04.約束
春も終わりに近付き、僕たちが付き合ってから1ヶ月半が経とうとしていた。七月は、いろはの誕生日だ。「プレゼント、何がほしい?」って、簡単に聞けたらいいんだけどなぁ……僕の誕生日をねらって、告白しようとしてくれたいろはの気持ちが嬉しくて、それ以上の思い出に残る何かがしたい、そう思っていた。サプライズをするためには何がほしいかなんて聞いたらいけない、そんなふうに思っていた。いや、サプライズも何も、まずは約束からだろ。
授業が終わってから、一緒に帰る約束をしていた僕らは、いつものベンチで待ち合わせていた。夕暮れ時になった頃、僕の方が先にベンチに着いていろはを待っていた。
「ごめんね?」待った?」
僕の姿を見つけると、いろはは早足で近づいてから、僕の顔を覗き込んだ。
「いや、今来たところ!」
そう言いながら、自然と歩き出す。
「今日は何の授業とってたの?」
僕が聞くと、
「今日はね、西洋文学の授業だったんだ。西洋のファンタジー作品すごい好きだから、聞いてて楽しかったよ。賢太君は?」
「へえー!西洋とかのジャンルも研究するんだね。面白そう!でもなんか、あれって翻訳する人大変そう!」
「それは確かに!翻訳する人のセンスってあると思う!」
「いろははそういうのにも興味あるの?」
「んー……楽しそうだとは思うけど、英語得意じゃないから、読んで楽しむ方かな?」
「あー……英語は俺も得意じゃない。」
「難しいよね!別に日本語話せればいいじゃん!ってすごく思っちゃう。」
「それめっちゃ分かる!大学来てまで英語とか全然やりたくない!」
「2人ともこれだと私たち、海外旅行なんて行けないね。」
海外旅行というワードを聞くと、なぜか自然と新婚旅行のことかと思い、勝手にドキドキしてしまう僕。
「海外旅行……新婚旅行どこ行きたい?」
「え。気が早いwww」
「えーだって、海外旅行って聞くと新婚旅行かなって思ったんだよー。」
「んー……私、国内でいいけどなー。なんか、いろんな秘境見たい。」
「あーめっちゃ楽しそう!冒険するみたいじゃん!」
「うんうん。見たことがないもの、たくさん見てみたいんだ!」
「なるほど……じゃあさ、今週の土曜日って会える?」
「うん!秘境行く?」
「秘境は新婚旅行ねwww実は土曜日に熱海で花火大会があるから……一緒に行きたいんですよ」
「花火!行きたい!」
反応を見て、僕は心の中でガッツポーズをする。僕の実家は熱海からそんなに離れていない場所にある。いろはが柑梨に会いたいと言っていたことを思い出して、聞いてみることにした。
「それでさ、その日なんだけど、秘境じゃなくてうちの実家に寄ってみる?」
「え?」
いろははまん丸の目で僕を見て、一瞬固まった。実家に行くのはさすがにまだ早かったのか……と思って焦った僕は、取り繕うように早口で言った。
「や、ごめん。嫌なら大丈夫。」
「違うよ!びっくりしたの!嫌なんてことあるわけないよ」
「え、嫌じゃないの?」
「嫌じゃないってば!前言ってた柑梨ちゃんにも会って、もふもふしたーい!」
「そうだよね!いろは、前に会いたいって言ってくれてたし、俺も会ってほしいって思ったんだ。」
「めっちゃ会いたいよ!楽しみ!」
弾けるような笑顔で微笑む姿を見て、僕は心底ほっとした。
「あー、でも、緊張してきたー」
「え、ちょっと待って。なんで賢太君が緊張するの?」
「だってほら、実家には親もいるし……妹もいるから……なんか、いろはに見られるって思うと……なんか恥ずかしい。」
「なるほど。いろんな意味ですごい楽しみだなぁ!」
いろはを送って帰路につく途中、僕は母に連絡をいれた。
「もしもし、母さん?」
「賢太ー久しぶりに声聞いた気がする!ちゃんとご飯食べてる?」
「ああ、うん。大丈夫。今週土曜日にさ、熱海の花火行くことになったんだけど、そっち寄ってもいい?」
「え、そんなことで連絡したの?いつ帰ってきたっていいに決まってるでしょ。」
「うん。ありがと。」
「ところで、花火大会行くってことは1人じゃないよね?友達も来るの?」
「……えっと。」
「あー。なるほど。」
「まだ何も言ってないんだけど……」
「彼女ってことかと察知したんだけど。」
「……うん。」
「へえー!どんな子?いつから付き合ってるの?かわいい?」
こうやって質問攻めにされるから、言うのためらったんだけどな……
「僕にはもったいないくらいかわいい。あとは、土曜日に自分で見て。じゃあ、土曜日よろしく。」
「うわあああー!!おとうさーん!!けんたがー……」
テンションが恐ろしく上がっている母親の叫び声を受話器越しに聞きながら、そそくさと僕は電話を切った。空を見上げると、綺麗な三日月が僕に笑いかけるように浮かんでいた。