第19話『さよなら、今日の自分』
………………
…………
……
『こちらは特例脅威区域です。住民の皆様は、すみやかに避難してください』
…………ブゥゥゥーーン
AIの無線放送が流れる無法地帯に、一台の車が走り抜ける。
ピッピ……
「……ヘルメスさん、本当にいらっしゃるんですか?」
車の通話機能を通して電話相手が話す。
「……あぁそうだ。嫌か?ノン研究員」
完全自動運転の車内で一人。その男は窓の外を眺めていた。
「いいえ、そんなことはありません。ただ……あなたほどの人が、わざわざ代理のためだけに来るのは予想外というか……我々のサイトの研究員も驚かれるのではないかと」
電話相手は緊張気味で男に謙遜していた。
「別に問題ない。私がそっちに行くのは代理義務以外にもある」
「それは……?」
「アントニムの資料が見つかった」
「ァントにムsんの!?……すみません」
通話音声が少しノイズキャンセリングされた。それほどの大ごとである。
「詳しいことはそっちで話してやる」
「了解しました。失礼します」
……ピッ
通話が途切れる。
男は再び窓の外を眺める。しかし、外の様子は殺風景で色味がないが、そもそも色を視覚できていない。ただただ、暗い外側のせいで窓には自分の顔が映っていた。
彼は退屈をしていた。このあとにお楽しみが待っていることは知っているが、それでも車内で一人、廃れた光景を見るのは非常につまらなかった。
………………
「「〇〇〇〇……!!」」
「うん?」
急に外から人の声が聞こえてきた。前を見ると、多くの人で道路を塞がっていた。
「車を止めろ」
男がそう言うと車は減速し、大人数の前で停車した。
「「科学反対!!!」」
「「科学実験のせいで色が消えたんだ!!」」
避難区域のはずが、それを無視して活動家たちが大声を上げて旗を掲げる。
「……一般人風情が、こんな時までほざいてやがるとは。ふっ……別に、気晴らしにだ」
男は車から降りて集団の前に立つ。
「おい貴様!白衣を着てるということは『科学者』だな!!」
「お前たちのせいでこの国が欠落したんだ!その車も汚らわしい科学製品だろ!?」
24世紀の今の時代にも科学を反対する者はいる。なんなら、発展技術により、職を失った者や過度な扱いによって親族を亡くした者もいるからに昔よりも、そんな人ら増えたかもしれない。
「ここから出ていけ!!」
一人の若者が車に向かって石を投げる。
………………
それを見て周りの人たちもつられて石や物を投げつける。
しかし、男はピクッともしない。逆に彼は、この状況を楽しんでいるのかもしれない。
活動家たちはあくまでも『科学』製品である車に向けて物を投げつけている。だが、『科学』者である男には投げてこなかった。
一人の行動から始まる『集団心理』
同じ人類は傷つけられない『人間性』
「…………ヒトも殺せない、中途半端な臆病者共が」
男は少し微笑んだ表情から貶なすような目つきで彼らを見た。
………………
…………
……
「……俺は……何を……」
「……私が……⬛︎⬛︎に石を……投げて……傷つけた……?」
集団が混乱する。男は車に乗る。
「……用済みだ。出発しろ」
車は集団を通り抜けて進む。しかし、あれほど『科学』を反対していた者たちは誰一人として車のほうを見ない。
所詮、活動家に限らず、グループというものは何かの『目的』を持つ。そんな『目的』が何かの原因で失われてしまったら……存在意義そのものが、消える。
「はあ……気遣うのは楽じゃないって……」
先ほどの電話相手が研究所にて、ため息をついてソファに寄りかかる。その手前の机には一枚の紙が置いてある。
――――――
【新規・管理者代理情報】
[名前]ヘルメス 博士
[SC]4
[イディオシンクラシー」
――『Q&=』
…………
【説明】
この能力は彼の眼によって暴露された者に影響をもたらす。また、左右の眼で能力が異なる。
左目【=】は暴露者に『指定した物を人間と認識させる』もの。右目【Q】は暴露者に[編集済]させるもの。すなわち、左右の眼の能力は…………
それぞれの眼のその『逆』であるといえる。
………………
…………
……
ネコガミは突然の状況に足をすくわれる。それでもどうにかして思考を巡らせた。
(まさか、学生を狙った反逆者か……?)
左から実銃、ナイフ、拳……それぞれ武器が違う。
「知ってるかぁ?拉致られた子はな、都市外に連れていかれちゃったら、政府はもう見放しちゃうらしいんだぜぇ?」
「君も今からそうなるんだがなぁ!!」
「……っ!」
一番体格が大きい右の男が容赦なく腕を振りかぶって飛びかかってくる。ネコガミはそれをかわすが、相手はどんどん詰めてくる。
(後ろの二人もいるし、これはマジでやんないとまずいなぁ……)
ネコガミは狭い路地裏をうまく活用して相手の援護を避け、壁キックをしながら背後に回るが……
「うっ……!!」
拳男の回し蹴りで吹っ飛ばされ、ゴミ箱に背中を強くぶつける。
「おい、英才教育がこんなもんかぁ?せめて不才の俺と対等であってくれよぉ」
(コイツ、隙がねぇ……近距離戦闘は相手のほうが遥かに上だ……)
ネコガミは起き上がって、周りを見渡す。一瞬の隙を見つけて拳男から遠ざかった。しかし……
「おっと……わざわざそっちから来てくれたのかい?」
今度はナイフを持った男と鉢合わせた。三人の中で一番体格が小さいが油断はできない。さらに、この狭い場所では適正距離の遠距離を活用できない。
(いや、このままじゃダメだ!スイセイとした訓練を思い出せ!)
ネコガミは力を込めて、ナイフを生成する。集められた光の粒子は暗かった路地裏を一瞬だけ明るく照らした。
「ふん……そうこなくっちゃ。ナイフ対決だ!」
ナイフ男はニヤリと微笑んで挑発をする。
(最初の一歩が肝心だ。この一歩が連撃へと続く……)
「はぁぁ!!」
ネコガミは前進と同時にナイフを振りかぶる。
「残念、遅いぜ!」
ナイフ男はわずか一瞬でかわし、ネコガミは強く背中を押される。
速い。思考の回転、細かい動き、ナイフの振り。そして反応スピード。全てが速かった。
(あらゆるステータスが、自分よりも上……!)
ネコガミはそれでも迷わずに攻撃をし続ける。だが相手はそれをかわしながら全て防ぐ。
「考えてることがわかりやすいんだよお嬢ちゃん。少しは頭を使いな!」
ナイフ男がそう言ってなぎ払いでネコガミに反撃しようとしたが、十分に距離が空いている。
(一瞬身を引いて一気に叩く!!)
ネコガミは素早く下がって低い体勢で飛び込む。
「!!」
直前で横を向いた。その視線の先には拳銃をこっちに向けた最後の一人がいた。
(まずい!撃たれる!)
ネコガミは咄嗟にバリアで防ごうとするが…
パリィィィン!!
(バリアが割れた!?)
「俺はまだ目の前だぜ!」
銃弾をかろうじて防いだが、目を離した隙にナイフ男がネコガミに前蹴りした。ネコガミは段ボールの山にぶつかり、そのまま抜け道に飛ばされた。その勢いで後転し、一時的に身を隠そうとする。
(バリアが使い物にならない……あの銃弾は、実弾どころかそれ以上の威力だ……)
反逆者たちは自分のターンを終わらせることなく、ゆっくりとネコガミのほうに近づいてくる。
「俺のイデクラは『威力強化』だ。あらゆる攻撃の威力を倍増させる。一回防いだことは褒めてやるが、次はもう通じない」
「おーい、隠れても無駄だぞ。なんならここ周辺吹っ飛ばしてもいいんだけどなぁ」
ネコガミはどうにかこの隙に思考を巡らせる。アイツらに勝てる方法を。
(どうすれば……どうやれば……)
「大丈夫かい?」
「っ!!」
隣にはさっき、すれ違った金髪の男が居た。
ネコガミは声を出さないように必死に口を塞ぎ、落ち着いてから静かな声で話しかける。
「な……なんであなたがここに……」
「なんでって、ハチミツジャムを付け忘れたからだよ、ほら受け取って」
ネコガミは引いた。この状況でこんなことが出来る変人がいるとは……いやもう一人いた。あの博士だ。
「状況を考えてください……今、ピンチなんですよ!」
「ピンチ?……あーあいつらか……大変そうだね」
反応があまりにも場違い過ぎた。
「あいつらが自分のことを攫おうとしてるんですけど、ほぼほぼ殺しにかかって来るんですよ。……どうすれば……」
「………………」
金髪の男はネコガミの顔を見て、少しの間だけ沈黙する。そして、口を開く。
「『相手』と戦うと思ってはダメだ。それが犯罪者でも、仲のいいライバルでも。まず、君は『自分』と戦わないと」
(『自分』と……戦う?)
「君は何千日もの『自分』、毎日の『自分』に勝ってきたはず……全戦全勝だ。だから『明日』を迎えられるんだ」
「…………」
「そして今戦うのも今日の『自分』だ…………
【負けるはずないだろう?】……」
「……!!」
よくある謎の理論だが、今はそれでも良い。この『人生』というゲームのプレイヤーは自分自身。これはレベル上げの途中だ。
「じゃあ俺は失礼するよ」
その金髪の男はさっきと同じように無駄な動きなく、その場から立ち去った。
(本当に変な人……でも……)
ネコガミはそれ以上何も考えなかった。何かを決心して合流しきった三人の前に姿を現す。
「へへ……自ら出てくるとはねぇ!」
………………
「自分は……いや、俺は…………お前らを、終わらせる」
読んでいただきありがとうございます。
前半パートが気になると思いますが、個人的には後半のネコガミパートがお気に入りです。
特に彼の一人称が一瞬だけ変化したのが良いですね。
では、次回も楽しみに!




