1、新緑の初風
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── この作品はフィクションです。実際の人物、団体、事実には一切関係ありません。 ──
自由って残酷────
それは目の前に広がる風景から学んだ教訓である。
焦げた瓦礫の山が広がっている。
武力を得た一般市民。復讐のため破壊に尽くし、権力を得るため殺し合い。法律と国の武力では抑えきれなくないことをいいことにその行動はエスカレートしていく。
自由と平等。どの国よりも優れていると誇り高く胸を張っていた。
今となっては自由も平等も平和を乱す枷にしか感じない。
十三年前に起きた世界規模の同時多発大災害。
二十二世紀最大の惨劇。
台風、地震、津波、噴火、落雷、猛吹雪、毒ガスなど。数えきれない程の大災害。一週間世界各地で大災害が襲った。逃げ場はない。
そしてそれは多大な被害を及ぼした。
破壊された家や工場。一時的に機能しなくなった経済。収穫できなくなった作物。
しかし、死亡者は殆ど出なかった。
一週間の内に起きた大災害で死んだと思われた人々は奇跡的に生きていたのだ。
それだけではない。
人間の限界を遥かに凌駕する力"超常能力"を手に入れたのである。
手から火を出したり、ものを凍らせたり、水を操ったり。与えられた能力は本来死ぬはずだった災害によって起因する。
例えば、落雷によって死んでいたはずなら「雷」の能力を、津波によって死んでいたはずなら「水」の能力を。受けた災害が能力に影響を与えている。
突然人間離れした力を得た人々。
与えられた能力によっては軍と張り合う力を持つ。警察や軍は恐ろしくない。
ある日。一人。この国の掲げる"自由と平等"を言い放ち、国を乗っ取ろうと能力を使って宣戦布告した。その人は結局取り押さえられたのだが……。能力という存在の前では国は無力であると露呈してしまった。
そこからだった。
一般市民が殺し合いを始めたのも。
自由が残酷であると教訓として心にしまったのも。
ミドリ・フローラが平和に執着し警察を目指したのも。
*
小鳥の囀り。開けたカーテンからは昇り始めた太陽の優しい光。
鏡の前で身だしなみを確認。身だしなみ、オーケー。
仕事で扱うリコーダーを装備する。忘れ物、なし。
玄関で鍵をかける。鍵のかけ忘れ、心配なし。
ミドリは生暖かい風にうたれながら仕事場へと向かった。
時計の長い針が真上を向く。細い針がその長い針と重なっていた。
仕事場へ向かう電車に乗り込む。
乗客は片手で数えられるぐらいしかいない。ミドリは空いている二人席の窓側に座った。人一人分のスペースがゆったりとした空間を生み出している。
眠気が残る通勤。人を気にしないでうとうと寝る。ミドリはこれを日課にしていた。
意識と無意識の中を彷徨う。
移りゆく風景。田んぼや新緑の緑色と建物の茶色、二つの色が交互に現れ消えていく。その色が優しく包み込んでくれる。
ゆったりとした空間。
すぐに狭く感じる。二人席の片方に見知らぬ中年男性が座った。
空いている席は他に多くある。それなのにわざわざ横に座ってきた。
視線を感じる。嫌な予感がする。
それでも席から離れることは難しい。男が邪魔でその場所から離れることができない。窓側の席から移動するためには通路側の席を通らないといけないけど男がいて通れない。
外の景色は段々緑色が強くなっていく。
嫌な予感は的中した。男は痴漢目的で横に座ってきたのである。偶然を装ってはいるもののわざとらしい仕草。男は目線を逸らしながら太腿に触ってきた。
静けさが残るこの列車には人がいない訳ではない。騒ぎを起こすことに躊躇う気持ちが強く蔓延っている。そのせいで声を出すのが躊躇われた。
男は少しずつ猥褻な行動をエスカレートさせていこうとする。
その時、電車内に響く駅員の声。
「もうすぐ修羅園。修羅園……」
電車は徐々に勢いを落としていく。窓の向こうには閑散とした景色。
ちょうど良いタイミング。この駅で降りることでこの状況を打破しようと考える。
「すみません。降りますので……」
「あ、はい……」
男は周りの様子を見て席を外し、ミドリを通らせた。
電車が止まる。これ以上気分が悪くならないようにするため、仕方なく電車から降りた。
鳥の鳴き声が響く。
静寂に包まれた無人駅。
ミドリは時刻表を見た。次にくる電車は一時間後であった。
運が悪い。
痴漢目的の男もこの駅で下車していたのであった。思い返せば、当然のことかも知れない。
さて、ここからどうすればいいか。
ここは人気のない無人駅。助けを呼ぶにも周りに人はいない。次の電車が来るのも一時間後。
まずは駅から出よう。そう思ったけど、今いる場所から改札まで遠すぎる。逃げてもすぐに捕まってしまうだろう。
「お嬢ちゃん、ボクと一緒に遊ばなぁい?」
男は見下した態度でいやらしい笑いを浮かべる。
「逃げようとしてる? けどさぁ、逃げられないんだよなぁ。ボクは能力が使えるからさぁ」
男の皮膚が割れていく。割れゆく皮膚が強面の表情を作り出す。
危険を感じた。人間に備わっている本能が働き、男に敵意を向ける。荷物に触れる。さらにリコーダーを取り出した。そのリコーダーの先を敵に向けた。
「何ぃ? 戦うつもり? そんなもので戦うなんて楽器の無駄遣いだよ。やめた方がいいよ」
一歩。一歩。少しずつ距離が縮まる。
もう至近距離。男は大きな手のひらで肩を掴もうと動く。
掴まれたら終わり────。掴まれた瞬間、主導権を握られ抵抗しても無駄になる。無力を嘆くだけになる。
掴まれる前に攻撃する!
ミドリは送風口に口をつける。そして、両手の指を全て使ってリコーダーの小さな穴を全て埋めた。
まずは思いっきり空気を吸う。
これ以上吸えないと感じるまで息を吸い続けた。鍛えあげた肺活量が人並み以上の吸引力を見せた。
次に思いっきり吐く。
先程まで体に溜めていた空気を一気に放出した。
強力な衝撃波が男を襲った。
無音の中に響いた「ド」の音色。爆発音にも似た衝撃音。周りの雰囲気が一変した。
優雅に鳴いていた小鳥達が一斉に逃げ飛んだ。
男との距離が刹那にして遠ざかっていた。余裕ができた。
立ち上がる男。遠くにいても殺気が伝わってくる。
「いったいなぁぁぁ! 今まで傷つくことのなかったボクの体に傷をつけるなんて……。痛いし、痣は残るし。お前にも同じ痛みを味わせてからだなぁ」
怒りの形相で睨んでくる。
男は近くにある支柱に触れた。
支柱は細く脆くなり、男によって一部分が奪い取られた。
「ボクはね、能力が使えるんだよね。〘干ばつ〙による、ボクもしくは触れたものから水分を奪ってちょっと脆く硬くする力があるんだよねー。ボクの硬い身体と鉄のコレで殴ってあげるよ」
走ってきた。
そうこうしている内に敵は間近だ。
上から下へと落ちていく支柱をリコーダーでいなして軌道を変える。このリコーダーはただのリコーダーではない。鉄よりも硬い素材で作られた武器であるのだ。
支柱はミドリに当たらず地面に衝突する。衝突音を響かせながら床をへこませた。
「これ、ただのリコーダーじゃないんだよね……」
男は支柱に重心を奪われバランスを崩しかけている。この状態は隙だらけだ。
リコーダーで男の肩を殴る。
男は思わず後ろにたじろいだ。
「くぅぅそぉ!」
乱暴に、そして適当に支柱を振り回し始めた。その攻撃を全てリコーダーで受け流した。
そして、隙をついて肩を叩き怯ませる。
怯んだ一瞬で吹いたリコーダー。勝利を確信して思わず口元が弛んでしまった。
「にーちゃん。攻撃」
丸っこくて小さな風の塊。浮いている両腕。煌びやかな目。生き物図鑑には載っていない存在。それはミドリが召喚した風の妖精であった。
妖精の腕が砲台に変化する。
単純行動の男に向かって砲台から風の砲弾が砲撃された。
それでも、男は倒れていなかった。相当タフなようだ。
「くっそ。くっそ。くっそぉ。ここなら助けはこない。絶対にボクの思い通りになるはずなのに」
悔しがる男。その中に殺意が混じっているのを感じた。
「警察はこない。誰も助けにこない。そんなここに上手く誘いこめたのにぃ」
ミドリはその男を憐れと見つめて言った。
「残念だけど警察はもう来てるよ……」
「な……。どこだ」
男は周りを見渡す。しかし、どこにも人の気配がいなく苛立ちの感情を膨らませた。
「いないじゃないか。ボクをからかったなぁ!」
「いるよ。ここに……。異災警察の私がさ」
ミドリは『警察』なのだ。
それもただの警察ではない。超常能力、及び異災を持つ犯罪者などに対して取り締まる警察だ。異災の敵が対象のため相当の鍛錬と強さを持っている。目の前の男など相手ではないのだ。
「何で"自由"があるんだろうね……」
「なんの話だよ……。それより、逮捕するのか、ボクを。それなら許してくれよ。ボクはお前を傷つけてない。ボクはやられただけだよ」
「自由だから、悪い奴が公共の場で狡猾に、甘い汁を吸って生きていけてるのに、弱い人たちは自由を手玉にとった悪い奴にいいようにされて損をする」
自由が不幸を生み出していく。
騙したり陥れたりしても法を巧みに使えば許されてしまう。例え悪いことでもバレなければ許される。自由だから見つけることも難しい。
「やっぱ"統制"が大切だよね。悪の存在を一つも許さない包囲網が全国の地域一つ一つに張り巡らされ、全ての情報を国が握れば悪が動くことはない。動いても誰も傷つくことなく捕まえられる」
監視・管理社会。自由はなくなるけど、誰も傷つくことはなくなる。悪が消えれば不幸になる人々もいなくなるだろう。
痴漢をしようとする男が社会で何の悪気なく生きている。自由な社会。プライバシーの自由が人の目、社会の目から見えない場所を作る。悪がそれを悪用し、誰にもバレずに痴漢をする。弱者は法に訴えても証拠を出すことができない。
自由が悪に飴をあげているのである。
男を見ると怒りが湧いてくる。自由に対する怒りだ。
「あなたには気絶してもらうから」
「やめて、ボクは悪くない。痴漢は免罪だ。偶然、たまたま当たってただけだし、今のもボクが一方的にやられただけじゃないか……」
男から放たれる戯言の数々。しかし、その言葉はミドリには届かなかった。
「にーちゃん、トド……」
……メ。
そこまで言った時、炎が舞い、男を襲う。炎は男の真横から放たれていた。そして、男は気絶した。
目の前に現れた元気な見た目の少年。
ミドリはその少年をよく知っていた。
「大丈夫ですか? そこのお姉さ……」
笑顔で振り向く。彼はミドリを見ると否や驚いた表情を見せた。
「って、ミドリじゃん!」
「何しにきたの、手柄を横取りしにきたの?」
「そんな訳じゃないって。ただ、現場に問題が発生したって見て、ちょうど近くにいたから来ただけだぜ」
彼は岡田秀。同じ異災警察であり、ミドリと同期だ。
ミドリは男に痴漢されそうな時、戦闘の行えるこの場所に降りた。そして、男が来たら戦うつもりだった。まず鞄の中にあるスマホに触れて仲間に戦闘が行われることを知らせる。そこから武器を手に取った。
通知された連絡を元にヒデはここにきたようだ。
自由奔放なのに、さらに自由を求めるヒデ。ミドリはそんなヒデに対して心のどこかで敵対心を抱いていた。
ミドリはヒデとともに無人駅で気絶した男を見張りながら、仲間のパトカーが来るのを待つこととなった。
静寂な駅であるはずなのに、今も騒々しい雰囲気が漂っていた。
*
ミドリは突然のひと仕事を終わらせ異災警察の部屋にいた。
ミドリも、ここにいる皆も《平和》のために任務を遂行する。警察と言えば堅苦しく真面目なイメージがあるが……
駅での物々しくて騒々しい雰囲気とは変わって温かみのある騒々しさを感じる。
見知らぬ女性を連れた茶髪の男、片隅で刀を研いでいる長髪の男性、独り本を読み耽る女性、パソコンにのめり込み仕事にうちこむ洒落た男性、スマートフォンを見て楽しそうに見ている女の子、背伸びをするヒデ。瞳には日常と変わらないメンバーが映る。
そこへ異災警察の長であるアーダナ・コラールが部屋に入ってきた。
恵まれた体格に、強面の顔、赤色に染まった髪に厳格な雰囲気。彼が現れると一瞬時が止まる。
が、すぐに時は動き出す。
アル=オパルはミドリの知らない女性を連れて外に向かう。何とも自由で規則性がない。
「おい! オパル!」
コラールが叫ぶ。怒りを含む声が部屋の中に拡散した。
振り返り様子を伺うオパル。
「何でしょうか……」
「何でしょうかじゃないだろ! オパル! ここは仕事場だぞ。私事のために仕事と関係ない奴、連れてくんな!」
オパルは観念して小さな声で返事をする。そして、女を連れて外に出ていった。
再び時が止まる感覚。
しかし、これはいつもの事であり、何も変わったことではない。自由すぎてどうしようもないのだ。ミドリは叱り疲れていそうなコラールに心から同調していた。
静けさに変わった部屋。
そこにコラールが話す。
「そうだ、ミドリ。ここに入ってから今日でちょうど二年目だ。おめでとう」
低く響く音だが、さっきと変わって怒りが入っていない。
「だけど、まさか突然犯人が現れるとはな。まあ、それを一人で対処するとは大したものだ。この調子で頑張ってくれ」
そこにヒデがいたはずだ。
ということはヒデは自身が敵を倒したことを隠し、全ての手柄をミドリに譲ったのだ。想像では譲らないと思っていたので、思ってるより優しい、と思い改めた。
コラールは他の仕事でその場所を開けた。何とも忙しい人だ。
ヒデがミドリの元へやってきた。
笑顔を浮かべて話しかける。
「お前、今日が異災警察の記念日じゃん。だからさ、プレゼントとして……」
プレゼント。その言葉に反応した。
気が利く。プレゼントが何なのか胸を膨らませた。
「プレゼントって……?」
ヒデは手を組んで後頭部に当てた。善意の気持ちで口を開く。
「ああ、プレゼントとして今回の事件全てお前の手柄にしといたぜ」
……。
は……?
想像を越してきた。まさかここまで気持ちを落胆させるものだとは。
そもそも手柄ってヒデが横取りしてたんだけど。
仕留められた瞬間にヒデが横入りして事を終わらせてしまった景色を思い出す。
横取りだから手柄を置いていってもいいのではないか。何なら手柄を横取りしてても謝罪の気持ちを見せれば良かった。
まさか横取りで得たものをプレゼントとして渡してくるとは……
気が利く、と心改めた気持ちを一瞬にしてなかったことにした。
「どうだ、嬉しいだろ?」
その一言がトドメとなった。
心の底に溜まる怒りを寄せ集めて胸にためた。
そこから先は、少しだけ騒々しい日常が待っていたのであった────
ここに人物紹介、及び世界観紹介をしていきます。
次話は3時間後。




