第3話 混乱の始まり2
病院についた瑞樹は、思いの外穏やかな風景に緊張していた息を吐いた。
「病院は無事なのか…?」
ピロリン。と、瑞樹の人差し指につけていた指輪型キーピングネットがメッセージを受信した。瑞樹は指を鳴らす動作で目の前にメッセージ画面を浮かび上がらせる。
『病院は単独ネット。原因を探れ 鳥谷』
簡潔に並べられた言葉を読んだ後、瑞樹は呆れたように笑った。
「簡潔すぎでしょ、鳥谷さん。変わらないなあ」
キョロキョロと周りを伺った瑞樹は、あるものを見つけて動きを止める。瑞樹の目の先にあったのは、患者用の公衆電話だ。
誰もが端末を持てる時代と言えど、身体が無敵になったわけでも、医療が大幅に進歩しているわけではない。
医療機器も電脳世界で管理されることが多くなったが、その分病院利用者の端末使用にはより大きな制限がかけられるようになった。
電子犯罪対策特別班に所属する瑞樹や咲夜は医療機器に害のない電波を発するようキーピングネットやパソコンを改良しているが、一般人はそういうわけにはいかない。
病院の中の公衆電話は、キーピングネットの利用が制限される患者たちにとっては外部と連絡を取る重要なツールとなっていた。
「これで外のネットに繋げることができるな」
また一方では、単独ネットを展開させる病院内において、外部との繋がりを確保している稀な機器でもある。
瑞樹はコードを公衆電話に繋ぎ、簡単な操作の後、第二部を構成するネットワークラインを画面に映し出した。
「うわ。至る所にウイルスがいやがるが…。このウイルス見たことないな。四角い身体に高い鼻。頭に角が2本…。これはまるで鬼のような…」
電脳世界に可視化されたウイルスの正体に瑞樹は顔をしかめた。
黒い個体に描かれる赤黒いギョロっとした目と天狗のような鼻。そして上方に伸びる2本の角。
試しに一体破壊してみるが、その隣からすぐにウイルスが湧き出てくる。
「一体一体潰しても仕方ない。だから鳥谷さん原因を探れって言ってたのか。とりあえず、報告だな」
瑞樹は目の前の画面をそのままに、咲夜の連絡先をプッシュした。
***
警察署内で瑞樹からの連絡を受け取った咲夜は、すぐさま応答をした。
「どうした?五十嵐」
『鳥谷さん。やはり秒単位でウイルスが増えていっているので、マザーウイルスを見つけないことにはどうしようもありません!』
回線の向こう側から聞こえる瑞樹の声に、焦りがにじむ。
「マザーウイルスか…。ん?ちょっと待て。隊長から連絡だ」
咲夜は瑞樹との通話を繋いだまま、表示された通知を起動させた。瞬間、孝也の大きな声が響き渡る。
『鳥谷か!今、西区域、東区域の一部でも大規模な通信障害が起きているようだ!隊員たちに行ってもらったところ、共通したウイルスだったみたいなのだがそのウイルスの情報を送る。そっちでも確かめてみてくれ』
一方的な通信の後、咲夜のパソコンに黛からのファイルが届いた。咲夜は一瞬の躊躇もなくそのファイルをクリックする。
「感染型ウイルス02…。五十嵐!聞いてたな?そっちにも送られているはずだから確かめてくれ」
『もうやってます!……鳥谷さん!これ同じウイルスです!』
瑞樹の素早い返答に、咲夜のキーボードを打つスピードが上がる。
「隊長。同じウイルスらしいです。ただ、俺はウイルス02なんて聞いたことない…」
静かに焦りをにじませていく額の汗に、咲夜は笑みを浮かべていた。
久しぶりの強敵に、知らず知らずの内に鼓動が高まる。
『分かった、鳥谷。五十嵐。そっちに今別の隊員を送っている。現状維持はそいつに任せてお前らは一旦こっちに戻ってきてくれ!』
「わかりました!行くぞ,五十嵐」
『はい』
別の場所にいる咲夜と瑞樹は同時にパソコンを閉じて立ち上がった。
***
中枢区域に設置してある電子犯罪対策班に帰ってきた二人は、ネットワーク監視モニター室にいた孝也の元に駆け付けた。
「隊長!状況は!」
「ああ。これを見てくれ」
孝也は様々な場所の電脳世界が映し出されているモニターの中から1つを選んで大きい画面にアップさせる。
「なんだ、こいつ…」
そこには青い姿を模した鬼がネットワークを破壊している姿が映っていた。その傍らには、緑のオーラを伴った何かが薄っすらと見える。
「恐らくこいつが通信障害を起こしている犯人なのだが…」
電脳パトロールを実施しているロボットが青い鬼にとびかかるが、すぐに破壊される。
「あ、河本先輩」
別の場所からログインしていた特別班隊員の河本静香が自身の姿を模したアバターのまま青い鬼の眼前に出現した。
「ああ。河本にも出動してもらっているが…」
静香が手の中からエネルギー玉を繰り出すが、青い鬼に簡単に弾かれる。だが、どうやら足止めには成功しているようだった。
「この繰り返しだ。一体どうしたら…」
孝也が頭を抱えながらモニターから視線を外した瞬間、まるで仇を見つけたかのような憎んだ目で、しかしそのことにすら驚いているように見開いた目でモニターを見つめる咲夜を視界に捉えた。
「鳥谷?」
「この青い鬼…鬼紀伝…」
咲夜の口からうわ言のように言葉が発せられた。