二話目
「どうしたんですか?」
どれくらい経ったのだろう。立ち尽くしている私は突然声をかけられた。ふと我に返って声の主を見上げると、青い髪に青い瞳を持ったとても美しい男性がそこに立っていた。
「あ、えっと……申し訳ありません」
「謝る必要などありませんよ。はい、どうぞ。これで涙を拭いて下さい」
すっとポケットからハンカチを取り出し、私に差し出してくれる。
「えっ?」
「遠慮せずに。ほら」
「はい……ありがとうございます」
私はお礼を言ってハンカチを受け取り、軽く涙を拭った。
「僕はゼーダ王国の王子、アルフレッドと申します。あなたは?」
「フローラです。どうしてこちらに……?」
ゼータ王国はここからかなり遠く離れた国。あまり豊かではない国だと聞いている。そんな国の王子様が何故ここに居るのだろうと思った私は、そう尋ねた。
「今日は父に代わってベンタス王にご挨拶に伺ったのですが……お恥ずかしながらなにぶん初めてなもので、宮廷内で道に迷ってしまいましてね……出口を探してた中、この素晴らしい庭園に心が奪われまして、立ち入ってしまいました。勝手に入ってしまい申し訳ありません」
「いえ、アルフレッド様が謝る必要なんてありませんよ」
私は首を何度も横に振った。
「しかし、本当に素晴らしい庭園ですね。僕の宮廷にも、これくらい素晴らしい庭園があれば……フローラさん? もしかして貴女がここのお世話をしているのですか?」
「え、ええ……」
私はアルフレッド様の質問にそう答えたが、先程クビを告げられたことを思い、言い淀んでしまった。すると、アルフレッド様はそのことを不審に思ったようだった。
「どうしたのですか?」
「実は先程ソフィー様……あ、ソフィー様はここの王妃様です。そのソフィー様からクビを告げられて……しかもこの国を出ていけと……身寄りの無い私はこの国から出てっても行くところも無いし……」
「なるほど、それで泣いてらっしゃったんですね」
「お恥ずかしながら、どうやらそのようですね」
私は呆然としてしまっていた。自分が泣いていることも気づかないくらいに。
「いきなり途方に暮れてしまったのです。それも無理はありません」
「それだけじゃありません」
「と言うと?」
「ここは先代の王妃様が愛した庭園です。この子たちは珍しい特殊な植物ばかり。日々欲しがる栄養を聞いてあげているのです。ソフィー様は水をあげてればいいなんて言ってましたが、それではすぐに枯れてしまいます。それにこの子たちはこの国の大地に活力を与え続けてくれました。この子たちが居なくなったら、この大地も死んでしまいます。そうすると、この国の植物たちも全て枯れてしまうのです。この子たちがそう教えてくれました。それも考えると……とても悲しくて……」
そこまで語るとアルフレッド様は優しい笑みを浮かべながらゆっくりと頷いた。
「貴女はとても優しく、綺麗な心をお持ちのようだ」
「え……?」
「貴女が置かれた状況でここの植物たち、果てはこの国のことまで心配するなんて、普通は出来ることじゃありません」
「ただ、とは言っても、ここを辞めさせられるという決定が覆されることは無いのでしょう?」
「はい……」
「そして貴女には行くあてもない」
「はい……」
「どうでしょう? 僕の宮廷で働いて頂けませんか?」
「え?」
「さっきも言ったでしょう? 僕の宮廷にもこれほど素晴らしい庭園があれば、と。それに、貴女は植物の声が聞こえるようだ。是非とも来て頂けないでしょうか?」
「あ、私の話を信じて頂けるんですか? この子たちの声が聞こえるって話を……」
「貴女が僕に嘘を吐く理由が無いでしょう?」
と、その時、ここにいる子たちから様々な声が聞こえてきた。『いってらっしゃい』『僕たちのことは気にしないで』『自分のことを一番に考えて』
そう、本当に様々な私を応援してくれる声、私はその声に背中を押され、アルフレッド様に付いていく事に決めた。
「わ、わかりました……宜しく御願い致します」
「こちらこそ宜しく。さて、フローラ、早速だが君に一つ頼みがある」
「なんでしょうか?」
私がそう尋ねると、アルフレッド様は照れ笑いを浮かべながらこう答えた
「外まで案内してくれないか? 馬車で執事が待ちくたびれてるだとうから」
「ふ、ふふふ……あ、失礼しました。 喜んでご案内致します。こちらです」
そして庭園をアルフレッド様と共に後にした。