30.光と影
正式に付き合うことになったいろはと竜司は、入店から数えると三時間ほど滞在してからカフェを後にした。辺りはもうそろそろ夕暮れ時になる時間で、薄暗くなってきていた。いつもより少しだけ近い距離感で並んで歩く二人に、少なからず羨ましく感じてしまう僕がいた。うまくいってほしいのに、いろはを取られてしまった気もして、うまく気持ちを抑えられない。イライラする自分の存在を感じ、そのことにも辟易する。
「外、めっちゃ寒いね。さすがクリスマスだぁ。」
身を縮めながらつぶやくいろはを見て、竜司は自然と手を取って、指を絡めた状態で自分のポケットの中にしまう。
「こうしてたら、あったかいんじゃない?」
いろはの顔を覗き込んでいたずらっぽく笑った竜司に驚いたらしく、いろはの反応が遅い。しかも、少し赤くなっている気がする。
「あ……うん。あったかい。ありがと。」
目を逸らしはしたが、微笑みながら一生懸命答えるいろはに、こっちがむずむずする。中学生のお付き合いかよ!
「ぷはっ!いろちゃん、マジでめっちゃかわいい。」
「え、いろちゃんになってる!」
「うん。本当はずっとちゃん付けて呼びたかったんだ。だめ?」
「ダメ……じゃない。」
「賢太君にはなんて呼ばれてたの?」
「賢太君は、『いろは』って呼んでたよ。」
「じゃあその呼び方は賢太君に譲る。俺は、いろちゃんって呼ぶから!」
「うん。ありがと。」
「ん?何のありがとう?」
「竜司君が、賢太君のこと考えてくれてるってすごく伝わるから……」
「そんなん当たり前だよ。いろちゃんが大事にしてるものは、俺も大事。それにさ、賢太君マジすげーよ。でも、賢太君は絶対悔しかったと思う……。だから、俺がちゃんとしてなかったら、怒られちゃいそうだ。」
「竜司君には怒らないよ。私は昨日怒られたけどね……。」
いや、甘いぞいろは。僕はそんなことがあったら竜司を呪うね。いろはを大事にしてくれると思ったから、背中押したんだから。
「あはは。絶対俺にも怒るよ。俺がいろちゃんのこと泣かせたり、守れなかったりしたら、絶対今度は俺のところ来ると思う。賢太君に会ってみたいけどさ……。でも、賢太君をがっかりはさせたくない。そして何より、俺さ、いっぱいいろちゃんのそばにいて、たくさん笑わせる。俺がちゃんと守るから。」
いろはを見つめ、優しく笑う竜司。
「確かに賢太君ならやりかねない。めちゃくちゃ私のこと好きだからなー。でも昨日ね、ひどかったんだよ。『泣き虫だから愛想がつきた。別れよう。』とか言うの。」
だってそれは……。自分の手で守れるなら、僕は君と別れるなんて1ミリも選択肢になかったよ。
「そっか……賢太君、いろちゃんのために身を引こうとしたんだね。でもちょっと待って。いろちゃんそんなにずっと泣いてたの?」
「……あ、うん。いつもふとした瞬間に思い出しちゃうけど、この季節になると余計ダメで……夜一人になると毎日。」
「そっか……気付かなくてごめん。でも、それは賢太君も心配になるよね。」
「私が言わなかったんだもん。竜司君は少しも悪くないよ。でも、賢太君、私のこと好きなくせに、泣きながらそんなこと言ったんだよ……。私が竜司君のこと好きだって分かったからって……バカだよね。」
バカで悪かったな。つーか、泣いてたのマジでバレてたのか……恥ずかしい……。でも、僕には幸せにすることができないんだから、当たり前じゃんか。それしか選択肢なんてないじゃんな。
「賢太君、すごく苦しかったと思う。でもそれくらいいろちゃんに笑っててほしかったんだね。……賢太君には何でもお見通しなんだね。これは責任重大だなぁ。」
「そうだよー。それにね、今日は私のこと見ててくれるって……俺がヤキモチ妬くくらい前に進めって……賢太君言ってたんだ。だから、ちゃんと幸せな時間たくさん作ろうね?」
軽く首を傾げながらまっすぐ竜司を見つめるいろはは、アベルよりも天使だった。
「じゃあ、クリスマスだし……イルミネーション見に行かない?」
「うん!行く!イルミネーション大好き!」
いろはが笑って答えた。たくさん笑えるようになっていることが嬉しい。隣にいるのが僕じゃないことが悲しい。でも、竜司は信じられる。
それならこの心の痛みは何なんだろう……。ちがう。幸せになってほしいんだ。僕は……大丈夫。大丈夫だ……。自分に言い聞かせるように、何度も『大丈夫』という言葉を繰り返しながら、並んで歩く二人を見つめてから僕は目を閉じた。
午後五時になると、辺りは完全に暗くなる。冬は、夜が長い季節だ。綺麗な三日月が夜を彩っていた。
電車に揺られて、降りたその先。そこは、アトラクションのあるテーマパーク。期間限定で行われるイルミネーションは、日本三大イルミネーションとかいう言葉で紹介されるくらい、全国的にも有名な場所だった。
「さすがに混んでるね。はぐれないようにしないと……。」
竜司のつぶやきにあわせて、いろはが竜司のコートの端を掴んだ。なんだこれ。かわいすぎるだろ。
「~!!」
突然のいろはの天然の甘えに、竜司もやられたようだ。
付き合いたてということもあり、もちろんほんの少しだけ『友達以上恋人未満』の時よりも距離は近くなったが、それでもこの二人はあまりいつもと変わらない距離感で歩いていた。
さっきカフェ出た時はちょっといい感じだったのに……こいつらマジでなんなん。竜司も、いい顔してる割には女慣れしていない様子がうかがえる。まぁ、僕も慣れていたわけではないんだけどね。
列に並んでチケットを買い、園内に入った二人は、幻想的な光の世界に目を奪われていた。今回のイルミネーションのテーマは、『平和』のようで、入園してすぐの場所に、地球を模した大きな球体が、青と緑の電飾で彩られて光を放っていた。時折、青い光が波のような動きをして、地球が拍動している様子が細かく表現されていた。その周りに、白い鳩や色とりどりの花々が散りばめられていて、『平和』という世界観を作っていた。
歩くにつれて、様々な動物を模した電飾や、海の生物、人々が手を取り合う姿など、いろいろな形の『平和』が表現されていた。
中でも目を引いたのは、光のトンネルだ。たくさんの電飾がトンネルの壁一面に敷き詰められていて、中に入るとまるで別世界にいるようだった。幽霊である僕ですら目を奪われていたのだから、いろはも竜司もすっかり夢中になっていた。
「すごい綺麗!寒いけど来てよかった!竜司君、連れてきてくれてありがとう!」
いろはが無邪気な声で竜司に言った。
「俺こそ、こんなにすごいって思わなかったよ。いろちゃんと一緒に来れてよかった!めっちゃラッキー!でも、いろちゃんの方がキレイだけどね!」
満面の笑みで竜司が答えた。
「またそういうこと言う!」
「そりゃ本当のことだからね。」
「当たり前のようにデレデレするよね、竜司君って。」
「んー。その時に思ったこととかは、そのタイミングでの感情だからね。それに、ずっとこうしたかったし。だから、これからもちゃんと伝えるべきことは、口に出すようにするね。」
「その伝えるべきことが、なんか照れる。」
「照れてくれてるのは嬉しいよ?俺の言葉に気持ちが揺さぶられてる証拠じゃんな。」
「……ノーコメントで。」
「えー……そこは素直に『うん♡』でいいと思う。」
「そんな簡単に素直になれるわけないじゃん!」
「あはははは!そういうとこも好き。」
「もー!!ほんとそういうとこ!」
「俺って素直でかわいいでしょ?」
「確かに……かわいい。なんか納得いかないけど、かわいいから流される。」
微笑ましいやりとりであると同時に、僕は、心の奥に痛みを感じた。いや、今回が初めてではない。それでも、その痛みにだけは気付かないふりをしなきゃいけない。……どうして僕じゃないんだよ……だめだ。違う。僕は何のためにここにいるんだ……思い出せ。
なるべくゆっくり、深く呼吸をすることで、僕の中のどす黒い感情までも吐き出そうとした。




