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20話 毒殺

れい

•役割:探偵・主人公

•特徴:冷静沈着、鋭い推理力を持つ。事件現場では周囲の微細な変化まで察知する。過去の記憶に関わる事件でも心を揺さぶられつつ、真実を追う。


奈々(なな)

•役割:玲の助手・情報解析担当

•特徴:高度な情報処理能力と端末操作の名手。冷静な観察眼で、証拠や行動記録の矛盾を見抜く。


霧島きりしま

•役割:チームの現場担当

•特徴:経験豊富な元捜査官。鋭い直感と柔軟な判断力で現場をまとめる。穏やかな一面もある。


透子とうこ

•役割:警察関係者・情報提供者

•特徴:玲の旧知の刑事。慎重で落ち着いた判断力を持つ。事件の現場情報や内部事情を提供し、チームのサポート役。


柿沼圭介かきぬま けいすけ

•役割:事件の関与者

•特徴:表向きは真面目なビジネスマンだが、過去の行動や心理に隠された秘密がある。事件での立場が揺れ動く。


佐山達彦さやま たつひこ

•役割:工業デザイン担当

•特徴:事件の道具や仕掛けの設計に関与。無精髭でやや痩せた体格、冷静で理知的だが、心理的に追い詰められる場面もある。


水島凛みずしま りん

•役割:心理分析官

•特徴:対象者の細かな表情や動作から心理状態を読み取る。冷静で論理的、玲たちの心理支援担当。


成瀬由宇なるせ ゆう

•役割:影班・現場制圧担当

•特徴:隠密行動や心理制圧を得意とする。冷静で観察力に優れ、チームを陰で支える。


伏見陽介ふしみ ようすけ

•役割:データフォレンジック技術者

•特徴:複数のモニターを駆使してデータ解析。証拠の裏付けやアクセスログ解析など、技術面から事件解決をサポート。


詩乃しの

•役割:影班・毒物解析担当

•特徴:玲の旧知の仲。表向きは科学者だが、裏では高度な毒物操作や情報収集を行う。


黒田慎一郎くろだ しんいちろう

•役割:事件の黒幕

•特徴:柿沼を操り、事件を影で糸引く人物。最終的に警察の手で逮捕される。


志乃しの

•役割:事件関係者・後日談で登場

•特徴:事件を経て過去と向き合い、前向きに歩み始める。穏やかで思慮深い性格。

(冒頭)


日時:2025年10月3日・午前7時30分

場所:玲探偵事務所・リビング兼作戦室


玲はコーヒーカップを片手に、テレビのスイッチを入れた。画面の中で、朝のニュースキャスターが静かな声で事件の概要を伝えている。


「本日未明、都心の高級マンション『サンライズタワー』で、若い女性の遺体が発見されました。司法解剖の結果、急性中毒死と判明し、警察は事故と事件両面で捜査を進めています。」


霧島が隣のソファで新聞をめくりながら、低く呟いた。

「単なる事故にしては、やけに騒ぎが静かだな。普通ならもっと大きく取り上げられるはずだ。」


玲はニュースのテロップに目をやる。

『病死か、それとも殺人か——未解決の違和感』


奈々が手元の端末を操作し、報告する。

「被害者は数日前、国際的な大企業『オルテック』の非公開パーティーに参加していたんです。その行動記録が不自然で……。」


玲は黙って頷き、ホワイトボードに事件の概要を書き出す。

•カップのひび割れ:偶然か、細工か?

•被害者の日記に記された謎の数字:暗号か、行動記録か?

•事件当夜の秘密の集まり:オルテックの関係者との接触?


「これはただの病死じゃない。毒が‘影のように’仕掛けられていた。」玲の声には確信があった。


霧島が新聞を折りながら言う。

「つまり、毒殺の可能性が濃厚ってことか。」


玲は深く息を吐き、ホワイトボードに視線を落とす。

「誰かが‘意図的に消そうとしたもの’に触れてしまった結果かもしれない……」


奈々は画面を睨みつけ、問いかけるように言った。

「問題は——誰が‘影を作ったのか’。」


事務所の空気が静かに張り詰める。

玲たちは背後に潜む巨大な組織の影を意識しつつ、事件の核心へと足を踏み入れていく——。


日時:2025年10月3日・午前7時50分

場所:玲探偵事務所・リビング兼作戦室


コンコン、と控えめなノック音が部屋に響いた。


霧島が新聞から目を上げ、玲と奈々も顔を見合わせる。こんな時間に訪ねてくるのは珍しい。


「どうぞ」と玲が声をかけると、ドアが静かに開き、そこに立っていたのは予想通り、玲の旧知の刑事、透子だった。


透子は少し疲れた表情を浮かべながらも、背筋は真っすぐ。手には厚めのファイルを抱えている。

「おはようございます、玲さん……。急なお願いで申し訳ありません」と透子。


奈々が端末を置き、少し身を乗り出す。

「まさか、また何か大きな事件ですか?」


霧島は眉をひそめ、透子の表情を鋭く観察した。

「いや……その顔は、ただの報告じゃないな。何かあったな」


玲は静かに頷き、ファイルを受け取る。

「見せてください。状況によっては、こちらも動く必要がありますね」


透子はファイルを差し出し、短く息をつく。

「昨日の夜、サンライズタワーで不可解な動きがありました。被害者の行動履歴と監視カメラの映像を突き合わせると、偶然では説明できない『意図』が見えてきます……」


奈々と霧島、そして玲——全員の視線が一気にファイルへ。

事務所の空気は一瞬で張り詰め、静かな緊張に包まれた。


日時:2025年10月3日・午前7時55分

場所:玲探偵事務所・作戦室


玲は封筒を受け取り、慎重に中身を取り出した。


まず最初に現れたのは、薄暗い現場を写した数枚の写真。

被害者が倒れている光景、床に散らばったコーヒーカップの破片、そして、そのカップの底に奇妙な焦げ跡のような黒い痕がある。


玲は眉をひそめ、写真を指でなぞる。

「……偶然ではない。何者かが意図的に仕掛けたものだ」


奈々が端末で過去の事件データと照合しながら呟く。

「この焦げ跡……以前の毒物事件でも似た痕跡があった。偶然とは考えにくいですね」


霧島は新聞を片手に、低く呟いた。

「ただの事故なら、こんなに静かに報道されない。誰かが背後で手を回している」


透子は資料の写真をもう一枚めくり、口を開いた。

「事件当夜、被害者はオルテック社の非公開パーティーに参加していました。その時、複数の関係者と接触しており……」


玲は視線を上げ、全員を見渡した。

「……この事件は単なる病死でも事故でもない。‘影のように’仕掛けられた何かだ。我々が触れた瞬間、計画の輪郭が浮かび上がる」


奈々は端末の画面を指差しながら言う。

「問題は——誰がこの影を作ったのか、です」


霧島が静かに頷き、新聞を折りたたむ。

「ならば、まずは現場の全体像を把握することだな」


玲は写真をホワイトボードに貼り、事件の核心へと踏み込む準備を整えた。

背後に潜む影の存在が、静かに、しかし確実に彼らを試すかのように漂っている——。


日時:2025年10月3日・午前8時15分

場所:玲探偵事務所・作戦室


玲は次に手に取ったのは、乱雑に書き殴られた手書きのメモだった。


数字や文字が不規則に並び、何度も修正されている。被害者の行動記録と交錯する形で、暗号めいた痕跡が散りばめられていた。


奈々が端末を操作しながら解析を始める。

「これ……単なる日付や時刻じゃない。特定の座標やコードを示している可能性があります」


霧島は眉をひそめ、紙を覗き込む。

「メモ全体のリズムが、何かの周期に沿っているようだな……犯人は確実に計算して動いている」


玲はホワイトボードに数字と文字を整理しながら、静かに指示する。

「まず、行動記録を時間軸に落とし込む。そして、この暗号と照合する。数字の連なりが、次の行動のヒントになるはずだ」


奈々はスクリーンにタイムラインを表示し、メモの数字を重ねて解析する。

「……ここ、被害者がパーティーに参加した時間と一致します。数字はその前後の移動経路を示している可能性があります」


霧島が静かに頷き、紙を折りたたむ。

「なるほど、これはただの偶然の書き込みではない。誰かが意図的に被害者の行動を追跡し、暗号で残した可能性がある」


玲はホワイトボードに線を引き、メモの数字を現場の写真と結びつける。

「ここに意味がある。カップの破片、焦げ跡、数字の配列……すべてが一連の‘計画’の痕跡だ」


透子が小さく息をつき、顔を上げた。

「……つまり、この事件は偶発ではなく、意図された行動の連鎖の中で起きたということですね」


玲は短く頷き、冷静な声で言う。

「その通りだ。我々はまず、この‘影の連鎖’を解読するところから始める——」


事務所の空気が引き締まり、チームは慎重に、しかし確実に事件の核心へと踏み込んでいった。


日時:2025年10月3日・午前8時40分

場所:玲探偵事務所・作戦室


玲は乱雑なメモの最後に挟まっていた、一通の分析報告書を取り出した。紙面には整然とした表とグラフが並び、暗号の数字を体系的に解析した結果がまとめられている。


奈々がスクリーンに数字を入力しながら報告する。

「この数字、単なる日時や座標ではありません。どうやらパーティー会場内の部屋番号、移動経路、そして特定人物の接触時間を示しているようです」


霧島が手元の資料を指さす。

「数字のパターンとカップの破片の位置を照合すると、被害者が最後に立ち寄った場所が特定できる。どうやら‘隠し部屋’のような空間だな」


玲はホワイトボードに線を引きながら分析を進める。

「この数字の並びは、オルテックのパーティー内での行動順序を示している。つまり、犯人は被害者の動線を計算し、そこで‘影’を仕掛けた可能性が高い」


透子が眉を寄せ、口を開く。

「その‘影’というのは……監視、毒、あるいは心理的な誘導ですか?」


玲は静かに頷く。

「その通り。まずは、暗号が示す部屋と接触者を割り出し、どの時点で何が行われたのかを洗い出す必要がある」


奈々が端末の画面を指差しながら提案する。

「現場は複数階にまたがっているので、パーティーの記録と接触者情報を統合して仮想マップを作成しましょう。被害者が最後に辿った場所、犯人の可能性がある人物……全てを見える化します」


玲は報告書を再び握りしめ、深く息をついた。

「よし、この暗号が示す次の手がかりは、間違いなくパーティー会場内の‘秘密の空間’だ。そこに犯行の核心が隠されている——」


霧島が低く唸る。

「……行くしかないな」


事務所の窓から差し込む朝の光の中、チームは緊張を抑えつつ、次の現場へと向かう準備を整えた。


日時:2025年10月3日・午前9時15分

場所:玲探偵事務所・作戦室


霧島は腕を組み、薄く眉を寄せながら透子を見つめる。

「……この死、偶然じゃない。設計されている」


透子は微かに肩をすくめ、資料に視線を落とす。

「ええ、被害者の行動パターン、立ち位置、触れた物品……全てが意図的に操作されている。まるで舞台装置のように」


玲はホワイトボードに目を向け、静かにペンを握った。

「カップのひび割れ、焦げ跡、数字の暗号……どれも単なる偶然ではなく、死を演出するためのピースだ。犯人はすべてを計算して仕組んでいる」


奈々が端末を操作しながら補足する。

「しかも、被害者が最後に接触した相手の行動や、部屋の動線まで読み込まれている。設計された死……まさに文字通りです」


霧島が低く唸る。

「つまり、誰かの手によって完全に管理された死……この事件の背後には、計算尽くされた意図があるということか」


透子は唇を噛み、ゆっくりと頷いた。

「はい……偶然や事故ではなく、確実に狙われた死です」


玲は静かに目を閉じ、次の言葉を慎重に選ぶ。

「ならば、我々もその設計図を読み解き、次の手を封じる必要がある……。死を仕組んだ者の意図を暴くために」


事務所の空気が一段と張り詰め、チーム全員が覚悟を固める。背後に潜む“計算された殺意”が、今、浮き彫りになった瞬間だった。


日時:2025年10月3日・午前9時30分

場所:玲探偵事務所・作戦室


玲は封筒の中身を慎重に机に並べた。


薄暗い現場の写真、破片の散らばった床、焦げ跡の残るカップの底――一枚一枚に目を通すたび、呼吸を整える。

深く息を吐き、静かに言葉をつぶやく。

「……これは、偶然の死ではない」


奈々が端末を操作しながら、細かくデータを整理する。

「カップのひび割れの位置、落下角度、そして焦げ跡の形……どれも不自然です」


霧島は腕を組み、静かに観察した。

「完全に計算されている。被害者は単に触れた物に反応してしまっただけだ」


玲は写真とメモ、分析報告書を順に見比べ、ペンでホワイトボードに線を引く。

「この死を演出した者の意図を読み解けば、次の手がかりが見えてくる……誰と、どこで、何を接触したのか」


透子は微かに眉を寄せ、封筒の中の資料に目を落とす。

「つまり、被害者の動線も、接触者も、全て操られていた……設計された死です」


玲は静かに頷き、次の行動を決意する。

「よし……次はパーティー会場の記録と接触者リストを確認する。全てを順序立てて追わなければ」


事務所の空気が張り詰め、チーム全員が息を飲む。封筒の中身は、これから解き明かすべき“死の設計図”の一部に過ぎなかった。


時間:2025年10月3日・午前9時35分

場所:玲探偵事務所・作戦室


「これは……毒物検査の速報か」

奈々が玲の横から覗き込み、紙面を指でたどった。指先にわずかな緊張が滲む。


「有機リン系の微量成分。だけど、一般的な農薬じゃない。検出されたのは分解された中間代謝物だけ。直接的な摂取ルートは不明と書かれてる」

奈々の声は平静を装っているが、言葉の端に異例さが含まれていた。


霧島がじっと報告書を見つめ、唇を噛む。

「中間代謝物だけってことは……時間差で分解されてるか、あるいは混合物に組み込まれていた可能性がある。意図的に痕跡を消すような手口だな」


透子が資料を重ね直しながら冷静に言った。

「現場での直接的摂取の形跡がないなら、接触覚(skin contact)や蒸気吸入、あるいは飲料に微量混入して時間差で効かせる――いずれにせよ巧妙な仕掛けです。オルテックで扱う試薬や類縁化合物の可能性も含めて調べます」


玲はホワイトボードへゆっくり歩み寄り、写真のカップ破片と焦げ跡、そしてメモの数字を指で結んでいく。

「焦げ跡は加熱処置の痕跡にも見える。加熱で成分を変化させるか、あるいは熱から蒸発して揮散させる仕組みかもしれない。『影のように仕掛ける』という表現は、ここに当てはまる」


奈々が端末を操作しながら提案する。

「まずは司法解剖のフルレポートを押さえる。検出限界、サンプル採取場所(血液、胃内容物、肝臓)、そして残存する不溶性成分の有無。オルテック側のパーティーで使われた飲料や器具のサンプル回収も急ぎましょう」


霧島が短く頷いた。

「俺がパーティー会場で聞き取りを始める。会場の清掃業者、ケータリングの納入記録、当日の備品搬入経路──その辺りを洗って、不自然な点を探る」


透子はファイルをまとめながら玲に視線を送る。

「警察の毒物班にも同時に照会を出しておきます。オルテック側の協力は得られるか確認しつつ、捜査線上に乗せるなら法的な手続きも並行して」


玲はホワイトボードの中心に赤い丸を描き、そこに『摂取経路の特定』と書き込んだ。指先を軽く叩きつける。

「分解物が残るということは、狙いは“気づかれずに殺す”ことだ。犯人は被害者の行動と接触物を計算し、痕跡を残さないように手を打った──我々もその設計図を逆に辿る。まずは時間と接触者の精密な再構築を急ぐ」


奈々が端末を見上げ、言葉を締める。

「それと、オルテックの非公開パーティーにいた人物リストを突き合わせる。接触ログがあれば、被害者が最後に何を口にしたか、誰と近づいていたかが見えてくるはずです」


室内に、決意とも冷徹さとも取れる静寂が満ちる。

焦げ跡の黒、散らばった破片、そして分解された中間代謝物──断片は多い。だが玲の眼差しは揺らがない。彼らはその断片を繋ぎ、設計された死の全貌を暴くために動き出した。


時間:2025年10月3日・午前9時40分

場所:玲探偵事務所・作戦室


玲はホワイトボードから視線を外さず、静かに言った。

「待て、透子。毒物の専門家で裏稼業をしてる知り合いがいる。影班の詩乃だ。」


透子は一瞬目を見開き、次の瞬間にはまっすぐ玲を見返した。

「詩乃……あの人なら、法の網をかいくぐる知見がある。だが裏稼業に手を染めているというのは――」


霧島が腕を組み直し、低く問い返す。

「連絡は取れるのか?」


玲は端末に手を伸ばし、短く頷いた。

「取れる。だが彼女は表に出ない。直接会えば色々と教えてくれるが、条件がある。今回はそれを飲む価値があるかどうかだ」


奈々が画面をスクロールしながら補足する。

「詩乃さんの過去の解析ノートには、合成有機リン系の変異体や熱分解挙動の実戦的データが残ってる。今回の検出結果と一致する可能性は高いです」


透子はファイルを抱え直し、吐息を一つついた。

「警察の手続きと、詩乃さんの‘やり方’がぶつかる。だが、直接的な摂取ルートが不明な今、専門家の直観が必要かもしれない」


玲はゆっくりと決めたように言う。

「まずは連絡を取る。非公式の協力を仰ぎつつ、証拠の法的確保は透子――君の警察ルートで同時進行だ。詩乃には現場写真と毒性プロファイルだけ先に送る。顔を合わせるのは、対面で話を聞くときだ」


霧島が短く頷き、武骨に言った。

「裏をかかれる前に動く。俺が会場周辺の聞き取りを終え次第、詩乃との接触に備える」


透子はちらりと玲を見て、小さく返した。

「分かった。こちらも毒物班と連絡を取りつつ、必要なら現場保全を強化する。だが、詩乃と組むなら細心の注意を──」


玲は薄く微笑んで言葉を締めくくった。

「細心の注意を払う。だが今は時間がない。影の作り手に追いつくには、時に影と手を組む必要がある──詩乃、呼ぶ。」


時間:2025年10月3日・午前10時17分

場所:玲探偵事務所・作戦室


室内の空気が一瞬静まった。玲が手元の端末に指を伸ばし、詩乃へ電話をかけたのだ。ディスプレイに「特別回線003」の表示が浮かぶ。


着信音の切れ間に、低く落ち着いた女の声が応答する。

「……玲、久しぶり。」


玲は肩の力を抜き、ほんの僅かに笑みを漏らした。

「詩乃、状況を共有したい。B-7と041を確認して欲しいんだ。」


端末越しに、詩乃は軽く息をつき、ほとんど囁くように言った。

「003ね……分かったわ。003はあなた専用の回線。久しぶりに聞くわ、その番号。」


奈々と霧島が横で顔を見合わせる。二人の間には、玲と詩乃の間にある旧知の信頼が確かに伝わってきた。詩乃は裏稼業——影班としての手腕を持ち、表には出ない仕事で知られている。


玲は声をさらに低くして続けた。

「今回は正規ルートだけでは解けない。現場写真と毒性プロファイルを先に送る。夜になったら極秘で会おう。だが、詩乃──油断は禁物だ。」


詩乃は短く笑みを漏らし、しかし真剣な調子で応える。

「分かった。私のやり方で動く。表には出ない。夜に連絡を取り合いましょう、玲。」


玲は頷き、通話を切る前に一言だけ付け加えた。

「ありがとう、詩乃。久しぶりに頼りにしてるよ。」


回線が静かに切れると、事務所には再び決意の色が差した。特別回線003で交わされた短い会話は、被害者の残した小さなメモを解くための重要な一歩となった。窓の外の朝光が少し強くなり、チームはそれぞれの役割へと動き出した。


時間:2025年10月3日・午前10時18分

場所:玲探偵事務所・作戦室


透子が低く、しかし鋭く問いかけた。

「裏稼業ってことは――殺し屋、ってことですか?」


室内に一瞬の静寂が走る。奈々が息を飲み、霧島の拳がわずかに固くなる。玲は封筒の中の写真に視線を落としたまま、ゆっくりと顔を上げる。


「違う。」玲の声は冷静だが揺るがない。

「詩乃は“殺し屋”ではない。毒物の取り扱いや痕跡の工作、混成物の挙動解析――そういう‘専門技術’を裏で請け負う人間だ。依頼を受けて死を作ることも、しないこともある。彼女の仕事はあくまで“痕跡を操る”ことだ。」


透子は眉を寄せる。

「痕跡を操る……要するに、事件を事故に見せかける手口に長けていると?」


玲は頷く。

「そういうことだ。証拠の残し方、分解経路の設計、微量成分の改変――犯罪を直接手を下すタイプではないが、結果的に死を引き起こす装置を作れる。だからこそ厄介だし、だからこそ彼女の知見が必要なんだ。」


奈々が端末から視線を上げ、小声で付け加える。

「詩乃のノートには、熱分解生成物の実験結果や、揮発性化合物の蒸散速度のデータが山ほどある。今回の検出パターンと一致する可能性は高いです。」


霧島が拳をほどき、ぶっきらぼうに言った。

「殺し屋よりタチが悪いってことか。証拠を消してしまえば、犯人は野放しだ。」


玲は額に手を触れ、決意を固めるように答えた。

「だからこそ、詩乃と組む。彼女の知識で摂取ルートと痕跡処理の手口を逆算する。だが同時に、法的な枠組みは透子に任せる。公的ルートと裏の手法、二方面から潰していくしかない。」


透子は短く吐息を漏らし、覚悟を決めたように頷く。

「分かった。警察側は証拠保全を厳格にやる。裏のやり方には口を出さないが、結果を法に結びつける準備はしておく。」


玲は端末をポケットにしまい、机の上のメモをもう一度見つめた。

「詩乃を呼ぶ。だが会うのは夜だ。表向きの捜査と裏の工作――両方動かしながら、影を作った者に近づく。」


薄く立ち上る決意が室内を満たす。透子の問いかけは、事務所の行動指針を改めて明確にした――詩乃は殺し屋ではない。しかし、その技術は事件解明にとって不可欠であり、同時に最も危険な鍵でもあるのだった。


時間:2025年10月3日・午前10時20分

場所:玲探偵事務所・作戦室


奈々は端末を操作しながら、わかりやすい言葉で手順を説明した。


「まずやるのは、パーティーの参加者リストを入手して、地下ラウンジ『B‑7』に出入りした人を洗い出すこと。次に監視カメラのメタデータ(=撮影時間やカメラの識別ID、映像の設定情報)を突き合わせれば、どこに死角があったか、誰がどの順で動いたかを精密に追えます。


同時並行で、ケータリング業者や備品搬入のログを取り寄せてください。そこから、器具や保温容器、運搬パレットがどの経路で入ったかがわかります。もし改変された器具や、加熱処理を伴う何かが混入していれば、搬入記録から疑いを絞れます。


メモの『041』は装置やタグの識別番号、あるいは暗証番号の可能性があるから、会場にあるIoTデバイス(=ネットにつながる機器。例:ルームコントローラ、照明パネル、音響装置)のログも精査します。具体的には各機器のシリアル番号とファームウェア更新履歴(=機器内部ソフトの更新記録)を確認して、不審なアクセスや遠隔操作の痕跡がないかを探すんです。


最後に被害者のスマホデータを突き合わせます。通話や位置情報だけでなく、Bluetoothやビーコン(=近距離通信で「近くにいた機器」を記録する仕組み)の検出ログを見れば、実際に誰と何秒だけ近づいていたかという“接触の精度”まで割り出せます。


法的な手続きや捜査協力は透子に任せますが、私たちはこれらのデータをつないで“線”を一本ずつ引いていく。そうすれば、影の輪郭が浮かび上がってくるはずです。」


奈々は端末の地図を拡大し、B‑7を指で示した。専門用語を噛みくだいた説明に、事務所の空気が引き締まる。


時間:2025年10月3日・午前10時45分

場所:玲探偵事務所・作戦室


その瞬間、室内の空気が一変した。


ドアが静かに開き、昌代がほんわかした笑顔で入ってくる。手には小さな紙袋を持ち、事務所の緊張を和らげるような雰囲気を漂わせた。


「まぁ、みんな真剣ねぇ。こんな時に聞いたんだけどねぇ……」


昌代は椅子に腰を下ろし、紙袋からクッキーを取り出しながら、現場付近の喫茶店で聞いたという情報をぽつりぽつりと話し始める。


「サンライズタワーの近くのカフェに、昨夜、妙に落ち着かない男性が何度も出入りしていたそうよ。お店の人曰く、注文は毎回コーヒー一杯だけ。だけどね、手元をずっと気にしていたんだって。」


玲は眉をひそめ、奈々は端末から目を上げて昌代に視線を送る。


霧島も新聞を一度閉じ、興味深そうに昌代の話に耳を傾ける。


昌代の話し方はいつも柔らかく、ほんわかした雰囲気が漂っていたが、その内容は捜査の手掛かりとして侮れないものだった。


「この情報、さっそくデータと照合してみるといいわねぇ。」


玲は封筒の資料とホワイトボードの情報を見比べながら、静かに頷く。

ほんわかムードの中、しかし事件の核心へ向けた緊張は緩むことなく、事務所は再び作戦モードに入っていった。


時間:2025年10月3日・午前11時05分

場所:玲探偵事務所・作戦室


そのとき、窓の外で遠く雷鳴が低く響いた。灰色の雲が街を覆い、空気に微かに緊張感が漂う。


玲はコーヒーカップを置き、静かに口を開いた。

「詩乃が動き出した……状況を確認したいらしい。」


奈々が端末の画面に目を落とし、データをチェックしながら答える。

「最新のGPS信号が確認されました。現場周辺に向かっているようです。」


霧島が腕を組み、低い声で呟いた。

「影班の動きか……やはり、これは一筋縄ではいかない。」


昌代はクッキーをつまみながら、少し不安げに眉を上げた。

「玲、詩乃って久しぶりなんでしょ?無事に動いてくれるといいわねぇ。」


玲は窓の外の暗雲を見やり、静かに頷いた。

「大丈夫だ。詩乃なら、私たちの連絡通りに動いてくれる。」


雷鳴がさらに近づき、事務所内の空気は緊張と覚悟で引き締まった。

ほんわかムードの余韻は残るものの、玲たちの意識はすでに次の行動へ向けられていた。


時間:2025年10月3日・午前11時10分

場所:玲探偵事務所・作戦室


奈々は端末の画面を指で操作し、映像をズームインした。画面には、現場付近を歩く影班の詩乃の姿が映っている。


「……ん?」奈々は眉をひそめ、ふと小さく息を吐く。

「玲……この動き、誰かに意図的に操作されている気がするの。詩乃の行動が、まるで誘導されてるみたい。」


霧島が横目で奈々を見やり、静かに言った。

「それは……裏稼業ならではの可能性だな。動きは計算されている。」


奈々は目を細め、ほんの少し口元が緩む。

「……ちょっと嫉妬しちゃうくらい、玲と詩乃の連携って完璧ね。」


玲はその言葉に微かに目を細め、冷静な声で返す。

「心配するな。詩乃は我々の味方だ。そして、今は状況把握が最優先。」


雷鳴が遠くで低く鳴り響き、事務所内の緊張感がさらに高まる中、奈々の視線は端末の映像に釘付けだった。


こうして、玲たちは 日常に潜む影の正体へと、さらに深く足を踏み入れていく——。


時間:2025年10月3日・午前11時15分

場所:玲探偵事務所・作戦室


奈々は端末の画面を切り替え、データを次々と表示させた。


「被害者が最後に訪れた場所は、3日前の企業内イベント。参加者のリスト、当日の動線、そしてその場にいたバリスタの記録まで出てきたわ。」


奈々の指が一枚のリストを指す。

「……その中に、一人だけ身元が曖昧な‘臨時スタッフ’がいます。」


霧島が眉をひそめる。

「身元不明……それは狙われる理由になり得る存在だな。」


玲はホワイトボードに手を伸ばし、冷静に書き込む。

「この臨時スタッフ、事件との関連をまず洗い出す。名前、動機、接触者……すべてだ。」


奈々は画面を拡大し、目を細めてデータを精査する。

「怪しいのはこの人物……アクセス履歴も不自然で、当日の映像にも映り込みがほとんどない。」


雷鳴が遠くで響き、室内に張り詰めた緊張感が増す。

玲は静かに深呼吸し、仲間たちに視線を向けた。

「よし……ここからが本格的な捜査だ。」


時間:2025年10月3日・午前11時30分

場所:玲探偵事務所・作戦室


玲はホワイトボードの前でペンを止め、深呼吸を一つ。

「臨時スタッフ……重要なのは、この人物の動き。証拠が隠される前に、誰かに知らせた形跡がある。」


奈々が端末を操作し、当日の通信ログを表示する。

「確かに、イベント中に短時間だけ異常な通信が残ってるわ。普通の業務連絡じゃない。」


霧島が腕を組み、低く呟く。

「‘知らせた誰か’……つまり、事件の構図は二重になっている。表向きの事件と、その背後で操作している黒幕。」


玲はペン先でホワイトボードに線を引き、臨時スタッフと接触者の関係を結ぶ。

「ここからが正念場だ。誰が証拠を隠し、誰がそれを先に知ったのか。順を追って潰していく。」


室内に静かな決意が漂い、全員の視線が臨時スタッフとその背後の影を見据える。


時間:2025年10月3日・午前11時57分

場所:玲探偵事務所・作戦室


奈々が端末を見つめながら、低くつぶやいた。

「柿沼……何かを意識している。」


玲は一瞬、視線を奈々に向け、静かに息を吐く。

「偶然の動きではない。彼の所作には、計算された意図がある。」


霧島が新聞を片手に、眉間にしわを寄せて言う。

「なるほど……表情や動作の裏に、何か隠された意味があるわけか。」


透子は封筒の写真を指でなぞり、焦げ跡のついたカップを見つめる。

「ただ渡すだけじゃなくて、‘伝える’ために動かされているみたい……。」


玲はホワイトボードに線を引き、新たな推理を書き加えた。

「よし、これで犯人の行動パターンと意図を照合する。次の手がかりが見えてくるはずだ。」


室内には静かな緊張感が満ち、チーム全員が画面と資料に集中した。


時間:2025年10月3日・正午前

場所:玲探偵事務所・作戦室


奈々の指が止まった。


「ありました。カップのメーカーと品番、特定できました。販売ルートは限定的で、都内の雑貨チェーンでしか扱っていません」


霧島が額に手をあて、唸る。

「なるほど……つまり、誰でも手に入れられる物じゃないってことか。」


玲はホワイトボードにペンを走らせ、カップのルート図を描く。

「限定流通か……この情報があれば、購入履歴や防犯カメラから犯人像の輪郭をさらに絞り込める。」


透子が封筒の写真をもう一度確認しながらつぶやく。

「犯人は、被害者がそのカップを使うことを知っていた……つまり計画的だったのね。」


奈々は端末を操作し、販売履歴のチェックを開始する。

「犯人の痕跡は必ず残っているはずです。ここから追跡できる。」


玲は静かに頷き、チームの目をひとつずつ見渡した。

「よし、ここからが本当の勝負だ。影の操作を炙り出す。」


時間:2025年10月3日・正午10分

場所:玲探偵事務所・作戦室


玲が端末を覗き込み、静かに問いかける。

「購入履歴は?」


奈々は指を画面上で滑らせながら答える。

「はい……このカップ、最後に購入したのは3日前。購入者の名は先程から名が上がってる‘柿沼直樹’、都内の店舗で会員登録済みです。」


霧島が眉をひそめ、低く呟く。

「なるほど……偶然じゃないな。被害者との接点もある人物だ。」


玲はペンを手に取り、ホワイトボードに柿沼の名前を書き込む。

「接触、動機、手段……すべてここに集約されつつある。次は彼の動線を洗い出す。」


透子が封筒の写真に視線を落としながら、静かに補足する。

「購入日と事件発生日が近すぎる……計画的だわ。」


奈々は画面をスクロールさせ、購入時刻やクレジットカード使用履歴を確認する。

「ここから犯行のタイミングとルートも特定できるはずです。」


玲は目を細め、深く息を吸った。

「よし、柿沼直樹。君の行動を追う。」


日時:2025年10月3日・正午12時12分

場所:玲探偵事務所・作戦室


奈々は画面をズームアウトして、眉をひそめたまま口を開く。

「被害者のクレジットカードに該当する履歴はありません。ポイントカードも使ってないです。」少し間を置き、続けた。「ただ……一週間前、同じカップを買った記録が別のカード名義で見つかってます。」


室内が一瞬、静まり返る。霧島がそっと息を吐いた。

「別名義……“代理購入”か、あるいは複数本用意して入れ替えたのか。」


透子がファイルを押しやり、鋭く言う。

「つまり、被害者が使ったカップだけが特別に仕込まれていた可能性がある。先に誰かが用意して置いておいた――か、現場で交換されたかだ。」


玲は端末のデータをじっと見つめ、ペンを握りしめる。

「カード名義を出して。購入店の監視映像と照合する。目撃者がいれば、代行者の人物像が掴めるはずだ。もう一つは、同じ品番が複数本流通しているかだ。もし別口で購入していれば“準備”の線が濃くなる。」


奈々は手早く操作しながら報告する。

「別名義のカードは『遠山 梓』。会員登録情報に住所が一つだけありますが、差出人登録と配送履歴に不一致が出ます。店舗側に聞き取りをかければ、代行購入の有無、店内での受け渡し記録が出せるはずです。」


霧島が立ち上がり、コートの袖をまくる。

「俺はその店舗へ行って聞き取り。店の防犯カメラのダビングも取る。透子、法的手続きは頼む。奈々、購入時刻のフレームを切り出しておいてくれ。」


玲は静かに頷き、ホワイトボードに新たな項目を加えた。

「同一モデルの複数購入=準備。別名義=工作の匂い。柿沼の動きと合わせて“誰が、どの時点で準備したか”を炙り出す。詩乃の動きともクロスさせておけ。影がどこで動いたかを照らし合わせるんだ。」


奈々が画面を見つめ、短く答えた。

「了解。遠山梓の履歴と、店舗の防犯映像を今すぐ要求します。」


窓の外、黒い雲が低く垂れ込める。事務所の中では、断片となっていた“設計された死”の輪郭が、少しずつ、しかし確実に繋がり始めていた。


日時:2025年10月3日・正午12時15分

場所:玲探偵事務所・作戦室


「これはただの偶然じゃないな。」玲の声は低く、事務所の空気がその言葉に反応するように引き締まった。

「毒を仕込んだのは――‘誰が飲むか’を知っていた人間だ。」


奈々が手元の端末を一瞥し、画面の時刻列を指でなぞる。

「被害者は当日の動線上で、柿沼からカップを受け取る直前に短時間だけ立ち止まってる。そこで“喝采”のような挙動、つまり誰かに合図された可能性がある。合図と受け渡しがセットで設計されていたと考えたほうが自然です」


霧島が立ち上がり、拳を軽く握る。

「ということは、現場での『交換』か『事前配置』か。どちらにせよ、犯人は被害者の習慣や好みを把握していた。ターゲットを知り尽くしている者が裏にいる」


透子はファイルを押し広げ、冷静に付け加える。

「被害者のカップにしか入っていない成分、別名義での先回り購入、そして柿沼の不自然な手つき。三つが揃えば、計画性は確定的です。遠山梓の購入履歴と柿沼の行動履歴を突き合わせれば、‘誰が準備したか’の候補は絞れるはず」


昌代がそっとクッキーを差し出しながら、ほんわかとした声で言う。

「誰かが被害者の好みまで知っていたのねぇ……それにしても怖い話だわ」


玲はホワイトボードに新たな赤い線を引き、三つの点を結んだ。柿沼、遠山梓、そして“事前配置”。手の先で線を追いながら、冷たい決意を語る。

「まず、柿沼の行動を固める。彼が単独で動いた痕跡があるか。次に遠山梓の接触先。第三に、詩乃の現場報告と重ね合わせる。詩乃がどの時点で何を見たかが鍵になる」


奈々が端末を操作し、画面を皆に向ける。

「監視カメラのフレームを秒単位で切り出しています。柿沼の指先の動き、被害者の視線の移り変わり、周囲の人物の微妙な反応——すべて可視化して比較します」


霧島がコートに手をかけながら短く言った。

「俺は店舗に向かう。そこで代行購入か店内受け渡しがあったかを確かめる。透子、司法手続きの準備は頼む」


透子はうなずき、ファイルを抱え直す。

「すぐに申請を出します。証拠保全と合わせて、オルテック側の飲料サンプルの押収も要請する」


玲は皆の顔を一瞥し、静かに締めくくった。

「影は精密に動いている。だが我々も一つずつ、その設計図を解いていく。誰が被害者を知り、誰が『飲む人』を知っていたのか——それが分かれば、この‘設計された死’は崩れる」


窓の外で再び遠雷が鳴る。事務所の中、彼らの動きはもう止まらない。


日時:2025年10月3日・午後2時20分

場所:都内・サンライズタワー前、捜査車両内


玲はホワイトボードに貼った被害者の行動記録を指で軽く叩いた。

「次は、柿沼圭介に会いに行こう。“彼が何を仕掛けたのか”より先に、“何を隠しているのか”を確かめる。」


奈々が端末を開きながら補足する。

「被害者はコーヒーにとてもこだわっていたわ。必ずハンドドリップ、深煎りの豆、しかもカップはお気に入りのブランドを使う。日記にも“苦みが強い方が安心する”って何度も書かれてる」


透子が眉を寄せる。

「つまり、その“習慣”を把握していた人間なら、自然に彼女の選択に紛れ込ませられる。柿沼はイベントで“バリスタ役”をしていた。偶然か、仕組まれた役回りか……」


霧島が低く唸るように言った。

「被害者の“好み”を知っている時点で、すでに内側の人間だ。柿沼が関係者なのか、それとも誰かに使われているのか……」


玲は車窓に映るタワーの姿を一瞥し、表情を引き締めた。

「重要なのは、毒そのものよりも“どう自然に手渡せたか”だ。好みを知り、習慣を操れる者だけができる犯行——。柿沼が答えを持っている」


奈々が静かに頷き、画面を閉じた。

「じゃあ行きましょう。彼の“口”を開かせる時間ね」


雨雲が低く垂れ込める空の下、捜査車両はゆっくりとサンライズタワーの駐車場へと滑り込んでいった。


日時:2025年10月3日・午後3時10分

場所:都内・オルテック関連会社オフィス、会議室


玲は短く息を吐き、ガラス張りの会議室に足を踏み入れた。

窓の外に広がる曇天が、室内の緊張感をさらに濃くしていた。


柿沼圭介はすでにそこにいた。

黒いスーツに身を包み、浅く椅子に腰掛けている。だが落ち着いているように見えるその姿は、わずかな“硬さ”を隠しきれていなかった。


玲が正面に座ると、柿沼は形式的な笑みを浮かべた。

「……探偵の方に来ていただくとは。まさか、あの件がここまで大事になるとは思いませんでしたよ。」


その声は柔らかく響くが、目の奥には警戒の色があった。

霧島が壁際に立ち、腕を組んだまま無言で様子を観察する。


玲は一瞬だけ視線を落とし、すぐに柿沼の表情へと戻した。

「“大事になる”とはどういう意味ですか。まだ事故か事件かすら確定していないのに。」


柿沼の笑みがわずかに引きつる。

「……いえ、その……世間が騒ぎ立てるという意味です。私はただ、当日の臨時スタッフとして仕事を——」


奈々が端末を操作しながら口を挟んだ。

「その“臨時”の仕事、どこから依頼が来たんです? 履歴に残っていないのですが。」


柿沼の目が泳いだ。ほんの一瞬だったが、玲はそれを逃さない。

「……知り合いの紹介です。正式なルートではありませんが、特別な場でしたから、柔軟に対応を……」


その言葉に霧島が低く鼻を鳴らした。

「“知り合い”ね。便利な言葉だ。」


玲は椅子に深く腰を掛け、柿沼をじっと見つめる。

「あなたは被害者の好みを正確に知っていました。苦みの強いコーヒーを淹れ、指定のカップに注いだ。それは偶然じゃない。」


柿沼の喉仏がごくりと動き、沈黙が落ちる。

その沈黙こそが、言葉以上の答えだった。


玲の視線が鋭くなる。

「柿沼さん。あなたは——“彼女が死ぬと知っていた”のでは?」


室内の空気が一気に張り詰め、柿沼の額にうっすらと汗がにじみ始めた。


日時:2025年10月3日・午後3時15分

場所:都内・オルテック関連会社オフィス、会議室


柿沼は眉をひそめ、玲をじっと見返した。

「……彼女? いや、私はその……“お客様”の名前すら知らされていませんでした。」


言葉を選びながら答えるその声には、わずかな震えが混じっていた。

霧島がすかさず低く突っ込む。

「名前も知らない客に、わざわざ“好み通りのコーヒー”を出せるもんか?」


柿沼は視線を泳がせ、手元のペンをいじる。

「……ええと、それは……聞いたんです。スタッフ仲間から。あの方は苦みの強いものを好むと。だから、合わせただけです。」


奈々が端末から顔を上げ、静かに告げる。

「あなたの言葉と矛盾していますね。防犯カメラには、あなたが彼女に“いつものように”と声をかける姿が映っている。」


その瞬間、柿沼の表情が凍りついた。

しばし沈黙の後、かすれた声で言う。

「……違う……私は……殺すつもりなんて……」


玲は椅子からわずかに身を乗り出し、低く言った。

「殺すつもりがなかった? では——“誰の指示で仕掛けた”?」


柿沼の喉が上下し、額に冷や汗が浮かぶ。

会議室の時計の針が、静かに“コチ、コチ”と響いていた。


日時:2025年10月3日・午後3時17分

場所:オルテック関連会社・会議室


奈々は端末を操作しながら、冷たい声で柿沼に突きつけた。

「そう? でも、一週間前に“被害者と同じカップ”を購入しているわよね。

それに、企業イベントで“彼女に手渡している場面”も映像に残ってる。」


カチリ、とキーを叩く音とともに、スクリーンに映し出されたのはその瞬間の映像だった。

柿沼が被害者にカップを差し出し、微かに笑みを浮かべている。


柿沼の顔が強張り、目が泳ぐ。

「……それは……偶然だ。カップは……ただの予備を……」


玲が机に肘をつき、低い声で遮った。

「偶然ね。だが、不思議だと思わないか? “偶然”がこうも重なるのは。」


霧島が腕を組み、鋭い視線を投げる。

「お前……“彼女の好み”を知ってたんだろう? じゃなきゃ、あの自然な手つきは出てこない。」


柿沼の指が小刻みに震え、ペンがカチカチと音を立てる。

額に汗が滲み、声はしぼむように細くなった。

「……違う……俺は……ただ……指示された通りに……」


玲の瞳が鋭く光る。

「——誰に、だ?」


会議室に重い沈黙が落ちた。時計の針の音が妙に大きく響き、柿沼の呼吸音がそれに重なっていた。


日時:2025年10月3日・午後3時22分

場所:オルテック関連会社・会議室


霧島が椅子の背にもたれ、腕を組んだまま低い声で言った。

「確かに“ただの予備”かもしれない。だが、そのカップには“毒が仕掛けられていた”。」


その言葉に柿沼の喉がごくりと鳴り、目が大きく揺れた。

「ど、毒……? 俺は……知らない……」


奈々が端末を操作し、冷徹に告げる。

「毒物検査で、カップの底の樹脂部分に‘有機リン系化合物の痕跡’が見つかってる。

あなたが差し出したのは、偶然でも予備でもない。“仕組まれた道具”よ。」


玲が静かに柿沼を見据える。

「言い訳を続けてもいいが、その間に外の刑事たちが君の行動履歴を洗っている。

一週間前の購入から当日の動きまで、全部だ。」


柿沼は額に汗を浮かべ、震える声を絞り出した。

「……俺は……俺はただ、言われた通りにしただけだ……。

逆らえなかったんだ……あの人には……」


玲が身を乗り出し、目を細めた。

「“あの人”とは誰だ?」


沈黙。

柿沼の唇が震え、視線は床に落ちる。


会議室に流れる空気は、まるで首を絞められるように重かった。


日時:2025年10月3日・午後3時25分

場所:オルテック関連会社・会議室


しかし、玲はその瞬間、柿沼の右手が微かに握り込まれるのを見逃さなかった。

その仕草は、ただの緊張ではない。

まるで——“何かを隠し持っている”かのように。


玲の目が鋭く光る。

「……柿沼、手を見せろ。」


その声に、霧島が即座に立ち上がり、柿沼の右手を押さえ込む。

次の瞬間、指の間から滑り落ちたのは、小型の銀色のカプセルだった。


奈々が息を呑む。

「……毒物のアンプル……?」


霧島が低く吐き捨てる。

「口封じ用か。自分で飲むつもりだったんだな。」


柿沼の顔色は蒼白になり、歯を食いしばった。

「……何も、言えない……言ったら……俺だけじゃない……」


玲は一歩近づき、静かに言葉を投げた。

「——つまり、“黒幕が存在する”ということは認めるわけだな。」


柿沼は苦悶の表情で視線を逸らした。

額から汗が滴り落ちる。

その沈黙は、逆に真実を物語っていた。


日時:2025年10月3日・午後3時25分

場所:都内警察本部・鑑識ラボ


同時刻、鑑識チームが被害者のカップの徹底調査を進めていた。

ガラス片を一つひとつ顕微鏡にかけ、溶剤にかけて反応を確認する。

緊張と静寂が支配するラボの中に、ひときわ無駄のない動きで作業を進める一人の鑑識員がいた。


——桐野詩乃。


漆黒の髪をきっちりと束ね、白衣の下に違和感なく溶け込んでいる。

だが、彼女の瞳は紫の光を宿し、他の誰よりも鋭い。


「……やっぱり。」

詩乃は試薬にわずかに変色した液を見て、小さくつぶやいた。


それは公式の報告書に載せるには“危険すぎる成分”だった。

通常の毒物データベースでは検出不能な微量化合物——

人工的に合成された「遅延発動型の神経毒」。


隣の若い鑑識員が声をかける。

「どうです? 見つかりましたか?」


詩乃はわずかに微笑んで、

「ええ、ただの成分分解の痕跡。正式なレポートにまとめておくわ」

と答え、手元の試料をそっと自分のケースに滑り込ませた。


彼女の耳元のインカムが微かに震える。

——玲からの暗号回線だ。


「詩乃、進捗は?」

「玲。予想通り、“設計された毒”だった。しかも、表向きには絶対に検出されない代物よ。

……あなたが探している“黒幕”は、科学で人を消す手口に慣れすぎている。」


その声音には、仕事人としての冷徹さと、かすかな怒りが混じっていた。


時間:2025年10月3日・午後3時40分

場所:玲探偵事務所・作戦室(特別回線003越しの通話)


室内の空気は張り詰めたままだった。窓の向こうで雲が暗く蠢くのが見える。玲はゆっくりと椅子に戻り、ポケットから受話器を取り出した。画面には先ほどの「003」が光っている。すぐに詩乃の低い声が返ってきた。


「玲。状況を抑えたわ。毒の供給ルート、分かった──端的に言うと“研究系の残骸を使った裏流通”よ。」


玲は息を詰めて詩乃の言葉を待った。端末の向こうで、詩乃の声が冷静に続く。


「まず、カプセルの内部にあった化学的痕跡は、『有機燐系の変異体』の合成残渣。通常の農薬や市販薬品とは構造が違う。合成方法も工業的じゃなく、研究室プロトコル寄り──つまり、研究用途の合成設備でしか出せない痕跡がある。」


透子が横で息を飲む。詩乃は続ける。


「元ソースは北辰医療研究所の旧プロジェクト群の設計図から派生した合成ルートよ。表向きには既に解体されている施設だけど、装置のいくつかは私人の手に渡っている。それを使って“遅延発動型”の前駆体を小ロットで合成している。合成→小分け→最終改変、の流れね。」


奈々が端末にメモを走らせる。詩乃はさらに詳細を落とす。


「流通は三段構成。

1.合成ブラックラボ — 郊外の旧北辰設備を改造した私的研究拠点。そこで前駆体を合成。

2.ブローカー経由のマスキング — 合成品は表向き医薬試薬や工業用溶剤として、複数のフロント会社を通して送られる。支払いはオフショアの匿名口座(LIE-093Xに類するコード)を経由して追跡を難しくしている。

3.最終加工と配布 — 国内の小規模合成業者(合法業者を装う業者)が“包装”して、一見無関係の臨時スタッフや宅配を装った人物に手渡される。被害者のカップに使われた最終カプセルもそこで作られていた。」


玲の視線が鋭くなる。詩乃はためらいなく続けた。


「重要な一点。カプセルの外面に微細な製造痕、マイクロエッチングが残っていた。通常の市販カプセルにはない刻印よ。これをデータベースと照合したら、過去三ヶ月以内に同形式の出荷があった倉庫が一つヒットした。配送伝票は偽装されているけど、受取人の最終転送先には“遠山 梓”という名義が一度だけ出てくる。遠山は表向きは雑貨流通の代行業者だけど、裏で“ラストワン”の受け渡しを担うことがある人物だと確認した。」


霧島が喉を鳴らす。玲は短く息を吐き、詩乃に問い返す。


「その遠山って、今回の店舗の代行購入と繋がるか?」


「ほぼ確実に繋がる。店舗の受け渡しログに不自然な“電話番号”登録がある。複数の購入で同じ回線が使われている。遠山名義での購入が、同じサプライチェーンによる“複数カップの事前配布”の一端だと判断していい。さらに、資金の流れをざっと追ったら、オフショア口座(LIE-093X系)への小口送金が複数回ある。資金→ブローカー→合成拠点の流れは確認できた。」


詩乃の声が一段と低くなる。


「要するに、科学的な“製造”は旧研究所系だが、仕上げと配布は民間のブローカー網でやっている。現場でカップを手渡した人間(柿沼)は“末端の手”に過ぎない可能性が高い。黒幕は合成設備を持ち、資金と流通を制御する人物か組織よ。」


透子がすぐに答を求めるように言った。

「詩乃、これを警察に突きつけられる形で出せるのか? 証拠として使えるのか?」


詩乃は一瞬だけ間をおいてから答えた。

「私がラボで掴んだ物理痕マイクロエッチングのサンプル、そして合成残渣のスペクトルデータは、本来の鑑識報告に補助資料として差し込める。だが、完全に公開すると流通側が動く。だから今回、玲、あなたたちが先に“遠山”と柿沼の接点を抑えて動く必要がある。私は裏で供給元の“倉庫ログ”をもう少し掘る。だが法的に押さえるには警察の協力が必須──透子、あなたが動けるかどうかで勝負が決まるわ。」


玲は詩乃の冷徹な羅列を静かに飲み込み、ゆっくりと頷いた。外の雷鳴が一度、遠くで轟いた。


「分かった。透子、遠山への捜査申請と、店舗の防犯映像の差押えを即時申請してくれ。霧島、店舗聞き取りと現場監視。奈々、詩乃が言ったマイクロエッチングの照合データを精査、同一ロットを洗い出して。詩乃、君は合成設備の所在地と出荷記録の断片を探してくれ──ただし用心して動いてくれ。」


詩乃の声に、かすかな笑みが混じった。

「了解よ、玲。影の仕事は影のままにする。だけど、今回だけは“影を全部ひっくり返す”つもりで動くわ。」


玲は受話器を置き、チームを見渡した。机の上のメモ、ホワイトボードの赤い線、そしてテーブルの上に転がるカップ破片――すべてが、次の動きへとつながった。外で雨粒がガラスを打ち、大きく一歩を踏み出す合図のように感じられた。


時間:2025年10月3日・午後4時10分

場所:玲探偵事務所・作戦室


玲は短く端末を閉じ、静かな声で言った。

「この件、決着をつけるぞ。」


その言葉には、室内の全員が無言で頷かざるを得ない重さがあった。


霧島は新聞を畳み、椅子を軋ませながら姿勢を正す。奈々は端末を操作しつつ視線を玲へと向ける。透子は封筒の中身をきっちり揃え直し、深く息をついた。


玲の脳裏には、先ほどの詩乃の声がまだ残っていた。

——表向き、詩乃は製薬企業に籍を置く研究員であり、学会にも顔を出す科学者。だが、その裏では“毒物のスペシャリスト”として動いてきた影の経歴を持つ。


玲は低くつぶやいた。

「詩乃は今も、論文を書き、研究室に立つ“科学者”であり続けている。だがその肩書きの裏に、俺たちが必要とするときだけ姿を現す影がある。——それを逆手に取る。」


奈々が即座に理解したように口を開いた。

「つまり、表の肩書きを利用して合法的に“証拠”を差し込むってことね。鑑識報告を補強する形なら、誰も彼女を疑えない。」


玲は頷き、ホワイトボードに新たな線を引いた。

「表では科学者、裏では影。両方を繋げるのは俺たちだ。……この二重の顔を、今こそ使う。」


霧島が腕を組みながら低く唸った。

「なるほどな。毒を仕掛けた奴らには、表の“科学”を使って決着を突きつけてやるわけか。」


窓の外でまた雷鳴が遠く響く。

玲は視線を上げ、短く告げた。


「詩乃の役割は終わっていない。科学者としての彼女が証拠を固め、俺たちが現場で真実を突き止める。——その先に、黒幕の正体が見える。」


静まり返った作戦室に、全員の呼吸がひとつのリズムを刻み始めていた。


日時:2025年10月3日・午後4時40分

場所:オルテック関連会社・会議室


柿沼は両手を机の上に置き、長い息を吐いたまま、ようやく顔を上げた。目は伏せたまま、声は震えている。


「……わかったよ、もう隠しても無駄だな。」


玲は静かに頷き、椅子の背にもたれたまま柿沼の言葉を促した。部屋の端では霧島が腕を組み、奈々が端末の画面をじっと見つめる。透子の手はファイルにかかっている。沈黙がほんの一瞬、場を支配する。


柿沼は小さな声で話し始めた。

「彼女には……借りがあったんだ。ずっと前に、俺が重大なミスをした。帳簿の不整合を見つけられたら、会社にとって致命的になるような金額のミスだ。目をつぶってくれるって言ったのは、彼女――被害者だった。あいつは、僕のことを信用してくれた。だから、俺はその恩を返せると思ってたんだ。」


彼の唇が震える。拳がきつく机を押し、白い 膝関節 が見える。


「でも、その恩が、いつの間にか借金になった。証拠は消した。書類は改ざんした。彼女に示し合わせてやり過ごした。表では恩義、裏では帳尻合わせ――その矛盾が、いつか自分を苦しめるとは思わなかった。」


奈々の視線が鋭く刺さる。玲は促すように、静かに訊いた。

「そこで、いつ誰に突き付けられた? 何が君を“手渡し”へと駆り立てた?」


柿沼は視線をさらに沈め、唇を噛んだ。声はかすれていた。

「数週間前、匿名の脅迫状が届いた。写真付きで、俺が消した帳簿の一部が写っていた。『沈黙を買うか、代価を払わせるか』――そう書いてあった。最初は金だと思った。だけど、その後の要求は奇妙だった。『現場で普通に振る舞え。誰にも気づかれないように』って。俺は断れなかったんだ。あの人たちは、会社の外にも手を回してた。家族のことまで嗅ぎ回された。逆らえば全てがバレる――だから、言われた通りに動いた。カップを用意して、カップを渡して……ただそれだけだった。」


透子の表情にわずかな変化が走る。捜査の枠組みが一気に具体性を帯びる。


柿沼の目に熱が滲む。

「俺は被害者を殺すつもりはなかった。本当に。ただ、借りを返せれば――そう思ってた。だが、結果はこうだ。彼女を失わせてしまった。俺は――」


言葉がそこで途切れ、彼は顔を伏せて震えた。


玲はゆっくりと立ち上がり、柔らかいが決然とした声で締めくくった。

「君の‘借り’は分かった。だがそれを使って他人を傷つけることは許されない。今から君が言うべきは、誰が脅してきたのか。名前だ。遠山か、それとも別の連絡先か。隠れた指示系統を明らかにしない限り、同じ手口が繰り返される。」


柿沼は何度か喉を鳴らし、目を伏せたまま小さな声で言った。

「……名前は言えない。言ったら、家族が危ない。だが……俺は手元にある物を渡す。製造番号の控え、受け渡しのメモ、連絡先――少しは証拠として残してある。これで、少しでも状況が動くなら……」


奈々が端末を差し出し、画面には既に抽出済みのログが並んでいる。霧島はそっと柿沼の肩に手を置き、強さの代わりに冷静さを与えようとする。


室内に再び沈黙が戻るが、いまその沈黙は空虚ではなかった。柿沼の告白は、事件の輪郭を一つ深く刻んだ。外では遠雷が鳴り、窓ガラスを叩く雨音が小さく帰ってきた。玲はペンを取り、ホワイトボードに新たな線を引き、次の問いを用意した。


日時:2025年10月3日・午後4時50分

場所:オルテック関連会社・会議室


霧島が眉間に皺を寄せ、目を細める。

「それを、被害者が知っていたのか?」


柿沼は少し首をかしげ、声をひそめた。

「いや……知らなかったはずだ。帳簿の不整合も、裏のやり取りも、全て俺が処理していた。被害者に伝わることは一切なかった……でも、あのカップを渡した瞬間、結果的に俺の行動は彼女に影響を与えてしまった。」


玲は机の上の資料を指で押さえ、静かに言う。

「つまり、彼女自身は無垢だった。だが、君の‘借り’と脅迫状の連鎖が、この悲劇を引き起こした――。」


奈々が画面を操作しながら付け加える。

「被害者にとっては、完全に偶然の連鎖。でも、事実として、カップと毒が存在したのは確かね。」


霧島は視線を柿沼に戻し、低く続ける。

「わかった。じゃあ、次はその脅迫状を追う必要があるな。背後に誰がいるのか、突き止めるべきだ。」


柿沼はうつむきながら小さく頷き、手元のメモを玲に差し出す。

玲はそれを受け取り、目を細めたまま言った。

「これで、影のルートに少し近づける……次は、全ての矛盾を解き明かす段階だ。」


会議室に再び沈黙が戻る。外では雨が静かに窓を叩き、雷鳴が遠くで低く響いていた。


日時:2025年10月3日・午後5時20分

場所:オルテック関連会社・会議室


玲が静かに口を開く。

「その特殊な構造――誰が仕掛けた?」


柿沼の目が曇り、わずかに肩を落とす。

「……高校の同級生に、今フリーで工業デザインをやってる男がいる。名前は……佐山達彦。

そいつに、‘サプライズ用のカップ’を頼んだ。——‘紅茶を入れると中から色が変わる仕掛け’だと嘘をついて。」


霧島が眉をひそめ、低く呟く。

「巧妙だな……見た目は普通でも、中に仕掛けがあるとは気付かない。」


奈々が端末を操作しながら補足する。

「佐山の設計書や依頼メール、銀行振込履歴……全部追跡可能。カップ自体も限定製造品で、流通経路を辿れば辿るほど真実が見えてくる。」


玲は静かにペンを握り、ホワイトボードに線を引きながら分析する。

「なるほど、つまりこれは偶然ではなく、計画的な‘仕掛け’だったというわけだ。柿沼、君はこの情報をどう活かすつもりだ?」


柿沼は目を伏せ、静かに答える。

「……協力する。佐山を突き止めるのも、俺の責任だ。」


玲の瞳が鋭く光る。

「では、次の行動を決める。時間を無駄にする余裕はない。」


窓の外で雷鳴が再び響き、会議室の空気は張り詰めたままだった。


日時:2025年10月3日・午後5時23分

場所:オルテック関連会社・会議室


霧島が鋭く訊いた。

「それで、何を渡したんだ、柿沼?」


柿沼は顔をぐっと上げ、手のひらをテーブルに擦りつけるようにしてから、ゆっくりと答えた。

「設計図とかじゃない。そこまでの知識は俺にはない。俺が渡したのは――依頼書と現物のサンプル、それと写真だ。写真は、被害者が普段使ってるカップと、彼女の横顔を撮ったもの。『彼女が使うと自然に見えるように』って、そいつに伝えた。」


奈々の指先が端末の画面に触れる。

「写真……つまりターゲットを特定するための“参照”を渡した、と。」


柿沼はうなずき、声が震えた。

「そうだ。あと、色変わりの仕掛けだと嘘をついたから、機能仕様書の文言も作ってもらった。『飲み物の温度変化で内側の層が反応して色が出ます』って。受け渡し方法とタイミングも細かく指示した。支払いは現金で、受け渡し場所は店舗裏で――それを俺の代わりに遠山って奴が取りに行ったんだ。」


霧島の表情が硬くなる。

「現物サンプル、写真、受け渡しの手配。それで終わりか?」


柿沼は首を小さく振った。唇を噛んで続ける。

「違う。『最後に念のためテストをしておく』って言われた。佐山は『安全確認は私がやる』って言ってたから、俺は信じた。俺は自分の罪滅ぼしのつもりで、あいつに頼んだんだ。まさか、そんなものに毒が混ざるなんて……」


透子がファイルを押し出し、冷たく問う。

「佐山が“安全確認”って言ったのは事実ね? それを証明する連絡履歴や振込の記録はあるのか?」


柿沼の手が震え、ポケットからぐしゃぐしゃのメモを取り出してテーブルに差し出した。紙には佐山とのやり取りの携帯番号、待ち合わせ場所、そして「色変わり確認」と走り書きされた文言が残っている。奈々がそれを受け取り、画面に打ち込む。


「振込は現金だが、受領証らしき写真が残ってる。遠山の名義で受け取ったことを示す配送ログの断片もある。これで佐山や遠山の追跡は可能だ」と奈々。


霧島が低く吐息をつき、柿沼を睨むように言った。

「君が渡したもの――写真とサンプルが、誰かの手で“仕上げられた”。その工程に『毒』が混入した。佐山か、遠山か、それとも製造の段階で別の手が入ったのか。全ての接点を洗い直す」


柿沼は顔を覆い、かすれ声で答えた。

「……俺は背中を押された気分だった。償いになるって思ってた。だけど、結果はこれだ。どう償えばいいのか分からない。」


玲が静かに前に出て、柔らかいが断固とした声で告げた。

「まずは事実をひとつずつ。佐山の所在、遠山の配送ログ、受け渡し時の監視映像――それを抑えれば、誰が『仕上げ』を行ったか見えてくる。君の協力が必要だ。全部吐け。」


柿沼は重く頷き、目に光るものを抑えながら言った。

「分かった……全部話す。頼む、彼女のために、ここで終わらせてくれ。」


会議室には短い、だが決意に満ちた静寂が戻った。窓の外の雨はますます強くなり、彼らの追跡の時が刻一刻と迫っていた。


日時:2025年10月3日・午後5時30分

場所:オルテック関連会社・会議室


玲は机に肘をつき、じっと柿沼を見据えた。雨粒が窓を叩く音だけが、重苦しい間を埋めている。


「はっきり言え。」玲の声は低く、一本の刃のように研ぎ澄まされていた。

「仕掛けの設計は誰だ。毒の投入は誰がやった。順を追って聞く。」


柿沼は肩を震わせ、目を伏せたまま呟くように答えた。

「設計は……佐山達彦だ。高校の同級生で、今は工業デザインの仕事をしている。あいつに『見た目は普通、だが仕掛けがある』って頼んだ。佐山は機能試作が得意で、内部に隠し層を作るのも朝飯前だって聞いてたから……」


玲は短く頷き、筆跡のように冷静に続けさせる。

「で、毒は?」


柿沼の手が微かに震える。紙切れを引き寄せ、そこに書かれたメモを指でなぞるようにして言った。

「毒の‘最終調整’は、佐山じゃない。佐山はカップの機構だけを作った。カプセルの中に何を入れるか、どう封をするか――その仕事は別の者がやった。遠山が手配した“最終加工業者”だ。男の名は高瀬亮一。小さな合成業者を装ってるが、実態は違う。あいつらが、合成された前駆体を受け取り、最終改変してアンプル化した」


霧島が短く息を吐く。透子がメモを奪い取り、目を細める。奈々は端末をスクロールして関連ログを引き出す準備をする。


玲はさらに踏み込む。

「高瀬は、どこでそれをやっていた? 倉庫か、ラボか。誰のために動いている?」


柿沼は顔を上げ、嗚咽にも似た声で答えた。

「郊外の旧北辰の設備――完全には解体されていない旧棟。詩乃が言ってた、‘私人の手に渡った装置’ってのはあそこだ。資金の出所は表に出さないようにしてある。送金はオフショアを経由してる。俺にはその先までは見せられていない。指示は遠山経由で来る。遠山は受取と配達、最後の橋渡しだけをしていた。それ以上は、言えない……家族が、また狙われると思うと──」


短い、だが決定的な告白だった。室内の空気が固まる。玲はゆっくりと息を吐き、ホワイトボードに新しい線を引き加えた――佐山(設計)→高瀬(最終加工/毒投入)→遠山(物流・受け渡し)──そして、背後に潜む資金源。


玲は静かに言った。

「分かった。君の協力はここまでだ。だが約束しろ。これ以上、隠し事はしない。名前と経路を全て出すんだ。そうすれば、俺たちが家族の安全も確保する。」


柿沼は震える手で再び頷いた。窓の外で雷鳴が一度、長く鳴った。事態は動き始めている。


日時:2025年10月3日・午後5時45分

場所:オルテック関連会社・会議室


霧島が静かに腕を組み、低く唸るように呟いた。

「……正義か。人間ってやつは、結局、正義の名のもとに、誰かを傷つけるんだな。」


玲はその言葉を受け止め、短く答えた。

「正義も、使命も、責任も――紙一重で裏返る。だからこそ、俺たちは事実と証拠に基づいて動くしかない。」


透子は頷きながら、机の書類を整理する。

「正義っていうのは、被害者のためだけじゃなく、加害者の手から未来を守ることも含まれるんですね……」


柿沼は肩を落とし、視線を伏せたまま小さくつぶやく。

「……俺は、自分の正義のせいで全てを台無しにした。」


玲はゆっくりと立ち上がり、窓の外を見つめる。雨粒がガラスを滑る。

「誰も完璧な正義は持てない。でも、俺たちはできる限り、それに近づく努力をする。それが、次の犠牲を防ぐ唯一の方法だ。」


室内に一瞬の静寂が訪れる。雷鳴が遠くで鳴り響き、霧島は唇を引き結び、しかしどこか覚悟を決めた表情を見せた。


玲は机に戻り、ホワイトボードを指さす。

「これからだ、次の一手を確実に動かす。正義は、証拠と行動の中にしかない。」


その言葉が、部屋の空気を引き締める。霧島も透子も、奈々も、柿沼も――誰も目を逸らせなかった。


日時:2025年10月3日・午後6時10分

場所:オルテック関連会社・会議室


玲はゆっくりと立ち上がった。

その動作は一見いつもの冷静さを保っていたが、胸の奥に渦巻く感情は、彼自身にも制御しきれないものだった。


「……終わらせたかったんだ。」

その声は、誰に向けてでもなく、自分の心の奥底から漏れ出た呟きのようだった。


透子が顔を上げ、玲の横顔を見つめる。

「玲さん……?」


玲は目を閉じ、低く続ける。

「自分の記憶から……消したかった。あの時、救えなかったもの、止められなかったもの……全部。」


霧島が眉をひそめ、口を開くが、言葉は出なかった。奈々も端末に視線を落とし、そっと手を止める。


玲はゆっくりと拳を握りしめ、深く息を吸った。

「けど、消えないんだな。どれだけ時間が経っても、形を変えて俺の前に現れる……。だから、今度こそ決着をつける。もう、誰も巻き込みたくない。」


その声は、静かでありながら、鋭い決意の刃を帯びていた。


透子が小さく頷き、震える声で言った。

「……一緒に、終わらせましょう。」


玲はその視線を受け止め、微かに微笑んだ。

「そうだな……今度は、俺たちが選ぶ。消すんじゃなく、終わらせるんだ。」


雷鳴が再び窓の外で轟き、会議室の空気は、張り詰めた糸が一層強く締まるように感じられた。


日時:2025年10月3日・午後6時12分

場所:オルテック関連会社・会議室


奈々が静かに端末を閉じた。

その動作には、ただの作業終了以上の意味が込められていた。


「……加担していたのかもしれない、私も。」

奈々の声は低く、そして抑えきれない自責の響きを帯びていた。


霧島が横目で奈々を見つめる。

「……まさか、あのときの?」


奈々は一瞬目を伏せ、息を整える。

「無意識のうちに、間接的に。被害者の行動や周囲の状況に、私の分析や情報が影響を与えてしまった……気づいた時には、もう取り返しがつかない状態に。」


玲はその告白を静かに受け止める。

「重要なのは、今どうするかだ。過去を悔やむだけでは解決にならない。」


透子が奈々に視線を向け、そっと言葉を重ねた。

「だから、今度は私たちの手で終わらせるんです。誰も傷つけずに。」


奈々は小さく頷き、拳を握りしめる。

「……わかった。全力で、やる。」


雷鳴が窓の外で轟き、会議室の緊張はさらに増す。

だが、玲たちは互いに視線を交わし、決意を胸に刻み込むのだった。


日時:2025年10月4日・午後7時45分

場所:玲探偵事務所・リビングルーム


こうして事件は幕を閉じた。


複雑に絡み合った人間関係、巧妙に仕組まれたカップの罠、そして微細な毒の痕跡——

すべては、記憶や感情、そして人間の弱さから生まれた“現実的な毒殺事件”であった。


玲はコーヒーを片手に、窓の外に沈む夕陽を眺めながら静かに息を吐く。

奈々は端末を閉じ、透子は窓際で深呼吸をしている。

霧島はソファに腰かけ、淡々と事件の余波を整理していた。


「……結局、人の弱さが犯行の根源だったのね」

奈々がぽつりと漏らす。


玲は微かに頷き、低い声で答える。

「だが、それを見抜けたのが我々の強みだ。人を守るには、人を知ることが必要だ。」


事務所内には、事件解決後の静かな余韻が漂う。

誰もが過去の軌跡を胸に刻みながらも、次の挑戦へと歩みを進める——。


こうして玲たちは、現実と人間の心理に根ざした事件を、冷静かつ慎重に解き明かしたのだった。


日時:2025年10月5日・午後3時40分

場所:玲探偵事務所・会議室


佐山達彦は、玲たちの前に静かに腰を下ろした。

やや痩せた体格に無精髭、プリントTシャツには彼自身が設計した図面が描かれている。だが、その澄んだ瞳には異様な緊張感が漂っていた。


玲は資料を手に取り、落ち着いた声で問いかける。

「佐山さん……カップの仕掛けについて、すべて正直に話してくれるか?」


佐山はしばらく黙ったまま、机の上に置かれた設計図を指でなぞる。

「……あのカップは、単なる‘色が変わるギミック’のはずだった。毒なんて、俺の仕事じゃない……でも、渡した相手がどう使うかは知らなかった。」


水島凛が佐山の指の動きと微かな呼吸の変化を観察しながら、低くつぶやく。

「防御的な動きと心理の緊張が一致している……罪の自覚と恐怖が混在している。」


霧島は腕を組み、鋭い視線で佐山を見つめる。

「つまり、設計者としての責任はあるが、実際の殺意はなかった、と?」


佐山は小さくうなずき、目を伏せたまま静かに答える。

「……その通りです。」


玲は深く息を吐き、ホワイトボードに新たな線を引いた。

「ならば、ここからが我々の役目だ——誰が何を仕掛け、どう実行したのか、全てをつなぎ合わせる。」


事務所の空気が、一瞬引き締まった。

極めて現実的で、しかし心理の奥底を暴く作業が、今まさに始まろうとしていた。


日時:2025年10月5日・午後3時50分

場所:玲探偵事務所・会議室


佐山達彦の隣に、工業設計担当の西条が静かに立ち上がった。

やや緊張した面持ちで、両手に広げた図面を慎重に差し出す。


「これが、カップの最終設計図です。佐山さんが作ったギミック部分の詳細も含まれています。」


玲は手を伸ばして図面を受け取り、細部に目を走らせる。

「なるほど……構造的には完全に安全なはずだ。誰かが意図的に毒を仕込まなければ、ただのサプライズ用ギミックだ。」


奈々が端末でカップの購入履歴と照合しながら言った。

「購入者が佐山さんであることは確認済み。ただ、毒を仕込んだカード名義と一致する人物は別……つまり、設計者と実行者は別の人間。」


霧島が低くつぶやく。

「設計図があることで、佐山は完全な証拠隠滅から外れるな。責任の所在を明確にできる。」


水島凛は佐山の表情を観察し、静かに付け加える。

「恐怖と責任感が混ざっている……心理的には、協力はしているが罪の意識は軽く感じている状態。」


玲は図面を机の上に広げ、指で線をなぞりながら言った。

「これで、ギミックの原理と誰が何を仕掛けたかの全体像が見えてきた。次は実際の事件の流れと照合して、行動の裏付けを取る。」


室内に一瞬の沈黙が流れる。

事務所の空気は、真実を紡ぐための緊張感で再び引き締まった。


日時:2025年10月5日・午後3時52分

場所:玲探偵事務所・会議室


佐山は差し出された図面を前に、一瞬だけ視線を逸らした。

その瞬間、僅かに肩が震え、無意識に手元のTシャツの裾を握る仕草が見えた。


玲はその微かな動きを見逃さず、静かに指摘する。

「佐山さん……あなた、設計図だけではなく、誰が毒を仕込むかも知っていたな?」


佐山は唇をかみ、言葉を探すように沈黙する。

奈々が端末を操作しながら付け加える。

「購入履歴と設計図の照合で、設計段階で実行者の存在を知っていた可能性が高いわ。」


霧島が低く息を吐き、冷静に言った。

「言い訳は通用しない。記録はすべて揃っている。」


佐山は小さく肩を落とし、ゆっくりと視線を玲に戻した。

「……はい、知っていました。でも、あくまで‘仕掛けるカップの設計’だけで、実際の毒投入は私の手ではありません。」


玲は静かに頷き、指先で図面をなぞりながら、次の質問を心に決めた。

「では、その‘誰か’を特定する手掛かりを整理しよう。」


室内に緊張感が漂い、佐山の小さな動揺が、事件解明の鍵となる予感を帯びていた。


日時:2025年10月5日・午後3時55分

場所:玲探偵事務所・会議室


佐山は肩をすくめ、無言のまま視線を床に落とす。

その仕草は、責任の所在をあいまいにしようとする防御本能の表れのようだった。


玲は軽く息を吐き、静かに問いかける。

「肩をすくめるだけで済むと思っているのか? 設計の段階で誰が関わるかを知っていたなら、それも立派な関与だ。」


奈々が端末を操作し、冷静に指摘する。

「設計図と購入記録を照合すれば、あなたが‘誰が手にするか’を把握していた証拠は残っています。」


霧島は腕を組み、低い声で続けた。

「‘関与’の重みを理解しているか? あなたの肩すくめでは片付けられない現実だ。」


佐山は一瞬だけ目を閉じ、ため息をついた。

「……はい。知っていました。でも、本当に毒を入れたのは、私ではありません。」


玲は図面に目を落としながら、次の行動を思案する。

「では、その‘誰か’の足取りを辿ろう。設計と実行の接点を明らかにする必要がある。」


会議室には静寂が広がる。佐山の肩すくめが、事件解明への重要な手がかりであることを、誰もが感じていた。


日時:2025年10月5日・午後4時05分

場所:玲探偵事務所・会議室


佐山の指が、机の下で細かく動いている。

わずかな動きだったが、水島凛の鋭い観察眼には逃さなかった。


水島が小声で玲に告げる。

「左手の反復動作、微細な震え。明確なストレス反応。嘘をついてる可能性高いわ。」


玲はその指の動きをじっと見つめ、眉をわずかに寄せる。

「なるほど……肩をすくめる仕草と同じく、心理的防御の現れだな。」


奈々が端末を操作しながら、データと照合する。

「脳波と心拍の同期変化も出ています。この状態は‘緊張と恐怖’の典型パターンです。」


佐山は顔を少し強張らせ、目を逸らす。

玲の声は静かだが鋭い。

「嘘を重ねるほど、足取りは狭まる。指の動き一つで真実は語られるんだ。」


会議室に張り詰めた空気の中、佐山の無言の指先が、事件解明への重要な糸口となっていた。


日時:2025年10月5日・午後4時07分

場所:玲探偵事務所・会議室


玲はあえて穏やかな声で尋ねた。

「佐山、君は本当に、あのカップの仕掛けを単なる‘遊び心’だと言い切れるか?」


佐山の瞳が一瞬揺らぐ。

肩をすくめ、指先の微細な動きがさらに早まる。


水島が小さく息を吐き、玲の横で囁く。

「感情の微動と生理反応……恐怖と罪悪感が混在しています。これは隠そうとしても、身体が勝手に証言している状態。」


奈々が端末を操作し、映像や心理データをリアルタイムで表示する。

「心拍の急上昇、微妙な手の震え……完全に緊張状態ですね。今の質問で、反応が顕著になった。」


玲は目を細め、佐山を見据える。

「逃げる必要はない。だが、真実は必ず見えてくる。指先の動き一つでも、隠せないものがあるんだ。」


佐山は言葉を詰まらせ、静かに机に手を置いた。

その無言の動作が、心理的防御の限界を示していた。


日時:2025年10月5日・午後4時20分

場所:玲探偵事務所・会議室


佐山の言葉が沈黙を破る。

「……毒を実際にカップに注いだのは、柿沼圭介だ。彼からの依頼で設計だけをやった。俺は、まさか毒が本当に使われるなんて思っていなかったんだ。」


玲はじっと佐山を見据え、冷静に問う。

「柿沼は、なぜその毒を――」


佐山は肩を落とし、続ける。

「……被害者に借りがあったからだ。事故のように見せれば、誰も疑わないと思ったらしい。」


水島凛が横で小声で分析する。

「心理操作も巧妙だった。柿沼は設計図を使って周囲を操作し、佐山に罪の意識を与えながら、実際の行為は自分で行った。」


奈々が端末を操作し、記録映像を映し出す。

「防犯カメラと購入履歴も一致します。柿沼が毒を仕込み、佐山は設計だけ担当。これで全容が見えてきました。」


霧島が低く呟く。

「現実は残酷だな。遊び心や過去の借りが、こんな形で命を奪うなんて……。」


玲は静かに息を整え、最後の指示を口にした。

「よし、これで証拠と証言をまとめ、検察へ提出する。事件はこれで決着だ。」


日時:2025年10月5日・午後4時40分

場所:玲探偵事務所・会議室


玲は静かに立ち上がり、佐山の目を見据えた。

「佐山君、君は設計だけを請け負った。でも、これからは自分の技術が誰の手に渡るのか、常に意識して行動しなければならない。」


佐山は俯きながらも、うなずく。

「……分かっています。もう二度と、知らぬ間に誰かを傷つけるようなことはしません。」


玲は少し柔らかい声で続けた。

「君の才能は無駄にしてはいけない。設計や創作は、正しい目的のために使うべきだ。人を助ける道具に変えることもできる。」


水島凛が横で頷き、佐山の肩越しに静かに付け加える。

「心理的な影響も理解した上で、慎重に行動すること。それがこれからの君の責任よ。」


佐山は深く息を吸い込み、やっと顔を上げた。

「……ありがとうございます。必ず、もう間違いません。」


玲は机の上に手を置き、最後に静かに告げた。

「いいか、技術は中立だ。使う人間の意思次第で善にも悪にもなる。君は善のために選べ。」


その言葉は、佐山の胸に重く、しかし希望として刻まれた。


日時:2025年10月5日・午後4時45分

場所:玲探偵事務所・会議室


奈々は端末を操作しながら、静かに言った。

「佐山の設計データ、全部クラウドにバックアップ済みです。アクセスログも監視下に置いておきます。」


玲は端末画面を覗き込み、短く頷く。

「そうすれば、二度と誰かを傷つける用途には使えない。佐山君も、自分の行動が常に記録されることを意識できるだろう。」


霧島が腕を組み、横から付け加えた。

「技術者にとって、監視は重荷かもしれない。でも、今回の件を考えれば必要な措置だ。」


奈々は微かに笑みを浮かべ、画面を閉じる。

「これで一応、安全策は整いました。あとは本人次第です。」


玲は佐山を見つめ、静かに言葉を落とす。

「君の未来は、君自身の手で決めるんだ。」


佐山は深く息を吸い、わずかに微笑んだ。

「はい……絶対に間違いません。」


日時:2025年10月6日・午前10時

場所:都内警察署・取調室


玲たちは、柿沼圭介の供述の矛盾を徹底的に洗い出すため、取調室の空気を一瞬で変えた。


玲は机の向こうに座る柿沼をじっと見据え、低く静かに問いかける。

「柿沼君、君が最後にカップを手渡したときの状況を、もう一度正確に話してくれないか。」


柿沼は眉を寄せ、机の書類に目を落とす。手がわずかに震え、言葉を選ぶ様子が見て取れる。

「……間違いありません。私は……ただ渡しただけです。」


霧島が低く、冷静に口を挟む。

「ただ渡しただけ、ね。しかし監視カメラの映像では、手の動きが不自然に硬直している。」


奈々が端末を操作し、映像の該当部分を再生する。

「ここです。指先の動きが意図的に制御されている。自然ではない。」


玲は静かに息を吐き、卓越した観察眼で柿沼の表情の微細な変化を捉える。

「君の言葉と行動、どこかで食い違っている。それを正直に話すかどうかで、全てが決まる。」


柿沼の目が一瞬揺れ、息を詰める。

玲の圧力は巧妙に、しかし確実に彼の心理の奥底に届いていた。


日時:2025年10月6日・午前10時15分

場所:都内警察署・取調室


取調室のドアが静かに開き、影班の成瀬由宇がゆっくりと現れる。


漆黒の戦闘服に身を包み、灰色の瞳は冷徹そのもの。

その存在感だけで室内の空気は一変し、柿沼の背筋に緊張が走った。


霧島が低く呟く。

「……やはり、呼ぶべきだったか」


玲は机越しに柿沼を見据え、静かに言う。

「君の心理的抵抗を、少し調整してもらう必要がある」


成瀬は軽く頷き、微かに身体を前傾させる。

彼女の眼差しと微細な動きだけで、柿沼の呼吸は浅くなり、心理的な圧力が自然に加わる。


奈々が小声で玲に囁く。

「……さすが、影班。圧だけで相手を揺さぶる……」


玲は淡々と答えた。

「これが最終局面だ。圧と心理、両方を使って真実を引き出す。」


柿沼はわずかに肩を揺らし、成瀬の存在感に圧されながらも、抵抗の糸を手繰ろうとする。

影班の成瀬が加わったことで、取調室は静かだが張り詰めた緊迫の場となった。


玲が短く息を吐いた。


その吐息と同時に、室内の緊張がさらに増す。

成瀬の冷たい視線が柿沼をじっと見据え、微細な心理圧を加える。


玲は静かに机の上に手を置き、低く、しかし確信に満ちた声で告げた。

「柿沼……今、正直に話す時だ。」


柿沼は微かに瞳を泳がせる。

奈々が端末の画面をちらりと見やり、細い指で記録を確認しながら、玲の言葉を補強する。

「証拠は揃っている。もう隠せるものはないわ。」


霧島は机の端に肘をつき、静かに息をつく。

「圧と理論、両方で追い詰められる……これ以上の状況は、あの男には耐えられないだろうな。」


玲は再び深く息を吸い、目の前の柿沼に視線を固定した。

「真実を、我々に見せろ。」


空気が微かに震え、取調室の重さがさらに増していく。


柿沼の視線が端末へ向く。


画面に映し出された自分の行動記録や購入履歴、企業イベントでの防犯カメラ映像――

それらが静かに、しかし確実に彼を追い詰める。


成瀬は冷たい視線を柿沼に向けたまま、微動だにせず圧力をかける。

霧島も腕を組み、低く呟く。

「目をそらせば、全てがこちらに有利になる……」


奈々は端末を指でスクロールさせ、淡々と事実を突きつける。

「柿沼さん、これは偶然でも、誤解でもないわ。全て繋がっている。」


柿沼は唇を噛みしめ、微かに呼吸を乱す。

その視線は端末に釘付けになりながらも、心の奥では何かを必死に隠そうとしている。


玲は静かに、しかし鋭く問いかける。

「今からでも遅くはない。全てを話すつもりか?」


取調室の空気は一層重く張り詰め、柿沼の決断の瞬間を待っていた。


柿沼は唇を噛んだ。


成瀬の冷たい視線と霧島の静かな圧力が、まるで空気そのものを重くするかのように部屋を支配していた。

奈々の指先が端末上を滑り、証拠映像と購入履歴を次々に映し出す。


柿沼は一瞬、視線を逸らそうとしたが、玲の鋭い瞳がそれを許さない。

「黙っていれば、逃げられると思ったか?」玲の低く静かな声が部屋に響く。


微かに肩を震わせ、唇の端から小さな息を漏らす。

その動作ひとつひとつが、内心の葛藤と罪悪感を物語っていた。


そして、柿沼はついに口を開く。

「……わかった。全て話す。」


取調室の緊張が、一瞬だけ揺らぐ。


時間:午前10時30分

場所:都内警察署・特別取調室


取調室——


玲たちは椅子に腰掛け、柿沼の前に整然と並ぶ書類と端末を広げる。

室内は冷房の微かな音だけが響く静寂に包まれ、窓から差し込む午前の光が壁に長い影を落としていた。


玲は静かに指を組み、鋭い視線で柿沼を見つめる。

「柿沼、あなたの供述には明確な矛盾がある。事件当日、被害者にカップを渡したのは認めているが、その後の行動について説明がつかない。なぜだ?」


柿沼は小さく息を吐き、視線を端末に落とす。

端末には購入履歴や防犯カメラ映像が映し出され、柿沼の指先が微かに震えていた。


霧島は椅子に背を預け、低い声で補足する。

「その矛盾、柿沼。説明できなければ、君の言い訳は通用しない。」


奈々は冷静に端末を操作し、証拠をひとつひとつ柿沼の視界に提示していく。

「購入履歴、イベントでの接触、そして毒の痕跡……全て繋がる事実よ。」


成瀬が静かに立ち上がり、部屋の空気をさらに引き締める。

その存在だけで、取調室は圧迫感に包まれ、柿沼の心の奥底まで追い込むようだった。


柿沼は唇を噛みしめ、息を整える。

「……わかった。全て話す。誰が、何を、どうやって……。」


取調室に張り詰めた静寂の中、ついに事実が動き出した。


時間:午前10時30分

場所:都内警察署・特別取調室


取調室——


玲たちは椅子に腰掛け、柿沼の前に整然と並ぶ書類と端末を広げる。

室内は冷房の微かな音だけが響く静寂に包まれ、窓から差し込む午前の光が壁に長い影を落としていた。


玲は静かに指を組み、鋭い視線で柿沼を見つめる。

「柿沼、あなたの供述には明確な矛盾がある。事件当日、被害者にカップを渡したのは認めているが、その後の行動について説明がつかない。なぜだ?」


柿沼は小さく息を吐き、視線を端末に落とす。

端末には購入履歴や防犯カメラ映像が映し出され、柿沼の指先が微かに震えていた。


霧島は椅子に背を預け、低い声で補足する。

「その矛盾、柿沼。説明できなければ、君の言い訳は通用しない。」


奈々は冷静に端末を操作し、証拠をひとつひとつ柿沼の視界に提示していく。

「購入履歴、イベントでの接触、そして毒の痕跡……全て繋がる事実よ。」


成瀬が静かに立ち上がる。

その視線は、柿沼の表情の微細な変化を逃さず捉え、部屋の空気をさらに引き締める。

ただ立っているだけで、柿沼の心の奥底まで圧迫する存在感だった。


柿沼は唇を噛みしめ、息を整える。

「……わかった。全て話す。誰が、何を、どうやって……。」


取調室に張り詰めた静寂の中、ついに事実が動き出した。


データフォレンジック技術者・伏見陽介は、整然と並べられた複数のモニターを前に、淡々と解析作業を進めていた。

画面には被害者のパソコンのアクセス履歴、メールの送受信ログ、クラウドストレージの操作記録が次々と表示される。


伏見は指先でスクロールしながら解説する。

「まず、このタイムスタンプを確認してください。被害者の端末は事件前夜、通常の業務時間外に異常なデータ送信を行っています。これは一般ユーザーには考えにくい挙動です。」


奈々が覗き込みながら尋ねる。

「つまり、不正アクセスの可能性があるってこと?」


伏見は頷き、さらに説明を続ける。

「はい。ログの解析からは、リモートアクセス痕跡、IPアドレスの不自然な変動、そして暗号化されたファイル転送が確認できます。要するに、誰かが被害者の端末に外部から介入していた可能性が高い。」


モニターには、アクセス権限の昇格履歴や、削除されたファイルの復元結果も映し出される。

「これが『フォレンジック復元』です。一度消されたデータも、適切な解析手法で復元可能です。事件の核心は、被害者の意識しないうちに操作されていた痕跡にあります。」


伏見の言葉は、専門用語を平易に噛み砕きながらも、読者に「高度なデジタル追跡と解析」が行われていることを伝えていた。


時間: 午前10時15分

場所: 都内警察署・特別取調室


玲は椅子に腰を下ろし、柿沼の瞳をまっすぐに見据えた。

声は低く、だが緊張を強いる圧力を秘めていた。


「柿沼さん、被害者の日記に記されていた謎の数字について、何か心当たりはありませんか?

あなたは、彼女の個人的な記録を目にする機会はありましたか?」


柿沼は一瞬、視線を逸らす。指先が机の縁をそっとなぞり、微かな震えが伝わる。

「……日記は見ていません。ただ……その数字のことは、聞いたことがあるような……」

声はかすかに震え、どこかで言葉を選んでいる様子がうかがえた。


霧島が低くつぶやく。

「聞いただけ……それが真実か、それとも言い訳か。」


玲は眉をひそめ、さらに静かに追及する。

「“聞いただけ”では済まされない。誰が何を意図してその数字を知ることになったのか、君自身の記憶を正直に話してほしい。」


柿沼の瞳が揺れる。

心の奥で、過去の行動と罪悪感が微かに交錯するのが、玲には手に取るように見えた。


時間: 午前10時20分

場所: 都内警察署・特別取調室


成瀬が静かに柿沼の横で声を落とす。

「柿沼さんの脈拍が、質問の直後からわずかに上昇しています。また、まばたきの回数も通常より増えています。

これは心理的なストレス反応を示唆するものです。」


玲はその報告を受け、さらに鋭い視線を柿沼に向けた。

「数字を聞いたとき、何か動揺しましたね。隠していることはありませんか?」


柿沼の指先が机の上で小刻みに震える。

「……隠しているわけじゃ……ただ、思い出したくないことがあるだけです……」


霧島が低く息を吐き、控えめに呟く。

「記憶の奥に押し込んでいるものほど、危険な情報になる。」


玲は静かにうなずき、心理的圧迫を強めずに、しかし確実に核心に迫る質問を続ける。


時間: 午前10時35分

場所: 都内警察署・特別取調室


伏見陽介が複数のモニターを前に手早く操作する。

「画面をご覧ください。日記に記された数字と、それに続くアクセスログの日時、アクセス元のIPアドレスを照合しました。

不自然なパターンが見えてきます。」


奈々が端末越しに解析結果を指差しながら補足する。

「この数字、ただの暗号ではありません。被害者が記録した個人情報へのアクセスと完全に一致しています。

つまり、誰かが彼女の日記を意図的に追跡していた可能性があります。」


霧島が低く唸る。

「記録を辿れば、犯行の時系列も見えてくるな……」


時間: 午前10時37分

場所: 都内警察署・特別取調室


伏見陽介がモニターを指さす。

「ご覧の通り、アクセス元は柿沼さんのオフィスからです。日記に記された数字と完全に一致しています。」


霧島が低く唸った。

「本人の弁解通りなら、オフィスからアクセスする理由はないはずだが……」


奈々が端末の画面を拡大しながら補足する。

「さらに興味深いのは、アクセス時刻が事件前日に集中していること。誰かが、被害者が気付く前に記録を確認していた可能性があります。」


玲は柿沼をじっと見つめ、冷静に言葉を紡いだ。

「柿沼さん、あなたが知っていたことと、記録が示す事実に食い違いがありますね。」


柿沼の表情はわずかに強張り、唇の端が微かに引き締まった。


時間: 午前10時40分

場所: 都内警察署・特別取調室


霧島が低く呟く。

「目の奥に一瞬、焦りが走った……まさか、今、真実を突きつけられたか。」


伏見陽介が冷静に指摘する。

「心理反応とログの証拠が重なってます。矛盾を覆す余地はほとんどない。」


奈々も端末を操作しながら加える。

「質問の直後からの脈拍上昇とまばたきの増加は、心理的ストレスの典型的な兆候。隠し事があると考えるのが妥当です。」


玲はゆっくりと立ち上がり、静かに柿沼の目を見据えた。

「柿沼さん、ここで全てを正直に話すかどうかが、これからのあなたの運命を左右しますよ。」


ドアが静かに開き、安斎柾貴あんざい まさきが静かに室内に足を踏み入れる。


時間: 午前10時45分

場所: 都内警察署・特別取調室


霧島が小さく息をつく。

「心理的制圧と記録操作……この男が入るだけで、空気が変わる。」


安斎は無表情のまま柿沼を見据え、低く淡々と告げる。

「矛盾を突かれて狼狽するのは理解できる。だが、この空間での心理的優位は既に我々の手中にある。」


伏見陽介がモニターを指差し、説明を加える。

「記録の改ざんも同時に行える。質問の結果だけでなく、ログや映像まで操作される可能性がある。」


玲は短く息を吐き、柿沼を睨む。

「ならば、全てを明かしてもらうしかない。真実の前では、どんな操作も意味を持たないのだから。」


伏見陽介がモニターのデータを切り替え、解析結果を示しながら静かに言った。


時間: 午前10時50分

場所: 都内警察署・特別取調室


「柿沼さんの供述と、システムログの記録を照合しました。

‘知らない’と答えた内容の多くが、明確にアクセス履歴として残っています。

供述の整合性は極めて低く、矛盾が露呈しています。」


霧島が低く唸る。

「つまり、隠そうとしても痕跡が残ってしまうということか。」


安斎が冷静に付け加える。

「心理的圧迫と記録汚染の併用でも、完全には覆せない。真実は必ず浮かび上がる。」


玲は柿沼を鋭く見据え、静かに言った。

「すべてを話す時が来た。嘘も隠し事も、もう通用しない。」


時間: 午前11時12分

場所: 都内警察署・特別取調室


柿沼の指が机の上で微かに動く。

その動きはわずかながら規則的で、緊張と焦りが交錯していることを示していた。


霧島が低く呟く。

「……間違いない。心理的圧迫が効いてる。」


安斎柾貴が冷静に補足する。

「指先の微細な反復動作。明確なストレスサインです。嘘をつく時の典型的な身体反応。」


玲は静かに柿沼を見つめ、低く言った。

「柿沼さん、今こそ正直に話す時です。数字の意味、そしてカップの仕掛けた人物の全貌を。」


柿沼は息を詰め、指の動きを止めることなく、微かに唇を噛んだ。

その目には、言い訳ではなく覚悟が宿っていた。


時間: 午前11時18分

場所: 都内警察署・特別取調室


伏見が端末を操作しながら、淡々と告げる。

「佐山、お前の端末の ‘削除フォルダ’ から復元データが出てきた。

そこには 被害者の数字記録が保存されたログ が残されている。」


玲の目が鋭く光る。

「なるほど……‘知らない’と言ったその言葉、嘘だったわけだな。」


柿沼は唇を固く結び、わずかに息を吐いた。

安斎は冷静に指摘する。

「端末内の削除痕跡も一致しています。意図的に隠蔽を試みたのは明白です。」


霧島が低く唸る。

「……ここまでくると、もう逃げられないな。」


柿沼の肩がわずかに揺れる。

玲は静かに机に手を置き、低く告げた。

「話すべきは全て今です。記録と数字の意味、そして関わった人物を隠す理由を。」


時間: 午前11時20分

場所: 都内警察署・特別取調室


霧島が低く声を漏らす。

「被害者の数字記録が保存されたログ……これ、ただの偶然じゃないな。」


伏見が端末の画面を指差し、解析結果を説明する。

「削除されたはずのログが復元されました。アクセス日時と端末の操作履歴が完全に一致しています。つまり、被害者の数字記録を確認した人物は、明確に特定できます。」


玲が冷静な視線を柿沼に向けた。

「この数字……君が何かを隠すために操作したと見て間違いないな?」


柿沼の手が微かに震える。

安斎は静かに付け加える。

「心理的に隠蔽の意図が明確です。今、君が示すべきは真実だけです。」


霧島がさらに低く呟く。

「さあ、数字の意味と関与した人物の名前を話す時だ。」


時間: 午前11時25分

場所: 都内警察署・特別取調室


柿沼の表情が硬くなる。額の汗がわずかに光り、呼吸が浅くなるのが見て取れた。


玲が静かに机越しに視線を合わせ、低い声で言う。

「柿沼さん。隠しても無駄です。君が被害者の数字記録にアクセスしたことは明確に証拠として残っています。今、何をしたか、誰に頼まれたかを話すべきです。」


安斎が冷静に補足する。

「この心理的圧力の中での動作——指先の微細な震え、まばたきの増加——全て隠蔽の意図を示しています。もはや言い逃れはできません。」


霧島が低く唸るように言う。

「さあ、吐き出せ。君の関与と、数字の意味を。」


時間: 午前11時27分

場所: 都内警察署・特別取調室


沈黙の中、柿沼がふいに顔を上げた。瞳の奥に迷いと覚悟が交錯している。


玲は静かに前に身を乗り出し、声を落とす。

「柿沼さん、隠す必要はもうありません。全てを話せば、少なくとも事実は整理されます。」


安斎が横から冷静に補足する。

「心理的圧力を感じているのは理解しています。しかし、ここでの反応は全て記録されています。誤魔化しは逆効果です。」


霧島が低く吐息をつき、慎重に言葉を添える。

「君が数字記録に関与した理由、そして誰の指示で動いたのか——それを聞かせてもらおう。」


時間: 午前11時30分

場所: 都内警察署・特別取調室


柿沼は鼻で笑った。

「はは……佐山はもう全部話したっていうのか?」


玲は冷静に頷く。

「ええ。端末のログも、削除されたデータも、全てです。あなたがやったこと、全て整理されています。」


霧島が低く呟く。

「隠すのはもう無理だ。正直に話すしかない。」


安斎は冷静な声で追い打ちをかける。

「ここで嘘を重ねれば、あとで自分の首を絞めることになります。事実だけを語るんです、柿沼。」


時間: 午前11時35分

場所: 都内警察署・特別取調室


伏見が低く応じた。

「ログだけじゃない。削除フォルダから復元されたデータを見る限り、あなたは被害者の行動記録を意図的に捏造していた可能性が高い。」


柿沼の視線が一瞬泳ぐ。

霧島が静かに前に出て、低い声で続ける。

「数字の並びも、アクセス履歴も、全て作為的だ。誰が何を知っていたか、もうごまかせない。」


安斎が淡々と付け加える。

「記録操作、心理操作……どれも証拠として残っている。隠せると思うな、柿沼。」


時間: 午前11時38分

場所: 都内警察署・特別取調室


玲は椅子の背に体を預け、視線を柿沼から外さずに静かに言った。


「……君が今ついている嘘、全部わかっている。

あの数字の記録、ログ、アクセス履歴……“我々が作った”ものだ。検証用に仕掛けたトラップデータだ。」


柿沼の目が一瞬見開かれる。


玲は続けた。

「本物のデータは別にある。君が手を加えた瞬間、全ての改ざん履歴が浮き彫りになるように設計してあった。――今、君が座っている椅子の下にも微細な心拍センサーが仕込まれている。」


霧島が低く言った。

「もう逃げ道はない。本当のことを話すかどうか、それだけだ。」


柿沼の指が机上で止まり、音もなく握り込まれた。


時間: 午前11時42分

場所: 都内警察署・特別取調室


柿沼の口元が微かに歪む。


沈黙が室内を支配する中、玲は冷静に視線を向けた。

「その微笑み……正義に従うつもりか、それともただ沈黙を貫くつもりか。」


伏見陽介が端末を操作しながら低く言った。

「トラップデータは全て記録されている。逃げ場はない。」


霧島も重ねるように言う。

「この場で本当のことを話すのが、唯一の正しい選択だ。」


柿沼は息をつき、指先をわずかに震わせながら、沈黙を続ける。


時間: 午前11時45分

場所: 都内警察署・特別取調室


伏見陽介が淡々と言葉を継いだ。

「柿沼さん、端末内のログを再確認しました。削除されたはずのデータも、全て復元可能です。トラップの設計、投入の記録、被害者の接触履歴――全て残っています。」


霧島が重ねる。

「要は、隠せるものは何もないということだ。」


柿沼は目を伏せ、机の上で指先を揉むように動かした。

玲の目は鋭く、彼の心理の隙間を見逃さない。

「理解したか?」玲が低く問いかける。


時間: 午前11時50分

場所: 都内警察署・特別取調室


玲は柿沼の目をじっと見据え、低く、しかし確固たる声で問いかける。

「柿沼さん。もう一度だけ聞きます。——あなたは、本当に ‘何も知らなかった’ のですか?」


室内は静寂に包まれ、柿沼の呼吸音だけが響く。

伏見がモニターのデータを指差しながら付け加える。

「端末のアクセス履歴、削除されたログ、被害者の日記と照合しました。全てが矛盾なく、あなたの行動と一致しています。」


霧島が冷ややかに言葉を重ねる。

「つまり、言い逃れはもう効かない。」


柿沼は一瞬目を伏せ、指先で机を軽く叩く。微かな沈黙の後、唇が震え始めた。


時間: 午前11時55分

場所: 都内警察署・特別取調室


取調室の空気は再び重く静まり返った。

柿沼は深く息を吸い、ようやく口を開く。


「……分かった。全て話そう。」


伏見が端末の画面を注視し、モニターには矛盾のない時系列データが映し出される。

霧島が腕を組み、鋭い視線で柿沼を見据える。

「いいか、嘘は無駄だ。」


柿沼の声はかすれ、しかし正確な言葉で続く。

「被害者の行動も、俺の知識も、全て……計画の一部だった。俺は……気づいていたんだ、でも止められなかった。」


玲は椅子に深く腰掛け、冷静に頷きながら聞き取る。

「だからあなたは、毒の仕込みも、サプライズ用のカップも……」

「……全て知っていた。」柿沼が短く答える。


こうして、長く張り詰めた取調室の沈黙は、ついに真実によって破られたのだった。


時間:午後0時12分

場所:都内警察署・特別取調室


取調室は静寂に包まれていた。青白い蛍光灯の下、柿沼は椅子に深く腰掛け、両手を机の上に置く。成瀬は無言で表情の微細な変化を観察し、伏見はモニターのデータを解析。安斎は記録の確認に集中している。玲は椅子にもたれ、冷静な視線を柿沼に向けた。


柿沼はしばらく沈黙し、唇をかすかに噛んだ後、低い声で口を開く。


「……全て話す時が来たようだ。俺がやった。被害者に渡したカップのことも、設計の依頼も……そして、毒の仕込みも。」


奈々が端末で心拍や脳波をモニターし、柿沼のわずかな緊張を確認する。柿沼は目を伏せたまま話し続ける。


「元々、カップは単なるサプライズ用の仕掛けだった。色が変わるギミック……それだけだった。だが、依頼を受けたあと、指示が変わった。『誰に渡すか』『いつ渡すか』……それを知った俺は、もう逃げられなくなった。」


霧島が静かに訊く。「被害者には何か借りがあったのか?」


柿沼はうなずき、声を少し震わせながら言う。


「……昔、帳簿の不整合で彼女に迷惑をかけた。謝るチャンスもなかった。だから、俺は……自分の罪を隠すために、その‘仕掛け’を使った。毒の種類や量も、設計図通りに慎重に仕込んだ。狙いは事故に見せかけることだけだった。」


伏見が端末のデータを切り替える。カップの購入履歴、企業イベントでの行動記録、アクセスログが柿沼の供述と重なる。


「……結果は、違った。彼女が飲んだ瞬間の表情……それが忘れられない。後悔と罪悪感に押し潰されそうだった。もう、言い訳は通用しない。」


柿沼は深く息をつき、肩の力を抜く。玲は静かに頷きながら言った。


「分かった。全てを話してくれた。これで、事件の全貌が見えてきた。」


柿沼は目を伏せたまま、沈黙を守った。取調室に張り詰めた空気の中、玲たちは冷静に、だが確実に、真実を受け止めていった。


玲は柿沼の瞳をじっと見据え、静かに低く告げた。


「これで、あなたも自分の罪と向き合う覚悟ができたはずだ。」


部屋の空気が一瞬だけ緩み、取調室の緊張がわずかに和らいだ。柿沼は深く息をつき、肩の力を抜く。玲の言葉には、非難でも責めでもなく、冷静な真実の重みが宿っていた。


時間: 2025年10月4日 15:30

場所: 都内・警察本部 取調室前の廊下


玲は取調室を出ると、廊下の冷たい空気に軽く体を預け、短く息を吐いた。


「……柿沼、やっと全て話したな。」

霧島が静かに肩越しに呟く。


玲は頷きながら、拳を軽く握る。

「これで、次に進める。被害者に関わった影の糸を断つまで、手は抜けない。」


玲は微かに笑みを浮かべ、答える。

「そうだ。細かい痕跡も、逃さず拾う。」


その背後で、柿沼の供述が取調室内に静かに響いていた。


時間: 2025年10月4日 15:45

場所: 都内・玲探偵事務所


霧島は腕を組みながら、壁際でぼんやりと新聞を折る。


玲がコーヒーを一口すすり、静かに口を開く。

「今回の件……誰も完全には無傷じゃないな。」


奈々が端末を操作しながら答える。

「柿沼も、佐山も、被害者も……みんな、少なからず罪悪感を抱えている。」


霧島は新聞の角を折りながら、低くつぶやく。

「正義と現実は、いつだって微妙なバランスで成り立っている。」


玲はゆっくりと窓の外を見つめ、夕陽の光を受けて静かに言う。

「……それでも、俺たちは真実を掴まねばならない。」


時間: 2025年10月4日 16:00

場所: 都内・玲探偵事務所


奈々が端末から目を上げ、静かに言った。

「……本当に守れたものって、何だったんでしょうね。」


霧島が新聞を折り直しながら、短く吐息を漏らす。

「守るべきは、時に人じゃなくて真実かもしれない。」


玲はカップを手に取り、窓の外の沈みゆく夕陽を見つめながら答える。

「いや……俺たちは、人も、真実も、両方守ろうとしたんだ。」


奈々は小さく頷き、画面に映る事件の記録をじっと見つめた。

「……それができたなら、少しは救いになるのかもしれませんね。」


時間: 2025年10月4日 16:15

場所: 都内・玲探偵事務所


透子が深く息をつき、静かに口を開いた。

「……でも、やっぱり思うんです。1人の命を救えたことの重みって、想像以上ですね。」


玲は窓の外を見つめたまま、小さく頷く。

「1人でも救えたなら、それは間違いなく意味がある。」


霧島が新聞を畳み、低く言葉を重ねる。

「守るものの価値は、数じゃない。確かに存在したこと、ここにいる者全員が証明している。」


奈々は端末をそっと閉じ、透子に視線を向ける。

「……その命を、忘れずにいること。それが私たちにできる、最低限の責任ですね。」


時間: 2025年10月4日 16:30

場所: 都内・玲探偵事務所


玲は深く息を吐き、椅子の背にもたれながら静かに言った。

「……この事件は、ひとまず終わった。しかし、どこへ繋げるかを考えなければならない。」


透子が肩をすくめ、問いかける。

「次の標的や、裏で糸を引く存在のことですか?」


玲は端末の画面に目を落とし、慎重に言葉を選ぶ。

「そうだ。表面は解決しても、背後の構造や動機はまだ残っている。私たちが掴んだものを、どう次に活かすか——それが本当の意味での決着だ。」


霧島が腕を組み、低くうなずく。

「つまり、事件そのものよりも、その影の先に目を向けろ、と。」


奈々も端末を閉じ、静かに付け加える。

「次に備えるために、私たち自身が整理し、準備しておく必要がありますね。」


玲は再び窓の外を見つめ、わずかに微笑む。

「……よし。次は、真実の影を追う番だ。」


時間: 2025年10月4日 16:45

場所: 都内・玲探偵事務所


奈々が端末を開き、画面をじっと見つめながら低く呟いた。

「……切り捨てるはずだった真実が、まだ残っている。」


玲は横顔で彼女を見つめ、静かに問う。

「どんな情報だ?」


奈々は指先で画面をなぞりながら答える。

「事件そのものには直接関係しなかったけれど、被害者と裏で接触していた人物の存在、そしてその動機の断片……。消してしまえば簡単だけど、知っておくべきことです。」


透子が肩越しに覗き込み、息を詰めて言った。

「それを握ったままなら、次の標的も見えてくるかもしれない。」


玲は軽く頷き、決意を込めて口を開く。

「ならば、その真実も記録しておく。いつか、必ず意味を持つ瞬間が来る。」


霧島が壁にもたれ、腕を組みながら静かにうなずく。

「残された影を見逃すな、ということか。」


玲は窓の外の夕暮れを見つめ、微かな笑みを浮かべた。

「……次は、あの影を追う番だ。」


時間: 2025年10月4日 16:50

場所: 都内・玲探偵事務所


霧島が苦笑しながら腕を組み、低い声で呟く。

「事件は終わったって言われても、俺たちは終わらせねえな……。」


玲は窓の外の夕暮れを見据え、静かに応じる。

「終わらせるのは事件じゃない。残された影を追うことだ。」


奈々が端末を閉じ、沈黙の中でうなずく。

透子も静かに肩を落としながら、「そうね……これで、本当に守れたものだけを残せる」と呟いた。


玲は深く息を吐き、椅子にもたれかかる。

「次に動くのは俺たちだ。影を見つけるために。」


霧島は苦笑を浮かべながらも、確かな決意を秘めて言った。

「……やれやれ、休む暇はなさそうだな。」


時間: 2025年10月4日 16:55

場所: 都内・玲探偵事務所 — 会議スペース


玲はゆっくりと端末を閉じ、画面の青白い光が消えるのを見届けた。

室内の空気が一拍だけ静まり、窓の向こうの夕陽が紙資料の縁を淡く照らした。


「終わらせるものは――」玲は短く言い切るように言った。

声には非難でも歓喜でもない、決意だけが宿っていた。


奈々が顔を上げ、端末をしまいながら問う。

「どうするつもりですか?」


玲は視線を窓の外から皆へと戻し、静かに続けた。

「藤堂に頼む。報道で、黒幕を世界中にさらしてもらう。隠れ蓑を剥がせ。逃げ道を断つんだ。」


透子が小さく息を吐き、拳を固める。

「公にすることで、守れる命もある……ですね。」


霧島が苦笑混じりに呟く。

「メディアの力を借りて終わらせるか。いいだろう。やり方としては潔い。」


奈々は端末を取り出し、連絡の準備を始める。

「藤堂に即メッセージを送ります。映像資料と要約を添えて――」


玲は皆を見渡し、短く頷いた。

「本当の意味で終わらせるには、証言だけじゃ足りない。光の当たらないところに光を当てる。それで十分だ。」


赤く染まり始めた空を背に、事務所の面々はそれぞれの役割を受け止めた。

外へ出れば報道は既に動く。真実を曝け出す手段は揃っている——あとは藤堂に託すだけだった。

〔時間:午後9時 場所:都内・報道スタジオ〕


スタジオのライトが静かに灯り、カメラが藤堂を映し出す。

彼の前には分厚い資料の束。表情は硬く、しかし揺るぎのない決意が宿っていた。


画面下にはただ一言——


藤堂


「先日のサンライズタワー毒殺事件。

調査の結果、私たちはある人物にたどり着きました。」


彼は一枚の書類を掲げる。そこには解析された数字の記録と、金融口座の入出金が記されていた。


「被害者を陥れたのは、同僚である 柿沼圭介。

しかし、彼は単なる実行者にすぎません。」


言葉を区切り、藤堂は静かに続けた。


「柿沼を操り、裏から資金を流し、 ‘毒の仕掛け’ を指示していた黒幕——

それは、取締役の 黒田慎一郎 です。」


スタジオの空気が凍りつく。


「黒田は企業の利権と不正会計を守るために柿沼を利用しました。

すべては ‘会社の信用を守る’ という名目に隠れた、自身の保身のためでした。」


藤堂の声は鋭さを増していく。


「事件の全貌は明らかとなり、今後は司法の手に委ねられます。

だが忘れてはならないのは、柿沼圭介という ‘弱さに追い込まれた人間’ の背後で、冷徹に糸を操った黒田慎一郎という存在です。」


画面に大きく映し出される二つの名。


柿沼圭介 —— 実行犯

黒田慎一郎 —— 黒幕


ニュースを見守る視聴者の心に、その重い事実が刻まれていった。


〔時間:午後9時30分 場所:都内・拘置所 面会室〕


面会室の小さなテレビが、藤堂のニュースを流し終えた。

柿沼圭介は無表情のまま、しばらく画面を見つめていた。

蛍光灯の白い光に照らされたその横顔は、どこか削り取られたように痩せている。


やがて、彼は低く息を吐いた。


「……黒田、か。」


掠れる声に、同席していた取調官が視線を向ける。


柿沼はゆっくりと、机の上に置かれた自分の両手を見下ろした。

薄い手の甲に、爪の痕が食い込む。


「俺は、ただ……守ろうとしただけなんだ。

会社で生き残るために。家族に肩身の狭い思いをさせないために。」


言葉の端々に震えが混じる。


「黒田に言われたとき、逆らえなかった。

いや……最初は ‘救われた’ と思ったんだ。

不正を見逃してくれる代わりに、ちょっとした仕事を頼まれただけだって。

でも気づいたら、俺の手が……毒を仕込む道具になっていた。」


柿沼の目がわずかに潤む。


「アイツは、全部知ってたんだよ。

俺が弱い人間だってことも、罪悪感で眠れなくなる性格だってことも。

利用して、最後には切り捨てた。」


机に拳を叩きつける。乾いた音が面会室に響いた。


「黒田……あんたは人を人とも思わなかった。

俺は……一生かけても、この手についた ‘汚れ’ を消せない。」


柿沼は俯き、声を失った。

面会室の時計が静かに時を刻む。


——ニュースは全国に届いた。

そして柿沼の心にも、取り返しのつかない現実が突き刺さっていた。

〔時間:午前6時15分 場所:都内・黒田邸〕


夜明けの光が街を白く染め始める頃、

重厚な黒田邸の門前に、数台の警察車両が静かに並んだ。


「——対象、確認。」

無線の合図とともに、刑事たちが一斉に突入する。


玄関の扉が激しく叩かれた。

「警察だ! 開けろ!」


数秒後、バスローブ姿の男が現れた。

かつて政財界に影響力を持った大物、黒田慎一郎。

その顔には余裕と困惑が入り混じった笑みが浮かんでいた。


「……ふんついに来たか。」


彼は両手を差し出しながらも、目にはなお強い光を宿している。

「私は何もしていない。全ては部下が勝手にやったことだ。」


だが刑事は冷ややかに逮捕状を読み上げた。

「黒田慎一郎。あなたを業務上過失致死並びに殺人教唆の容疑で逮捕する。」


カチリと手錠がかけられた瞬間、

黒田の表情から最後の余裕が消え去った。


時間:午前7時40分 

場所:玲探偵事務所


テレビ画面に「黒田慎一郎逮捕」の速報が映し出される。

玲はコーヒーを片手に、無言で画面を見つめていた。


霧島が新聞を閉じ、苦笑混じりに呟く。

「ようやく表の正義が追いついたな。」


奈々は端末を閉じ、小さく頷いた。

「切り捨てられた真実が、ようやく日の下に晒された……。」


玲は窓の外を眺め、朝焼けに染まる空を見上げる。

その眼差しには、安堵と、まだ消えぬ影を追う決意が浮かんでいた。


「事件は終わった。だが、影は残っている。

——俺たちの仕事も、まだ続く。」


静かな声が事務所に溶け込んでいった。


こうして、“設計された死”の真相は暴かれ、

黒田慎一郎の名は世間に晒されることとなった。


だが、それは新たな闘いの始まりでもあった。


時間:午後3時

場所:玲探偵事務所


玲はデスクに肘をつき、淡い午後の光の中で資料に目を通していた。事件が解決して数週間――黒田慎一郎の逮捕から事務所には平穏が戻っていた。


透子はそっと口を開く。

「玲……やっと、一段落つきましたね。」


奈々は端末を操作しながら淡々と言う。

「でも、こういう情報網の整理は、まだまだ続きますね。」


霧島は窓の外を見つめつつ、苦笑する。

「事件の影は薄れたけど、心の準備はまだ解けねえな。」


玲は静かに答える。

「もう後悔は必要ない。重要なのは、ここからどう生きるかだ。」


こうして、事件は法によって裁かれ、人々の生活は少しずつ日常へと戻っていった。


時間:午前10時

場所:留置所


柿沼は留置所の窓の外に広がる空を見上げ、深く息を吐いた。


「……あいつのせいで、全部狂ったんだな。」

小さく呟く声は、後悔と安堵が入り混じっていた。


警察官が書類を持って通り過ぎる音が、静かな留置所に響く。

柿沼は拳を握りしめながら、自分の行動と向き合う決意を固めた。


「でも……これで、やっと区切りをつけられる。」

心の奥で、小さな光が差し込むような感覚があった。


時間:午後1時

場所:透子の自宅リビング


透子はリビングで温かい紅茶を手に、ゆっくりと息を整えていた。


「ふぅ……やっと落ち着ける。」

カップを両手で包むようにして、深く息を吸い込む。


窓の外では、柔らかな日差しが部屋に差し込み、心地よい静けさを運んでくる。


「玲……本当に、ありがとう。」

心の中で小さくつぶやく声には、感謝と安堵が混じっていた。


紅茶の香りが部屋を満たす中、透子は過去の喧騒をゆっくりと手放し、これからの日常に目を向けた。


時間:午後4時

場所:玲探偵事務所・解析室


伏見は複数のモニターを前に、事件で得られたデータの解析を続けていた。


「……なるほど、こういう相関関係か」

淡々と呟きながら、画面に映る膨大なログと数値を指でなぞる。


端末のキーを軽く叩き、必要な情報を整理していく手つきは、緊張感の残る現場を経てなお冷静そのものだった。


「この解析結果、玲さんに渡せば、次の案件にも役立つだろう。」

伏見は小さく頷き、画面をスクロールしながら、事件の全貌を静かに振り返った。


時間:午後2時

場所:玲探偵事務所・窓際


成瀬は静かに窓際に立ち、外の街を見下ろしていた。


「……平和そうに見えるけど、油断はできないな」

低く呟き、拳を軽く握る。その瞳には、過去の任務で見てきた数々の影が残っている。


しばらく黙って景色を眺めた後、成瀬は深呼吸をひとつ。

「でも、今は守るべきものがある。それだけで十分だ」


背筋を伸ばし、再び事務所の中へと歩を進めた。


時間:午後5時

場所:志乃の自宅・窓際


志乃は静かな部屋で、窓際の観葉植物に水をやりながら、過去を振り返る。


「……あの時、全部見せてしまってよかったのかな」

小さく呟き、手元の植物の葉に目を落とす。


しばらく静寂が続いた後、志乃は顔を上げ、窓の外に広がる夕焼けを見つめた。

「でも、これで誰かを守れたなら……私は前に進める」


そっと深呼吸をして、水差しを置く。新しい一歩を踏み出す準備が整っていた。


こうして、それぞれの人物は事件の余波の中で、自分なりの“再生”や“責任の整理”を行い、日常へと戻っていった。


時間:午後3時

場所:玲探偵事務所


玲のスマートフォンが静かに震えた。

画面には「影班からの新着メール」と表示されている。


玲は端末を手に取り、メールを開く。



件名: お礼

送信者: 成瀬由宇(影班)

内容:

「先日の件、お疲れ様でした。

皆さんのおかげで、無事に解決できました。

こちらも現場対応に万全を期せました。

今後も何かあれば、遠慮なくご連絡ください。」



奈々が画面を覗き込み、柔らかく笑った。

「さすが影班、律儀ですね。」


透子もほっとした表情で言う。

「頼もしい……本当に助かりました。」


霧島が壁際で軽く笑い、低く呟く。

「俺たちも頑張った甲斐があったな。」


玲は深く頷き、端末をそっと置いた。

「これでひとまず、皆に感謝を伝えられた。影班にも、我々にも……一区切りだ。」

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