一話目
「あなたには、これね。え? 大丈夫よ。あなたの事も忘れて無いわ。あなたはこっちね」
私はバーデン王国の宮廷庭園でいつもと変わらずに、花々に話しかけながら水をあげていた。もちろん花々の好みに合わせて、調合して栄養も満点な私特製のお水。
そんないつもと変わらないはずの日。でも、その日はいつもと違っていた。
「フローラ、フローラはいるかしら?」
庭園に響き渡る私を呼ぶ声。現王妃様であるソフィー様の声だった。前王妃様であるマリン様が亡くなられてからちょうど一年が経つ。ソフィー様は前王妃様が愛したこの庭園にいらっしゃったことはない。噂だと、この庭園を毛嫌いしてるとかなんとか……
「はい、おります」
私はなぜソフィー様がいらっしゃったのか、不思議に思いつつもソフィー様に返事をした。すると、ソフィー様は私の前にすぐに現れて、開口一番にこう告げた。
「フローラ、もうあなたはこの宮廷に来る必要はないわ」
「はい……?」
突然のことに驚いて聞き返してしまった私に、ソフィー様は苛立ちを隠すことなく、金色のウェーブかかった髪をばさりと払い、冷たい眼差しで再度、こう告げる。
「聞こえなかったの? あなたはクビよ」
「え……私……クビですか?」
「そう、クビよ。何度も聞かないでちょうだい。もうこの庭園の世話をするなって話」
私は少しの間、呆然としてしまったが、ふと我に返った。私が庭園の世話をしないとなったら、この子たちはどうなってしまうのだろう。悪い予感が頭を過ぎり、ついソフィー様に尋ねてしまう。
「そ、そんな! 私がクビになったら、ここの子たちはどうするんですか? ちゃんとお世話しないとすぐに枯れ果ててしまいます!」
「一応メイドにやらせるわ。水をあげるくらいなら誰でも出来るでしょ? 私はこんなとこ、来たくも無いしね」
嫌な素振りを全く隠そうとせずに、ソフィー様はそう答えた。
「だ、ダメです! 一人一人好みがあるんです! その日の体調に合わせて調合してあげないと! 適当に水だけあげてていい子たちじゃないんです!」
「そうなの? 面倒ねぇ。ま、それで枯れちゃうなら仕方ないじゃない? そんな面倒な植物を集めてたアイツのせいでしょ」
「そ、そんな! でも、ここの子たちを枯れさせちゃったら、この国の植物は枯れ果ててしまいます! この子たちがそう言ってます!」
そう、私が言うと、ソフィー様は怪訝そうな表情になった。
「はぁ? この子たちがそう言ってる? あなた植物の声が聞けるっていうの?」
「は、はい! だから……」
と、同時にソフィー様は大きな声で笑いだしてしまう。
「アハハはは! ヴァッカじゃない? そんなこと信じる人間居るはず無いでしょう? クビになりたくないからって、そんな嘘吐いて、目障りよ!」
だ……だめだ……取り付く島もない……ならせめて水をあげてくれる人に私が直接お願いするしかない……
そう思った私は一旦ソフィー様の話を受け入れようと考えた。
「わ、わかりました……で、では私は明日からここで何をすれば……」
すると、ソフィー様はまるで汚い物を見るかのような視線で、私をギロリと睨みつけて、吐き捨てるように言葉を投げつけてきた。
「ここで何をすればって、何を言ってるのかしら。さっき言ったじゃない? あなたはクビよ。宮廷に来なくていいって。というか、この国から出てってちょうだい」
「え……ウソ……」
「嘘なんかじゃないわ。今日でアイツが死んでちょうど一年。もう遠慮する必要も無いでしょう。あなたのその黒い髪に黒い眼。アイツを思い出して嫌になるのよ。だから私の目につかないようにこの国から出てって貰うことになったわ」
身寄りの無い私は、マリン様に引き取ってもらい宮廷に務めさせて貰っていた。だから私には帰るところなんかない。
「そ、そんな! 帰るところも無いのに、どうすれば!」
「知らないわよ、そんなこと。野たれ死ねばいいんじゃない?」
ソフィー様はそう告げると、くるりと踵を返して庭園から出ていこうと数歩歩く。そして、思い出したかのようにピタリと歩みを止めて、振り向くことすらなく、私に告げた。
「そうね、今週中には荷物を纏めて出ていってちょうだいね。あ、私に背くようなことがあったら、どうなるか分かってるわよね。じゃあね」
そしてソフィー様は呆然と立ち尽くす私を残し、軽い足取りで庭園から出ていってしまった。