眠いのは健康の敵なんだ
先生が王城に向かっている間、プルルはやることがなく、身体強化の練習をしながら魔術書を読んでいた。
その魔術書には大まかな時間魔術について書かれていて、全ての内容を理解するにはまだ時間が足りない。
近くにあったコップを見る。
魔術を使用する準備に入り、手を中心に魔法陣が二重に展開される。
「アナライズ」
魔術が正常に起動する。
「セット」
机にあるコップを落とす気持ちで押した。
コップは一瞬、止まるような動きを見せるが、何事もなくコップは机から落ちた。
「うーん」
今度はコップを持ち、地面に垂直に落とした。
コップは音をたてずに地面に落下した。
「衝撃を遅延させるの出来ないけど、音を飛ばすのは出来るかな」
コップを押したり落としたりしたのは、時間魔術で衝撃と音を消そうと試したからだ。
今この部屋にはプルル1人しかいない。
時刻は12時を過ぎ、もう1日が経っていた。
それでもまだ寝ようとしないのは師匠であるメビウスを待っての行動だった。
プルルは真面目な女の子だ。いつも11時には絶対に寝て、規則は破らず守る。基礎教養は完璧と言っていい程に身につけている良い子だ。
だが、時間は進み時計の針は1時に差し掛かろうとしている。
「眠い」
そう言うと、窓からメビウスが帰ってきた。手には高そうな壺が握られていた。
「ただいま」
「お帰りなさい先生。その壺なんですか?」
「偶然にも拾ったんだ」
先生はそう言うと、ベットに腰掛けた。黒いローブを外し、壺を床に置いて。
「王様って大変なんだね。暗殺者に狙われているのが日常なんてね」
「———えっ」
軽い冗談のように話す先生はいつも通りで、だったらこれは本当のことを言っているんだと思った。
「大丈夫だったんですか」
「大丈夫だよ。まぁ、仮にもあの王様は魔法使いだ。素人の暗殺者なんて敵じゃないよ」
「怪我とかしてないですか。一応キズ薬持ってますけど」
「ないよ」
先生はそう言うとベットに寝そべった。
「明日は何するんですか?」
「特に決めてないけど。何かしたいことある?」
「そうですね……」
考えてみるが特に思いつくことはない。
無理に言って微妙な時間にしたくはない。時間的にこれが最後の応答になることは予想している。
(———最後か)
頭にさっきまで読んでいた魔術書の最後のページに書かれていた内容を思い出す。
「やりたいことはないですけど、これに書いてある最後のページに気になることがあって」
貰った魔術書を指す。
その最後のページには空白が所々あり、読めない所が多かった。
「なんでここだけ空白が多いんですか?」
「そこに書こうと思ったやつのことを僕も詳しくは知らないんだ」
書こうと思ったのに知らない?どういうことなのだろう。
「そいつは、僕が旅をしている際に遭遇した幻獣なんだけど」
先生の声だけが響き渡る。
「その幻獣は他の個体と違って、確かな知性を感じさせる眼をしていた」
夜だからという理由も有るだろう。
いつも静かで冷静な声がさらに温度を落としたような気がした。
「驚いたのは眼だけじゃない。そいつは魔術を使っていて、多分そいつは幻想種の類だったんだ」
「幻想種……」
幻想種は魔力の時代が始まって、一番最初に変質した生き物と言われている。
魔力の濃い時代に身体が変質し、魔力を操り、魔術が使えるようになった生物たち。
その身体に纏う魔力の多さは他の幻獣たちとは全く違い膨大で、歴史上で様々な国の優秀な魔術師や剣士たちが討伐を実行するも悉く敗北を喫している伝説の生き物。
数こそ少ないものの強大な魔力と魔術を扱うことができ、その力は魔法使いを殺せるとも言われている。
「どんなやつだったんですか?」
黒い眼がこちらを射抜くのを感じる。
「黒い狼だったよ。体毛も目も漆黒の狼」
「その黒い狼に勝てますか?」
不安と興味で質問する。それに対して先生は答える。
「愚問だぞ。プルル」
先生は微笑みを浮かべ、淡々と言った。
「僕は魔法使いだ」
鋭い眼で強い意味を感じさせる声が聞こえる。
意味を掴みかねる言葉だ。
しかし、その言葉は絶対に深い意味を持っていて、真にわかる日が来るなら、今すぐに知りたいと思った。
「僕はもう寝る。眠すぎる」
そう言う先生を見て私もすぐにベットに横になった。




