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15話 影に潜む真実

れい


肩書き: 玲探偵事務所代表・主任探偵

概要: 冷静沈着で高い分析能力を持つ。現場判断力と洞察力に優れ、チームを統率する。


九条凛くじょう りん


肩書き: 心理干渉分析官

概要: 精神状態やデータ解析を担当。理論派で冷静だが、玲とは絶妙な信頼関係を築く。


冴木涼さえき りょう


肩書き: 記録分析・技術担当

概要: データ解析や現場映像の整理を得意とする。慎重だが好奇心旺盛でユーモアも。


秋津あきつ


肩書き: 現場資料整理・装置分析担当

概要: 事件中の資料や破片を整理・分析するサポート役。安定感があり、チームの精神的支柱にも。


篠原しのはら


肩書き: 現場調査・警戒担当

概要: フィールドでの洞察力に優れ、痕跡や環境の微細な変化を見逃さない。


美波誠みなみ まこと


肩書き: 情報整理・資料担当

概要: 書類や地図、現場情報の分類を得意とする。慎重で冷静、チームの分析をサポート。


榊健司さかき けんじ


肩書き: 元消防士・現場安全担当

概要: 施設探索や危険回避のエキスパート。迅速な判断力と体力に優れる。


千歳ちとせ


肩書き: 元郵便局員・情報収集担当

概要: 封筒や書類を通じて情報を追跡する。細やかな観察力と冷静さが特徴。


佐々木昌代ささき まさよ


肩書き: 事務担当・サイコメトラー

概要: 事務作業をこなしつつ、微細な心理状況や空気の変化を察知する。温かく包み込む存在。


悠也ゆうや


肩書き: 新米サイコメトラー・探索補助

概要: 指先から得られる情報で現場や証拠の手がかりを察知。成長過程にあるが直感は鋭い。


藤堂とうどう


肩書き: ジャーナリスト・報道担当

概要: 事件を記録し、報道資料の作成や情報公開を行う。冷静な判断力と行動力を併せ持つ。


ユキ(ゆき)


肩書き: 事件関係者・講演者

概要: 事件を体験した当事者。経験を通して他者に伝える力を持ち、物語に深みを与える。


井上誠いのうえ まこと


肩書き: 監察官

概要: 警察内部の監察官。内部調査の責任者であり、事件の核心に深く関わる存在。失踪事件を経て物語に重要な手掛かりを残す。

日時:午前7時30分


場所:玲探偵事務所・窓際デスク


薄暗い事務所内、時計の針が静かに時を刻む中、玲は手元の封筒に目を落とした。封筒は昨夜、差出人不明で届いたもので、いつもより厚みがあり、中には監察官の失踪に関わると思われる資料が入っている。


玲は封筒を静かに開きながら、低く呟く。

「……なるほど、これが今回の依頼か。」


窓の外では朝靄に包まれた湖畔がぼんやりと広がり、玲の目は封筒の中身と遠くの景色を行き来し、頭の中で事件の全体像を組み立て始めていた。


デスクの端に置かれたコーヒーカップを軽く指先で回しながら、玲はさらに静かに言った。

「まずは、状況を整理しよう……チームに知らせる前に、全ての手掛かりを把握しておかねば。」


玲は封筒を開き、中に入っていた監察官・井上誠の失踪に関する資料を取り出した。


資料の内容は細かく整理されており、次のような情報が含まれていた:

•最後の勤務日と行動記録:勤務先の庁舎から帰宅途中に足取りが途絶えた。

•目撃情報:自宅近くの通りで、黒いスーツの人物と短時間会話していたとの証言。

•所持品の状況:鞄や身の回り品は自宅に残されていた。

•過去の監察報告:不正疑惑のあった部署の調査記録と関連人物リスト。

•電子データ:パソコンや端末のアクセスログに不審な痕跡が残っている。


玲は資料をじっと見つめ、指先でコーヒーカップを回しながら低く呟いた。

「井上誠……ただの失踪では済まされないな。」


静かな湖畔の朝の光が差し込む窓際で、玲の頭は次第に事件の全体像と初動の方針を描き始めていた。


玲の眉がわずかにひそめられ、その表情に緊張が走った。


手元の資料を前に、静かな事務所の空気がさらに張り詰める。

「……これは、ただの失踪じゃない……」


玲はコーヒーカップを置き、指先で封筒の角を軽く押さえながら、窓の外の湖畔を見つめる。

朝靄に包まれた湖面が揺れる光景に、彼の鋭い視線が重なる。


「まずは、チームを呼ぶしかない……」

低く呟き、玲は静かに電話を手に取った。


その低い声には、驚きと警戒が微かに混じっていた。


玲の視線は資料から窓外の湖面へと移り、冷たい朝靄に包まれた風景を見つめる。

「……警察内部で、何か不穏な動きがある。」


指先でコーヒーカップを軽く回しながら、玲は静かに呟く。

胸中で事件の構図を組み立てつつ、チームを動員する最初の行動を決めようとしていた。


日時:午前7時45分


場所:玲探偵事務所・デスク席


冴木はノートパソコンの画面をじっと見つめ、端末に表示された勤務記録やアクセスログを確認しながら、低く呟いた。


「……最後に井上監察官がログインしたのは、昨夜22時過ぎか……その後、データのアクセスが途絶えている。しかも、不自然な削除痕が残っている……」


指先でキーボードを軽く叩き、複数のウィンドウを切り替えながら、彼は続ける。

「庁舎の内部ネットワークにも何かしらの干渉があった形跡がある。これは、単なる失踪じゃ済まない……」


玲は封筒と資料に視線を戻し、静かに頷く。

「……なるほど。まずは、現場と関係者を洗い出す必要があるな。」


室内には、朝の冷たい光とパソコンの画面の青白い光だけが交錯し、事件の緊張感が静かに漂っていた。


日時:午前7時50分


場所:玲探偵事務所・会議テーブル


九条は腕を組み、資料や端末の画面を確認しながら慎重に言葉を選んだ。


「井上監察官の失踪、表面的には単純な行方不明に見えるが……ログの不自然さや内部ネットワークの干渉を見る限り、内部関与の可能性が高い。」


彼は視線をチームに巡らせ、続ける。

「しかも、失踪直前に会っていた人物や、監察対象の部署関係者を洗い出せば、何か決定的な手掛かりが見えてくるかもしれない。」


玲は眉をひそめながら資料を手元に寄せ、静かに頷いた。

「よし、チームを動かす。まずは現場確認と関係者の聞き取りから始めよう。」


室内の静寂に、緊張感と決意が混ざり合い、事件解決への第一歩が踏み出された。


日時:午前8時00分


場所:玲探偵事務所・会議テーブル脇


警察内部から情報を持ち込んだ瀬名透子は、封筒の中身をじっと見つめたまま、静かに口を開いた。


「……この資料、ただの失踪事件では済まないわ。井上監察官が関わっていた案件、内部で揉み消された可能性が高い。」


彼女の声は落ち着いているが、その瞳には緊迫感が宿っていた。

「早急に現場確認と関係者の洗い出しが必要。さもなければ、監察官の足取りは完全に途絶える。」


玲は封筒と透子の視線を交互に見つめ、指先でコーヒーカップを軽く回しながら低く呟いた。

「……わかっている。まずは初動だ。」


事務所内には静寂が戻るが、誰もが事件の重大さを直感し、次の行動に思考を巡らせていた。


日時:午前8時05分


場所:玲探偵事務所・キッチン脇


昌代はポットから立ち上る湯気をぼんやりと見つめながら、静かに呟いた。


「……どうやら、ただの失踪じゃないみたいね……」


その声には柔らかさがあるものの、探偵たちの張り詰めた空気に呼応するように、内心では事件の複雑さを察していた。

彼女はお茶を注ぎながら、湯気の間に揺れる自分の影を見つめ、胸のざわめきを抑える。


「玲さんたちの手腕に、期待するしかないわね……」


その言葉と共に、昌代の目には、事件解決に向けた静かな覚悟が宿った。


日時:午前8時10分


場所:玲探偵事務所・デスク


玲はデスクに並べた書類をさらにめくり、ページの細部に潜む違和感を丹念に探った。


「……この数字の並び、何か引っかかる……」

彼は指先で紙面を軽くなぞりながら、沈黙の中で思考を巡らせる。


窓から差し込む朝の光が封筒の資料を照らし、紙の端に影を落とす。

玲は眉をわずかにひそめ、低く呟いた。

「見落としは許されない……これが事件の核心に繋がる手掛かりかもしれない。」


静寂の事務所で、玲の集中した視線だけが書類と窓外の湖面を行き来していた。


玲は書類の間に挟まれた小さなメモに目を留めた。

そこには、井上誠監察官が残したと思われる筆跡で、淡々としかし重みのある文字が走っていた。


「闇は牙を隠す。」


玲は指先でそのメモをそっと撫で、低く呟く。

「……ただの偶然の言葉ではないな。」


冴木が端末を覗き込み、静かに補足する。

「監察官が何かを掴んでいた、もしくは警告していた可能性があります。」


玲は視線を窓外の湖面に向け、朝靄の中で静かに思考を巡らせる。

「牙……つまり、見えない危険が潜んでいる。ここから全ての手掛かりを繋げなければ。」


室内には資料をめくる音と、玲の低い呼吸だけが響き、事件解決への緊張感が徐々に高まっていった。


日時:午前8時20分


場所:玲探偵事務所・デスク


玲は封筒の中の書類を机の上に広げ、冷たい目で一枚一枚を見つめながら低く呟いた。


「……これが、井上監察官が最後に握っていた真実か。」


書類には、監察官が追っていた内部不正や、不審な人事異動、隠蔽の痕跡が詳細に記されていた。

玲は指先でページを軽く押さえ、言葉にならない思考を巡らせる。


「ここに書かれていることすべてが、失踪の鍵になる……」


事務所の静寂の中、資料の紙音だけが響き、玲の視線は真実の輪郭を浮かび上がらせるように鋭く光った。


玲の口元に浮かんだその言葉の裏には、微かな焦燥感がにじんでいた。


冷たい朝の光が机上の書類に差し込み、紙面に記された不正や隠蔽の痕跡を一層際立たせる。

「……時間が経つほど、隠された事実は深く潜る……」


指先で封筒の端を軽く押さえながら、玲は低く呟き、思考を巡らせる。

心の奥では、監察官の失踪に絡む複雑な闇と、自分たちが踏み込むべき危険の大きさを直感していた。


日時:午前8時25分


場所:玲探偵事務所・デスク席


冴木はノートパソコンの端末を操作しながら、画面に映し出されたログやアクセス履歴を確認し、眉をひそめた。


「……やはり、不自然な削除痕が複数残っている。内部ネットワークを誰かが意図的に操作している形跡だ。」


彼は指先でスクロールし、複数のウィンドウを行き来しながら慎重にデータを精査する。

「井上監察官の失踪は、単なる行方不明では済まされない……これ、内部関与の可能性が濃厚だ。」


玲は封筒の書類から視線を端末へと移し、静かに頷いた。

「よし、チームで現場と関係者を洗い出す。初動調査を開始だ。」


玲は静かに資料を押さえたまま、短く頷き、鋭い視線を冴木に向けた。


「わかった。冴木、内部ログとアクセス履歴の解析を続けろ。九条、関係者リストの洗い出しを頼む。」


玲の声は低く、だが確固たる決意を帯びていた。

その眼差しは、封筒の中の真実と、失踪事件の裏に潜む闇を見据えていた。


事務所内には静寂が戻るが、誰もが事件の重さを胸に刻み、初動調査への緊張が張り詰めていた。


冴木は静かに指を伸ばし、封筒の中の書類の表面へ手をかざした。


「……この書類、単なる記録じゃない。紙質やインクの擦れ具合から、複数回にわたり確認・修正されている痕跡がある。」


彼の声は低く、だが確かな観察眼が反映されていた。

「監察官が自分の手で追跡し、記録した証拠だ。消された痕跡も含め、全てが重要になる。」


玲は冴木の指先に視線を送り、静かに頷く。

「よし、これを基に次の行動を組み立てる。初動調査、急ごう。」


事務所内には、資料と端末の光だけが交錯し、緊迫した空気が漂っていた。


玲は封筒の書類を前に、低く息を吐きながら呟いた。


「……これは……ただの監査報告じゃない。」


書類には、井上監察官が追っていた内部不正の詳細や、隠蔽の証拠が丁寧に記されていた。

冴木が端末の画面をスクロールしながら付け加える。


「削除されたログや、異常なアクセス痕跡も一緒に書かれている……。監察官自身が証拠を固めていたんだ。」


玲は視線を紙面から窓の外の静かな湖面へと移し、静かに決意を固める。

「よし……これを基に、初動調査を開始する。」


事務所内の静寂に、次の行動への緊張感が徐々に満ちていった。


玲の言葉の後、事務所の空気が一瞬静まり返った。


誰もが封筒の中の書類に目を落とし、内容の重さを胸に刻む。

窓の外から差し込む朝の光が、紙面の文字や折り目を淡く照らし、緊張を際立たせる。


冴木が端末の光を見つめながら静かに呟く。

「……内部関与の可能性が高い。これは失踪事件というより、組織の深い闇に触れる案件だ。」


玲は眉をわずかにひそめ、沈黙のまま資料を押さえた手に力を込める。

「全員、覚悟して動こう……初動調査だ。」


その一言で、静まり返った事務所に再び張り詰めた緊張感が戻った。


日時:午前8時45分


場所:玲探偵事務所・玄関


玲は微かに眉を寄せ、チームを見渡して低く問いかけた。


「ためらいか?」


その声には静かな迫力があり、誰もが自然と姿勢を正す。

冴木が端末を閉じ、九条がタブレットを片手に頷く。


「いや、準備はできています。」


昌代は湯呑みを片手に微笑みながら、落ち着いた声で付け加える。

「朝の空気は冷たいけれど、行動するにはちょうどいいわね。」


玲はデスクの書類をまとめ、外套を羽織る。

「よし、現場へ向かう。全員、細心の注意を。」


事務所のドアが静かに開き、冷たい朝の光がチームを迎え、失踪事件の真相へと一歩踏み出した。


日時:午前8時50分


場所:玲探偵事務所・デスク


新たに加わったサイコメトラー、悠馬は静かに指先を封筒の書類の隅に滑らせた。


「……この書類、ただの記録ではない。監察官の感情や焦りが微かに残っている。」


彼の声は落ち着いているが、紙面を通して過去の感覚を読み取る力が確かに漂う。

玲はその動きをじっと観察し、低く頷いた。


「よし、悠馬。君の感覚を頼りに、現場での手掛かりを探す。全員、注意深く動くぞ。」


事務所内に、サイコメトラーの静かな力が加わることで、新たな緊張感と可能性が漂い始めた。


日時:午前8時52分


場所:玲探偵事務所・デスク


玲の視線は封筒の書類に固定されたまま、脳裏に過去の類似事件の記憶が蘇る。


——あの日も、内部資料の矛盾に気付き、静まり返った事務所で初動調査を決意した。

——失踪者の痕跡はわずかで、警察内部の闇が絡んでいた。


「……やはり構造が似ている。」玲は低く呟く。


冴木が端末を操作する手を止め、ふと顔を上げる。

「また内部関与か……」


玲は息を整え、過去の経験と直感を総動員して、現場で何を優先すべきかを即座に組み立てた。

「悠馬、君の感覚を最優先に、まず手掛かりを洗い出す。」


事務所内には、過去の影と現在の緊張感が重なり、チームの行動を加速させる空気が漂った。


日時:午前9時15分


場所:玲探偵事務所


玲は短く息を吐き、封筒の端を指先で軽く叩いた。

「行くぞ。現場で答えを掘り起こす。」


低い声が室内に響くと同時に、全員の視線が集まった。


冴木はノートPCを閉じ、携帯端末をポケットに滑り込ませる。

悠馬はまだ紙面の隅をなぞる指先を止め、無言で頷いた。

昌代は湯気の立つカップをそっと置き、その瞳に覚悟を宿す。

透子は封筒の中身を再度確かめ、肩に掛けたバッグのストラップを握り直した。


玲はコートを羽織りながら、ドアへ向かう。

「——現場で、闇の牙を暴く。」


扉が開かれ、冷たい外気が流れ込む。チームは一斉に立ち上がり、失踪した監察官・井上誠の影を追って、現場へと向かっていった。


日時:午前10時32分


場所:旧監査局庁舎・裏口


冷たい風が吹き抜け、草むらがざわめいた。

車がゆっくりと停まり、ドアが開く。玲が最初に降り立ち、鋭い視線で建物を見上げた。


その背後で冴木が端末を確認しながら静かに言う。

「……電源は落ちているはずなのに、一部の回線だけ微弱な通電が確認できる。誰かがまだ中にいる可能性が高い。」


悠馬はポケットから手袋を取り出し、古びたドアノブに触れようとして立ち止まる。

「——残留してる気配が強いな。誰かの焦燥と、ためらいが混ざってる。」


昌代は少し息を詰め、庁舎を包む空気を感じ取っていた。

「……ここ、ただの廃墟じゃない。生きてる“何か”がまだ潜んでいるわ。」


透子は慎重に足元を確かめ、銃器ではなくライトを握りしめる。

「内部に入れば痕跡が残っているはず。急ぎましょう。」


玲は全員を見渡し、短く頷いた。

「各自、持ち場を確認しろ。……この現場、監察官が最後に残した“闇”の匂いがする。」


庁舎の扉が重く軋み、闇の中へと吸い込まれるように開いた。


日時:深夜0時過ぎ

場所:旧庁舎・第三分館跡地



重い扉が軋む音を立てて開いた瞬間、内部に溜まっていた冷たい空気が一気に流れ出した。

懐中電灯の光が闇を切り裂き、埃の舞う廊下を淡く照らす。


玲が一歩足を踏み入れると、床板が不気味に軋んだ。

後に続く秋津は端末を構え、周囲の電波状況をチェックする。

冴木は黙々と記録用のカメラを構え、壁や床にレンズを向けた。


「……ここ、本当に誰も入ってないのか?」

篠原が低く呟き、腕を組みながら廊下の奥を睨む。


九条はタブレットを片手に、壁に残る黒ずんだ跡をスキャンする。

「熱痕跡……だな。火気? いや、何か別の反応だ。」


昌代は後ろからゆっくり歩みを進め、湯気のように漂う空気を見上げる。

サイコメトリーの感覚がわずかに疼いていた。

「……ここ、普通の空間じゃないわね。」


悠馬は書類を持つ指先をそっと壁に触れ、眉を寄せた。

「……残ってる。恐怖と……焦燥感。井上誠のものかもしれない。」


玲は光を前に向けたまま低く言った。

「細かく洗え。何か必ず残っているはずだ。」


日時:深夜0時20分

場所:旧庁舎・第三分館跡地 ― 廊下の奥



しかし、玲はこの時点で確信していた。

——井上誠はここに足を踏み入れ、そして何かを残した。


懐中電灯の光が狭い廊下を揺れながら進むと、埃に覆われた床に不自然な痕が浮かび上がった。

靴跡。だが、片方だけが深く沈んでいる。


「……見ろ。」

玲が指先で示すと、篠原がすぐに屈み込み、手袋越しに床を撫でる。

「新しいな。埃が完全に積もってない。数日前……いや、もっと最近かもしれん。」


冴木がカメラを構え、角度を変えながらシャッターを切る。

「足跡の向き……廊下の奥へ、そして……壁際に寄って消えてる。」


壁際には、薄く擦れた跡が続いていた。まるで誰かが身体を支えながら歩いたように。


その先に——一枚の紙片が落ちていた。

焼け焦げた端が黒く縮れ、文字の一部だけがかろうじて残っている。


九条が手袋をはめ、慎重に拾い上げる。

タブレットにかざし、スキャンした瞬間、画面にかすれた文字が浮かんだ。


《報告書……第三……矛盾……》


昌代の胸がざわつく。

「これは……井上が最後に触れていたものかもしれないわ。」


悠馬が目を細め、紙片を指でなぞった。

「——強い焦燥感。追われていた……いや、自分の発見を急いで残そうとした気配がある。」


玲は一歩前に進み、光を奥へと向ける。

足跡はさらに奥へ、重たい扉の前で途切れていた。


「開けるぞ。」

低い声に、全員の緊張が一気に張り詰める。


日時:深夜0時35分

場所:旧庁舎・第三分館跡地 ― 重たい扉の前



「……この規模の捜査になると、専門家の力が必要だな。」

玲の言葉に、全員の視線が自然と扉へと集まった。


黒ずんだ鉄の扉。表面には熱で変色したような焦げ跡があり、鍵穴の周囲には工具でこじ開けようとした痕跡が残っている。


冴木がライトを近づけ、端末を操作しながら低く呟く。

「熱痕は局所的だ。炎じゃない……高出力の熱源を直接当てられたな。切断か、痕跡消去のためか。」


篠原は扉の蝶番に手を触れ、指先で感触を確かめる。

「一度無理やり開けられたな。だがすぐに閉じ直されている。……中に何かを隠したか、あるいは閉じ込めたか。」


悠馬は扉に近づき、金属の冷たさに指先を滑らせる。

目を閉じたまま、低く声を落とした。

「……ここには強い恐怖が染み付いてる。井上誠……確かにここまで来た。けれど、この先へ踏み込む直前で、強い葛藤があった。」


九条がタブレットを操作し、スキャン結果を投影する。

「扉の向こうに小部屋がある。公式の設計図には載っていない……隠し区画だ。」


一瞬、空気が張り詰めた。

昌代は静かに手を合わせ、扉に目を向ける。

「ここを開ければ、きっと彼の最後の足跡が見つかる……。」


玲は短く息を吐き、鋭い視線を全員に向けた。

「——開けるぞ。覚悟はいいな。」


時間:深夜2時18分 場所:旧研究施設・地下廊下


薄暗い非常灯が、冷たく湿った廊下を照らしていた。

その先に、古びた鉄の扉が沈黙の巨体のように立ち塞がっている。表面には焦げ跡と無数の引っかき傷。鍵穴の周囲には、何度も工具でこじ開けられたような痕が生々しく残っていた。


玲は無言でその扉の前に立ち、右手の指先で冷たい鉄をなぞった。

「……内部に、何か隠されている。」

その低い声は、空気をさらに張り詰めさせる。


背後で九条が腕を組み、眉間に皺を寄せる。

「妙だな。ここだけセンサーの反応が不自然に跳ね上がっている。……誰かが意図的に隠した可能性が高い。」


冴木は端末を握り、液晶の光で顔を照らしながら、低く告げた。

「熱反応は微弱だが残っている。……この扉の向こう、数時間前まで人の気配があったかもしれない。」


沈黙が流れる。

鉄の扉の向こうにあるものは、ただの物置ではない。全員がそれを直感していた。


ふと、昌代がポットから注いだ湯の香りを思い出し、玲の脳裏に微かな人間味がよぎった。

――この先に待つのは、生者か、あるいは失われた者か。


玲は静かに手を伸ばし、扉の取っ手に指をかける。

その瞬間、全員の呼吸が止まった。


「……開ける。」


鉄の軋む音が、廊下の静寂を破る準備を始めていた。


時間:深夜2時22分 場所:旧研究施設・地下室小部屋


鉄の扉がゆっくりと軋みを立てながら開き、中から埃と冷気が流れ出した。

その瞬間、全員の呼吸が一瞬止まる。


室内は想像以上に狭く、低い天井に古びた配線が垂れ下がり、壁にはかすれた焦げ跡と手形のような痕が点在していた。床板は歩くたびに軋み、まるで部屋全体が生きているかのように反応している。


玲は懐中電灯を掲げ、部屋の奥を一瞥した。

「ここに、井上監察官の痕跡が残されている……。」

端末の光で、壁際に置かれたファイルケースがわずかに反射する。


冴木は素早くノートパソコンを取り出し、床に落ちていたUSBを差し込む。

「映像が残っている……ここで作業していた記録だ。」

モニターに映し出された画面には、数名の職員が地下で何かのデータを操作している姿が映っていた。


九条は扉の方に目を向け、静かに呟く。

「足跡が残っている……数時間前に人が立ち入った形跡だ。」


悠馬はゆっくりと書類に手をかざし、指先が微かに震える。

「……ここに、監察官の感情の残滓がある……緊張、恐怖、そして焦り……。」


昌代はポットから立ち上る湯気を思い浮かべ、微かに眉を寄せる。

「……ここにいるのは、生きているのか、あるいは……何かに縛られているのか……。」


床に散乱する紙片を整理しながら、玲は冷たい指先で一枚一枚をめくる。そこには、監察官が残したと思われるメモや計画書、そして奇妙な暗号が書き込まれていた。


「……焦るな。ここに全てがある。」

玲の声は低く、しかし揺るぎない決意に満ちていた。


扉の外から聞こえる微かな湿った風、軋む床、そして懐中電灯の光が揺れる中、チームは一歩ずつ小部屋の奥へと進む。

それぞれの視線は、室内に隠された真実を探し求めている。


そして誰もまだ気付いていない――この部屋の奥、床下に隠された「最後の痕跡」が、事件の核心へと導くことを。


時間:深夜2時30分 場所:旧研究施設・地下室小部屋


床板の隙間を慎重に調べる玲の指先が、微かな凹凸を捉える。

「ここだ……。」


冴木が膝をつき、工具で慎重に板を持ち上げると、床下に小さな引き出しが隠されていた。埃と湿気にまみれ、年月を感じさせる木製の扉。

九条が腕組みのまま前傾し、緊張の糸を張り巡らせる。

「……間違いない、何か重要なものがここにある。」


悠馬が指先をかざすと、微かな感情の残滓が伝わる。

「……ここに、監察官の焦りと意志が残っている。」


玲は深く息を吸い、引き出しの小さな取っ手を握る。ゆっくりと引くと、そこには数枚のファイルと小型の録画デバイスが収まっていた。


冴木がデバイスを差し込み、モニターに映し出される映像には、井上監察官が施設内部で極秘の調査を行う姿が映っていた。彼の机の上には、書類に付箋がつけられ、誰も知らない実態が詳細に記録されている。


九条は書類を手に取り、声を潜めて言う。

「……これは……内部告発のための証拠だ。監察官が追っていたのは、組織内部の重大な不正……」


昌代は静かに息をつき、しかし瞳は鋭い光を宿す。

「これで、失踪の理由も少しずつ見えてくる……。」


床下から発見された紙片やデバイスの情報をもとに、チームはそれぞれの専門性を活かして解析を始める。

•冴木はデータ復元・解析

•九条は心理分析

•悠馬は感情の痕跡から真相の手掛かりを読み取る


玲は冷静に全体を見渡し、静かに決断した。

「……ここからが本番だ。監察官の行方も、内部の不正も、すべて明らかにする。」


小部屋の暗がりで、床下に隠された証拠が、ついに事件の核心を照らし出し始めた。


時間:深夜3時15分 場所:廃棄された医療研究施設・地下室奥


玲は全員を見渡し、低く呟いた。

「ここからだ。監察官を確保し、不正の証拠も押さえる。」


チームは無言で頷き、懐中電灯の光を頼りに廊下を進む。湿ったコンクリートの匂い、軋む床、そして壁に残る古い血痕が緊張感を増幅させる。


奥の扉を開けると、監察官・井上誠は机に伏せた姿で横たわっていた。疲弊し、しかし目はまだ鋭い光を宿している。

「玲……ここまでか……」

井上の声は弱々しくも、どこか決意に満ちていた。


冴木が慎重に周囲を確認し、モニターとデバイスを保護する。

「これで証拠は確保完了です。」


九条は井上の側にしゃがみ、心理的な安定を確認する。

「落ち着いてください、もう安全です。」


悠馬は指先で監察官の肩に触れ、微かな感情の残滓を感じ取る。

「……あなたの意志は確かにここに残っている。無駄にはならない。」


井上は微かに微笑む。

「ありがとう……君たちが来てくれたおかげだ。」


玲は深く息を吸い、事務的に命令する。

「警察と連携してここから安全に引き上げる。残るは組織の不正の立証だけだ。」


チームは迅速に撤収を開始する。廊下に響く足音は確信と安堵を帯び、地下室の暗闇に静かな終焉を告げた。


廃墟を抜けた先で、玲は空を見上げる。月明かりが薄く差し込み、湖面に光を反射させていた。

「これで……終わりだ。」


チーム全員が安堵の息をつき、監察官・井上誠は保護され、失踪事件はついに解決を迎えた。


日時:事件解決から数日後

場所:ペンション型事務所の窓際


玲は静かにコーヒーカップを手に取り、湖畔の風景をぼんやり見つめていた。湖面には朝の光が反射し、霧がゆっくりと晴れていく。窓越しの冷たい風が髪をかすかに揺らす中、彼の表情は柔らかくも、どこか思索的だった。


「……すべて片付いたはずだが……」


低く呟きながら、玲は手元のカップを軽く回す。事件で乱れた心の奥に、静かな秩序が少しずつ戻りつつあるのを感じていた。デスクの端に置かれた資料には、未解決の細かな痕跡も残っているが、今はそれらを見つめる余裕も生まれていた。


玲の目は湖の奥、水平線の向こうに沈む朝日に吸い込まれるように注がれる。冷静な思考と、静かに流れる時間の中で、彼は次に来る日常を受け止めようとしていた。


日時:事件解決から数日後

場所:事務所の奥の机


秋津は事件中に集めた資料や装置の破片を、一つひとつ慎重に整理していた。手元の書類には指紋や焦げ跡の写真が貼られ、破片の形状や材質が丁寧にメモされている。


「この小さな変化が、全体像の鍵になる……」


低く呟きながら、彼は分析結果をノートにまとめ、情報の矛盾がないか再確認する。窓から差し込む朝の光が資料の端を照らし、机上の破片に微かな影を落とす。


事件の緊張感は去ったものの、秋津の心には冷静な集中力が残っていた。どれだけ時間が経っても、精密な作業に没頭することでしか、彼の中の秩序は保たれないのだ。


紙片を整理し終えた後、秋津は一度深呼吸をし、窓の外の湖を遠くに眺めた。事件は解決したが、知識と記録の積み重ねは、次の挑戦への備えでもあった。


日時:事件解決から数日後

場所:湖畔のバルコニー


篠原は腕を組み、沈む夕日をじっと見つめていた。湖面に映る赤橙色の光が、欄干の傷や通路の痕跡を照らし出す。彼の目は遠くを見ながらも、頭の中では事件の細部が次々と再生されていた。


「あの通路の角度……あのときの足跡……」


低く呟き、篠原は手元にあったメモを軽く指でなぞる。目に見える痕跡だけでなく、現場に残された微細な物理的証拠や音、匂いまでが、彼の記憶の中で鮮明に蘇る。


バルコニーを吹き抜ける風が髪を揺らすたび、篠原は息を整え、心の奥で事件の流れを整理する。解決したはずの事件の影は、まだ彼の中で静かに生き続けているのだった。


日時:事件解決から数日後

場所:事務所の窓際


冴木はノートパソコンの前に腰掛け、解析データを凝視していた。画面には事件現場で取得した音響記録の波形や、動線の追跡ログが細かく表示されている。


「微かな音の変化……ここに決定的手掛かりがあるはずだ。」


低く呟きながら、指先でマウスを操作し、波形を拡大したり、音声を何度も再生する。窓から差し込む朝の光が画面に反射し、目を細めつつも集中力は途切れない。


解析結果をノートに書き留めるたび、事件の全体像が頭の中で少しずつ整理されていく。冷静で精緻な作業は、冴木にとって事件解決後の安定した日常であり、彼自身の存在を確認する時間でもあった。


日時:事件解決から数日後

場所:事務所内の作業スペース


美波は机の上に広げられた書類や地図を一枚ずつ丁寧に確認し、湖底や館で収集した情報を分類していた。紙片の角を揃え、地図上の印を一つずつノートに書き込む動作は正確かつ静かだ。


「この位置関係……ここに注目すれば、全体像が明確になるはずだ。」


独り言のように呟きながら、美波は焦ることなく作業を続ける。事件の緊張は去ったものの、彼の手元にはまだ多くの痕跡とデータが残っており、それらを整理することで次の分析に備えているのだ。


窓の外では柔らかい光が差し込み、彼の手元を照らす。精密な作業に没頭する美波の背中には、事件の終焉と共に訪れた静かな充実感が漂っていた。


日時:事件解決から数日後

場所:小学校の体育館


榊は消防士として招かれた小学校の防災講習で、児童たちを前に立っていた。先日の施設探索や危険回避の経験を思い返しながら、声のトーンや身振りを意識的に調整する。


「火事や事故に遭ったとき、まず落ち着くこと。そして安全な行動を選ぶことが大事だ。」


児童たちの真剣な眼差しを受け止めながら、榊は自身の判断力や勘が今回の事件でいかに重要だったかを心の中で再確認する。手にした消火器や避難図のデモンストレーションも、彼の経験が活かされていた。


事件の緊迫は過去のものとなったが、榊にとっての学びは生き続けている。子どもたちに伝える一言一言が、彼自身の経験を整理し、次への準備となるのだった。


日時:事件解決から数日後

場所:小学校の教室前の郵便ポスト


千歳は児童たちに囲まれながら、封筒を手に取った。未配達だった封筒をそっとポストに投函する手つきで、子どもたちに手紙の正しい投函方法を教える。


「手紙はね、相手に思いを届ける大切な手段なんだよ。角を揃えて、宛名を確認して、優しく入れるんだ。」


児童たちの目が輝く中、千歳は小さな指導を通じて、日常の中での細やかな気配りや丁寧さの重要性を伝える。封筒が静かにポストに吸い込まれる瞬間、彼の表情には穏やかな安堵と満足感が漂った。


事件解決の緊張は遠くに去り、日常の静かな幸福が千歳を包んでいた。


日時:事件解決から数日後

場所:玲探偵事務所のキッチン兼休憩スペース


昌代は静かにポットからお湯を注ぎ、湯気が立ち上るティーカップを手に取った。窓の外には湖畔の穏やかな景色が広がり、柔らかな光が部屋に差し込む。


「ふぅ……」


小さく息をつきながら、彼女はカップを手元で温める。事件中、探偵たちの緊張感や焦燥に触れた日々を思い返しつつも、今はただ静かに、穏やかに心を落ち着けていた。


彼女の瞳には、事件を通じて得た学びと、人々の想いを包み込むような温かさが宿る。小さな日常の中で、昌代は静かに自分の役割を噛み締めていた。


日時:事件解決から数日後

場所:湖畔のベンチ


悠也は静かに腰掛け、手元のノートを開いた。ページには事件で得た情報や、現場での気づき、観察した人々の行動の分析がびっしりと書き込まれている。


湖面を渡る微かな風が髪を揺らし、遠くで水鳥が羽ばたく音が聞こえる中、悠也はペンを握りしめて思索を深める。


「ここから何を学ぶかが大事だ……」


目の前の自然の静けさが、事件の緊迫から解き放たれた彼の心をゆっくりと落ち着ける。悠也はノートに向かいながら、過去の体験を未来への糧として整理していった。


藤堂の後日談


日時:事件解決から数日後

場所:高校の教室および校庭


藤堂は肩に取材用のカメラをかけ、事件の映像資料を開きながら、高校3年生の教室に立っていた。目の前には将来の報道マンを目指す生徒たちが熱心な眼差しで座っている。


「報道の基本は事実を正確に伝えること、そして誰の声も見落とさないことだ。」


生徒たちはノートを取りながら真剣に聞き入る。藤堂は事件映像の一部を再生し、取材現場での判断や資料整理の手順を解説した。


「映像も写真も、状況をそのまま伝える道具に過ぎない。情報の裏にある真実を読み取るのは、君たちの目と頭なんだ。」


授業を終えた後、藤堂はふとカメラを肩から下ろし、校庭の青空を見上げる。事件解決の緊張感は遠くに去り、次世代に技術と経験を伝える責任と充実感が胸を満たしていた。


日時:事件解決から数日後

場所:市民ホールの講演会場


ユキは静かに壇上に立ち、深く息を吸い込み、そっと手を握った。観客席には事件の真相に関心を持つ市民や、同じような経験を持つ人々が静かに座っている。


「私は……あの時、たくさんの人に支えられてここまで来ることができました。」


穏やかな声で語り始めるユキ。事件の経緯、発見した手掛かり、そしてチームとの協力の重要性を丁寧に伝える。話すたびに会場には静かな共感と感動が広がった。


「怖いこともありました。でも、信じること、助け合うことの大切さを学びました。」


聴衆の目は真剣で、ユキの言葉に耳を傾ける。ユキ自身も、あの日の緊張や恐怖を振り返りながら、話すことで心の整理と、未来への一歩を踏み出していた。


日時:事件解決から数日後

場所:玲探偵事務所の休憩スペース


冴木はデスク脇の大きなマグカップを手に取り、砂糖をどっさりと投入している。手元の書類をちらりと確認しながら、まるで砂糖の量が頭脳を活性化させるかのように無表情で作業を続ける。


昌代は膝にひざ掛けをかけたまま、椅子に座り、眉をひそめてその光景を眺めた。


「冴木くん……それ、飲めるの?」


冴木は一瞬目を細め、ゆっくりとマグカップを傾ける。


「大丈夫です。これぐらいで頭が回るんです。」


昌代は小さくため息をつき、微笑をこぼす。


「ほんと、若い人は……やることが大胆ね。」


冴木は無言でカップを置き、書類に目を落とす。昌代は膝掛けを整えながら、事務所の静けさと微かな笑い声の中で、二人のテンポの違いを心地よく感じていた。


日時:事件解決から数日後

場所:玲探偵事務所の応接ソファ


事務所のソファに深く腰掛けた悠馬は、何気なく手に取った書類をサイコメトリーでなぞりながら、低く呟いた。


「……この封筒、妙な違和感が残ってる。誰かが焦って扱った気配がある。」


透子は横でタブレットを操作しながら眉をひそめ、理論的に反論する。


「悠馬、それは感覚的すぎる。証拠や数値で裏付けを取らなければ、推測の域を出ない。」


悠馬は肩をすくめ、無邪気に笑みを浮かべる。


「でも、数字やデータだけじゃ見えないものもあるんだ。僕には……なんとなくわかる。」


透子は唇を引き結び、少し困惑した表情で書類を覗き込む。


「“なんとなく”じゃ、事件は解決できないのよ。」


二人の間には微妙な空気が流れる。直感派の悠馬と理論派の透子、異なるアプローチがぶつかり合うが、その微妙な緊張感が事務所の知的な空気をより濃くしていた。


日時:事件解決から数日後

場所:玲探偵事務所、デスク前


玲はデスクに資料を広げ、眉をひそめながら長く息をついた。いくつもの手掛かりを整理しても、核心に迫る線が見えない。


「九条、すまない。少しこのデータを解析してくれないか」


九条は腕を組み、玲を冷静に見つめた。わずかに眉を上げ、微笑を浮かべる。


「はいはい、珍しいですね。自分で手詰まりになったなんて。」


玲は軽く目を細め、短く鼻で笑う。


「君の分析力を信用しているからだ」


九条はその言葉にわずかに照れたような表情を見せ、デスクの端に座ると端末を操作し始めた。


「なるほど……そういうことですか。やはり、このパターンには隠れた規則がありました」


玲は背筋を伸ばし、九条の解析結果を食い入るように見つめる。


「君がいなければ、見落としていたな」


九条は小さく笑い、少し誇らしげに答えた。


「いつもそう言ってもらえると、気持ちが楽になりますね」


玲と九条、冷静な指揮者と理知的な解析官。互いを信頼しつつも、微妙な上下関係が絶妙なバランスを保ったまま、事務所の静かな空気に知的な緊張感を漂わせていた。

日時: 事件解決から数日後、深夜

場所: 玲探偵事務所


玲のデスクの上でスマートフォンが震え、画面に新着メールの通知が表示された。件名は「お礼」、差出人は井上誠・監察官。


玲は無言で画面を開く。文面は簡潔ながらも、礼節と感謝がにじんでいた。


「玲探偵事務所の皆様

この度は私の失踪に関する捜査と救出、そして事件解決にご尽力いただき、心より感謝申し上げます。

おかげで、安心して業務に復帰することができました。

今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

—井上誠」


玲は短く頷き、端末を机の上に置いた。


冴木が隣でコーヒーをすすりながら、軽く笑った。

「やっぱりこういう形で返事が来ると、ほっとしますね。」


昌代も微笑みを浮かべ、窓の外の夜景を見つめながら呟いた。

「こうして、少しずつでも人の心が戻っていくのね。」


玲は静かにコーヒーカップを手に取り、画面の余韻を胸に、事務所の静寂を再び味わった。

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