20.僕がいない世界
天使に導かれ、天界に辿り着いた。そこは、美しい自然が一面に広がっていた。本来の僕であれば、きっとその大自然を目の前にして感動し、大はしゃぎするだろう。今は……そんな元気はないけど。
呆然としたまま、天使に促されて手続きなるものをした。案内してくれた天使は、次の仕事があるらしかったが、しばらく僕のそばにいた。
「賢太君、もしも地上に行きたくなったら、さっき通ってきた道を通って戻ることができます。その他にも、ここに地上の様子を覗くことができる穴があって、賢太君が見たいと思う場面を覗くことはできます。ただ、声は聞こえません。」
「そっか……わかった。」
「大丈夫ですか?」
「……わからない。理解が追いつかない。」
「……そう……ですよね……。とにかくゆっくり……してください。僕は、次の仕事に行ってきますね。」
「そうか……」
会話はしているが、頭ははっきりせずに、さっきのいろはと家族の姿が浮かび、幽体のはずなのにまだ涙が出るらしかった。
「賢太君……よしよしです。」
しゃがんでいる僕の頭に小さな手を当てて、ぽんぽんとなでる天使。一生懸命背伸びをしてなでる様子に、ふっと力が抜けて笑ってしまった。
「おまえ、いいやつだな。さっき会ったばっかりなのに……天使って、みんなこんなに寄り添ってくれるのか?」
「他の天使のことは詳しくは分からないですが、僕は賢太君を応援してますよ。ここに慣れるまでは大変かもしれません。たくさん思い出しちゃうかもしれません。それでも、僕はここにいますからね。寂しくなったら話し相手になりますよ。賢太君がもしいろはちゃんのストーカーになったとしても!」
天使は、優しい眼差しで僕を見て、微笑んだ。
「うん……ありがとう。でも、ストーカーってやめてもらっていいかな?」
「きゃきゃきゃ。賢太君があの子のこと、すごく大切に思っているのは伝わりましたから。だから、これはストーカーの誕生かと思いまして。」
「なんだその笑い方。気持ち悪いな。仕事だろ?大丈夫だから行ってこいよ。何するか知らねーけど。」
真面目すぎる展開だと、そのまま塞ぎ込んでしまっていただろう。天使が少しおちゃらけてくれたおかげて、少し心に余裕ができた僕は、嫌味を返した。
「僕の笑い方はチャームポイントです。ちなみに、好きなおやつはチーズです。そして、天使の仕事はトップシークレットですよ。」
「そうか……おやつでも食ってくるのか。おまえはちっさい子供みたいだもんな。」
「失礼ですね。きー!」
「怒った時にホントにきー!って言うやつ初めて見た。」
「天使ジョークです。ちなみに、働くとチーズもらえるんですよ。」
「そうか……よかったな。柑梨もチーズが大好物だったな。」
ふと思い出した。チーズを目の前に置いて伏せをした柑梨。待ちきれなくてお座りに変わり、よだれを垂らしながら待っていた姿。あれはおもしろかった……。
「……噂の柑梨ちゃんですか。どんな子だったんです?」
「んー……クリーム色のミニチュアダックスで、後天的にだけど目が見えなかったんだ。だから、こっちの世界ではちゃんといろんなもの見えてるのかなって……」
「大丈夫ですよ。生前、見えなくなってしまっていたとしても、こっちの世界ではちゃんと回復します。歩けなかったり、しゃべれなかったりしても、こっちの世界ではみんな元気になります。」
「……そっか。よかった……。ボール遊びとか、たくさんできてるといいな。」
「……そうですね。」
「柑梨は、勇敢で優しい、僕の相棒なんだ。あの子がいたから、僕は……」
「賢太君、僕の頭なでときますか?ふわふわですよ!」
言葉をさえぎって、突然天使が近寄ってきた。
「はいはい。おまえもかわいいかわいい。」
天使のふわふわの頭をなでると、天使は嬉しそうに笑った。
「きゃきゃきゃ。賢太君、僕にメロメロですね!」
「それはねーよ。」
「なでなでが気持ちよかったので、憎まれ口たたくのも許してあげます。さて、僕はそろそろ本当に行ってきますね。」
「おう、ありがとな。気をつけて行ってこいよ。」
「まったねー!」
元気にそう言いながら、僕の頭の周りをくるくると1周して、天使は飛んでいった。
一人になったことで、ふと心に寂しさが湧いてきた。天使に教わった地上を覗く方法を思い出し、少しだけ見てみることにした。
地上では、もう僕のお通夜は終わっていた。泣き崩れていたいろは、どうなったのだろうか。そう考えると、穴から見える景色が変わり、いろはの姿が映し出された。
いろはは、あかりといた。お通夜が終わった会場の外。ベンチに座っていた。覗いているだけでは声は聞こえてこなくて、何を話しているのかは分からなかった。それでも、さっきよりは落ち着いた様子で、泣き止んでいた。よかった……。
逆に、隣に座るあかりの頬から涙がこぼれ落ちていた。さっきの公園では、気丈に振舞っているように見えたあかりだったが、目は赤く腫れていた。少しのことではビクともしないような強い妹ではあったが、誰よりも思いやりがあって優しい、自慢の妹だ。公園でも、僕の気持ちをちゃんと分かった上で、いろはを大切にしてくれているのが分かった。そんなあかりが、取り乱しながら泣いていた。
いろはは悲しそうな顔をしながら、バッグからハンカチを取り出してあかりに渡し、その背中をさすっていた。こんな時に言うのもおかしいかもしれないが、姉妹のようだ。
いろはは今日、僕の家族と共にここに泊まってくれるらしかった。泣きながら何かを話していた2人を父と母が迎えに来て、控え室に連れていった。通夜を行った会場にはもう僕の体はなくなっていて、控え室に運ばれたようだった。
通夜とは、夜を通す……つまり、一晩中という意味だ。一晩中、線香の火を絶やさずに灯し続ける。僕の家族と共に、いろはもずっと僕のために線香をあげ続けてくれるようだ。僕が死んでから、みんなは眠れているのだろうか。考えれば考えるほど、苦しさが込み上げてくる。僕は、覗いていることがつらくなり、穴から除くのをやめた。
みんなが……僕のことを忘れられたらいいのに。忘れられたら、僕は苦しいけど……つらそうにする姿を見ることが……そして、何もできないことを実感するのが……つらい。苦しい。心が引き裂かれそうだ。僕がいない世界でも、みんなが笑って、幸せに暮らしてほしい……。
僕はその日からしばらく、地上と距離をとった。




