07 企画書
「これが企画書案です」
3日後に店に来たオリバーに、概要や編集方針等の載った企画書案と原寸大の大雑把な見本を見せる。
前と同じく、アレク、オリバー、私の3人で、店のカウンター脇に椅子を寄せあう。リビングの方が広いけど、今は貸本屋が開いている時間帯なので店番をしながらにせざるを得ない。
この企画書案は店長たるアレクの了解は出ているけど、担当者として私が説明する。
「今回はパンフレット程度にします。これが上手くいけば今後冊子状も検討します。
ターゲットは比較的近隣の国内旅行者を想定しています。海外や遠方の旅行客を含めると、通貨や習慣の違いまで書かなければならなくなるので。
情報量は削りページを減らして価格を抑えます。庶民が読み捨てしていいと思える価格だけれど、上流階級が手にしても眉を潜めるような低俗さにはしません。
街の見所として鍾乳洞、湖、音楽堂、教会、市庁舎、公園、丘を取り上げました。概要や歴史や特色などを簡潔に紹介します。
鍾乳洞や湖のボートの料金や開場時間や休業日やおおよその所要時間も書きます。鍾乳洞管理者等には、情報の聞き取りの際に掲載の内諾を受けています。
それから簡略化して図案化した地図。見所が駅からどの位の距離や時間かも示します。
飲食店、土産向きの商店、乗り合い馬車乗り場も記載します。個人的には、名物になりそうな食べ物も紹介したいです」
オリバーは見本をひっくり返す。文面はこれから作成するので、この面がこんな表紙、ここに見開きで地図、等を示した設計図のようなものだ。
「説明ありがとう。あとは砕けて話してくれていいよ。僕もそうするから。
えーとまず、見所に鍾乳洞は分かるとして、市庁舎とか、公園や丘って見たいものかな?」
「観光客は、鍾乳洞と湖と音楽堂のどれかが目当てで来る人が多いと私も思う」
お言葉に甘えて言葉の調子を切り替える。
いや、私はこちらの言葉に慣れてないからいっそ全部敬語で統一した方が楽ではあるのだけど、砕けた話し方の使い分けを練習できるのはいい機会だ。
「でも折角時間もお金ををかけて旅先に来たなら、目的のものだけ見てすぐ帰るよりは、他のものも見たり、少し歩いてみたいという旅人心理もある筈。
特にデートの場合は公園や街を一望にする丘は散策向きかと。がっかりさせないように、目玉の観光場所より少し小さめの文字で紹介する方針にしようと思う。
市庁舎は300年前の建物を転用していて、一部観光客が入れるでしょ。私も行ってみたけど、街の他の建築物と様式が違ってて華やかだよね。他所からわざわざ運んできた色違いの大理石も使ってる。立派な観光資源かと思う。
そして食事や買い物をしつつこれらを回ると……かいつまめば日帰り、ゆっくり全部回って音楽会も楽しむなら一泊二日位のコースに丁度よくなる」
「……やばい。いい感じに見えてきた」
オリバーが片手で頭をかき回しながら言う。やや癖のある金髪が、くしゃくしゃになっても丁度いい感じに緩やかにまとまっている。
金髪って細くて柔らかくて量が多くて絡まりやすいって聞くのに、違うのか。私が固くてコシがある筈のアジア系黒髪なのにコシがなくて日々まとめるのに苦労しているように、個人差があるのだろうか。おのれ、羨ましい髪質だ。
「ぜひ、うちの鉄道の駅前ホテルもこのガイドブックで紹介して欲しいんだけど」
「実は俺達もそれは考えたんだが、どのホテルを掲載するか公平な選定方法は検討中だ」
アレクが答える。
「あー……他のホテル経営者が怒るか」
「まぁ今回は、紙面が限られているからとか、駅前ホテルはうちの街最大だからとか理由がつけられる。小規模なパンフレットで影響がそう大きくないしな。
でもこの先規模を大きくしたら問題になるだろう。多分それより先に、もっと多い飲食店の選定でもめそうだが」
そう、アレクと相談していて一番悩んだのはそこだった。私も口を挟む。
「ガイドブックの立ち位置をどこに置くかーー観光客の立場か、観光施設や店の立場か。
それは編集方針や収益を大きく左右する重要なポイントになる。
検討の結果ーーこのガイドブックは、客の立場で作れたらと思う」
「あえて、客側を選んだのか」
オリバーは私とアレクを交互に見た。彼もその難しさに気づいていて、無知故でなくあえて選んだ私達の意思を確認したのだろう。
オリバーは言う。
「予算や力関係を考えると、店側の立場の方が無難ではあるよね。店のCMを担うから、店がスポンサーになってくれることがあるし、協力も得やすい。
実際、鉄道の時刻表にはホテルの宣伝ページが沢山あって、宣伝収入が発行を支える資金になっている」
私達もそのアンチテーゼの提出は予想していた。アレクが口を開く。
「そう、そしてスポンサーを持つということは、『スポンサーの意向』で情報に歪みが出る可能性を抱えることとの諸刃の剣でもある。
時刻表とホテルは比較的関係の距離が遠いがーーガイドブックで紹介する店をスポンサーにしていると、過大に誉めたり、ライバルの掲載を消極的にしたりと、恣意的か否かを問わず情報の歪みの温床になるリスクを抱える。
少なくとも、掲載内容の中立についてスポンサーとの契約条文を工夫する必要がある」
これは現代のガイドブックでも、賛否両論大きな議論になっているところだ。
ミシュランやロンリー・プラネットなど世界的な大手老舗ガイドブックは、記事の公平性を期すため広告非掲載を貫き信頼性を確立している。賄賂や便宜を受けた調査員は解雇等厳正な姿勢をとっている。
一方、広告掲載することで本を安価に抑えるメリットを取るガイドブックもある。
ちなみに、鉄道の時刻表にホテルの宣伝が大量に載っているのは、この世界のみならず元の世界のこの時代の時刻表の特徴でもある。
「店とは一線を画すスタンスで作ると?」
眉間に皺をよせたオリバーに私が補足する。
「でも店側を敵視するような意味じゃないよ?店にとっても客にとっても、それからその土地にとっても、ウィンウィンないい本を作りたい。
そのためには公平性が必要で、客の目線を軸にするのがいいと考えたんだよ」
オリバーは腕を組んで考え込んだ。こうした少々オーバーアクション気味の仕草が妙に似合って可愛いく愛嬌があるのは、華やかな外見ゆえだろうか。
彼は私と同い年位で細身ながら筋肉がしっかりついた体格だが、私が同じことをしてもこの可愛さは出ないだろう。
「資金が課題だよね。スポンサーがいないと、出版経費と収益は、本の販売と貸本だけで出さなきゃいけない。一冊当たりを低価格に抑えると言ってたけど、それだとかなりの部数売らないといけないよね」
「……その点の解決策は、2つ考えている」
「2つ?」
「一つは、今回のパンフレットでは収益を得ようとしない。あくまで今後の方針を探る実験的なパイロット版だ。印刷代なんかの経費は回収するつもりだけど、俺達の人件費や利益は考えない。
もう一つ。オリバーはこの間、駅前ホテルのエントランスで販売してもいいと言っていただろう。ある程度の部数を鉄道会社で買い取りしてくれる前提なら、沢山刷れるし印刷単価も抑えられる」
「うわぁ、跳ね返ってきた」
オリバーは両手で頭を抱える。柔らかに波打つ髪はコシがあり、いくら掻き回してもぐしゃぐしゃにならないで緩やかに収まる。あの髪は形状記憶繊維だろうか。羨ましい。
うーんうーん、と暫く唸った後、垂れ気味の目を更に下げて言う。
「僕も一社員に過ぎないからね。この企画書と見本、預かって行っていい?上を説得してみる」
「あぁ。それ一つしかないから返してくれよ?」
「うん、分かった」
気軽にコピーできない世界なので資料は一セットしかない。万一失くされたとしても没にした下書きがあるから、面倒でも作り直しはできる。
私の下書きは書き慣れない英字なので子供の字のような拙さがある。今回の資料はアレクが英文のネイティブ校正をしながら清書してくれたものだ。
「前にも言ったけどさ、うちの駅関連施設の部門、新しく来た上司にテコ入れの案を考えろって言われてるんだよね。だから、これがその案ですって言えば聞いてもらえるかもしれない」
「テコ入れ……こういうのでもいいの?」
「今回は規模が小さいから成功してもテコ入れといえる金額にはならないと思う。でも今回は試行だから。
鉄道側のメリットが結構あるんだよ。観光ガイドブックが成功すれば、鉄道利用客や駅前ホテルの売上に貢献する。しかもうちの会社で出版の費用も手間も負担しないで貸本屋で作ってくれる。
もし貸本屋だけの資本では発行が難しいなら……うちの会社も一口乗って大口買い取り位負担して、発行してもらった方がメリットが大きい。
ーーそう、話を持っていってみようと思う。もし売上が悪くても、うち単独で企画して発行するよりずっと損失も少ない訳だし、その位のリスクは飲めると思う」
「大きい会社は飲めるリスクの幅が大きくていいなぁ。いっそ試行じゃなくて規模の大きなガイドブックから始めても鉄道会社が費用だしてくれる?」
「いや!流石に現時点実績どころか実物すらないものを、そこまで売り込めないよ」
うーん。そうだよね。私も自分の会社に突然そういう営業が来ても警戒しそうだ。
ふと気づくと、私とオリバーがタメ口でポンポン話しているのを、アレクが微妙な顔で見ていた。
あ、アレクとオリバーは私よりずっと長い付き合いがあるんだよね。私が横から入って馴れ馴れしすぎるのもあまり気持ちいいものじゃないかな?
私の不安気な顔に気付いて、アレクは慌てて目を逸らしオリバーに向き直って言った。
「鉄道会社との提携は、飲食店と提携するよりはスポンサー云々の問題は起こりにくいから、考えてもいいと思う。
駅前ホテルを紹介して欲しいとさっき言ってたが、スタンスをそう整理して、駅前ホテルにもガイドブックを置くような方針なら入れてもいいと思う。ハナはどう思いますか?」
「私もそう思う」
ミシュランの旅行ガイドは元々、旅行産業を発展させることで本業のミシュランタイヤの販売促進を狙ったというし、運輸と旅はいい組み合わせかも。
色々懸念はあるし全面的に正解かはさておき、現状の落とし所としては一番いいかもしれない。何より、この出版は駅売り前提なのだ。鉄道との縁は切っても切れない。
オリバーが顔をくしゃりとして笑った。
「よし!じゃ、上を説得しに行ってきます!」
企画書を手に店を出ていくオリバーを見送る。
店の外に出ると、初夏の爽やかな風が髪を踊らせた。
慌てて髪を押さえた私の前で、オリバーの金髪はふわりと綺麗に風に舞ったあと元の緩やかな髪の流れに収まり、若干乱れた分も計算済みの範疇で落ち着く。おのれ。もしゃもしゃになる髪質の私としては妬ましい。
オリバーの後ろ頭をついガン見してしまったら、またアレクが微妙な、物言いたげな顔で私を見ていた。あ、人をジロジロ見ては失礼ですね、はい。
観光客と店と鉄道と、そしてうちの貸本屋にとって、ウィンウィンの本が作れますように。




