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17話 消えゆく記憶

登場人物紹介


れい


冷静沈着な探偵。

どんな状況でも感情を乱さず、緻密な推理と指揮でチームを導く存在。

奈々の幼なじみでもあり、彼女の想いに気づかぬほどの鈍感さを持っていたが、事件後に告白を受け、ようやく向き合い始めた。



橘 奈々(たちばな なな)


玲の助手であり、端末操作や情報解析のスペシャリスト。

玲とは幼い頃からの知り合いで、長年片想いを抱いていた。

事件後、勇気を振り絞って告白し、初めて「玲」と呼び捨てにして想いを伝えた。



九条くじょう りん


心理干渉分析官。

人の心のわずかな揺らぎを読み取り、精神的なサポートを担う。

奈々の良き相談相手であり、玲との恋路を陰ながら応援している。

皮肉めいた言葉の裏に、温かい思いやりを隠している。



冴木さえき


情報解析担当。

常に冷静にモニターを睨み、データの裏に潜む異常を探り出す。

無駄のない言葉でチームを支えるが、時折からかうような冗談を挟む。

玲と奈々をからかうのが、最近の小さな楽しみになっている。



榊原さかきばら


暗号理論の専門家。

常に冷静で理知的な言動を崩さず、複雑なコードや署名を瞬時に解析する。

普段は学者然とした態度を崩さないが、仲間の健闘を誇りに思っている。

事件後は大学で学生たちに講義を続けている。



霧島きりしま


現場調査のスペシャリスト。

足で稼ぐ情報収集を得意とし、危険な潜入や尾行もこなす。

寡黙で厳しいが、チームの安全を第一に考えている。

夕日を眺めながら残された記録を整理する姿は、どこか哀愁を帯びていた。



透子とうこ


警察側の窓口。

玲たちと内通しつつ、公式な立場から捜査を進める。

強い正義感を持ち、事件の証拠を押さえて追い詰める姿は圧倒的。

玲との信頼関係は深く、時折ユーモラスなやり取りも見せる。

敵側登場人物紹介


さざなみ


元国家系研究機関に所属していた情報工学者。

記憶の操作・改変技術に執着し、人間の「歴史」すら設計可能だと信じる狂気の研究者。

玲と同じほどの知略を持ち、幾度も彼らを翻弄してきた。

肉体はすでに捕らわれたはずだが、実際に対峙したのは精巧なホログラムとプログラム化された人格だった。

“消す”のではなく “書き換える”――彼の思想は、敵でありながらもどこか冷徹な真理を帯びている。



漣の残したプログラム(プロトタイプ群)


漣が遺した数々の仕掛け。

廃工場や地下施設で発見された解析データ、符号化されたメッセージ、心理改変用のクラスタ。

彼自身の意思がコードの中に宿っているかのようで、玲たちを嘲笑うように導いていく。



廃工場で拘束された男(実行犯)


漣に従って動いていた下っ端のオペレーター。

高度なハッキング技術を持つが、思想にまでは染まりきっていない。

透子たち警察に逮捕され、供述の中で漣の影を指し示した。

だが彼の背後にはさらに多くの「協力者」がいることを仄めかす。



“影の協力者”


実体は明かされていない。

漣の思想に共鳴する者たちが、暗号資金の送金や情報提供を行っていた。

IP経路の改ざんや資金洗浄の痕跡から、その存在だけが浮かび上がる。

次なる事件の火種として、今もどこかで蠢いている。

日時:午前9時30分

場所:玲探偵事務所・解析ブース


事務所の空気は、朝の光と冷たい静寂に満ちていた。

報告が一通り出そろい、チーム全員が机の周囲に集まる。ペンや端末のカタカタという音がわずかに響く中、再び空気が研ぎ澄まされる。


冴木は端末の画面を指でなぞりながら、淡々と報告した。

「対象者のクラウドにはアクセス不能です。」


チームの視線が一斉に冴木へ向く。彼は続ける。

「ですが、ログの一部には『外部から書き換えられた痕跡』があります。通常の削除ではありません。」


奈々が眉をひそめ、口を挟む。

「つまり……単なる消去じゃなく、誰かが意図的にデータを操作した、と。」


冴木は頷き、指をさらに画面上で動かす。

「しかも、使われていたVPNは商用ではなく、匿名化された独自ネットワーク。通信の痕跡を偽装していた形跡があります。」


玲はカップを手に取り、窓越しの薄曇りの光を眺めながら静かに呟いた。

「……誰かが、私たちを誘導している。」


チーム全員の表情が引き締まり、事務所には再び緊張の波が静かに流れた。


玲は静かに頷き、口元にわずかな緊張の影を落とした。

「よし……チーム、初動調査を開始する。」


冴木は端末を閉じ、椅子から立ち上がる。

「了解。アクセス痕跡を基に、現場周辺のネットワークも調べます。」


奈々は手帳を開きながら、冷静に付け加えた。

「現場の監視カメラやアクセスログも、全て洗い直す必要がありますね。後で見落としがないように。」


昌代は窓際でお茶を淹れながら、にこやかに言った。

「皆さん、焦らず行動を。こういう時こそ落ち着きが大事ですわ。」


悠馬がソファからゆったりと体を起こし、指先で資料をなぞる。

「……直感では、この書き換えは内部の誰かによるものだと思う。巧妙すぎる。」


玲は静かに手を組み、全員を見渡した。

「誰が仕組んだのか、どこまで広がっているのか……全て突き止める。」


事務所の窓から差し込む朝の光が、チームの決意を柔らかく照らした。


日時:午前9時半

場所:市街地のオフィス街、対象となるビル前


望月が静かに口を開いた。

「全員、注意深く。ログでは侵入は確認できないが、現場には何か残っているはずだ。」


玲はゆっくりと頷き、チームに指示を出す。

「冴木、ネットワーク端末はここでチェック。奈々、建物内の監視カメラとアクセス履歴を整理。悠馬、直感で気になる箇所を見てくれ。」


チームはそれぞれの担当を受け持ち、建物内部へ慎重に足を踏み入れた。

廊下は予想以上に静かで、床には微かな埃の流れが見える。


「……ここか」冴木が低く呟く。

端末の光に照らされる床に、わずかな擦り傷と、奇妙な紙片が落ちていた。


望月が屈み、紙片を拾い上げる。

「不自然だ……普通の清掃では残らない位置にある。」


玲は紙片を受け取り、冷たい目で観察する。

「誰かがここを通った証拠だ。タイムスタンプと照合すれば、侵入者の足取りが分かるかもしれない。」


昌代は窓の外をちらりと見ながら、微笑を浮かべる。

「こういう時こそ、落ち着いて観察するのが大事ですわ。」


廊下の奥へと進む一歩一歩に、静かな緊張が積み重なっていった。


日時:午前10時15分

場所:市街地ビル内、2階の廊下奥


玲は深呼吸を一つし、チームに向けて低く指示を出す。

「この先の扉、閉ざされている。慎重に確認しろ。」


冴木が端末を片手に扉の鍵痕跡をチェックする。

「微細な摩耗があります……ここは頻繁には使われていないようです。」


昌代は手元のお茶を置き、静かに壁を触れる。

「この扉、見た目以上に頑丈ですね。何か隠されている気がします。」


篠原は腕を組み、沈む視線で扉の向こうを推測する。

「侵入者の足跡と紙片の方向から、重要な痕跡が残されているはずだ。」


玲は鍵穴に目を凝らし、わずかに息を吐く。

「扉を開ける。全員、警戒を怠るな。」


重い扉が静かに開かれると、薄暗い小部屋が姿を現す。

埃の香りと、微かに漂う消毒液の匂いが鼻をかすめる。


悠馬が指先を紙片や机に滑らせ、視線を細める。

「……ここだ。足跡も残っているし、紙も散らばっている。誰かが急いで出て行った痕跡だ。」


冴木が慎重にライトを向け、机の上の書類を広げる。

「資料は乱雑に置かれていますが……これは間違いなく、誰かが隠そうとした証拠です。」


望月が低く息をつき、紙片を手に取る。

「誰かが証言を恐れて隠したものだ……やはり、あの同僚の動揺は偶然じゃなかった。」


玲は紙片と書類を手に取り、冷たい目で分析を始める。

「ここから全てが見えてくる……誰が、何を、そしてなぜ。」


廊下の静寂と小部屋の陰影の中で、事件解明の糸口が確かに浮かび上がった。


日時:午前10時35分

場所:市街地ビル内、閉ざされた小部屋


奈々が手元の資料を軽く叩き、鋭い声で言った。

「これです……見落としていた痕跡。」


玲は資料に目を凝らす。紙片には、先ほどの証言者の署名が微かに残っており、文字の傾きや筆圧から動揺が読み取れる。

「……なるほど。やはり彼が何かを隠していた。」


篠原が紙片の周囲を確認し、低く呟く。

「足跡の方向と資料の配置……この人物、事件当夜に現場にいたことは間違いない。」


冴木が端末に手を置き、データと紙片を突き合わせる。

「ログも一致します。タイムスタンプと証言内容、全てが繋がった。」


昌代は静かに書類を整理しながら言う。

「証拠は揃った……後は警察に渡すだけね。」


玲は深く息を吸い、皆の顔を見渡す。

「よし、これで犯人は特定できる。隠そうとした動機も明確だ。」


望月が軽く頷き、紙片を手渡す。

「警察への引き渡し準備は整いました。これで一件落着です。」


廊下に差し込む光が小部屋を照らし、冷たい空気の中に安堵が静かに満ちる。

事件の迷宮は、ついにその全貌を現したのだった。


日時:午前10時47分

場所:市街地ビル内、閉ざされた小部屋


冴木が端末の画面を指し示し、低く呟いた。

「さらに別口の取引も存在していた。名義こそ違うけれど、IPアドレスは過去に類似事件と一致……つまり、何かの ‘ルート’ が存在する。」


玲は眉をひそめ、静かに画面を覗き込む。

「なるほど……単独犯ではない可能性が高いな。」


奈々が資料を軽く叩き、続ける。

「複数の取引先や経路が存在している。つまりこの事件、背後に隠れたネットワークがあるということね。」


篠原が肩越しに覗き込み、低くつぶやく。

「廊下の足跡と照合しても、人物の動線は一本じゃない。これは計画的だ。」


昌代はお茶を手に静かに言った。

「証拠は揃った……後は、このルートを辿るだけね。」


玲は端末の光に顔を照らされながら、冷静に指示を出す。

「よし、全員。まずはこのルートの洗い出しだ。記録されたIPと関係者リストを基に追跡を開始する。」


その瞬間、事務所内の空気は再び緊張感を帯びる。

事件の核心は、ついに次の段階へと進もうとしていた。


日時:午前11時03分

場所:玲探偵事務所・会議室


玲は椅子から立ち上がり、静かに息を整えた。

手元の資料を手に取り、ホワイトボードに貼り付けていく。


「IPアドレスと取引先の関係、移動経路……これを整理すれば全体像が見えるはずだ。」


奈々は横から資料を差し出し、冷静に言った。

「玲、ここを整理すれば、どの人物が主導していたかが浮かび上がるはず。」


冴木が端末の画面を指し示す。

「ログの整合性も確認済み。ここにある時間帯のズレが、犯人の行動パターンと一致します。」


篠原が壁際に立ち、沈んだ声で付け加えた。

「足跡や監視映像とも照合済み。ここにある経路が、現場内外のすべてを繋いでいる。」


玲は指でホワイトボード上の線をなぞり、図式化された情報を見渡す。

「よし、このルートを辿れば、隠された核心にたどり着ける。全員、各担当を確認し、追跡を開始する。」


その瞬間、事務所の空気は再び研ぎ澄まされ、チーム全員の視線がホワイトボード上に集まった。

事件の核心に迫るための戦いは、今、幕を開けた。


日時:午前11時08分

場所:玲探偵事務所・会議室


玲の指先がホワイトボード上の線をなぞると、彼の目が鋭く光った。


「ここだ……犯人の動きは、この時間帯に集中している。」


冴木も端末の画面を見つめ、唇を引き結ぶ。

「このズレは偶然じゃない。計画的に操作された痕跡がある。」


篠原が静かに頷く。

「証言と映像も一致している。対象者の行動パターンに明確な矛盾がある。」


玲は深く息を吸い、低く呟いた。

「よし、ここから全員で追跡を始める。小さな手掛かりも見逃すな。」


チーム全員の視線が一斉にホワイトボードに集まり、緊張感と集中が事務所内を支配する。

玲の鋭い目が、次なる決定的手掛かりを見据えていた。


日時:午前11時12分

場所:玲探偵事務所・会議室


玲の言葉が空気に溶けると、会議室には重い沈黙が走った。


冴木は指を止め、画面越しに微かに眉を寄せる。

「……誰も、手掛かりを逃すわけにはいかない。」


篠原も小さく息を吐き、腕を組み直す。

「この沈黙が、逆に緊張を高めている。」


奈々は机に置かれた資料に指を置き、静かに目を閉じる。

「集中……集中しなければ。」


玲はゆっくりとホワイトボードから視線を外し、チームの顔を順に見渡した。

「よし。この沈黙を破るのは、次の一手だ。」


沈黙の中に潜む緊張感が、次の行動への静かな号令となった。


日時:午前11時15分

場所:玲探偵事務所・会議室


玲はゆっくりとペンを手に取り、ホワイトボードに大きな円を描いた。

その中心には、小さな点だけを置く。


「ここだ……全てはここから始まる。」


チームメンバーは息を飲む。円の周囲には、既知の情報や証拠が散りばめられ、しかし中心の一点だけが異質に静かに輝いているかのようだった。


冴木が端末を覗き込み、低く呟く。

「……中心に何があるのか、まだ正確にはわからない。」


奈々は眉をひそめ、円の外周を指でなぞるように見つめる。

「でも、全ての線がこの一点に収束してる……。」


玲は静かに頷き、円の中心に向かって視線を固定する。

「この一点を起点に、全ての謎を解き明かす。」


室内の沈黙はさらに深まり、しかしチームの心は確かに、次の行動へと向かっていた。


冴木は端末の画面を見つめながら、かすかに息を吐くように小さく呟いた。


「……やっぱり、ここから全部だな。」


その声は静かな会議室に溶け込み、誰の耳にも届かないかのようだったが、確実にチーム全員の意識を一点に集中させる力を持っていた。


玲はその呟きを聞き逃さず、静かにペン先を円の中心に押し当てる。

「ここからだ、全てを洗い出すのは。」


奈々は軽く肩をすくめ、しかし目は円の中心から離さない。

「冴木の言う通りね……手掛かりはここに集約されている。」


空気が一瞬張り詰め、会議室には次の展開を待つ緊張だけが残った。


玲はホワイトボードの円を見つめたまま、静かに短く頷いた。


「分かった。ここから先は、全員で動く。」


冴木は端末のカーソルを一点に合わせ、データ解析の準備を整える。

奈々は資料を手に取り、円の周囲に書き込まれた情報を再確認する。


玲の視線はブレず、しかし心の奥では次の行動を慎重にシミュレーションしていた。

「ここで焦れば全てが無駄になる……慎重にな。」


チーム全員がその短い頷きに、次の作戦開始の合図を感じ取った。


日時:事件調査当日 午後3時15分

場所:玲探偵事務所・解析室


望月と奈々は、玲がホワイトボードに描いた円を前に視線を交わした。


「……ここがポイントだな。」望月が低く呟く。

奈々は資料を軽く叩きながら答えた。「ええ、ただの偶然じゃない。ここに全ての線が集中している。」


望月は少し眉をひそめ、「どこから手をつけるべきか……。」

奈々は肩をすくめ、冷静に言った。「焦っても仕方ない。まずデータの精査、次に現場確認。それから行動よ。」


二人の視線は再びホワイトボードに戻り、円の中の情報を一瞬のうちに頭の中で整理した。

「玲の指示を待つだけじゃない。私たちも動く必要があるわね。」

「了解。無駄なく進めよう。」


その短いやり取りに、解析室の空気が一層引き締まった。


日時:事件調査当日 午後3時20分

場所:玲探偵事務所・解析室


玲はペンを握り直し、ホワイトボードの中心に大きく書き加えた。


“動機と目的”


「ここだ……全てはここに繋がる。」玲が低く呟く。

奈々は資料を指で軽くなぞりながら、眉をひそめる。

「つまり、証拠や手口は全てこの動機に沿って組み立てられている、と。」


望月は腕を組み、円の周囲に広がる情報を指差す。

「これまでの外部アクセスや証言の矛盾も、すべて一つの目的に収束するのか……。」


玲は静かに頷き、ペンを置く。

「焦点を見失わなければ、真相は必ず見えてくる。」


解析室に沈黙が戻るが、その空気には確かな緊張と決意が漂っていた。


日時:事件調査当日 午後3時37分

場所:玲探偵事務所・通信解析室


通信解析室の静寂を突如、鋭い警告音が破った。端末の画面が赤く点滅し、冴木が素早くキーボードを叩く。


「警告……外部から不正なアクセスが試みられています。」

彼の声に、室内の空気が一層張り詰める。


望月がモニターを覗き込み、眉をひそめる。

「IPアドレスは……先ほどのルートと一致してる。」


奈々が冷静に端末を確認しながら言う。

「つまり、狙われたのは我々が整理してきた証拠の流れそのもの。設計者は我々の動きを見越して誘導している。」


玲は深く息を吸い、仲間たちを見渡す。

「想定内だ。各自、役割通りに対応しろ。追跡と防御、同時進行だ。」


解析室の緊張は、警告音と共に最高潮に達した。


日時:事件調査当日 午後3時38分

場所:玲探偵事務所・通信解析室


冴木は素早く端末に手を走らせ、不審なパケットの解析を始めた。画面には、規則性のない波形が連続して流れる。


「……これは……普通の通信じゃない。パケットの間隔、暗号化方式、全てが意図的に乱されている。」

彼の声に、室内の空気がさらに張り詰める。


奈々が端末を覗き込み、眉をひそめる。

「つまり、設計者は我々の解析を妨害するために、通信自体を偽装しているってことね。」


玲は冷静に椅子から立ち上がり、ホワイトボードに視線を向ける。

「波形のパターン、時間軸、全てを洗い出せ。手掛かりは必ずここにある。」


冴木は唇を引き結び、画面の波形に集中する。微かな規則性を見逃さぬよう、指先を震わせながら解析を続けた。


警告音が再び鳴る中、事務所内は沈黙と緊張に包まれた。


日時:事件調査当日 午後3時40分

場所:玲探偵事務所・通信解析室


その背後で、一人の男が静かに端末に向かっていた。


榊原彰人——かつて国家情報局の暗号解析部に所属していた天才解析官。今は独立した解析コンサルタントとして活動している。玲の要請で、この場に立っていた。


「……なるほど、これは単純な偽装じゃない。意図的にパケットを分散させ、追跡を混乱させている。」

榊原の指先は軽やかにキーボードを叩き、瞬時にデータを抽出し、異常パターンを可視化していく。


冴木が横から声をかける。

「榊原さん、ここまで複雑だと解析だけで半日はかかるかと……」


「心配無用だ。」榊原は淡々と答えた。「こういう手口は想定済みだ。私が突破口を作る。」


ホワイトボードに示された情報と画面上の波形。玲は静かに両者を見比べ、冷徹な目でうなずいた。

「よし、このラインを追え。手掛かりは必ず出る。」


通信解析室には、沈黙の中に潜む熱気と緊張が渦巻いていた。


日時:事件調査当日 午後3時47分

場所:玲探偵事務所・通信解析室


「……これは偶発じゃない。標的は明確にこちらだ。手口があまりに整っている。」

榊原は端末に視線を固定したまま、低く言い放った。指先は止まることなく、光るキーボードを叩き続ける。


冴木が眉をひそめる。

「やっぱり狙われてるってことか……?」


榊原はわずかに口元を歪めた。

「それも、こちらが『動くタイミング』まで計算されている。これは偶然の残響じゃない。完全な設計だ。」


望月が息をのむ。

「設計……“奴”の手か。」


玲はホワイトボードの前に立ち、視線を細めたまま、冷徹に状況を整理するように言葉を落とした。

「動きが整いすぎているなら、逆に“整っていない箇所”が必ずある。榊原、そこを炙り出せるか。」


榊原はわずかに笑みを浮かべず、ただ端末を見つめたまま、打鍵の速度をさらに上げる。

「炙り出すさ。奴が最も隠したかった『綻び』をな。」


解析室の空気が、さらに張り詰めていった。

背後のモニターには、不自然なパケットの波形が一瞬赤く点滅し、まるで挑発するかのようにゆらめいていた。


日時:事件調査当日 午後3時52分

場所:玲探偵事務所・通信解析室


玲はホワイトボードに残された「動機と目的」という文字を見据えながら、低く呟いた。


「……やはり、ただの痕跡じゃない。これは“意図的に見せられた真実”だ。」


冴木が顔を上げる。

「見せられた……?」


玲の声はさらに静まり、しかし確かな鋭さを帯びていた。

「奴は証拠を残したんじゃない。『我々がその証拠を追う』ように仕向けている。……これは挑発であり、誘導だ。」


室内に、短い沈黙が落ちる。

榊原の指だけが打鍵を続け、その音が妙に大きく響いた。


玲の目が鋭さを増す。

「奴は“設計者”を名乗るに相応しい。……だが、必ずその設計の外側に踏み出してみせる。」


日時:事件調査当日 午後3時52分

場所:玲探偵事務所・通信解析室


玲はホワイトボードに残された「動機と目的」という文字を見据えながら、低く呟いた。


「……やはり、ただの痕跡じゃない。これは“意図的に見せられた真実”だ。」


冴木が顔を上げる。

「見せられた……?」


玲の声はさらに静まり、しかし確かな鋭さを帯びていた。

「奴は証拠を残したんじゃない。『我々がその証拠を追う』ように仕向けている。……これは挑発であり、誘導だ。」


室内に、短い沈黙が落ちる。

榊原の指だけが打鍵を続け、その音が妙に大きく響いた。


玲の目が鋭さを増す。

「奴は“設計者”を名乗るに相応しい。……だが、必ずその設計の外側に踏み出してみせる。」


日時:事件調査当日 午後4時05分

場所:玲探偵事務所・通信解析室


玲は椅子の背から背中を離し、ゆっくりと立ち上がった。

その仕草ひとつで、室内に漂っていた緊張がさらに研ぎ澄まされる。


彼は無言でホワイトボードへ歩み寄り、黒いマーカーを握った。

書かれた「動機と目的」の下に、鋭い筆致で新たな言葉を記す。


――「誘導」


そして、もうひとつ。


――「逆転」


玲は振り返り、全員の顔を順に見渡した。

静かな声が、重く落ちる。


「設計者は、こちらの思考を計算し尽くしている。ならば、次はこちらが奴の計算にない一手を打つ。……これ以上、舞台を相手に握らせはしない。」


奈々が眉を上げる。

「つまり……?」


玲はマーカーを置き、静かに断言した。

「奴の“設計図”を、こちらが書き換える。」


日時:事件調査当日 午後4時07分

場所:玲探偵事務所・通信解析室


奈々はソファからすっと立ち上がり、手にしていたタブレットを掲げた。

画面には複雑に絡み合うログの線が浮かび上がり、赤い点滅がひときわ目立っている。


「このノードよ。設計者の仕掛けは多層的だけど、ここだけ応答が妙に ‘遅れて’ いる。わざと残された隙間か、あるいは……まだ処理が完了していない痕跡。」


玲が目を細める。

「……弱点か。」


奈々はわずかに口元で笑い、皮肉を滲ませた声で続ける。

「ええ、私たちを導くつもりで置いた ‘道標’ でしょうけど。こうして逆手に取れば、向こうの設計図そのものが裏返る。」


冴木がすかさず身を乗り出す。

「なら、この経路から逆探知できる可能性が高い。位置情報までは絞れないにしても、利用しているノードの ‘地理的な癖’ は拾えるはずだ。」


玲は短く頷き、全員に視線を走らせる。

「……仕掛けを崩す。ここからが、本当の反撃だ。」


日時:事件調査当日 午後4時12分

場所:玲探偵事務所・通信解析室


ホワイトボードに浮かび上がる赤いラインを見つめながら、玲の目が鋭く細まった。

その双眸には、一点を射抜くような冷徹な光が宿る。


「……導線は見えた。隠そうとしても、必ず“癖”が残る。」


声は低く、しかし揺るぎない。

その言葉に、室内の空気がぴんと張り詰めた。


榊原が静かにキーボードを叩きながら応じる。

「つまり、設計者の網はまだ未完成。奴が仕掛けたレイヤーは、完全な封鎖じゃない。突破口はある。」


玲は視線をホワイトボードから仲間たちへ移し、一人ひとりを確認するように目を合わせる。

「俺たちの仕事は、迷わずその隙を突くことだ。」


奈々が小さく鼻で笑った。

「……らしいわね、玲。」


静かな緊張感の中、誰もが次の一手に備えていた。


日時:事件調査当日 午後4時15分

場所:玲探偵事務所・通信解析室


不意に、張り詰めた空気を割るように、九条凛の声が響いた。

彼女は腕を組んだまま、鋭い瞳でホワイトボードを見据えている。


「……導線は確かに見えた。でも、忘れてない? “設計者”は痕跡を残すことすら計算に入れる人物よ。私たちが『突破口だ』と思った時点で、もう一段階深い罠に踏み込んでいる可能性が高い。」


その声には冷静さと、わずかな警鐘が混じっていた。


榊原がわずかに眉をひそめる。

「……確かに。奴の暗号化手法は、意図的に“解析できる余地”を残している節がある。まるで、こちらに『見つけさせて』いるような……」


玲は無言で九条を見やり、短く目を閉じた。

そして静かに答える。


「だからこそ、罠も含めて暴く。奴が計算していなかったのは——俺たちが“疑いそのもの”を解析対象にすることだ。」


九条の瞳がわずかに光り、ほんの少しだけ口元に笑みが浮かんだ。

「……いいわね。だったら、この疑念も突破口の一つとして扱いましょう。」


再び沈黙が落ちる。だがその沈黙は、さっきまでの緊張とは違い、確かな手応えを含んでいた。


——戦いは、ますます深まろうとしていた。


日時:事件調査当日 午後4時27分

場所:玲探偵事務所・通信解析室


榊原が端末を操作し、新たに解析されたデータをモニターに映し出した。そこには複数のアクセスログと、異様に乱れたタイムスタンプの連なりが浮かび上がる。


「……断片的だが、確実に“裏口”が存在している。しかも、少なくとも二系統。表の通信経路と、隠された通信経路だ。」


榊原の声が響くと、室内の空気が一層張り詰めた。玲はホワイトボードの前に立ち、視線を鋭く巡らせる。


「——よし。役割を分ける。」


その声に、全員の視線が一斉に玲に注がれた。


玲はホワイトボードに指先で線を引きながら、冷静に指示を出す。


「冴木。お前は表ルートの解析を続けろ。公式ログの改ざんがどの段階で行われたか、秒単位で洗い出してくれ。」


冴木は短く頷き、端末に手を走らせる。

「了解。タイムコードを基点にすれば、改ざんの“手癖”も見えてくるはずだ。」


玲は次に奈々へ視線を向ける。

「奈々は資金の流れだ。名義を洗い出して、外部から内部へ流れ込んだ金の“影”を追え。資金の動きが奴の動きと重なるはずだ。」


奈々はタブレットを持ち上げ、冷徹な声で応じた。

「了解。数字は嘘をつかない。見つけ出してみせるわ。」


玲は榊原に向き直る。

「榊原、裏ルートはお前に任せる。パケットの揺らぎを追え。偽装の中に、奴の“癖”が隠れている。」


榊原は頷き、唇の端をわずかに上げた。

「承知した。これはただのデータ戦じゃない……心理戦だな。」


そして最後に玲は、九条へと視線を移す。

「九条、お前は全体の整合性を見てくれ。奴の仕掛けは“矛盾”を隠し切れない。解析の流れを監督し、俺たちが踊らされていないか確認してほしい。」


九条は静かに目を細め、冷静に頷いた。

「わかった。あいつの思考パターンなら、必ず齟齬が残る。私が拾い上げる。」


玲は最後に深く息を吸い込み、全員を見渡した。

「……行くぞ。設計者の仕掛けを、逆手に取る。」


その言葉に、事務所の空気が一気に動き出した。


日時:事件調査当日 午後5時11分

場所:玲探偵事務所・通信解析室


玲は無言でホワイトボードに向かい、黒のマーカーを走らせた。一本、また一本と線を引き、複数の矢印が中心の「設計者」に収束していく。その動作は静かだが、全員に無言の号令を与えるようだった。


——役割分担が動き始める。


冴木は端末に張り付くと、低く唸った。

「タイムスタンプ……やはり秒単位で改ざんされてる。だが、一か所だけ“手癖”が出てるな。数字を切り上げる癖。まるで小数点以下を隠したがっている。」


奈々は隣でタブレットを滑らせ、無表情に告げる。

「資金ルート、見つけたわ。名義はバラバラだけど、共通点がある。必ず“第三水曜日”に送金されてる。内部に協力者がいる証拠ね。」


榊原はキーボードを叩き続けながら、視線を細める。

「裏ルートも割れた。パケットの揺らぎが人工的だ。普通なら人の手で揃えられるものじゃない。……逆に不自然すぎる。わざと“綺麗に”偽装したな。」


九条は腕を組み、全体の流れを見ながら冷静に口を開いた。

「冴木の改ざんログ、奈々の資金ルート、榊原のパケット……すべて同じ“日付”に集約される。三年前、6月15日。これは偶然じゃない。あの研究所地下で何かが起きた日の、痕跡だ。」


一瞬、沈黙が落ちた。


玲はホワイトボードに新たな円を描き、その中心に迷いなく書き込む。


——【北辰研究所 地下3階】


そして、低く呟いた。

「……答えはここに眠っている。」


その瞬間、解析室の空気が一気に熱を帯びた。


日時:翌日 午前0時42分

場所:北辰研究所 地下通路入口


暗闇に包まれた施設の外壁は、ひどく無機質で冷たかった。月光を遮るようにそびえ立つ建物の影。その奥にひっそりと口を開けている非常口の扉。


冴木が端末を構え、目を凝らす。

「電子錠、通常のシステムじゃない……強化型。けど、暗号の一部が“例の癖”で書かれてる。……突破できる。」


素早く指を走らせると、端末の画面に青い線が幾重にも重なり、やがて「ACCESS GRANTED」の文字が浮かび上がった。


「解除完了。急げ、ここから先は監視も厳重だ。」

冴木は振り返らずに囁く。


玲が短く頷き、チームに目を配った。

「望月、先行して通路の安全確認。榊原はサーバールームの位置を即座に特定しろ。奈々は外部とのリンクを監視、通信妨害があれば即座に報告。」


重い扉が静かに開いた瞬間、冷たい空気が押し寄せた。地下に眠るのはただの研究施設ではない。


——そこに残されているのは、三年前の“痕跡”そのものだった。


望月がすぐさま身を低くして前進。暗視ゴーグル越しに低く報告する。

「通路、異常なし。……だが奥にセンサー反応。生体反応じゃない、機械仕掛けだ。」


奈々が即座に解析を重ねる。

「旧式の自動防衛装置……でも信号が微弱。まだ生きてる可能性がある。」


玲は全員の視線を一つに集め、静かに告げた。

「——行くぞ。ここからが本番だ。」


その言葉と同時に、チームは無音の影のように地下3階へと足を踏み入れた。


日時:翌日 午前1時15分

場所:北辰研究所 地下3階 通路


通路の奥は不自然なほど静まり返っていた。天井の蛍光灯は所々で切れ、淡い緑色の非常灯だけが壁を照らす。


霧島が一歩前に出て、手元の古びたファイルを広げた。ページには、かつての施設設計図が丁寧に記されている。


「……おかしいな。図面では、この先は“研究資料保管庫”のはずだ。」

霧島は紙面と壁を交互に見比べ、目を細める。


冴木が壁の表面をスキャナーで走査する。

「……反応あり。中空部分が存在する。だが扉の制御ログは残っていない。完全に“封鎖”されてる。」


榊原が眉をひそめる。

「つまり、公式記録から抹消された“隠し部屋”……か。」


奈々がタブレットを操作しながら、わずかに息を呑む。

「データベースにも痕跡なし。——玲、これは意図的に隠されてます。しかも、開閉履歴が三年前で途絶えてる。」


その言葉に、場の空気が一気に張り詰めた。


玲は無言で壁に手を当て、指先で微かな凹凸をなぞった。

そして、低い声で呟く。

「……ここが“核心”だ。」


霧島がファイルを閉じ、チームに視線を向ける。

「突破するか? ただし、中に何が眠っているかは——誰にも予想できない。」


——封鎖された小部屋。

そこに隠された真実が、次の局面を決定づける。


日時:翌日 午前1時32分

場所:北辰研究所 地下3階・封鎖小部屋前


九条は壁に手を触れ、冷ややかな視線を落とした。

「……封鎖の仕方が稚拙だな。物理的なロックじゃない。電子制御と記録の“二重抹消”でごまかしている。」


彼の指先が端末の画面を滑り、数行のコードが走る。

わずかな電子音とともに、壁面に隠されていた境界線が浮かび上がった。


冴木が低く呟く。

「……まるで『存在しない部屋』を仕立てたみたいだな。」


九条は唇の端をわずかに持ち上げる。

「逆に言えば、ここにだけ“消したいもの”がある証拠だ。」


その瞬間、制御が外れたのか、厚い金属扉が静かに開き始めた。

軋む音が長い地下通路に反響し、全員の心拍を押し上げていく。


中から流れ出たのは、薬品の匂いと古いカビの臭気。

照明を差し込むと、そこには——


壁一面に貼り付けられた数百枚の写真と資料。

赤い糸で結ばれた相関図。

そして中央には、無造作に置かれた黒い椅子。


拘束具が付いたままの椅子には、乾ききった血痕がこびりついていた。


奈々が小さく息を呑む。

「……ここは、“尋問室”……?」


玲の目が鋭く光る。

「いや……これは、“記憶を消すための部屋”だ。」


——異様な光景が、闇の核心を突きつけていた。


日時:午前1時46分

場所:北辰研究所 地下3階・封鎖小部屋内部


玲は壁に並ぶ写真と赤い糸の相関図を見渡し、淡く笑みを浮かべた。

「……やはり、君は“痕跡を消しきれない男”だな、漣。」


冴木がライトを動かすと、壁の一角だけ光沢が異なることに気づいた。

まるで古いペンで書き殴った跡が、白い壁紙の下から浮かび上がっている。


九条が端末で照射角度を変え、特殊フィルタをかける。

すると——そこには小さな符号が連なっていた。


△ ◇ ▢ ●


四つの図形。

だが、それぞれには微細な線が付加され、単なる記号ではないことを示していた。


奈々がすぐに解析を走らせる。

「これ……座標値に変換できる。緯度経度……国内だわ。しかも——“廃棄済みのはずの施設跡”。」


玲は壁に近づき、符号の横に刻まれた小さな文字列を指でなぞった。

《真実は記録の外に》


冴木が低く息を吐く。

「……残したんだな、設計者としてじゃなく、“九条漣”として。」


玲は淡い笑みを崩さずに言った。

「彼の設計は終わった。だが、彼自身は“次の鍵”をこちらに託している。」


室内の空気がさらに張りつめていく。

符号が示す新たな座標。

そこに隠された“記録の外の真実”こそ、次の戦場だった。


日時:午後10時12分

場所:郊外・廃棄施設跡(旧輸送拠点の地下区画)


荒れ果てた施設の外観は、風雨に晒されて朽ち果てていた。

かつて物流拠点だったというその建物は、すでに鉄骨がむき出しになり、入り口は錆びた鉄格子で封鎖されている。


玲は足を止め、廃墟の全体を一瞥した。

「符号がここを指し示したのは偶然じゃない。廃墟は情報を隠すのに最適な“死んだ場所”だ。」


冴木が携行端末を起動し、電磁波のノイズを拾う。

「やはりだ……通常の残留反応じゃない。外部から“意図的に仕込まれた信号”が、この施設の地下に残ってる。」


奈々は即座にタブレットに地図を呼び出し、指先で古い設計図をなぞった。

「……この施設、解体予定のはずなのに“地下3層”の図面だけが抹消されてる。データ改ざんの痕跡がある。」


九条は冷ややかに言葉を添える。

「漣は“記録の外”に真実を残した。つまり、この場所こそが彼にとって“避難所”でもあり“証明”でもあった。」


玲はゆっくりと錆びた格子扉に手をかけ、押し開く。

その音が、夜の闇に軋んで響き渡った。


廃墟の奥は、異様なほど静まり返っていた。

だが、その沈黙の中に、確かに「誘い込む意図」が漂っていた。


玲は仲間に視線を巡らせ、低く告げる。

「——ここから先が、漣が残した“最終局面”だ。」


仲間たちはそれぞれに武器や端末を構え、廃墟の暗闇へと足を踏み入れる。


まるで、封印された記録そのものの中に潜り込んでいくかのように——。


日時:午後10時47分

場所:廃棄施設跡・地下3階


階段を下りきった瞬間、事務所での張り詰めた空気がそのまま移し替えられたかのように、冷たい地下の空間に緊張が走った。

通路の両脇には、半ば崩れた壁と散乱した鉄片。だが、その荒廃の中に——明らかに人工的で新しいものが存在していた。


「……これは、後から設置された痕跡だな。」榊原が低くつぶやき、壁際に目を留める。


そこには古びた壁の一部に、不自然に四角いパネルが嵌め込まれていた。

触れると冷たく、わずかに電子機器特有の静電気が走る。


奈々がタブレットをかざし、即座に反応を解析した。

「簡易型の記録装置……いえ、違う。これ、暗号化された“転送端末”だわ。過去の記録を保存しつつ、必要な時に外へ発信する仕組み。」


冴木が膝をつき、ケーブルを差し込む。

画面に現れたのは、膨大な波形データと断片的な映像フレーム。


「単なるログじゃない……監視映像、通話記録、そして——“操作ログ”まで含まれている。」


玲は画面に目を凝らし、低く言った。

「……つまり、ここは“記録の墓場”じゃない。漣が自分の痕跡を、意図的に保存した“告発の装置”だ。」


その瞬間、端末の奥から自動音声が流れ出した。


《アクセス承認。記録者:九条 漣。

 この記録を開いたということは、君たちが“真実”にたどり着いた証だ。

 だが覚えておけ——真実は、常に観測者の数だけ形を変える。》


場の空気が一層重くなる。

玲は深く息を吸い込み、背後の仲間を振り返った。


「——ここから先は、ただの記録じゃない。“彼が仕掛けた未来”そのものだ。」


仲間たちは言葉を失い、静かに頷いた。

張り詰めた空気が、次なる行動へと彼らを押し出していく。


日時:午後11時02分

場所:廃棄施設跡・地下3階、記録装置前


榊原が冷たい指先で端末の操作を続けると、古びたスクリーンに砂嵐のようなノイズが走った。

やがてその奥から、揺らぐ映像が浮かび上がる。


画面に映ったのは、黒いシャツに身を包んだ九条漣。

机の上には複数の資料と、封の切られていない古いディスクが並んでいる。

漣は椅子に深く腰を下ろし、視線を正面のカメラに向けた。


「……これを見ているのは、おそらく玲。そして——君の“仲間たち”だろうな。」


その声は穏やかだが、どこか挑発めいた余韻を含んでいる。

一瞬、映像がノイズで揺れ、漣の表情が二重に重なった。


「私は追われていた。だが同時に、私が“追わせていた”とも言える。

 ……真実を求める者には、必ず代償が必要になる。君も、それを知っているはずだ。」


榊原の手が止まり、冴木が小さく息を呑む。

だが玲は一歩、画面に近づいたまま無言で見据えている。


映像の中で漣は小さく笑った。

「北辰ファイル、そしてSILENT CORE。これらは“入口”にすぎない。

 本当の仕掛けは——まだ開かれていない。君たちが見ているその部屋自体が、次の‘鍵’になる。」


奈々が息をのんでタブレットを確認する。

すでに記録装置の奥で、新たな暗号化ファイルが生成され始めていた。


漣は最後に、少しだけ声を低めて言葉を残す。


「玲……答え合わせは、必ずまた来る。その時、君が選ぶ真実が“最適解”であることを祈ろう。」


——映像は、そこで唐突に途切れた。


スクリーンが真っ暗になった瞬間、地下室全体が一層冷たく感じられた。

榊原が低く呟く。

「……これは警告じゃない。挑発だ。」


玲は静かに瞳を細め、深く息を吐いた。


日時:午後11時15分

場所:廃棄施設跡・地下3階、記録装置前


玲は端末の前に腰を下ろすと、スクリーンに表示された漣の残した暗号化ファイルを凝視した。

ファイル名は無機質で、ただ「SILENT_CORE_0423.enc」とだけ表示されている。


「……面白い。だが、単純な暗号化だな」


玲の指先が軽やかにキーボードを走り、思考はスクリーン上のコードを瞬時に解析する。

ファイルはAES-256で保護されていたが、漣が残したメタデータとタイムスタンプ、さらに北辰ファイルから取得した既知のパターンを組み合わせることで、ほぼ即座に鍵の候補を特定することができる。


冴木が横で操作を見守る。

「……玲さん、まさかこの場で……」


「そう。漣は僕の思考の癖を読んでいるつもりだろうが、逆にこちらが主導権を握る」


数秒後、玲はファイルを開き、暗号が解けた瞬間のスクリーンに新しい情報が表示される。

そこには、SILENT CORE内部で行われた“追跡ルート”と、“漣が残した証拠の保管場所”の座標が記されていた。


「よし……これで次の一手が見えた」


玲の瞳が鋭く光り、廃墟の薄暗い地下室に緊張感が満ちる。

「全員、準備を。次は直接、漣の痕跡を追う」


端末の光に照らされ、仲間たちの顔が引き締まる。

誰も声を出さず、それぞれの覚悟を胸に、次の行動のタイミングを待った。


日時:午前2時42分

場所:廃工場・地下奥部


廃工場の鉄錆びた扉を押し開けると、ひんやりとした空気が一斉に流れ込む。


冴木が端末を片手に、スクリーンを拡大して呟く。

「ここだ……漣の痕跡。残留電子信号がはっきり確認できる」


玲は慎重に足を進め、周囲を観察する。

床には微細な粉塵の跡、壁にはかすかな擦過痕。まるで漣が意図的に足跡を残したかのような痕跡が、薄暗い光の中で浮かび上がる。


九条が声をひそめて指を差す。

「ここの配線……通常の経路じゃない。漣は監視の目を逃れ、ここに独自ルートを構築している」


玲はゆっくりと周囲を確認しながら言った。

「見つけた情報だけで判断してはならない。だが……この足跡、ここから先に重要な手掛かりがある」


透子が懐中電灯で薄暗い廃棄装置を照らすと、そこには紙片や古いUSBメモリが散乱していた。


冴木が端末に手を伸ばし、紙片を拡大。

「……座標データ、暗号化されたメモ、そして…残留解析ログ。漣の意図がここに全てある」


玲は深く息を吸い、拳を軽く握る。

「よし、これで最終的な対峙に向けた全ての手掛かりが揃った。全員、次の指示に従え」


篠崎と鷲尾が警戒しながら周囲を固め、残りのメンバーも慎重に配置につく。

廃工場の奥、静寂の中に、漣との最終局面への緊張がみなぎる。


日時:午前2時55分

場所:廃工場・地下奥部


霧島が手元の端末を軽く叩き、低く報告する。

「確認しました。漣の残した通信装置は、ここでの監視を完全に制御可能です。直接対峙のタイミングは、今です」


玲は短く頷き、背筋を伸ばす。

「全員、注意。漣は待ち構えているはずだ」


薄暗い地下奥の通路を進むと、重い鉄扉の向こうからわずかに金属音が響く。

玲の視線が鋭く光る。扉の向こうには、漣が静かに立っていた。白いシャツに黒いスラックス、微かに笑みを浮かべている。


漣は静かに声を発した。

「ようこそ、玲。君がここまで辿り着くとは、予想通りだ」


玲は歩みを止めず、冷静に答える。

「予想通りかどうかは問題ではない。ここで全てを終わらせる」


霧島と冴木が周囲を警戒しながら控え、篠崎と鷲尾が入口を固める。

緊張の空気が地下奥を支配し、静寂の中で二人の呼吸がわずかに響く。


漣が指を軽く動かすと、壁のモニターが一斉に点灯し、工場内の映像が映し出される。

「見ろ、玲。君の全ての動きを、私は最初から知っていた」


玲は一瞬だけ目を細め、冷静に応じる。

「知っていたなら、私たちを誘導したその罠も読めたはずだ。だが、それがあなたの敗因になる」


その瞬間、廃工場の奥に張り巡らされた監視装置や暗号機器が、一斉に反応を停止。冴木の操作によるものである。


玲は一歩前に出て、漣との距離を詰めながら低く言った。

「全ての手掛かりは揃った。ここで終わらせる」


漣の微かな笑みが消え、緊張が最高潮に達する。

二人の知略と意志のぶつかり合いが、静寂の地下奥で最終局面を迎える。


日時:午前3時10分

場所:廃工場・地下奥部


玲は重い息を吐きながら、ホワイトボードに新たな図を描いた。

線と円、矢印で情報の流れと漣の行動パターンを示す。


「物理的に逮捕されたはずの漣が、どうしてこの仕掛けを残せたのか……」

玲の低く冷静な声が地下の静寂に響く。


霧島が端末の画面を指差しながら答える。

「ログを確認した限りでは、監視下である時間帯でも、通信が不可解に迂回されていました。物理的に捕まっていても、遠隔で操作できる環境が整っていた可能性があります」


冴木も小声で付け加える。

「実際、遠隔制御用のVPNと暗号通信経路が残っていました。つまり、拘束されている間も、彼は事実上自由に情報を操作できたことになります」


玲は図にもう一つの矢印を描き加え、目を細めた。

「物理的拘束は完全ではない。彼の行動範囲は制限されても、思考や情報の流れは制御され続けた……。これが今回の事件の核心だ」


篠崎が頷きながら言った。

「なるほど……拘束されていると安心していた我々が、逆に誘導されていたわけですね」


玲は短く息を吐き、冷徹な目で地下奥を見渡した。

「油断はできない。ここからが本当の決着だ」


静寂の中、ホワイトボードの図だけが、玲の冷静な思考を象徴するかのように光を帯びていた。


日時:午前3時15分

場所:廃工場・地下奥部


玲がホワイトボードの図を見つめ、眉をひそめる。


「物理的に逮捕されたはずの漣が、どうしてここまでの仕掛けを……」


その瞬間、九条が静かに微笑みながら付け加えた。


「玲、実際には漣本人はここにいません。あれは——プログラムです」


玲が振り返る。冴木の端末には、漣の行動を再現する自動化プログラムのフローチャートが表示されていた。


「遠隔制御……いや、それだけじゃない。彼の意思を模倣した自動応答プログラムだ。物理的な本人が不在でも、我々を誘導できるように設計されている」


霧島が画面を指差す。

「ログを見ると、漣の行動は過去のデータとアルゴリズムに基づいて予測され、プログラムが自動的に反応していた。つまり、我々はずっと仮想の漣と対峙していたことになります」


玲はホワイトボードに線を引き、冷たい目で言った。

「なるほど……物理的な存在はなくても、情報の迷宮は現実だ。これが漣の残した最後の罠だったか」


九条は微笑を保ちつつ、静かにうなずいた。

「彼の存在感はプログラムに宿り、我々の行動を制御していた……まさに知能戦の極致ですね」


玲は深く息をつき、仲間たちを見渡した。

「ならば、最後の一手を打つだけだ。現実の漣は消えた。しかし、我々はこの迷宮から抜け出さなければならない」


地下奥に漂う静寂の中、ホワイトボードと端末画面が、玲たちの決意と冷徹な知略を映し出していた。


日時:午前3時27分

場所:廃工場・地下奥部


玲が深呼吸をひとつすると、端末に向き直った奈々が静かに頷いた。


「全てのログとアルゴリズムの整合性は確認済みです。漣本人は不在ですが、プログラムはまだ活動中。こちらの入力に応じて、自動的に反応しています」


冴木が画面を拡大し、警告マークがちらつく様子を指差す。

「つまり、我々の行動次第でプログラムはさらに誘導を仕掛けてくる。慎重に進める必要があります」


玲は奈々の肩越しに端末の表示を確認し、低くつぶやいた。

「よし……なら、君の指示通りに操作を進める。無駄な干渉は避ける」


奈々は端末に手を置き、冷静にキーを叩きながら微かに微笑む。

「了解です。玲さん、指示に従えば、この情報迷宮から安全に脱出できます」


霧島が周囲を見回し、息をひそめる。

「まるで…チェスの終盤戦のようだな」


玲は視線を仲間たちに移し、静かにうなずいた。

「だが、勝利は我々の手の中にある。奈々、頼む」


奈々の指先が端末を滑り、最後の制御入力が打ち込まれた。

地下奥の冷たい空気の中、玲たちは静かに、しかし確実にプログラムの迷宮を制御下に置き始めた。


日時:午前3時35分

場所:廃工場・地下奥部


玲は短く息を吐き、肩の力を抜いた。

「……漣本人はいない。すべてはプログラムによる罠だ。」


冴木が横で頷く。

「ログ解析通りです。物理的な存在は確認できません。全て仮想的な操作によって誘導されていました」


九条が静かに微笑み、画面のデータを指差す。

「だからこそ、焦らず慎重に進めることが重要です。プログラムはリアルタイムで反応していますから」


玲は端末から目を離し、地下奥の薄暗い空間を見渡す。

「……なら、我々が先に動く。迷わず、一手ずつ」


奈々が端末に手を置き、冷静に応じる。

「了解です。玲の指示通りに進めます」


霧島も静かにうなずき、息を整えた。

「全員、準備はいいか? ここからが本番だ」


玲は再び深く息を吸い込み、仲間たちを見渡す。

「よし、行くぞ」


薄暗い廃工場の地下で、玲たちは冷静かつ確実に、漣が仕掛けたプログラムの迷宮へと足を踏み入れた。


日時:午前3時42分

場所:廃工場・地下奥部


冴木は端末の前に座り、冷静な指先でコードを打ち込む。

「ここからは私の番だ。偽装データを組み込んで、プログラムを逆に誘導する」


九条が横で画面を覗き込み、眉をひそめる。

「タイミングが命だ。少しでもズレれば、プログラムが反撃する」


玲は端末に目を落としながら、仲間たちを見渡す。

「全員、待機。冴木の指示で動く」


冴木がコードを最終確認し、Enterキーを押す。

「よし、これで偽装ログが生成され、プログラムの反応経路がこちらに偏る」


奈々がタブレットを操作しながら冷静に報告する。

「監視カメラやセンサーの動作も、こちらの偽装ログに連動しました。工場内の動きが制御下に入ります」


霧島が深く息をつき、準備を整える。

「では、玲さん、進めるタイミングは?」


玲は一歩前に踏み出し、地下奥の暗闇を睨む。

「今だ。全員、予定通りに」


冴木の偽装データが静かに動作を始め、漣の仕掛けたプログラムの迷宮が、玲たちの掌の上で静かに反応した。


日時:午前3時45分

場所:廃工場・地下奥部


玲は端末の前に集まった仲間たちを見渡し、低く静かに言った。

「この段階で、プログラムの挙動は読めても、完全に制御するには専門家の手が必要だ。榊原、頼む」


榊原彰人が端末の前に立ち、無言で頷く。

「了解。暗号化ルートと通信パターンを解析し、偽装データの影響範囲を最大化する」


奈々がタブレットを操作しながら確認する。

「リアルタイムで監視カメラとセンサーのログも統合する。全てここに集約されるわ」


冴木はキーボードに指を走らせ、コードの最終チェック。

「プログラムの反応は数秒単位で変化する。榊原さんの解析に全てを任せる」


玲は静かに息を整え、地下奥の暗闇を睨む。

「全員、各自の位置を維持。私たちは次の一手で、この迷宮を掌握する」


榊原が冷静に解析画面を操作すると、複雑な暗号化ルートが次々に解読され、漣の仕掛けたプログラムの挙動が玲たちの掌中で徐々に制御されていく。


そして——敵が動いた。


日時:午前3時52分

場所:廃工場・地下奥部


玲は端末の画面を見つめながら、わずかに眉をひそめる。

「敵の動き……ほんの僅かな揺らぎとして現れた」


冴木が隣で確認する。

「わずか0.02秒のタイムラグですが、通信の乱れが検知されました。意図的なものか、偶発かはまだ不明です」


榊原が解析結果を画面に表示しつつ答える。

「この揺らぎ、過去のパターンに一致しています。設計者は、監視を欺くために微細な信号を挿入している」


奈々は冷静にタブレットを操作し、監視カメラの映像と照合する。

「全ての動線をマッピングしました。揺らぎの範囲はこの区域内に集中しています」


玲は深く息を吐き、低く言った。

「つまり、我々が動けば、その揺らぎが誘導に使われる……だが、それも計算に入れよう」


仲間たちは無言で頷き、地下奥の暗闇に潜む微細な変化を見逃さぬよう、緊張感を高めた。


日時:午前3時56分

場所:廃工場・地下奥部・仮設オペレーションルーム


暗い室内に置かれた複数の端末群のうち、一台のモニターが赤く点滅し、電子音を立てた。

榊原彰人は椅子から半ば立ち上がり、指を休めることなくキーボードを叩く。


「IP転送経路が変更された」と、榊原は即座に検出した。


冴木が素早く顔を上げる。

「どのノード経由? BGPルートも差し替えられているはずだ」


榊原は画面に映るTracerouteログとNetFlow解析結果を指差し、低く説明する。

「国内の中継サーバを迂回し、三段階目で国外出口へNAT変換されている……さらにVPNトンネリングはIPSec+OpenVPNカスタムラッパーで二重化。Packet Injectionも仕込まれてる。単なる商用VPNじゃない、Traffic Obfuscation済みだ」


奈々がタブレットを叩き、Wiresharkでキャプチャしたパケット解析を統合する。

「転送経路変更直前、TLSハンドシェイクのサーバ証明書が偽装されている。こちらの監視を逃れるためのTime-based Key Rotation、典型的なAdvanced Persistent Threatの手法ね」


玲は黙って榊原の画面を覗き込み、静かに言った。

「つまり、相手はまだリアルタイムでこちらを監視し、動きをコントロールしている。これ以上の遅延は致命的だ」


室内の空気がさらに張り詰め、赤い点滅が廃工場の暗がりに冷徹なリズムを刻む。

高度暗号化、VPNトンネル、パケットインジェクション——目に見えない攻防が、この地下で静かに進行していた。


日時:午前3時58分

場所:廃工場・地下奥部・仮設オペレーションルーム


玲は画面群を一瞥して、静かに頷いた。

その頷きだけで、場内にいる者たちの視線が一斉に集まる。


「よし。」玲は低く、だが確実に指示を出す。

「冴木、即座にPacket Captureを継続しつつ、疑わしいセッションのSYNフラグを監視。異常が出たら即ブロック。榊原、BGPフィルタで不審な経路をサイドポケットへ逃がしてからブラックホールへ投げろ。奈々、資金の流れと相関しているIPレンジを再抽出、KYCの欠落箇所を洗い出して。望月、外周の物理的カメラと連動させて、同期時刻(NTP)ズレを埋める。九条、全ログのタイムライン整合を最終確認してくれ。」


冴木が即座に応答する。

「了解。tcpdumpでミラーポートに流して、wiresharkでリアルタイムフィルタをかけます。SYN floodの兆候が出たら、iptablesで即座にDROPします。」


榊原は冷静に画面を切り替え、BGPのポリシーを差し替える手順を確認する。

「BGP communityを付与して、疑わしいアナウンスをno-exportに変える。経路の汚染を局所化してからNull-routeへ投棄します。」


奈々はタブレットの画面を指でなぞりながら、淡々と報告する。

「資金ルートの一致が確認できれば、内部協力者の特定が早まる。第三水曜のトランザクションだけを抽出してクロスリファレンスします。」


玲は短く頷き、最後に付け加えた。

「全員、同期を保て。こちらの『揺らぎ』で相手を誘うのではなく、相手の揺らぎを炙り出す。慎重に、だが速やかに動け。」


端末のモニター越しに赤い点滅がまだ静かに脈打つ中、各人が分担を再確認して動き出した。玲の頷きは、ただの肯定ではなく、合図だった。


日時: 午前3時59分

場所: 廃工場・地下奥部・仮設オペレーションルーム


玲はゆっくりと視線を巡らせた。

端末の青白い光が顔を照らし、画面越しにチームの輪郭が揺れる。冴木の指先は既にコマンドを叩き続け、榊原は解析結果を追う目を細め、奈々は冷静に資金フローの表をなぞる。九条はログのタイムラインを黙読するように見つめ、望月は外周の監視カメラ映像に目を配る。霧島は装備の最終確認をしていた。


そのひとつひとつの動作を見渡すと、玲の顔にはほとばしる緊張と確信が混じった表情が浮かぶ。短く、深く息を吸い込むと、彼は静かに口を開いた。


「各自、最終確認。冴木、キャプチャは落とすな。榊原、異常パターンが出たら即座に切り替え。奈々、決済の第三水曜クロスは私に提示しろ。九条、NTPとログ整合を最終承認してくれ。望月、外周に目を配れ。霧島、突入班の先導は君だ。」


指示は短いが的確で、室内に無駄な雑音はない。各自が答え、機材の小さな音だけが応答となって返る。


玲は最後にもう一度、廃工場の暗がりに視線を投げた。薄暗い通路の先に、漣が残した虚像の影がまだうごめいている。だが今は、相手の設計図をこちらが握っている。


「行くぞ。」


その声で、チームは静かに立ち上がり、準備された動線に沿って動き始めた。玲の視線は仲間一人ひとりに確かめるように触れ、やがて廃工場の奥へと続く階段へ進んでいった。


日時: 午前4時02分

場所: 廃工場・地下奥部・仮設オペレーションルーム


九条はわずかに身を乗り出し、モニターの光を受けて顔を整えると、静かに続けた。

「いい流れね。ただし忘れないで。デジタルの痕跡は簡単に改竄できる。だが人の『反応』だけは偽れないわ」


彼女はホワイトボードの線を指でなぞりながら、冷静な声で付け加える。

「相手は我々の注視を誘導している。ログや経路は罠の一部。肝心なのは『そこに置かれた人間関係』と『資金の動き』。奈々、資金の流れで内部の誰が動いたか、即報告を」


奈々が淡々と応える。

「第三水曜のトランザクション、抽出済みです。内部アカウントとの接点を洗っています」


九条はさらに、淡い目を仲間たちに巡らせる。

「冴木、榊原の解析と同期して、ログのスナップショットを保持して。万が一、経路が再び飛んでも戻せるように。望月、現地で人の“微動”を見逃すな。機械は偽れるが、目は騙せない」


短い沈黙の後、九条は小さく息を吐いて結んだ。

「データは道具よ。道具をどう使うかで、真実は変わる。玲、あなたの判断を信じる」


玲は九条の言葉に軽く頷き、全員の背中を見渡した。

薄暗い空間に、再び確かな決意が満ちていく。


日時: 午前4時17分

場所: 廃工場・地下奥部・仮設オペレーションルーム


霧島は手元の資料をじっと見つめ、低く唸った。

「……これは……単なる偶然の一致じゃない。内部アクセスのタイムスタンプ、端末ログ、通信パケット、すべてが一連の動きとして繋がっている」


彼は指で資料の行間をなぞりながら続ける。

「特にここ、午前2時38分。通常は出入り禁止の時間帯だ。しかも、認証は旧式。誰かが意図的に侵入している。しかも、改竄痕跡も残している……」


玲は端末を覗き込み、冷静に言った。

「つまり、設計者は我々の解析を読んで、誘導しながら行動しているということか」


霧島は微かに頷き、声を潜めた。

「そうです……完全にシナリオ化された罠だ。だが、残された痕跡の微妙な乱れ——ここだけが逆に我々の突破口になる」


九条が静かに言葉を添える。

「目を皿のようにして見ろ。数字やログの向こうに、人の意図が見える」


事務所内の空気が再び引き締まり、全員の視線が資料と端末に集中した。

決戦の最後の一手を見極める、緊迫した時間が流れる。


日時: 午前4時32分

場所: 廃工場・地下奥部・仮設オペレーションルーム


玲はひと呼吸置き、全員を見渡した。

「それぞれの担当、状況を再確認する。小さな見落としも許されない。」


冴木が端末を操作しながら応答する。

「セキュリティカメラの無効化は完了。あと数分でモニターに映るはずの動線は安全確認済みです。」


霧島が眉を寄せ、資料を指し示す。

「ここに残されたログは、外部からの侵入と内部関与の両方が混ざっている。監察官や設計者の行動を正確に追うには、分担して解析したほうが効率的です。」


九条が静かに付け加える。

「玲、奈々の解析能力も見込める。冷静だが、細かい変化に敏感だ。」


玲は端末から目を離さず、軽く頷いた。

「わかっている。奈々、君にはログ整合とタイムラインの確認を任せる。冗長な手順は省け」


奈々はわずかに頬を赤くしながらも、淡々と頷く。

(心の中で)「……いつもこんなに冷静なのに、玲は何も気づかないんだから……」


その横で凛が小声で耳打ちする。

「奈々、あんたの気持ちは分かってるけど、今は仕事に集中して。玲の鈍感さは変わらないから。」


奈々は軽く息を吐き、肩を落ち着かせる。

「はい……わかりました。」


玲の視線は再び全体に戻る。

「よし、各自、最終確認だ。手順を間違えれば、全てが水泡に帰す」


地下奥部の冷たい空気に、緊張と決意が重く漂った。

戦いは、もうすぐ最終局面を迎えようとしていた。


日時: 午前4時38分

場所: 廃工場・地下奥部・仮設オペレーションルーム


九条が小さく笑った。

「玲、君の計画はいつも大胆だが、見事に綿密だ。相手もさぞ焦っているだろうね」


玲は無言で端末を見つめ、指先でデータをスクロールする。

「焦るのは向こうの方だ。こちらは情報の流れを完全に掌握している」


冴木が端末越しに声を上げる。

「通信経路の変動を確認。VPNトンネルが偽装されている。対象者の位置特定はまだだが、動きは読める」


霧島が資料を手元で叩きながら言う。

「ログに残る微細な揺らぎ……これも設計者の意図通り。だが、今回はこちらが先手を打っている」


奈々は小さく息を吐き、タブレット上でログ整合を確認しながら独り言。

「玲、ほんとに何も気づかないんだから……」


凛は奈々にそっと肩を叩き、囁く。

「今は気にせず集中して。玲の鈍感さは相変わらずだから」


玲は最後に全員を見渡し、低く言った。

「よし、各自、最終確認だ。全ての手掛かりを統合し、逆手に取る」


地下奥部の冷たい空気の中、緊張と静かな自信が入り混じる。

九条の笑みだけが、その場に微かな余裕を残していた。


日時: 午後11時42分

場所: 東京湾岸・廃棄コンテナ群付近


東京湾岸の夜は、無機質な冷たさを帯びていた。潮風に混じる鉄の匂いが、廃棄コンテナの隙間に立ち込める。街灯の光は海面に反射し、微かな波紋が揺れているだけで、周囲には人影も車もない。


玲はコートの襟を立て、コンテナ群を見渡した。

「ここが次のポイントだ。相手は…必ず何かを仕掛けている」


冴木が無線越しに報告する。

「監視カメラと通信センサーは事前に遮断済み。侵入痕も今のところなし」


九条が横で静かに言葉を添える。

「敵の動きは計算通り。だが、予想外の手段を使う可能性は残る」


霧島は端末に目を落とし、微かなため息をつく。

「この冷たさ……まるで時間まで凍らせたみたいだな」


玲は沈黙のまま一歩前に進む。冷たい夜風が頬を撫で、胸の奥で緊張が張り詰める。

「皆、用意はいいか? ここからが本番だ」


闇に包まれた湾岸の倉庫群。静寂の中で、次の一手を巡る戦いが今まさに始まろうとしていた。


了解です。修正版として描写を九条→凛に置き換えます。



日時: 午後11時48分

場所: 東京湾岸・廃棄コンテナ群駐車場


玲たちは慎重に車を滑り込ませ、目立たぬ位置に停めた。車のエンジン音も静かに消え、周囲には潮風の音と遠くの街灯の微かな煌めきだけが残る。


奈々が助手席の窓越しに玲に耳打ちする。

「玲……事件が落ち着いたら、話があるの……」


玲はほんの一瞬、視線を横に向け、奈々の瞳を捉えた。無言のまま、ただ短く頷く。


冴木は後部座席で機材を確認しながら低く呟いた。

「この辺り、死角が多い……慎重にいこう」


凛が冷静に言葉を添える。

「焦りは禁物だ。相手はまだ動いている可能性が高い」


車内の空気は張り詰めているが、奈々の囁きによって、かすかな温もりが混ざる。

玲はハンドルを握り直し、チームの動きを確認する。

「よし、進もう。誰も巻き込ませない。俺たちだけで終わらせる」


夜の湾岸に、静かな緊張と決意が交錯する。


日時: 午後11時52分

場所: 東京湾岸・廃棄コンテナ群駐車場


冴木がタブレット画面を覗き込み、淡々と報告する。

「監視カメラの死角、ここなら相手に気付かれず侵入できる。センサーもこのラインなら回避可能です」


玲は静かに頷き、視線を駐車場の奥へ走らせる。

奈々が小さく息をつき、再び耳元で囁く。

「玲……やっぱり、あなたが先に進まないと……」


凛が背後から声をかける。

「慎重に、玲。油断は禁物だ。計画通りに行動しよう」


冴木がタブレットの情報を指でなぞりながら補足する。

「入口から奥までの経路をマッピングしました。侵入は最短ルートで、安全確認を随時行えます」


玲はハンドルを握る手に力を込め、低く呟いた。

「わかった、全員、このルートで動く。誰も怪我させず、ここで決着をつける」


冷たい湾岸の夜に、緊張がさらに張り詰める。


日時: 午後11時53分

場所: 東京湾岸・廃棄コンテナ群駐車場


玲はハンドルに手を置いたまま、低く呟く。

「……ここから先は、全部俺たち次第だ」


奈々が小さく息を呑み、横でそっと囁く。

「玲……無理はしないで」


玲は視線を前方に戻し、タブレットを覗き込む冴木に目配せする。

「予定通りに進めろ。焦るな、だが一歩も妥協はしない」


凛が背後から冷静に補足する。

「情報の整理は済んでいる。各自の動きを常に同期させろ」


夜の湾岸に、緊張と決意の静寂がゆっくりと染み渡る。


日時: 午後11時55分

場所: 東京湾岸・廃棄コンテナ群駐車場


凛(九条)がそっと口を開く。

「玲、万一の時に備えて、各端末の自動バックアップを稼働させておいた。通信ログも全てリアルタイムで記録される」


玲は小さく頷き、冷たい夜風を感じながら言う。

「……ありがとな。情報は命綱だ」


奈々が視線を玲に向け、かすかに眉を寄せる。

「玲、あの話……事件が終わったら、必ず聞いてね」


冴木がタブレット画面に目を戻し、解析を続ける。

「全システム正常。侵入の痕跡なし。あとは、現場での判断だけだ」


静寂の中、チーム全員が緊張と覚悟を胸に、廃工場の闇へと歩を進める準備を整えた。


日時: 午後11時58分

場所: 東京湾岸・廃棄コンテナ群駐車場


奈々は手元の端末を操作し、表情を引き締める。

「リアルタイムのSWIFTトランザクション、ブロックチェーンレイヤーの整合性、そして暗号化プロトコルを一気に照合する……」


玲は横目で彼女を見つめ、静かに呟いた。

「君のその動き、まるで狙撃のようだな。無駄がない」


奈々は軽く笑みを返しながらも、指先は休むことなくスワイプを繰り返す。

「送金フローの異常ポイントをマーク……内部ルーティングに微かなスキューがある。通常の金融システムじゃあり得ない」


冴木が隣で確認する。

「なるほど、トランザクションIDとタイムスタンプが不整合。確かに誰かがVPN経由でルートを偽装している」


玲は端末を置き、冷静にチームを見渡す。

「よし、手掛かりは揃った。あとは現場で動きを封じる」


日時: 午後11時59分

場所: 東京湾岸・廃棄コンテナ群駐車場


霧島は端末の画面を覗き込み、眉をひそめながら小さく唸った。

「……これは……複数のトランザクションが、意図的にタイムラグを作っている。単純な送金じゃない、操作が巧妙すぎる」


奈々が横で即座に反応する。

「なるほど、スプーフィングの可能性か。つまり、ルートを分散させて追跡を困難にしている」


玲は肩をすくめる。

「想定内だが、予測通りにはいかない……だからこそ、チーム全員の連携が必要だ」


霧島は画面を指でなぞりながら低く言う。

「タイムスタンプのズレ、暗号化プロトコルの微妙な違い……これが鍵になる。解読すれば、犯行ルートの全貌が見えてくるはずだ」


冴木が小さく頷き、端末の解析結果を再確認する。

「了解。すぐに次の手を打つ」


日時: 午前0時02分

場所: 東京湾岸・廃棄コンテナ群内の廃工場内部


建物の中は冷たい人工空気が循環していた。換気ダクトの低いうなりが天井裏を渡り、薄暗い照明の下で金属の床が微かに振動する。足音は吸音されずに反響し、チームの呼吸だけが静かに聞こえる。


玲は先頭で一歩を踏み出し、手にした小型ライトを奥へと向ける。光は錆と埃に反射して粒のように舞い、壁面に貼られた古い注意書きが白く浮かぶ。背後で冴木が端末を弄り、画面のキャプチャランがリズムよく変化するのが見えた。

「Packet capture、ミラーポートに流してる。SYN/ACKは常時監視。異常が出たら即アラート」冴木の声は低く、確信を帯びている。


奈々は肩越しに端末の画面を覗き込み、淡々と報告する。

「送金ログと相関を取った。先ほどのトランザクションIDがこのロケーションレンジと一致している。つまり、ここで物理的に操作が行われた痕跡がある」

霧島が周囲の配管や電源盤に視線を走らせ、低く唸る。

「電源ルートも改変されてる。非常電源を経由して別系統にブリッジされている。簡易的なバックドア回線がここに来ている可能性が高い」


凛は無線で全員のNTP同期を確認しながら、淡々と指示を出す。

「ログのタイムラインを固定する。端末のクロックずれが一秒でも生じたら整合が崩れる。望月、外周のカメラと同期を取り続けて」

望月が小声で応答し、照準器を微調整する。外周カメラ映像がタブレットに並び、各フレームのタイムスタンプが一列に揃っていく。


薄い金属の扉の前で玲は立ち止まり、静かに息を吐いた。空調の音がふっと大きく感じられる。彼は視線を仲間に送り、短く囁く。

「ここから先は静かに。誘導は全部こちらでやる。誰も慌てるな」


その声に、チーム全員が無言で頷いた。冷たい人工空気が循環する廊下の奥へ、彼らは音を立てずに進んでいく。


日時:事件解決後、深夜0時半

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内の廃工場内部・解析ブース


榊原は廃工場奥の解析ブースで端末に向かい、指先を滑らせる。赤く点滅するセキュリティフラグを確認すると、即座に回避プログラムを実行した。


「これでアクセスは保護される。侵入痕跡も隠蔽可能だ。」

冴木がタブレット越しに頷き、低く返す。

「完璧です、榊原さん。これで解析作業に余計な妨害は入りません。」


玲は解析ブースに静かに座り、周囲の仲間たちを見渡す。

「準備は整った。漣の残したファイルの全解析に入る。」


廃工場の冷たい人工空気が室内に漂い、榊原は淡々とキーを叩きながら、深夜の沈黙に耳を澄ませていた。


玲はモニターの解析結果に目を走らせながら、眉をわずかにひそめる。


「……不自然だ。漣が仕掛けたパターンには微細な矛盾がある。狙いは単なる混乱じゃない、私たちを誘導する罠だ。」


冴木が端末を操作しながら、解析結果のグラフを指し示す。

「確かに。通信ログのタイムスタンプに微妙なズレがある。漣は常に一手先を読んでいるつもりだが、些細な誤差が見えている。」


玲は深く息をつき、チームに目を向ける。

「各自、この矛盾をもとに動け。漣の意図を読み切る。それが最短ルートだ。」


夜の廃工場に、静かな緊張が再び張り詰めた。


凛は肩越しに端末の画面を覗き込み、冷静に言った。


「このズレ、偶然じゃありません。漣は私たちの解析手順を想定して、あえて微細な矛盾を残している。誘導されると同時に、こちらの反応を試している。」


玲はその言葉を受け、軽く頷く。

「わかっている。だからこそ、焦らずに進む。彼の罠を逆手に取る。」


冴木が小さく息を吐き、端末の解析結果を拡大しながら付け加える。

「逆算すれば、誘導された動線から漣の位置も絞り込めるはずです。」


廃工場内の冷気の中で、チームの意志はひとつに固まった。


奈々は端末を操作しながら、低く分析的に言った。


「注目すべきは送金パケットの中継ホップ数とノード間のレイテンシ。漣は単純な匿名化ではなく、VPNトンネルを多重化して、トラフィックフローを意図的に攪乱している。」


玲は端末画面を凝視し、低く呟く。

「つまり、フェイクルートを挟みつつ、我々のパケット解析手順を試している……だが、暗号化ヘッダのパターンから逆算可能だ。」


霧島が背後で小さく唸る。

「ここまで多層プロキシを駆使されると、誤認識のリスクが高い。解析精度を上げる必要があるな。」


冷え切った廃工場内、チーム全員の集中力が最大限に研ぎ澄まされた。


霧島が手元のタブレットを覗き込み、低く呟いた。


「ここまで複雑に多層プロキシを使われると……一歩間違えば解析結果がノイズだらけになるな。」


その言葉に、チームの空気がさらに引き締まる。


玲は端末を起動し、仮想ホワイトボード上でパケットフローとログハッシュをマッピングした。


「各ノードのTLSハンドシェイクとタイムスタンプをクロスリファレンスすると……異常なレイテンシが検出されている。誘導型のMITM攻撃の痕跡だ。」


画面上で可視化されたデータフローは複雑に交差し、チームの視線は解析結果に吸い寄せられた。


日時:深夜 23:35

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内の廃工場・制御室跡


薄暗い制御室跡の片隅で、玲は端末をホワイトボード代わりに投影し、チーム全員に可視化した。

スクリーンには仮想ホワイトボードが立ち上がり、太い赤い線で三つの項目が書き込まれていく。


✔ 敵は『記憶を操作』している

 → 依頼人の意識の欠落は、ここで作り出されたものだった。

(メモ:ニューロ・マニピュレーション、データエクストラクション、インジェクション・アルゴリズムの併用痕跡あり)


✔ データは単なる保管庫ではない

 → これは、記憶の書き換えを実行するためのシステムだった。

(メモ:シナプスパターン転写モジュール、記憶リコンパイル環境、擬似エピソディック・メモリ構築ログ検出)


✔ 敵は罠を仕掛けたのではなく、こちらを ‘迎え入れている’

 → なぜか?彼らにも意図があるのか?

(メモ:エンゲージメント・トラップ?トラフィック・ハニーポット?アクセス権誘導?)


玲は最後に、黒いラインで三つの項目を円で囲み、その中央に小さく 「Intent / 動機」 と書き加えた。

端末の光が玲の瞳を鋭く照らし、背後の仲間たちの息遣いが静かに重なった。


日時:深夜 23:50

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内の廃工場・記憶改変室前


玲は深く息を吸い、チームの視線を一瞥した。

「ここから先は……全員、慎重に。」


冴木が手元のタブレットでセンサー情報を確認し、端末のスクリーンに薄緑の光が揺れる。

「温度変化と微弱な電磁信号……異常は確認済み。侵入経路は一本しかない。」


奈々は肩越しに囁くように言った。

「玲……事件が解決したら、話があるんだけど……」


玲は軽く頷き、視線を前方の扉に戻す。

霧島が小声で補足する。

「データ転送ライン、複雑に迂回させてある。監視カメラはハニーポット経由でフェイク映像を流している……完全に誘導されてる。」


一瞬の静寂。廃工場内の冷気が、仲間たちの心拍に合わせて揺れる。

玲は小さく息を吐き、扉の取っ手に手をかけた。


「全員、準備はいいか……?」


こうして、玲たちは、敵が仕組んだ“記憶の改変場”——内部の真実と罠が交錯する場所——へと、足を踏み入れた。


日時:深夜 23:52

場所:廃棄コンテナ群内・廃工場・記憶改変室前


奈々が端末のスクリーンを指でなぞり、データクラスタを拡大表示する。

「ここ……異常なパケットの密度がある。全て内部アクセスログと同期していない。」


玲は画面を覗き込み、指を一本差し入れるようにしてスクリーンをなぞった。

「外部アクセスの痕跡が偽装されている……でも、このクラスタだけは操作が及んでいない。重要だ。」


冴木が淡々と付け加える。

「AES-256で暗号化されているが、プロトコルヘッダーが標準とは微妙に違う。レガシーシステムの残滓か、それとも意図的な罠か……」


霧島が小さく唸る。

「このデータが、依頼人の記憶と直接リンクしている可能性が高い……ここに手を加えれば、全ての改変の履歴が見えてくる。」


玲はゆっくり頷き、チーム全員に視線を送る。

「よし……ここからが本番だ。慎重にな。」


その瞬間、端末の光が一瞬だけ青白く揺れ、廃工場内の影を深く濃く染めた。


日時:深夜 23:55

場所:廃棄コンテナ群内・廃工場・記憶改変室前


冴木が端末画面を覗き込み、眉をひそめる。

「……おかしい。クラスタ内のデータに異常な重複がある。単なる同期ミスじゃない、意図的に同じ情報を複製して混乱させている。」


奈々が端末をスクロールさせながら答える。

「つまり、依頼人の記憶と操作対象が二重に存在している可能性……。これをそのまま解析すると、真実が見えなくなる。」


玲は静かに端末を手に取り、青白い光に目を細めた。

「重複のパターンを整理すれば、隠された一次データが浮かび上がる……だが、この先は完全に自己責任だ。」


霧島が小さく息を吐き、端末の横で確認する。

「……行こう。迷いは許されない。」


廃工場内の空気が一層冷たく澄み、記憶改変室の扉の向こうから微かな電子音が響いた。


玲は端末のデータ構造を一瞥すると、即座に判断した。

「この重複クラスタはフェイクと本物が混在している。ここを無作為に解析すれば、依頼人の脳内データを破壊しかねない。」


奈々が眉を寄せ、静かに問いかける。

「じゃあ、どのルートから解析するの?」


玲はゆっくりと画面を指でなぞり、答える。

「まず、一次生成ログを抽出する。ここから派生した全てのコピーを識別して、本物だけを再構築する。それが安全な進行ルートだ。」


冴木が頷き、即座に解析プログラムを起動する。

霧島も横で目を光らせながら、「……時間との勝負だ」と小声で告げた。


冷たい廃工場の空気の中、玲たちは一歩ずつ慎重に記憶改変室の奥へと踏み込んでいった。


日時:深夜 0時02分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内・廃工場地下解析ブース


解析ブースの蛍光灯は最低限だけ点き、端末の冷たい光が榊原の顔を淡く照らしていた。周囲の者たちは一歩引いて、その手元を見守る。薄い手袋越しにキーボードへ指を乗せると、榊原は深く息を吐き、暗号化されたデータを一つずつ慎重に展開していった。


画面上に散らばるバイナリ列や埋め込まれたメタデータ、暗号化されたコンテナ――榊原の視線は一点に吸い込まれる。まずデータをメモリ上に展開し、元データを保護したまま作業できる環境を整える。


指先が高速で動く。暗号ブロックのパース、初期化ベクトルの推定、鍵導出関数のパラメータ抽出――榊原は迷いなく進め、ついに暗号署名の存在する領域へ到達した。小さな命令列を差し込むと、暗号モジュールが慎重に応答を返す。


榊原は低く、専門的な言葉で状況を報告する。


「まずコンテナを解析し、署名部分を取り出した。署名はパディング付きRSAで、ハッシュにはSHA-256を使用している。鍵導出は反復計算型で、ソルト値は固定。ここからHMACによる二重署名を外し、楕円曲線暗号の公開鍵候補を抽出した。署名に埋められた時刻情報やランダム値を突き合わせれば、鍵の断片を再構築できる。」


彼の声は冷静で機械的だったが、説明はチームに安心感をもたらす。榊原はさらに操作を続け、抽出した公開鍵の指紋を計算し、証明書チェーンと照合を開始した。


数分後、榊原は小さく頷き、切り出した暗号署名を安全領域へ移送する。端末のログには「署名抽出成功/整合性確認済」と記録され、一次データの信頼できる鍵が確保されたことを示した。


榊原は画面を見据え、短く付け加えた。


「これで一次生成ログに対する不可逆ハッシュが復元できる。以降はこれを基準に偽データを排除していく。」


凍てついた廃工場の空気の中、仲間たちの緊張がわずかに緩んだ。端末の小さな成功が、次の解析への希望となった。


日時:深夜 0時12分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内・廃工場地下解析ブース


霧島は端末の画面をじっと見つめ、指先で資料を軽く叩きながら低く呟いた。


「……これは……巧妙すぎる。単なるデータ改ざんじゃない。アクセスログも、送信経路も、完全に偽装されている……。この犯行者、こちらの解析手順まで予測して動いてる。」


その声には驚きよりも、冷静な危機感が滲んでいた。周囲の者たちも息を潜め、霧島の指摘に耳を傾ける。


冴木がすぐさま端末を操作し、異常パケットの流れとログの突合を始める。

榊原は霧島の言葉に頷きつつ、暗号署名の検証作業をさらに慎重に進める。


霧島は再度、画面を覗き込みながら小さく付け加えた。


「……侵入経路は外部経由じゃない。内部に協力者がいる、もしくは高度なシミュレーションで完全に内部環境を再現している……。」


廃工場の冷気が、仲間たちの背筋をさらに引き締めた。


日時:深夜 0時27分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内・廃工場地下解析ブース


凛が端末の画面を睨みつけ、眉間に皺を寄せた。映像やログが交錯する中、微かな異常のパターンを見逃さず、彼女の視線は釘付けになっている。


玲はホワイトボード代わりの大型端末に目を向け、冷静に全体像を把握した。


「通信経路のフェーズ分析、暗号署名のバリデーション、各データクラスタの整合性チェック……全員、役割を分担する。」


玲の声には指揮官特有の低く響くトーンがあり、専門用語が散りばめられる。


「冴木、ネットワーク・トラフィックの逆解析。ルーティングログとパケットヘッダの突合を最優先で。榊原、暗号鍵のリバースプロトコルを解析し、署名ハッシュの整合を確認する。霧島、内部アクセスログとユーザ行動のクロス検証。凛、映像フレームのタイムスタンプ整合性をリアルタイムで監視。」


凛は小さく頷き、端末に手を置く。


「各自、指示通りに動く。侵入経路のシミュレーションは私が統括する。」


玲は全員の作業進行状況を端末でモニタリングしながら、静かに付け加えた。


「各作業は並行処理で。タイムラグは許されない。全体フローの非同期処理に不整合が生じれば、設計者の意図に誘導される。」


冴木、榊原、霧島、凛——全員が頷き、冷たい空気の中に緊張感が張り詰める。


玲は指揮官として、最終解析戦の全体像を頭の中で構築していた。

この瞬間、廃工場地下には「高度情報戦」の幕が静かに下りた。


日時:深夜 0時34分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内・廃工場地下解析ブース


奈々が端末に視線を落とし、指先でデータクラスタをスクロールしながら、鋭い口調で声を発した。


「玲、ここの通信ログ、明らかにパケットスプーフィングされてる!IPヘッダが微妙に操作されていて、VPN経路も意図的に迂回されてるわ。」


玲は目を細め、ホワイトボードの画面に手を伸ばす。


「了解。奈々、そのデータをハンドリングしながら、各ノードの整合性を逐次確認。ルート解析はリアルタイムで更新だ。」


奈々は小さく息を吐き、頷く。


「このまま放置すれば、解析フロー全体が誘導される。標的のシグナルは確実に偽装されているわ。」


榊原が端末越しに追加情報を報告する。


「解析アルゴリズムに小さな変動がある。これは意図的な乱数挿入だ。精密なタイムスタンプと組み合わせれば、確定的に偽装経路が特定できる。」


奈々の眼差しが一層鋭くなる。


玲は静かに頷き、全員を見渡した。


「各自、情報の精度を落とすことなく処理しろ。誤差は設計者の罠になる。」


冷たい解析室の空気に、緊張感がさらに重くのしかかる。


玲はホワイトボードの図に新たな線を引いた。


✔ 依頼人の記憶は失われたのではない —— 書き換えられた。


✔ 敵は、記憶を改変することで “個人の歴史” を設計している。


✔ それは単なる情報操作ではなく、“人間そのもの” の構造改変だ。


日時:深夜 1時07分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内・廃工場地下解析ブース


榊原が端末から顔を上げ、低く警告する。


「待て……このデータクラスタには ‘動的書き換えプロセス’ が組み込まれている。解析を進めすぎると、標的だけでなく、こちら側の端末にも擬似的な干渉が波及する可能性がある。」


奈々が眉をひそめ、端末を手元で操作しながら訊く。

「擬似干渉……どういうことです?」


榊原は画面を指さす。

「暗号署名やアクセスログは外部からだけでなく、内部からも ‘偽装波’ を返す。つまり、誤情報やフェイクデータが自動的に生成される仕組みだ。解析中に触れると、誤った結論に誘導される。」


玲は端末に手を置き、冷静に応答する。

「分かっている。だが、この痕跡を無視するわけにはいかない。リスクは計算済みだ。」


榊原は再び端末に目を落とし、低く付け加える。

「ならば、解析は段階的に。リアルタイム監視と干渉抑制プロトコルを組み込む。これで、最低限の安全性は確保できる。」


冴木が頷き、冷静に端末の設定を変更する。

「プロキシとフィルタリングを追加、干渉波の影響を最小化します。」


玲は仮想ホワイトボードに目を走らせ、次の指示を出す。

「各自、解析フェーズごとに報告を上げろ。小さな変化も見逃すな。」


廃工場地下の冷たい空気に、張り詰めた緊張がさらに深まった。


冴木が端末を前に静かに指を動かし、最深部に保存されていた暗号化ファイルを開いた。


「……やっと辿り着いた。北辰ファイルのコアデータだ。」


画面には無機質な数字列と複雑なハッシュ値がずらりと並ぶ。暗号化の層は三重、通常のAESやRSAではなく、独自アルゴリズムによる改変が施されていた。


奈々が横から覗き込み、声を潜めて言う。

「……このパターン、通常の復号手順じゃ解除できないわね。動的書き換えアルゴリズムが組み込まれてる。」


榊原が端末に手を添え、解析用スクリプトを実行する。

「動的キー生成プロトコルをリアルタイムで逆算。各ハッシュ値を断片的に解析すれば、中身の整合性を確保しつつ、安全に解読可能だ。」


玲は画面を見つめ、冷静に指示を出す。

「よし。全データをフェーズ分けで読み込む。異常信号が出たら即報告、無理に進めるな。」


冴木は深呼吸してから手を止めず、端末の解析スクリプトを実行。画面の数字列が徐々に意味を持ち始め、隠されていた映像・ログ・暗号化メモが浮かび上がった。


「……このデータ、まさに ‘設計者の意図’ が詰まっている。ここに監察官の行方と記憶改変の痕跡が全て残されている。」


廃工場地下の冷気が、データの重さと緊張感をさらに際立たせた。


そこにあったのは——


日時:深夜 1時49分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内・廃工場地下解析ブース


冴木が最深部のファイルを開くと、端末に奇妙なタイトルが浮かび上がった。


【Prototype Log / 記憶改変試験記録 01-α】


画面に展開されたのは、テキストと映像データが入り混じった複雑なログ。通常の監査用記録とは違い、メタデータ層に暗号署名が重ねられ、日付や編集者情報が動的に変化している。榊原が眉間に皺を寄せ、専門用語で呟く。


「……メタタグが時系列で分散されてる。タイムスタンプが多層化されていて、SHA-512じゃなく独自のハッシュチェーンを組んでるな。」


奈々が端末を操作し、映像のサムネイルを拡大する。

「これ……実験室の映像? モニター越しに被験者らしき人物が見える。顔はモザイクがかかってるけど……記憶パターンのインポート・エクスポート履歴まで表示されてるわ。」


冴木がログの一行を読み上げる。


“個人歴の上書き試験・第3段階:外部刺激による人格修正プロトコル”

“被験体ID:K-13 記憶ブロックの一部再編に成功”


榊原は解析スクリプトをさらに深く走らせ、付随するコード断片を切り出した。

「これは完全な“プロトタイプ”だ。現行システムに移行する前の実験段階。オペコードレベルで直接記憶を書き換える手法が取られている。AESやRSAどころか、量子鍵配送を前提とした実装だな……。」


玲は画面を見据え、低く言う。

「つまり、ここに記録されているのは、依頼人の“改変前の記憶”だということか。」


画面の下部には「EXPORT」や「ROLLBACK」といった、通常の心理実験ログにはありえない項目が並び、まるで“記憶のバージョン管理”が行われているかのようだった。


奈々が息を呑む。

「記憶を、ソフトウェアのコードみたいに書き換えてテストしていた……本当にやっていたのね。」


冴木が画面の最下段に視線を落とし、震える声で言った。

「このログ……漣がここに残したのか、それとも彼自身が“被験体”だったのか……。」


廃工場地下に響くファンの低い音が、この“プロトタイプ・ログ”の重さを強調するように鳴り続けていた。


日時:深夜 1時53分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内・廃工場地下解析ブース


玲が硬く目を閉じ、深く息を吸った。

「……来るな、と思っていたが、やはりか。」


冴木が画面をスクロールすると、ログの最下層に微細な異常が浮かび上がった。

ASCII文字に変換すると、一見ランダムな文字列が延々と続く。


Q3R3LX1F-7F2Z-9K0V-ML8R-X9D3

7A9X-0M2P-4Q1V-BZ6H-2R5K

※これは単なるログではない


榊原が眉をひそめる。

「これは……暗号化された隠しメッセージだ。漣がわざわざ残したものだ。AES-256に加え、文字列はカスタムシャッフルされている。」


凛が冷ややかに言った。

「どうせ、すぐに解読できる単純な文字列じゃないわね。」


奈々が端末を覗き込み、低く呟く。

「……このパターン、二重のハッシュと時刻ベースのシードが絡んでいる。漣、随分と面倒なことを。」


玲は目を開き、指示を出す。

「榊原、まず文字列をブロック化して、時刻シードに基づく復号プロトコルを適用。解析の順序を間違えれば完全に破損する。」


榊原が手早くコマンドを打ち込み、暗号文字列を解析。徐々に意味のある文字列が浮かび上がる。


Z29yZXQgdG8gdGhlIGJvdHRvbSBmb3IgdGhpcyBwaXJl

U3RhcnQgd2l0aCB0aGUgY2xvY2sgd2F0Y2ggY29kZQ==


冴木が首をかしげる。

「……Base64か。漣、古典的な手法で遊んでいる。」


解析結果をテキストに変換すると、画面に一行ずつ文字が現れる。


“Goret to the bottom for this pier. Start with the clock watch code.”


凛が眉をひそめ、声を潜める。

「……これは単なる地理的指示ではなく、時刻情報とコードの組み合わせね。」


玲は画面を見つめ、静かに呟いた。

「……やはり。漣は我々に、単なる証拠ではなく、解読という行為そのものを挑ませている。」


画面にはさらに続く文字列があり、チームは慎重に順序を追って解析を進めた。

暗号を一つずつ解き、最後に現れたのは漣自身の意思を示す文字だった。


“もし君がここまで辿り着いたなら、私の計画は終わったということだ。——漣”


玲は深く息を吐く。

「……これが、彼の最後のメッセージか。」


廃工場の低いファンの音の中、チームは静かに画面を見つめ、漣の意思と向き合った。


奈々は端末をそっと閉じ、机の上に置いた。

「……これで一段落ね。」


玲は静かに頷き、深く息を吐いた。

「漣の残したものは、これで全てだ。あとは各自、解析結果を整理して報告書にまとめる。」


凛は画面を見つめたまま、低く呟く。

「彼のメッセージには、まだ隠された意図があるかもしれない……でも、今はこれで足りる。」


冴木が端末を片付けつつ、笑みを浮かべた。

「やっと夜が明けるって感じですね。」


事務所の空気は少しずつ緩み、張り詰めた緊張が静かに溶けていった。


玲はゆっくりと立ち上がり、窓の外に目を向けた。

淡い朝の光が差し込み、机の上に散らばった資料や端末の画面を照らす。


「さて……これで一区切りだな。」

玲の声は低く、しかし確固たる決意が込められていた。


奈々が端末を片手に近づき、静かに囁く。

「玲……事件が終わったら、少し話があるの。」


玲は微かに微笑み、視線を奈々に向ける。

「分かった。後でゆっくり聞こう。」


凛は背筋を伸ばし、端末の解析結果を整理しながら呟く。

「全ての情報は整理済み。後は報告書にまとめるだけです。」


冴木が軽く笑い、片付けを始める。

「さて、久しぶりに落ち着いた夜を迎えられそうですね。」


事務所メンバーには、久しぶりに静かで穏やかな空気が流れ始めた。


午後3時17分・東京湾岸・廃棄コンテナ群内 廃工場地下解析ブース


静まり返った地下室で、非常灯が赤く灯った。冷たいコンクリート壁に反射する赤い光が、解析ブースの青白い端末画面と不気味なコントラストを描く。


玲はゆっくり立ち上がり、光と画面を交互に睨んだ。

「……緊急信号か。誰かが動いている。」低く、しかし鋭い声が地下空間に響く。


奈々は端末を握ったまま肩をすくめ、冷静に言った。

「このタイミング……まるで私たちを試しているみたいですね。」


冴木は眉をひそめ、データのスクロールを止めずに観察する。

「光源からの干渉が微妙に解析に影響している。急げ、解析が止まる前に!」


玲は深く息を吸い込み、赤い光の中で集中する仲間たちを見渡した。

非常灯が揺れるたび、ブース内の空気は張り詰め、全員の意識が一層研ぎ澄まされていった。


午後3時19分・東京湾岸・廃棄コンテナ群内 廃工場地下解析ブース


非常灯の赤い光が揺れる中、玲は即座に口を開いた。

「全員、即座に退避だ!想定外の侵入者がいる可能性あり!」


冴木は端末を片手にしながら頷き、解析ブースの背後に回る。

「了解、データは自動バックアップ済み。安全ルートを確保します。」


奈々はタブレットを閉じ、玲の指示に従って仲間をまとめる。

「こちらも脱出口へ誘導します。慌てず、冷静に。」


榊原は冷静な表情のまま、端末を素早く持ち運びながら付け加えた。

「暗号化データも確保。後で解析は続行可能だ。」


玲の指示で、一行は赤く照らされた廃工場地下を慎重に後退。

足音は最小限に抑えられ、緊張感は一層高まる。

「急げ……安全な場所まで、誰も取り残すな。」


こうして玲たちは、記録改変の核心を掴み取った。

だが同時に、それは敵に “接触を許した” ことも意味していた——


午後3時21分・東京湾岸・廃棄コンテナ群内 廃工場地下解析ブース


赤い非常灯が断続的に点滅し、廃工場内に不気味な影を落とす。


玲は仲間たちを振り返り、低く指示した。

「点滅はタイミングを狂わせる。光に惑わされるな、冷静に進め。」


冴木は端末を片手に、非常灯の影に隠れるように移動しながら答える。

「了解。センサーにも影響が出てる……動きを最小化して進みます。」


奈々は仲間の手を軽く叩き、合図を送る。

「皆、足元に注意。赤い光の下では距離感が狂う。」


榊原は淡々と端末を操作しながら言った。

「非常灯の点滅パターンを解析中。同期すれば進行の安全マージンを確保できる。」


赤と影のコントラストが、緊迫の退避行動に一層の心理的圧迫を与えていた。


午後3時24分・東京湾岸・廃棄コンテナ群内 廃工場地下解析ブース


玲が端末画面を確認すると、冷静ながら鋭い声で告げた。

「警察に転送は完了した!」


冴木が隣で頷き、画面を再確認する。

「データ整合性も問題なし。改ざんの痕跡は残っていません。」


奈々が軽く笑みを浮かべ、仲間たちに視線を向ける。

「やっと一段落ね。あとは当局に任せられる。」


榊原は肩越しに画面を覗き込み、淡々と補足する。

「セキュア転送完了。追跡ルートも遮断済み。これで外部からの侵入リスクはほぼゼロ。」


非常灯の赤がまだ点滅する中、地下解析ブースには静かな勝利の空気が漂った。


日時:午後3時25分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内 廃工場地下解析ブース


榊原は素早くキーボードを打ち込み、画面上の一連のウィンドウを手際よく閉じていく。端末のログ表示が一瞬だけ露出し、次の瞬間には別のダッシュボードに切り替わった。指先は冷たく、無駄がない。


彼の唇が無言で動く──短いコマンド列を一行挿入し、既存のアクセスログのタイムスタンプとノード識別子を微妙に書き換える。変更はわずかなズレに留められているが、解析用の差分チェックをすり抜けるよう巧妙に施されていた。バックグラウンドでは自動生成されたダミーパケットが流れ、外部監視に対するノイズを装う。


「遮断まであと十秒。」冴木が低く告げる。手元のカウントが秒を刻む。

榊原は淡々と、だが正確に作業を続ける──改変されたログには、あたかも正規の排他処理が行われたかのような痕跡が付与される。IPの経路情報、セッションの終了フラグ、接続元のハッシュ。すべてが自然な流れに見えるように整えられていく。


凛が横目で確認し、冷ややかに訊いた。「その改変で、追跡に影響は出ないか?」

榊原は小さく頷く。「こちらで差分を保持している。警察へ渡したスナップショットとは別に、改変前のオリジナルは隔離して監査可能です。表面上は安全に見せかけつつ、必要ならいつでも復元できます。」


カウントが「3…2…1」と落ち、ネットワークの入口が遮断された。監視チャネルが切断される直前、榊原は最後のコマンドを送信し、端末を静かに離した。室内に流れていた赤い非常灯の点滅だけが、わずかに早まった。


玲は肩越しに画面を一瞥し、低く息をついた。「よくやった。これで当面のリスクは抑えられる。」

仲間たちも固い表情で頷く。だが誰の目にも、榊原が改変した「痕跡」を巡る重みが宿っていた──それは、真実を守るための処置であり、同時に別の問いを生む行為でもあった。


廃工場の冷気が静かに戻り、解析ブースには端末の微かなファン音だけが残った。


日時:午後3時27分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内 廃工場地下解析ブース


赤い非常灯の点滅が室内を淡く染める中、玲は冷静に立ったまま、全員を見渡す。


「よし、次の手順に移る。」


短く頷くその動作だけで、仲間たちは理解した。言葉は不要だった──ここからは各自が役割を全うするフェーズだ。


冴木は端末を確認し、微細なパケットの流れを監視。

奈々はクラウドとローカルの差分チェックを開始。

凛は解析ブースのセキュリティログを再度精査し、潜在的なトラップを洗い出す。


玲の頷きは、単なる合図ではなく、指揮官としての冷徹な意思表示だった。

「全員、集中。これ以上の異常は見逃すな。」


廃工場の地下、赤い非常灯の光の中で、チームの緊張感は一層引き締まった。


日時:午後3時29分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内 廃工場地下解析ブース


奈々は静かに端末を閉じ、その指先から微かな安堵が漏れる。

「……これで、必要なデータは揃ったわね。」


凛は隣で最後の心理データを慎重に確認する。画面に映る数値とログの整合性を確かめながら、眉を軽く寄せた。

「異常なし。対象者の意識には外部からの介入の痕跡が完全に残っている……しかし、これ以上の干渉は確認できない。」


玲は二人の動きを静かに見つめ、深く息を吐く。

「よし、これで解析作業は完了だ。全員、準備を整えて脱出ルートへ。」


赤い非常灯がちらつく地下解析ブースに、緊張の余韻とわずかな達成感が混じる。

チームは無言のまま、それぞれの役割を再確認し、次の行動に備えた。


日時:午後3時31分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内 廃工場地下解析ブース


霧島はゆっくりと周囲を見渡した。暗いブース内、赤くちらつく非常灯が床に影を落とす。機材の隙間、扉の影、コードが絡まる足元――すべてに神経を研ぎ澄ませる。


「……油断はできないな。」霧島の低い声が、ブース内の緊張感をさらに引き締めた。


玲が端末を閉じながら短く返す。

「異常はない。ただし、移動中も警戒を続けろ。」


霧島は頷き、チームの後方を慎重に確認しながら、地下ブースから脱出ルートへ足を運んだ。


日時:午後3時33分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内 廃工場地下解析ブース


玲は端末から視線を上げ、赤くちらつく非常灯を静かに見つめた。薄暗いブースに漂う機材の熱気と、緊張で張り詰めた空気が混ざり合う。


「……やっと、ここまでか」玲は短く息を吐き、肩の力をほんの少し抜いた。


奈々が隣で端末を片手に控え、無言でその様子を見守る。凛も静かに解析結果を最後まで確認し、チーム全員の緊張感を鎮める合図を送った。


玲はゆっくりと立ち上がり、次の行動へ目を向ける。


彼はホワイトボード代わりの端末に最後の線を加えた。


日時:午後3時38分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内 廃工場地下解析ブース


玲は、ホワイトボード代わりの大型端末に新しい項目を入力しながら、冷たい指先でスクロールしていった。

端末の光が、赤く点滅する非常灯の反射で揺らめく。


画面には、黒い背景に白いフォントで、三本の矢印が走っている。


✔ 記憶の改変は完璧ではない

→ それは必ず、矛盾を孕む。


✔ 敵は『消された記憶』ではなく、『作り替えられた記憶』を持っていた

→ 失踪者はそれに気づき始めていた。


✔ これが破綻すれば、敵の計画は崩壊する

→ そして、玲たちはその鍵を手に入れた。


奈々が端末を抱えたまま、玲の横顔を見つめる。

「……玲、もう“設計図”は丸見えね。あとは崩すだけ」


玲はホワイトボード代わりの画面を一瞥し、静かに頷いた。

「矛盾がある限り、奴らの記憶構造は崩せる」


赤い非常灯の点滅に、チーム全員の緊張が深まっていった。


日時:午後3時40分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内 廃工場地下解析ブース


凛が端末の隣に立ち、画面を覗き込みながら静かに微笑む。


「計算通りね。矛盾の発生箇所も特定できた。後は、玲の指示通りに動けば……」


玲はその微笑みに気づき、わずかに眉をひそめるが、すぐに冷静な表情に戻る。

「うん。全員、準備を。矛盾を突く作業を開始する」


赤い非常灯の光が、廃工場の冷たい壁に影を落とす中、チームは静かに動き出した。

凛の微笑みは、緊張の中で唯一、静かな確信を帯びた光だった。


日時:午後3時42分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内 廃工場地下解析ブース


榊原が端末の前に腰を下ろし、冷静に画面を確認する。


「アクセスログの改変箇所は全て追跡可能だ。異常なパケットやVPNの偽装もすべて記録されている。」


画面のグラフを指でなぞりながら、彼は付け加えた。

「矛盾点はここだ。敵は完全ではない。漏れがある」


玲は頷き、周囲のメンバーを見渡す。

「よし、この情報をもとに作戦を最終調整する。全員、位置について」


廃工場の赤い非常灯が揺れる中、榊原の冷静な確認がチームの動きを支えていた。


日時:午後3時44分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内 廃工場地下解析ブース


冴木が端末越しに淡々と答える。


「はい。全てのログと通信履歴を突き合わせた。矛盾点は榊原の指摘通り。VPNの偽装も検出済みです。異常なパケットは特定の時間帯に集中していました。」


玲は短く頷き、周囲に目を走らせる。

「よし、この情報で敵の次の動きを封じる。準備はいいか?」


赤く揺れる非常灯の下、解析班の緊張感は最高潮に達していた。


日時:午後3時46分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内 廃工場地下解析ブース


玲が端末越しの画面から視線をゆっくり落とす。

机上の書類と解析データの山を見つめながら、低く呟いた。


「……敵は、この一瞬の揺らぎを読んでいる。俺たちの手の内を、全て把握しているつもりだろう。」


奈々が横で端末を操作しながら静かに言う。

「でも、揺らぎを読まれたとしても、こちらも想定済みです。全ては計算の範囲内。」


玲は一瞬、窓越しに差し込む冷たい光に目を細め、チームに微かに指示を出す。

「各自、配置につけ。行動開始まで、あと三分。」


日時:午後3時52分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群付近の路上 — 車内


赤い非常灯が遠ざかる廃工場を最後に、玲たちの車は湾岸エリアをゆっくりと脱出していった。後方のコンテナ群の影が徐々に薄れ、冷たい海風が車窓を叩く。


その時、路肩から数台の警察車両とすれ違った。サイレンはまだ鳴っていないものの、青色灯が淡く点滅し、湾岸道路を滑るように通り過ぎる。玲はミラー越しに確認し、眉ひとつ動かさずにハンドルを微調整した。


凛が後部座席から淡い声で呟く。

「追跡されてるかもしれません。だが、この速度なら……距離は稼げます。」


奈々は助手席で端末を握りしめ、玲の横顔を見つめながら小声で言った。

「……玲、計画通りに行くのね?」

玲は僅かに頷き、答えた。

「確実に。だが、油断はできない。」


冴木は淡々と後方を振り返りながら報告する。

「警察車両の視界外に入りました。スモークとダミーシグナルが作動している。位置特定は困難です。」


湾岸の広い道路に沿って、車は静かに距離を伸ばしていく。背後に残る赤い非常灯と青い灯は交錯し、まるで戦いの残像が道路上に浮かんでいるかのようだった。


玲は前方に目を据え、低く息を吐く。

「これで一手は終わった……だが、次はさらに厳しい。」


車内の緊張はなお続き、風が運ぶ塩の匂いと海の冷たさが、湾岸エリアでの一連の追跡劇を静かに締めくくった。


日時:午後4時03分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内廃工場 — 工場中央スペース


工場内部は薄暗く、機械の残骸や埃まみれの箱が散乱している。赤い非常灯が点滅し、冷たい金属の床にわずかに影を落とす。


その瞬間、廊下の奥から透子の低い声が響いた。

「動くな! その端末から手を離せ!」


数人の警察官が慎重に周囲を固め、犯人と思しき男を包囲する。男は画面に集中しており、指先が素早くキーボードを叩く。だが、周囲の足音と銃口の気配に気づき、わずかに肩を強張らせた。


透子は冷静にパソコンの画面を睨む。

「あなたの試みはここで終わり。通信は遮断済み、バックアップも確認済みよ。」


犯人の男は微かに笑みを浮かべる。

「なるほど……君たちは手際がいい。しかし、まだ間に合うかもしれない……」


透子は一歩前に出て、男の手元を封じるように視線を注ぐ。

「試す価値はない。動けば即逮捕よ。」


男は一瞬迷ったが、周囲を囲む警察官の視線と透子の冷徹な圧力に押され、ゆっくりと手を上げた。


工場の中に緊張した静寂が戻る。遠くで赤い非常灯がちらつき、戦いの余韻を微かに残す中、透子は手際よく犯人の端末を確保した。


透子は無線で報告する。

「対象確保。端末回収完了。ここで作戦終了。」


警察官たちが男を連行し、工場内にはようやく秩序が戻った。


日時:午後4時15分

場所:東京湾岸・廃棄コンテナ群内廃工場外 — 駐車スペース


玲は車内で静かにシートに腰を下ろし、赤い非常灯の残照を背に受けながら端末を手にしていた。廃工場の戦闘はひとまず終わり、仲間たちは各々装備や端末の整理に入っている。


電話の振動が手元で知らせる。画面には透子の名前。玲は無言で受話器を取った。


「玲……今回、ありがとう。おかげで危うくデータを持ち出されるところだった。」


玲は短く息を吐き、静かに答える。

「無事で何よりだ。君たちの現場対応が正確だったからだ。」


透子の声にわずかに微笑みが混じる。

「いや……玲、君の情報整理と指示がなければ、私たちはもっと苦戦していた。正直、感謝してもしきれない。」


玲は端末越しに沈黙を置く。

「次は、全員の安全を最優先に動け。それが今回の教訓だ。」


透子は小さく頷き、低い声で締めくくる。

「了解。……でも、玲、次はもう少し余裕を持って動いてほしいわね。」


電話を切ると、玲は再び湖面のように静かな瞳で湾岸の景色を見つめた。背後では仲間たちが軽口を交わしながら、戦闘後の余韻を整理している。


日時:午後4時30分

場所:東京湾岸・走行中の車内


車は湾岸エリアを抜け、夕暮れの光が水面に反射している。玲は運転席に座り、前方を冷静に見据えながらも、ふと横の奈々に目を向けた。


「なあ、奈々……あの話って一体なんだ?」玲は低く問いかける。


奈々は少し躊躇し、肩越しに玲を見やる。

「え……いや、その……事件が終わったらって約束じゃ……」


玲は短く眉をひそめ、問いを重ねる。

「具体的に、何を言いたいんだ?」


その時、凛が助手席から微笑みながら口を開く。

「玲、あなたはいつも鈍感だから……奈々が言いたいことは、彼女に合わせてあげる場所をちゃんと考えてあげればいいのよ。」


奈々は頬を赤くしながら視線を伏せる。

玲はわずかに口元を緩め、深く息を吐いた。

「……分かった。じゃあ、適切なタイミングと場所を考えておく。」


車内には沈黙が戻るが、その背後にある微かな緊張感は、静かな笑いとともに柔らかく解けていった。


日時:午後4時50分

場所:東京湾岸・玲探偵事務所前駐車場


車が事務所前に滑り込む。玲はエンジンを切り、静かにため息をついた。

「じゃあ、ここでみんなを下ろすか……」


その時、助手席の凛が腕を組み、軽く笑みを浮かべながら口を開く。

「玲、奈々。今夜は二人で高級ファミレスを予約してあるから、忘れずに行きなさいね。」


奈々は驚きと戸惑いの入り混じった表情で玲を見上げる。

「え、えっと……凛さん、本当に……?」


玲は視線を奈々に向け、少し照れくさそうに微かに笑う。

「……分かった。ちゃんと行く。」


凛は満足そうに頷き、後部座席のメンバーに向かって軽く手を振る。

「じゃあ、皆さんはここで解散。お疲れさま。」


車内には、ほんの少し柔らかい空気が流れ、事件後の緊張が静かに解けていった。


日時:午後7時

場所:都内某高級ファミレス・個室席


玲と奈々は落ち着いた照明の個室に通され、テーブルには上品な食器とワイングラスが並ぶ。

奈々は少し緊張した面持ちで、メニューを手に取りながら玲を見る。

「……玲くん、こんなところに来るなんて、久しぶりですね。」


玲は微かに笑みを浮かべ、椅子に背を預ける。

「そうだな……事件後の息抜きくらい、悪くない。」


奈々は笑みを返しつつ、手元のワイングラスに軽く触れる。

「じゃあ、今日は私たちだけの時間ですね……色々、話せますね。」


玲は視線を柔らかく向け、静かに頷く。

「ああ、そうだな……今日くらいは、仕事のことは置いておこう。」


窓の外に夜景が広がる中、二人だけの静かな時間がゆっくりと流れ始めた。


日時:午後7時15分

場所:都内某高級ファミレス・個室席


個室の穏やかな空気の中、奈々は深呼吸を一つして、玲に向き直った。

玲は柔らかく笑いながら、軽く手を差し出す。


「……なぁ、奈々。今日は普通に話せ。タメ語でいい。」


その言葉に、奈々の胸の鼓動は一気に早まる。幼き頃からの想い、ずっと胸に秘めてきた気持ち——すべてを、今伝える瞬間だと覚悟を決める。


「……玲、えっと……あのね、私……ずっと前から……好きだったの。」


言葉が詰まりそうになりながらも、奈々は目をしっかりと合わせる。

「子供の頃からずっと……ずっと片思いしてた。事件のこととかで忙しかったけど……今日、ちゃんと言わないと後悔するって思ったの。」


玲は一瞬、驚いた表情を見せるが、すぐに柔らかく微笑む。

「……そうだったのか、奈々。」


奈々は少し肩の力を抜き、安堵の笑みを浮かべる。

「うん……今日、ちゃんと伝えたくて……玲に、普通に、話せって言われたから。」


玲は頷き、静かに言葉を返す。

「わかった、奈々。ありがとう、ちゃんと聞けてよかった。」


窓の外に広がる夜景が、二人の新しい一歩をそっと祝福しているかのようだった。


日時:午後7時20分

場所:都内某高級ファミレス・個室席


奈々が意を決して告白した瞬間、玲はしばらく静かに彼女の目を見つめた。

その瞳には、驚きと優しさが入り混じっている。


「……奈々、ありがとう。俺も、ずっと同じ気持ちだった。」


奈々の頬が熱く染まり、思わず手で口元を押さえる。

「本当に……?」


玲は微笑みながら頷いた。

「本当だ。これからは、ずっと一緒に歩こう。」


奈々は目を潤ませ、ついに安堵の笑みを浮かべる。

長年の片思いが、ついに形になった瞬間。

夜景の光が二人を包み込み、静かに祝福していた。


日時:午後8時10分

場所:玲探偵事務所・会議室


事務所のドアを開けると、凛がすでに席について資料を整理していた。

奈々は少し照れくさそうに、しかし誇らしげに口を開く。


「凛、報告があります……玲に、私の気持ち、伝えました。」


凛は軽く目を上げ、にっこりと微笑む。

「ふふ、それで玲の反応は?」


奈々は少し息を整え、頷く。

「OKもらいました。これから、二人で……」


凛は肩をすくめ、くすくす笑いながらアドバイスする。

「よかったわね。玲、鈍感だからちゃんと伝わってるか心配してたけど、無事に届いたみたいね。」


奈々は深く息を吐き、安堵と嬉しさで顔がほころぶ。

「はい……これで、やっと心配事が一つ減りました。」


凛は資料に目を戻しつつ、優しく言葉を添える。

「さあ、これで心置きなく次の事件も追えるわね。」


日時:午後8時15分

場所:玲探偵事務所・会議室


奈々が凛に報告を終えると、事務所の他のメンバーも自然と集まってくる。


冴木が端末から目を上げ、にやりと笑った。

「玲、鈍感男め。何度もチャンスを逃してたくせに、やっと気づいたか。」


霧島も肩を揺らして笑いながら加える。

「お前、全然わかってなかったじゃないか。幼なじみの奈々の気持ちを見抜けないとはな。」


榊原は端末を置き、冗談交じりに言う。

「これでやっと、事件以外でもチームに迷惑をかけないな。」


玲は少し顔を赤らめつつ、苦笑い。

「……うるさいな。別に俺が鈍感だったわけじゃない。」


冴木はさらにからかう。

「うそつくなよ。さっきの奈々の告白、目が泳いでたぞ。」


凛は微笑みながら横でフォローする。

「まぁ、これも成長の一部ってことで、温かく見守ってあげなさい。」


奈々は少し照れながらも、玲の肩に手を置き、優しく言った。

「……これからはちゃんと気づいてくれる?」


玲は苦笑しながらもうなずき、事務所内にほんの少しの和やかな空気が広がった。


日時:午後8時20分

場所:玲探偵事務所・会議室


玲が冴木に目を向け、少し鋭い声で問いかける。

「ちょっと待て。目が泳いでたの、見てたのか?その場にいたのか?」


冴木は一瞬考え込むように眉をひそめ、そして小さく笑う。

「まぁ……いたと言えばいた。でも正確には“気配を感じてた”ってところだな。奈々の告白はかなり直球だったから、視線が逸れるのも当然だろう?」


玲は苦笑しながら、少し照れくさそうに頭を掻く。

「……なるほど、完全にバレてたわけか。」


奈々は少し頬を赤らめ、でも微笑んで玲の肩に手を置く。

「もう、隠す必要もないね。」


霧島や榊原も楽しそうに肩を揺らし、事務所には温かい笑い声が広がった。


玲の後日談

•日時:事件解決から数日後、午前10時

•場所:郊外の湖畔、静かな遊歩道に面したカフェテラス

•描写:


柔らかな秋風が水面を渡り、波紋をきらめかせていた。

テラス席の片隅に腰掛けた玲は、湯気の立つコーヒーカップを片手に、ぼんやりと湖を眺めている。


数日前までの緊迫した日々が嘘のように、ここにはただ、静けさだけがある。

耳に届くのは、小鳥のさえずりと、湖畔を歩く人々の足音。


玲はひと口コーヒーを含み、目を細めた。

——ようやく、ひと息つける。


けれど心の奥では、まだ事件の余韻がくすぶっていた。あの赤い非常灯の瞬間、奈々の言葉、仲間たちの表情。

どれも鮮明に、湖面に映る空のように記憶に残っている。


「……俺も少しは、変わったのかもな」


そう小さく呟き、玲はカップを置いた。

湖面に揺れる自分の影は、以前よりも柔らかく見えた。


奈々の後日談

•日時:玲への告白から数日後、午後7時

•場所:駅前の広場、夜景に照らされる待ち合わせ場所

•描写:


街の明かりが灯り始めた夕刻、駅前の広場は人々の声と行き交う足音で賑わっていた。

その中で、奈々は少し早めに到着し、赤いスカーフを指先で整える。


胸の鼓動は、事件の現場でさえ感じなかったほど速い。

それでも表情は努めて冷静を装い、いつもの“分析官”らしい落ち着きを見せようとする。


「……変じゃないよね」


ショーウィンドウに映る自分の姿をちらりと確認し、微笑んだ。

彼に「普通に話せ」と言われたあの日から、奈々の世界は少しだけ違って見えている。


背後から聞き慣れた足音が近づいてくる。

奈々は息を整え、ゆっくりと振り返った。


そこに立っていたのは、カジュアルなジャケット姿の玲だった。

彼の目が一瞬、驚いたように細められ、そして静かに柔らかな笑みへと変わる。


奈々の胸の奥で、張り詰めていた緊張がふっとほどけた。

赤いスカーフが、夜風に揺れる。


——この瞬間から、二人の新しい時間が始まろうとしていた。


凛の後日談

•日時:事件解決から1週間後、深夜0時

•場所:玲探偵事務所・薄暗い資料室

•描写:


静まり返った事務所の奥。

ランプの明かりの下で、凛は一人、机に積まれた古いファイルを閉じた。


「……これで、ようやく区切りがついたわね」


ページの隙間からこぼれる埃を指先ではらい、彼女は小さく笑った。

玲の鈍感さにやきもきした日々も、奈々の勇気ある一歩も、今はすべて穏やかな思い出に変わりつつある。


ふと、視線が壁際に飾られた写真に止まる。

事件解決のあとに撮られた、一同が揃って笑う珍しい一枚。

玲と奈々が並んで写っているその姿に、凛の口元は自然とやわらかくなる。


「……お幸せに、二人とも」


誰にも聞こえない声で呟き、凛は立ち上がった。

窓の外には夜の帳が降り、街の灯りが遠く瞬いている。


凛はその光景に一礼するかのように微笑み、静かに資料室の明かりを落とした。


冴木の後日談

•日時:事件解決から3日後、午後2時

•場所:玲探偵事務所・解析室

•描写:


蛍光灯の白い光が静かに瞬く解析室。

冴木はモニターに向かい、ひたすらにログの整理を続けていた。


「……また、矛盾値が出てるな」


口の中で小さく呟きながら、指先は止まらない。

数千行に及ぶデータをスクロールし、エラーフラグの発生源を一つひとつ確認していく。


事件は終わったはずだ。

だが、冴木にとって“終わり”とは、記録の完全性が保証され、どんな追跡にも耐えうる形で証跡が残されたときだけだった。


淡々とキーを叩くその瞳は、冷静そのもの。

だが、ふと手を止め、机の端に置かれた紙コップのコーヒーに目をやる。

先ほど、奈々が差し入れてくれたものだ。


「……まったく。現場組はいいよな。俺はいつまで机に張り付けってんだ」


皮肉めいた独り言を零すが、その口元はほんの僅かに緩んでいる。

事件を経て、仲間たちとの距離が以前より近づいたことを、彼自身が無意識に感じ取っていたのかもしれない。


再び、キーボードを叩く音だけが解析室に響いた。


榊原の後日談

•日時:事件解決から5日後、午前9時

•場所:都内某大学・情報工学部 講義室

•描写:


白いスクリーンに数式とコードの断片が並ぶ。

朝一番の講義にもかかわらず、学生たちの視線は一様に食い入るように前方へ注がれていた。


榊原彰人は、チョークを指先で軽く回しながら淡々と語る。


「暗号とは、“絶対の安全”を保証するものではない。常に突破の余地を孕む。重要なのは、突破を ‘いつまで遅らせられるか’ だ」


黒板に流れるような手つきで数式を書き連ね、さらに短い疑似コードを追記する。


「ここで出てくるのが、楕円曲線暗号。RSAより鍵長が短く済むが、その計算構造ゆえに、特定条件下では……」


一呼吸おいて、ふと窓の外へ目をやる。

青空の下、事件の余韻を振り払うかのように学生たちの笑い声が響いていた。


「……まぁ、実際の現場では理論通りにいかないことの方が多い」


独り言のように呟きながら、榊原は再び板書に戻る。

かつて命懸けで解読した暗号。

その過程で培った直感と経験を、今こうして若い世代に伝えることこそ、自分に課せられたもう一つの使命だと感じていた。


学生の一人が手を挙げる。

「先生、それって実際に現場で使われたことあるんですか?」


榊原は一瞬だけ目を細め、そして笑みを抑えながら答える。

「さぁな。それは……想像に任せておこう」


黒板に新しい数式が加わると、講義室に緊張と好奇の空気が広がった。


霧島の後日談

•日時:事件解決から数日後、夕暮れ時

•場所:東京湾岸沿いのベンチ


沈みかけた夕日が、水面を橙色に染めていた。

波がゆるやかに岸壁へ寄せては返す音だけが、周囲の静けさを破っている。


霧島は無言のまま、手帳を開いた。

そこには、走り書きの現場メモや略図、そして焦げ付いたような痕跡の残るページが挟まれている。

赤い非常灯、封鎖された小部屋、漣の痕跡——すべての光景が、記録をめくるたびに脳裏へ甦った。


「……結局、人の記憶ほど曖昧で、そして残酷なものはないのかもしれんな」


彼は煙草を一本取り出し、火をつける。

白い煙が夕焼けの光を透かして揺らめき、やがて風に溶けて消えていく。


霧島の瞳は遠くに光る街のビル群へと向けられていた。

そこには、まだ見えぬ次の影が潜んでいるのだろう。


ふと、彼は手帳を閉じてポケットへしまい込む。

そして静かに立ち上がり、夕日を背に歩き出した。


「……次に備えておくか」


その呟きは、消えゆく波音に溶け、湾岸の空気へと消えていった。


透子の後日談

•日時:事件解決直後の翌日、午前10時

•場所:警察本部・調査室


淡い朝光が窓から差し込み、書類の山に影を落としていた。

透子は机に向かい、逮捕した男の供述を淡々と整理している。

パソコンの画面と手元のメモを行き来しながら、ひとつひとつの証言の矛盾点や補足事項を照合する。


「……このルートと通信履歴が一致すれば、背後関係が見えてくる」


彼女の指先は迷うことなくキーボードを打ち、次々とファイルを開く。

必要な情報だけを抽出し、報告書としてまとめ上げるその手際は、冷静で正確、まるで計算されたオーケストレーションのようだった。


窓の外では、通りを行き交う人々の喧騒が遠くに聞こえる。

だが透子の世界は、今、このデスクの上だけに集中していた。


「……この事件も、これで一段落か」


小さく息をつき、透子は資料を整頓して椅子に深く腰掛けた。

そして、次に控える報告と分析のため、静かに心を落ち着けるのだった。


玲 × 奈々 後日談(告白後の日常)

•日時:事件解決から1週間後・午後

•場所:玲探偵事務所


玲のデスクには、整理された書類と解析資料が積まれている。

奈々はいつもの端末に向かいながらも、時折ちらりと玲の方を見やる。


「……玲、今日の昼休み、どうする?」

奈々が少し照れくさそうに尋ねる。


玲は手を止めずに書類に目を通しながらも、柔らかく笑う。

「俺に付き合ってもらうのか?昼飯くらいなら付き合える」


奈々の顔がほころびる。

「うん、今日は一緒に外に出ようと思って」


その瞬間、凛が事務所の奥から声をかける。

「ふふ、やっと落ち着いたみたいね。二人とも、幸せそうで何より」


冴木が眉をひそめ、横から小さく突っ込む。

「玲、この鈍感男め。告白の瞬間、気づいてなかったんじゃないのか?」


玲は少しだけ目を泳がせ、苦笑い。

「……そういうの、言わなくていい」


奈々は微笑みながら、玲の袖に軽く触れる。

「もう、気づいてよかったよ。玲」


事務所の中に、事件の緊張が少しずつ薄れる、穏やかで温かな時間が流れた。


凛 × 奈々(初デートの報告)

•日時:初デートの翌日・昼

•場所:凛の自宅・リビング


奈々は少し恥ずかしそうに笑いながら、凛に昨日の初デートのことを報告した。

「凛……昨日、玲と初デートだったの。すごく……楽しかった」


凛は紅茶を口に運び、微笑みながら頷く。

「そう……よかったわね。玲も、きっと君との時間を楽しんでいたと思う」


奈々は少し照れくさそうに目を伏せながら、でも嬉しそうに続けた。

「うん。初めて二人きりで話せたし、少しだけ距離が縮まった気がする」


凛は落ち着いた声で言う。

「それなら安心ね。焦らなくても、二人で少しずつ関係を深めていけばいいのよ」


奈々は小さく頷き、心の中にじんわりと温かさを感じた。

「ありがとう、凛……やっぱり話してよかった」


午後の光がリビングに差し込み、二人の間には穏やかな笑みと、これからの希望が静かに流れていた。


冴木 × 榊原(解析の深夜)

•日時:事件解決から数日後・深夜

•場所:玲探偵事務所・解析ブース


膨大なログを前に、冴木は眉を寄せてスクリーンを凝視していた。

「……このタイムスタンプ、微妙にずれてるな」


榊原は傍らで静かにモニターを操作し、冷静に答える。

「SHA-1のハッシュ値と照合すれば、微妙な改竄の痕跡が見えてくる。こういうパターンは通常の削除では出ない」


冴木は少し肩をすくめ、口を開く。

「なるほど……この改竄の仕方、漣の癖が出てるな」


榊原は淡々と解析を続けながらも、時折スクリーンに映る符号やログに目を走らせる。

「これが最後の検証結果だ。完全とは言えないが、敵の行動の傾向はほぼ把握できた」


冴木は深く息を吐き、モニターから目を離す。

「……こうして見ると、あの現場での時間も、かなり計算されていたことがわかる」


榊原は静かに頷き、二人は暗い解析ブースの中で、情報の海を前に沈黙を共有した。


玲 × 透子(報告と夕暮れ)

•日時:事件解決の翌日・夕方

•場所:玲探偵事務所・窓際


透子は報告書を抱えて事務所内を歩きながら、静かに口を開いた。

「玲さん、昨夜の捜査データ、まとめ終わりました。容疑者の供述と映像の照合も完了しています」


玲は窓の外に沈む夕日をぼんやりと眺め、手元のコーヒーカップに指先を触れたまま応じる。

「ありがとう、透子。君の分析がなければ、あの迷宮は解けなかった」


透子は少し照れくさそうに笑みを浮かべ、報告書を机に置く。

「……それに、昨夜の対応も、チームの動きも完璧でした。玲さん、やっぱり指揮は抜群ですね」


玲は軽く肩をすくめ、窓のオレンジ色の光を背にして言った。

「指揮と言っても、君たちが動いてくれるからこそ成り立つ。感謝しているよ」


奈々が窓の外をちらりと見やりながら、二人のやり取りを静かに見守った。


玲 × チーム全員(ささやかな打ち上げ)

•日時:事件解決から一週間後・夜

•場所:玲探偵事務所・ラウンジスペース


小さなテーブルを囲み、チーム全員が軽食とドリンクを手にして談笑していた。

冴木がからかうように口を開く。

「玲、ずっと真面目顔だったけど、最近ちょっとだけ笑うようになったな。奈々とのデート効果か?」


奈々は顔を赤らめ、玲にチラリと目を向ける。

玲は少し首をかしげ、無表情のまま短く答える。

「……ああ、少しな」


凛は紅茶を手に微笑み、奈々に小声で囁く。

「ほらね、ちゃんと効果あったじゃない」


霧島が軽く肩をすくめ、冴木に突っ込む。

「お前まで余計なこと言うなよ」


榊原は静かにカップを傾けながら、和やかな雰囲気を眺めていた。

「皆、ようやく一息つけたな……」


玲はグラスを軽く持ち上げ、チーム全員に向かって短く言った。

「今回も無事だった。ありがとう」


全員が自然と笑みを返し、事務所内にささやかな温かさが広がった。

件名:ただ一度だけ、兄として

送信者:漣

宛先:九条凛

送信時刻:事件解決から数日後・午前3時



凛へ


君がどれほど僕を憎んでいるかは分かっている。

そして僕が歩んできた道が、二度と戻れぬものだということも。


だが、それでも最後に一度だけ伝えておきたい。

君の記憶を消すことはできなかった。

どんなに完璧な改変を試みても、兄として過ごした日々が消せなかったからだ。


……それが僕の唯一の敗北であり、唯一の救いでもある。


このメールが届く頃、僕はもう姿を変えているだろう。

追う必要はない。追ってはならない。

ただ――どうか、君だけは君の記憶を裏切らないでくれ。


兄より。



凛の受け取り


日時:事件解決から数日後・午前3時

場所:凛の自室


深夜、凛の端末が静かに通知を告げた。

差出人を見て、彼女の指先が止まる。

――漣。


画面に表示された文字列を追うたび、凛の瞳が揺れる。

憎しみと怒りと、そしてどうしても拭えない血の縁。


読み終えたとき、凛は小さく笑った。

「……やっと、ほんの少しだけ兄に戻ったのね」


彼女はそのまま画面を閉じ、静かに目を伏せた。

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