09 街と草花
「何処へ行きたいですか?」
「私にはこの世界自体が新鮮です。今日は街を歩き回っていいですか?」
「はい。ではそうしましょう」
街は中央に噴水のある広場と教会があり、広場からは複数の道が伸びていて、古い街によくある、中心から放射状に道を作るタイプの街作りに見えた。その中で東西に伸びる道は一際大きく、メイン通りと思われた。
私達は研究所のある東の方から途中でこの大通りに合流して歩いてきたところで、道の西の方を見渡すと突き当たりに鉄道の駅が見えた。
「街ができてから随分後に鉄道が通ったのですか?」
アレクは目を瞬かせた。
「そうですね。古い街ですが駅ができたのは10年前位です。何故分かりましたか?」
「駅がこの街の中心部から大分離れた位置なので、土地を確保しようにも既に中心に土地がなかったのかなと」
アレクが目を見開く。あれ?そんなおかしなことは言ってないよな。
「駅の近くは人や物の流れができて街の中心になりやすいですが、先程丘の上から見た時は、駅の向こう側の街の広がりはこちら側より少なくて、駅が街の端に寄った位置だったので。駅の向こう側はこれから発展するという時期に見えました」
勿論一概には言えない。駅の北口と南口の一方だけ閑散としているということもよくあるのだ。
「地形や他の施設、鉄道利用客の客層など様々な要素があって、必ずしもそうではありません。でも、アレクはさっき、鉄道が来て栄えたと言っていたし、駅は発展の中心になってもおかしくないなと思いました」
アレクは真剣な顔で頷きながら聞き、手を口にあて考え込んだ後、私の目をを真っ直ぐ見て言った。
「凄いですね。こんな短い間歩いただけで街の歴史や将来を見通している」
「え、そんな大したことは言っていません」
突然の賛辞に恐縮する。何故そこまで。
「いえ。この街を下調べして来たのかと思った位でした。でもそんな訳ないですし。ハナはただ旅行を楽しんでいるだけのように見ていました。申し訳ありません。
この短い間に膨大な情報を吸収して、ハナが予め持つ豊富な知識と照合して思考を組み立てて、確度の高い推測を導き出していました。しかもそうと気負わずに。
俺の何気ない一言から、さっき街を見下ろした景色まで、どれほど莫大な情報を吸収してるのだろうと空恐ろしくなる程でした。
情報収集力ーー観察力と、知識量と、それらを基盤に構築する思考力が優れています」
真っ直ぐ手放しに褒められて、何というか恐縮してしまう。
そしてアレクの、今までと違う少し固くて論理的な話し方に少し驚く。さっきの流れで仕事Verのアレクが顔を出しやすくなったのだろうか。本を仕事にしている人だから、そういう知識や思考に馴染みがあるのかもしれない。
「心から旅行を楽しんでいますよ?その中で、じっくり見たり、持ってる知識と照らし合わせて考えたりするのは、単に、そうするのが楽しいからです。それを考えるのが好きだからです」
「それが知識欲や探求心であり、人類が発展した原動力です」
アレクは目を閉じて頷き、顔を上げて視線を広場に面した教会に向けた後、私をひたりと見据えた。
「街の中心部がこの広場というのは、俺が説明していないのにご存じでしたよね?街を見下ろしたときそこまで分かりましたか?」
「いえ、そこまでは見えなかったのですが。教会や広場を中心に放射状に道や街が広がるという街作りはいくつか見たことがあって、この広場を見渡した時、構造や雰囲気が似ているなぁと。
確証はなかったのですが、さっき通った道は街のメイン通りの一つに見えますが、それに接していますし、ここに近付くにつれて店や人通りが華やかになったのを考え合わせて」
放射状に道や街が広がる街作りはヨーロッパの古い街によくある。パリは教会でなく凱旋門を中心にした放射状だけど、街の象徴を中心にという考え方は同じだ。
「その思考力はハナの優れた財産です」
アレクは、まるで自分が誇らしいかのように力強く言い、金色の目を細めて笑った。
真っ直ぐな称賛に、嬉しくもいたたまれず俯く。否定しすぎるのも、彼が称賛するものを貶めることになるので失礼でできない。凄い攻撃力だ。手も足も出ない。
私は服や外見を褒められるのは社交辞令ありがとうとスルーぎみなのだが、中身を褒められるのは100倍嬉しい。
今までの人生、女性は馬鹿でないと許せない男性社会に散々叩かれるのがデフォだったので、女性の知性を褒める男性は本当に本当に貴重で、涙が出る。本当にちょっと涙が滲んだ。
そもそも、こんなにきちんと女性の話を聞いて敬意を払える男性は、海外以外であまり会ったことがない。
「ありがとうございます。そう言って頂けて本当に嬉しいです」
ありがたいことにはお礼を。誠意には誠意を。過剰な謙遜よりその方が真っ直ぐ相手に心が届く。
アレクは少し目を見開いた後、微笑んで頷いた。
広場から大通りを南に折れて進んだ先に公園があった。ここは古くからある木や建物を残し市民の憩いの場になっているようで、大きな木が木陰を作り、中世のままのようなやや朽ちた石造りの四阿と花壇があった。
花壇に咲く花は私のいた世界のものとよく似ていた。詳しい種類は分からないが、日本よりは、ヨーロッパに生えていそうな涼しげな印象の草花が多い。
人がここまでそっくりに進化しているのだから、他の動植物もそっくりな進化をしていて、重複しているのが当たり前かもしれない。
ふと、花壇の隅の草が目を掠めた。
「これ、スズメノカタビラ?」
しゃがみこんで高さ5cm程の草を注視すると、やはりそうだった。イネ科らしい穂は小さく繊細なレースのようで、日本のものとそっくりだ。
アレクも近づいて腰を屈める。
「スズ……なんですか?」
「雀という小鳥の服という意味の名前で、スズメノカタビラと言います。形がそんな感じでしょう。私の世界は大陸が6つありますが、うち5つの大陸に分布しているポピュラーな草です。この世界にもあるんですね」
南極大陸以外の大陸には分布してるとか。すごい繁栄。しかも異世界まで。
指先で穂を突つくと小さくレースを揺らした。
アレクも隣にしゃがみこんで大きな背を丸め、目をキラキラさせて興味深げに尋ねる。
「……これがですか。ハナは地理や植物学も学ばれたんですね」
「いえ、昔家で飼っていたインコがこの穂が好物だったので調べただけです」
部屋で放鳥すると、折角用意した青菜に見向きもせず、プランターの雑草に飛んで行ったものだ。それで調べて覚えた雑学の範疇だが、実際に旅先で見かけると愛着がわく。
アレクは呆けたように目を見開き、そして吹き出す。
「知識と興味の範囲がもう……マクロからミクロまで壮絶ですね。ご婦人がいきなりしゃがんで地面見つめるし」
「壮絶って何ですか」
楽しげに笑うアレクが立ち手を伸ばしてくれるので、その手をとって立ち上がる。スカートの布が多いので引きずらないで立つのはコツがいる。
こうした話をしても不機嫌にならないどころか楽しそうに聞く男性は本当に貴重で、アレク絶対モテるだろう、と思う。