第21話『運命は並列に』
シバは安易にイデクラを使わない。その主な理由は二つある。
一つ目は、使う機会が少なかったから。彼が所属していた防衛隊の教育方針は、銃などの武器がメインである。教官が一人一人のイデクラに合わせてわざわざ教育することは、非効率な上、その能力を一番理解しているのは自分自身だ。さらに、シバは隠密な立ち回りを基本とする諜報班だったため、非常に相性が悪かった。
二つ目は、能力を制御しきれないから。少しの炎でさえその威力は強烈で、『狐火』そのものをまともに食らえば人間でさえ屑と化す。
………………
…………
……
かつての戦場のように……
「……お前見ない顔だな。コーヒー、いるか」
シバはα世界・防衛隊基地内にある自販機近くのベンチでのんびりしていると、隊員らしき人物に声をかけられた。シバは慌てて立つ。設定上、位の低い派遣隊員だからだ。
「そんなに畏まらなくていい。」
そう言って自販機のボタンを押し、飲み物を取り出してシバの隣に座る。
(この階級章は…………少佐か)
本当ならば、シバのほうが階級は上である。もし、この世界線に『シバ』という人物が生き残っていればの話だが……その可能性は低そうだ。
なぜならば、シバは防衛隊内でかなり有名だったから。戦闘能力もそうだし、もちろん、中佐という位も。そして何より……
「あー。地方から派遣されてきたのはお前のことか。まぁ、気楽に行こうぜ」
ポイッ
シバは缶コーヒーを投げ渡された。
「ありがとうございます」
(………………)
元の世界にこんな人はいなかった。全員が全員、自分自身に必死だった。もちろん俺もだ。こんなフレンドリーな人がいたらすぐ仲良くなってしまうだろうな。
……少なくともここの防衛隊に『シバ』はもう居ないな。安否やどんな理由があろうと。
α世界の防衛隊も政府の配下であることは変わらない。すなわち、政府とバーテックスが繋がっている以上、彼は……バーテックス側の人間だ。
「すまん、ちょっと会議があってもう行かないといけない。俺は鈴石だ。今度会った時はゆっくり世間話でもしよう」
「はい」
スズイシは立ち上がってその場から離れた。
彼は防衛隊でなくても、人間としてのコミニュケーション能力は高いだろうな。今のわずか数十秒の会話でも個人評価は爆上がりだ。
(彼が味方側かつ、俺の世界で出逢っていれば……)
シバは貰った缶コーヒーを開けて一口飲んだ。
………………
「……カフェインならエナドリ派なんだけどなー」
………………
…………
……
「おい、アレの噂を聞いたか?」
「アレって……無限エネルギーの噂のこと?」
「そんなことはもうみんな知ってんだろ。間違ってはないが……」
「じゃあ、なんのことよ」
「なぜかその担当の研究所に子供がいるって話だよ。これって絶対小さい子を実験体にするやつとかだよな。こわっ」
「……そういえば、結構前にも小さな子供を連れてた噂あったな……知らんけど」
「えっなにそれ初耳」
「倫理的にあれだけど、俺たちの生活のためにもな……申し訳ないけど」
………………
「そこの二人!喋ってないで早くそこの荷物運べ!」
「「……へーい」」
………………
…………
……
(小さい子供……)
シバは基地内の倉庫に潜入していたところ、バーテックスの噂が耳に入った。
(なんであのプロジェクトに子供が使われるんだ……?)
新たな疑問が生まれる。
「壁の向こうにいるお前もだ……ってさっきの派遣か。これはお前の仕事じゃないからやらなくていい」
隠密のつもりだったが考えてるうちに油断してしまった。
「そういえば、名前聞いてなかったな」
(名前…………偽名を使うか、いや、多分大丈夫か)
シバは一瞬ためらうが、問題ないことを再確認した。
「シバと申します」
「………………」
スズイシはシバの顔をジーッと見つめる。もしかしたら『俺』の何かを知っているのかもしれない。
「どうかしましたか?」
「いや……なんでもない。勘違いだ」
彼の『勘違い』というキーワードが気になるが、逆に問い詰めても意味はないため、シバは何も言わなかった。
「だがここは作業場だ。邪魔になる、この辺りから離れてほしい」
「承知しました」
シバは了承をしてその場から離れる。
『プロジェクト』『子供』『実験体』『勘違い』…………
気になる単語を並べてみたが、何一つ結びつかない。最後のに関しては私情だが、この世界を理解する情報にはなると考えている。そして……
(ゆるい。俺の知っている防衛隊よりも圧倒的にゆるすぎる)
まるで学校の部活並みである。こんな奴らが革命軍から政府を守れるとは思えない。
(……!!まさか……)
そう、この世界の主戦力は防衛隊ではない。科学力だけではなく、軍事力も『バーテックス』のほうが上だったのだ。そしてシバは知っていた。
科学力を持った組織が自社開発で武器を作って、軍事組織を立ち上げる場合、その戦闘力は尋常じゃない。
(これはさすがにみんなに伝えないとな……)
シバは雪積もる基地の門をあとにする。彼の足跡は熱で溶けていた。
気になって仕方ない。何故俺らはこの世界線に存在しうるのか。
ネムは会議のあと一人で部室の椅子に座って考え込んでいた。普段はめんどくさい議題を無視しているが、今回に関してはどうしても頭から離れない。まるで俺の中の誰かが囁いてるようだった。
……『パラレルワールド』
あるキッカケで時空は分岐し、無限に、そして並行に流れる。彼女の言うとおりならば、『モノクロイベント』が歴史の分岐点だったはずだ。……どのように回避したのか。それとも起こるべきものではなかったのか。しかし、この理論では考え方が多すぎて意味がない。どちらにせよ『モノクロイベント』の原因すら判明していない。
そろそろ本題入る。
『何故、別の世界線の我々が別の世界線にとどまれるのか』
そもそもイデクラというもの自体が謎だが、これは流石に例外であり、数多の理論を破壊している。もしもこの世界線に自分と同じ人物がいたら、別の世界線にもスイセイがいたら彼女も他の次元に行けるのか……やっぱりダメだ、頭が痛くなる。この囁きも無視してしまいたい。
――それでいいのか?キミは
なんなんだ。俺を苦しめているのはお前だろ。
――あそう……でも仕方ない。ここが俺の居場所だし、キミの[削除済]だ。
一瞬頭痛がした。ノイズが走ったような感覚だった。
――ふむ、遠回しでも邪魔されるのか……
………………
――まあ、これだけは言っとく。キミはモノクロイベントの原因を解明したいはずだ。ならばココでやるべきことがあるんじゃないか?
俺の目的は世界を取り戻すことだ。世界が変わった原因を探ることではない。ただ……
――気づいたか。根本的な部分から調べればいい。そしたら何かのヒントになるはずだ。この別次元に来たのは世界が消えるプロジェクトを止めるためだったな?それはこの世界線の『運命』だ。なら目的を変えてもいい。キミにできることは守ることだけじゃない。
このα世界で……モノクロイベントの真理を探す……
――そうだ。『運命』を使いこなせ。キミなら出来るはずだ。……【マクロインストラクター】
マクロ…………?どこかで…………
………………
…………
……
あれ?
ネムはいつの間にか眠っていた。時計を見ると19時……1時間近く寝ていたようだ。
「?」
目をこすると、青い蝶が目の前の机にとまった。
バタフライエフェクト…………小さなキッカケでさえ、積み重ねで大きな出来事に変わる。モノクロイベントも実はそうなのかもしれない。
「見つけました。『収容違反者』です」
読んでいただきありがとうございます。
心情的な場面が多くなってしまいましたが、いかがでしょうか?
防衛隊とバーテックスの関わりも気になりますね。
次回も楽しみに!




