プロローグ
「ふぅ…」
私は家へ帰る上り坂を上っていた。今の季節は夏。もう6時半だというのにまだ蒸し暑い。部活でかいた汗と、今かいた汗が混ざってカバンを背負っている背中がかなり蒸れている。帰ったら早くお風呂に入ろ。そう考えながら、ようやく長い坂を上り切ったと思った時だった。
前から、明らかに変な格好をしている人が歩いてきた。こんなに暑いというのに、上下とも黒い長袖長ズボンに身を包み、手袋までしていた。少し不審だけど、人には人の事情があるし、こういう人もいるのかな。そう思い、その人の横をすれ違った時だった。私若干俯いて歩いていたせいで見てしまった。その人の右手に刃物らしきものが握られていることを。私は思わず走り出してしまった。
今思えば、それで犯人に気づかれたのだろう。私の足音とは違うリズムで、こっちへ向かってくる足音が聞こえた。家まではあと数百メートルある。そこまでに誰かに会えば通報してもらえるはず。そんな私の願いは叶わず、誰にも会えないまま後ろに背負っていたカバンを思いっきり引っ張られた。私は、仰向けの状態になるように転んでしまった。あ、終わった。そう思った瞬間、お腹に激痛が走った。転んだ時に打った頭の痛みを忘れるほどに痛かった。その痛みが刺されたことによって引き起こされたと分かるのにそう時間はかからなかった。
ああ、人が死ぬときってこんな感覚なんだ。もっといろんな事やってみたかったなあ。お母さん、お父さん、こんな私でごめんね。そう思っても、もう伝えられない。そう思うと、急に涙が噴き出してきた。涙で滲んだ視界が段々と見えなくなって、何も見えなくなると同時に私の意識もそこで途切れた。
「…んぅ…あれ…ここって…?」
私は気付いたら一面真っ白な空間にいた。病院、にしては部屋というものが存在してないし、本当にどこなんだろう。……天国、とか?いや、死んでたらそもそも考えたり出来ないでしょ。私がそう思った時だった。
『はい、そうです。ここは、多分貴女方が天国、と呼んでいるところに近いと思いますよ』
え?…え!?どういう事?私…死んだってこと…?そう私が気付いた瞬間、あの刺された時の記憶が一気に思い出してきた。それと同時に、あの死ぬ間際に感じた感覚まで思い出した。傷は何故か消えていたが、刺さっていた感覚だけは残っていた。そういえば、さっきの声って誰の声なんだ?回りに人はいないし。
『自己紹介が遅れていましたね。私は、貴女の住んでいた世界の管理者、貴女達の言う神様、という存在ですね』
神様!?え!?神様って実在してたんだ…。でも、神様がこんな私に何か用でもあるんですか?
『そうですね、今回貴女をこのような空間に呼んだのは、貴女に選択させてあげようって思ったからよ』
選択?何を選択するんですか?
『あなたの今後について、かしら。今、貴女には記憶を消して別の人生を送るか、記憶はそのままで、別の世界に転生するか。どっちかを選んで貰おうと思うの』
つまり、また別の人として地球で生活するか、異世界に転生するか。こんなの、聞いた瞬間に決まった。異世界に、転生したい。
『本当に良いの?前の世界じゃ考えられない事だってたくさんあるわよ?』
はい。大丈夫です。私は、私として生きていきたいですから。例えそれが異世界だったとしても。
『…そう。なら、分かったわ。それじゃ、あっちの世界でも元気に過ごしなさい。私が見守ってあげるわ』
その声が聞こえた後、私の意識は電源が落ちるようにすっと消えていった。
私の意識が戻った時、視界に入ってきたのは一面に広がるたくさんの木だった。ふと、下を見ると、少し小さめの水溜まりがあった。
覗き込んで見ると、水面に写ったのは金髪のロングへアーに濃い緑色の目を持った、色白の女の子だった。そして何よりも目を引いたのは、横に長い耳、つまりエルフ耳と呼ばれているものがついていた事だった。ということは、私はエルフに生まれ変わったってこと?私が水溜まりに写った自分を見つめていると、後ろから足音が聞こえてきた。
私が振り返ると、そこには私と同じような容姿、つまりエルフが10人程並んでいた。
「◆▶◁◆▼■△?」
エルフの集団の一番前にいた、多分リーダーだと思われるエルフが、何かを私に聞こうとしているのは分かったが、私には何を言っているのかさっぱり分からなかった。
「◆▶◁◆▼■△?」
「■▲▷◆▲◇▼○?」
「あ、あの、何を言っているのか、分からないんですけど」
私が話すと、今度はあっちのエルフ達が首をかしげる。やっぱり、日本語は通じないのかな。
「ねぇ、そこの君!」
エルフの集団の後ろから、日本語が聞こえた気がした。
「ねえ、君ってもしかして『転生者』?」
エルフの集団の前にいたエルフを押しのけて、1人のエルフの女の人が出て来た。
「え、えっと…多分、そうだと思います」
「やっぱりそうだよね!うん、ちょっと待ってて!私が話してくるから!」
彼女は私にそういうと、さっき話しかけてきたエルフの元へ行き、何かを話していた。やっぱり、話している言葉は分からなかった。
「とりあえず、今日は私の所に泊まっていいように交渉したから。さ、行こ!」
彼女は私と手を繋ぐと、元居た場所に戻って他のエルフ達と同じように森の中を進んでいった。
日が少し傾いてきた時、前の方に何か建造物が見えた。
「ほら、あれが私たちが住んでいる所。他の種族の人達は『エルフの里』なんて呼んでるらしいよ。あそこにあるのは門。モンスターの侵入を防ぐために私が作ったんだ~!」
あれって高さ5mぐらいありそうだよね。あんなものを作っちゃうなんて…この人ってすごい人なのかな。
彼女が作ったという門をくぐると、よくRPGとかで見るような、木造の家がたくさん並んでいた。改めて、自分が異世界に来たということを実感した。
「ほら、私の家はこっちだよ!付いて来て!」
「あ!ちょ、ちょっと待ってください!あの、名前って…」
「ああ、そういえば言ってなかったね。私はルナ。君と同じ、『転生者』だよ。じゃあ、次は君の番だね!名前は?」
「私は…元の名前は、葉山 鈴歌って言うんですけど…」
「じゃあ、名前の鈴からとってベルちゃんね!よろしく、ベルちゃん!」
「ベル…いい名前です!ありがとうございます!」
こうして私は異世界で『ベル』として第二の人生を歩んでいくことになった。




