第12話 沈黙を破る声
登場人物総まとめ
■ チームメンバー
1.玲
•役割:探偵・チームリーダー
•特徴:冷静沈着、IQ300。窓際で資料や湖畔を見つめつつ次の行動を考える。
•後日談:ペンション型事務所の窓際で資料整理。過去の事件を反芻し、次の依頼を見据える。
2.秋津
•役割:情報整理・分析担当
•特徴:几帳面で冷静。大量の資料や破片、装置の分析に強い。
•後日談:事務所奥で資料整理と分析を続け、事件の全貌を確認。
3.篠原
•役割:現場分析・警戒担当
•特徴:洞察力鋭く、欄干の傷や現場の痕跡を重視。
•後日談:湖畔のバルコニーで沈む夕日を眺めつつ現場の痕跡を思い返す。
4.冴木涼
•役割:音響解析担当
•特徴:データや波形から行動や痕跡を読み取る。
•後日談:窓辺で音響データを再確認し、事件中の音を精査。
5.美波誠
•役割:資料整理・現場補佐
•特徴:冷静で几帳面、証拠整理と資料分析に長ける。
•後日談:倉庫で書類や地図を整理し、事件の断片を体系化。
6.悠也
•役割:事件の中心人物、情報の証人
•特徴:消された存在としての過去を持つ。チームと協力し危機を切り抜ける。
•後日談:湖畔のベンチでノートを見つめ、事件の記録と自身の決意を反芻。
7.藤堂
•役割:ジャーナリスト、報道担当
•特徴:冷静で状況判断力が高い。事件を社会に伝える役割。
•後日談:湖畔を歩きながら事件を思い返し、報道者としての覚悟を確認。
8.瑠璃
•役割:依頼者、悠也を支える存在
•特徴:勇気ある行動で悠也を守り、事件解決に貢献。
•後日談:病院のベンチで悠也の手を握り告白。二人の絆を確認。
9.榊健司
•役割:元消防士・現場協力者
•特徴:火事や現場の危険を見極める力がある。
•後日談:古びた消防署前で湖底で得た知見を振り返り、次の備えを決意。
10.千歳
•役割:元郵便局員・情報補助
•特徴:封筒や郵便物を通じて重要情報を扱う。
•後日談:郵便局前で未配達の封筒を投函し、事件の証を届ける。
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■ 事件関係者
1.“消されたもう一人”
•役割:事件の被害者であり、消されかけた存在
•特徴:存在そのものが隠されていたが、湖底の証拠や資料によって明らかになる。
2.事件関係者(抹消者)
•役割:旧図書館関係者、上層部
•特徴:不正を隠すため、職員を消そうとした。藤堂の報道で正体が判明。
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■ 社会・後日談
•藤堂による緊急ニュース速報で「消されたもう一人」の正体判明が報道され、社会全体が事件の真相に向き合う。
•街や人々の間で事件の余韻と真実への認識が広がる。
日時: 夜・事件解決から数日後
場所: ペンション型事務所・玲のデスク横の窓際
玲は暗闇に包まれた事務所の窓際で、冷めたコーヒーカップを握りしめていた。
外では湖面に月光がわずかに反射し、霧が静かに流れている。
部屋の中はほのかなパソコンの光だけが、資料の輪郭を淡く照らしていた。
「…静かすぎるな」
玲は低くつぶやき、視線を窓の外に向けた。
冷めたコーヒーの香りが漂い、事件後の疲労と緊張感をわずかに思い出させる。
指先でカップの縁を撫でながら、頭の中で館での出来事や悠也の行動を順序立てて整理する。
「あの館…そしてあの時の行動…全てが繋がった」
玲はそっと深呼吸し、再び窓の外を見つめる。
湖面の静寂に、解決した事件の余韻と、まだ心の奥に潜む警戒心が混ざり合う。
日時: 夜・事件解決から数日後
場所: ペンション型事務所・資料室
美波誠は資料を整理する手を止め、低く声を潜めて答えた。
「正式な依頼はまだ。でも、妙な報告がある——昨夜、湖の向こうで火事が……」
玲は眉をひそめ、冷めたコーヒーカップを握りしめたまま、窓の外に目を向ける。
湖面は静かに光を反射しているが、その静寂の奥に潜む異変を直感する。
「火事か…偶然じゃないかもしれないな」
低くつぶやき、玲は資料を置いて立ち上がる。
美波の視線と交わり、二人の間に緊張が走る。
資料室の空気は重く、窓の外から漂う夜霧がさらに不安な雰囲気を強める。
「チームに連絡して、状況を確認しよう」
玲の声には冷静さの裏に、次の行動を急ぐ決意がにじんでいた。
日時: 夜・事件解決から数日後
場所: 湖畔・旧図書館跡地
霧が湖面を覆い、旧図書館跡地の輪郭がかすかに浮かぶ。
チームは静かに車を止め、徒歩で現場へと近づいた。
玲は冷たい夜風を浴びながら、無線でメンバーに指示を送る。
「冴木、音響は周囲の異常反応を拾え。秋津、美波は装置や痕跡の確認を優先。篠原、周囲の警戒を」
篠原は腕を組み、廃墟の壁や瓦礫の配置を目で追い、わずかな異変も見逃さない。
「何か…ここに人が入った形跡がある」
低く呟き、足元の踏み跡や焼け残りの木片を慎重に確認する。
冴木涼はスマートフォンとポータブルモニターを取り出し、火災直前の音響データを解析。
「火事の音だけじゃない…何か、人の足音か金属が擦れる音も混ざってる」
秋津は瓦礫の間に散らばる破片を拾い上げ、解析結果と照合する。
「この装置…以前の館のものと類似している。誰かが意図的に仕掛けた可能性が高い」
美波は資料やメモを片手に、火元近くの焦げ跡と痕跡を照合する。
「周囲の状況からして、偶然の火災じゃない。計画的だと思う」
玲は冷静に呼吸を整え、湖面の霧に溶け込む旧館跡を見渡す。
「慎重に動け。悠也の安全を最優先に」
湖畔の夜風に混ざる焦げた匂いと、遠くで響く不規則な音。
チームは互いの動きを確認しながら、廃墟の中を慎重に進む。
霧の中、暗闇に潜むもう一つの危険が、確かに二人の息遣いと心拍を緊張させていた。
日時: 夜・事件解決から数日後
場所: 湖畔・旧図書館跡地
霧が湖面を覆い、旧図書館跡地の黒い輪郭がかすかに浮かぶ。
チームは慎重に足を踏み入れ、焦げた木材の匂いと不気味な静寂に包まれた。
美波誠が焦げ跡の近くで足を止め、低い声でつぶやく。
「これは普通の火事じゃない。炎が……まるで何かを導くように揺れている。」
玲は眉をひそめ、湖面の霧と炎の揺らめきを見比べる。
「…狙われている、もしくは誘導されている可能性があるな」
冷静に指示を出す。
「篠原、周囲の警戒を強化。冴木、音響解析で火元周辺の異常を拾え」
篠原は瓦礫や踏み跡を確認しながら慎重に進む。
「動きがある…誰かがいるかもしれない」
冴木涼はポータブルモニターを覗き込み、微かな音の波形を凝視する。
「単なる風や炎の音じゃない…人の気配が混じっている」
湖畔の夜風に混ざる焦げた匂いと、炎の揺らめきが不規則に光を反射する中、チームの心拍は次第に高まっていく。
玲は深呼吸を一つして、仲間たちの動きを確認する。
「慎重に…悠也の安全を最優先に、火事の奥へ進め」
霧と炎の揺らめきが織りなす闇の中で、チームは次の行動を決め、旧図書館跡地の深部へ足を踏み入れた。
その先に待つのは、想像以上の危険と、事件の新たな真相だった。
日時: 夜・事件解決から数日後
場所: 湖畔・旧図書館跡地
玲は息を潜め、焦げ跡の残る書類に目を落とした。
黒く焼け焦げたページの端はかろうじて形を保ち、わずかな文字列が残っている。
「……これは、日誌か?」
低くつぶやき、手袋越しに慎重に拾い上げる。
秋津が近づき、懐中電灯を当てた。
「確かに文字が残ってるな。火で消される直前に、誰かがここに置いたのかもしれない」
紙片には断片的な言葉が並んでいた。
——“記録”
——“隠された部屋”
——“湖の底”
玲は目を細め、紙の表面を指先でなぞる。
「誰かが…火で証拠を消そうとした。だが完全には消しきれなかった」
冴木がモニターを確認しながら声を上げる。
「音響解析でも、この辺りから不自然な金属音が拾えてる。何か隠されてる可能性が高い」
篠原は周囲の暗闇を警戒し、湖面の霧の揺れに視線を走らせる。
「敵がまだ近くにいるかもしれん。気を抜くな」
焦げ跡の残る書類は、ただの紙切れではなかった。
そこに刻まれた断片は、火の中からなお逃れ、次の真実へとチームを導いていた。
日時: 夜・旧図書館跡地調査中
場所: 湖畔・旧図書館跡地
扉が重く開き、静寂を破る軋みが館内に響いた。
そこから姿を現したのは、かつて消防士として数多くの火災現場を経験した男——榊 健司だった。
防火用の特殊装備を背に、冷静な目で焦げ跡の館を見渡す。
「思った通りだな…この火は、延焼を抑えるために仕組まれている。誰かが“通路”を隠すために火を使ったんだ」
榊の声は低く、しかし確信に満ちていた。
玲は手にした焦げ跡の書類を掲げる。
「書類に“隠された部屋”と“湖の底”という言葉が残っていた。火はそれを隠すための偽装か…」
榊は床板に手を触れ、耳を澄ませる。
「下から空気の流れを感じる。湖側へ抜ける隠し通路があるな」
秋津が即座に計測器を取り出し、数値を確認した。
「温度差と気流の変化…確かに地下へ通じている可能性が高い」
冴木が波形モニターを見つめながら声を挟む。
「音響データでも湖側から反響音が返ってきてる。地下空間があるのは間違いない」
篠原は腕を組み、霧に包まれた湖を睨みつけた。
「湖の底…そこに何か隠されている。火事はその痕跡を誤魔化すための煙幕か」
玲は静かにうなずき、榊の方へ視線を向ける。
「案内できるか?」
榊はヘッドランプを点け、頷いた。
「火で隠された通路は、火でしか見えない痕跡を残す。俺の役目はそこから先だ」
チームは榊を先頭に、旧図書館跡地の奥深くへと足を踏み入れる。
床下から吹き上げる冷たい気流が、彼らを湖底の秘密へと導いていた。
日時: 深夜
場所: 湖底・旧図書館跡地地下「隠し部屋」
苔むした壁に沿って湿った空気が漂う。
その中央に置かれた古びた机の上に、ひときわ新しい封筒がひっそりと残されていた。
「……封の仕方が違う」
背後から低い声がした。
千歳だった。
元郵便局員である彼女は、長年の習慣で封筒を一目で見分けていた。
彼女は静かに歩み寄り、机の上の封筒を指でなぞる。
「この閉じ方は公式な郵送じゃない。内側に蝋を使ってる……古い“私信のやり方”だ」
彼女の声は確信を帯びていた。
玲が目を細める。
「つまり、これは誰かが意図的に隠し、特定の相手にだけ届くよう仕組んだもの……」
千歳は頷き、封筒を丁寧に差し出した。
「消印がない。郵送された記録は存在しないはず。でも、この紙質と折り目……少なくとも十年以上前のものよ。誰かが保管し、ここに残した」
秋津が受け取り、即座に内容を確認する。
「……湖底に沈められた“隠し部屋”の図面。しかも補足の走り書きがある」
冴木が録音機材を起動し、封筒から落ちた小さな紙片を拾い上げる。
「音声の記録が残ってる。これ……隠されてた“もう一人”の存在の証拠だ」
篠原が息を呑む。
「火事は囮だ。湖に沈む秘密を、誰かがこの封筒に託したんだ」
玲は静かに言葉を落とした。
「千歳、君が見抜かなければ、この証拠はただの古い手紙として処理されていた……」
千歳は目を伏せ、小さく息をついた。
「届けられなかった手紙の行き先は、必ずどこかに残るものよ。——それが、私の仕事だから」
隠し部屋の奥で、十数年を経てなお残された“配達されなかった真実”が、ついに開封された瞬間だった。
日時:深夜
場所:湖底・旧図書館跡地 隠し部屋
湿った空気が漂う石造りの部屋の奥、机の上には赤い表紙の書類が無造作に置かれていた。
玲が手を伸ばすと、埃を払い落とした瞬間、赤の下から一枚の写真が滑り落ちる。
冴木が素早く拾い上げ、懐中電灯で照らした。
「……誰だ、これ?」
写っているのは若い男性だった。後ろ姿のようにも見えるが、どこか既視感のある輪郭。
その横に、不自然に切り取られた空白があった。まるで“もう一人”が写っていた痕跡を隠すかのように。
秋津が赤い表紙の書類を開く。
「この筆跡……最近のものじゃない。だが、差出人の欄に名前がない。封筒も、送り主を意図的に消している」
千歳が写真と書類を見比べ、低く呟いた。
「……郵送の痕跡がないのに、ここまで保存状態が良い。送り主は“届けた者”自身、この隠し部屋に関わっている人物に限られるわ」
篠原が腕を組み、額に皺を寄せる。
「つまり送り主は……“もう一人”か」
静寂の中、玲は赤い表紙の裏に指を滑らせ、小さなインクの滲みを見つけた。
そこには判読できないほど薄れたサインの跡が残っていた。
玲は目を細め、声を低くした。
「送り主は——この館を最後まで知り尽くしていた者。写真から消された“もう一人”だ」
部屋の空気が重く沈む。
火事は囮であり、封筒は警告であり、赤い表紙の書類はすべてを繋ぐ“真実のしるし”だった。
日時:深夜
場所:湖底・旧図書館跡地 隠し部屋
玲は短く息をつき、決意の色を瞳に宿した。
その指先で、赤い表紙の書類を開く。
「これは……ただの記録じゃない」
ページをめくるたび、そこには詳細な図面や時系列の記録、そして“意図的に消された名前”が幾度も繰り返し現れる。
秋津が鋭く目を細めた。
「この書類……事件に関わった全員の行動が克明に記録されている。だが、一人だけ欠けている」
冴木が机に広げた写真を指差す。
「その“もう一人”だな。切り取られた部分……ここに立っていた人物の正体が、送り主だ」
千歳が封筒を裏返し、擦り切れた紙縁をなぞる。
「筆跡……やっぱりそうだ。この書類の走り書きと同じ人間が、封筒を書いた」
静かな沈黙を破り、篠原が低く呟く。
「つまり送り主は……公式には存在を抹消された協力者。“消されたもう一人”」
その言葉に重ねるように、美波が資料を読み上げる。
「赤い表紙の書類……これ自体が“証拠”だわ。火事も、湖に沈められた図書館も、すべてこの存在を隠すために仕組まれた」
ページの最後には、震える筆跡でこう記されていた。
――「もしこれを見つけた者がいるなら、真実を継いでほしい。私は消されたが、私の存在が全ての始まりであり、全ての終わりだ」
玲は書類を閉じ、低く呟いた。
「送り主は……まだ、この湖のどこかで生きている」
部屋の空気が一変した。
赤い表紙の書類は、単なる証拠ではなく、次なる脅威と“消されたもう一人”の存在を暴き出す鍵だった。
日時:深夜
場所:湖底・旧図書館跡地 隠し部屋
赤い表紙の書類を閉じかけたその時、玲の指先が紙の端に触れた。
そこに刻まれていたのは、時間に削られ、もはや紙に残ったかすれたインクに過ぎないはずの文字。
だが、誰かが囁くように、それは確かに「声」として響いた。
——まだ、ここにいる。
冴木が顔を上げ、辺りを見回す。
「今……聞こえたか?」
篠原が険しい表情を浮かべ、壁際に歩み寄る。
「文字が“声”になるはずがない。だが……」
秋津が書類を再び開き、微細なインクの波形をライトで照らした。
「これは……筆跡じゃなく“転写”だ。何かを記録する装置で、わざと文字に声を埋め込んだ……!」
美波が息を呑む。
「つまり、送り主は自分の存在を文字に刻み、声として残したのね……生きている証拠として」
千歳は小さく頷き、書類をそっと撫でた。
「届けられなかった手紙が、こうして“声”になって戻ってきた……」
玲は目を閉じ、短く息をついた。
「“消されたもう一人”は死んではいない。声を残すだけの時間も、意志もあった……」
そして、かすれた文字の下には新たな一文が浮かび上がる。
——“湖の底で、まだ終わっていない”。
部屋の空気が一層重くなり、チーム全員の背筋を冷たいものが走った。
日時:午前0時過ぎ
場所:湖畔・旧図書館跡地(現場保存中)
夜霧に包まれた湖畔に、懐中電灯の光が揺れる。
玲たちは関係機関の現場保存の承認を得て、再び旧図書館跡地へと足を踏み入れた。
赤い表紙の書類は、湿気を帯びた空気の中でもなお異様な存在感を放っている。
玲は机に書類を広げ、静かに視線を走らせた。
「……普通に読めば、ただの古い報告書に見える。だが、文章の“間”が不自然だ」
玲の声に、秋津が身を乗り出す。
「間?」
「そうだ。文章の行間、句読点の配置、そして書き手の癖……」
玲は指先で書類の数行をなぞり、唇を噛む。
「これは“文章”じゃない。文字を借りた暗号表だ」
冴木が半信半疑で尋ねる。
「暗号……?」
玲は冷静に頷き、淡々と続けた。
「IQ300の頭脳が導き出した答えは一つ。この文面全体は、地図を描くための“座標”だ。句読点の位置を繋げば——」
素早くペンを走らせ、白紙の上に点を打っていく。
まるで計算式を解くかのように、玲の手は迷わない。
数十秒後、そこに現れたのは湖を中心にした円形の図、そして湖底へ伸びる一本の線だった。
美波が思わず息を呑む。
「……湖底に“隠された部屋”の正確な位置が……!」
篠原が肩を組み直し、冷静に言葉を重ねた。
「つまり、送り主はここに辿り着く者を想定していた……真実を継ぐ者に、この地図を渡すために」
千歳が封筒を抱えたまま、低く呟く。
「未配達の手紙は、こうして“未来”に届いたのね……」
玲は静かに地図を折り畳み、瞳に決意の光を宿した。
「行くぞ。湖の底に、この事件の全てが眠っている」
日時:午前1時
場所:湖畔・旧図書館跡地 地下保管庫
美波誠は懐中電灯を掲げ、足元の断熱材を慎重にどけた。
その奥に隠されていたのは、古びた潜水装備のケースだった。
「……残ってたか」
低い声でつぶやくと、美波はケースを持ち上げ、埃を払って開ける。
「素材は古いが、シールは生きてる。ボンベもまだ使える」
秋津が素早く装備の点検に取りかかる。
「酸素の残量は十分だ。潜水時間も確保できる」
篠原は腕を組み、湖面の方を見やった。
「問題は水圧と暗闇だな。湖底はただの“場所”じゃない。相手が何か仕掛けてる可能性がある」
冴木は録音機器を取り付けながら、不敵に笑った。
「罠でも全部記録する。声も音も、全部だ」
千歳は封筒を胸ポケットに収め、小さく呟いた。
「届けられなかった手紙……やっと辿り着けるのね」
玲は赤い表紙の書類と暗号地図を手に持ち、冷静に全員を見渡した。
「全ての答えは湖の底にある。——行くぞ」
夜霧の中、チームは潜水装備を次々に身に着けた。
美波はヘルメットのバイザーを下げ、ライトを点灯させる。
「準備完了だ」
玲は頷き、冷たい水に片足を踏み入れた。
「潜るぞ。——“消されたもう一人”が残した真実を確かめるために」
次の瞬間、湖面は波紋を広げ、彼らの影を暗い底へと飲み込んでいった。
日時:深夜
場所:湖底・旧図書館跡地 湖底隠し部屋
湖の冷たい水に全身を沈め、潜水装備のライトが水面を割るように光を投げた。
水圧に押されながらも、玲たちは慎重に湖底を進む。
「……あそこか?」
美波誠が低く声を潜め、ライトを指さす。
そこには、水草と泥に半ば埋もれた焦げかけの金属製のケースが横たわっていた。
篠原が腕を伸ばし、慎重にケースを持ち上げる。
「火事の名残か……でも、表面は焦げているだけで、中身は守られているようだ」
冴木が水中カメラを構え、ケースの周囲を映す。
「音響データとも一致する。ここに何かが隠されている」
千歳は封筒を握りしめ、手元の赤い表紙の書類を再確認する。
「送り主がここにたどり着く者を想定して残した証拠……間違いない」
玲は水流に耐えながら、周囲を観察した。
床にわずかな段差、そして金属製ケースの背後に見える影。
「ここだ……」
玲が指差す先に、湖底の泥と水草に隠れた、もう一つの入口が現れた。
鉄製の扉は水圧でかろうじて閉じられており、表面にはかすかに錆と焦げ跡が残っている。
美波がドライバーを取り出し、扉の錆びついた部分を慎重にこじ開ける。
「中は完全に密封されている……水圧で開けるのも一苦労だ」
玲は深く息を吸い、仲間たちに目配せした。
「全員準備はいいか。ここが、すべての真実を握る場所だ」
チームは一斉に扉に取り付き、湖底の隠し部屋へと慎重に足を踏み入れた。
冷たい水と静寂の中、焦げかけたケースが“鍵”となり、長年秘められた真実が今、目の前に迫ろうとしていた。
日時:深夜
場所:湖底・旧図書館跡地 隠し部屋
湖底の隠し部屋に足を踏み入れた瞬間、冷たい水流のような静寂がチームを包んだ。
焦げかけた金属製ケースを前に、冴木は慎重にディスクを取り出した。
「これだ……」
モバイルリーダーに接続すると、わずかな光がスクリーンに反射し、ディスク内の映像が再生された。
映し出されたのは、薄暗い部屋で誰かが書類に向かって手を動かす姿。
後ろ姿しか見えないが、玲はすぐに気づいた。
「……間違いない。この人物が“消されたもう一人”だ」
秋津が息を呑む。
「ずっと生きていたのか……」
冴木の手元で映像が切り替わり、赤い表紙の書類の詳細な図面や暗号が表示される。
「ここに隠された情報……すべて、この人物が意図して残したものだ」
美波誠が周囲を警戒しながら低く言った。
「湖底にこんなものを残すなんて……想像を絶する執念だ」
千歳は封筒を握りしめ、目を細めた。
「届けられなかった手紙……送り主は、この瞬間のためにすべてを準備していたのね」
玲はスクリーンを凝視し、IQ300の頭脳をフル稼働させる。
「この映像と書類が示すのは——まだ、全ての真相が明かされていないこと。消されたもう一人は、我々に次の行動を促している」
部屋の水中ライトが揺れ、影が壁に映る。
その瞬間、微かな金属音——誰かが水流を割る音が聞こえた。
玲は静かに息を整え、低く指示する。
「全員、気を抜くな。ここからが本番だ——“消されたもう一人”の存在が、目の前に現れる可能性がある」
湖底の隠し部屋に、長年秘められていた真実と、目に見えぬ脅威が同時に迫っていた。
日時:深夜
場所:湖底・旧図書館跡地 隠し部屋
冴木のモバイルリーダーに映し出された映像は、旧図書館地下階で数名の職員がデータ変換作業に没頭する様子を映していた。
その中で、一人だけ姿がはっきり映らず、常に背を向けて作業する人物——それが“消されたもう一人”だと、玲は直感した。
湖底の隠し部屋で、チームは金属製ケースや赤い書類に囲まれながら慎重に進む。
微かな水流の音、金属の擦れる音、そして水中ライトに揺れる影。
突然、影が壁際で動いた。
「……誰だ」篠原が低く声を上げる。
水中を進んできたのは、黒い潜水スーツを纏った人物。
その動きは静かで、しかし力強く、間違いなく人間だった。
玲はゆっくりと前に出る。
「……あなたが、消されたもう一人」
人物はゆっくりと手を上げ、ライトに照らされた顔を見せた。
「……そうだ、玲。長い間、姿を消していた」
声は落ち着いているが、どこか緊張と覚悟が入り混じっていた。
秋津が驚きの息を飲む。
「……本当に生きていたのか」
“消されたもう一人”は静かに頷き、赤い表紙の書類を指差す。
「君たちが見つけるとわかっていた。全ての証拠は、私が残した。だが、ここから先は——自分の目で確認してもらうしかない」
美波誠が警戒を緩めず、水中ライトを揺らす。
「我々に危害を加えるつもりはない、ということか?」
人物は微かに笑みを浮かべる。
「危害は……ない。だが、真実を扱う覚悟は問う。君たちはそれに耐えられるか?」
玲は深く息を吸い込み、目の奥に決意を宿す。
「……耐える。全てを解明する」
湖底の隠し部屋に、水圧と静寂の中で緊迫した対峙が生まれた。
“消されたもう一人”の存在が、これまで隠されていた真実を手渡す瞬間が、ついに訪れた。
日時:深夜
場所:湖底・旧図書館跡地 隠し部屋
冴木のモバイルリーダーが映像を映し出した瞬間、画面が突然途切れた。
「……切れた?」秋津が驚きの声を漏らす。
その瞬間、水中に微かな振動が走った。
床板の鉄格子が軋み、錆びた金属音が空気の代わりに水を伝わる。
「地盤が……不安定だ!」篠原が叫ぶ。
焦げかけた金属製ケースが揺れ、赤い表紙の書類が水中に漂い始める。
美波誠はすぐさま手を伸ばし、書類とケースを押さえた。
「ここは……持ちこたえない、早く脱出する!」
水流が突然強まり、隠し部屋の入口にあった扉がわずかに歪む。
千歳が封筒を握りしめ、玲の横で声を震わせる。
「……これは、仕組まれた罠か、それとも自然の崩壊か……?」
“消されたもう一人”は静かに壁際に身を寄せ、玲に向かって言った。
「構造は限界に達している。急いでここを離れろ……このままでは、水圧で押し潰される」
玲は深く息をつき、仲間に指示を出す。
「全員、ライトを維持しつつ、順番に出口へ。装備を確保し、落ち着け」
水中で光の帯が揺れる。
チームは互いに手を取り合い、金属格子や沈みかけの床板を慎重に踏みしめながら、湖底の暗闇の中を進む。
美波誠は最後尾で、揺れるケースと書類を抱えながら低く声を出す。
「しっかりしろ……あと少しだ」
玲は出口を確認しながら、仲間たちに励ます。
「全員無事で上がる。冷静に……一歩ずつ」
最後の瞬間、床板が大きく沈み、水流が渦を巻く。
しかしチームは一致団結し、互いに支え合って出口へと駆け上がった。
湖面に飛び出した瞬間、水は静まり、冷たい夜風が彼らを包む。
“消されたもう一人”は背後の湖底を振り返り、微かに微笑んだ。
「……真実は、まだ完全には明かされていない。だが、君たちはここまで辿り着いた」
湖底の隠し部屋から脱出したチームの胸には、緊張と達成感が入り混じった熱い想いが残った。
日時:午前3時
場所:湖畔・旧図書館跡地 外の安全区域
湖底の隠し部屋から無事に脱出したチームは、陸上の安全な場所に集まった。
美波誠が地図を広げ、湖底の隠し部屋と周囲の地形を再確認する。
「……この線と座標、全て繋がる。湖底の隠し部屋は、旧図書館全体の地下ネットワークの中心点だ」
玲は赤い表紙の書類を開き、最後のページに目を通す。
文字列や暗号、図面、映像データ——全てが一つに繋がり、事件の全貌が浮かび上がった。
「……送り主は、旧図書館の元職員。表向きは消された存在だったが、地下ネットワークを利用して情報を隠し、監視者の目を欺いていた」
篠原が冷静に解説する。
「彼の目的は、事件の真相を守ることだった……そして、自分の存在を知る者に真実を伝えること」
秋津が資料を手に取り、細部を照合する。
「火事も、書類も、湖底の隠し部屋も……全てはこのために仕組まれた。誰にも触れさせず、正しい人間にだけ届けるためだ」
千歳が封筒を見つめ、静かに頷く。
「未配達だった手紙も、赤い書類も……全て、送り主が残した“指示”だった」
冴木がモバイルリーダーの波形を確認し、最終的な解析結果を提示する。
「データも全て一致する。地下の装置や暗号は、完全に精緻に作られていた。これ以上の改ざんは不可能だ」
玲は深く息をつき、仲間たちを見渡す。
「……全て理解した。事件は、送り主の意志に従い、隠されていた真実と共にここにある」
美波誠が静かに地図を指差す。
「これで、湖底の隠し部屋の位置も、地下ネットワークの全体像も把握できた。これ以上の混乱は起こらないだろう」
玲は書類を閉じ、湖畔の夜空を見上げた。
「すべて終わった……いや、始まったばかりかもしれない。だが、真実は明らかになった」
湖畔に立つチームの背後で、深い静寂が広がる。
赤い表紙の書類は、送り主の意志と共に、事件の全貌を確実に伝えた。
日時:深夜〜未明
場所:湖畔・旧図書館跡地 安全区域
湖底から脱出し、赤い表紙の書類で事件の全貌が明らかになったチーム。
水の冷たさと緊張の名残を残しつつ、仲間たちは陸上に立っていた。
「……くそ……やっとここまで辿り着いたのか」
榊が荒い息をつき、吐き捨てるように呟く。
「俺は最初、こんなことに関わるつもりはなかった……でも、真実を目の当たりにすると、逃げられないな」
そのとき、水面の向こう側から静かに姿が現れた。
“消されたもう一人”——黒いスーツを纏い、疲労と覚悟を帯びた顔がライトに照らされる。
玲が一歩前に出る。
「……あなたが、本当に生きていたんですね」
人物は微笑む。
「そうだ、玲。そして、君たちがここまで辿り着くことを、ずっと待っていた」
秋津が目を潤ませ、静かに声をかける。
「長い間、孤独だったんですね……」
“消されたもう一人”は小さく頷き、湖面の波紋を見つめる。
「孤独……いや、ずっと希望もあった。真実を託せる人間が現れる日を、信じていた」
美波誠が封筒と書類をそっと差し出す。
「すべてを残した意味が、今、ここで完結するんですね」
人物の目にわずかに涙が光る。
「君たちが来てくれた……それだけで、すべて報われる」
千歳も胸の奥が熱くなるのを感じた。
「届けられなかった手紙は、こうして“未来”に届いたんだ……」
玲は深く息をつき、仲間たちに視線を向ける。
「……この真実を、世界に伝えよう。そして、もう二度と誰も消されないように」
“消されたもう一人”は静かに微笑み、湖畔の夜風に目を閉じた。
長い孤独と苦悩の末に、ついに心を開き、信頼を託せる仲間たちと再会した瞬間だった。
湖面に映る月光の中で、全員が静かに喜びと安堵を噛み締める。
冷たい湖底の冒険は、温かな感動と希望に変わった。
日時:事件解決から数日後
場所:ペンション型事務所の窓際
玲は窓辺に置かれた椅子に腰を下ろし、まだ冷めきらないコーヒーカップを片手に持っていた。
カーテン越しに差し込む午後の光は柔らかく、湖面を渡る風がレースを揺らす。
机の上には整理しきれない資料の山。赤い表紙の書類のコピー、湖底から回収されたディスクの記録、そして瑠璃の震える声を文字に起こした報告書。
玲はそれらを見つめ、静かに息を吐いた。
「……終わったはずなのに、残響はまだ消えないな。」
彼の指先は無意識に、窓枠にリズムを刻む。まるで自らの思考を外の世界へ逃がそうとするかのように。
湖畔の景色は平和そのものだった。だが玲の視線は、その奥に潜んでいた“影”を思い返していた。
火事の報告から始まった連鎖、湖底の隠し部屋、そして“消されたもう一人”との対峙。
最後に残ったのは、解決の安堵と同じだけの“問い”だった。
「消すことができるのは記録だけ……存在そのものは、決して。」
玲は呟き、コーヒーを飲み干した。
その目には、次の依頼を待つ覚悟と、静かな決意が宿っていた。
日時:事件解決から数日後
場所:ペンション型事務所・奥の作業机
秋津は事務所の奥で、机に向かって黙々と手を動かしていた。
広げられた大量の資料、破片から分析された部品のスケッチ、そして湖底で発見された装置の残骸の写真。
ペン先が紙を走る音だけが、静かな室内に響く。
彼は癖のようにメガネを押し上げ、慎重にページをめくった。
「……この仕掛け、単なる即席じゃない。計画性と時間がかかってる……」
つぶやきながら、崩落の原因を示すデータと、赤い表紙の書類に残された断片を重ねていく。
ひとつひとつ線を引き、繋がる先を見据えるその眼差しは鋭い。
事件は終わった。だが秋津にとって、それは「答え合わせ」の始まりでもあった。
どの装置がどう作動し、誰が仕込んだのか。証拠の断片を紐解き、未来の警告へと変換すること。
ふと手を止め、深く息をつく。
「……あの時の判断、間違ってなかったよな」
自分に問いかけるように、そして仲間たちの顔を思い浮かべるように。
彼の机の上には、事件を締めくくるための最後の報告書が積み重なっていた。
日時:事件解決から数日後
場所:湖畔のペンション・バルコニー
篠原は湖畔のバルコニーに立ち、腕を組んで沈みゆく夕日を見つめていた。
湖面に映る光は赤く揺らめき、事件の夜に見た炎をふと連想させる。
「……あのときも、こうして赤かったな」
低くつぶやき、欄干に視線を落とす。そこにはまだ、事件中に残された小さな傷跡がある。角度、深さ、その意味。すべては彼の頭の中で再構築されていた。
彼は探偵というより、警戒心と観察眼を持った「監視者」のように過去を振り返る。
誰が嘘をつき、誰が真実を隠したのか。あの館でのやり取りは今も脳裏を離れない。
ポケットから小さなメモ帳を取り出し、ページをめくった。そこには、現場で気付いた細部の記録が走り書きされている。
「……油断すれば、また同じことが繰り返される」
その声には疲労と同時に、静かな決意が滲んでいた。
夕日が沈み、湖が闇に包まれる頃、篠原はようやく腕を解き、バルコニーを後にした。
日時:事件解決から数日後
場所:ペンション型事務所・窓辺
冴木涼は窓辺に腰掛け、膝の上に置いたノートパソコンの画面を食い入るように見つめていた。
そこには事件中に収録された音声データが波形となって並んでいる。
再生ボタンを押すと、微かな軋みや水音、そして誰かの短い息遣いがスピーカーから漏れ出した。
彼は目を細め、指先で波形を拡大する。
「……やっぱり、この部分……不自然に間が空いてるな」
声を潜めて呟き、キーを叩いてノートを開く。
書き込まれているのは館の動線、崩落のタイミング、そして“消されたもう一人”が残した可能性のある痕跡。
外の湖畔からは風の音と鳥の羽ばたきが聞こえてくる。
しかし冴木の耳は、すでに過去の館の中に戻っていた。
彼にとって「音」はただの記録ではなく、そこにいた人々の心の揺らぎや、隠された意思を映す“もうひとつの証言”だった。
「次に似た状況が来ても……聞き逃すわけにはいかない」
決意のように呟き、彼は再び波形に視線を戻した。
画面の光が窓越しの冴木の横顔を照らし、静かな緊張を刻んでいた。
日時:事件解決から数日後
場所:湖畔近くの倉庫
美波誠は薄暗い倉庫の中で、積み上げられた書類の箱をひとつひとつ引き寄せていた。
古い木の机の上には、湖底で見つかった赤い表紙の書類の写しや、地図、館内の図面が広げられている。
彼は几帳面な手つきで地図を折り直し、破れかけた紙片をファイルに収めた。
事件の最中、混乱の中で集められた資料を、今ようやく「整理」という形に戻していく作業だった。
「……こうして並べてみると、一本の線に繋がっていくな」
低く呟き、資料の断片を目で追う。
日付、場所、署名のかすれ方──小さな違和感が少しずつ全体の姿を浮かび上がらせる。
彼にとって、それは“戦いの余韻”ではなく“記録の完成”だった。
どれだけ劇的な現場でも、最後に残るのは紙と記憶。
その両方を未来に伝えることが、自分の役目だと信じていた。
窓の外から差し込む夕陽が、整理した書類の端を赤く照らす。
美波はその光に目を細め、手を止めることなく作業を続けた。
日時:事件解決から数日後
場所:町外れの古びた消防署の前
榊健司は、錆びついたシャッターの前に立っていた。
かつて仲間たちと出動を繰り返した消防署──今は使われなくなり、静まり返っている。
手には、湖底から持ち帰った装置の破片を収めた小さなケース。
指先でそれを軽く叩きながら、深く息を吐く。
「……炎の怖さは知ってたつもりだったが、あれは……違ったな」
低くつぶやき、目を細める。
事件で見た炎は、単なる燃焼ではなく、誰かの意図と計画に導かれていた。
元消防士としての経験では割り切れない、不穏で異質な火だった。
彼は消防署の壁にかかった古いホースリールに手を伸ばし、埃を払い落とす。
かつて仲間と共に守った町、その延長にある湖畔。
今回の出来事は、忘れられない教訓として刻まれた。
「……また燃え上がるなら、その前に止めてみせる」
決意を込めた声が、廃れた建物に短く反響する。
榊はケースを抱え直し、ゆっくりと背を向けて歩き出した。
日時:事件解決から数日後
場所:町はずれの小さな郵便局の前
千歳は、静かな郵便局の前に立っていた。
夕暮れの光に照らされる赤いポスト。その前で彼は手にしていた一通の封筒を見下ろした。
それは事件のさなかに見つかった、宛先の記されていない未配達の封筒。
差出人の名もなく、ただ赤い印がかすかに残っているだけだった。
千歳は指でその印をなぞり、ふっと小さく笑った。
「……やっと、届ける場所を見つけたか」
誰に宛てたものなのか、すべてが明らかになったわけではない。
だが今は、迷子になっていた“声”をどこかに託すことが、自分にできる最後の仕事だと感じていた。
封筒をポストに静かに投函すると、乾いた音が響き、彼の胸の中に積もっていた重荷が少しだけ和らいだ。
「これで……ようやく一区切り、だな」
郵便局の看板を振り返り、深く息を吐いた。
その背中には、かつての郵便員としての誇りと、新たな覚悟が重なっていた。
日時:事件解決から数日後
場所:湖畔のベンチ
悠也は静かな湖畔のベンチに腰掛け、手元のノートをじっと見つめていた。
ページには、湖底の隠し部屋で見たもの、赤い表紙の書類に残された情報、そして“消されたもう一人”の痕跡が整理されて書き込まれている。
湖面に映る夕陽がゆっくり揺れる中、悠也の指先はページの文字を追いながら、小さな声でつぶやいた。
「……僕も、次は誰かを守れるようにしなきゃ」
事件中に自分を守ってくれた玲や藤堂、美波、千歳、そして瑠璃の顔が頭に浮かぶ。
孤独だった時間、恐怖に震えた夜、そして信じる人と出会えた瞬間――すべてが、今の静かな湖畔の時間につながっていた。
悠也はノートを閉じ、湖を見つめる。
冷たい風が髪を揺らし、胸の奥に小さな決意が芽生える。
「もう、怖くない。これからは、僕が守る番だ」
湖面に映る夕陽の光が、悠也の瞳に希望の色を映し出していた。
日時:事件解決から数日後
場所:湖畔の街・湖沿いの散歩道
藤堂は肩に取材用のカメラをかけ、静かな湖畔の道を歩いていた。
波打ち際に映る夕陽の光が、湖面に金色の筋を描く。
歩きながら、彼は事件で撮影した映像や資料を思い返す。
悠也を守り、湖底の隠し部屋を確認し、赤い表紙の書類の全貌を伝えた日々。
報道という立場で関わった出来事の重みが、肩の奥にずっしりと残っている。
「伝えるだけじゃなく、背負う覚悟が必要なんだな……」
藤堂は立ち止まり、湖面を見つめる。
あの日、悠也とチームが切り抜けた危機、そして“消されたもう一人”の存在。
報道として世に伝えるだけでは終わらない――その意味を改めて噛み締めていた。
彼はカメラを軽く揺らし、深く息をつく。
視線の先には、穏やかな湖と街並みが広がり、過去の緊張と、今の静けさが交錯する。
「でも、これで一区切り。次は、あの真実を見逃さない」
藤堂の背中には、報道者としての覚悟と、心の静かな決意が同時に宿っていた。
日時:事件解決から数日後
場所:湖畔街の病院・待合ベンチ
瑠璃は病院のベンチに腰掛け、悠也のそばに静かに座った。
手をそっと重ね、指先に触れる温もりを確かめる。
湖底の隠し部屋での恐怖、赤い書類の謎、そして悠也を守るために動いた夜――すべての出来事が、二人の間に小さな絆を残していた。
瑠璃は深呼吸をして、震える声を押し殺すように呟いた。
「悠也……ずっと、あなたを守りたかった。ずっと……」
悠也は驚いた表情を浮かべるが、瑠璃の手を優しく握り返す。
病院の静かな空間に、二人だけの呼吸と微かな心音が重なる。
「僕も……瑠璃と一緒にいたい。怖い夜も、もう一人じゃない」
言葉に出すことで、恐怖と不安だった日々が少しずつ癒されていく。
瑠璃の目には涙が光り、悠也の瞳には安心と希望が映った。
湖畔に吹く風のように、二人の関係は静かに、しかし確かに動き出していた。
湖畔に吹く風は、あの夜とは違い穏やかだった。
それぞれが自分の居場所に戻り、事件の重さを抱きながらも、確かに前へと進み始めていた。
日時:事件から数週間後
場所:全国ニュース生放送スタジオ・夜
画面上部には赤字で 「緊急ニュース速報」 のテロップが点滅していた。
スタジオには落ち着いた雰囲気のジャーナリスト・藤堂が座り、視聴者へ向けてカメラを見据えている。
「視聴者の皆様に、重大なお知らせがあります。
湖畔の旧図書館跡地で回収された資料および映像の解析により、
“消されたもう一人”を意図的に抹消した人物の正体が判明しました。」
背後の大型モニターには、かつて図書館管理に関わった関係者の顔写真と名前が映し出される。
一人は既に退職しており、もう一人は現職の要職にある人物だった。
藤堂は言葉を慎重に選びながら続ける。
「彼らは自らの不正を隠すため、重要な職員を歴史から消そうとしたのです。
しかし、記録は改ざんできても、人の存在そのものは消せませんでした。
湖底で見つかった証拠は、その事実を永遠に記録するものとなりました。」
スタジオに一瞬、重い沈黙が流れる。
そして藤堂は視線をカメラに戻し、力強く締めくくった。
「今回の出来事は、勇気ある行動と真実を追い続けた人々の勝利です。
私たちは、これを決して忘れてはいけません。」
画面隅の速報テロップは点滅し続ける。
《消されたもう一人 —— 正体判明。関係者は近日中に会見予定》
⸻
街の人々もテレビに釘付けになった。
喫茶店、駅のホーム、病院の待合室、どこでも同じ声が漏れる。
「……やっぱり、あの人が?」
「でも、真実が戻ったのね」
社会はようやく、事件で消されかけた存在と向き合うことになった。
湖畔には、静かな風が吹き、事件の余韻をそっと運んでいた。
日時:事件解決から数日後
場所:玲のペンション型事務所・デスク
玲は薄暗い事務所のデスクに座り、ノートパソコンの画面を眺めていた。
画面の受信トレイに、一通の未読メールが光る。
送信者名には見覚えのない名前――“消されたもう一人” とだけ表示されていた。
クリックすると本文が現れる。
「皆さん、ありがとう。
ずっと隠れていた僕に、光を差し伸べてくれたのは、あなたたちでした。
ここからは、自分の足で歩き出します。
でも、忘れないでください――あなたたちがくれた時間と勇気を。」
玲は息をつき、深く画面を見つめた。
手元には事件で得られた赤い書類のコピー、湖底の資料、そして仲間たちのノート。
「……届いたか」
秋津が肩越しに画面を覗き、静かに頷く。
「これで、本当に一区切りだな」
冴木涼や篠原も近くでメールを見守り、静かに画面の文字を胸に刻む。
美波は資料整理を中断し、悠也と藤堂、瑠璃の顔を思い浮かべる。
メールは短いが、その言葉は重みがあり、事件の余韻と、消された存在の再生を示す確かな証となった。




