05.朝の散歩
花火大会の日、朝10時に駅で待ち合わせた。そわそわして、30分前に着いてしまった……。あー……なんか、遠足が楽しみすぎて仕方ない小学生みたいだ。待ち合わせ場所の、駅前にある時計塔の下で、今日のデートのイメージをしながら忘れ物がないかを念入りにチェックしていると、スマホが震えた。
『賢太君おはよう☀️なんか楽しみすぎて…早く着いちゃうかも!』
いろはからのLINEに、思わずにやけてしまった。
『おはよう。めっちゃ嬉しい!俺なんてもう着いて……』
「あ、賢太君!」
打っている途中で、声が響いた。
「うわああ!びっくりした」
まさかこんなに早いとは思っていなかった僕は、情けない声を出してしまった。
「ね?早く着いちゃったでしょ?びっくりした?」
「返事返そうと思ってたところだったから、めちゃくちゃびっくりした……」
「ごめんごめん!今日いい天気だね!花火、きれいに見えるかな?」
いろははそう言って僕に微笑みかけながら右手で太陽を遮った。ああ……もう太陽よりもいろはが眩しい。
「絶対きれいに見えると思うよ!約束の時間より早いけど、もう行こっか!」
いろはの手を取って、並んで歩き出す。電車で熱海の手前、湯河原まで行く。湯河原駅から15分程歩いたところが僕の実家だ。
「わー!私、海好きなんだよね!湯河原って潮風が気持ちいいね!」
「15分くらい歩くと海が見えるよ。2人ともフライングして早く来たから時間あるし、散歩でもする?」
「え、いいの?」
「うん。ちょうど公園が近くにあるから、少し散歩してから行こうか。」
微笑むいろはの手を引いて、海浜公園に向かって歩き出す。7月の朝の日差しが僕たちを焦がし、少し汗ばむ。それでも頬をくすぐるように、心地よい潮風が吹いていた。
朝の海浜公園は人が少なくて、ゆっくり散歩を楽しむにはちょうど良かった。公園のデッキを海沿いに歩いていくと、犬の散歩をしている老夫婦が目に止まった。
「あ……」
いろはが不意に足を止めた。
「どうしたの?」
「柑梨ちゃん……お散歩一緒にしたかったなって思って。」
「確かに……連れてきてたら、柑梨も喜んだだろうな。」
「わんちゃんとお散歩するって、夢だったんだ。」
「そうなの?」
「大好きなのに、今まで一度もわんちゃん飼ったことなくて。」
「家族にわんこ嫌いな人がいたとか?」
「うーん……みんな嫌いではなかったとは思うんだけど、飼ったことがないとさ、自信なくて。」
「しつけとか大変だもんね。俺、かわいがることしかしてない気がする……」
「うんうん。しつけもだけど、命を預かるって思うとなんか踏み切れなくて……めっちゃ飼いたかったんだけどね……悩みとか聞いてくれそうだよね。」
「犬ってホントに感情読めるんだよ。俺が親に怒られて凹んでる時とか、ずーっと寄り添っててくれたし、親が俺のこと怒ろうとした時とか……親に吠えてくれてたな。」
「え……柑梨ちゃん、賢太君のお姉さんじゃん。」
「んー……お姉さん???なんつーか、相棒って感じかな?」
「相棒……なるほど。でもなんか、守ってくれててお姉さんな感じする!あー……私のことも好きになってくれるといいな!」
「柑梨は優しくて賢い子だから、すぐいろはにも甘えると思うよ。」
率直な意見を言うと、いろははかわいい笑顔を僕に向けた。
「賢太君、海連れてきてくれてありがとう!やっぱり緊張してきちゃってたけど、海見てたら緊張なくなっちゃった。」
突然の天使降臨に、僕は魅了状態に突入した。そして、そのままいろはを抱き寄せた。
「緊張なんてしなくても大丈夫。いろはは、俺にはもったいないくらいの、最高の彼女だから。」
そのまま耳元でささやいた。
「……賢太君、ありがと。でも、なんかめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。」
いろはの言葉で我に返った僕は、いろはの肩に手を置き、体を離す。
「あ、ごめ……」
「ふ、あはははは!」
思わず吹き出した、という感じのいろはにつられて、僕も笑い出す。
「家、すぐそこだしそろそろ行こっか!」
2人でたくさん笑ったから、僕の緊張も少しほぐれた。できたら今日は散歩もさせてあげたい……なんて思いながら、海浜公園を後にした。