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05.僕がアベルになった理由~感情の匂い~

 僕の自慢のお鼻は、いろんな匂いが分かる。人の感情も匂いに乗って伝わる。だから、いつもみんながどんな気持ちなのか分かるんだ。寂しいとか、悲しい時は僕のもふもふで癒してあげるんだ。楽しい時、幸せな時は僕もたくさん幸せ。でも、お散歩の時は感情じゃなくて、いろんな情報が分かるんだ。

 あ、隣のおうちのコテツ君の匂いだ。昨日はおいしいもの食べたみたい。ん?この匂いは知らない!!たくさん遊んだのかな?楽しそう!僕も一緒に遊びたかったなー!

 ん?ここはいろんな匂いがするから、おっきな柱かな?ぶつからないように気をつけないとだね!

 その瞬間、リードが少しだけくいっと引っ張られた。この合図があると、どっちに避けたらいいのかが分かるんだ。いろはありがとう!

 まだ目が見えた時、僕はお散歩が大好きだった。今でも大好きだけどね。こんな僕でも、たくさん悩んだ時があったんだ。

 僕の目はだんだん見えなくなっていった。今はもう何も見えないけど、それでも、光だけは少しだけ感じることができるんだ。だんだんかすんでいった世界。それが全部見えなくなっちゃった時、最初はすごく怖かった。見えていたはずのボール。おもちゃ。大好きな家族。匂いでなんとなく分かったけど、みんながいつものように僕をなでようとしてくれた時、すごくびっくりした。光が遮られて、ぶたれるのかと思っちゃって……気付いたら、大好きな賢太に威嚇しちゃってた。

 「柑梨……僕だよ。わかんない?」

 悲しそうな賢太の声。はっとした時は遅くて……ごめんねって言って僕をぽんぽんってなでて、離れていく賢太の匂い。すごく心が痛かった。

 その日から僕は自分でも不思議に思うくらい疑心暗鬼になった。ほとんどの時間はハウスに引きこもって、一人でいようとした。夜も賢太と寝るのは我慢して、ハウスで寝てた。見えなくなったことで、急に何か起きてびっくりして、もしも間違えて大切なみんなを噛んじゃったら……そう考えたらすごく怖くなったんだ。絶対に傷つけたくなかった。

 それなのに、いつも賢太は僕を一人にさせなかった。僕がゲージの中にあるハウスで丸まっている時、大きな体してるくせに、ゲージの中に一緒に入ってくるんだ。膝をかかえて窮屈そうに……それでいて、何をするわけでもなく、ただ一緒にいてスマホをいじったりしてて……賢太にも自分のハウスがあるのに、毎日毎日。びっくりしちゃって何回も威嚇しちゃったけど……全然めげないでそばにいてくれた。

 それで、夜寝る時間になると、

 「柑梨、今日は一緒に寝る?」

 っていつも聞く。僕だって寝たいよ。でも、もし僕が賢太のこと噛んじゃったら、賢太は僕のこと嫌いになっちゃうかもしれないもん。それが怖くて反応できずに丸まっている僕を見て、いつも寂しそうに言うんだ。

 「大丈夫。大好きだよ。柑梨が来たくなるまで待ってるからね。」

 僕はそれが嬉しかったんだ。目が見えなくなっちゃった僕でも、賢太は一緒にいてくれるんだって、すごく安心した。

 毎日毎日賢太は僕を迎えに来てくれた。

 「ねぇ柑梨、僕、柑梨のこと世界一かわいいと思う」

 賢太がそう思ってくれてるの嬉しいけど、今の僕はかわいくないでしょ?

 「めちゃくちゃかわいいよなー。ほんと。これも反抗期なんだろ?僕にもあったから分かるなぁ」

 賢太の優しい声なのに、光が遮られて、思わず体に力が入る。手が伸びてきたのかな。反射的に低くうなって威嚇してしまう。

 はんこうきって何?僕の近くにいると賢太のこと傷つけちゃうかもしれないから、あっちいきなよ。てれび?見てきなよ!

 「あーうなっててもかわいい。もふもふ不足だから今日はもう反抗期でも知らね」

 そんな言葉と一緒に、僕の体に顔を埋めてくる賢太。

 え?威嚇したのになんで?

 埋めた顔を一度離して僕の肉球の匂いをかいでから、賢太は真剣に言った。

 「柑梨の威嚇なんてかわいいだけで怖くもないんだよなー。ねぇ柑梨……急に目が見えなくなっちゃって怖いよな」

 うん。怖いけど、世界が見えなくなることよりも、賢太たちを傷つけちゃいそうなことの方が怖いんだ……

 「もし僕がって思うと、すげー怖い」

 僕はこのお鼻があるからまだ大丈夫だけど、賢太が見えなくなったら生きていけないかもしれないね。

 そう思いながら、短く鼻息を吐いた。

 「僕、もっともっと柑梨にいろんなものを見せてあげたかった。ごめんな」

 そうつぶやくと、賢太はもう一度僕の体に顔を埋めた。塩水の匂いがした。賢太は、泣いているみたいだ。全然悪くないのに……賢太はいつも泣き虫だ。自分のことじゃないんだから、泣かなくていいのに。

 そうか……これが『悲しい匂い』なんだ。涙が出てなくても、毎日賢太が一人で寝るために僕のそばを離れていく時、同じ匂いがした。こんな匂い、賢太にさせたくないよ。

 そう思ったら、僕は賢太の涙をなめていた。感情にも匂いがあるって気付いた時、僕は落ち着いた気持ちになった。

 この匂いがわかるなら、違う匂いもわかるはず……僕はそう思った。

 その日、僕は久しぶりに賢太と一緒に寝ることにした。賢太はまた泣いていた。でも、悲しいのとは違う匂いがした。おんなじ涙でも、いろんな匂いがあるってことも初めて知ったんだ。

 それから僕は、感情の匂いをかげば光を遮られても怖くないことがわかった。みんなが僕をなでてくれる時、優しい匂いがするから。怖がる必要なんてなかったんだ。

 僕のお気に入りの場所。それは、ハウスじゃない。ずーっと閉じこもってたけど、ハウスが好きなんじゃないんだ。こっそり教えてあげる。大好きな場所はね、リビングの窓際。景色は見えないけど、光なら感じられるから。ソファの後ろの少しだけある空間。大きな窓から射し込む、たくさんの優しい陽の光。そこに寝そべるのが大好き。

 それから、家族でご飯を食べる時にママの椅子の後ろで丸くなるのが大好き。たまにおいしいものくれるんだ。

 ご飯を食べ終わった後に膝の上でしてくれる、パパのマッサージが大好き。

 ソファで寝転がってるあかりちゃんにくっつくのも大好き。

 それから、賢太の近くにいられる時間が大好き!

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