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29.悲しい追憶

「いろは……さん?」

 いろはの綺麗な瞳に気圧されて、竜司が戸惑ったような、情けない声をあげた。

「さっきね、今日話したいことがあるって言ったの覚えてる?」

「うん。」

「今日はね、竜司君とちゃんと向き合いたくて来たんだ。」

 深呼吸をして、真剣な眼差しで竜司を見つめるいろは。

「うん……ありがとう。」

 いろはの雰囲気に飲まれ、竜司も真剣な顔つきになる。

「少し前の話になっちゃうけど、頑張って話すから……最後まで聞いてくれるかな?」

「もちろんです。さっきも言ったけど、俺はいろはさんのことなら、全て知りたい。どんなことでも受け止めるって決めてるから。」

「うん……ありがとう。じゃあ、話すね。」

 そう言うと、いろはは少し目を閉じて深呼吸をした。僕まで緊張してくる。

「三年前にね、すごく大好きな人がいたんだ。名前は三井賢太君。同じ大学で、初めて会ったのは二年生の時の四月の終わり。中庭で本読んでたら、意味わかんないことで話しかけられたの。」

「ナンパされたってこと?どんな?」

「ふふっ。それがね、サンタクロース信じてますか?って。意味わかんないでしょ?しかもね、俺は君のサンタだとか言うんだよ。初対面なのに。」

「ぶはっ。それがナンパだとしたら、相当やばい人ですね。」

 ……悪かったな。くそかわいかったから頭の中こんがらがってそんなことしか言えなかったんだよ。でも、紛れもなくあれが僕の人生の中で、最初で最後の渾身のナンパだわ!

「でしょ?でもなんか、まっすぐに見てくれる優しい目にも、低くて落ち着いた声にも、なんか全部に引き込まれちゃったんだよね。たぶん……生まれて初めて一目惚れしちゃったんだよね。」

 改めていろはの口から聞くと、もう動いていないはずの心臓がまたドキドキする感覚がした。しばらくの間、僕がしつこいからOKしてくれたんだろうなって、本気で思っていた僕。

「いろはさんに一目惚れされるなんて、めっちゃうらやましいな。」

「うん。賢太君、ずっと告白というか、甘いセリフいっぱい言ってくれてたんだけど、私が自分に自信なくて。」

「「え?そんなにかわいいのになんで自信ないの!?」」

 僕と竜司のセリフが被る。

「自分のことかわいいとか思わないもん。だから私ね、出会いって一度目は偶然。二度目は好奇心。三度目は運命だって、賢太君に言ったの。そしたらね、約束したわけじゃないのに、本当に三回会えたんだ。会いに来てくれたの。それで、毎日お話できるようになったら、どんどん好きって気持ち大きくなっちゃって。最初に賢太君に好きって言ってもらえた時は嬉しくて頭がぼーっとしちゃって、返事しそびれちゃったんだよね……。」

 え……。やだったからじゃないの?固まってただけってこと!?もっと押せば良かったってこと?次々と知らされるあの時の真相についていけず、僕はみるみる赤面していく。

「うわー。それ、賢太君断られたと思ったやつじゃないんすか?」

「うん。そう思ったみたいで、あの時はすごい凹んでた。でも、ちゃんと家まで送ってくれて、『諦めない』って言って次の日もまた同じ場所に来てくれたの。」

「賢太君、めっちゃいろはさんのこと大好きだったんだね。」

「うん。それだけはね、今もずっと信じてる。なんかタイミング逃しちゃったから、どうしようって思って……賢太君の誕生日の日、思い切って告白しようと思ったんだ。」

「いろはさんからの告白とかうらやましすぎる。」

 竜司は本気でうらやましがっているのだろう。握る手に力がこもっているのが分かった。

「そしたら、俺が言うって言って、結局賢太君が告白してくれて……付き合うことになったんだ。」

「え、誕生日の日に最愛の人と付き合えたとか、賢太君幸せ者ですね。」

「私も幸せだったよ。私の誕生日の日にね、熱海の花火大会に行ってご飯食べたんだけどね、その時にたまたま『Chance』のケーキが出てきたの。」

「なるほど、そのタイミングで知ったんだ!そのお店ナイスすぎる。」

「そう!それと、このラリマーのネックレスくれたの。『過去も今も未来も、ずっとずっとあなたを愛します』って言葉と一緒に。」

「ドストレートですね。賢太君かっこいいなぁ。なんか、俺まできゅんきゅんする。」

 いや、竜司はきゅんきゅんしないでくれ。なんかやだ。

「でもね、かっこいいだけじゃないんだよ。わんちゃん亡くなった時に号泣しながら電話かけてきて甘えてくれたこともあったかな。」

「賢太君にとって、いろはさんは甘えることもできる大切な存在だってことですね。」

「そうだったらいいな。いつもね、真っすぐに気持ち伝えてくれて、全身で大好きって表現してくれてた。普段かっこよくて優しいのに、びっくりするくらいかわいくてすぐ泣くし、考えたらすぐ行動に移してバカなこともするし……いつも本当にストレートなの。でもね、そういうところも含めて、全部好きだって思えた人なんだ。」

 おい、やめてくれ、もうやめてくれ!そういう言葉は、他人に聞かせずに僕だけに言ってくれ!恥ずかしすぎて、耳が熱い。「ゆでだこ!」とか茶化す、アベルの声が聞こえてきそうだ。

「うわー。これ、賢太君聞いてたら超照れるやつ。」

 だから聞いてるんだってば……。そしてバッチリ照れてるんだってば……。

「うん。照れればいいんんだよ。でも本気で好きになったの。賢太君がね、初めてだったんだ。」

「そっか……めっちゃのろけるじゃん!妬いちゃいそう。」

「うん。妬いていいよ。」

「うあ、いじわる……。でも、聞くって決めたの俺だから、最後まで聞くからね!」

 竜司はそう言うと、真剣な表情に戻る。

「ありがと。誕生日に『Chance』のこと知って、すごく好きになったの。それで、何かあるたびに行ってたんだ。」

「うっすら覚えてますよ。いろはさんと一緒によく来てた、背が高くて、優しそうな人ですよね。」

「うん。そう。世界で一番優しい人……。」

 いろは……。なんかもうこれ、僕聞いていられないかもしれない。感情がぐるぐるまわって追いつかないよ。主に恥ずかしさで。

「賢太君のことが今も大好きだから、俺とは付き合えないってこと……なのかな?」

 竜司が確信に迫る問いかけをした。短いようで長いような沈黙の後、いろはは意を決したかのように短くため息をついて上を向き、その問いかけに答えた。

「賢太君はね、もういないの。」

「別れた人を忘れられないって俺にも分かるけど……。でも、待ってちゃダメかな。」

「んーん。そうじゃないの。私のことを守って……いなくなっちゃった……。」

「え……。どういうこと……?」

 いろはの瞳が一瞬で濡れ、じんわりと涙が溢れた。いろはの涙を目にして、竜司がそわそわし始める。落ち着きのないやつだな。

「あの日、三年前のクリスマスイブ。夕方、一緒に『Chance』でケーキ買って、賢太君の家で食べるはずだったんだ……。」

「うん……。」

「手を繋いで歩いてたんだけど……すごいエンジン音と一緒に光が見えたの……。私の方に……まっすぐ……向かってきて……」

 そこまで言うと、いろははテーブルに伏せるような体勢になり、泣きじゃくり始めた。

「大丈夫。ゆっくりでいいよ。無理そうなら、ここまででもいい。」

 いろはの背中をさすりながら、優しい声で竜司が言う。それでも、いろはは首を横に振り、続きを紡ぐ。

「もうダメだって……目を閉じたら……体が空中に浮いて……地面を転がったの。何が起きたか……分かんなくて……。その後……何かがぶつかるような……大きな音が……聞こえて……周り見たら……賢太君……倒れてて……私のこと……突き飛ばして……守ってくれたの。賢太君……血……赤くて……いっぱいで……。う……うぅ……」

 きっといろはは、このシーンを何度も何度も夢に見たのだろう。ごめんな……。

「……いろはさん。もう思い出さなくていいよ。ごめん……知りたいなんて言って。」

「違うの……。聞いてほしいの……。すぐ駆け寄って……賢太君って……何回も呼んだの。でも……何か言いたそうな……顔してるのに……いっぱい痛いはずなのに……私のこと見て……賢太君……笑ったの……。」

「うん……。」

 いつの間にか竜司も、涙を流しながらいろはの話に夢中になっていた。

「すぐ病院に運ばれたんだけど……賢太君、意識なくて……手術……成功したのに……帰ってきて……って……いっぱい……おね……お願い……したのに……帰ってきて……くれなかったの……」

「うん……」

「それで……事故から……三日めの朝……一度も……意識戻らないまま……賢太君……遠くに行っちゃったの……」

 そうか……僕はそうやってこの世を去ったのか……。ちゃんと、生きたくてもがいていたんだな。

「そ……っか……いろはさんは、ずっと、ずっと一人で抱え込んできたんだね……」

「私……賢太君に……あんなに愛してもらったのに……ごめんねも、ありがとうも……何にも言えなかった……」

「ねぇいろはさん。俺がこんなこと言うの、おかしいかもしれないけどさ……賢太君、いろはさんのこと守れて、いろはさんが無事だって分かって、嬉しかったんだって思うんだ。」

 僕がずっと伝えたかったことを、あの時声にできなかった言葉を、三年の時を経て竜司がいろはに伝えてくれた。

「分かってる……優しい人だから……でも……いなく……なって……ほしく……なかったよ……」

「うん……そうだよね……いろはさん……ずっと苦しかったね……」

 ただ、こくんと頷くいろは。

「話してくれてありがとう。」

「うん……竜司君に……好きって……言ってもらった時……変な……反応して……ごめんね……。本当は……う……うれし……かったの……。」

「うん。」

「でも……賢太君……いなく……なっちゃったの……私……私のせい……。」

「それは違うよ。そんなの、賢太君がかわいそうだ。」

「なん……で……?」

「いろはさんを守れたこと、賢太君は誇らしいはずだから。だから、責任を感じて縛られていたら、賢太君だってつらいはずだよ。」

「……う……うぅ……」

 いろはの声にならない嗚咽が店内に響いた。気づけば僕の頬にも、一筋の涙が流れていた。そうか……僕も……つらかったのか。守ったいろはが……前に……進めないのは……僕のせいだから……。僕が……いろはを置いて……こんな場所にいるから……。

 その場に崩れ落ちてしまいそうないろはを、竜司の大きな腕が支えた。

「賢太君は、いろはさんが前を向けないこと、自分のせいだってきっと思ってるよ。俺が死んだからだ……って。」

 はっとして顔を上げたいろはと僕。僕は、見透かされたから。いろはは……?

「なん……で……そんなこと……思っちゃやだ。賢太君……悪くない……。」

「うん。でも、きっとそう思っちゃうと思うんだ。いろはさんの中の賢太君は、そういう優しい人なんでしょ?」

「う……うん……。」

 再びいろははうつむいた。涙は頬を流れ続けたが、もう気にならないほど流れていたのだろう。ハンカチをポケットから出した竜司が、優しくいろはの目元に当てて微笑む。

「目、腫れちゃうよ。」

「ありがと……。」

「なんかさ、俺と賢太君、似たもの同士なんだと思う。だから賢太君が考えてたこと、なんとなく分かる。もちろん、もしも同じような場面が来たとして……俺のこの足がちゃんと動いて、助けてあげられたのかは分からないけど……」

 竜司は自信なさそうにうつむきかげんに言った。

「……実は昨日ね、賢太君が夢に会いに来てくれたの。」

 ゆっくりと深呼吸をして、少し落ち着いてきた様子のいろはが、涙声のまじった甘い声でつぶやく。

「それはさ、心配して来てくれたんだろ。」

「なんで分かるの……?」

「分かるよ。」

「前を向け。俺を忘れろって……背中、押してくれた。」

「うん。」

「でもね、忘れられないの。」

「うん。」

「忘れたらいけないの……」

「俺もそう思うよ。」

 竜司の受け答えが予想外すぎて、心が締め付けられる。忘れた方が、いろはは笑って過ごせるのに……。

「忘れなくていいって……竜司君は思ってくれるの?」

「うん。俺ももう、賢太君のこと忘れるなんてできないよ。命をかけていろはさんを守ってくれたカッコイイ男だもんな。俺じゃ一生かけても勝てないと思う。」

 急に聞こえてくる竜司の僕への評価に、驚いてしまった。僕がしたことは、いろはの命を未来につないだ……そう思っていいんだと、認めてもらえた気がした。

「勝たなくていい。竜司君は竜司君だよ。私、今日ね、賢太君に……二股するって言ってきたの。」

「え!?」

「私……竜司君のこと、好き。でも、賢太君のことも好きなまんまなの。だから、竜司君も私の二股……許してくれる?」

 いろはは、赤い目をしながら上目遣いで竜司を見つめる。これは僕がドキドキしてしまう。なんて破壊力なんだろう。竜司……なんて答えるんだろう。

「うおおおおおおー!!っしゃ!!!」

 あ、吠えた。そして、泣いた……。

「え、なんで竜司君が泣いてるの?」

「え、あ……ホントだ!嬉しくて……。ずっと好きでたまらなくて……いろはさんしかいらないって思ってたから。」

「え……もう……ホント……なんなの。天然だよね、竜司君。」

「え?何が?」

「んー……もういい。それで……私と……」

「ちょっと待った!俺が言いたい!」

「え……あ……うん。」

「……俺、ずっといろはさんのこと大好きで、守ってあげたいって思ってた。賢太君みたいにかっこよく守ってあげられないかもしれないけど、ずっと『これから』を一緒にいることはできる。だから……俺と、付き合ってくれないかな。」

「うん……。よろしく……お願いします。いなく……ならないでね……。」

 伏し目がちで遠慮しながら、そしてすがるように答えるいろは。竜司は、僕が思っていたよりもずっと優しくて、ずっと男らしいやつだった。こいつになら、いろはを託せる。いろは……おめでとうな。でもね、やっぱり僕も、君のことが大好きだよ。

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