25.夢の世界へ
僕が地上に降りなくなってから、どんどん時間は過ぎていった。毎年、クリスマスが近付くと、いろはは塞ぎ込んでしまう。十二月を過ぎた頃から、そばに行けなくても地上の様子だけはよく見るようにしていた。
いろはと竜司は、十二月に入っても進展していないようだった。竜司が告白をしてから、かなりの時間が経ったのに。
空からだと、様子は見えても声は聞こえない。それでも、手すら繋がないところを見ると、進展していないことだけはよく分かった。ほっとしてる僕と、心配になる僕を感じた。どちらも本当の僕。生き返ることができたらいいのに……。
やはり、十二月を過ぎた頃から、夜になるといろはは毎日泣いていた。僕のことを思い出していることは分かっているから、心が痛かった。そばに行っても何もできないけれど、それでもそばに行きたい。触れることができなくても……抱きしめてあげたかった。早く会いたい。いろはのそばに行きたい。その気持ちだけが膨らんでいった。
十二月二十三日……ついにこの日がきた。朝からそわそわして落ち着かない僕。どんな服を着ようとか、髪型どうしようとか、時計は絶対忘れちゃあかんとか、そんなことを考えてイメージトレーニングしていると、そばにいたアベルに白い目で見られた。
「賢太君、何か激しく妄想をしているようなので、いいことを教えてあげます。夢の中に入る時の服は、今着てる服ですよ。てゆーか、魂は着替えとか無理です。お相手が一番印象に残っている場所で、印象に残っている状態で夢に登場するんですよ。賢太君の場合……血まみれじゃないといいですね……」
なんて恐ろしいことを言う天使なんだろう。実は悪魔なんじゃないだろうか。でもこれで、服も髪型も、悩んだところで何の意味もないことがわかった。
「それは遠慮したいなぁ。トラウマ更に植え付けるために夢の中に入るみたいじゃん。時計ってつけていけないの?十五分、感覚だと分からないんだけど……」
「それはですね、わかりますよ。意識してなくてもタイマーが頭の中にあるイメージですかね。時間が迫ってくると、ウルトラマンのやつみたいに、頭の中でピコピコいいます。」
「えー……ハイテクすぎる。安心した。つーか天使なのにウルトラマン知ってるの?」
「どういたしましてです。まあ、僕はできる天使なので、ウルトラマンくらい余裕です。それより、あんまり妄想ばっかりしてると、いろはちゃんにキモイって言われますよー。ただでさえストーカーみたいに毎日覗きまくってるのに。あ、お風呂とかは覗いちゃダメですよー。天使の権限で地獄に落としますからねー。」
「ねぇ、変態にするのやめて?確かに見たいけれども!!やっぱり天使じゃなくて元々悪魔だろ?堕天使なの……?」
「きゃきゃきゃ。見たいんじゃないですかー。十分変態ですよ。じゃあ僕は仕事に戻りますけど、賢太君アホそうだからもう一度言っときますが、時間は守ってくださいね。いろはちゃんも賢太君も魂が消滅しちゃいますからね。消滅したら、いろはちゃんは廃人になります。植物人間ってやつですね。賢太君は魂なので、文字通り存在がなくなるので、二度と生まれ変われませんからお気をつけてくださいね。」
「こわ。あ、てかさ、そもそも夢から出る時ってどーすればいいの?」
背中を向けて、仕事に行こうとしていたアベルが、天使とは思えないキモイ顔……いや、驚いた顔だろうか……をして、振り返りながら僕を見る。
「待ってください。まさかそれ、聞いてなかったんですか?」
「え、うん。」
「やば!神様おっちょこちょいですねー。あの人綺麗なんですけどねー。賢太君、いろはちゃんと消滅コースまっしぐらでしたねー。もしかして無礼なことをしたから消滅させようとしてたんですかね?」
「え……こわ。おまえに会えたことを今初めて感謝したわ。」
「失礼すぎますね……そんなこと言ってると教えてあげませんよ。」
「あ、すみません天使様。いや、アベル様。教えてください。お願いします。」
アベルが「よろしい!」とつぶやきながら、薄っぺらい胸板を必死で反らすので、幼稚園児がドヤ顔をしているようで、吹き出しそうになってしまった。重要な情報を聞こうとしているので、必死に我慢する。
「いいですか。夢の世界から出るためには、心の中で『withdrawal』つまり、『離脱』と唱えるんです。」
「えー。なんで英語?つーかその単語知らないんだけど。忘れちゃう……」
「ちっちっち!賢太君英語ダメなんですね。あ、でも、日本語の離脱でも大丈夫ですよ。わんちゃんの魂が飼い主さんに会いに行く時だって、犬語でしたからねぇ。」
「つまり、天使のただのいじわるってこと?俺のこと消滅させたい系?」
「少し違いますねー。賢太君をからかいたい系天使、つまり僕は小悪魔な天使ですね。てへぺろ。」
「鬼畜やん。つーかかわいこぶんな。でもありがとう。」
「どういたしましてー。それじゃ、デート楽しんで、未練なくしてストーカー卒業してくださいねー。」
「うるせぇ。ほっとけ。クソ天使。」
きゃっきゃきゃっきゃと笑いながら、親切だけど鬼畜な天使、アベルは仕事に戻っていった。そんなこんなしているうちに、夜が更けていった。
「いろは……久しぶりだね。って言っても、まだ聞こえないか。てゆーかこの子まだ寝てないし……もう……泣くなよ。」
一ヶ月ぶりにいろはの近くに降り立った僕。早く寝てくれないと夢の中に入れないのに、いろははベッドの上でうずくまって泣いていた。胸が苦しい。死んでまで僕はいろはを泣かせるしかできないなんて……。
「……賢太君……ごめんなさい……会いたいよ。」
いつもよりも少し低い、かすれた声でいろはがつぶやいた。久しぶりに聞けた声に感動しながら、僕も声をかける。
「うん。だから会いに来たよ。」
僕の声は君には届かないけれど。うずくまるいろはの正面に座り、触れられないのに抱きしめる。
「どうしたらいいのか分かんないよ……賢太君……私を助けるために……ごめんなさい。なのに私は……うぅ……。」
嗚咽しながら苦しむいろはの声。ばかだなぁ。竜司とのこれからに、僕の許可なんていらないんだよ。僕は今日、それを君に伝えに来たんだ。
しばらく僕の名前を呼びながら泣き続けたいろはは、泣き疲れたようでそのまま寝てしまった。
さて……そろそろ……かな。僕たちの最後のデートをしよう。
僕はいろはが寝ている枕元に移動し、彼女のおでこにキスをする。もちろん、触れられないので感触は無いが……そうせずにはいられなかった。そして、彼女の頬に触れて目を閉じた。その瞬間、意識が引っ張られていくのを感じた……さぁ、行こう、いろはの夢の世界へ……。




