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07.勇気

 ボール遊びから戻ってリビングへ行くと、母親がたくさんのアルバムを出してきていた。嫌な予感しかしない。

「なにそれ。」

「賢ちゃんのかわいい頃の写真♡」

 ふざけている。

「え、見たいです!」

 断固拒否したい僕が言葉を発するより先に、いろはが反応した。

「え……え!?」

 僕が戸惑っていると……

「……ダメ?」

 上目遣いキター!!あーもう、何でもいい。

「いいよ……」

 僕から許可を得たいろはは、嬉しそうにアルバムに手を伸ばした。

「うわぁー!!ちっちゃい賢太君だー!」

 なんか恥ずかしいんだけど……。

「この頃はかわいかったのよねー!なんか、いつの間にかこんなに大きくなっちゃってねぇ。」

「私、大学生の賢太君しか知らないので、アルバム見れて嬉しいです!」

「この時はね、この子、いろんなとこにすぐ歩いてっていたずらしちゃうもんだから、猫みたいに首に鈴つけられてたのよね。」

「えー!!鈴鳴らして歩いてたの?かわいすぎるんだけど!」

 頼む。変なことを言うのはやめてくれ……

「今はそんなことない……。マジやめて。」

 恥ずかしがる僕の姿を見て、いろはがふふっと笑った。

「あ、これあかりちゃん?かわいいー!」

「あかりはね、昔はお兄ちゃん子だったのよ。今はあんな感じだけどね!」

「今は仲良くないの?」

 いろはが、僕の顔を見る。

「仲悪くはないよ。でも大人になってくると、一緒に出かけるとかはなくなるよね。女子高生の時なんてさ、兄貴と買い物とかやじゃない?」

「んー……それもそうかもね……あ!!これ、子犬の時の柑梨ちゃん!」

「そうそう!今と顔ちょっと違うのよ。子犬の時、なんかぽけーってしてない?」

「えー!かわいいー!!賢太君何歳の時に来たの?」

「えーっと……中学生の頃よね?」

 さすがの母親でも、いちいちイベントごとの僕の年は覚えてないよなー。

「柑梨は今7歳だから、13の時だよ。中1の10月にうちに来たんだ。」

 柑梨は三井家に来た最初の座敷犬。今まで飼ってきたのは、外につないで飼っていたわんこたちだったが、ミニチュアダックスを外でつなぐなんて聞いたことがない。

 家族で入ったペットショップに、柑梨はいた。ぽけっとした不安そうな顔で、丸まって寝ていて、僕がショーケースに近づいた時、顔を上げてこちらを見た。その瞬間、まん丸の瞳に吸い込まれてしまった。周りの景色が見えなくなって、この子だ、と感じた。父と母にそれを訴えると、驚くほど自然に許可を出してくれた。その頃の僕は少しふさぎ込んでいたから、父と母も僕の執着に何かを感じたのかもしれない。

 その頃、僕は学校で「いじめ」にあっていた。自分で言うのもなんだが、その頃の僕はスポーツができてそこそこ顔がいい。つまり、学校の中で入学当初から目立ってしまっていた。女子の先輩たちが僕を見に来て騒ぐものだから、男の先輩たちは面白くなかったのだう。「俺の女に手を出しやがって」と言いながら、何度殴られたことか。「あいつのそばにいると、先輩に目をつけられる」そんな噂が同級生にも浸透し、僕は避けられていた。

 それでも当時の僕は、そんなことを両親に話すのはかっこ悪いと思ってしまって言えなかったし、先生には見て見ぬふりをされていた。あんなにあからさまな同級生の態度や先輩の暴力を気づかないわけがない。僕が教員を志したのは、そんな子を救いたいと思ったからだった。

 そして、そんな時期だったからこそ、柑梨の存在は僕を救ってくれた。

 家に迎え入れてから、柑梨は僕の話し相手になってくれた。話を聞いてくれているのかは正直分からないけれど、ずっとそばにいてくれた。両親が部屋に引き上げた後、僕はよく柑梨を抱きしめながら泣いた。誰にも見せたくなかった涙だったけれど、柑梨には見せられた。そんな時、柑梨はいつも僕の頬を流れる涙をなめてくれていた。

 ある冬の日、家に帰ってから柑梨の散歩に出ていると、いつも暴力を奮ってくる先輩と鉢合わせた。

「犬なんか連れて何してんだよ。俺とも遊んでくれよ。」

 にやにやしながら近づいてくる先輩。僕の体は硬直した。

「うぅうぅー……わんわんわんっ!!」

 その瞬間、まだ子犬の柑梨は僕の前に立って、先輩を威嚇し始めた。もちろん、小型犬で、しかも子犬の威嚇だ。怖い……とは思えなかったのだろう。先輩は逆上した。

「あ?なんだこの犬。おまえが相手してくれんのか?飼い主と一緒で生意気だな。なめてんじゃねーぞ!」

 そう言って柑梨を蹴ろうと足を振り上げたのを見た時、僕の中で何かが弾けた。柑梨だけは絶対に守らなければいけないと思った。

「ふざけんな!」

 僕は柑梨のリードを引きながら前に出て、先輩が右足を振り上げた瞬間、その足を避けて片足に体重がかかった先輩を思いっきり突き飛ばした。その時、たまたま僕の左肘が先輩が蹴ろうとしたスネに当たった。すげー痛そう。

 初めて人に暴力を奮ったことに少しの後悔は感じるかと思っていたが、少しも罪悪感はなかった。

「おまえ、何やったか分かってんのか?」

 地面に倒れた先輩が、低い声で僕をにらみつけた。でも、スネのせいで涙目だ。なんかうける。

「自業自得だろ。僕はもう、やられっぱなしになんかなってやらない。弱いものいじめしかできないくせに。されたことにはちゃんとお返しさせてもらうことにした。」

「俺は先輩だぞ!」

「だからなんだよ!尊敬できない行動をしてるやつはカスだ!もしまたうちの犬に手を出そうとしたら……次はないからな。」

 僕は、声変わりの済んでいない少し高い声で逆ににらみ返した。自分がこんな言葉を言えるなんて、不思議な感覚だった。

「ううぅー……」

 柑梨も、援護射撃のように僕を応援してくれている。倒れ込んだ先輩との間をじりじりと詰め、1回噛んでやろうとでも思っていそうな気配だ。子犬なのにたいした気迫だ。倒れ込んだことで、姿勢が低くなったことで、たとえ子犬でも噛まれるかもしれないという恐怖でも感じ始めたのだろうか。

「くそ。覚えてろよ。」

 漫画やドラマに出てくるあのセリフって、本当に吐くんだな……。先輩は負傷したスネをかばってケンケンしながら走って逃げていった。なんかださい。柑梨はしばらく、わんわん吠えながら威嚇してくれていた。

 その背中が見えなくなった時、僕はへなへなとその場に崩れ落ちた。柑梨はそんな僕に駆け寄ってきてくれた。そして、まるで『よく頑張ったね!』と言っているかのように、僕に飛びかかって頬をぺろぺろなめた。まだドキドキしている心臓を落ち着けながら、柑梨をたくさん抱きしめた。

「柑梨、ありがとう。僕、柑梨がいたから戦えたよ。怖い思いさせてごめんな。僕が絶対ちゃんと守るからね。」

 緊張がほぐれたからか、理由もなく涙が頬を伝った。その日を境に、僕へのいじめはなくなった。反撃されることが分かっただけで、こんなにも簡単に地獄の日々とさよならできるなんて。

 柑梨は、僕のために自分よりも大きくて強い人間に立ち向かってくれた。そして、僕に勇気をくれた。僕を変えてくれた小さな小さな勇者。

「……くん?賢太くーん?」

 柑梨との出会いを思い出していたら、どうやら自分の世界に入り込んでしまっていたようだ。

「あ……ごめん。はい!」

「今何考えてたの?」

「なんか、その頃のこと思い出してた。」

「興味あります。」

「面白い話じゃないとは思うけど……じゃあいつかまた話すよ。」

「うん!楽しみにしてるね!ところで、ひとしきりアルバムも見て楽しめたけど、何時くらいから花火大会行く?」

「20時過ぎなんだよね、花火始まるの。だから、ゆっくりしてから行こっか。」

 リビングのソファーにでも座って、妹とNetflixを観ようとすると、突然母が会話に入ってくる。

「いろはちゃん!こっち来て!あ、賢太は来ないで。」

「あ、はい!ちょっと行ってくるね!」

 いろはを取られてしまった。てゆーか、なんでだよ。仕方がないので、あかりがいるリビングに行き、1人で腰を下ろす。

「あれ、おにぃだけ?お姉ちゃんは?」

「なんか、母さんが拉致った。」

 いろはをお姉ちゃんと呼んでいることに突っ込みたかったが、もうあきらめることにした。

「あらら。寂しいやん。慰める?」

「いや、やめとくわ。妹に泣きつく自分とか想像したくない。泣きつくなら柑梨にしとくわ。」

「私の包容力は柑梨に劣ると?」

「いや、柑梨の包容力の前には、人間なんてカスでしかない。」

「それな。」

 座った瞬間に、僕の膝に乗って甘えてきた柑梨をなでながら、大人しくNetflixを見ることにした。

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