10.朝んぽ
花火大会が終わって、実家に帰ってきた僕たちは、母の助けを借りて浴衣を脱いだ。いろはに先にお風呂に入ってもらった。
「おにぃ、どうだった?成功?」
あかりがにやにやしながら聞いてくる。
「うむ。ハプニングはあったけど……」
「そこんとこ詳しく。」
「ネックレスつけようとしたら、めっちゃ手が震えて……」
「ださ。」
ストレートすぎてシンプルに凹んだ。
「だよな。僕もそう思う。あ、あかり、今日いろは人生初のお酒飲んでるんよ。そんな酔ってないけど、いろいろ頼んだ。」
「おお、任しとけ!」
何をしてくれるつもりなのかはよく分からないが、まぁ大丈夫だろう。
いろはがお風呂から出るのを待っている間、柑梨にサプライズの報告をする。柑梨は、からかうこともせず、ただただ寄り添いながら僕の話に耳を傾けてくれる(ように感じる)。
明日の朝は、いろはと柑梨と3人?で『朝んぽ』をしよう。急に明日の朝が楽しみになる。
いろはは、お酒が入っているせいかすごく眠そうだった。いろはの後にあかりがお風呂に入りに行ったのだが、あかりが出る頃にはかなりうとうとしていた。
「いろは、あかりと一緒に部屋行きな。もう寝て?明日の朝、柑梨と散歩に行こう?」
「賢太君お風呂上がるまで待てるよぉ?お散歩行きたいぃ。」
うん。もうおねむだな。
「じゃあ明日、6時30分でも大丈夫?暑くなる前に行きたいんだ。起きれなかったら無理しないで?」
「分かったぁ。」
「お姉ちゃん、だいぶ眠そうだから、アラーム私がつけとくよ。」
「おお、ありがとう。そして、もう連れてってやってくれ。」
「らじゃ。」
「おやすみ!」
「うん、おやすみなさい……」
あかりに連れられて、いろはは部屋に去っていった。僕もお風呂に入り、自分の部屋に行こうとした。
「くぅーん……」
足元でめちゃくちゃかわいい生き物に呼ばれた。
「今日は一緒に寝よっか。」
そう言って、柑梨を抱き上げて階段を上がった。柑梨をベッドに乗せてから寝転がると、僕の体に乗って、胸の上にあごを乗せ、じぃーっと視線を送ってくる。
「なんだよー!かわいいなぁ。」
ついつい構ってしまう。
「今日帰ってきてよかったー……」
(なんで?)そう聞かれた気がした。
「いろはのこと、みんなに紹介できたから。もちろん、柑梨にも。」
言葉がわかるのか、僕の言葉に顔を上げてしっぽを振る。
「それと、またこうやって柑梨と一緒に寝れるから。」
「くぅーん……」
抗議の目だ。かわいく鳴きながら、前足を交互に少しずつ動かし、ほふく前進のように前に進んでくる。
「もっと帰って来いって言ってる気がするなぁ。分かってるよ。もう少ししたら夏休みだからさ、そしたらまた帰ってくるよ。」
安心したのか、僕の胸の上にもう一度あごをのせ、しっぽを振って寝息を立て始めた。
その寝息につられ、いつの間にか僕も眠っていた。
『ピピピピピピピ!』
アラームの音で目が覚めると同時に、生ぬるい湿っているものが僕の顔に何度も襲いかかる。ちょっとぬめぬめしている。
「んんー……やめてぇー。あー……でもしあわせー。」
柑梨になめられて起こされる朝。顔がべちょべちょだ。
「おはよう。」
柑梨をだっこして階段を降り、もう起きている母に挨拶をして、顔を洗う。
「いろはは?」
母が何か知っているかと思い、聞く。
「もう起きてたよ。散歩するって張り切ってたよ。」
「おおーさすがぁ。」
まだ瞼がくっつきそうな眠さを我慢しながら、柑梨の首輪にリードをつけた。
「いろはー?散歩行ける?」
あかりの部屋に向かって、声をかけた。
「行けます!」
ドアが開く音がした。髪をハーフアップに結んだいろはが、元気よく出てきた。女の子の支度は大変と聞いたことあるが、朝からこの完成度。すごすぎる。そして目が覚めた。
「あんまり見ないでー!日焼け止めくらいしかついてないから恥ずかしい!」
「え、そうなの?朝イチのいろは、かわいすぎて天使かと思った。」
「ホントやめて。でもお散歩楽しみだったから行きたいの!」
「りょーかい!行こ?」
いろはにリードを持ってもらい、僕はお散歩バッグを持つ。
「え、持っていいの?初めてだから不安だよぉ……」
「大丈夫。柑梨は引っ張らないから。ついてきてくれるよ。」
そう言って、歩くように促す。昨日寄った海浜公園への道のりを歩く。
「このまま持ってるだけでいいの?」
「うん。ただ、目が見えないからぶつからないようにだけ気にしててあげて。」
「分かった!」
「ぶつかりそうになったら、リードを少し引いてあげて。」
「うん!」
「あ、あと、地面に穴空いてるじゃん?側溝とかの穴。あそこに足入っちゃうとケガしちゃうから、そこも気をつけてあげて。」
「責任重大!」
「大丈夫だよ、俺もいるから。」
柑梨の足取りはすごくしっかりしていて、人が歩いた後をちゃんと付いてこようとする。目が見えなくとも、鼻でいろんな情報が分かるというのだから、犬は本当に素晴らしい進化を遂げた生物だと思う。
海浜公園に着いて、海沿いを散歩する。
「朝はまだ暑くなくて、気持ちいいね!こんなに早く起きることって、大学生になってから、あんまりしてないかも。」
「大学生ってけっこう自由だもんね。でも、確かに犬がいると生活リズム整うよ。」
「やっぱりそうなんだ?」
「うん。今日もね、起こしてくれたの柑梨なんだ。」
「え、ほんと?うらやましいー!一緒に寝てたんだ?」
「こっちに帰ってくる時は、いつも俺の上とか横とかで寝てくれるんだよね。普段甘えられないからかな?」
「んー……なんとなくだけど、柑梨ちゃんにとって賢太君は特別なんじゃない?」
「え、なんで?」
「なんとなく、だよ。」
それでも嬉しかった。僕にとって、柑梨は特別な犬だから。そう思ってくれたいろはに、ちゃんと話をしたくて、昨日思い出した柑梨との出会いのこと、それから、僕の抱えてた悩みと柑梨の勇姿について語った。
「そっか……そんなことがあったんだ……。柑梨ちゃんは賢太君のこと、子犬時から守ろうとしてくれてたんだね。」
そう話しかけながら、いろはは足を止めて柑梨の頭をぽんぽんと優しくなでる。
「うん。だから俺にとって柑梨は、すごく大切な存在なんだ。」
「賢太君がそういう人で良かった。話してくれてありがとう。」
「これ、話したのいろはが初めて。」
「え、そうなの?」
「中学生の頃なんて、今よりもっとかっこつけたいんだよ。だから、いじめられなくなった後も、誰にも言ってない。」
「そっかぁ……大変だったね。」
そう言って、僕の頭もなでるいろは。子供扱いされてる気もするが、悪い気はしなかった。
「聞いてくれてありがとう。」
「柑梨ちゃんのこと、出会ってすぐに大好きになったんだけど、もっともっと好きになっちゃった!」
「なにそれ、めっちゃ嬉しい。」
話しながら歩いていると、いつの間にか実家に着いていた。柑梨はだっこのおねだりもせず、全部ちゃんと歩ききった。
「柑梨ちゃん、めっちゃおりこうだね!」
「いつもは、不安になったり疲れたりすると、だっこを要求してくるんだけどね……今日はしなかったね。」
「すごいすごい!」
自分がほめられていると察知したからだろうか。柑梨は尻尾がちぎれるくらい振って、ご機嫌だった。
大好きな人と大好きな犬。『普通』に一緒に散歩できることの幸せを、この時の僕はまだ分かっていなかった。




