02.好奇心
次の日、僕はまたベンチに足を運んだ。二度目は好奇心、いろはの、この考えを体現するためである。昨日のことを思い出しながら、僕は彼女の姿を探した。しかし、昨日隣に座ったベンチに彼女の姿はなく、僕は落胆した。
「はぁ……そんな簡単に会えるわけないよな……。」
思わずため息と共に、心の声が漏れてしまっていた。やっぱり変な人だって思って、連絡先を交換なんてしたくなかったから3回めって言ったのかもしれない。本当に僕は単純ばかだ……。でも、それでも絶対3回会わなきゃ……諦められない。下を向いて目を閉じながら、現実は甘くないと自分に言い聞かせて、深呼吸しながら心を落ち着かせていた。うぐいすの鳴き声が聞こえてくる。うぐいすは、雄だけが鳴き、その綺麗な声で雌を呼んでいると聞いたことがある。僕も、ホーホケキョって大声で鳴いてたら……いや、それは間違いなく嫌われるやつだろ。落ち着け。好きな時に雌に鳴いてアピールできるうぐいすにさえ、うらめしさを感じて意味不明な思考を巡らせていると……
「わっ!」
背後から突然声が響いた。
「うおおおおお!?」
驚いた僕は左手に持っていたペットボトルの紅茶を一つ落としてしまった。振り向くと、そこには会いたいと心から願っていた相手、いろはが立っていた。
「わ、賢太君、ごめん。なんとなく、びっくりさせたくなっちゃって。何か考えごとしてたの?」
「マジでびっくりしたけど……めちゃくちゃ嬉しい。今、うぐいすをうらめしく思ってたところで……いや、違う。そうじゃなくて……会えると思わなかった。」
恋焦がれていた相手が目の前に立っている状況に、思わず顔の筋肉が弛緩してしまう。もう魅了にかかった僕は、いろはから目が離せない。
「ここにいつもいるよって言ったのに?」
いたずらっぽく笑ういろは。心臓が高鳴っていることが、自分でわかる。
「うん。なんか……不安になって。昨日はそうやって言ってくれたけど、やっぱ変なやつだって思われたかなって。」
「そんなこと思わないよ。今日は、図書館に寄ってから来たんだ。ほら、紅茶落としてるよ。」
耳に髪をかけながら、僕が落とした紅茶を拾ってくれたいろはが、僕の顔をのぞく。やっぱりドキドキする。一日経っても、僕の感情は全然収まってくれそうにない。逆に、「好き」が全速力で加速していっている気がする。
「ありがとう。これ、落ちちゃったからこっち。」
いろはが拾ってくれた紅茶を左手で受け取りながら、反対の手に持っていたカフェオレを差し出す。
「え?私に?」
「うん。会えたら、渡そうと思ってさ。本当は選ばせてあげたかったんだ……落としたけど。」
「わー……ごめん!でもありがとう!コーヒーも紅茶も好き!」
「そっか!よかった。じゃあ、泡立っちゃったし、落ちてない方飲んで?俺さ、今日もいろはちゃんに会えて嬉しい。」
自分でも驚くくらい素直に、普段なら照れてしまうような言葉が滑り落ちる。僕は今、どんな顔しているんだろう。
「またそういうこと言う。あっちのベンチ空いてるね!座ろう?」
少し頬を桜色に染めながら、困った顔をしたいろはが日陰にあるベンチを指さす。促されるまま腰掛け、いろはの学部の話や、僕の実家で飼っている犬の話、好きな本のジャンルについて語った。
いろはは文学部の学生で、趣味は絵を描くことと読書。絵は、iPadで描いたり、アナログでも描くみたいだ。今度見てみたいと言ったら、恥ずかしいこらダメと言われてしまった……。犬が大好きだが、まだ飼ったことはないらしい。社会人になったら柴犬を飼うんだと意気込んでいた。当時、僕の実家では、「柑梨」という名前のミニチュアダックスフントを飼っていた。その写真を見せながら、散歩中になぜか田んぼの用水路に自らダイブして救出した話や、僕が拾ってきた子猫を可愛がって母乳(避妊手術しているのになぜか出た)をあげていた話などをすると、いろはは目を細めながら愛おしそうに笑った。その笑顔を見ることができた僕は、心の中で柑梨に全力で感謝した。
いろはの好きな小説のジャンルは恋愛ものやファンタジー。世界観に入り込めるところが好きだと言っていた。僕もファンタジーは好きだが、恋愛ものはあまり読まない。ミステリーの方がよく読む。でも、あまり読まない恋愛ものであっても、いろはが読んでいるというだけで読んでみたいという気持ちになった。ファンタジーの中でも、空想上の生物が登場する話が好きだと、目を輝かせながら話すいろはに僕自身も共感した。そしてなにより、同じものが好きだという共通点を見つけられたことが、僕は嬉しくて仕方なかった。知れば知るほど、僕はいろはという名の沼にはまっていった。
休み時間が終わりに近づいた頃、
「今日で二回目。好奇心、だね。」
いたずらっぽい微笑みを浮かべながら、いろはは僕の顔を見た。
「三回目が運命、だよね。俺、今日いろはちゃんと話せて、もっと惹かれた。だから、会うよ。絶対。」
「うん……。賢太君は、信じられそう。じゃあ、私行くね!コーヒーありがとう。私も、賢太君と話せて楽しかったよ。」
不意に立ち上がって、目を細めて優しく笑いながら、いろはは手を振って去っていった。忘れられない甘い香りを残して。