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04 お仕事開始

 今日は、私は自分の部屋で業務別収支の経年変化を金額と比率のグラフにする仕事をしていた。


 こちらの言葉は英語に似ているが違う部分も多い。仕事をする際に単語や綴りを間違えていると信用に関わる。そこで私は言葉を直す必要があった。

 しかし異世界トリップでよくある言語チートでなくてむしろ助かったかもしれない。

 あれは、話す聞くは問題なくても、読み書きはチート対象外という設定が定番だ。貸本屋で字が読み書きできなければ致命的になるところだった。

 仮に字が読み書きできても、この店は出版部門もあるのだ。

 google翻訳のように一単語に一つの意味で自動翻訳されてしまっては誤訳やニュアンスのずれの大盤振る舞いになって仕事にならないだろう。

 洋書も翻訳者の価値観や語彙や時代でかなり訳文が違うのに。チートの翻訳機能って翻訳アプリみたく神様が定期的にバージョンアップしてるのかな?

 ……と現実逃避なことを考える位にはなかなか大変な勉強です……。


 それから、当たり前だけどアレクや先代の書いた書類や帳簿の字は筆記体だ。

 私は元々英文を読むのは得意とは言えず、洋書をスラスラ読むようなレベルは程遠く、辞書を引きつつゆっくり読むのが精一杯だ。

 この世界へ来て、それすらパソコンや本のフォントが前提に過ぎなかったと思い知る。流麗な筆記体は日本では読む機会が殆どなかったので、暗号解読並みに時間がかかることがある。

 やむを得ず、アレクに彼の筆跡での筆記体でaからzまでの対照表を書いてもらって、それを使って解読スピードを上げている。

 英語のアルファベットと同じでよかった。ロシア語のキリル文字とかドイツ語のウムラウトみたいに似て非なる字はなかったのでほっとした。

 ……未だそんな段階なので、書名や借りる人の名前など短い文と数字が中心の帳簿管理の仕事を振られて大変助かった。


 元の世界の知識で意外に役立ったのが数学だった。文化や言葉は違っても計算は万国共通。

 歴史オタクで理系分野が得意ではなかった私は数学に生まれて初めて感謝した。

 表計算やデータベースのアプリがあればと何度呻いたか知れないが、その概念を下地に持っているせいか、大変飲み込みが良いとアレクに驚かれた。

 当初は初歩的な計算から任せられたが、それを簡単にクリアするうち、どんどん複雑な作業を任されるようになった。

 ふと思い付いて作ってみたニーズの統計分析や損益の経年変化のグラフは、数字だけでは把握しづらかった全体像や傾向が視覚化されるとアレクが興味を持ち、もっと作ってみてくれと言われた。


「……目立つのは出版部門か」

 できたグラフを眺めて考える。

 アレクも言っていた通り、代替わりした一年前から新規出版が大きく減っている。以前出版した本からの収入はあるものの、この部門の先細りは必至だろう。

 しかし代替わりの時は、先代の隠居資金捻出のため、ある程度店を整理したので全体的な事業規模が小さくなった時期でもある。作業量的にも、2人から1人になったので一番人員がいる出版事業を減らしたのは正解かもしれない。

 一方、それ程の資金捻出や事業縮小をしても店が問題なく運営できているということはかなり上手くいっている店なのだろう。


 物販部門の数字に目をやる。

 19世紀ヨーロッパの貸本屋は、貸本屋だけで食べていくのは難しく、何かを売る等兼業が多かったという。この店はリーディングルームでのニーズのため食べ物や筆記用具を少し売っている位で、あまり大きな収入ではない。


 興味深いのが、鉄道部門だ。

 駅のキオスクでは、飴等のお菓子、雑誌、新聞やマフィンなどの軽食を売っている。

 更に貸本や安価な読み捨て本を置いていて、それはうちが契約して置いているそうだ。

 キオスクとしても置く本の選定や供給や定期的な入れ替えをプロに丸投げできるし、うちとしても人通りが多く客層が違う一等地に出張店を置けるようなものなのでウィンウィンということらしい。

 こういうシステムがこの時代一般的なのかは知らないが、面白い。

 そしてかなり売り上げが良い。

 本店たるこの店とは傾向が違って、軽い大衆小説や読み捨て本が大半だ。


 鉄道の客層はどの辺りかと聞いたら、一等車は勿論お金持ちが利用するが、一番安い客車は法により運賃が低く抑えられていて、庶民の足としても普及しているそうだ。なら様々な層のニーズがありそうだ。


 グラフができたので一階に下り店に行くと、アレクがいるカウンターの横に椅子を置いて座っている男性がいた。

 アレクより少し年上、私と同年代位に見える。

 ふと私に気付き、片手を挙げ全開の笑顔を浮かべた。

「やぁ、こんにちは!噂の弟子Bさん!」

 ……は?




 その男性はやや癖のある金髪をきちんと整えていて、スーツはベストに差し色で遊びを入れたりと洒落た印象だ。

 少し垂れ目ぎみで人懐こそうな顔立ちは結構イケメンといえる。アレクは精悍な方向性だが、この男性は華やかな方向性だ。

 かなり背が高くてスマートなアレクの隣にいるとそう見えないが、結構身長が高いと思う。

 目の色はよく分からない。というか、彫りの深い人って、眉辺りの骨がしっかり出ていて目元が影になって目の色がよく分からないことがあって、平たい顔の身から見ると羨ましすぎる。


「僕はオリバー。そこのレイクサイド駅で働いています。あなたはあの噂の弟子Bですよね?」

「ハナといいます。弟子ではありませんがこの店でしばらく仕事をさせて頂きます」

 ……初対面の相手への態度ではないのではなかろうか。こちらは新入り……と呪文を唱えてイラッと感をやり過ごす。いずれ馴染んできたら私も雑な対応してやろう、と心にメモ。

 アレクが睨み付ける。

「オリバー、妙な呼び方は失礼だ。彼女はここで働いてもらうが弟子じゃない。それにBとか何なんだ」

「初めに噂が回ったとき名前まで伝わらなかったんだよ。で、あの先代の弟子だけど、先に弟子になったアレクがいるから、そっちを弟子Aとすると、2人目は」

「分かったもういい」

 アレクの雑な対応が羨ましい。私もあの境地に早く行きたい。


「今日は先月の精算書持ってきた。で、再来月の本の納品リスト案見せてくれ」

「分かった。ーーハナ、オリバーは鉄道会社で物販などの駅関連施設の担当をしていて、これからも毎月顔を合わせることになります。一緒に話を聞いてもらえますか」

「はい」

 奥のキッチンから椅子を持ってきて2人の近くに座る。


 アレクはカウンターの引き出しから書類を出し渡す。

「最近は飛ぶように売れるベストセラーがないから定番も交えて地道なラインナップだけど、新しい目線で選んだお勧めの良作も入れている。どうだ」

「うーん、定番の比率多目だよね。やっぱりそうなっちゃうかぁ。厳しい時期だよね。うちもね、キオスクの売り上げがはかばかしくなくて。新しい上司からテコ入れ命じられてるんだよね。でもできることはやりつくしたし」

 世知辛い。こういう会話は古今東西同じなのか。


 ちなみにキオスクはトルコ語の「四阿」を起源とする仮設小屋を指す言葉で、新聞や食品や雑貨、駅の切符などを販売したり、パンフレットを置いて観光案内所として使われたりする施設で欧米によくある。日本のキヨスクはキオスクを元にした造語。

「ハナ。以前作って貰ったグラフをオリバーに見せていいですか」

「あ、勿論。店のために作ったので渡したものは全部お好きにどうぞ」


 アレクはデスクから別のグラフと表を出す。

 私がノートにいくつか描いてみて、いい感じに傾向や情報が見やすくなったものだけページを切って渡しているので、少し不恰好だがアレクは綺麗に整理して保存してくれているようだ。

 グラフが書かれた紙を見て、オリバーは目を見開いた。

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