16.デート
そして冬。大学も冬休みを間近に控え、クリスマスの雰囲気に溢れていた。中庭にはクリスマスツリーが飾られ、日が沈むとイルミネーションが点灯していた。夕方まで授業がある時は、2人でイルミネーションを堪能した。夕方までない日も、毎日中庭で待ち合わせをして、昼食を一緒にとった。
「クリスマスイヴの日、空いてる?」
「うん!1日バイト入れてないよ!」
空けるのが当たり前……というように、思ってくれている感じがして、すごく嬉しかった。
「ほんと?じゃあ、10時に迎えに行くようにするね?」
「わかった!何しよっか?」
「昼間は普通にデートして、夜うちでクリスマスパーティーしない?」
「お、いいね!賢太君のSwitchで人生ゲームやりたいなー……」
実は、いろはは人生ゲームが好きだ。実家に来た時も、あかりと一緒にずっとやっていた。
「いいよ。ただ、手加減はしないからな。」
「え……あれ、全部運じゃん!笑」
「ばれたか……」
クリスマスイヴ。僕は、いろはと水族館に行くことにした。電車に乗って江ノ島に向かい、水族館へ。
「大きな水槽だね……」
いろはは背伸びをして水槽を見上げていた。背伸びしたからって、よく見えるのか怪しいものだ。
「俺、マンタが好きなんだ。ほら、あっちの岩陰から泳いでくる!」
平べったい身体をした大きなマンタは、ゆったりとしてこちらへ向かって泳いできた。
「うわー……おっきいねぇー……」
小さい女の子みたいだ。
「あのひらひらした泳ぎ方が、なんか好きなんだよね。いろはは、好きな魚とかある?」
「んー……魚ってあんまり知らないけど、クラゲは好きかも。」
「あー……マンタと似てるよね。」
「え、どこが!」
驚いた表情を僕に向けて、訝しげに見る。え、そんなに変なこと言ったかな?
「ひらひらしてるとこ……似てない?」
「あ、そういうこと?あの色とか泳ぎ方とか全然違うから、なんで!?って思ってつっこんじゃった。」
「姿かたちとかは違うけどさ、なんかひらひらーってしてる感じするんだよね。」
「言いたいことは分かった……けど……なんか、納得はしたくないかも。」
「なんでだよー……でも、俺もクラゲ好きだよ!ここ、クラゲ展やってるみたいだし、せっかくだから行かない?」
「え、そうなの?めっちゃ行きたい!」
「じゃあ行こ!あっちね!」
そこには、色とりどりのクラゲが展示されていた。そのどれもが水の中でふわふわと漂っていて、ライトアップされた水槽の中で方がいーやん、まるでキラキラと輝く宝石のようであった。
中でも目を引いたのは、『ポドコライナ・ボレアリス』という名のクラゲだ。ノルウェーからやってきた小さいクラゲだ。透き通った透明の頭を持ち、頭の縁のところにあるオレンジ色の太陽みたいな輪から、たくさんの足が生えていた。
「かわいい。」
いろはは、水晶のような、球体の水槽に張り付くようにして、そのクラゲを見続けている。
「泳いでる姿、なんだか傘みたいだね。」
「うん、なんかおしゃれ。」
「このクラゲも刺すのかな?」
「んー……どうなんだろう?賢太君、クラゲに刺されたことあるの?」
「あるある。小さい頃海で泳いでたら、なんかチクチクして……痛かったなぁ。」
「うわ……こわ!ちゃんと痛いの治って良かったね!」
「しばらくヒリヒリしてたけどね。あ、そろそろイルカショー始まるんじゃない?」
「ほんとだ!行こっか!」
イルカショーの会場は、親子連れで溢れかえっていた。なんとか空いている席を見つけ、2人で並んで座った。調教されたイルカたちが、高いジャンプを見せてくれたり、お腹を向けて泳ぐ姿を見せてくれたり、握手する姿も見られた。いろはは夢中になって見入り、なにか芸をするたびに、歓声を上げて手を叩いていた。
イルカショーも終わり、簡単に昼食をとり、おみやげショップを見ていると、大きなカニのぬいぐるみに目が止まった。
「あー……カニ食いたい。」
不意につぶやいてしまった。水族館で海鮮の話は、なんとなく残酷な気がしてしまう。
「カニおいしいもんね。今は食べられないから……ほら!見て!」
そう言うと、いろはは両手を重ね合わせて、影絵でよくやるカニを作って微笑んでいた。かわいい。
「んー……いろはのカニ、ホントに食べられるカニじゃないじゃん!」
「えー?なんで?」
「だって……サワガニ……」
「ん?サワガニって、川にいるやつ?」
「そう!いろはのカニ小さい!サワガニ!」
「なにそれ!ひど!でも悔しいけど、おもしろいから笑っちゃう!」
そう言って、自分の手で作られたカニを見ながらケラケラ笑っている。
「俺が作るとタラバガニ。ほら。」
そう言いながら、僕もカニを作っていろはに見せる。
「そんな変わんない!」
「いやいやいや、じゃあサイズ比べよ?」
そう言って、僕のタラバガニの前に、いろはのサワガニを並べてみた。
「「……ちっさ。」」
2人の声がはもり、笑い声に変わる。
「自分でも認めたじゃん!ってことで、いろはのカニはサワガニで決定!」
「あー……なんか悔しい。でもおもしろすぎる。」
サワガニトークで満足した僕たちは、ショップを後にした。ちなみに、出る前に、小さいカニのぬいぐるみを買って、いろはにプレゼントしておいた。
水族館を出ると、もう15時を過ぎていた。
「少し海岸歩かない?」
「いいね!行こ!」
「カニいるかもね!サワガニは……川だからいないか。」
「ねぇ!それめっちゃ引っ張るじゃん。」
そう言いながら、手でカニを作るいろは。
「あ!サワガニいた!捕まえなきゃ!」
そう言って、いろはの手を取って指をからませた。
「俺、マジで幸せ者だな……」
「どうしたの?いきなり。」
「いろはとこうやっていられるのが幸せ。それに、なんかクリスマスイヴに彼女と冬の海とか、なんかオシャレだし!」
「照れるから!でも、私も幸せだよ。」
そうこうしているうちに、砂浜に着いた。冬の海は空気が澄んでいて、夏の喧騒感がない。僕たちと同じように、海を見に来ているカップルたちがちらほらいたが、みんなそれぞれに自分たちの世界に入っているらしかった。
「いろは、俺さ、ホントダメなやつなんだけど、いろはのことずーっと大切にしていきたいって思ってるから。」
「急に改まってどうしたの?」
「なんか言いたくなった。」
「ありがと。賢太君が、そうやって言葉で伝えてくれるの嬉しいよ。」
「そんなの、当たり前だよ。だって世界一かわいいと思ってるもん。」
「それは照れる。」
「本気。いろはが彼女ってこと、人生最大のファインプレーだと思ってる。」
海の壮大さが、僕の心を洗ってくれるようで、いろはへの素直な感情があふれ出してくる。
「柑梨がいなくなって落ちてた俺のこと、ずっと支えてくれたし、その後だって……向き合うことにびびってた俺なんかより、いろははずっとかっこいい。」
「そんなことないよ。私だって、大切な家族失った時はすごく荒れたんだよ?」
「いろはでも荒れたことあるの?」
「あるよー……私にはね、お父さんがいないの。」
「そう……だったんだ?」
「小学生の頃かな。小さい頃、たくさん遊んでくれてたから……すごく好きだったんだけどね。お母さんじゃない別の人好きになっちゃったみたいで……急にいなくなっちゃったんだ。」
「え……そうなの?」
「うん。賢太君みたいに大切な存在を永遠に亡くしたわけじゃないけど、苦しかったかなぁ。」
「そんなの、当たり前だよ。」
「うん……小学生だったから、あんまり意味も分かってなくて……お母さんが追い出したんだって……お母さんのこと責めちゃった。大きくなってから、ちゃんと聞かされて、反省したなぁ。」
「お母さん、自分が裏切られたのに、お父さんのこといろはの前で悪く言わなかったってこと?すごすぎる。」
「ね。元気ないのは分かったけど、そんな状況だったなんて全然考えてもなかったよ。でも今ね、お母さん、別の人見つけたの。幸せになってほしいから、あんまり帰らないようにしてるんだ。」
「そっか……だから夏も帰ってなかったのか。でも、今度挨拶に行きたいな。」
「え。ほんと?」
「うん。いろはさんを僕にくださいって。」
「ねぇ!早い!笑」
「だってほしいんだもん。」
「ほんとアホ!もう少ししてからね?でも、小学生の時に戻れるなら、ちゃんとお母さんのこと支えてあげたいなって、今も思うことあるんだよね。」
「お母さん、強い人だなって、聞いてて思ったよ。」
「うん。私最悪なこと言っちゃった記憶しかないからさ。ホントに申し訳なさすぎる。」
「いろは、いろいろ言った後に反省するタイプだもんね。」
「それはそう。いつもね、とりあえず言っちゃうけど……いつもお風呂の中で1人反省会するの。賢太君と言い争っちゃってた時もそうだったよ。ごめんね?」
「いや、あれは俺が悪いから!」
「違うの。なんか、お父さんのこと聞いてから、男の人ってそういうことするんだなって気持ち大きくなってて……賢太君に会うまで全然信じられなかったから、恋愛なんてできないって思ってたの。」
「え。今のろけてる?」
「ばか!……でも、ちょっと惚気けてる。」
「え、幸せすぎる。俺、こんなんだけど、いろはのことずっとずっと大切にしたい。」
「うん……ありがとう。たくさん幸せもらってるよ。賢太君、ずっとそばにいてね?」
「当たり前だよ!あー!!本当は俺の家でご飯食べてる時あげようと思ってたんだけど、我慢できない!これ。」
バッグから、包装紙に包まれた小さな箱を取り出す。
「え?」
「クリスマスプレゼントだよ。ほら、開けてみて?」
丁寧に包装紙を取り、箱を取り出して開けるいろは。包装紙綺麗に取れるのマジですごい。僕はいつも破いてしまう。
「え、え、何これ!」
「髪留めなんだけど……気に入ってくれたら嬉しい……」
初めて買ったから、マジで何を選んでいいか分からなかったので、いろはがつけたらかわいいだろうなってものを選んだ。いや、何を手に取っても似合う姿しか浮かんでこなくて、本当に悩んだ。結局、グレーのリボンがついたものを選んだ。落ち着いた雰囲気だったので、どんな服にも似合うんじゃないかと考えたからだ。
「リボンだ!かわいい!ありがとう!大切に使うね!」
やわらかい笑顔で僕を見て、喜んでくれるいろは。めちゃくちゃかわいい。魅了状態にかかる僕。
「私も賢太君にプレゼントあるんだよ。」
見とれてぼーっとしていると、いろはの声が遠くで聞こえた。『プレゼント』というワードにはっとして、つい……
「ありがとう!俺も大切にする!」
と叫ぶ。
「あはははは。まだ何もあげてないのに?」
完全にフライングしてしまった。
「どんなものでも嬉しいから!」
「えー、なんかハードル高い感じする……これ……なんだけど……」
いろははバッグから、僕があげたものより少し大きな箱を取り出した。包装紙がクリスマスカラーになっていてかわいい。
「開けていい?」
受け取ってから、いろはの顔を覗き込んで聞く。
「もちろん!」
包装紙を、なるべく破かないように丁寧に開ける。
「賢太君、絶対それ、きれいに開けるの苦手でしょ?」
「うん……いつもはめっちゃ破く。でも今日は、包装紙すらもったいない!」
そう言いながら、真剣に開ける僕。
「嬉しいけど、そんなに無理しなくていいからね?包装紙って、結局最後には捨てちゃうじゃんね?」
「いや、捨てない!このセロテープも俺は捨てない!」
「ほんとアホ。」
呆れた時にするあの細い目で、いろはが僕をじぃ……っと見る。気にするもんか。時間をかけてきれいに包装紙を取ると、白い箱が入っていた。箱の蓋に指をかけ、ゆっくり開くと……
「スノードーム?あ……」
いろはが僕にくれたスノードームの中を覗くと、柑梨を抱いている僕の姿があった。不意に涙がこぼれた。
「賢太君……ごめん。思い出しちゃった……よね。でも……どうしても、柑梨ちゃんと賢太君は一緒にいてほしくて……」
突然涙を流した僕を、気遣ってくれたいろは。
「そうじゃないよ。思い出して、悲しくて泣いてるわけじゃないんだ。」
「え……?」
「嬉しくて。いろはの気持ちが。」
「だって……」
「この中の俺、めっちゃ幸せそう。柑梨も笑ってる。」
「うん。賢太君のおうち泊まった時、撮った写真なの。スノードームにしたら、この先もずっとこの時の賢太君と柑梨ちゃんは、幸せのまま一緒にいられると思ったの。」
少し困ったように、いろはは言った。
「ありがとう。大切にするってより、もう宝物だよ。めちゃくちゃ嬉しい。」
「良かった……。」
「あー……またいろはに泣かされたー!」
「えー……私のせいなのかな……?」
「そう!いろはのせい!でも、マジで幸せ。めっちゃありがとう!」
それから少しの時間、海岸で海の満ち干きの音を聴きながら2人で語り合った。




