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15.すれ違い

 柑梨との別れは、僕の心に大きな穴を開けた。歩いているときに、ミニチュアダックスを見たり、お店のペット用品コーナーで販売されているペットシーツに、クリーム色のミニチュアダックスのパッケージのものが並んでいるのを見つけたりすると、自然と涙がこぼれた。そんな不安定な僕の心が、すさんでいたからかもしれない。

 秋に入ってから、いろはとケンカをしてすれ違ってしまうことが増えた。『倦怠期』なんて言葉があるけど、僕たちにもそんな時期がきたのだろうか。お互いに好きな気持ちは変わらないのに、素直に伝えることをしなくなっていってしまったのかもしれない。顔を合わせたら、くだらないことで言い合ってしまうことが増えた。好きなのにうまくいかなくて……いろはを僕の言葉で傷つけてしまうことが嫌で、サークルの飲み会にたくさん行って、いろはとの時間を全然作らなかった。

 でも、そんなの言い訳で、僕はもう君がいることが当たり前になって、君の大切さに気付かないふりをしていたんだと思う。もしも時間が戻るなら、やり直して毎日君と一緒にいたい……たくさん泣かせてごめん。いろはの気持ちに気付いていたのに、大切にしたいって思っていたのに。当たり前のものなんてないんだって、今なら分かるよ。

 秋の終わり。深夜に届いた『話したいことがあるんだけど。』と書かれたLINE。いろはは僕と別れたいのかもしれないという不安が膨らんだ。自分のこれまでの行動を思い返せば思い返すほど、そうとしか考えられなかった。後悔しても遅いのも分かっている。それでも、拭えない恐怖を抱えたまま、『わかった。』と返事をした。

 ケンカすることが怖くて距離を置いたのは僕なのに、離れると言われるのかもしれないと思うと、嫌でたまらなくて、胸が締め付けられた。暗い気持ちのまま返事を待っていると、やがて既読がついて、いろはから返信がきた。恐怖が最高潮に達した。それでも、僕はこのLINEを読まなければいけない。意を決して、メッセージを開いた。手が震えているのが、自分でもわかった。

『ありがとう。私ね、賢太君がこのまま遠くに感じるの、嫌なんだ。もし賢太君がこれからも私と付き合いたいと思ってくれていたら、気持ちがおんなじだったら、言い合いにならないように、思ってることを一回ちゃんと話したいんだ。どうかな?』

 逃げ腰になっていた情けない僕。でも分かったんだ。別れ話かもしれないと思った時に感じた恐怖や体の震えは、いろはを失いたくないからだって。「好きだから向き合おう」こんな当たり前のこと、いろはに言わせてしまった。でも、そう思ってくれた気持ちが嬉しかった。

『いろは、ありがとう。俺も、話したい。』

 メッセージを送信すると同時に、僕は家から飛び出した。秋の終わりの少し冷え込んだ空気の中、必死に走った。息が上がる。苦しい。でも、不思議ともやもやしていた感情はなくなっていて、ただただ走り続けていた。

『良かった。賢太君も、ちゃんと考えてくれてたんだね。』

 走りながら、いろはが送ってくれたメッセージを見た。

『いろは、少しだけでいいから、外に出てこられるかな?』

 15分ほど走って、いろはの家の近くまで来た僕は、いろはにメッセージを送った。すぐに既読がついていろはから、電話がかかってきた。

「もしもし、賢太君?」

「いろは……会いたい。」

「え、ちょっと待って。今どこ?息上がってるじゃん。」

「いろはの家の近く……走ったから。」

「……もう。今何時だと思ってるの?ホントにバカなんだから。」

 そういえば、時間は十二時をすでにまわっていた。

「やっぱ……無理だよね。ごめん。なんか俺、いてもたってもいられなくて。気づいたらいろはのところに向かって走ってた。」

「無理じゃないよ。賢太君はバカだけど……嬉しいよ。行く。待ってて。」

「アパートの……外で待ってる。」

「分かったよ。電話切るね?」

 切れた電話を握りしめていろはを待った。少しすると、まだ冬でもないのにもこもこの白い部屋着を着たいろはが出てきた。ちなみに、僕は薄い長袖のシャツ1枚と、半ズボンだった。

「ばか。寒いじゃん。風邪ひいちゃう……」

「……俺もそう思う。風邪はひかないけど。でも、どうしても今会いたかった。」

「風邪ひかないなんてうそだよ。三回目の時、風邪ひいてたくせに。」

「……そういえばそんなこともあったかも。でも、もうひかない!こんな時間に急に来ちゃってごめん。」

「うん。でもね、なんとなく来るんじゃないかと思ってた。会えたの、私も嬉しいよ。賢太君走ってきたって言ってたから、汗かいてるかなと思って持ってきたよ。」

 そう言いながら、僕の首にタオルをかけてくれた。柔軟剤のいいにおいがして、ドキドキした。

「いろは……ごめん。」

「何のごめん?」

「俺、最近いろはとケンカばっかで、ケンカするのが嫌で……勝手に距離とってた。」

「ホントだよ……でもね、私も悪い。ケンカじゃなくて、ちゃんと話をしてたら良かったなって思ったんだ。」

「いろはのこと大好きなのにさ、俺、逃げてた。柑梨のことあってから、なんか全然自分のことコントロールできてなかったと思う。ずっと寄り添ってくれてたのに、たくさん傷つけてごめん。」

「私のこと傷つけたくないから距離おこうと思ったんじゃないの?」

「それもでかいよ。でも、そんなのさ、言い訳じゃん。」

「そうだね……。だけど賢太君だけが悪いわけじゃないよ。大丈夫。」

 困った顔をしながら、いろはが僕を見た。

「それでも、俺、いろはとこれからも一緒にいたい。さっきさ、話したいことがあるって言われたとき、別れ話されるのかなって……すげえ怖かった。」

「私だってそうだよ。賢太君にいつ別れたいって言われるのか、ずっと怖かったよ。」

「え……いろはも?そっか……でも、俺がいろはと別れたいなんてこと、何があってもないよ。でも今日さ、いろはが俺とちゃんと向き合ってくれたから、俺は……俺はどれだけ自分がいろはのこと好きなのか、改めて分かった。」

「……嬉しい。ずっと素直になれなくて、一緒にいられないことが寂しかっただけなのに、嫌なこと言ってごめんね。」

「んーん。俺こそ……逃げてごめん。」

 僕の言葉に、いろはがゆっくりと目を閉じて、首を左右に振った。その動作が終わると、二人は自然と見つめ合った。

「「大好きだよ。」」

 声が重なって、笑みがこぼれる。どちらからとなく抱き合って、そばにいることのぬくもりを感じ合った。

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