第2話 混乱の始まり1
都市部である中枢区域を中心として日本は8つのエリアに分けられ、至る所に電子回路が張り巡らされている。
中枢区域に近づくほど技術は発展しているが、郊外に行けば行くほど未だ未開発の部分も多い。
北区域第二部は中枢区域に近く、どの店も接客ロボットやVRなどハイテクな技術を導入し、交通もすべて電脳世界で管理されていた。
「これは…」
そんな豊かな都市の混乱に、瑞樹は思わず絶句する。
通信障害によって交通は機能せず、駅には人がごった返して詰め寄せ、店や家屋は明かりを失っている。
その弊害は北区域第二部の全領域に渡り、これまでにない大規模な混乱が巻き起こっていた。
「五十嵐!とりあえずライフラインを復旧させるぞ!お前は病院に迎え。俺は警察に行く!」
「はい!」
咲夜は瑞樹と別れ、警察署に向かった。
***
第二部の入口にある駅を大通りの方に歩を進めてすぐに、大きな堅牢の建物が姿を現す。
普段は静粛を保っている第二部警察署には、事態の原因を知ろうと多くの住民がかけよせていた。
「みなさん!落ち着いてください!大丈夫ですから!」
警察署の入口に立つ警備員が大声で統制を効かせようとするにも関わらず、住民は挙げる声をやめない。
「どうなっているんだ!電話も通じないぞ!」
「私の子どもは大丈夫なの?遠くの中学まで通ってるのよ!」
自身を心配する声。家族を心配する声。
答えられない問いに、警備員は深く唇をかんだ。
「大丈夫です。ちょっとキーピングネット見せてくれますか?」
子どもを心配していた女性の肩に手を置きながら、咲夜は安心させるようにやさしく微笑んで言った。
突然現れた咲夜に、周囲が一瞬静寂を取り戻す。
「えっと…。あなたは」
「電子犯罪対策班の鳥谷です。ちょっとすみません」
咲夜は女性の耳にあったキーピングネットに軽く触る。そのまま画面を表示させ、自分のキーピングネットと同期させた。
咲夜のキーピングネット上に表示させた簡単なコマンドウインドウに“infection”の文字が多数表示される。
「やっぱりウイルスがどの端末にも入ってるみたいだな。…よし。これでとりあえず連絡はつくはずです。お子さんの方の端末が無事なら」
「あ、ありがとうございます」
女性は急いでキーピングネットに子どもの連絡先を呼び出し、通話ボタンを押す。その間に咲夜は警備員の方に向き直った。
「ここの警備員か?」
そのまま警備員に向かってキーピングネット上に表示した身分証を提示する。
「電子犯罪対策特別班の鳥谷だ。中へ入れてくれ」
「は、はい!お待ちしておりました!どうぞこちらへ!」
警備員は短い敬礼の後、咲夜と連れ立って警察署の中へと入った。
***
咲夜と警備員は足早に警察署内のマザーコンピューター室に向かった。
「どういう状況なんだ?」
「はい。駅で見られたかと思いますが、交通網は全滅です。病院は単体のネットワークを構築してますので、内部にウイルスが持ち込まれていなければ大丈夫かと。後は、第二部内の住宅、店舗などにあるネットワークに繋いでいるものは全て使えなくなったとの情報が入っております」
「そうか。それなら五十嵐の方は原因を探ってもらうか…。さっきの端末のように住人たちの端末も感染しているみたいだ。この部の端末を統括してるんが、これなんだよな?」
「はい。そうです」
到着した部屋のドアを警備員が開けると、咲夜は躊躇いなく中へと入った。
巨大なタワー型パソコンがいくつも並び稼働している室内に、咲夜の額にじっとりと汗が浮かんでくる。その汗を煩わしそうにふき取り、咲夜は持ってきたノートパソコンを床に広げた。
「それならここから全端末にアクセスできるはず」
コードを繋ぎ、マザーコンピューターに設定されてるファイアウォールを次々と解除していく。咲夜が全ての端末へのアクセス権を手に入れるまで5分とかからなかった。
その手際を傍で見ていた警備員の顔に驚きの色が広がる。
「よし。これで端末の一時的な復旧はできた。…なに?」
「どうしたんですか?」
「ウイルスが消した傍から生まれやがる…」
一度キーボードから離した咲夜の手が、再びキーボードにかぶりつく。その動きはやむことがないが、画面上でも“infection”と“disinfection”が繰り返されている。
「次から次へとウイルスが生まれてくる。まるでイタチごっこだな…。大元のウイルスを何とかしないと…」
咲夜が目を細めて“infection”の文字をにらんだ時、キーピングネットの呼び出し音が鳴り響いた。