本物の聖女の生まれ変わりは私の方です。
「次の聖女をハミルトン公爵家のカレンと認める!」
大神官のその言葉を、ハンナは信じられない思いで静かに聞いていた。
この国で150年前に死んだ聖女の生まれ変わりが現れるという予言がされたのは、今から15年前のこと。
歴史書が物語る。
最後の聖女が死んだ後、少しずつ……毎年、ほんの少しずつだけ穀物の収穫量が落ちて行き、流行病で人の数が減り、この国は対処のしようも無く疲弊した。
そんな中での予言は何にも変え難い吉報であった。
しかし、困った事もあった。
予言者は肝心の聖女が何処の誰なのかを明確にはしなかったのだ。
それを聞き出す前に彼は死んでしまった。
事故だとされているが……暗殺されたのだと言う人もいる。
そして、聖女の候補として同じ年に生まれた娘達は、身分も関係無く年頃になると神殿に集められた。
集められた同い年の少女達は聖女選定のために様々な試練を与えられたのだった。
少女の中には貧しい生まれの者がいた。
選定の期間は、少女の家族には相応の援助が与えられる。
少女達は必死だった。
貧しい者だけでは無い。
この国に生まれた聖女は、王族と婚姻を結ぶ習わしがあった。
その為に裕福な、高位貴族の娘でさえも辛い試練に挑み続けた。
もちろん中には脱落する者もいた。
神殿は彼女達を引き留めはしなかった。
本物であればその様に簡単に諦めはしないだろうと。
ハンナは……本物の聖女だった。
他ならぬ自分自身が良く知っていた。
何故なら……ハンナには前世の記憶があったのだ。
愛する男と共に国を良くするため、貧しい者の為にひたすらに尽くした前世。
大変だったけど、辛いこともあったけど幸せだった大切な日々。
それを思い出したのは神殿で共同生活を営む中で迎えた15歳の誕生日。
天啓にうたれた……と言うのだろうか?
突然に自分の存在が如何なるものかを理解したのだ。
前世の自分と現世の自分が混ざり合い、頭がクラクラとした。
立っているのも難しくなったハンナの体を支えてくれたのはルルーだった。
友人であるルルーは貧しい村の生まれだった。
彼女が聖女かも知れない……と言うのは、彼女の家族だけでは無く、その村に住む全ての人の願いだった。
彼女は一つの村を背負ってここに居た。
ハンナが聖女である……と判明してしまうことは、即ちルルーを含む、共に何年も過ごして来た仲間達の夢や家族からの期待を打ち砕く事に他ならなかった。
貧しい家は聖女候補がいる事で生活を成り立たせている状況の所も少なくない。
ルルーの家や村も正しく経済状況を聖女候補の出身地に支給される補助金に頼っていた。
前世の聖女としての自我は、今すぐ役割を果たせと追い立てる。
しかし、15年間貧乏な男爵家の娘として過ごしたハンナは、ルルーを……親友を見捨てられないと泣き叫んだ。
ハンナは平民の聖女候補達と共に、高位貴族や裕福な生まれの候補者達に虐められてきた。
それは、ハンナの家に力が無いから……だけでは無い。
前世の……一つ前の聖女と同じ髪と瞳の色をしていたから。
確かに綺麗だが、ハンナ以外にも何人かは同じ色をしていたし、その中にはハンナの家と変わらないくらいには金の無い家の出の者も確かにいた。
きっかけは些細な事だった。
ハンナの顔立ちが楚々として一番聖女に相応しいなどと、候補者達に試練を下す神官達が冗談交じりに言ったのだ。
そんな風に始まった虐めからハンナを庇ってくれたのが……ルルーだった。
ハンナが聖女だとバレたら、ルルーの家や村への援助が打ち切られる。
ルルーは自分じゃ無かったら、村に顔見せ出来ない、帰る場所がないといつも言っていた。
ルルーは自分が聖女だとは考えていない様だった。
「ずっと……誰か判明しなければ良いのにね」
ある時、ルルーがポツリと呟いた事がある。
ルルーを含む、幾人かの候補達の偽らざる本音だろう。
このままずっと……家族が補助金を貰い続けられれば、それで良い。
家族もそれで満足しているのだから。
自分に意地悪をする人が聖女ではありませんように。
家を背負ってここに居る者達は変化を求めなかった。
ハンナは使命を果たさない罪悪感を胸に押し込めて、沈黙する事にした。
神殿の外の様子を聞くたびに心が痛んだが、ルルーが笑顔を向けてくれる事で、これで良いんだと自分に言い聞かせた。
ただ……少し聖女だとバレるのを遅くするだけ。
ハンナはその内言い出すつもりだった。
今世の聖女の扱いがどうなるか分からない。
前世では、自分の話を聞いて共に歩む人がいた。
今度は単なるお飾りとして自由は与えられないのでは無いか。
ハンナにも状況を変えてしまう不安があった。
中々言い出すキッカケを掴めないまま、月日が経つ。
悩み続けて眠れぬ、ある夜のこと。
寝返りを打ってもどこか息苦しさや、居心地の悪さを感じたハンナはいけないと知りつつも夜の散策に出た。
同室の子はぐっすりと良く眠っている。
高く登った月の明かりが足元を照らす。
スラリと伸び始めた名前の知らない緑の草を、ゆっくり……ゆっくりと踏みながら歩く。
澄んだ空気で肺を満たせば、普段の悩みが遠ざかる様な錯覚を覚える。
思えば……一人きりになる機会は神殿に入れられてから中々無かった。
ハンナが普段足を向けない建物の裏手に足を向けたのは果たして偶然だったのか。
そこには一人の少年がいた。
どうしよう……。
ハンナは足を止める。
貴族の令嬢の端くれ……で無くとも夜遅くに男の人と二人きりになるのがどういう事になるのか知らないわけでは無い。
何も無かったとしても、誰かに知られれば騒ぎになるだろう。
規則を破った候補者は隔離される…………それが適用されるのはあまり家の力が強く無い者に限られていたが。
ハンナも虐めの一環としてやってもいない事を密告されて、叱られ、何度か入れられた事がある。
ベッドすら無いあの場所……与えられる食事も普段よりも粗末な物ばかりのあの場所に何日も入れられるのは、もうごめんだ。
男性には見覚えがあった。
何日か滞在すると言っていた。
しかし、初日に遠くから顔を見てからは見ていなかったから、もう帰ったものとばかり思っていた。
前に見た時よりもラフな格好だが間違いない。
彼はこの国の王子だ。
夜風が明るい色味の髪をサラサラと弄び、月明かりを乱反射させる。
ハンナは一歩そっと離れた。
――さくり
草を踏む小さな音だった。
なのに、風は吹けど静かな夜には思った以上によく響いたらしい。
「誰だ?」
王子が振り向いた。
「――!申し訳ありません。ただ……眠れなくて歩いていたら偶然…………」
頭を下げるハンナの元に王子が近づいて来た。
こう言った時にどうすれば良いのかわからない。
「こんばんは。こんな所にいるって事は聖女候補の人だよね。
なら私と同い年だ。顔を上げて」
言われて王子を初めて間近に正面から見た。
ハンナは前世を思い出した時以来の大きな衝撃を受けた。
前世、ハンナが生涯を共にした人、ローレンスに良く似ていた。
それは当たり前かもしれない。だって前世で愛した彼も王族だった。
だから、目の前の王子と彼とは直接的では無くとも血の繋がりがあるのだ。
子供を持つ事は無かったけれど、国の為に二人で手を取り合い生きた幸せな日々がありありと蘇る。
二度とは会えぬ男を想い、ハンナの目から一筋涙が溢れた。
王子が目を見開き、ハンナの顔をジッと見つめた後に涙に濡れた頬にそっと手を伸ばした。
「何か悪い事をしたかな?」
「……いいえ」
ハンナは涙を拭った。
二人は暫く話をしてから別れた。
その後話をする機会は無く王子は寝屋に帰って行った。
その時は、ただそれだけの出来事だった。
しかし、王子と会った事でより鮮明に前世の事を思い出したハンナは決意を固めた。
自分が聖女なのだと言おう。
彼の愛した国の民が苦しんでいるのに、責務を放棄し続ける事は出来ない。
ルルーの達の事も聖女として今後も支えれば良いだけのこと。
なのに、その次の日の朝早くに聖女候補達は集められた。
その場には王子の姿もあった。王子と共に来た騎士も付き従っている。
そして、その場で聞かされたのが、聖女候補達の中で最も良い家柄の娘、カレン・ハミルトンが聖女であるという宣言。
カレンはニコリと微笑んで優雅に歩み出た。
取り巻きの少女達も手を叩いて彼女を称える。
ハンナは咄嗟に前に出て声を上げる。
「待ってください!」
「勝手な発言をするな!」
神官達がハンナを睨み付ける。
ハンナは、しかし、言わない訳にはいかない。
ハンナの家は貧しく、聖女として国の隅々を周るのに、金銭的に助けてくれるとは思えない。
それに自分が本当の聖女と家族に説明したところで、国が違うと言うものを信じさせるのは難しい。
「私が……本物の聖女なんです!
前世を思い出しました。本当なんです……!」
しかし、神官達もカレンも周囲の他の聖女候補達もハンナをせせら笑った。
ルルーだけはスカートをギュッと握りしめて下を向いている。
「気持ちはわかるけど、もう決まった事なのよ。
王子殿下の前でそんな嘘吐き続けるのなら罪に問われるわよ。
それに私も聖女だった頃の記憶があるわ!思い出したの!」
カレンは王子の方にチラリと目線を向ける。
釣られてハンナも王子を見た。
王子はハンナだけをジッと見つめていた。
「貴女が聖女だと言うのは本当か?なぜそう思う?」
「お待ち下さい殿下!この女は嘘吐きで私達も困っているんです。
少しばかり前の聖女様の絵姿と似ているからと……」
カレンが王子の前に立ち塞がった。
「退いてくれ。私は彼女と話がしたい」
「殿下……!」
王子はハンナの目の前までやって来た。
「私は……前の聖女ベロニカの夫だった、ローレンスの生まれ変わりだ。
本当に聖女であるならば二人きりの時に何と私を呼んでいたか教えてくれないか?」
あまりの事にハンナは唖然とする。
その隙にカレンがまたしても王子の前に割って入ろうとする。
「わ……私が、わかります。
ローレンス様の……愛称ですよね。でも、まだ完全に記憶が戻っていなくて」
カレンは言葉を選びながら、王子の顔色を伺う。
「ロー……」
「ローで良いのか?」
「いえ……えっと……ラリー…………じゃ無くって」
カレンはしどろもどろだった。
分からなくても無理もない。
ベロニカは二人きりの時には、彼女の夫を……中性的で女性めいた顔立ちのローレンスを一般的ではない愛称で呼んでいた。
「ローラ……なの?」
王子がニヤリと昔と変わらない悪戯っ子の様な笑顔を見せた。
「久しぶり。会いたかったよ、ベロニカ。
記憶が戻ってからずっと、ずっと……会いたかった」
二人は人目も憚らずに抱きしめ合った。
「私も会いたかったよ。ローラ」
その後、ハンナは正式に聖女として認められた。そして、二人の意向もあり、王子とハンナは婚約者となった。
「君が辛い思いをしていたのに、すぐに助けに来れなくてごめん。
前世を思い出してから、それが本当だと認められるのに時間が掛かったんだ。
私の頭がおかしくなって、妄想を語っていると家族には誤解されたよ……。
あの夜、君を一目見て確信したんだ。
君がベロニカの生まれ変わりだと。
そして、昔と君がちっとも変わらなくて安心した。
改めて……また、ずっとそばに居てくれるね?」
「もちろん……これからも一緒にいましょう」
それから、聖女と偽ったカレンには厳重な注意がされ、それを指示したハミルトン公爵家は公的な場での発言権が低下した。
カレンの嘘に協力した神官達にも罰が下される事になり、解放された聖女候補達の中で貧しい家の者には継続した支援が約束される事になった。
ルルーの家族や村にも支援は決定された。
後日、ハンナはルルーの村を訪ねる。
出迎えてくれた彼女に、自分の側で共に働いて欲しいと願い出るために。
ハンナとルルーの証言から身分の高くない聖女候補達への酷い扱いも問題になり、多くの神官が処分されて、暫くは神殿も大変だった様だ。
全ての問題を片付けるまでには何年もの月日を要したが、周囲の助けを得ながら、ハンナは信頼を勝ち得て行った。
身分に囚われず手を差し伸べる聖女ベロニカの生まれ変わり……新しい聖女ハンナは多くの国民に愛され、祝福されながら王子の妃となり長く国の平和を支えたという。
二人の仲睦まじい様子は子孫によって後世まで語り継がれている。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
お手数ですが、ブクマや評価や良いねで作者モチベアップにご協力くださると嬉しいです!
感想欄受け付けをユーザーのみにしました。
色々な人の作品に評価⭐︎1付けまくって平均を下げる嫌がらせをしてる人が感想欄に現れたので(・_・;
10月13日に受けたその感想は既に削除しています。
ご了承ください。
他にも異世界恋愛の話を色々書いています。他の作品は個性的なキャラ多めです。
代表作はもうすぐ完結済みの男主人公のファンタジーですが、途中からラブコメっぽさを出しているので、そう言うのも嫌いじゃ無い人は是非読んでみてください(╹◡╹)♡
ファンタジーを装った一途なヘタレ男のラブなストーリーです。
家族愛とヒロインへの想いに揺れる!感じのお話です。
もしかすると他の作品も既に読んでくれてる読者様がいるかも知らないのでご挨拶申し上げます。 ( ̄▽ ̄)ノここまで来てくださってとても嬉しいです。
ぎゃあ!割と重要なシーンで誤字がありました!
報告下さった方!ありがとうございます(。・ω・。)♡♡♡
また誤字報告二ついただきました(^-^)v
ご協力に感謝です( ᴗ̤ .̮ ᴗ̤人)
うわー!成る程な誤字報告いただきました!
夜なのに、こんにちは、は確かにおかしい!
訂正致しました(^-^)v
ありがとうございます( ̄^ ̄)ゞ
まだまだ見つかる誤字!
報告いただきありがとうございます!
そんなに長い話じゃ無いのに次々と(*_*)
皆様のおかげで少しずつブラッシュアップされてます˚✧₊⁎❝᷀ົཽ≀ˍ̮❝᷀ົཽ⁎⁺˳✧༚