14.それぞれの別れ
「ただいま!柑梨は!?」
最初に帰ってきたのはあかりだった。僕はいろはの膝枕で、だいぶぐっすり眠っていたらしい。それにしても、あかりの声で目覚めるなんて。どうせならいろはに起こされたかった……。父から連絡がいっていたようで、あかりは柑梨が虹の橋を渡ったことを知っていた。体を起こして、すっかり硬くなってしまった柑梨の体を膝に乗せ直して丁寧になでる。
「賢太君、おはよう。」
いろはが、気遣うような微笑みを僕に向けてくれて、心配させていたことに罪悪感を感じた。僕がいろはに何か言おうと口を開く前に、ドタバタと音を立てながらあかりがリビングの扉を開ける。
「おにぃ。柑梨は……?」
「ここにいるよ。」
あかりの問いかけに答え、なでるのをやめた。
「柑ちゃん……体……カチコチだね……」
「うん……」
「柑ちゃん、苦しかったのかな……そばにいてあげられなくてごめんね……」
あかりは、柑梨の体にすがりつくようにして、泣きながら話しかけた。
「痛みとか、苦しさはなかった……病院の先生はそう言ってた……」
「そっか……良かった……おにぃ。柑ちゃんのこと看取ってくれてありがとう。」
「何もできなかったよ……」
「それでも、柑ちゃんにとっておにぃは特別だから。」
何も言えなかった。あかりは、きっと僕より強い。悲しみは同じように感じているはずなのに、深呼吸していろはに向き直った。
「お姉ちゃん、来てくれてたんだね。ありがとう。挨拶するの、遅くなってごめんね。」
「んーん。お礼言われるようなこと、してないよ。一緒に泣いてただけだもん……」
「それでも。たぶん、お姉ちゃんいなかったら、おにぃ、こんなに落ち着けてなかったと思うから。」
あかりは、よく僕のことを見ているようだ。本当にかなり取り乱していたからね。いろはがかけつけてくれたことで、安心した。そして、胸の中にあった『自分のせい』という気持ちが少し和らいだのを感じていた。
夕方になると、両親も仕事から帰宅して、いろはに感謝を述べていた。母が探してきた犬の火葬を車でやってくれる業者に依頼して、手配してもらえることになった。柑梨の亡骸と一緒に燃やせるものを選んだ。
向こうで遊べるように、おもちゃを入れてあげたくて、木でできた骨をかたどったものを1つ選んだ。これなら、燃やしても大丈夫だろう。それから、僕はいろはと一緒に、柑梨に手紙を書いた。本当はいろんな景色を見せてあげたかった。途中から、目が見えなかった柑梨。天国では、いろんな綺麗なものを見て、たくさん幸せになってほしいこと。そして、伝えきれないけれど、『ありがとう』と書いた。いつか僕がそっちに行って、生まれ変わっても、また柑梨との縁がつながりますように……
家族のそれぞれが思い思いに柑梨に持っていかせたいものを入れて、(あかりが、僕の靴下を一緒に入れようとした時は、さすがに止めた)柑梨の体は荼毘に付された。
その葬儀屋さんでは、犬用の骨壷や、ペンダントの中に小さな骨を入れて持ち歩けるようにするような小物もセットで用意してくれた。柑梨の骨は骨壷に入れられ、僕とあかりに1つずつ、柑梨の尻尾の骨が入ったペンダントが渡された。まだ悲しくて苦しいけれど、そばにいてくれているような気がして、少し落ち着いた。
柑梨との別れが済む間、いろははずっと寄り添ってくれていた。柑梨が虹の橋を渡った日に『家族だけの方がいいと思うので』と言って帰ろうとしたのだが、母が帰さなかったのだ。僕からしたら、いろはがいることで気持ちが安定するので、ありがたかった。
予定していた帰省期間も終わり、最終日になった。僕といろはは、バイトもあるので予定通り帰ることにした。
「お世話になりました。」
「いろはちゃん、ありがとね。」
少しやつれた顔で母が言う。いつも元気で明るい母とはいえ、柑梨のことを溺愛していたため、毎晩僕たちが知らないところで泣いていたのだろう。
「とんでもないです。大変な時にお邪魔しちゃって、申し訳なかったです。」
「私がいてってワガママ言ったんだもの。賢太といてくれて……つらい時に来てくれてありがとう。」
母は微笑んで、いろはの手を握った。
「賢ちゃんが選んだのが、いろはちゃんで良かった。これからも、いつでも来てね。賢太は別に来なくもいいし、いなくても、いつでも来て!」
「聞こえてるんだけど……珍しくいいこと言ってると思っのに……やっぱり扱い雑なんだよなぁ。」
緊張をほぐそうとして僕をいじっていることは分かるので、とりあえずつっこんでおいた。
「嘘だよ。あんたもいつでもおいで。」
「あー……うん。また連絡する。」
急に優しい口調になり、少し戸惑った僕は、気のない返事をして実家を後にした。




