俺の駒だ。そして、俺を動かしていたのは……公安情報局の特別顧問、“天城誠司”。」


玲が低く呟く。

「……やはり、背後には別の指揮系統があったか。」


奈々が端末を操作し、報告を送信する。

「天城誠司――退官後も複数の民間契約を維持、表向きはコンサルタント。……でも内部ログに、“証言排除案件”の複数一致があるわ。」


真壁は静かに椅子を立ち上がる。

「牧原、あなたは“秩序”を語った。だが、それは命令に従うことで自分を正当化しただけだ。」


牧原の目が閉じる。

「……俺は、ただ……誰かが汚れ役をやらなきゃと思ったんだ……。」


玲はしばらくその沈黙を見つめ、低く言った。

「――もう充分だ。真実は、記録として残す。」


奈々が録音端末を停止させる音が、静かに響いた。


取調室の外、

圭介がガラス越しにそれを見つめていた。

彼の拳が、わずかに震えている。


「……“処理場”として使われていたのか。証言者を……」


その呟きに、沙耶がそっと隣で頷いた。

「でも、もう止まったわ。あとは、記録を明るみに出すだけ。」


玲が振り返り、静かに言う。

「――次は、“天城誠司”。全ての糸を、絶つ。」


【時刻:19:06/旧中央監視センター・地下通路】


廃墟となった施設の薄暗い通路。

壁はひび割れ、天井の蛍光灯が不規則に明滅している。

かつて尋問室へと続いていたその通路には、今は誰もいないはずだった。


しかし――靴音が響いた。

低く、一定のリズム。

その音は、確信を持って進む者の歩みだった。


玲が無線に囁く。

「位置確認、天城誠司はこの地下区画に潜伏している可能性が高い。」


橘奈々の声が返る。

「監視カメラはすべて過去ログでループ中。熱反応は一つ、北ブロックの旧尋問室前。」


影班が動いた。

成瀬由宇が先行して暗闇に溶け、桐野詩乃が壁際に残る古い電源コードを切断する。

わずかな電子音すら、彼らは許さなかった。


安斎柾貴が静かに低声で告げる。

「……呼吸音が一つ。動かず、こちらを待ってる。」


玲は頷き、拳銃のセーフティを外す。

「いいだろう、天城。お前の“秩序”の果てを見せてもらう。」


扉を蹴り開けた瞬間――

そこにいたのは、白いシャツに黒いベストを羽織った老齢の男。

机の上に古い録音機を置き、静かに笑っていた。


「やはり来たか、玲探偵。」


玲の目が鋭く細まる。

「……自分で“探偵”と呼ぶとは、余裕だな。天城誠司。」


天城は椅子にもたれながら、ゆっくりと指を組んだ。

「余裕ではない。終わりを見届ける覚悟だ。――お前たちは何も分かっていない。」


奈々が無線越しに低く言う。

「音声解析開始。彼の声、以前の“牧原尋問記録”と一致……やっぱり、すべて彼が指揮してた。」


玲は一歩踏み込み、冷たい声で言った。

「牧原も、お前の駒だった。そして“事故”も、“証言排除”も、お前が作った仕組みだ。」


天城は小さく笑い、録音機の再生ボタンを押した。

そこから流れたのは、牧原の声だった。


『……俺は命令に従っただけだ……上が――天城が――』


音声が途切れる。


天城はそのまま、穏やかに呟いた。

「秩序を守るために、汚れ役が必要だった。それが私の役割だった。誰も、混乱を止められなかった。」


玲は銃口をわずかに下げ、低く言う。

「秩序じゃない。ただの支配だ。」


成瀬由宇が無音の動作で背後を制圧し、桐野詩乃がデータ端末を回収。

安斎が合図を送る。

「制圧完了。生きて確保。」


天城は抵抗せず、椅子に座ったまま静かに目を閉じた。

「……記録は止まらない。誰かがまた、同じことを始める。」


玲の声が冷たく響いた。

「その“誰か”が現れた時、俺たちが止める。」


通路の奥で、沙耶が無線を受けながら呟く。

「これで、“処理場”の時代は終わる。」


廃墟の空気が、ようやく静けさを取り戻していった。


【時刻:19:42/旧中央監視センター・外周エリア】


夜の帳がゆっくりと降りていく。

廃墟の壁面を風がなぞり、古びた鉄扉がわずかに軋んだ音を立てた。


沙耶が周囲を見回しながら、低く呟いた。

「……ここ、本当に“処理場”として使われてたのね。人がいた気配がまだ残ってる。」


彼女の足元には、散乱した古い書類と、壊れた監視端末の破片。

それぞれに、“記録の断片”が刻まれていた。

擦れた文字の中に――“証言者番号”や“保護対象移送”の記録。


圭介がその一枚を拾い上げる。

「……これは、“倉庫事件”の時の……」


奈々が端末越しに声を送る。

「照合結果出た。やっぱり、十年前の倉庫事件――あのときの“消えた証言者”がここで処理されてた可能性が高い。」


玲が静かに目を閉じる。

「十年前の真相は、まだ続いていたということか。」


沙耶は息を整えながら、小さく呟いた。

「人の記憶を消しても、場所は覚えてるのね……“声が残ってる”。」


その言葉に反応するように、風が通路を抜けていった。

金属がわずかに鳴り、遠くで誰かが歩いたような錯覚が過ぎる。


玲が静かに告げる。

「ここを封鎖して、記録をすべて本部に送れ。……まだ誰かが、これを隠そうとする前に。」


安斎が無言で頷き、通信を開く。

「K部門全隊に通達。現場確保完了、データ送信開始。」


朱音の声が、小さく無線に入った。

「パパ……この場所、まだ“泣いてる”よ。」


圭介はその声に、一瞬だけ目を閉じた。

「……ああ。でも、もう泣かせない。」


沙耶が微笑みながらその光景を見つめ、静かに言った。

「終わりじゃない。これが、本当の始まり。」


夜の闇の中で、K部門の車両の赤い警光がゆっくりと明滅を繰り返していた。


【時刻:20:10/K部門・中央監査室】


御子柴理央は、冷静に端末のデータを確認した。

薄暗い室内に、複数のモニターが青白い光を放ち、数千行のログが流れていく。

画面には、「証言排除」「内部記録抹消」「監視センター使用履歴」といったキーワードが次々と浮かび上がっていた。


奈々が隣で息を呑む。

「……これ、十年前の“倉庫事件”以降、ずっと続いてたのね。表向きは保護案件、実際は――」


御子柴が指先で画面を止める。

そこには、一枚の内部通達文が映し出されていた。


【機密通知】

対象証言者:川田修造

管理責任者:天城誠司

指示者:――牧原隼人

処理区画:旧中央監視センター(機密レベルC)


御子柴の瞳が、わずかに揺れる。

「……すべて、連続していた。“事故”も、“偽装”も、“証言消去”も。形式は変わっても、構造は同じ。」


玲が後方のドアから入ってくる。

「裏付けは取れたか?」


御子柴は頷き、静かに言った。

「はい。天城誠司は“倉庫事件”当時から情報管理部の最高顧問として関与していました。

 さらに――これは“偶発的な犯罪”ではなく、国家内部の不正追跡者を組織的に排除する仕組みでした。」


沙耶が眉をひそめる。

「つまり、真実を知った人間を“偶然の犠牲者”に仕立て上げてた……?」


「ええ。」御子柴は静かに頷いた。

「事故のように見せかけることで、記録を改ざんし、罪を消す。

 ――それが“天城システム”。記憶、記録、証言、すべてを都合よく書き換える構造。」


奈々が低くつぶやく。

「……でも、もう止められない。玲さん、この情報、どうするの?」


玲は短く息を吐いた。

「公表する。隠す理由は、もうどこにもない。」


御子柴が頷き、データ転送の最終認証を入力する。

「“真実”を、記録に戻します。」


送信音が静かに鳴り、青白い光が彼らの顔を照らす。

一瞬だけ、室内の空気が張り詰めた。


沙耶がその光景を見つめながら呟く。

「これで……“消された声”が、ようやく届くね。」


玲はゆっくりと頷き、

「――あとは、朱音たちに伝えるだけだ。」


外では雨が降り出し、ガラス窓に小さな音を刻んでいた。

だが、その雨音はまるで、長い沈黙を洗い流すように優しかった。


【時刻:21:35/K部門・第一区画・特別尋問室】


薄暗い部屋に、わずかな雨音だけが響いていた。

中央の机には拘束された天城誠司が座り、正面には玲、真壁怜司、伏見遼、そして九条凛が並ぶ。

壁面のモニターには、伏見が解析した“倉庫事件”当時の記録データが投影されていた。


伏見が情報一覧を指差す。

「ここのタイムスタンプ、内部カメラでは彼女が端末に触れていないのに、記録だけが“書き換え済み”として残ってる。

つまり――遠隔操作か、代理者を使った可能性が高い。」


玲が視線を天城に向ける。

「“彼女”とは誰だ? 西條美咲のことか?」


天城は薄く笑った。

「……美咲は知らなかった。あの子はただ、指定されたアクセスコードを入力しただけだ。

本当の操作は、私が裏側から行った。」


九条凛が低く問い詰める。

「何のために? あなたが“倉庫事件”を隠す目的は?」


一瞬、天城の目が虚空を見た。

「――守るためだ。」


玲が眉をひそめる。

「誰を?」


「“国”をだ。」

その言葉は静かに、しかし重く落ちた。


真壁が腕を組む。

「つまり、あなたは“国家秩序の維持”を名目に、証言者を排除してきた。

十年前の“倉庫事件”も、その延長線上だと?」


天城の口元がかすかに動く。

「……あの事件で消えたのは、民間物流会社の事故記録。

だが、実際に消されたのは“証拠”だった。――ある研究所が、非公式に行っていた“記憶改竄実験”のデータが倉庫に保管されていた。」


奈々が無線越しに呟く。

「記憶改竄……やっぱり、根はそこにあったのね。」


伏見が続ける。

「倉庫爆発は“実験の痕跡を消すため”。

そして、証言しようとした関係者たちが“事故”で次々に死亡――全部、天城の仕組んだ偽装工作。」


天城の表情が、ゆっくりと崩れていく。

「違う……私は“命令”に従っただけだ。あの実験の存在を公にすれば、国は崩壊していた。

だから――記録を消すしかなかった。」


玲の声が低く鋭く響いた。

「崩壊を恐れて真実を消した。だが、その代償が“人の命”だ。」


真壁が静かに立ち上がり、机の上の録音機を停止する。

「――供述として記録する。“倉庫事件”の隠蔽は、国家指令ではなく、天城誠司の独断による判断。」


天城は深くうつむき、わずかに呟く。

「……違う……私は……守りたかっただけだ……」


玲はしばらく彼を見つめたまま、言葉を失っていた。

やがて、伏見が静かに口を開く。

「これが、すべての“偶然の事故”を生み出した始まりだ。十年前の倉庫事件が――。」


九条凛が記録端末を閉じる。

「“記憶を消して秩序を守る”。それが彼の思想。

でも、本当に消せる記憶なんてない。……残るのは“痛み”だけ。」


玲は席を立ち、窓の外の雨を見上げる。

「――終わったな。」


真壁が静かに頷く。

「これで、全記録を公にできる。だが、次は……どうする?」


玲の声は淡く、それでいて確かな決意を帯びていた。

「“記憶の証人”たちに、真実を返す。」


雨の音が静かに続き、尋問室の灯がゆっくりと落とされた。

外では、夜の街の明かりが濡れた舗道に揺れ、

――十年越しの沈黙がようやく終わりを告げていた。


【時刻:22:12/旧中央監視センター・第2封鎖区画】


冷たい金属の壁が、薄闇の中で鈍く光っていた。

照明の切れた廊下に、わずかに機械音が反響する。


九条凛は銃口を正面に向けたまま、静かに息を整える。

その視線の先――拘束された的場が、無言のままこちらを見返していた。

額から血が一筋、頬を伝う。


「……これが、お前たちのやり方か」

的場の声は低く、しかしどこか諦めのような響きを帯びている。


凛は答えなかった。

代わりに、耳元の通信機から玲の声が届く。


『こちら玲。内部監査を開始する。全員、アクセスルートを切り替えろ――

“もう一人”が、内部から情報を抜いている。位置特定を急げ。』


奈々の声が続く。

『監査プログラム、走らせます……通信網を三層で遮断。的場側からのバックドアも検出可能です。』


伏見の指が端末の上を走る。

「第一層、遮断完了。データパケットに“内部署員の個人署名”が混ざってる……! 誰かがここからアクセスしてる!」


御子柴が即座に反応した。

「パケット識別――ID、K-07。……これは、西條美咲の管理端末の署名だ。」


室内に一瞬、静寂が落ちた。

凛の指が、トリガーにかかったまま止まる。


玲の声が、低く響く。

『……IDが使われた時間を遡れ。彼女本人は拘束監視下にいる。なら――“複製キー”だ。』


奈々が唇を噛む。

「複製キーが存在するなら、発行元を追えば――“裏の署名者”に辿り着ける。」


沙耶が冷静に言った。

「つまり、“もう一人”は、美咲の上層権限を使って侵入している。K部門の内部権限を持つ者……

――玲、あなたの指揮下の人間よ。」


玲は短く息を吐き、ホワイトボードに新たな文字を走らせた。

「協力者=K部門上層」


伏見が声を上げる。

「第三層通信、突破された! こっちの解析網に侵入してる!」


奈々が焦りの声を上げる。

「玲さん、誰かが“内部のアクセス許可”を再構築してます!」


玲の目が鋭く光る。

「全員、暗号遮断。デバイス切断。――“手動追跡”に切り替えろ!」


その瞬間、凛の前に座る的場の唇が、わずかに動いた。


「……遅いよ、玲。

 俺はただ、指示を受けて動いただけだ。――“本当の主”は、まだお前たちの中にいる。」


凛の銃口がわずかに上がる。

玲の声が即座に響いた。

『撃つな、凛。……彼はまだ“鍵”を握っている。』


伏見が叫ぶ。

「侵入元確定! データ発信元は――K部門本部、第一区画・記録保管室!」


玲の拳が机を叩いた。

「そこを押さえろ! 影班、即応配置――!」


九条凛が的場を見下ろし、低く呟く。

「“もう一人”が動いた……なら、終わらせるのは、今だ。」


冷たい銃声が、廃墟の中に反響した――。


【時刻:22:38/K部門本部・記録保管室地下フロア】


冷たい金属扉が、静かに軋む音を立てて開いた。

照明は半分以上が落ち、非常灯だけが赤い光を点滅させている。

無数のファイルラックが並ぶ奥――わずかに人の気配。


影班の3人、成瀬由宇・桐野詩乃・安斎柾貴が無言で散開する。

足音は床に吸い込まれるように消え、緊張だけが空気を満たしていた。


安斎が低く囁く。

「熱反応一つ……ラックNo.42。動いてる。」


由宇が視線だけで合図を送る。

詩乃がサプレッサー付きの銃を構え、薄く息を吐いた。


その時、通信が入る。

『こちら玲。K部門本部、全システムロック完了。――影班、突入を許可する。』


由宇のブーツが床を蹴る。

扉が開くと同時に、目の前で端末を操作していた人物が顔を上げた。


――西條美咲。


だが、その表情は明らかに“彼女ではない”。

焦点の合わない瞳、無表情の微笑み。

手の動きだけが異様に正確で、機械のように滑らかだった。


「……あなたは、美咲本人じゃないな。」

由宇の声は低く、刃のように鋭い。


安斎が即座に感知器を起動する。

「脳波同期信号検出。誰かが“外部から神経リンク”で操ってる。」


詩乃が目を細め、銃口を下げないまま問いかける。

「操っているのは誰? 的場か、それとも――天城誠司か?」


“美咲”の唇がわずかに動く。

「……アクセス権限A-001。指示系統:アマギ・セイジ。」


その瞬間、後方のラックが爆音を上げて崩れ落ちた。

データ筐体の一部が自動消去モードに入り、青い光が散る。


由宇が叫ぶ。

「データ焼却プロトコル発動! 全員、記録を保護しろ!」


詩乃が走りながら携帯端末を取り出す。

「詩乃より奈々へ――緊急データバックアップ要求! 消去コードが流れてる!」


奈々の声が焦りを帯びて返る。

『ダメ、コードは“外部リンク経由”。天城が“遠隔で直接上書き”してる!』


安斎が美咲の肩を掴む。

「リンク切断、俺がやる。」


彼の瞳が一瞬、青く光った。

精神制御の逆流操作――安斎独自の“心理干渉解除”。


美咲の体が激しく震え、膝をつく。

「……わ、私は……見てしまったの……天城が……“倉庫事件”の映像を……!」


由宇が息を呑む。

「倉庫事件――やはり、天城が?」


詩乃が短く言う。

「玲に伝えて。……“真相の鍵”、生きてた。」


通信が切り替わり、玲の声が入る。

『了解した。こちらも的場の供述が一致している。――天城誠司こそ、“偶然を偽装した連続事故”の黒幕だ。』


その瞬間、記録保管室の奥――中央ターミナルのモニターに、

一人の男の映像が映し出された。


皺の刻まれた顔、無機質な笑み。

白いスーツに、整ったネクタイ。


「久しいな、玲君。」

――天城誠司。


由宇が即座に銃を構える。

だが、映像の天城は穏やかに微笑んだ。


「追いついたか。だが君たちは、まだ“真実の半分”しか見ていない。」


その言葉とともに、映像の背後に一瞬だけ――

十年前の倉庫火災現場の映像が映り込んだ。


炎に包まれた倉庫、崩れ落ちる梁。

そして、煙の中で何かを抱えて走る男の姿――佐々木圭介。


玲の表情が凍りつく。

「……圭介、あの時……何を見た?」


モニターの天城が静かに笑う。

「君たちが守ってきた“真実”は、もう少しで完全に燃え尽きる。

 ――だが、その前に、私の話を聞いてもらおう。」


映像が切り替わり、“天城誠司 最終供述ファイル”の自動再生が始まった――。


【時刻:23:02/十年前 ― 港湾倉庫地区】


――夜。

湿った潮風が、焦げた金属と油の匂いを運んでくる。

警報が鳴り響き、赤い光が倉庫の壁を断続的に照らしていた。


佐々木圭介は、炎の中を走っていた。

手に握るのは、まだ若かった頃の防災局調査員の身分証。

そして左腕には、意識を失った少年――柊コウキ。


「……くそっ、出口が塞がれてる!」


木箱が崩れ、火の粉が舞う。

酸欠に近い空気の中、圭介は口元を袖で覆い、壁際にあった非常扉を蹴り破った。

外気が一気に流れ込み、煙の幕がわずかに裂ける。


その時、背後から声がした。


「圭介、もう戻れ!」


火の向こうで、白衣を着た男――天城誠司が叫んでいた。

彼の背後には、黒いスーツ姿の男たちが数名。

手には“証拠資料”と書かれたファイルケース。


「天城……何をしてる!」


圭介が叫ぶと、天城は無言でファイルをコンテナの中へ放り投げた。

直後、爆発音が響き、炎が一段と強くなる。


「この実験は失敗だ。全て記録を消す。」

天城の声は、炎の中でも異様に冷たかった。


「……実験? お前は、“人間”を……!」


圭介の言葉を遮るように、崩れた梁が天城の足元を焼いた。

だが彼は怯むことなく、微笑んだ。


「真実はいつも、都合よく整えられる。

 君もその“記録”の一部になるだけだ。」


圭介は咄嗟にコウキを背にかばいながら、出口へと駆け出した。

倉庫の外に出た瞬間、轟音とともに内部が崩壊。

夜空に火柱が立ち上がった。


遠くでサイレンが鳴る。

しかし、誰も助けに入らない。


圭介は膝をつき、腕の中の少年を見下ろした。

コウキは微かに息をしていた。

だがその瞳には――何かが“封じられたような”静けさがあった。


「……すまない。守れなかった。」

圭介はそう呟き、夜の海風に顔を伏せた。


その瞬間、背後で低い声が響いた。


「――彼を“別の記録”に移す。」


振り返ると、天城が立っていた。

炎の光に照らされた彼の瞳は、感情の欠片もない。


「柊コウキの存在は削除される。君も同じだ、佐々木圭介。」


圭介の拳が震える。

「……それでも、真実は消えない。」


天城が口元で微笑み、無線に指をかける。

「“偽装標識”を設置しろ。事故として処理する。」


その言葉が、十年後――

川田修造の証言と重なっていく。


「何もなかったはずの道路に、偽の標識が立っていた。」


圭介は、燃え落ちる倉庫を見つめながら静かに呟いた。

「……偶然なんかじゃない。

 ――最初から“計画された消去”だったんだ。」


炎の光が夜を裂き、遠くの海面に揺らめいていた。

それは、すべてを飲み込むような“沈黙の赤”だった。


【時刻:23:55/K都市圏・川田修造目撃現場】


冷たい夜風が街路樹を揺らす。

路面は雨で濡れ、街灯の光が反射して不気味に揺れていた。


御子柴理央は端末を手に、現場周囲の監視カメラ映像を確認していた。

「……この標識、事故当日の映像には存在していない。設置時間は、当日の午前2時頃。

しかも、カメラの死角を完全に突いている。」


玲が標識の位置をじっと見つめる。

「川田が言っていた通りだな。普通の事故なら、こんな場所に標識は立たない。」


奈々が端末の解析結果を重ねて説明する。

「標識の設置には“内部アクセスコード”が必要。つまり、管理者権限を持つ人物が現場に関与している可能性が高い。」


沙耶が現場を見渡し、低くつぶやく。

「……十年前も、同じやり方だったのかもしれない。事故の偽装、証言の消去、記録改ざん。すべてここから始まった。」


伏見遼が指を画面に伸ばす。

「道路の写真を照合すると、標識には微細な加工痕が残っている。

誰かが手を加えた形跡がある――ただの事故処理用ではない。」


御子柴が端末を置き、標識に目を向ける。

「川田の証言と一致する。『何もなかったはずの道路に、偽の標識が立っていた』……

天城が意図的に事故の痕跡を作り、証言を封じた証拠だ。」


玲はゆっくりと頷く。

「これで、十年前の倉庫事件と今回の一連の事故のつながりが確定した。

“偶然の事故”なんてものは存在しない。すべては計画されたものだ。」


由宇が背後から言う。

「では、ここから先は“防護措置”。この標識も含め、事故偽装の痕跡を残さないように回収する。」


沙耶が微笑む。

「……記録も、証言も、これでやっと“つながる”。

十年越しの沈黙を、少しずつ終わらせる時が来たのね。」


夜の街に、静かな決意が漂う。

濡れた舗道の反射に、K部門の赤い警光が揺れた。

雨音の中、十年にわたる“隠蔽”と“偶然の偽装”が、ようやく光を浴びる。


御子柴が端末を閉じ、玲に向かって静かに言う。

「これで、すべての痕跡を掌握できた。次は、証言者の保護と記録の正式公開ですね。」


玲が深く息をつき、空を見上げる。

「……ああ。長い戦いだった。だが、やっと終わる。」


朱音の声が通信機越しに入り、微かに笑う。

「パパ……みんなで、ちゃんと真実を見られるんだね。」


圭介は肩を落とし、娘の声に微笑みを返す。

「ああ。もう、泣かせはしない。」


夜の街に、静かな安堵が降り注いだ。

そして、十年越しの“記録と記憶の解放”が、確かに始まった。


【時刻:00:12/K部門・特別分析室】


伏見遼は端末の画面上で、無数のラインが交差する仮想経路図を指でなぞった。

「この‘経由点’は暗号化されたリレーサーバ。場所を偽装してるが、実際には……この座標付近。港湾エリアの民間通信局を乗っ取ったものだ。」


画面の座標を凝視しているうちに、圭介の額に冷たい汗が浮かんだ。深い溜息とともに目を閉じる——そして、消えていたはずの記憶がゆっくりと割れ目から戻ってきた。


――十年前、倉庫の炎がまだ赤く空を裂いていた夜。圭介は煙を吸い込みながら、倒れそうな足を引きずり、港の方へ逃げた。岸壁沿いの薄暗い通路で、青白いライトが照らすコンテナの列を見た瞬間、何かが彼の胸に刺さった。

一台の白いワンボックスが静かに止まり、側面のドアが開く。中から出てきたのは、黒い作業着の男たち――彼らは大げさに箱を運ぶでもなく、地べたに置かれた機材の小さなパネルを覗き込み、すっとケーブルを差し込んだ。機材には見慣れないマーク――港湾局の簡易ロゴと、薄く貼られた“中継ノードA7”のシールが貼られていた。

圭介はその瞬間、無意識に声を出していた。――「あれは……中継サーバだ」

白衣の男(天城だと気づかなかったが、その声と仕草は後に思い出される)と作業員の間で、短い交信が交わされる。「これで外部に抜ける。ログはお前が消せ」。目の前で、端末の画面が一瞬光り、通信が海の向こうの見えないノードへと流れていく様を、圭介ははっきりと見た。

誰かが、現場に偽の標識を立て、事故処理の“筋書き”を現場に書き込む傍らで、別働が港で秘密裏に中継ノードを設置していた——それが十年の間に、証拠を国外へと逃がす回路になっていたのだ。


目を開けた圭介の顔は青ざめ、しかし決意が宿っていた。

「……港だ。あの夜、誰かが機材を接続していた。中継ノードは、十年前と同じ回路だ」


伏見が端末をぐっと指で押し、画面の一箇所を拡大する。

「一致する。ここに残るメタデータ──設置 fingerprints が、今回のリレーと合致している。港湾エリアに移動だ。現場確保。今すぐ行く。」


静寂の中、部屋の空気がぴんと張る。朱音の小さな手が圭介の袖を握りしめ、圭介は娘の顔を見下ろしてゆっくり頷いた。

「行こう。今度こそ、全部、引き剥がすんだ。」


【時刻:00:45/港湾エリア・民間通信局跡】


張り詰めた空気の中、玲、沙耶、伏見、圭介らは静かに建物内へ突入した。

錆びついた鉄扉を押し開くと、湿った冷気と焦げた電子機器の匂いが立ち込める。


「予想通りだ……」伏見が低く呟く。

サーバラックの多くは爆破や放火により破壊され、焦げた基盤が床に散乱していた。

「だが……」彼の指が光るスクリーンの端を指す。「一部の自動同期ログが、バックアップサーバに残されている。完全に消されてはいない。」


圭介が深呼吸をし、ラックに近づく。

「十年前のあの夜、このサーバを使ったのは、間違いなく……天城だ。」

彼の声に、沙耶が静かに頷く。

「偽装事故の証拠を国外に逃がす中継経路……。残っていれば、すべて暴ける。」


玲が端末を取り出し、バックアップサーバの残留データにアクセスを開始。

「解析班、確認。ログを復元する。天城の通信ルート、接続タイムスタンプ、端末ID……全部洗い出す。」


伏見が画面に目を凝らし、手元で指を滑らせる。

「十年前と今回のリレーサーバ経路が一致している……。つまり、天城は長期間にわたって同じ手口で事故を操作していた。」


圭介はサーバの焦げた金属片を握りしめ、呟く。

「……やっと、全部繋がる。十年前の倉庫火災も、今回の偽装事故も、すべて天城の計画だった。」


沙耶が端末のログを確認しながら言う。

「残された自動同期ログを解析すれば、影の協力者や中継経路も特定できる。天城が誰に指示を出したか、完全に解明できるわ。」


玲は肩を落とさず、決意を込めて言った。

「これで、ようやく“隠された真実”を、すべて光の下に曝すことができる。

天城誠司――その正体と罪を、完膚なきまでに暴き出す。」


部屋の中、微かに残る焦げた機器の匂いと、バックアップログの冷たい光だけが、

十年越しの追跡の終わりを告げようとしていた。


【時刻:01:17/港湾エリア・民間通信局跡・解析室】


玲と沙耶は、倒れたラックの残骸の横で、焦げた端末と紙ログを広げ、搬出記録を丹念に洗っていた。

灰色の光が二人の顔を照らす。


玲が指で紙ログをなぞりながら呟く。

「……一色剛志の名は、すでに消されている。公式ログからは完全に削除されているな。」


沙耶が端末の画面を凝視する。

「でも、不自然だわ。削除した痕跡が残っている。誰かが消したのは間違いない。」


伏見遼が端末を手に、スクリーンを操作する。

「待ってください……サブログの復元が完了しました。驚くことに、削除された搬出記録の中に、奇妙な一致があります。」


玲が眉を寄せる。

「奇妙な一致?」


伏見が画面を指でなぞる。

「全く異なる日付で、別々のサーバに送信された搬出データですが、搬出された機材番号、設置先、端末ID――全て完全に同一のパターンです。

しかも、操作ログのタイムスタンプには、わずか数秒のズレしかありません。」


沙耶が言葉を切り、唇を噛む。

「……つまり、同じ人物が、同じ手順で、複数の場所に搬出指示を送ったってこと?

しかもログを消すまで、完璧に模倣して。」


玲の目が鋭く光る。

「やはり、“もう一人の影”が動いていた。天城の指示を直接受けて、記録を操作した存在……内部の誰かだ。」


伏見が微かに笑みを浮かべ、指を画面上で止めた。

「そして、この一致のパターンをたどると……十年前の倉庫事件時、港湾で操作していた中継ノードの動きとも完全に合致する。

あの時も、やはり内部に協力者がいたのです。」


玲が拳を握り、決意を込めて言った。

「よし……全員、ここからは追跡モードだ。

この“もう一人”を突き止めなければ、天城の全貌は暴けない。」


沙耶が端末を手に微笑む。

「……やっと、十年越しの影の正体に近づいたわね。」


夜の港湾は静まり返り、かすかな波音だけが響く中、K部門のチームは新たな戦いの足音を確かに踏みしめた。


【時刻:01:42/旧中央監視センター・取り調べ室】


玲は深く息を吐き、椅子にゆっくりと腰を下ろした。

目の前には、手錠で椅子に固定された的場俊介。

天井の蛍光灯が、冷たく薄暗い光を二人の間に落としている。


的場は微かに肩を揺らし、視線を逸らしたまま答える。

「……やはり、あなたが、玲か。」


玲は無言で端末を置き、書類を手に取る。

「的場、君は十年前の倉庫事件の後、何をしていた?」

声は低く、しかし鋭く、部屋の空気を震わせる。


的場は息を詰め、短くうなずく。

「……俺は、言われた通りに動いただけだ。消去、偽装、リレー……すべて、指示通り。」


玲の視線が冷たく鋭くなる。

「“指示通り”――だと? 君の手元にあった中継ノードの設置、搬出記録の操作、すべて君の判断だったかもしれない。

君が何をしていたか、全てログに残っている。」


的場の唇が震える。

「……でも、俺は自分で考えたわけじゃない。指示があったから動いただけだ。」


玲は手元の書類を広げ、証拠と映像を次々に的場に示す。

「天城誠司の指示か。それとも、内部のもう一人か。君の行動のすべてが、証拠としてここにある。

君が協力した事実を隠すことはできない。」


的場は目を伏せ、しばらく沈黙する。

やがて、声を絞り出すように言った。

「……天城の指示は、間違いなく俺たち内部から漏れていた。

誰かが、俺の端末を遠隔操作していたんだ。俺はその通りに動いただけだ……。」


玲は椅子に深く座り直し、静かに頷く。

「わかっている。君の役割は理解した。だが、真相を明らかにするには、君の協力が必要だ。」


的場は息を整え、目に薄い光を取り戻す。

「……わかった。俺が知っていることは、全て話す。」


玲は静かに微笑み、端末の録音ボタンを押す。

「いいだろう。君の言葉が、十年の謎を解く鍵になる。」


室内に、重く張り詰めた沈黙が落ちる――

そして、ついに真相への最後の扉が開かれようとしていた。


【時刻:01:58/旧中央監視センター・尋問室】


薄暗い尋問室の空気は重く、静寂が緊張感を際立たせていた。

蛍光灯は半分が切れかかり、微かに点滅する光が、壁に影を揺らす。


精密心理尋問官、九条凛は端末を膝に置き、椅子に深く腰を下ろす。

目の前の椅子には、的場俊介が手錠で固定されている。

的場は少し肩をすくめ、薄く唇を噛み、視線を床に落としたままだ。


凛はゆっくりと息を吐き、低い声で問いかける。

「的場君、君は自分の意志で動いたのか?

それとも、操られていたに過ぎないのか?」


的場は少し戸惑った表情を浮かべ、手元の手錠を見つめる。

「……俺は、指示に従っただけだ。自分の意思じゃない。」


凛は静かに端末を操作し、録音を開始する。

「それを“事実”として話す君の心理状態を、私は解析する。

恐怖、罪悪感、あるいは自己防衛……どの感情が最も君を支配している?」


的場の肩が微かに震え、声がかすれる。

「……恐怖だ。上からの指示、天城の影響……

もし逆らったら、俺も、周りも――」


凛は目を細め、ゆっくりと椅子を前に傾ける。

「なるほど……恐怖による従順性だね。

しかし、君が操作した記録やログは、既に我々の手中にある。

逃げ道はない。」


的場の視線が僅かに上がり、凛を見つめる。

「……それでも、俺は……」


凛は言葉を遮らず、静かに続ける。

「その‘それでも’の中に、真実を語る意思がある。

君の心理を読み解くのは、単に罪を追及するためではない。

誰が操ったのか、全貌を明らかにするためだ。」


的場は沈黙し、重苦しい呼吸だけが室内に響く。

凛は軽く手を打ち、端末に向けて微かに微笑んだ。

「さて……君の記憶と心理を、もう少し深く開示してもらおうか。」


静寂の中、尋問室の空気はさらに張り詰め、十年に渡る隠蔽の糸がほぐされる瞬間を待っていた。


【時刻:02:15/K部門・通信解析室】


通信解析と逃走経路の監視を担当する、監視戦術解析官 梶谷隼人 は、端末の前で画面に集中していた。

複数の通信ログ、GPS信号、端末間のリレー履歴が縦横無尽に広がる。


梶谷は指を滑らせながら、端末上の経路を追い、淡々とメモを取る。

「対象の心理状態を読み解く……恐怖、焦燥、自己保存本能。これらが行動の軌跡に反映される。」

端末画面に示された動線は、過去のログとリアルタイム監視の重ね合わせだ。


彼は微かな呼吸を整え、低くつぶやく。

「次の行動は……おそらくここだ。」

地図上の赤い点が、港湾エリアの脇道に点滅する。

「移動経路は複数あるが、心理的圧迫や監視を嫌う傾向から、この通路を選択する可能性が高い。」


梶谷はさらに予測を深める。

「標的は、端末操作やバックアップサーバの存在を意識している。

遮蔽物や死角を選び、既知の監視点を避ける行動を取るはずだ。」


その手で複数のシナリオを同時にシミュレーションし、交差する経路を瞬時に比較。

「通信ログと心理パターンを組み合わせれば、逃走可能範囲を90%以上の精度で特定できる。」


画面の点滅を見つめる梶谷の表情は冷静そのものだが、心の奥には鋭い集中力がみなぎっている。

「玲班、沙耶班、影班――すべてのチームに伝える。対象は港湾北側通路を経由する。

動線封鎖、監視強化。逃げ場はない。」


無線に指をかけ、梶谷は低く命令を送った。

「全ユニット、梶谷の予測に従え。

心理読みと行動パターンが一致すれば、次の一手を完全に封じられる。」


室内のモニターに映る赤い点が、港湾エリアの暗闇の中でじりじりと迫る――

梶谷の解析による監視戦術は、十年越しの“隠された真相”を明らかにする最後の砦となろうとしていた。


【時刻:02:42/港湾エリア・旧通信局周辺】


静寂の夜、波の音だけがかすかに響く港湾地区。

月明かりに照らされたコンクリートの地面に、低く構えた車両の影が揺れる。


エンジン音を押し殺したまま、黒塗りの車両が数台、施設周辺に展開していた。

影班の由宇が窓越しに外を見つめ、無線で静かに報告する。

「東側入口に二台、西側通路に三台展開完了。対象はまだ動かず。」


伏見遼が端末で監視ログを確認し、画面を指でなぞる。

「港湾エリアの外周通信も監視下に置いた。中継ノードの電波は弱まっているが、まだ微弱信号が残っている。」


圭介が肩をすくめ、沙耶に小声で言う。

「……あの車両群、十年前と同じ手口だな。」


沙耶は目を細め、遠くの倉庫を見つめる。

「巧妙ね。夜の静寂を利用して、車両を見えない位置に配置する……心理的プレッシャーも計算してる。」


玲は静かに端末を置き、窓の外を観察する。

「これが逃走経路の封鎖と牽制だ。梶谷の解析通りだな。対象は焦れば必ず、予測された行動を取る。」


無線が一瞬だけ震え、由宇の声が届く。

「全ユニット、待機態勢完了。対象の動き次第で即座に介入可能。」


港湾の闇の中、車両の影が潜む静寂は、十年越しの追跡劇の最終章を告げる前触れだった。

そして、この夜――“影と光”の攻防が、再び動き出そうとしていた。


【時刻:02:55/港湾エリア・高所狙撃ポイント】


遠野詩織は高所の足場に腰を下ろし、スコープ越しに施設周辺を観察していた。

彼女の指先は微動だにせず、息を殺して呼吸を整える。


「間宮、大地、報告。」

低く響く声が無線越しに届く。


間宮大地は静かに応える。

「確認。左側通路、黒塗り車両三台。影班は位置についた。」


遠野はスコープを微調整しながら囁く。

「対象確認。建物裏手に不自然な影。おそらく中継ノード設置班。動きは小刻み、警戒している。」


間宮が銃口をわずかに調整し、遠野の指示に従う。

「了解。射線上に入れた。先制遮断準備完了。」


遠野がスコープを通して更に観察する。

「動きが少し読める。心理的圧迫で焦らせれば、対象は北側通路に誘導される。

その時点で射線内に完全に入る。」


間宮は頷き、呼吸を整える。

「了解。誘導完了次第、先制遮断。被害最小で確保する。」


港湾の夜風が二人の間を抜け、わずかにスコープの十字線が揺れる。

静寂の中、狙撃班は息をひそめ、十年越しの追跡劇の決着の瞬間を待っていた。


【時刻:03:10/港湾エリア・旧通信局 裏手フェンス】


夜風が塩の匂いを運ぶ中、チーム影は息を殺して動いた。

成瀬由宇がニッパーをかけ、フェンスの細い鉄線を静かに切断する。金属の切れる音はかすかだが、その鼓動だけが周囲に響く。桐野詩乃が目を細め、後方の夜影を警戒する。安斎柾貴はゆっくりと肩のバッグを降ろし、中から小さな機材を取り出す。


成瀬が先頭に立ち、無言で一歩ずつ泥の上を進む。足取りは忍者のように軽く、路面に残る小石も踏まない。月光に照らされた彼の黒い戦闘服は、まるで影そのものだ。遮蔽物を巧みに使い、建物の死角へと滑り込む。


桐野は小型の妨害器を手に取りながら、静かに周囲の痕跡を消す準備をする。彼女の指先は冷静に動き、必要ならば痕跡を消すための薬剤を慎重に取り出す—毒物処理の道具も、短時間で無害化できるようパッキングされている。彼女は成瀬の背後三メートルで、万が一の接触に備え目を光らせた。


安斎は微かな笑みを浮かべつつ、肩の機材を弄る。計数装置、無線攪乱モジュール、小型の電磁ジャマー──彼の仕事は「心理を乱し、記録を攪乱すること」。端末を素早く設定し、指定の周波数に合わせる。短時間だけだが、監視システムのログ同期を撹乱し、外部からの復旧を困難にする狙いだ。


成瀬が人差し指を唇に当て、静かな合図を送る。三人は一瞬だけ視線を合わせ、合図のまま建物の影へ滑り込む。フェンスを切った痕跡は草むらで隠し、足跡は配慮して逆方向に踏ませる。遠野のスコープ越しに、狙撃班の目が冷たく光る。梶谷の通信解析が“北側通路封鎖”を報告し、影班の侵入は完全に覆い隠されている。


裏口の鉄扉付近、成瀬がそっとドアノブを探る。錠前は古く、無音で開く。内部へ一歩踏み出した瞬間、桐野が小さく囁く。

「痕跡消去、開始。私は内部回路の残留物を無害化する。」


安斎が機材のスイッチを押す。短い電磁パルスが吐かれ、外部の自動ログ同期が一瞬だけ乱れる。画面の中の赤い点がちらつき、バックアップの書き込みが遅延する。狙撃班の遠野が冷静に報告する。

「間宮、誘導完了。北側通路に動きあり。」


成瀬は静かに進み、扉の向こうの薄暗い通路へ消えた。三人の影が、建物の内部に溶け込む。彼らの任務は明確だ——対象を捕捉し、記録を守り、痕跡を残さず撤収する。夜の港湾に、影が確実に潜入した。


【時刻:03:22/港湾エリア・旧通信局 北西遮蔽地点】


玲は冷たい夜風に肩をすくめながら、薄暗い倉庫の影で突入班を見渡した。

ヘルメットの縁に夜光テープが小さく光り、無言の合図を交換する顔ぶれ——影班、狙撃班、梶谷の解析班、そして数名の突入隊員たち。呼吸だけが耳に残る。


玲は低く囁くように指示を出す。

「全隊、最終確認。梶谷、通信遮断と監視網の変動はどうだ?」


梶谷の声がイヤーピースに静かに返る。

「目標北側通路に動きがあります。外周の搬出車両は動かず、狙撃班の射線はクリア。内部ログの揺らぎは最小限、ただしバックアップ筐体の消去プロトコルが断続的に走っている──時間はない。」


玲は頷き、次に成瀬のほうへ視線を向ける。

「成瀬、内部からの合図はあるか?」


成瀬はわずかに首を振って返す。

「まだ。だが内部は『動揺』。痕跡消去班が中で対応中。的場は拘束、映像リンクは天城の声を流しているが、直接の干渉は切れているはずです。」


遠野の低い報告が続く。

「間宮、射線待機。梶谷の予想経路に合わせ、対象が北側へ出た瞬間に遮断します。狙撃は最終手段、命中は抑制弾での停止狙い。」


玲は皆の目を順に見る。ひとつ、明確な合図を与える。

「全員、役割を厳守。市民被害ゼロ。記録保全最優先。突入は私の合図で——『黄昏』。理解したら返事。」


短い沈黙の後、各々が低く応じる。

「了解」「了解」「了解」


玲は拳を軽く握りしめ、息を吐いた。

「行くぞ。」


無線で短いカウントが流れる。遠野がスコープ越しに息を吐き、狙撃班が静かに構えを固める。影班は既に建物内部に潜入済み、突入班は遮蔽物の陰で最後の体勢を整える。梶谷の画面上の赤点がゆっくりと目標付近に集中する。


玲は最後に一言だけつぶやいた。

「ここで終わらせる――十年分の声を取り返すんだ。」


彼女の声が夜に溶け、瞬間の静寂が引かれた。

そして、合図とともに、夜の暗がりが一斉に動き出した。


【時刻:03:35/旧通信局・内部通路】


桐野詩乃は手元の資料をめくり、淡い光の中で「アーガス」と書かれたページに目を止める。

指先で文字をなぞり、呼吸を整えながら低くつぶやく。

「……このコードネーム、十年前の倉庫事件と同じパターンよ。内部操作班の呼称……」


安斎柾貴が横で微かに眉を動かす。

「そうか……“アーガス”の動きが、今回の搬出操作や監視撹乱と完全に一致する。

つまり、単なる内部協力者じゃない。組織的に計画された動きだ。」


桐野は端末を開き、内部ログと資料を突き合わせる。

「痕跡消去の手順、搬出経路、端末操作のタイムスタンプ……すべてアーガス班の手法だわ。

これが絡んでいる以上、内部犯の行動も規則性を持っている。」


安斎はゆっくりと息を吐き、指で資料の隅を軽く押す。

「ここから先は心理制圧と攪乱のタイミングが重要になる。

対象が焦る前に、影班の制圧と痕跡消去を完了させる。」


桐野が小声で頷く。

「了解……“アーガス”が本格的に動き出す前に、我々が全てのルートを制御する。」


安斎は背筋を伸ばし、低く呟く。

「計画の全貌を把握した。次の動き次第で、十年前の影も、今夜の真相も、完全に暴ける。」


通路の暗がりに、影班の冷静な呼吸だけが響く。

資料に記された“アーガス”の文字が、十年越しの真相解明の鍵として、静かに光を帯び始めていた。


【時刻:03:42/旧通信局・中央保管室前通路】


突入班の隊列は息を殺し、鉄扉の影から一色剛志の目前に到達した。

薄暗い照明に照らされた通路の先、彼は古い端末に向かい何かを打ち込んでいる。背中はこちらを向け、肩越しに見えるのはリレーサーバの残骸――そして、先ほど桐野が示した「アーガス」のログと同じ端末インターフェースだ。


玲が瞬間、合図を出す。

「突入、行く。」


成瀬由宇が最初の一歩を踏み出し、音を立てずに間合いを詰める。

桐野詩乃は脇を固め、眼前の痕跡を抑えるための小型端末を手に構える。

安斎柾貴は後方で無線を握り、必要ならば心理的圧迫を即座に行使する構えだ。


一色は指先を止め、ゆっくりと振り向く。目は疲れ、しかし鋭く光っていた。

「来たか」とだけ吐き、両手をわずかに上げる素振りを見せる。だが、その右手はキーボードの隣で微かに動き、隠しスイッチに触れるような仕草があった。


成瀬が一気に詰め寄る。手元は確実に、しかし暴力を避けるように速い。

「動くな。一色剛志、K部門の指示に従え。」

桐野が端末のキーボードを素早く押さえ、データ上書き・消去コマンドを遮断する。安斎が一色の前に立ちはだかり、彼の視線を一点に封じる。


一色の唇が動く。囁くような声で、しかし明瞭に言った。

「遅すぎたな。解除コードは送った。ログは――消える。」


その瞬間、遠野の低い声が無線越しに届く。

「間宮、先制遮断完了。リレー信号は遮断された。バックアップは隔離されている。データ消去は中断された。」


成瀬が即座に反応し、力を込めて一色の手首を掴む。

桐野は小型端末を繋ぎ、消去プロトコルの痕跡を強制ロールバックさせる。安斎は静かに、だが確実に心理的優位を取る言葉を投げる。

「もう、終わりだ。君のやったことを全部、出す時が来た。」


一色は数秒だけ抵抗の色を見せたが、やがて肩を落とし、目を細めた。

「……天城だけじゃない。アーガスは、もっと広い。内部の“影”は、表に出せない名も多い。」


玲が冷たく、しかし苛立ちを抑えた声で言い放つ。

「証拠と供述で全て明らかにする。逃げ場はない。」


成瀬が手錠をかけ、安全確保のために一色を動線の外へ移す。桐野は周囲の機材を押さえ、消去されたはずのログを復元するための最終コマンドを入力する。安斎は淡々と周囲の監視点を再確認し、狙撃班や解析班との連携を維持する。


廃墟のような室内に、突入班の静かな勝利の気配が満ちた。だが、同時に、玲の表情には消えない影が差す――一色の言葉が示した「もっと広い」組織の存在。それは、まだ完全には解き明かされていない糸のように、彼らの後ろで揺れていた。


【時刻:03:50/港湾エリア・旧通信局周辺駐車場】


重く、冷たい夜気の中、砂利を踏む車の音が静寂を切り裂く。

低いエンジン音は、慎重に抑えられているが、周囲の金属扉やコンテナの影に反響して微かに揺れる。


梶谷隼人は端末に目を落とし、スクリーン上の赤い点を指で追う。

「対象、北側駐車場へ接近中。動きは予測通り。逃走は封じられる。」


遠野詩織はスコープ越しに確認する。

「間宮、車両の影に対象を確認。北側遮蔽の死角を利用している。射線は確保済み、しかしまだ先制は行わない。」


玲は低く息を吐き、無線で指示を出す。

「全ユニット、静観。移動が完全に北通路に入るまでは介入禁止。動いた瞬間に遮断、狙撃班は待機。」


影班の成瀬由宇が建物の死角から距離を詰め、桐野詩乃は痕跡消去の最終準備を整える。

安斎柾貴は心理的圧迫用の機材をわずかに調整し、室内ログの攪乱信号を確認する。


砂利の音が止む瞬間、月明かりに黒塗りの車両の輪郭が浮かぶ。

「ここで決着だ。」

玲の声が無線に微かに届き、チーム全員の呼吸が張り詰める。


港湾の冷たい夜、砂利を踏む車の音は、十年越しの真相を揺るがす“最後の駆動音”となろうとしていた。


【時刻:03:52/港湾エリア・旧通信局内部】


港湾の闇を裂くように、10秒間の影の連動が展開された。


――01秒:成瀬由宇が背後から疾走し、ナイフを手に無音で接近。

――03秒:桐野詩乃が側面へ回り込み、脱出路を封鎖しつつ、微量の毒気を散布。

――05秒:安斎柾貴が手の甲のデバイスを起動。遮断記録と監視ログを瞬時に消去する。

――07秒:成瀬の一閃が決まり、一色の喉元を深く静かに刺突。声さえ出せぬまま、動きを封じる。

――09秒:桐野が体勢を崩した一色を受け止め、毒針を心臓付近へ差し込む。即座に意識が遠のく。

――10秒:安斎が制圧完了の信号を無線で送信。港湾の闇は再び静寂に包まれた。


わずか10秒。だが、十年越しの追跡劇はこの瞬間に決着を迎えた。

影班の動きは完璧に同期し、痕跡も残さず、ログも消去された。

夜の港湾は、再び冷たい静寂だけを取り戻した。


【時刻:03:55/港湾エリア・旧通信局内部】


一色剛志の遺体を慎重に運び出すチーム影の背後、現場は一時の静寂に包まれていた。

成瀬由宇は肩で遺体の重量を支え、泥や砂利に足を取られぬよう、音を立てずに歩を進める。

桐野詩乃は周囲を警戒しながら痕跡消去の残滓を最終確認。微量の毒気や使用した装置の痕跡を完全に無害化する。

安斎柾貴は後方で、心理制圧と監視攪乱を維持しつつ、無線で全体の安全を確認する。


玲は外部から無線を通して状況を把握していた。

「全員、確認。ログは完全に消去済み。影班の撤収後、突入班は建物内部の検証を開始する。」


梶谷隼人の端末には、北側通路の赤い点が消えかけ、港湾全域の監視網も元の静寂に戻る。

遠野詩織のスコープ越し、狙撃班の目も影班の撤収を静かに追い、異常なしを確認した。


月光が波間に反射し、港湾の冷たい夜風が通路を抜ける。

誰も声を発さず、ただ影たちの撤収の足音だけが砂利に消えた。

十年越しの真相を暴き、制圧を完了させた現場に、重くも静かな達成感が漂っていた。


なるほど、女性ではなく男として描き直すわけですね。では修正版です。



【時刻:03:58/港湾エリア・旧通信局内部】


その時だった――施設の奥、薄暗い通路の先から、規則正しい足音が響く。

影班も突入班も一瞬、立ち止まり、耳を澄ませる。


淡いグレーのコートに身を包んだ男が現れた。

片手には透明なタブレットを持ち、その光がわずかに顔を照らす。表情は落ち着き、揺らぎはない。


男は一歩ずつ近づき、周囲の緊張を吸い込むかのように立ち止まった。

低く、明瞭な声で告げる。


「御子柴理央。記憶分析報告官――真実の提示を担当する。」


その瞬間、室内の空気がさらに張り詰めた。

影班も突入班も全員、彼の存在に意識を集中させる。

タブレットのスクリーンには事故現場の映像、内部操作ログ、抹消された記憶の断片が淡く浮かんでいた。


御子柴は微かに頭を下げ、淡々と続ける。

「ここで、過去の痕跡、操作された記録、そして消された証言を、すべて明らかにする。」


港湾の冷たい夜風が通路を抜け、透明な光の中、十年越しの真相提示が始まろうとしていた。


了解です。では日本語だけで専門的かつわかりやすく書き直します。



【時刻:04:02/港湾エリア・旧通信局内部】


御子柴理央の分析が場に静かな衝撃を走らせた。

透明なタブレットの光が、薄暗い通路の壁に淡く反射する。


「皆、注目してほしい――」御子柴は低く、しかし確信に満ちた声で告げる。

「『偽装された記憶』は、一色剛志だけのものではない。」


隊員たちは息を飲む。


「端末ログと心理的干渉の分析から明らかになった。記憶の抹消と再挿入の痕跡は、ここにいる誰かの深層意識内にも存在する。

つまり、外部から操作された認知の偽装が内部に浸透している可能性が高い。」


玲が鋭く問いかける。

「……誰だ、俺たちの中に――?」


御子柴はタブレットを掲げ、光に浮かぶデータのパターンを示す。

「この同期の乱れと時系列の不整合を追跡すれば、偽装記憶の保有者を特定できる。

ただし、精神的なストレス下では、その人物自身も自覚せずに記憶を保持していることになる。」


港湾の冷たい夜気の中、室内は静まり返る。

十年越しの真相を覆す可能性を秘めた言葉が、重く落ちた。


「――ここにいる誰かが、操作の影響を内包している。」


【時刻:04:05/港湾エリア・旧通信局外周】


遠くから、砂利を踏む音が徐々に近づく。

冷えた夜気を切り裂くように、一人の女性が現れた。


落ち着いた白のパンツスーツに身を包み、端正な顔立ち。

無機質な眼差しが周囲を鋭く捉える。


一歩ずつ近づき、迷いなく名乗った。

「九条凛。K部門・心理干渉分析担当――呼ばれたと聞いたわ。」


影班も突入班も、自然と息を潜め、彼女の存在に集中する。

タブレットの光と月明かりが交錯する空間で、冷静な瞳は、誰一人逃さず、内面まで見通すかのようだった。


九条凛の到着は、十年越しの真相を紐解くための“最終局面”の幕開けを告げていた。


【時刻:04:08/港湾エリア・旧通信局内部】


玲は端末の画面を見つめ、目を細める。


「……“記録されたはずの”防犯映像が、時系列ごとすべて飛んでいる。

映像には、ユウタが言っていた『消された記録』が存在するはずだ。」


伏見遼がタブレットを操作しながら頷く。

「消去の痕跡はある。だが完全ではない。データの断片が残っており、解析すれば復元の可能性がある。」


御子柴理央が冷静に補足する。

「防犯カメラの映像は、単なる物理記録ではなく、記憶の補助装置としても機能していた。

消去された部分には、意図的に隠された“目撃情報”や“内部指示”が含まれている。」


玲は深く息を吐き、視線をチームに向ける。

「よし……ここからが本当の核心だ。ユウタが見たものを、俺たちの手で再現する。」


夜の港湾に、静かだが張り詰めた緊張が漂った。

消えた映像の真相を追う、十年越しの調査の核心が、今、動き出そうとしていた。


【時刻:04:12/港湾エリア・旧通信局内部】


「呼んである――“削除された記録の痕跡”を追うために、K部門が動かす唯一の人間――」


その言葉と同時に、暗闇の奥から一人の青年が歩み出た。


肩までかかる銀色の髪、光を反射するゴーグルで目元を覆う。

冷たい沈黙の中、彼の足音だけが砂利に微かに響く。


青年は静かに立ち止まり、低く短く名乗った。

「七瀬廉。呼んだ理由は分かってる……まず、記録媒体を。」


透明タブレットの光に照らされ、周囲の隊員たちは彼の視線の先を追う。

その冷静さと確信に満ちた口調は、削除された痕跡を追跡する使命感を鮮明に示していた。


【時刻:04:15/旧通信局・制御室】


暗く閉ざされた部屋。酸化した金属の匂いと、焼け焦げた電装パネルの臭気が漂う。

壁や天井には煤が薄く積もり、かつての通信装置の残骸が無秩序に散らばっていた。


七瀬廉はゴーグルを下ろし、端末を手に取る。

「ここだ……削除された記録の中枢、バックアップの自動同期ログが残っている。」


御子柴理央がタブレットを確認し、解析用のデータを投影する。

「ログは不完全だが、時系列の欠損部分を解析すれば、消された記録を復元できる。」


玲が眉を寄せ、薄く息を吐く。

「――ここまで来たか。全ての痕跡を洗い出す。誰も見落とすな。」


冷えた空気の中、十年越しの真相が、静かに再構築され始めた。


【時刻:04:18/旧通信局・制御室】


扉が静かに開く。足音はほとんど聞こえない。


冷たい眼差しの少女が、影のように現れた。

手元で小型ドローンを操作し、室内を静かに偵察させる。


「白鷺柚月。玲直属の回収スペシャリスト。」

彼女の声は低く、無駄のない口調で告げられた。


七瀬廉が端末から視線を上げ、微かに頷く。

「予想通りのタイミングだ……柚月、ドローンで残骸の全自動スキャンを頼む。」


御子柴理央がタブレットを操作し、削除された記録の断片を投影する。

「全ての痕跡を洗い出す。復元可能な部分は、彼女が最初の収集を担当する。」


冷たい空気の中、十年越しの記録追跡作戦は、さらに精密な局面へと突入した。


【時刻:04:20/旧通信局・制御室】


玲は回収された記録を端末で確認すると、眉間に軽く皺を寄せた。

一瞬の沈黙の後、インカムに向かって低く小さく告げる。


「行け」


その声を合図に、白鷺柚月の操作するドローンが静かに飛び立つ。

七瀬廉は端末に視線を落としつつ、データ復元の準備を整える。

御子柴理央もスクリーンを凝視し、解析モードを最適化。


港湾の冷たい夜気に、わずかな機械音だけが混ざる。

十年越しの真相追跡が、ついに具体的な動きを伴い始めた瞬間だった。


【時刻:04:22/旧通信局・記録室】


沈黙の数秒後、静かなヒールの足音が記録室に滑り込む。


灰色のスーツに身を包んだ女性――綾野凛音。

動作は無駄がなく、機敏で、周囲に気配を残さない。


玲と視線を合わせることもなく、彼女は端末の前に立ち、手際よくコードを挿入する。

「アクセス完了。暗号化ログの初期復元を開始します」


御子柴理央が微かに頷き、タブレットのデータ解析を最適化。

七瀬廉はゴーグル越しに端末画面を確認し、復元対象の時系列を即座に選定する。


室内には、冷たい電子機器の光と、精密な操作音だけが静かに響き渡る。

十年越しの“消された記録”を追う作業が、本格的に動き出した瞬間だった。


【時刻:04:25/旧通信局・制御室】


玲は端末を確認し、画面に映る各ユニットの位置を一瞥した。

再びインカムに向かって低く囁く。


「――影班。最終目的地、K部門本部監理室。対象、東堂敬一。接触を許可する。」


無線を通して、影班の各メンバーの動きが微かに同期する。

成瀬由宇、桐野詩乃、安斎柾貴――全員が目線を確認し、静かに出発準備を整える。


七瀬廉は端末を手元に固定し、復元データの追跡ルートを再確認。

御子柴理央は解析モードを維持し、記録の欠損部分をリアルタイムで補完する。


港湾の冷たい夜気に、影班の足音はまだ届かないが、十年越しの真相を決定づける“最後の接触”が静かに動き出した。


【時刻:04:28/港湾エリア・旧通信局制御室】


玲の声が低く、落ち着いた口調でインカムを震わせる。

その一言――「行け」――が室内に張り詰めた緊張を切り裂き、全員の動きを瞬時に同期させた。


成瀬由宇は暗闇に溶け込むように先頭を進む。

砂利を踏む音は最小限に抑えられ、背後に追随する桐野詩乃は、潜在的な脱出路や監視ポイントを封鎖する。

安斎柾貴は後方で全体の制圧を維持しつつ、手元のデバイスで監視ログや記録の攪乱をリアルタイムに行う。


七瀬廉は端末を操作し、削除された記録の復元経路を確定させ、リアルタイムで追跡ルートをチームに共有。

御子柴理央はタブレットの解析画面を精密に見つめ、時系列不整合や欠損部分を即座に補完。


玲の声が発した「行け」は単なる指示ではなく、十年越しの真相追跡を動かす合図。

港湾の冷たい夜気が通路を吹き抜ける中、全員の息遣いは抑えられ、静寂の中で最後の作戦が確実に始動した。


【時刻:04:35/K部門本部監理室前】


影班が静かに部屋の周囲を取り囲む。

対象は総監・東堂敬一――特別訓練を受けた精鋭で、体格と反射神経は影班に匹敵する。


制圧までの15秒:

•01秒:成瀬由宇が側面から無音で接近、入口付近の警備ラインを瞬時に制圧。

•03秒:桐野詩乃が暗器で監視カメラとセンサーを無力化し、脱出ルートを封鎖。

•05秒:安斎柾貴が心理的圧迫を開始。東堂の動揺を最小限に抑えつつ反撃パターンを解析。

•07秒:成瀬が背後から素早く接触。制圧用ナイフで要所を牽制し、腕の動きを封じる。

•09秒:桐野が神経反応針を使用、筋肉の緊張を瞬時に抑制。東堂の反撃力を削ぐ。

•11秒:安斎が音もなく近づき、デバイスで監視・通信を遮断。孤立させる。

•13秒:成瀬が全体の力を一点に集中し、東堂の体勢を完全に崩す。

•15秒:桐野が確実に制圧、安斎が後方で安全確保。全員の動きが同期し、総監は床に押さえつけられた。


影班の手際の良さ、連携精度、心理戦の圧倒的制御により、特別訓練を受けた東堂敬一もわずか15秒で制圧される。

室内には一瞬の静寂と、影班の冷静な呼吸だけが残った。


【時刻:04:40/K部門本部廊下】


廊下の端から、静かな足音が響く。

現れたのは、細身で銀縁の眼鏡をかけた青年――瀬名零司。


玲と目が合うと、軽く頷く。

綾野凛音とも以前に幾度か共闘したことがある、頭脳派の切り札だ。


肩書は記録照合・戦略解析スペシャリスト。

端末には複合解析デバイス「LUCID」を装備し、記録相関照合アルゴリズムを瞬時に起動する。


瀬名は端末を操作しながら、低く口を開く。

「情報が示す“本音”は、言葉よりも正確だ。」


タブレットのスクリーンには、防犯映像、通信ログ、削除された記録、証言の微細な矛盾が次々と可視化されていく。

彼の解析によって、チームは対象の行動パターン、意図、さらには心理的裏付けまで、瞬時に理解可能となる。


玲は薄く微笑み、チームに小声で告げる。

「瀬名が来た。ここから、真相への最短ルートが見えてくる。」


冷たい廊下に、知的戦略の風が静かに流れ始めた。


【時刻:04:45/旧通信局・記録室】


室内は薄暗く、電子機器の青白い光だけが浮かび上がる。

七瀬廉と白鷺柚月が回収した端末が机上に並び、その中心に綾野凛音が立っていた。


彼女は冷静な指先で端末にアクセスコードを入力する。

「解除完了……朱音の“本当の記録”を開く。」


スクリーンに、これまで抹消・改竄されていた映像やログ、証言の断片が次々と浮かび上がる。

御子柴理央はタブレットを手元に置き、解析モードを同期させる。

「記録が揃えば、虚偽の痕跡と真正の証言を完全に区別できる。」


七瀬廉はゴーグル越しに画面を確認し、消された時間帯のデータを復元。

「欠損部分もほぼ復元可能だ……これで、朱音の視点が完全に見える。」


玲は端末を手元に置き、静かに口を開く。

「よし……ここから全てが、真実の輪郭として現れる。」


部屋の静寂は張り詰め、十年越しの“消された記録”がついに解き明かされる瞬間が迫っていた。


【時刻:04:50/北棟・第3管理室】


拘束された東堂敬一は、椅子にもたれかかり、表情をほとんど変えず静かに座っていた。

手首と足首には制圧用の拘束具がしっかりと装着され、無言のまま周囲の視線を受け止めている。


影班が部屋の四隅を固め、万一の反撃にも備えて静かに構える。

玲は端末を手に取り、東堂の目線と視界の範囲を瞬時に把握しながら、状況を整理する。


瀬名零司はゴーグル越しに記録と証言を解析し、端末に瞬時に関連情報を呼び出す。

「行動の意味と矛盾点は明確だ……この瞬間、彼が隠していた心理のパターンが浮かび上がる。」


御子柴理央は解析モードを維持し、消された記録の補完を続行。

「この部屋の空間データ、通信ログ、監視映像……全てを統合すれば、東堂が関与した全容が可視化できる。」


冷たい照明の下、拘束された総監の沈黙は、十年越しの真相への序章として室内に重く漂っていた。


【時刻:04:53/北棟・第3管理室前】


廊下の影から、軽やかな足音が静かに近づく。

現れたのは、黒のスーツに身を包んだ女性――神原環。


肩書は**“沈黙を記録から解放する”スペシャリスト**。

過去に改竄・抹消された記録や、消えた証言の痕跡を専門的に解析し、真実を可視化する精鋭だ。


玲は端末から視線を上げ、軽く頷く。

「神原環……到着が早かったな。」


神原は端末を取り出し、柔らかく微笑むように言った。

「記録の沈黙を解放するために呼ばれたのなら、私の出番ね。」


瀬名零司が横でデータを同期させ、端末に映る断片的な証拠を神原に引き渡す。

「全ての痕跡を統合すれば、東堂の関与が完全に浮き彫りになるはずです。」


室内に、緊張感と知的探求の静かな波が広がる。

十年越しの“消された記録”が、ついに完全な光を浴びようとしていた。


了解です。では、玲を男性として修正した上で、直近のシーンを書き直します。



【時刻:04:56/北棟・第3管理室】


玲は端末に映る音声記録を聞き終え、眉間に軽く皺を寄せる。

冷静で落ち着いた声で、インカムに向かって短く指示した。


「行け」


その一声で、影班のメンバーは即座に動き出す。

成瀬由宇が先頭で東堂敬一の背後を固め、桐野詩乃が脱出路を封鎖。

安斎柾貴は後方で心理的圧力をかけつつ、通信と監視を遮断する。


七瀬廉は端末で消された記録を追跡し、復元データをリアルタイムで共有。

瀬名零司は解析端末を操作し、東堂の発言・行動・心理パターンを可視化。

神原環は“沈黙の記録”を解析し、抹消された証言の痕跡を復元する準備を整えていた。


北棟の冷たい空気が張り詰め、十年越しの真相を暴く最後の局面が、静かに、しかし確実に動き始めた。


【時刻:04:59/K部門北棟・地下廊下】


影班の次の標的は九条要――心理干渉能力と高度な格闘訓練を兼ね備えた強敵。

部屋の薄暗さを利用し、影班が静かに取り囲む。


制圧までの15秒:

•01秒:成瀬由宇が側面から無音で接近、九条要の視界を遮る。

•03秒:桐野詩乃が床や壁のセンサーを瞬時に無力化、脱出ルートを封鎖。

•05秒:安斎柾貴が心理圧迫を開始。九条の動きを分析し、反応パターンを即座に読み取る。

•07秒:成瀬が背後から接触、武器を無力化し、腕の可動域を封じる。

•09秒:桐野が神経反応針を使用、筋肉の瞬時緊張を抑制。動きをさらに封鎖。

•11秒:安斎が端末で通信と監視機器を遮断、九条を孤立させる。

•13秒:成瀬が力を一点に集中、九条の体勢を完全に崩す。

•15秒:桐野が確実に制圧、安斎が後方で安全確保。九条要は床に押さえ込まれ、動きを完全に封じられた。


影班の緻密な連携と即時の心理解析、動作制御により、超人的な訓練を受けた九条要も、わずか15秒で制圧される。

室内には、冷静な呼吸と静寂だけが残った。


【時刻:05:05/旧通信局・解析室】


綾野凛音は端末の画面を鋭く睨みつける。

手元の指先が微かに動き、ログの流れを確認する。


「……リアルタイムで、まだ操作されてる」


彼女の言葉に、瀬名零司が即座に端末の解析画面を拡大。

「記録そのものに干渉している第三のプロセスが存在する」


スクリーン上に、通常のログとは異なる異常パターンが鮮明に浮かび上がる。

端末のタイムスタンプや操作履歴の微妙なずれ、断片的な記録消去……すべてが、外部の手によるリアルタイム干渉を示していた。


瀬名は複合解析デバイス「LUCID」を操作し、瞬時に異常プロセスを可視化。

「この第三者の介入を特定できれば、消された記録も完全に復元可能だ」


綾野は頷き、低く答える。

「よし……行く。全てを暴く」


室内に、張り詰めた緊張と冷徹な知性の空気が漂う。

消えたはずの真実に、ついに手が届こうとしていた。


【時刻:05:30/夜明け前のロッジ・森のベンチ】


朱音は冷たい夜気の中、ひとりベンチに座っていた。

森はまだ薄暗く、微かな風が木々を揺らすだけで、周囲に人影はない。


小さな手にはスケッチブック。

朱音は鉛筆を走らせながら、昨夜の出来事――消された記録、守られた証言、そして影班やスペシャリストたちの静かな戦い――を思い描く。


目を閉じると、遠くで流れる川の音や、木々のざわめきが心に染みる。

彼女の直感が、まだ語られぬ真実の断片を優しく示す。


朱音は小さく息を吐き、次のページをめくる。

森の静寂の中で、十年越しの謎の輪郭が、ゆっくりと形を取り始めていた。


【時刻:06:00/玲探偵事務所・ロッジのリビング】


ロッジのリビングは、柔らかな朝の光が差し込み、昨日までの緊張感を和らげていた。

朱音は静かに立ち、ひとりひとりの目を見ながら深く頭を下げる。


まず、父・圭介に向かって小さく礼をする。

「お父さん……私、ありがとう」

圭介は軽く微笑み、肩をぽんと叩いて応える。


次に、母・沙耶の前で両手を握り、少し照れくさそうに頭を下げる。

「お母さん、みんなを守ってくれてありがとう」

沙耶は優しく朱音の頭を撫で、温かい目で見つめる。


続いて、玲の前で静かに礼をする。

「玲さん、皆を導いてくれてありがとうございました」

玲は無言で頷き、朱音の真剣な眼差しを受け止める。


さらに、橘奈々、瀬名零司、御子柴理央、水無瀬透、九条凛――全員に向かって、ひとりずつ頭を下げる。

「奈々さん……」「瀬名さん……」「御子柴さん……」「水無瀬さん……」「凛さん……」

それぞれの名前に、小さな感謝の言葉を添えながら、朱音の声は静かに、しかし確かに響いた。


最後に、影班の三人――成瀬由宇、桐野詩乃、安斎柾貴――に目を向ける。

「成瀬さん、桐野さん、安斎さん……本当にありがとうございました」

三人は無言で頷き、冷静な表情の中にわずかに安堵の色が見える。


朱音は深呼吸し、スケッチブックを抱きしめながら、小さく呟く。

「みんなのおかげで、私は……ここにいる」


リビングには、長く続いた緊張の余韻と、静かな感謝の空気が漂った。

【時刻:06:15/玲探偵事務所・ロッジ】


玲の端末が静かに振動する。

画面を開くと、新着メールが届いていた。


差出人は見慣れぬアドレス。件名は短く、しかし意味深だ。


件名: 「次の証言者について」

本文:


玲様


貴方が追う“消された記録”の背後には、さらに深い意図が存在します。


次のターゲットは、これまで表に出ていない“証言の証人”。

その人物は既に危険に晒されています。


詳細は添付ファイルをご覧ください。


— T


添付には暗号化された地図データと、短い映像ファイルが含まれている。

玲は眉をひそめ、すぐに端末に指をかける。


「……また、新たな局面か」


画面に映る淡い青の光に、チーム全員の視線が集まる。

このメールが示す“次の証言者”は、十年越しの謎をさらに広げる鍵となることを、玲は直感していた。

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