第20話『ようこそ、今日の自分』
「俺は…………お前らを、終わらせる」
考え込むことはない。楽しむように戦えばいい。それが『自分』と戦うということだ。
出来るだけ体勢を低くして前に踏み込む。そしてナイフを下から上に振り上げた。
(こいつ……速くなった……!?)
まずは厄介な銃の男から退かす。ネコガミは相手の動揺を見逃さなかった。この一瞬の隙で詰める。さっきまで当たらなかった攻撃がわずかに髪先までふれることができた。しかし、その隣には二人。そう簡単には詰められないだろう。
銃の男は体勢を低くしたネコガミの上を跳び越えて背後を取る。その間に拳男が割って入る。
「こっちは三人だ!ナメるなよぉ!……っ……!!?」
相手は不意を突いたつもりだろうが、それはネコガミの想定範囲内だった。
「俺のイデクラを覚えとけ」
ネコガミはすでに狙撃銃を持っていた。一人が頭上を飛び越えて視界から消えた隙に生成したのだ。
(スナイパーを召喚した……!?)
(まさか……この近距離で!?)
ネコガミはしゃがんだ状態から、飛び込んでくる拳男に狙い定める。
(簡単だ……狙いすぎる必要はない。この距離なら確実に当たる……いや)
ズドォォォォォン!!
外した。いや、わざと外した。なぜなら、どうせ避けられるからと感じたからだ。でも相手は動揺するだろう。
(案の定、体勢が崩れた。このままだと着地をミスするはず)
ネコガミは一気に前へ詰める。
「はぁぁ!!」
繰り出した技は回し蹴り。イデクリの脚力を活かして、自分よりも遥かに体格が大きい拳男を路地裏の奥に蹴飛ばした。
【一人目】
ネコガミはゆとりを見せてナイフ男のほうに振り返る。
「…………」
「ちっ……!小娘がっ……!!」
ナイフ男は真っ赤な顔でネコガミに飛び掛かる。
「おいやめろ!また何か召喚するぞ!!」
「この距離なら狙撃銃は当たらねぇよ!!」
銃の男はナイフ男の行動を止めようとしたが、聞く様子はなかった。
(煽り耐性皆無っと)
ネコガミは光粒子から自分の分身を数体作る。ただの光る人体なので見分けはつくが今のナイフ男にそれをする術はないだろう。
「くっ……!!なら、全部ぶった斬ればいい!!」
相手は路地裏の壁ごと、適当にナイフを振り回す。
(っ……!?当たらない!?)
「ここだよ」
ナイフ男は雪の降る夜空を見上げた。
それは『暗闇の中で空色の眼を光らせる猫』のようだった。
ネコガミは空中かかと落としを相手の肩に食らわせた。その強い衝撃で相手のベクトルは下方に向けられ、身体が地面に叩きつけられた。ナイフ男はそのまま気絶した。
(これなら……ナル先生が言ってた『解放』の出番がないな。あっ、そもそも使っちゃダメか)
【二人目】
ボーッとする最後の一人に、ネコガミは上から見下げる。
「くそっ!これでもくらえ!!!」
パァァァン!!
空中に浮かぶネコガミに向けて銃弾を放った。しかし、命中せずにマフラーを貫通しただけだった。
ネコガミは着地と同時にピストルを生成し、相手に向けて撃つ。
パァァァン!!
「ぐっ…………!!!!」
銃弾は男の胸を直撃してそのまま後ろに倒れた。ネコガミは拳銃とナイフをそれぞれ片手に、ゆっくりと男に近づく。
「ゴム弾だ……死にゃしない」
殺傷力はなくとも、かなりの痛みはあるだろう。
「……お前何者だ……体格が男だし……それでも普通の学生がこんなに強いはずがない……」
男は力を振り絞って、横になりながら口を開いた。ネコガミは跨いでその上に立つ。
「そんなこと今更言う必要ないし、お前が知る必要もない。けど……」
男は片目でネコガミの顔を見上げる。
「……俺は強くない。それなら『彼女』のほうが強い」
「……?」
ネコガミは一瞬だけスイセイを思い浮かべた。
ピストルを相手に向ける。
「さよなら」
パァァァン!!
【三人目】
……終了。
………………
…………
……
「どうだい?ガキに負けた気分は」
「うっ……お前は……」
男はネコガミに二回撃たれた直後、しばらく気絶していた。
「お前はたしか……!革命軍の……!」
路地裏の隙間から差し込んだ光が、黄金の髪色を照らす。男は金髪の人物に胸ぐらを掴まれる。
「貴様らは『同じ目標』を持った同族だから何もしないが、このままだと一生バーテックスの思うままだぞ」
綺麗な金髪に反して光のないその瞳の奥底には、沈静とは裏腹に、信念たるものがあった。
………………
…………
……
「うっ……全身が痛い」
ネコガミは四肢の痛みを我慢しながら、路地裏から出た。空はすっかり真っ暗だ。予想外な戦闘経験になったが、良いお試しにはなったと思う。
しかし、こんな『反逆者』を作り上げた原因は元々『バーテックス』にある。彼らもそれなりの理由で『自分』と戦っているのだろう。
(……さよなら、今日の自分)
『今日』と戦うのはここまで。明日には、また新しい『今日の自分』を「ようこそ」と迎えることになる。ネコガミはそんな知らない誰かから貰った考えを地面に染み込む雪結晶のように、心にも沁み込ませておいた。
――――――
「博士、色を探す研究……しなくていいんですか?ネムさんたちが帰ってくる前にせめて一色だけでも……」
PCの前で業務をする博士にゼータが話しかける。
「大丈夫だ。そんなことする必要はない」
「えっ、なんでです?」
「アイツらが帰ってくる頃には一色、増えているだろうね」
博士はコーヒーを一口飲む。
ゼータの頭には「?」が浮かんだが、聞き返せなかった。
「モーメントさん、少し良いですか?」
隣に紙を持った研究員が来た。ゼータは彼に挨拶する。
「ノンさん!お疲れ様です!」
「おつかれ、6番くん」
ノンはゼータに軽く挨拶を返す。
――【ノン研究員】
カラパレと同じ、サイト-222に勤務する研究員である。彼は直接『色』の研究には関わらないが、どちらかというと補助員のような存在だ。
「で、何の用だ」
「実は……本部から連絡があって、ヘルメスさんが……ここに来るようです」
この言葉で博士とゼータは顔色を変えた。
「えっ!?……ヘルメス博士が!?」
ゼータは思わず驚いていた。ノンはその資料である紙を博士に渡す。
「では……私はこれで」
ノンはそのまま部屋から退出した。
「………………」
博士は脳内で整合性を考えた。
………………
…………
……
「……ゼータ、資料を入れるフォルダを増やしておけ」
「……えっ?」
突然の話にゼータはついていけなかった。
「アントニムの『託け』だ」
………………
…………
……
戦場に咲くユリの花
その白い花弁は赤い血で染まってしまった
その他の花は炎で燃え盛り
やがて黒く散りゆく
それでもその赤いユリは美しかった
………………
…………
……
夜空の星は無限大だ
宇宙が生まれた日からこの時まで
綺麗に輝き続けている
ただし腕を伸ばしても
このちっぽけな手では届きもしない
………………
…………
……
我々は守れなかった
残ったのは緑の草原と
水深5㎝の海のみ
その大地が佳景だとしても
ここには見物者などいない
………………
…………
……
読んでいただきありがとうございます。
ネコガミの戦闘シーンどうでしたか?このバトルシーンは非常に考え込んで書きました!
そして最後の詩のような三段構え、これはなんなんでしょうね……?
では、次回も楽しみにどうぞ!




