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03.僕がアベルになった理由~約束~

 帰ってきてくれたと思ったのに、賢太は僕を置いていろはとどこかへ行ってしまった。おもしろくない!なんでー!!

 夕方、僕があかりちゃんとお散歩をしてる時にいなくなっていたから、僕は怒っている。とても怒っている。ただいまって言ったじゃん!

 ぷりぷりしながらも、パパが用意してくれたご飯を見て、喜んでしまう。でも、お手もおかわりもハイタッチも伏せもごろんも、全部ぷりぷりしながらやってやった。……尻尾も含めて。

 ご飯を全部たいらげて、お腹いっぱいになった僕は、いつものようにママになでてもらいに行った。

 僕が近づくと、ママは優しく僕を抱きあげてくれた。

 ママ、賢太ひどいんだよ!僕、行ってらっしゃいもできなかったんだから!もー!大好きだけど、やだー!!

 見えない目で必死に訴えかけた。

「柑梨、お兄ちゃんね、大好きな人ができたんだって」

 ふんっ!

 つい、鼻息が漏れてしまった。

 分かってるよ!でもママ!賢太は、僕のことも大好きなんじゃないの?

「柑梨はさみしいのかな?甘えんぼさんでお兄ちゃんのこと大好きだもんね」

 うん!大好き!でもね、ママのこともパパのこともあかりちゃんのことも、あと、いろはのことも大好きだよ!さみしいってよりも、僕は今賢太のこと怒ってるの!

「さっき、お兄ちゃんいないって分かって元気なかったもんね」

 違うの!僕は怒ってたの!賢太、僕のこと置いてったんだもん!

 顔を上げてママの言葉を聞いていたけれど、なんだか悔しくなってあごもママの膝に乗せた。

「でも、許してあげてね?今日はいろはちゃんの誕生日だから、大切な日なんだって」

 そうなの?誕生日って、おいしいもの食べられる日のことだよね。だから賢太、嬉しそうだったのかな。あとは少しだけ緊張した匂いが残ってたよ。

 賢太はもう出かけちゃった後だったけど、僕はどこかに隠れているかもしれないと思っていろんなところの匂いを丁寧にかいだから分かるんだ!

「大切な人をちゃんと大切にできる子に育って良かったって、ママは思うの」

 ママの匂いからは、『慈愛』を感じた。僕までその匂いにつつまれて、幸せを感じた。

 うーん……じゃあ……置いてかれてやだったけど、僕も賢太のこと許すよ。

 そう思って、顔を上げてママの頬をぺろってした。

「ぺろしてくれてありがと。柑梨はいつもかわいいね。今はいなくてさみしくても、今日はお兄ちゃん、ちゃんと帰ってくるから安心してね?うちに泊まるようにね、浴衣着せたのよー。だからママのことほめてー!」

 ママは上機嫌にそう言って、僕に顔を近づけてきた。

 ママえらい!賢太帰ってくるの?じゃあちゃんと僕もいい子にする!ママありがと!

 感謝の気持ちをたくさんこめて、ママの手や頬をたくさんなめた。

「あー……もうホントこの子かわいい。」

 ママの子だもん。当たり前でしょ!

 ママの膝の上でごろんして、お腹もたくさんなでなでしてもらった。それから、賢太が今日帰ってくることを知って上機嫌になった僕は、ママの膝の上でぐっすり眠ってしまった。

 

 

 

 玄関のドアが開く音にも気付かず、寝ぼけた僕の鼻が賢太といろはの匂いをキャッチしたのは、二人がリビングに入ってきた時だった。不覚だ。いつもなら、帰ってきたことくらい庭に入ったところですぐ分かるのに。

 ママの膝から下りて、大きく伸びをした。僕は胴が長いから、まずはお尻を上にあげて、あくびをしながら上半身を伸ばす。その後、後ろ足を伸ばして下半身を伸ばす……という、二段階の伸びが必要だ。しっかり伸びた後、ブルブルと体をふるわせてからリビングに向かった。

 賢太、いろは、おかえりー!でも、僕はちょっと怒ってるんだからね!

「柑梨ー!ただいまー!」

 怒っていることを実は忘れかけていたけれど、思い出したからとりあえず伝えようと、鼻息を荒くしてみる。

 いろははママに連れられて浴衣を脱ぎに行ったようだ。賢太も脱げばいいのに。それ着てると、毛がつくからってだっこしてくれないからやだ。

 浴衣を脱ぎ終わったいろはは、お風呂に入りに行った。それを見届けた後、賢太も着替えに行った。

「柑梨、おにぃね、サプライズ成功したんだってさ」

 さぷらいず?ってなぁに?

 あかりちゃんの言う初めて聞く言葉が分からなくて、僕は首を傾げた。

「たぶん後で柑梨に聞いてもらうつもりだろうな。だから、いい子で聞いてあげてね」

 うん!僕ちゃんといい子で聞く!賢太はいつも泣き虫だからね!

「おにぃ帰ってきて良かったね。でも、お姉ちゃんも柑ちゃんのこと大好きだからね」

 えへへ。あかりちゃんありがとう!僕もあかりちゃんのこと大好き!

 あかりちゃんは、いつも僕に優しくしてくれる。たくさん遊んでくれるし、だっこもしてくれるんだ。

 ソファーで寝そべっているあかりちゃんのお腹のあたりに僕も丸まって、ぴったりくっつく。落ち着くなぁ。

 カラカラカラカラ……

 リビングの扉が開く音がして、賢太が入ってきた。

「柑梨ー!こっち来て?」

 賢太に呼ばれた。あかりちゃんのここ、すごく心地いいからこのまま寝てたいけど……

 抗議の目で賢太を見た。

「え!眠い?ごめん」

 急にしょぼんとした。

 もー。しょうがないなあ。

 僕はできるわんこなので、あかりちゃんの顔を一度だけぺろして、行ってくるねの挨拶をした。

「ふふ。行ってらっしゃい!」

 あかりちゃんは優しい。普通に送り出してくれた。

 僕が賢太の元へ行くと、

 「よかったぁー!!柑梨に嫌われたかと思った……」

 ……なんて情けない声を出すんだ。匂いにも焦りと哀愁が混ざっていた。本当に分かりやすい男だ。

 賢太は、リードをつけてから僕をだっこして、外に出た。お散歩に行けるのかな?

 庭の石垣に座って、僕に語りかける。懐かしい。小さい頃もよくここで賢太の話を聞いていた。僕はそれで言葉がだんだん分かるようになったんだ。

「柑梨、あのな、僕、いろはのことが好きなんだ」

 そんなの見てたら分かるよ。

「柑梨も大好き」

 それも分かってるよ!

 賢太の温かさが匂いに乗って伝わってくる。

「今日いろはの誕生日でさ」

 ママから聞いたから知ってるよ。おいしいもの食べてきたんでしょ!

「プレゼントあげてきたんだ」

 僕にもおみやげくれてもいいんじゃない?ずーっといい子で待ってたんだから!チーズで僕は満足だよ?

「めっちゃ喜んでくれたよ」

 良かったね!僕も賢太がちゃんと帰ってきてくれて嬉しかった!

「こんなに誰かのことを好きになったの初めてでさ」

 高校生の時の賢太、よく悩んでたもんね。あのね、いろはは大丈夫だよ。ちゃんと賢太のこと大好きだよ。僕には分かるの。

「僕に守れるかな?」

 んー……賢太泣き虫だからな。仕方ないなぁ。僕も助けてあげる。

 不安そうな匂いがしたから、賢太に抱かれながら首を伸ばし、鼻をぺろっとした。

「うわ、びっくりした。応援してくれてるのか?ありがと。」

 僕は賢太の親分だからね。賢太のことは、僕が守ってあげる。

「柑梨のことは、僕が守るからね」

 やっぱり、賢太は僕のこと大好きなんだ。良かった!

 そう思ったら、幸せな気持ちになった。ついつい賢太の体に体重を預けて、体を擦り付けた。すると、賢太は僕の体に顔を埋める。賢太はいつもこうやって僕に甘えてくるんだ。

「あー……ホントに落ち着く。いつもありがとな」

 僕も賢太といられるの幸せだよ。

 その時、玄関のドアが開いた。

「賢太君?」

 いろはが出てきたみたい。

「お風呂あがったのか」

「うん。先にいただきました。賢太君は柑梨ちゃんとイチャイチャしてたの?」

「そうそう。もうね、すごい包容力」

 えっへん。そうでしょうそうでしょう!

「ホントにそうだよね」

 いろはは、賢太の隣の石垣に腰掛けた。

「あ、湯冷めしちゃうよ!中に入ろう?」

「大丈夫だよ。風が気持ちいいから、もう少しだけここにいたいな」

 いろはの頭が、賢太の肩にこてんと乗る。その途端に、賢太の鼓動が激しくなった。賢太、ちょっとピュアすぎるんじゃないの?

 賢太をリラックスさせるために、仕方がないからもう一度鼻をなめてやった。

「うお、びっくりした!」

 驚いた顔してるけど、そもそも僕が近くにいるのになめられるのを警戒してないからいけないんじゃないの?

「柑梨ちゃん、なでてもいい?」

「大丈夫だよ。柑梨は、なでられるの好きだもんな」

 いろはならいいよ!

 僕は、いろはの手に頭を擦りつけた。

「ホントにかわいい……」

 僕の魅力にいろはもメロメロだな。

「でしょ?柑梨もいろはのこと好きになったみたいで嬉しい」

 うん。賢太が大切にしたい人だもん。いろはのことも僕が守ってあげる!

「私も柑梨ちゃんといられるの幸せ!」

 そう呟くと、いろはは大きなあくびをした。眠いよね。夜だもん。

「疲れて眠いよね。家の中行こう?」

 賢太は右手で僕をだっこしたまま、いろはの手を引いて家の中に入った。

 朝早起きして僕と一緒に散歩をすることを約束して、いろはは階段を上がっていった。しばらくしてから、賢太がお風呂から上がり、また僕を置いて部屋に行こうとした。今日は一緒に寝るの!

「くぅーん……」

 寂しいなー。行っちゃうなんてことないよね?

 そんな気持ちを声に乗せて、賢太が僕を放っておけないようにしてやった。

「今日は一緒に寝よっか」

 その言葉の後すぐに体が浮き上がり、気付けば賢太の腕の中にいた。作戦成功。

 賢太の部屋。賢太がおうちを出てからずーっと寂しくて、たまに忍び込んでたんだ。ここには、賢太のにおいがするものがたくさんあるから。今日は賢太がいる。それだけで涙が出ちゃうくらい嬉しい。

 ベットの上にそっと降ろされた。寝転がる賢太。すかさず賢太の体の上に乗り、胸の上にあごを乗せる。

 逃がしてあげないからねー!

「なんだよー!かわいいなぁ」

 この至近距離だと、いくらでもぺろってできるし、賢太が動いたらすぐに分かるんだもん。

「今日帰ってきてよかったー……」

 なんで?僕も嬉しいけど、ホントはね、もっともっと一緒がいい。

「いろはのこと、みんなに紹介できたから。もちろん、柑梨にも」

 うん!みんなで仲良く遊ぼ?僕もね、いろはのこと大好きだよ!

 僕の名前が出たから、ついつい嬉しくてぱっと顔を上げて賢太を見上げた。優しくなでてくれて、ふわふわした気持ちになる。

「それと、またこうやって柑梨と一緒に寝れるから」

 え?それを言うなら、賢太ここから学校通ってよ!僕……毎日賢太がいなくて寂しいよ。

 その気持ちでいっぱいになってしまい、抗議を込めた感情が声と態度に出てしまう。

「もっと帰って来いって言ってる気がするなぁ。分かってるよ。もう少ししたら夏休みだからさ、そしたらまた帰ってくるよ」

 本当はね、僕……賢太にどこか行かないでほしい。でも、ちゃんと賢太が僕のこと大切って思ってくれてるのも分かってる。だから寂しいけど、ちゃんと我慢する。だから、約束だからね?絶対!絶対だよ!

 久しぶりの賢太の匂いに安心して、一気に眠気が襲ってくる。賢太の胸にあごを乗せて、僕は眠りについた。

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