23.神へ続く門
「なぁ天使、神様ってどこにいるんだ?」
その日、ちょうど天使が来たので、居場所を聞いてみた。
「え、賢太君、どうしたんですか?信心深いじゃないですか。」
「いや、そうじゃなくて……会いに行こうかと。ほら、前におまえ、君は会えるかもしれないとか言ってたじゃん。」
「確かに言いましたけど……何しに行くんですか?」
訝しそうな目で僕を見る天使。心外だ。きっと、私利私欲のために行きたがっていると思われているのだろう。
「最近、いろはが男といてさ……」
「うわ、最低です!賢太君!ヤキモチ妬いたからって、2人を引き離そうなんて、百歩譲って考えちゃったとしても、絶対に行動に移しちゃダメですよ!」
こいつ、僕のことそんなことをするようなやつだと思って見てたってことか。なんて失礼なんだ。
「おい。決めつけるなや。違うわ。」
「じゃあなんですか?」
「いろはもたぶん、その男が好きなんだけど、告白断ってたんだよ……。せっかく前に進めそうなのに、このままだと……いろははずっとこのままだって思うんだよ……。」
天使は、少し悩んでいるらしく、眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
「……ダメか?」
「そうですねー……じゃあまずは、賢太君はこれから、僕のことを天使じゃなくて、アベルと呼んでください。」
「は?」
「実は、ずっと天使天使呼ばれるの、やだったんですよね。」
「え……今の話聞いてた?それに悩んでたんじゃないの?難しい顔して……」
「もちろん。聞いてましたよ。でも、呼び方のことを最優先したくて!はい、呼んで呼んでー!」
手を小気味よくパンパンと叩いて、名前を呼ぶように促される。
「え……あ……アベル?」
「よろしい!それでは、アベル君が神様のいる場所について教えてあげましょう。」
「ホントか?」
真剣な顔をして、僕の目をまっすぐ見つめながら、アベルが先を続けた。
「賢太君がそこに行きたいのは、自分のためではありませんでしたから……力を貸してあげたくなってしまいました。でも、あの時僕は、『会えるかもしれない』と言ったと思います。神様に会える者は、神様が自ら呼び寄せます。賢太君のように、会いたいからと言って会えるようなお方ではない、ということは頭に入れておいてください。だから、場所は教えますが、あとは自力で頑張ってください。正直なところ、前例がないので、会える確率はかなり低いと思いますよ。それでもいいですか?」
「ああ。分かった。それだけ分かれば十分だ。ありがとな。」
「賢太君はストーカーなので、毎日地上に行ってますよね?神様の元へ行くには、反対方向に進むんです。しばらく進むと、たっくさーん鳥居が並んでいる場所があるので、そこも進んでいくと大きな門があるので、そこにいる門番さんに交渉をしてみてください。」
「なるほど……こっちの世界にも鳥居ってあるんだな。」
僕がそう言うと、アベルは右手の人差し指を立てて、左右に振りながら話し始めた。なんだか不快だ。
「ちっちっち!賢太君、甘いですね。鳥居というのはそもそも、神の世界と人の世界を隔てるものなんですよ。」
「あー、なんかそれ聞いたことあるわ。だからこっちにもあるってことか?」
「天っていう字は鳥居をモチーフにしているってのは知ってますか?」
「知らんけど、確かに似てるな。」
「『天』という漢字から横棒を2本取ると、『人』になるんですよ。そこから、人が心を開くと鳥居の扉も開く、つまり、神に通じる、と言われています。だからみんなして心を開いてお願いごとをしてるわけですね。『開』という漢字に鳥居が入っているのも、そこからなんですよ。」
「え、アベル詳しいな!なんでそんなの知ってるの?」
「新米天使研修で習いました!」
「なにそれ。でもなんか勉強になったわ。」
「もう賢太君、死んでますけどね。」
「あ……確かに。まぁ……とりあえず行ってくるよ。」
「はい!頑張ってきてください。」
アベルと話したことで、少し緊張がほぐれた。簡単にうまくいくなんてことは、きっとないだろうが……僕は僕にできることをやろう、そう誓って出発した。
地上と反対の方向にしばらく進んでいくと、昔旅行で行った、山口県の元乃隅稲荷を自然と思い出してしまうような景色が広がっていた。断崖絶壁に何個も何個も並んだ鳥居をくぐっていくと、海が見渡せる絶景が広がる。天国には海はない代わりに、一面に雲海がたゆたう絶景が広がっていた。
こうやって考えると、初詣などで神頼みをすることは、ちゃんと神の世界につながっていたんだと肌で感じた。もっと真剣に毎年祈っておけばよかったと後悔までした。
こんなしがない男が神に面会なんて、おこがましいことは分かっている。それでも、もう一度だけでいいからいろはに会って前に進めと言いたい……そう思っていた。
絶景を通り過ぎると、大理石のような石で組み上げられた立派な土台の上に、とてつもなく大きな赤い門が立っていた。鳥居に赤い扉がついているようなイメージといったら分かりやすいだろうか。そもそも、こんな大きな門、開けられる人なんているのだろうか。そして、その門は単体で立っていた。どこか建物や敷地に繋がっているのなら分かるが、門がもし開いたとしても、その先は絶壁だ。落ちるじゃないか。あ……幽霊だし、受けるのか。いや、そういう問題じゃない。なんとかして開けてもらえたとしても、断崖絶壁にどうぞってことなのか……?
考えていても分からないので、アベルを信じて行ってみることにした。
「すみません。三井賢太といいます。神様にお会いしたくて伺いました。」
神のいる場所には、限られた人しかたどり着けないと聞いていた。それは、この怖くて強い門番が守っていることも理由の1つだろう。その門番は、コマ犬のような見た目の幻獣と、伝説の生き物として知られている麒麟のようだった。麒麟はもちろんだが、コマ犬の方も金色の獅子のような見た目をしていた。控えめに言って、どちらもとってもかっこいい。厨二病を発揮していると、麒麟が口を開いた。
「ここはそもそも立ち入り禁止の場所。面会の予定があることは聞いておらぬ。」
コマ犬もそれに続く。
「神はお忙しい。簡単に会えるものではない。帰られよ。」
予想はしていた反応だが、ここで門前払いになるわけにはいかない。
「僕は人を助けて命を落としたから、神様に会える権利があると天使アベルに言われました。どうか……お願いします。少しの時間でいいんです……」
権利があるとは言われてないが、はったりは大事だと思う。
「この無礼者が!会うか会わないかは、貴様が決めることではないわ。」
麒麟は、怒りの色を目に宿してにらんできた。
「……わかっています。それでも、お願いします……」
必死で頼むしかなかった。僕は力もないただの魂。それでも、天国では人権があるはずだ。ここは地獄ではない。そんなことを思いながら、土下座して何度も何度も頼み込んだ。頼み込んで怒られて……の、平行線だ。
そうやって一時間が経過しようとしていた頃、コマ犬の門番が顔をしかめながら口を開く。
「……貴様、しつこいな。この調子で粘られたら仕事にならん。しばし待たれよ」
「おい、勝手にそんなことをしたら、我らも罰せられるぞ」
麒麟の門番は、コマ犬の門番の意見に反対のようだ。でもコマ犬の方は、もう少し粘ったら折れてくれそうだ。
「僕は……神様にお願いしたいことがあります。そして、取り次いでいただけたら、僕がその罰を受けます。取り次いでいただけるまで、何時間でも何日でも何年でも、ここでお願いをし続けます……死んでから、時間はたくさんありますので……」
そう宣言すると、2人の門番はあからさまに嫌そうな顔をした。よし、成功だ。
「こやつもこう言っておる。何年もこんな場所にいられたら、たまったもんじゃない。我は取り次ぎを承認しよう。」
コマ犬の門番が完全に折れた。あとは麒麟の門番だ。
「……その意見に賛成しよう。こんなに鬱陶しい輩が天国におるとは……神も許してくれよう……」
呆れ顔の門番たちは顔を見合せてため息をついた。それから一度うなずくと、目を閉じて何か集中し唱え始めた。しばらく待つと、コマ犬の門番は目を開けてこう言った。
「貴様があまりにしつこいから、お会いになるそうだ。失礼がないようにな。」
麒麟の体が眩く光り、門が重苦しい音を立てながら開いていく。
この門、手で押すシステムじゃなかったのね……。
「ありがとう……ございます。」
心からの感謝を述べて、あたたかな光がもれてくる門の中に、僕は足を踏み入れた。すると、吸い込まれるような感覚がした。後ろを振り向いたが、くぐり抜けてきたはずの門はなく、完全に別の空間にいることに気付いた。
それでも、現実離れしているこの状況に、驚いている場合じゃない。
正直、本当に会ってくれることになるなんて、思わなかった。このチャンスを必ず掴まなければ……と、僕は意気込んで奥へと続く道を進んでいった。




