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31.本音

 竜司は、いろはの「かわいい」という言葉を単純に誉め言葉として受け止め、嬉しそうな顔をしていた。

「えへへ。ありがと♡ あ、いろちゃん、リフトあるよ!行ってみよ?」

「今語尾にハートつけたでしょ!あざといなぁ……リフトなんてあるんだ。なんかすごいね!」

 どうやらこの施設は、リフトに乗ってイルミネーションを上から眺めることができるらしい。僕も含めて、三人とも興味津々だ。両思いの期間が長かったこともあって、二人は楽しそうだった。それでも、距離はそれなりにあって、もっとくっつけよ!と、なぜか僕がむずむずしてしまう。二人が寄り添うことへのモヤモヤももちろんあったが、僕は二人を応援するって決めたんだ。

 リフトに乗るために列に並んでいた二人。談笑しているうちに順番がまわり、二人乗りのリフトにタイミングよく腰かけた。いろははきっと、竜司のサポートがなければうまく乗ることができずにリフトを止めていたことだろう。ちゃんとよろけていた。

 リフトの高度があがっていき、足元でイルミネーションの光が、冬の澄んだ空気に眩く輝いていた。

 ……そろそろ、頃合かな。

「おい、アベルー!!」

 僕は大声で鬼畜天使の名を叫ぶ。すると、白髪で大きな赤い瞳をしたいつもの天使がどこからか姿を現した。そして、たった一言つぶやいた。

「りょ。」

「え、あ、え!?まだ何も言ってないんだけど……。」

「僕はできる天使なので、賢太君が思ってることなんてよゆーで分かるんです。」

「おまえ、そういえばハイスペックな天使だったな。いや、悪魔か。ん?ガキだから小悪魔か。」

「そんな口をきくと、賢太君の望み、叶えてあげませんからね?神様からのご命令だったので仕方なくやってやろうと思いましたが、賢太君が生意気なのでやめます。」

「うおー!!ごめん。アベル様ー!!頼むよー!」

「はぁ……。ほんとに調子が良すぎます。っていうか、僕は仕事が早い天使なので、もうやってますよ。気付かないなんて、賢太君の目は節穴どころかブラックホールですね。」

「あ……本当だ……。でも、ブラックホールって……」

「でも賢太君、この二人を本気でくっつけたいって思ってるんですか?さっきからずーっと、顔に書いてありますよ。ふざけんなーって。」

「え、そんなことねーよ?だって僕は今日、2人をくっつけるためにここにいるんだからな。」

「いや、ここに着く前から顔やばいし、悪霊になりかけてますからね。気づいてるんでしょ?自分の心の中にある黒い感情に。」

「……え、悪霊……?マジで言ってる?」

「マジです。人のことを悪魔とか言ってる場合じゃないですからね。だから僕は賢太君に聞きます。賢太君は、いろはちゃんとのこと……どうしたいんですか?本当の望みはなんですか?いい人ぶって、2人のためにとか言ってないで、この場でぶちまけてみてください!」

「……いや、僕は……。」

 僕は……?答えなんて……分かりきってるのに、言えない。

「答えてくれるまで、賢太君のお願いはストップします。」

 アベルはそう言うと、手を胸の前で組み、目を閉じて祈りを捧げた。それと同時に、不思議なことに周囲の時間が止まった。

 止まった世界で、僕たちだけが会話を続けていた。

「え……うそだろ。」

「賢太君が素直にならなければ、世界の時間はこのまま止まり続けます。」

「おまえ……そんなの……どんな力だよ……つーか、なんだよその顔……」

 アベルの呼吸が少し荒くなり、普段から色白の顔色が見たことがないほど蒼白になっていた。

「そんなことは、賢太君には……関係ありません。早く答えてください。」

「どうしても……言わなきゃダメか?」

「ダメですね。二度とこの世界が動き出さなくてもいいというなら、そのまま口を閉ざしていたらいいと思います。」

 この鬼畜天使、全世界の人を人質にした的な発言したぞ。嘘だろ。

「僕は……いろはが好きなんだ。死んでも、それは変わらなかった。」

「はい。それは知ってます。この先、賢太君はいろはちゃんにとってどんな存在でいるつもりですか?」

 そんな聞き方ずるい。僕は……

「僕は……彼氏……が……よかった。」

 僕の瞳から、熱い雫が溢れ出す。次々と、止まらずに川のように流れていく。

「なんで……僕は死んだんだ……。」

「いろはちゃんを助けたから……です。」

「いろはと……生きたかった……。僕は、いろはと生きたかった……。」

「それはもうできないんです。」

 せっかく紡いだ言葉は、アベルに否定された。理解していることなのに……理解しているからこそ悔しくて、怒りの感情に支配されて僕は怒声を響かせた。

「分かってる!!いろはを助けたことに後悔なんてしてない!」

「してます。」

「してねぇよ!いろはが生きてて嬉しいんだよ!」

「そんなの、偽善じゃないですか。」

 苦しそうに、震えながら言うアベル。

 命をかけて救った行動に対する評価が『偽善』だなんて、ひどすぎる。

「おまえはなんなんだよ!」

「天使です。」

「だって……仕方ねぇだろ!現実は……いろはを助けて僕は死んだ。もうその事実は覆らない。」

「はい。それは事実です。」

 怒りは諦めになり、悲しみになり……いつの間にか僕は天使というありえない存在にすがっていた。

「生きたいって願ったら……生き返らせてくれるのかよ……」

「できません。この世の理を変えるようなこと、してはいけないですから。」

「それならなんで……おまえはこんな残酷なこと聞くんだよ……」

 アベルが許せなかった。僕の気持ちを全て踏みにじられたように感じた。どうにもならないことを責められても、納得のいく答えなんて出るはずがない。

 僕の怒りの感情に合わせるように、すでに夜になり暗くなったはずなのに、もやがかかったように空が暗くなった気がした。

「賢太君、相手のことばっかりで、かっこつけすぎなんですよ!」

 なんでおまえが怒鳴るんだよ。そんな苦しそうな声で……おまえこそ、僕におせっかいすぎるじゃないか。

「どうにもならないんだから、かっこつけるしかねーじゃんか!」

「違います。自分の気持ちに正直になっていいんです!」

 気持ちに……正直に……なる……?僕はどうにもならないこの状況を……どう思ってるんだ……?いろはと……一緒に……死にたかった……のか……?

 一瞬で氷漬けになったかのように、急激に怒りの感情が、アベルへの憎しみが消えて……残ったのは、いろはへの愛おしさだった……。

 僕は、へたへたとその場にしゃがみこんだ。

「いろはと……生きてぇよ……そうじゃなかったら、あの時一緒に死んでたら……」

「きっと今も一緒でしたね。」

 言いかけた言葉を引っ込めて、自分の心を見つめた。

「違う……僕……いろはを……守れなかったら……死なせてたら……天国になんて……来れなかった……一緒には……いられない。」

 怒りと憎しみの感情に支配されていた僕の瞳から、いろんな感情がこもった涙が堰を切ったようにこぼれ落ちた。

「賢太君……。」

 アベルは、幼いながらも、泣き出しそうな表情をして僕の名前をつぶやいた。

「アベル……僕、いろはが好きなんだ。」

「知ってますよ……。」

「好きでたまらなくて……でもやっぱ、守れたことは誇らしい……。たいして生きてもない僕の人生の中で……唯一、誇れることなんだ。」

「そう……ですか……。」

「だから……だからさ……僕は死んでるから……やっぱり……いろはに……前……向いてほしい。」

 白髪の天使は、悲しげな優しいほほ笑みを浮かべ、純白の羽を羽ばたかせて僕の目の前に舞い降りた。

「賢太……良かった……。もう……ちゃんとあの頃の君に戻ってる……うん……大丈夫そう……ですね。」

 そうつぶやくと、僕の肩に顔を埋め、小さな腕で一瞬だけ抱きしめた。

「アベル……?」

「さあ、最後のストーカーですね。」

 アベルは胸の前で手を組み、祈りを捧げた。

「ストーカーじゃねえし!鬼畜天使!」

「僕はかわいくて優しい天使です。」

「はぁ?小さくてかわいいのは見た目だけじゃんか。」

「賢太君こそ、僕のこの魅力が分からないなんて、病気なんじゃないですか?」

「天使なんて初めて会ったんだから、魅力なんか知るかよ!」

 でも……なぜかいつもこいつ、僕のことを助けてくれるんだよな。だから、絶対言わないけど、めっちゃ感謝してる。

「そんなこと言っていいんですね……もうパワハラしますからね。」

「うわー……でたでた。最悪子供悪魔!つーか、早く時間戻せよ!」

「もう、あと少しで動き出しますよ。さすがに、そろそろ限界……でしたからね。」

 アベルは満身創痍といった様子で小さな眉間に皺を寄せていた。

「……おまえ、大丈夫か?」

「人のことなんて気にする余裕、賢太君にはありませんよ。やるべきこと、残ってるんでしょ?だいたい、ストーカーに心配されるほど、僕は弱くありませんからね!」

 駆け寄ろうとした僕を右手で制して、いつもの塩対応に戻りながら意志のこもった視線を送ってきた。

「そんな死にかけた顔してよく言うわ。」

「本当に死んでる賢太君に言われたくないですけどね。」

「くそ……でも、ありがとう。おまえのおかげで、すっきりした。」

「それじゃあ、僕は天界に戻りますから、ちゃんといろはちゃんのストーカーしてきてくださいね。」

「アベル……怒りに任せてひどいこと言った。ごめん。ありがとな。」

 きっと聞こえていないだろうが、小さな背中にお礼を言った。

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