27.いたずら
「ジングルベール♪ジングルベール♪賢太君おはようございまーす。天使のアベル君ですよー。ちゃんと消滅せずに帰ってこれたんですね。ストーカー卒業できそうですか?」
陽気な歌を途中まで口ずさみながら、鬼畜天使のアベルが笑顔で語りかけてくる。そもそも、クリスマスはキリスト教だろ。こいつは日本の神に仕える天使だろ。何も関係なくね?と、つっこみたいが、消滅しないように教えてくれた恩もあるので、その悪態を飲み込んだ。
「おー、鬼畜天使おはよう。そもそも俺、ストーカーじゃなくて彼氏だし?」
「きゃきゃきゃ。死んでたら彼氏もクソもないですよね。」
「あらひどい。おっしゃる通りですけど。」
「で、どうだったんですか?」
「うん。伝えたいことは伝えてきた。ちゃんとお別れもしてきた。」
「賢太君にしては頑張ったんですね。」
「俺の評価そんな低いの!?」
「まぁ、寂しくてつらくてどうしようもない時は、僕のこのたくましい胸を貸してあげるから泣いてもいいんですよー。ほらほら遠慮せずにー。」
そう言いながら天使はハグをしようと近づいてくる。
「ちょっと待って?『たくましい』という言葉を辞書で引いたことあるんあたりに?おまえ、そもそも身長何センチ?くっそ小さいと思うんだけど。」
「んーそうですねー。飛べるから気にしたことはないんですが、たぶん一一五センチくらいですかね?」
「それ……幼稚園児に胸借りるのと一緒じゃん。」
「失礼ですねー。僕は八二八歳ですよー。あふれでる包容力が分からないんですか?」
「え、何そのいかれたトシ。絶対ウソだろ」
「これでも天使の中では若いんですよ。賢太君の生まれた日本でいうと、僕は鎌倉時代から存在していることになりますねー。」
「もしかして、源義経と知り合い?僕、ファンなんだけど。」
「死んだ人とは話しますが、人間の世界の有名人とかは知らないですね。紹介なんてできませんよ!」
「やべーな天使って。」
「そうでしょう、そうでしょう。だから賢太君はもっと僕を敬った方がいいと思うんですよ。」
「うーん……なんかおまえ、敬うべき天使じゃないじゃんな。悪魔だし鬼畜だし。あ、でも夢から生還させてくれたことだけは感謝してるよ?」
「本当に失礼ですねー。パワハラで地獄に堕としてしまいますよー?」
「うわー。やっぱり鬼畜。自分でパワハラって言ってるし。」
「きゃきゃきゃ。賢太君、緊張は取れましたか?」
「え、何いきなり?」
「今日はいろはちゃんのところに行く日なんでしょ?さっき、すごい怖い顔してましたよー。」
「え、うそ。」
「ホントですよー。だから優しい僕は賢太君が現世におりて悪霊にならないようにからかいに……間違えました。いじめてやろうと思って来たんですよ。」
「なんかいいこと言うのかと思ったのに、言い換えた方がもっとえぐいのなんで?てゆーか言い換える意味あった?」
「エンジェルジョークですよ。きゃきゃきゃ。顔のこわばりも取れたみたいですし、現世でストーカー頑張ってきてくださいね。」
「……なんか、ありがとな。」
「そんな素直にお礼を言う賢太君、きしょいです。」
「……二度と言わねぇ。じゃあ、行ってくるわ。」
「僕は仕事に戻りますね。またねー!」
鬼畜天使は空中で羽をパタパタさせながら手を振り、器用にスキップをして去っていった。あいつ、もしかして僕のこと好きなんじゃない?なんか鬼畜だけどめっちゃいいやつじゃん。今度敬ってやろうかとも思ったが、しゃくだからやっぱりやめよう。そんなことを考えながらも、僕は天使アベルに感謝をして地上に降りることにした。いろはを見守るために……。
朝の十時。いろはの家に降りた。もう出かけているみたいだ。竜司とそんなに早くから会うのかよ……と、少し嫉妬したのは内緒だ。どこにいるのか考えながら、僕はあの場所に行った。
確信があった。クリスマスのお祝いをするなら、いろはは絶対にここに来るはずだ。
いろはとよく通ったケーキ屋。あのケーキを買った時は幸せだったんだよなー……。そんなことを考えながら、ショーウィンドウをすり抜けて中を覗く。やっぱりな……絶対いると思った。あの日と同じ赤いダッフルコートを着たいろは。一人だった。
「ショートケーキ……チーズケーキ……チョコレートケーキ……それともタルト?何がいいんだろう。あの時は何を買ったかな……忘れちゃったかも。」
一人言がもれている。竜司のためにそんなに悩むなんて……ちっ。つーか、竜司ともここのケーキ食ったのかよ。僕が見てないうちにきっと来たんだな。あーなんかやさぐれちゃいそう。……僕が一人でいじけていると、
「あ……思い出した。これだ。」
いろはは真剣なまなざしで、口元に微笑みを浮かべながらつぶやいた。どうやら決まったみたいだ。
ケーキをレジに持っていき、お会計をしようと財布を出す。すると、四十代くらいの男性店員がいろはに話しかけた。
「お姉さん、久しぶりだね。昔はよく食べに来てくれていたのに!」
「あ、覚えていてくれたんですね。ありがとうございます。ちょっといろいろ忙しくて、なかなか来れなかったんです。」
「毎日忙しいよなぁ。またちょこちょこ来てくれよ!」
「はい!ここのケーキ好きなので、ずっと食べたかったんです。今日は久々に食べられるのですごく楽しみです!」
「嬉しいこと言ってくれるねー!じゃあまたお待ちしてるよ!」
こうやって、何気ない会話を笑顔でしているところを見ると、すごく安心する。でも、いろははずっとここに来てなかったみたいだ。あんなに通っていたのに。ケーキの箱を持って、いろはは電車に乗った。
竜司め……どこに呼び出したんだろう。僕ならイルミネーションとか、そういう喜びそうなもの連れてくんだけどなぁ。
いろはが向かった先は、予想外の場所だった。『慈敬寺』と書かれたその場所には、玉砂利が敷き詰められていて、いろはが歩みを進める度に石と石がこすれて音を鳴らしていた。いろはは何をしにここに来たんだろう。つーか、ここどこよ。
広いその敷地にほ、一面の玉砂利の合間に、桜の木が植えられていた。春になったら、きっと壮観な景色になるだろう。何となく見覚えがあるような気もしたが、朧気な記憶なのですぐに考えるのをやめて意識をいろはに戻す。
庭の左手に見える、荘厳な雰囲気の本殿を抜けると、その先にはお墓が広がっていた。お寺にお墓があるのは当たり前だが、クリスマスにわざわざお墓に来たということに驚いた。待った。こんな場所で待ち合わせなんかするはずない!ここは……もしかして……。
事実に気づいた瞬間、僕は驚きで動けなくなってしまった。いろはは、『三井家之墓』と刻まれた墓標の前で立ち止まった。そして、その場所にしゃがみこんだ。
「僕に……会いに来たの……?」
「賢太君、会いに来たよ。」
聞こえるはずもないその言葉と、いろはのの言葉が重なった。
「ねぇ賢太君、いるんでしょ?」
うん。いるよ……。ここにいる。死んでからずっと君を見ていたよ。でも、それに夢中すぎて自分が埋葬された墓の場所すら僕は知らなかったみたいだよ……。まるで、家の場所を忘れて放浪するホームレスのようだ。
「あのね、昨日……会いに来てくれて嬉しかった。ありがとう。」
うん。僕もいろはに会いたかった。夢の中だとしても、もう一度君に触れることができて幸せだったよ。
「私ね、もう賢太は許してくれないと思ってたんだ。」
許す……?僕は何一ついろはを恨んでないよ。誰よりも幸せになってほしいんだ……。
「夢でね、賢太君が死んじゃった日……あの光景がフラッシュバックするの。」
うん……ごめん。血だらけの僕なんて思い出すのきついよな……。
「賢太君が助けてくれて、私は生きることができてる。それなのに大好きな賢太君はいなくなっちゃって……。ちゃんと守ってもらったのに……賢太君はそんなこと思わないって分かってるのに……ずっと考えちゃってた。賢太君は、私だけ生き残ったことを恨んでるんじゃないか……って。」
いろは……そんなこと思ってたの?あの時さ、僕は安心したんだよ。君を突き飛ばしたのは僕だから……。君を守れたことに。真っ直ぐに僕のそばに駆け寄ってきてくれたことに。
「それなのに……昨日、賢太君、私のこと今も大好きって……」
うん。僕はいろはが大好きだ。今も、昔も、生まれ変わっても、ずっと変わらないよ。あのネックレスを贈った意味、伝えたでしょ?
「私ね、賢太君がいなくなったことを認めるのが怖くて……お葬式以来、ここにずっと来れなかったの。だからね、命日のお参り、今日が初めてなの……ずっと会いに来れなくてごめんね……最低だよね。」
そんなこと気にしないよ。でも、あー、そういうことか。いろはがここに来ないから、僕は自分がどこのお墓に入ったかすら知らなかったのか。お葬式の時も天界に行っちゃってたもんな。なんか、ずーっといろはのところにいたから、今まで墓参りに来てくれた人に申し訳ない気持ちでいっぱいだぜ。
「……賢太君、バカだよ。」
まぁ……そこは否定しないかな。でもなんでいきなり僕はディスられているんだろう。
「守ってくれたのは嬉しかったけど……自分のことも大切にしてほしかった……」
……。返す言葉が見つからないよ。
いろはの目から、綺麗な朝露のようにきらめく涙が零れ落ちた。
あぁ……僕はまた、この子を泣かせてしまうのか……。
「今日ね、あの日できなかったことがしたくて、買ってきたんだ。」
いろはは、手に持っていたケーキの箱を開けて取り出した。大きないちごと、かわいらしいサンタとトナカイの砂糖菓子が乗っているケーキが顔を覗かせる。『デラックスいちごタルト、クリスマスバージョン』という単語が頭に浮かんだ。
あ……。そういう……ことか……。
「賢太君、あの日これ買ってたよね。いちごタルト好きで、サンタさんとトナカイがかわいいから家に飾りたいって言って……ふふ。ホント子供みたい。」
笑いながら、いろはが紙皿を取り出し、墓前に備える。思い出すのがつらくて仕方ないはずなのに、僕の好きなものを覚えていてくれていたことに、胸が熱くなる。
「でもね、この砂糖菓子は家に飾れないんだよ。食べ物だから……。」
ばかいろは。そんなの知ってるよ。子供心が抑えられなかっただけじゃんか。
「あの日、そういえばケーキどうなったんだろう。」
まぁぶっ飛んでどっかに消えたんだろうなあ。それどころじゃなかったもんな。
「だめだめ。これ以上考えちゃうと、また私元に戻っちゃう。」
うん。それでいいよ。ちゃんとブレーキかけて、幸せな思い出をたくさん思い出してほしい。
「昨日賢太君に『幸せな思い出だけ思い出して』って言われたじゃんね?それで私、賢太君とのことをたくさん思い出したの。泣かされたこともあったけど、いつも自然体でいられて……照れることもたくさんあったけど、それも楽しくて……甘やかしてくれるのが心地よくて。本当に賢太君が大好き。」
いきなり言われたこのドストレートな告白に、もう止まっているはずの心臓が早鐘をうつ。僕の方こそ、いろはの全てを愛しているよ。
「昨日さ……別れようって言ったよね。その時、顔見せてもらえなかったのに、賢太君泣いてるって何となく思って……私が前を向くために、わざと言ってるんだって……わかっちゃったよ。」
……かなわないな。別れたくなくても、僕はもう君と手も繋げないから……。僕じゃダメなんだよ……。
「私がこんなだから……心配いっぱいさせてごめんね……。」
いろはを心配することなんて、僕にとっては朝起きて夜寝るくらい当たり前のことなんだよ。まあ、魂になってから、睡眠は必要なくなったんだけどね。
「でも言わせて?賢太君とは一生別れてあげません。」
は……?ばかすぎる。
「今、ばかだって思ったでしょ。」
……なんで分かるんだろう。幽霊の心を読む力があるのか……?
「だって、好きだもん。でも、心配させないように前には進もうと思ってるの。」
好きって言ってもらえることも、前に進もうとしてくれていることも、嬉しいよ。
「だから二股する。ヤキモチ妬かせるくらいのことしろって言ったでしょ。」
二股って……。言ってること分かってるのか?ほんとバカ。でも……僕をまだ彼氏だって……好きだって言ってくれてることに……甘えていいの?
「絶対……忘れてなんか、あげない。」
強い決意を宿したような澄んだ瞳で、いろはは一言一言噛みしめるように言った。
……ねぇいろは。人はね、二度死ぬんだよ。一度目は肉体が死んだとき。二度目は人の記憶から消えたとき。僕は……いつか君の記憶からいなくなるって思ってた。仕方ないって思ってた。それでも、君を守りたいって……。それなのにさ……なんだよこれ……。
今でも変わらぬいろはの愛と優しさに触れて、僕の瞳から熱い何かが溢れだしてきた。もう死んでるのに……なんでだよ。
僕が余韻に浸りながら、疑問に答えを出そうと考えている時、それは突然訪れた。
「やっほー。賢太くーん。賢太君が大好きなアベル君だよー。」
「!!!!!」
心の中で無視しようと決めた。
「今、いいところだからあっち行けとか思ってましたねー?無視するなら、いいこと教えてあげませんよ。」
無視しようと思ったのがばれるとか、怖すぎるんだけど……。ん?いいこと?
「……え、なに?なんなん?」
慌てて聞こうとする僕。
「賢太君、今日一年に一度だけ降りられる日でしょ?」
「まぁ、うん。」
「実は、一回だけ物に干渉できるって知ってましたか?」
「は?なにごと?」
「生き物にさわるとかはできないので、残念ながらいろはちゃんにセクハラするのはできないんですが、物を食べたり、触ったりすることが今日は一回だけできるんですよ。」
「ほぉ……つっこみどころ満載だな。セクハラとかしないし。それで、今のこの絶妙なタイミングでお前は伝えに来たと?」
「そうですねー。タイミングは見計らいましたよ!ちゃんと、一番盛り上がってる時に来たでしょー?」
「ずっとやりとり見られてたと思うと顔から火が出そうだわ。」
「きゃきゃきゃ。僕もそんな暇じゃないので安心してください。お墓に着いたあたりからしか見てないですよー。」
「それ、ほぼフルで見てたよね。」
「ご想像にお任せしますよー。とりあえず伝えましたからね。僕がこのタイミングでなんで言ったか分かりますよね。」
「あー……うん。さんきゅ。」
その言葉を最後に、鬼畜天使からのテロ通信?は途絶えた。分かってるよ。ホントあいついいやつなんだよなー。でもタイミングやばくね?あそこでくるか!?
そんなことを考えながら、僕はお墓に備えられたケーキに目を向けた。いろはが目を閉じて僕に話しかけてくれているのをいいことに、あの時ダメにしてしまったケーキを一口かじった。口の中に甘すぎない生クリームと、タルトのサクサク感、そして甘ずっぱいいちごの味が広がった。
きっといろは、驚くだろうな。僕が今そばにいるってこと、伝わるといいな……。
「ねえ……賢太君。私が他の人のことも好きになったとしても、賢太君は私を好きでいてくれるのかな……。愛想つかしたりしないかな。」
当たり前だろ。もう君のために何もできない僕を好きでい続けてくれると言ってくれたこと、僕は忘れない。それだけで嬉しい。もちろん寂しさがないと言ったら嘘になる。たとえこれから、一年に一度しか会えないとしても……それでも僕は、いろはをずっと大切にしたいし、君だけを思い続けるよ。
「あー……また弱気になってて、私ホントだめだな。賢太君のせいだよ。そろそろ、行こうかな……。」
いろはは目を開けて立ち上がった。
「あ……。」
一口だけ、食べられているケーキを見つけたいろはの瞳が濡れていく。
「やっぱり……来てくれてたんだ。私も賢太君と一緒にこれ食べちゃおうかな。いつもこうやってシェアしてたよね。懐かしいな。」
そうつぶやいたいろはは、カトラリーとして付けられていたフォークを出し、僕が食べたケーキの残りを食べ始めた。
「賢太君、いちご全部食べたでしょ?いちごタルトなのに、いちごないんだけど!」
少し怒りをにじませた声に笑いをこらえながら僕もつぶやく。
「だって、これは俺のケーキじゃんか。」
聞こえることはないが、現実世界でもいろはと会話を、デートをしている気持ちになり胸がじんわりと温かくなった。
「良かった……。やっぱり夢じゃなかったんだよね。昨日の賢太君とのデート。会いに来てくれてありがとう。今日、ちゃんと前に進むから……やきもちやきながらちゃんとそばで見ててね……」
いろはは、悲しそうな、そして嬉しそうな顔をして微笑んだ。もちろん僕は複雑な気持ちになるが、これは僕が望んだこと……いろはのこれからを応援しようと決めたんだ。
触れられなくても、届かなくてもいい。雲ひとつない青い空の下、十二月の乾いた風が優しく頬をなでる中、僕はいろはを優しく抱きしめた。
「大丈夫。僕は大丈夫。必ず、幸せになってな。」




