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33.責任の所在

 クリスマスイヴの夜が更けて、天国に戻った僕は、神に呼ばれた。

 ケーキを食べたのに物理への干渉をもう一回よこせとワガママを言ったり、最後の物理への干渉で間接的に生物に影響を与えたり、好き放題一日を過ごしたことが原因だろう。

 でも、もうやりたいことはやったし、心配なこともない。モヤモヤしていた心も、今は穏やかに凪いでいる。

「神様、こんばんは。三井賢太です。呼ばれたので参りました。」

 少しびくびくしながらも、挨拶をしてみた。

「あ、賢太君じゃないですかー。」

 そこには、なぜかアベルがいた。

「なんだ……アベルか。なんか、びびって損したぜ。」

「相変わらず失礼ですね。僕に何か言うことあるんじゃないですかー?」

「あぁー……そうだな……。アベル……ありがとう。おまえのおかげで僕は、あの後落ち着いて二人を見守れた。」

「……いつもとは違って殊勝ですね。何か変なもの食べたんですか?気持ち悪いです。」

「いや、食べたものといえばケーキだけだけど、これは本心。なんか、イルミネーション行く前とか、けっこうやばいって自分でも思ってたんだよな。無理やり自分の感情に蓋をしてた感じした。」

「賢太君、嫉妬で悪霊になりかけてましたもんね。」

「俺嫉妬でなりかけてたん?マジ?」

「マジです。てゆーか、本当にあと一歩でやばかったです。」

「ちなみに、悪霊になったらどうなるん?」

「戦闘が得意な天使で編成された特別組織に駆逐されますね。ちなみに、僕が賢太君のところに行く前、もう編成されかけてましたよ。賢太君討伐部隊。」

「うわー……こわ!!悪霊にならなくてマジで良かった……。」

「神様に呼ばれたのはその件ですよ。」

「あ、やりたい放題やったから怒られるのかと思ってた……最悪、地獄行きを覚悟してたわ。」

「きゃきゃきゃ。地獄行きは僕が八つ当たりでしてあげますから、安心してください。」

「何の安心感もねぇよ?」

「そうですかー?まぁ長話もなんですし、少し待っていてください。今から神様を呼びますから。」

「あ、おう。」

 恐ろしい話を聞いて内心びびりながら、神を待つことになった。

「ところで賢太君、もういろはちゃんへの未練はないんですか?」

「んー……なんつーか、竜司、すごくいいやつでさ。二人見てたら、これで良かったって思えたんだ。」

「なるほど……だから二人にチューさせて喜んでたんですね。賢太君はかっこつけだし、完全にストーカーですもんね。」

「やっぱり見てたのな。まぁ……それも否定できないんだけどさ。でもなんか、応援したいって……やっと心から思えた。まあ、死んだことへの悔しさはあるし、今も好きだけどさ。おまえと話してたら、自分の気持ち整理できた気がした。あ、でもかっこつけってひどくねぇか?どこがだよ。」

「まず、いろはちゃんと話す時だけ、一人称が『俺』になってます。」

「えー……お前それ気づいちゃったん?」

「最初から気づいてました。それから、自己犠牲激しすぎです。それで命落としてますしね……。」

「うわー……なんか恥ずかしい。自己犠牲はもう仕方ない。それだけいろはがかわいいんだもの。」

「今でも、一緒にいたいって思ってますか?」

「いろはと生きたかったのは本心だよ。でも、いろはの幸せを願ってるから……だから、幸せならそれでいい……今はそう思ってる。」

 いつもにこにこしながら僕をバカにするアベルが、一瞬悲しげな顔をした気がした。

「……賢太君は、戻れるならもう一度やり直したいと思いますか?」

「そりゃあさ……死んだことがなかったことになるなら、それは僕にとって都合のいい世界だなって思うよ。いろはも、あんなに泣かずに済んだんだから……。」

「そう……ですね。だからもしも、あの事故が起こる前に戻れるとしたら、賢太君は幸せですか?」

「戻れるなら……か……。僕は……いろはのそばにいられること、それは幸せを感じずにはいられないと思う。僕は、ね……。でもさ、竜司とのことは、僕がいない時間をいろはは独りで過ごしてきて、やっと乗り越えて、つかめた幸せだって思うんだ。悪霊になりかけた僕が言うのもなんだけど、僕は僕のエゴで……いろはの今の幸せを壊したくない。だから……もしも戻れるとしても、それを望まない。」

「そう……ですか……。」

 不意に、背後に気配を感じた。振り返ると、絶世の美女である神様があの時と同じように椅子に座っていた。

「賢太よ、よく来たな。」

「とんでもないです。僕のワガママをかなえてくださり、ありがとうございました。もうこれで地獄行きになっても、文句はありません。」

 僕は頭を下げて、きっぱりと言った。

「ふふ……地獄行きか。それはおまえの希望か?」

「え、いや、できることならそんなことになるのはごめんですけど……今回、けじめをつけることができて、すごくすっきりして。アベルにもめちゃくちゃ助けてもらって。思い残すことがないなって。まぁ、とっくに死んでるんですけど。」

 笑いながら話す僕に、アベルが驚きの目を丸くしていた。

「……だそうだぞ、アベル。」

 神様がアベルに目を向けた。

「はい。賢太君が僕に素直に感謝することなんて、隕石が地球に落ちるくらいの衝撃すぎて驚きを隠せません。」

「ちょ……おまっ!!神様の前でナチュラルになんてこと言うんだよ!」

「実はな、今回おまえをここに呼んだのは、アベルの処遇についてなんだ。」

『処遇』という言葉が胸に引っ掛かり、不安になる。それと同時に、アベルの表情が引き締まったのが分かった。

「こいつ、何かしたんですか?」

「神様、僕のことは……賢太君に言わないでほしいと伝えたはずです。」

 僕が聞いた言葉をかき消すように、アベルは声を荒げた。

「アベルよ。妾に口答えをするとは何事ぞ。」

 神様が、ぴしゃりとアベルを制止した。アベルは、何か言いたそうな顔をして神様を見ると、「申し訳ありません。」とつぶやいて下を向いた。

「さて、賢太よ。先ほど、アベルに助けられた、と言ったな。」

「はい。何度も助けてもらいました。」

「悪霊になりかけたお前を守るため、アベルは時を止めた。あれはな、許されない重罪じゃ。しかも、一秒止めるごとに胸をえぐられるような、ありえない苦痛を伴う。」

「え……」

 頭が真っ白になった。なんで……

「アベルはそれが分かっていて、お前を助けた。」

「おまえ……どうしてそんなこと……」

 神様の言葉を聞いて、僕はアベルを見る。

「賢太君には……関係ないです。」

 ふてくされた子供のように、アベルは地面を見る。

「はあ……アベルよ。そろそろ素直になってもよいのではないか?」

 呆れ声の神様の様子に困惑しながらアベルを見ると、その瞳から、大粒の涙がこぼれていた。アベルはそのまま僕にかけ寄り、抱きついた。

「ふう……このままでは分かるまい。」

 そう一言つぶやくと、神様はアベルに向けて軽く手をあげた。その瞬間、光の粒がアベルに降り注いだ。アベルの体が縮み、その全身がクリーム色の体毛で覆われた。

 短い足。長い胴。優しい瞳。嘘だろ。そこに姿を現したのは、愛おしい、もう会えないと思っていた犬の姿。驚きに体が震える。涙が、頬を伝ってとめどなくあふれだした。

「柑梨……なのか……」

「……うん。」

「おまえ……何してんだよ……」

「賢太に会いたかった。ずっと、見てたんだよ。」

「僕はお前を守ってやれなかったのに……」

「ちがうよ。たくさん、守ってもらった。たくさん、愛してくれた。」

「何も……できなかったよ。大切なのに。それなのに僕は、助けてもらってばっかだ。」

「あのね、あの日、苦しくなかったんだよ。お腹が変だなって思って……ふらふらして、ぼーっとしちゃってた。でもね、ずっと賢太がなでてくれて、だっこしてくれて、最後まで幸せだった。だから、僕はずーっと賢太に、ありがとうって伝えたかったんだ。」

「間に合わなくて……ごめん。」

「違うよ。賢太が僕のために一生懸命になってくれたこと、分かってるよ。幸せだったって言ったでしょ。」

「僕も、柑梨といられた七年間、短くて……本当はもっと一緒にいたかったけど、出会えたのが……相棒がお前で幸せだった。」

「へへへ。やっと言えた。こんなに早く賢太に会うことになると思わなくて……。賢太がここに来た時、すごくびっくりした。あの時も、ここに来る時も、賢太を守ろうと思ったのに……できなかった。」

「ずっと……僕のことを守ろうとしてくれたんだな……。あの時って……?」

 柑梨は伏し目がちになり、尻尾を力なくたらし、ぽろぽろと涙を流した。

「賢太がいろはを守ろうとした時……背中、叩いたの、僕なんだ……」

「柑梨……やっぱり、そうだったんだな。ありがとな。僕、それで大切な人を守れた。」

「ごめんね……賢太のこと、ぽんぽんって叩いたから……そうじゃなかったら、賢太はケガだけで済んでたかもしれないのに……僕がいけなかったの。」

「ちげーよ。足が動いたから、僕は自分を誇れてるんだよ。ありがとう。」

 柑梨を抱きしめて、顔をうずめた。柑梨のにおいだ。安心する。二度と会えないと思っていたから、嬉しくてたまらない。

「賢太ぁ……」

 情けない声を出す柑梨を見て、ぷっと吹き出してしまった。

「つーか、アベルの要素感じないな……。あのしゃべり方はどこいったんだよ。」

「あれはあれでかわいかったでしょ?賢太にばれずに手伝いたかったの。賢太、必死だったから、今度こそは……って、力になりたかったの。」

「だからっておまえ……重罪って……。神様、こいつ、どうなるんですか。」

 僕は、柑梨を抱き続けながら、様子を静観している神様に向き直った。

「そうだな……本来なら、ここから消え去ることになるな。それにおまえ、もう体も限界だろう。」

「はい。覚悟してます。僕はそれでいい。」

 柑梨は決意を宿した目で、神様を真っ直ぐに見た。

「そんなの許せるかよ!」

「まあ、待て。『本来なら』と、言ったであろう。アベルはな、この短期間で天使になるくらいきれいな魂なんだ。その魂がなくなってしまうのはもったいない。そこでだ。賢太よ、お前が代わりにいなくなるか?」

「だめだよ!」

 間髪を入れずに叫び、必死に食い下がろうとする柑梨。ずっとこうやって守ってきてくれたんだな。全部を理解して、僕は温かい感情で満たされていった。

「神様。そうしてください。僕は、もう満足です。ついでに、僕のワガママのせいで柑梨の体が限界なら、その痛みも苦しみも僕の魂に乗せてから消してください。」

「そんなの……だめだよ!」

「ほお……よかろう。そなたの最後の願い、聞いてやろうぞ。」

 その言葉と同時に、体が鉛のように重くなり、胸が苦しくなった。あいつ、こんな状況のまま過ごしていたのか……。

「柑梨……ありがとう。最後にお前のことをちゃんと守れるなら……それほど嬉しいことはないよ。」

「賢太!やだ!」

「最後にお前を抱くことができて、僕は本当に幸せだよ。目、ちゃんと見えるようになったんだな。良かった……。あんなにそばにいたのに、たくさんの景色、見せてやることできなかったからさ……。もっとたくさんいろんなものを見て、いろんなことを知っていってくれ。約束だぞ。」

 僕は、柑梨を抱きしめ、もふもふの体毛にもう一度だけ顔をゆっくりと埋めて大きく息を吸ってから、優しく地面におろした。

「やだってば!神様……僕にして。時間止めたのは僕なんだから!!」

「ワガママ言うなよ。今度は僕にお前を守らせろよ。ダメダメな飼い主の、最後の願いくらい聞いとけ。」

「話はついたようだな。」

「ついてない!やだ!!」

 僕にしがみついて離れようとしないわんこが、だだをこねているが、神様は無視して続けた。

「では、賢太よ。目をつぶれ。」

 僕は、そっと目をつぶった。神様が僕に向けて手をあげた。天使姿のアベルを犬の柑梨に変えた時と同じような優しい光が、僕に降り注いだ。

「消滅の痛みは感じぬ。安心せよ。」

「神様……ありがとうございます。柑梨。じゃあな、幸せにな……」

 つぶやき終わると同時に、柑梨が遠吠えのように鳴いた声が聞こえた。それを最後に、僕の意識は遠ざかっていった。

 

 

「どうして……ですか……。僕が勝手にやったんだから……僕だけで良かったじゃないですか!賢太を返してください……返してよ!。」

「うるさい。先ほど伝えた通りだ。」

「僕は綺麗なんかじゃない。賢太が愛してくれたから、だから賢太を助けるために頑張れた、それだけなのに……。僕から二回も賢太を奪わないで……賢太の人生を返してあげてよ!!」

「分からんやつだな。時間を止めたお前は重罪を犯した。賢太を守るために犯した罪だ。賢太がその業を背負うのもおかしな話ではなかろう。」

「おかしい……僕は罪になることを知っててやったんだ!」

「ならば、賢太はお前がその責任をとって消滅することを望んだと?そう思うのか?」

「それは……ないです。だからこの場に、呼んでほしくなかった。僕の正体も、知ってほしくなんてなかった!」

「そんなこと知らぬ。全てお前の事情であろう。」

「……。」

「納得がいかないか。ならば……非常に残念だが、お前も消滅をするか?」

「……賢太がこの世界にいないなら、僕も一緒にいなくなります。」

「そこまであやつが好きか。」

「……大好きです。好きっていうよりも……僕は賢太といたい。たくさん……愛してくれた人だから。」

 しばらくの間を置いて、まじまじと犬を見つめると、神はつぶやいた。

「そうか……。ならば、賢太とともに、行くとよい。」

 覚悟を決めた犬は、目を閉じた。光の粒がその小さな体を包み、やがて消えていく。

「神様、ありがとう。」

 犬は消える直前に神を見て、心からの感謝を述べた。

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