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2話 「プロジェクトKの影」

•役割:探偵

•特徴:冷静沈着で鋭い洞察力を持つ。証拠や暗号の分析を得意とする。

•後日談:事件後も資料整理や次の調査計画を進め、桂木翔の意思を守りつつ行動を続ける。


藤堂

•役割:報道記者

•特徴:情報網が広く、裏社会にも顔が利く。冷静な判断力と行動力を兼ね備える。

•後日談:記事の公開後も情報整理を続け、裏側の闇に注意を払いながら次の取材に備える。


桂木翔かつらぎ しょう

•役割:被害者、大手IT企業社長

•特徴:政財界に幅広い人脈を持つ実業家。命を懸けて“プロジェクトK”の真実を守ろうとした。

•後日談:事件で命を落とすが、遺した証拠によって真実が明らかになる。


西条隼人

•役割:情報屋(裏社会)

•特徴:冷静で計算高く、情報網を駆使して行動する。

•後日談:事件後も情報網を整理し、次の動きに備えつつ東京の夜景を見つめる。


玲と藤堂(共通)

•特徴:隠蔽情報の追跡や密室トリックの解明で協力し合い、絆を強めた。

•後日談:事件終結後も互いに支え合いながら、次の調査に向けて歩みを進める。

午後九時四十分、東京都中央区・銀座。

夜の街を彩るイルミネーションの光が、雨に濡れた舗道に反射していた。


銀座四丁目交差点の大型ビジョンに、赤いテロップが走る。


《事件速報》


キャスターの張り詰めた声が街に響く。


「東京都中央区銀座の高級ホテル『クラウンエグゼクティブ』の最上階スイートルームで殺人事件が発生しました。

警察によると、被害者は現場で死亡が確認され、現在、犯行の動機や犯人特定に向けた捜査が進められています。

関係者への聴取および現場検証が継続中であり、詳細は追って報告される予定です。」


映像が切り替わり、ホテル前にはパトカーが並び、ブルーシートが敷かれた出入口に捜査員たちが出入りしている。

フラッシュを浴びるその場面に、集まった群衆がざわついた。


「銀座のあのホテルで……」

「スイートルームで殺人なんて……」


誰かが呟き、誰かがスマートフォンを構える。

街は一瞬にして騒然とした空気に包まれた。


そして画面の隅で、無言のまま画面を見上げているひとつの影が、群衆の中に紛れていた。


午後九時五十七分、東京都・新宿区。

玲探偵事務所。

薄暗い室内で、テレビの青白い光が壁を淡く照らしていた。


キャスターの声が緊迫した調子で続く。


「被害者は桂木翔かつらぎ しょう、45歳。大手IT企業の社長であり、政財界に幅広い人脈を持つ実業家でした。」


映像には桂木の公式プロフィール写真が映し出され、淡々としたアナウンスが流れる。


「桂木氏は近年、海外事業の拡大や複数の政治プロジェクトにも関与しており、その活動は注目を集めていました。

犯行の動機については現在不明で、警察は政財界の利害関係が背景にある可能性も視野に入れて捜査を進めています。」


画面を見つめる玲の瞳が、わずかに細められる。

その横で藤堂が腕を組み、低く呟いた。


「桂木翔……名前は何度も耳にした。けど、スイートルームで殺されるなんて、ただの怨恨じゃ済まないな。」


玲はリモコンを置き、机の上に散らばる事件資料を押しのけて立ち上がった。


「藤堂。これは単なる殺人じゃない。背後に何か仕組まれている。……すぐに動くぞ。」


藤堂は頷き、ジャケットを肩にかけながら口元を引き締める。


「分かった。あのホテルの裏口に顔の利く記者仲間がいる。情報を取れるかもしれない。」


玲は静かにコートを羽織り、ドアに手をかけた。

テレビの中ではまだ速報が続いていた。


「なお、桂木氏の会社関係者からは『直前に重大な会議が予定されていた』との証言も寄せられています。詳細は現在確認中です——」


ドアが閉じると同時に、探偵事務所は再び静寂に包まれた。

夜の雨音が、ふたりの足音を急かすように街へと響いていく。


午後九時三十分、東京都中央区・銀座「クラウンエグゼクティブ」最上階。

重厚な絨毯を踏みしめながら、夜勤警備員の佐川はフロアを巡回していた。

この時間の最上階はいつも静かで、煌びやかなシャンデリアの光だけが無言で彼を見下ろしている。


だが、その夜は違った。


——不自然な静けさ。


スイートルームの前で足を止めた佐川は、ドアノブに視線を落とした。

施錠ランプは「赤」を示し、確かに内側から鍵がかけられているはずだった。

だが、廊下に漂う微かな金属の匂いが、彼の胸に嫌な予感を走らせる。


「……中から物音がしないな」


インカムに手を伸ばし、同僚に連絡を入れようとした瞬間——。

ドアの隙間から、あり得ないものが漏れてきた。


赤黒い液体が、じわりと絨毯を濡らしていたのだ。


佐川の喉が音を立てて鳴る。

急いでマスターキーを取り出し、ドアを解錠する。


——ガチャリ。


中へ踏み込んだ瞬間、息を呑んだ。

豪奢なスイートルームの中央、床に横たわる男。

喉元から深い裂傷を負い、すでに息絶えている。

見覚えのある顔——桂木翔。


「し、死んでる……! だが、どうやって……」


窓は内側から施錠され、非常口もチェーンが掛かっていた。

外部から侵入できる余地はどこにもない。

まるで密室が犯人を守っているかのようだった。


佐川は震える指で無線を押した。


「至急応援を! ……スイートルームで、殺人だ!」


その声は、深夜のホテル全体に緊迫を走らせた。


午後十時十五分、東京都中央区・銀座「クラウンエグゼクティブ」最上階。

青と赤の警告灯がホテルの外壁を照らし、内部では緊張感が張り詰めていた。


警察の規制線をすり抜けるようにして、玲と藤堂は現場の廊下に辿り着いた。

絨毯に染み込んだ暗い斑点が、すでに事件の重さを物語っている。


藤堂が低く呟く。

「……ここが“密室”か。におうな、ただの殺人じゃない。」


玲は一言も発さず、スイートルームのドアに目をやった。

ドアノブは施錠ランプが赤を示し、内部からの完全な施錠を示している。


警備員の佐川が青ざめた顔で立っていた。

「中は……ひどい有様です。私が発見しましたが、外から侵入できる余地はどこにも……」


玲は頷き、手袋をはめた。

そしてドアを押し開け、ゆっくりと内部に足を踏み入れる。


室内は豪奢なシャンデリアの下、静寂に包まれていた。

床には桂木翔の亡骸。

血の跡は散乱せず、あまりにも一点に集中している。


藤堂は取材用の小型ノートを取り出し、目を細めながら言った。

「被害者はこの部屋の主だったはずだ。密室で殺された理由——それがスクープだ。」


玲は遺体の傍にしゃがみ込み、窓枠、ドアチェーン、バスルームの排水口まで視線を走らせる。

そして低く囁いた。


「……仕掛けられた密室だ。犯人は“ここから逃げていない”可能性がある。」


その言葉に、藤堂の背筋が粟立つ。


外ではまだ警察官たちが慌ただしく動き回っていた。

だが、この密室の中に漂う“静かな違和感”を見抜ける者は、今のところ玲ただひとりだけだった。


時間:午後十時二十七分

場所:東京都中央区銀座「クラウンエグゼクティブ」最上階スイートルーム


シャンデリアの光がわずかに揺れ、豪奢な室内に漂う血の匂いを照らしていた。

玲はゆっくりと歩きながら、ドアと窓の鍵をひとつひとつ確かめていく。


藤堂が肩越しに声をかけた。

「外からの侵入は不可能……警備員の証言も一致している。警察は『完全な密室』と判断するだろうな。」


玲は窓の鍵を指でなぞり、わずかに首を振った。

「“完全”など存在しない。必ず仕掛けがある。

問題は、仕掛けを作ったのが——この部屋にいる間に外へ出た者なのか、それともまだ“この部屋にいる”のかだ。」


藤堂は息を呑み、足元の血痕へ目を落とした。

「……犯人がまだいる? だが、部屋は警備員と我々しか——」


玲はバスルームの扉を見つめながら口を開いた。

「隠れている可能性は低い。だが、“時間差で密室を完成させる仕組み”なら別だ。」


藤堂が眉をひそめる。

「時間差……?」


玲は手袋越しにドアチェーンを確認し、指先で軽く弾いた。

「例えば、外から操作できる細工を施しておけば、犯人は部屋を出た後に密室を作れる。

それなら——犯人はすでに遠くへ逃げている。」


藤堂はペンを走らせながら、唇を結んだ。

「つまり、これは“逃げ切り前提の計画的犯行”。怨恨ではなく、狙われた理由がある……」


玲は遺体のポケットから、半ば握りしめられた小さな紙片を慎重に取り出した。

そこには血でにじんだ、わずかな文字列。


「……桂木翔は、死の間際に何かを伝えようとした。

この紙片こそ、密室の謎と動機を繋ぐ鍵だ。」


部屋に再び沈黙が落ちた。

しかしその静けさは、ただの密室の空白ではなかった。

新たな謎の幕開けを告げる予兆だった。


時間:午後八時四十五分

場所:東京都中央区銀座「クラウンエグゼクティブ」最上階スイートルーム


桂木の回想


静まり返ったスイートの中で、桂木翔は机に両肘をつき、額を押さえていた。

窓の外では、銀座の街が宝石のように輝いている。

だが彼の瞳には、その光は映らなかった。


「……ついにここまで来たか。」


テーブルの上には、未送信のメール。

件名は「証拠の共有について」。

宛先には、匿名のアドレスが並んでいる。


桂木は深く息を吐き、胸ポケットから一枚の紙を取り出した。

そこには走り書きのメモ。

それは、彼が最後まで守ろうとした“告発の証”。


《プロジェクトK 裏帳簿データ 隠蔽指示者=政界某氏》


手が震え、文字は乱れていた。

それでも彼は必死に書き残す。


「これさえ残せば……たとえ俺が消されても、真実は……」


その瞬間、ドアのノック音が室内を切り裂いた。

桂木の顔から血の気が引く。

警備を呼んだ覚えはない。


「……来たか。」


メモを握りしめたまま、彼は立ち上がる。

だが次の瞬間、背後から迫る影が彼を襲った。

鋭い痛みが走り、喉を裂く冷たい感触。


視界が赤に染まりながら、桂木は最後の力を振り絞り、紙片をポケットへ押し込んだ。


「守れ……必ず……」


そして、意識は暗闇へと沈んでいった。


現在(玲たちの視点)


時間:午後十時三十五分

場所:東京都中央区銀座「クラウンエグゼクティブ」最上階スイートルーム


玲は血ににじんだ紙片を手袋越しに広げた。

滲んだ文字列が、まだ微かに判読できる。


《プロジェクトK……裏帳簿……指示者……》


藤堂が肩越しに覗き込み、眉をひそめる。

「……“プロジェクトK”。何だこれは? 新規事業名か、それとも暗号か。」


玲は沈黙しながら、紙片を光に透かしてじっと眺める。

「裏帳簿と並んで書かれている以上、これは桂木の企業内部の計画じゃない。

外部に隠すべき“裏の計画”……政界と財界を繋ぐ架け橋だ。」


藤堂はノートを取り出し、急ぎ走り書きした。

「つまり……桂木は政界の某氏に“裏帳簿”の存在を突きつけるつもりだった。

だが、その直前に消された。」


玲は窓際に歩み寄り、外の夜景を見下ろす。

雨に濡れた銀座の灯が、霞んで滲む。


「藤堂。あんたの記者ネットワークで“プロジェクトK”を当たれ。

政治案件、企業買収、公共事業……何でもいい。

表に出ない会議や契約に、その名が残っているはずだ。」


藤堂は頷き、すぐにスマート端末を操作した。

「分かった。だが、これだけ大物を消すほどの案件だ……俺の取材網にも“圧力”がかかるかもしれない。」


玲は振り返り、藤堂を真っ直ぐに見据える。

「だからこそ、追う価値がある。桂木が命を懸けて守ったものは——“真実”だ。」


藤堂はペンを握り直し、小さく笑んだ。

「……いいだろう。俺も、死んだ男に顔向けできる記事を書いてみせる。」


室内の空気が、張り詰める。

警察の足音と無線の声が遠くに響く中、ふたりは視線を交わした。


次の調査対象は決まった。

「プロジェクトK」——その背後に潜む闇を暴くために。


時間:午後十一時四十五分

場所:新宿・裏路地のジャズバー「ミッドナイトキャット」


グラスの氷がカランと鳴る。

藤堂はカウンター席に腰を下ろし、店内の薄暗いランプの下で記者仲間の杉村と向かい合っていた。


杉村は髭面を撫でながら、低い声で切り出す。

「……お前、“プロジェクトK”なんてものに首を突っ込んでるのか。」


藤堂は煙草に火をつけ、薄く笑みを浮かべた。

「俺じゃない。突っ込んだのは桂木翔だ。

だが、あいつは殺された。残された紙片にそう書いてあった。」


杉村の表情が固くなる。

「それ以上は……表に出しちゃいけねぇネタだ。俺も詳しくは掴んでない。ただ、断片的にな——」


藤堂は身を乗り出し、声を潜めた。

「聞かせろ。」


杉村はバーテンダーの目を気にしてから、小さな封筒をカウンターに滑らせる。

「“プロジェクトK”は国家規模のインフラ再編計画らしい。

だが表に出てるのはきれいな部分だけだ。裏では政界の大物と数社の企業が、巨額の資金を“動かしている”。」


藤堂は封筒を懐に入れ、さらに尋ねた。

「桂木は、その裏帳簿を握っていた……そういうことか。」


杉村はうなずき、声を潜める。

「俺の耳に入ったのは、関係者の一部が“裏金の流れ”をデータで残していたって話だ。

もしそれが本当なら、桂木は——証拠ごと抹消された。」


藤堂は煙を吐き出し、目を細める。

「……証拠がどこかに残ってる可能性は?」


杉村は肩をすくめた。

「分からん。ただ、桂木が最後に会った人物が鍵を握ってるはずだ。……名前は、“西条隼人”。」


その名を聞いた瞬間、藤堂の背筋に冷たいものが走る。

西条——裏社会に情報網を張り巡らす危険な情報屋。


藤堂はグラスを飲み干し、立ち上がった。

「ありがとな、杉村。……命拾いしたと思えよ。」


背を向けたその瞬間、杉村がぼそりと付け足した。

「藤堂……お前も、狙われるぞ。」


藤堂は一度も振り返らず、雨の夜に溶け込んでいった。


時間:午前零時五十五分

場所:東京・湾岸倉庫街


雨に濡れた倉庫街は、街灯の黄色い光が水たまりに反射し、影が歪んで揺れていた。

二人は建物の陰に身を潜め、静かに息を整える。


「……気配はまだか」と低く呟く。


目を細め、倉庫のシャッター越しに周囲を見渡す。

「気配はある……だが、姿は見せない。あの男らしいやり方だ。」


遠く、濡れた地面に映る人影が、ゆっくりと倉庫へ近づく。

黒いトレンチコートと灰色の帽子が浮かぶ。


息を潜め、手元の懐中電灯で光を小さく調整する。

「何を考えているのか」


「こちらの出方を探っている。動けば殺される可能性もある。」


倉庫の扉がかすかに軋み、影が中へ消えた瞬間、静かに足を踏み出す。

続いてもう一人も進む。


背後で金属音が響き、シャッターの向こうから低い声が漏れる。

「……ふん、桂木の件で来たか。よくぞ辿り着いたな。」


ゆっくりと答える。

「真実を知りたい。桂木が残した証拠の在処を教えろ。」


微かに笑みを浮かべ、両手を広げる。

「教える……その代わり、危険を覚悟することだ。」


拳を握り、歯を食いしばる。

「それでも行く。桂木のために、絶対に逃がさない。」


雨音と倉庫の暗闇が三人を包み込み、静かな緊張の中で駆け引きが始まった。


時間:午前一時五分

場所:東京・湾岸倉庫街


倉庫内の暗闇が三人を包み、雨音だけが外から聞こえる。

影がゆっくりと動き、紙片を取り出す。


「これが桂木翔の遺した情報だ」


紙片には裏帳簿の断片と、複数の取引先、口座番号のメモが並んでいた。

「だが完全ではない。残りは別の場所に隠されている」


雨の中、遠くで金属音が響く。

薄暗い倉庫の隅から、別の影が忍び寄る気配。


「……来るな」

低く呟きながら、慎重に周囲を見渡す。


「残された証拠を探すのは、さらに危険になる」

情報を差し出しながら、影は警告の意味を込める。


目の前の紙片を握り、拳を引き締める。

「桂木の真実はここで止められない。必ず全部見つけ出す」


その瞬間、背後で扉の軋む音。

別の勢力が倉庫内に侵入してきたことを示す不穏な気配が、二人の肩越しに迫る。


雨と影に包まれた倉庫で、真実を巡る次の戦いが静かに幕を開けた。


時間:午前一時二十分

場所:東京・湾岸倉庫街および周辺路地


雨は小降りになったものの、街灯に映る水たまりは足元を滑らせる。

二人は倉庫の影から静かに飛び出し、周囲を警戒しながら歩を進める。


「複数の勢力が動いている……油断はできない」

低く囁きながら、背後に目を配る。


路地を曲がると、廃材の隙間から不意に影が現れた。

だが、俊敏な動きで回避し、相手を押しのける。

「……増援か」


紙片の断片を手に握り、残りの証拠の在処を思案する。

「ここから港区方面に向かえば、桂木が隠した口座データに繋がるはず」


藤堂は端末を取り出し、現場付近の監視カメラ映像や情報網を確認しながら答える。

「奴らも動いてる……西条以外にも目を光らせている連中がいる」


「なら、慎重に進む」

歩幅を揃え、互いの背中を守るように前進する。


廃倉庫を抜けた先の路地で、静かに紙片の暗号を照合。

断片的な数字と文字列が、倉庫街の別の地点——古い港湾倉庫へと導く。


「ここまで来れば……残りの証拠に辿り着ける」

視線を交わし、二人は息を整える。


雨に濡れた街の静寂の中、緊張感は途切れず、次なる戦いの幕が静かに開いた。


時間:午前二時十七分

場所:東京・港湾倉庫


雨はほぼ止み、濡れたコンクリートが街灯に反射して銀色に光っていた。

倉庫は無人かと思われたが、扉の隙間から不穏な気配が漂う。


二人は静かに倉庫内へ足を踏み入れる。

奥には、紙箱に封じられたUSBメモリと書類の束。

その前に立つ影——西条がゆっくりと振り返った。


「遅かったな」

低く、挑戦的な声が響く。


「桂木翔が守ろうとした証拠を回収する。これ以上邪魔はさせない」

手袋をはめた手で紙箱へ向かう足を止めず、視線は西条に固定する。


西条は薄く笑みを浮かべ、両手を軽く上げる。

「その覚悟は買おう。だが、この先は容易くないぞ」


一瞬の静寂。

倉庫内の木箱や廃材がわずかに軋む。

互いの呼吸が響く中、二人は最終的な駆け引きに入る。


動きは俊敏かつ緻密。

箱を守ろうとする西条の動きに対し、二人は周囲の障害物を活かし、巧みに回避する。

藤堂が低く声を出す。

「USBを確保するぞ!」


玲は瞬時に箱を抱え上げ、壁際へ退く。

西条の影が迫るが、計算された動きで距離を取り、退路を確保する。


「……やれやれ、最後まで粘る奴だ」

西条は一歩下がり、勝負を見届けるように視線を送る。


藤堂はUSBと書類を抱え、深く息を吐く。

「これで……桂木翔の真実が世に出せる」


玲は紙片を再度手に取り、静かに頷く。

「遅すぎることはない。これを暴き、彼が命を懸けた証拠を守り抜く」


倉庫の扉を押し開けると、冷たい夜風が二人を包む。

遠くの港湾に反射する光の中、証拠を抱えた二人の影がゆっくりと消えていった。


時間:午前十時三十分

場所:東京・霞ヶ関、報道会見会場


明るい照明の中、USBメモリと書類がテーブルに置かれる。

多数の報道陣がカメラを向け、フラッシュが瞬く。

二人は壇上に立ち、深呼吸を整える。


「本日、私たちは桂木翔氏が命を懸けて守ろうとした真実を公開します」

静かだが揺るぎない声で宣言する。


報道陣のざわめきが広がる。

「この資料には、国家規模の再編計画に絡む裏帳簿、隠蔽指示者、企業間の不正資金の流れが記録されています」


外部では、政財界を巻き込む大スキャンダルとして瞬く間にニュースが拡散される。

尾行者や関係者たちは暗い表情を浮かべ、情報の拡散に焦りを隠せない。


「予想以上の反響だ……」

小さく呟く声。


「しかし、これで桂木翔氏の意思は生き続ける」

手元の書類を軽く握り直す。


数分後、外ではSNSとニュース速報が一斉に駆け巡る。

裏社会の動きも活発化するが、二人は冷静に対応。


事務所に戻った後、窓際で一息つきながら静かに言葉を交わす。


「密室に閉じ込められた真実も、言葉にすることで崩せる」

静かだが力強い響きが、長い事件の幕を下ろす合図となった。


外の雨は止み、朝日がわずかに街を照らす。

影のように静かだった夜が明け、事件は一つの区切りを迎えた。


時間:午前六時十五分

場所:東京・霞ヶ関付近の路地


玲は黒のロングコートをしっかりと羽織る。

襟元は立てられ、冷たい朝の風が首元を撫でるたびに、裾がわずかに揺れた。


コートのポケットには、昨夜回収した証拠の一部を忍ばせている。

手袋をはめた手を軽く握り直し、路地の向こうを見据える。


雨上がりの舗道には、朝日が反射して微かな光を帯びている。

静まり返った街に、玲の足音だけが軽く響く。


「ここからが、次の一歩だ……」

低く自分に言い聞かせ、歩みを進める。


遠くで車のエンジン音が微かに聞こえる。

視線を街灯の先に送り、今後の行動を冷静に計算しながら、玲は歩き続けた。


時間:午後三時

場所:玲探偵事務所


玲はデスクに向かい、事件の資料と証拠を整理していた。

紙片やUSBメモリを一つずつ手に取り、慎重に封筒に収める。


「桂木翔の意思は守れた……でも、まだ終わりじゃない」

静かな声が事務所の空気に溶ける。

窓の外では午後の日差しが差し込み、書類の影をゆっくり揺らしていた。


手元の資料に目を落とし、次の調査計画を静かに練る。

事件の余韻を胸に、玲は新たな一歩を踏み出す準備を整えていた。


時間:午前十時

場所:自宅兼執筆室


端末を閉じ、珈琲を淹れながら、微かに笑む。

「記事は掲載された……だが、裏側の闇はまだ生きている」


机の上には、証拠資料のコピーと取材メモが整然と並ぶ。

窓の外の街の喧騒を眺めながら、静かに次の取材先を考える。


手にしたカップを口元に運び、香りを吸い込む。

「桂木翔の意思を無駄にはしない……次も、全力だ」

そう呟き、端末を再び開き、情報の整理に向かう藤堂の背中には決意が宿っていた。


時間:午後六時

場所:都内高層マンション屋上


西条は情報網の整理に取り掛かりながら、遠く東京の夜景を眺める。

ライトに照らされた街並みは、昼間とは別の顔を見せ、闇の中に無数の影を落としていた。


「桂木翔……あの男は強かった」

低く呟き、手元の端末で残りのネットワークを確認する。

裏社会に根を張り巡らせた情報網は、依然として彼の支配下にあるが、油断は許されない。


書類や端末を前に、一息つきながら静かに考える。

「次の一手は慎重にな……誰も簡単には手放させない」

夜風が屋上を通り抜け、冷たい空気が背筋を撫でる中、西条の瞳には冷徹な決意が宿っていた。


時間:午後七時

場所:東京・高層ビル屋上


隠蔽情報を追跡した路地や高層ビル屋上での戦いは、二人の絆をより強めた。

夜風が街の明かりを揺らし、遠くの車のライトが点滅する中、二人は屋上の縁に立ち、静かに景色を見下ろす。


「どんな影も、桂木の意思には勝てなかったな」

低く言い、肩越しに視線を合わせる。


「ああ……次も、互いに支え合って進む」

静かだが揺るぎない言葉に、風が頷くように吹き抜ける。


深呼吸を一つし、二人は互いの背中を確認し合う。

雨上がりの街に映る自分たちの影が、静かに伸びる。

夜の静寂が、事件の終焉と新たな決意を柔らかく包んでいた。

時間:午後四時

場所:玲探偵事務所


玲はデスクに置かれた封筒を手に取った。

差出人の欄には、見覚えのある文字で「西条隼人」とだけ記されている。


封を切ると、中には丁寧に折りたたまれた便箋が一枚。

文字は冷静だが、どこか挑発的な匂いを帯びていた。


「桂木翔の件、よくここまで辿り着いたな。

 だが、世の中は一度暴いた真実だけで終わるわけではない。

 君たちの行動次第で、次の闇が動き出すだろう。

 覚悟しておけ」


手紙を読み終え、玲はしばらく沈黙したまま便箋を握りしめる。

「……西条、まだ動くつもりか」


藤堂が端末越しに覗き込み、低く呟く。

「これは単なる警告じゃない……次の標的や手がかりを暗示してる」


窓の外、午後の光が事務所の机に落ちる。

玲は目を細め、次の行動を静かに考え始めた。

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