第弍拾話「模擬戦を終えて」(後編)
「__以上だ。これにて授業を終える。敬礼ッ」
今日の授業が全て終わる。
現在の時刻は7時。
約束の9時までにはあと2時間はある。
みんなで夕食を済ませたあと俺はその時間になるまで横になった。
そして9時まであと10分になった時、俺はムクッと起き上がり指定された場所である図書室に向かう。
図書室があるのはこの施設の4階だ。
ちょうど一番上の階となる。
エレベーターか階段を使うか迷ったが、運動として階段を選んだ。
「__着いたけど本当にここにいるのか......?」
目の前にはガラス張りのドア。
ここを開ければ図書室だ。
だが図書室自体、夜の8時までしかやっていないのだ。
俺はドアに手をかける。
どうやらロックはかかっていないようだ。
部屋の中は暗いままで明かりをつけるようなスイッチはない。
俺は一歩、一歩と部屋の中を進む。
「__来てくれてありがとう」
ふいに声がする。
すると暗闇の中から誰かがゆっくりと歩み寄って来た。
窓のカーテンの隙間から漏れ出す月の光に照らされてその正体が分かるようになる。
「琴......なのか......?」
「そうだよ。こんな時間に呼び出してわざわざごめんね」
「いや暇だし大丈夫なんだけど......用事ってなんかあるのか?」
琴はにこやかな顔をして窓の方へと移動する。
そしてガバッとカーテンを開けた。
その瞬間、俺の眼に満天の星々が映る。
思わず声を失ってしまう。
「綺麗でしょ。私が見つけたの」
「あ、あぁ......すげえ綺麗だ......」
窓の縁がまるで額縁のようになっており、それが一つの絵画のようになっている。
俺はそんな絵画に近づいた。
青い夜空に白い星が点々と散らばっている。
俺は今までこんな景色を見たことがなかった。
しばらく堪能したあと琴に声をかける。
「ありがとう、いいものが見れたよ。用事ってこのことなのか?」
琴は首を横にふった。
どうやらまだ何かあるらしい。
少し待っていると琴が口を開き始める。
「__実はね。アーマードの装着者をやめようと思っているの。」
「......なんかあったのか?」
「今日の模擬戦あったよね」
「あぁ......」
「私最初にすぐ脱落しちゃったじゃん」
「なんだ、そんなことか。索敵には功を成したし、別に本来の敵はレヴナントなんだ。別にそういうところで失敗しようが関係ないと思うぞ」
「そうだけどさ、他にも最近の練習でも上手くいかないんだよね......」
「最初はみんなそういうものだと思うけどな」
「でもみんな強くなってきてるし、なんだか自分だけ取り残されちゃってるかんじがしてさ」
「............」
「それこそ小夜ちゃんや三木さんだってすっごい上手いじゃん」
「それは__」
「分かんないよね」
「............」
「分かんないよ。三木さんには。私の気持ちなんて」
琴はうつむく。
俺には何も言い返せなかった。
「私がどれだけ辛い思いをしてるのか。いつまで笑顔でごまかせばいいのか。全部全部......」
琴は今にも泣き出しそうな声だった。
俺は言い返せない、だから俺はポンと自分の手を琴の頭の上に乗せ、優しく撫でてやった。
「__そんなのされても嬉しくないもん」
だが俺はやめることはなかった。
無言で頭をなで続ける。
いつの間にか琴の目から溢れるように涙がこぼれてきた。
「ずるいよ......そんなの......」
その涙が収まるまで撫で続けた。
そしてこう声をかける。
「別に無理なんてしなくていいんだ。今までよく頑張ったよ」
優しい月の光が俺たちを包みこむ。
まるで俺たちを見守るかのように。
しばらくして琴が泣き止んだ。
「__三木さん、優しいんだね。相談してよかったよ」
「こちらこそお役に立ててどうも」
二人はお互いの顔を見て微笑む。
そうしているとドアの向こう側から声がした。
その声は段々とこちらに近づいてくる。
俺はバレたらまずい思い、琴の手を引っ張って図書室の奥へと逃げ込んだ。
その直後にガチャリとドアを開く音がする。
「__あれ? さっき誰かが入ってきたような音がしたんすよ」
「何言ってるんだ新入り。お前の勘違いじゃないのか? あとわざわざ俺を呼ぶなって」
「はぁ、まあすみません......」
おそらく警備である二人はドアを閉めどこかへと行ってしまった。
「......こんなもんか。もういいぞ、琴って、え?」
知らない間に俺たちは抱き合っている状態になっていた。
琴の顔を俺の胸元に押し付けていた。
「ってごめんごめん、ちょっと焦っていたから」
「.........」
琴は黙っている。
暗いせいで表情がよく見えない。
怒っているのだろうか......?
「悪かったって、あとでなんか奢るからさ」
なんとかして機嫌を良くしようと思ったが、琴がこう喋った。
「そこまでしてとは言ってない......から......」
「お、おう......」
なんだかいきなり様子が変わった感じだな。
俺がそう思っていると琴スタスタとドアの方向に向かって歩きだした。
俺には気になっていたことがあり琴を呼び止める。
「あ、そういやなんで俺にさっきの夜空を見せたかったんだ?」
琴は応える。
「ないしょ、だよ!」
その時、照らされて見えた顔は笑っていた。
吹っ切れた表情だった。
図書室から出たあと、俺たちは「おやすみ」と互いに言い合い自室へと戻っていった。
今日見た景色はきっと忘れないだろう。
そう思いながら深い眠りについた。