第弍拾壱話「あの世界へ」(後編)
「__ここ、だよな......」
目の前に建っているのはなんの変哲もないただのアパート。
それとこの町の外れにある場所だ。
親に今日は遅くなるとメールを送信してドアの前に立った。
ピンポンを押し音が鳴り響くと「はーい」と中から声がする。
ガチャッとドアが開けられるとバスタオル1枚しか身にまとっていない長谷教授が出てきた。
「ってなんて格好ですか!?」
「あら、タイミングが良かったわね」
それはタイミングが悪いって言うはずなんだよな。
長谷教授は一旦中に入って着替えたあとまた戻ってくる。
「はい、いいわよ。あがってちょうだい」
「お邪魔します」
中に入るとそこは書類とゴミが至るところに散乱していた。
足を踏み込む場所を探すのがやっとというくらいだ。
なんとかして長谷教授の生活スペースへと移動できた。
「__さて、確か話によると向こうの世界にいけないのよね?」
「はい、大学の休み時間に試してみたけれども全然いきませんでした」
「なるほどね。急だけど貴方に質問があるわ」
「なんでしょうか?」
「......貴方、本当にあの世界に戻りたいのかしら?」
俺は「そうです」と言おうとしたが言葉がつまる。
あの世界に戻りたいのか?
攻略法が分かったとはいえ、それが本当に上手くいくのか?
別に今の世界でも十分に満足してるんじゃないのか?
長谷教授は俺に問いかける。
だがその先にある答えは虚無だけだった。
「......無理しなくてもいいんじゃないかしら」
「............」
「............」
諦めそうになっていた。
しかし、俺はあの世界に取り残されたあいつらのこと、そして訓練した日々を思い出す。
俺はしばらく考えたのち一つの答えを導き出した。
「__俺はあの世界を守りたいです」
長谷教授は俺の言葉に強く頷くと、他の部屋に行ってしまった。
その部屋のドアの隙間から様子が見えたが、中はパソコンやサーバーでところ狭しに敷き詰められていた。
少しして長谷教授は何やら錠剤の薬が入ったビンを一本持ってきた。
「__これを飲めばあなたはあの世界に行けるわ」
「本当......ですか.....?」
俺は疑う。
そんな都合のいいものがあるはずがない。
ましてや転移できるのは俺だけだ。
そんな薬が仮にあったとしても何のために作られたか意味不明だ。
「なぁに? 私が信用できないとでも?」
だが色々と疑ったもののここは飲まざるをえない。
どんなものにでも頼るしかない。
「......分かりました。飲みます。ですがその薬が何のためにあるのか教えてください」
「ごめんね。それだけは言えないわ」
「......そうですか」
長谷教授はビンから1つ錠剤をつまみだし渡した。
更に水も渡され、俺は錠剤と一緒に飲み込む。
そして強く念じた。
あの世界を守りたいと__
その右手にはあのメモが握られていた。