03.告白
それからいろはとは、毎日同じベンチで語り合った。お互いに約束をしていたわけではなくても、昼食の時や空き時間など、二人の時間が合う時には自然と会うようになった。好きな本や好きな食べ物、もちろん合うものも合わないものもあったけれど、それも全部含めていろはが好きだった。いろはが好きなものは、好きになりたいと思った。帰ってからもLINEで連絡を取り合って、他愛もない話をたくさんした。離れている時間でも、いろはと繋がっている……そんな感覚がした。いろはがいるだけで、僕は毎日幸せだった。
世の中の人は、自分が幸せであることに気づかない人が多い。僕自身、今までは幸せが通り過ぎてから、僕は幸せだったんだ……と、思い返すことばかりだった。でも、いろはとの時間だけは特別だった。一緒にいる時間はもちろん、いられない時間すら幸せを感じた。僕が感じている幸せを、いろはも感じてくれていたら嬉しいと、心からそう思えた。
僕は出会ってから毎日のようにいろはに告白まがいのセリフを言っていたが、いろはにいつも軽くあしらわれていた。
「いろは今日もめっちゃかわいい。」
「はいはい。もー本当に毎日かわいいって言われすぎて、自己肯定感あがってきちゃったよ。私がナルシストになったら賢太君責任とってくれるの?」
「え、とっていいの?一生責任とる!」
「もー付き合ってもないんだから、そんな簡単に言わないでよwww」
「付き合ったら言っていいってこと?」
「んー…どうだろ?」
「えー!!」
こんな会話をほぼ毎日僕たちはしていた。いや、もうこれ、付き合ってるだろ!って思ってしまうくらい、やりとりを思い出すだけでにやける。
そんな僕たちが付き合うのに、時間はかからなかった。
「賢太君、初めて会った日さ、なんで話しかけてくれたの?」
五月十五日のことだった。その日もあのベンチに僕たちは座っていた。昼ごはんを食べていたら、いろはに、唐突にそんな質問をされた。
「え?いろはが……かわいかったから。もうね、気づいたら隣に座ってた。」
僕は、いろはの目をまっすぐに見て、そう答えた。
「それ、変質者じゃんwww」
「やめて。その自覚はあるんだから。でもね、マジで引き寄せられるように隣に座ってたんだよ。」
「私もね、なんでこんなにたくさん座る場所あるのに隣に来たのかなって、ちょっと戸惑ってたんだよ?」
「だよね……俺もまさか、サンタさんとか初対面の女の子に言うとは思わなかった。」
「確かに!それ言ってた!何この人wwwって、一気に力抜けちゃったもん。」
「おおお、緊張ほぐすとか、ナンパ成功じゃん。」
「え。じゃああれって、やっぱりナンパだったの?」
「ナンパっていうか……本気で一目ぼれだったんだ。でも、いろはと話して、たくさん知っていくうちに……もっと好きになった。」
「一目ぼれ!!私、最初は変な人だなって思ってた。」
「まあ……急にサンタの話されても、普通は困るよね……ちなみに俺はあの時、めっちゃ仲良くなりたいのに自分が信じられないようなこと口走ってたから、絶望してたよ。」
「そうなの?そのわりにはめっちゃちゃんとしゃべってたのに。でも……うん。あれがなかったら、こんなに賢太君のこと、好きになることもなかったんだなぁって……思うなぁ。」
「え……それって……いや、待って。」
いろはの突然の言葉に僕は顔を跳ね上げた。伏し目がちにいろはが僕の目を見る。一瞬で心臓を掴まれた気がした。
「俺が先に好きになったんだから、俺に言わせて。」
「……何それ。私もちゃんと好きなのに。」
「ちょっと待って。ホントにそれ反則なんだけど。かわいすぎる。」
「出会ったときから本当に変わらないよね。心の声いつももれちゃうの?もう!!」
薄ピンクに染まった頬を膨らませて、目を細めて僕を見る。ドキドキする心臓の鼓動を抑えながら、僕はいろはの目を見つめ返した。
「いろは、俺、君が好きだ。絶対たくさん笑わせてみせるし、俺が守りたい。だから、俺の彼女になってほしい。」
言えた。毎日かわいいというセリフは言っていたが、本気の告白は初めてだった。
「うん。私も賢太君がいい。よろしくお願いします。」
天使からOKの返事をもらった僕は、もうこのまま空を飛べそうな気がした。死んでもいいとすら思った。いや、こんなかわいい彼女ができてすぐ死んだら、死んでも死にきれないに決まっている。いや、待て。落ち着け。調子に乗るな、僕。……毎日のように告白まがいのセリフを言ってしまう僕に、いろはが根負けしただけかもしれないぞ。あ、でもこれ、幸せすぎてやばい。あーめちゃくちゃ大事にしたい。
大好きな人が彼女……僕は世界一幸せだった。不意に涙が出てしまった。
「え!?賢太君なんで泣いてるの?」
「泣いてない!ってのは嘘だけど……めちゃくちゃ好きだから……嬉しすぎて。俺、生まれてきて良かった。」
「そんなに喜んでくれると、こっちが照れるよ!もう……仕方ないなぁ。」
バッグから水色のはんかちを取り出して、微笑みながらいろはが僕の涙をぬぐってくれた。柔軟剤だろうか?いいにおいが鼻をかすめた。
「絶対大切にする。」
感情があふれ出して、いろはの体を抱き寄せながら伝えた。
「わ……びっくりした。」
「ごめん。つい。でも、ずっとこうしたかった。」
「いーよ。賢太君なら。かわいいなぁ。」
そうささやきながら僕の背中に手をまわしてくれたいろはが、はっと顔をあげた。
「そうだ!賢太君、誕生日おめでとう!」
至近距離でほほえむいろはにドキドキしながら、つられて笑みがこぼれた。
「え、覚えてくれてたの?」
「うん。だから、今日にしたの。」
「え?」
「賢太君の誕生日が記念日だったら、絶対忘れないでしょ?あとね、これ、プレゼントだよ。」
いろはは、ポケットから青い小さな箱を取り出して、僕に差し出した。
「開けていい?」
「うん!絶対似合うと思うんだ!」
青い箱に指をかけて、ゆっくり開いた。入っていたのは、ブレスレットだった。どこまでも透明な石は水晶だろうか。暗い赤茶色に、光を反射したような、明るい茶色の線が入った石と、紺色にキラキラした光の粒が乱反射しているような石、薄い水色の地球のような石が散りばめられた、きれいなブレスレット。
「すげえ。これ、パワーストーンっていうんだっけ?」
「そう。これ、賢太君に合わせて作ってもらったんだ。」
「すげえきれい。透明なのは水晶?」
「そう。水晶はね、心をきれいにしてくれるんだよ。賢太君が何か嫌なことがあったとき、水晶が守ってくれるよ。」
「そうなんだ!この茶色い石は?見る角度によって全然色が違って見えるね。」
「これはね、レッドタイガーアイ。金運とか仕事運の石!」
「赤い虎の目……強そうだね!この石、かっこいいな。紺色のこっちは?」
「ラピスラズリ。魔除けとか、願いをかなえてくれる石だよ。」
「へえー……もう願いかなったけど、もしかしてそれもこいつのおかげかな!じゃあこの水色の地球みたいな石は?俺、この石が一番好きかも。」
「本当?私もこの石が一番好きなんだ。これはね、ラリマーっていうんだよ。愛の石。自分だけじゃなくて、周りの人も幸せにしてくれるの。賢太君に幸せにしてもらいたいから、私の欲も入れといたんだ。」
「……する。絶対する。」
いろはの気持ちが嬉しくて、僕はその場でブレスレットをつけた。何があっても、いろはのことを大切にしていきたい。心からそう思った。