たった一人の女を愛した魔王~愛する誰かのために世界の敵となる覚悟~
「よく来たな」
数々の難敵を打ち倒した末に俺はここ、魔王の前にいた。1人の勇者として。
名はない。ただの勇者だ。そしてこいつも名ばかりの魔王。
お互い与えられた役目を全うしているに過ぎない。
「ここで終わりだな」
言葉通り俺がこいつを斬って本来は終わりだ。
しかし剣は動かなかった。
「早く殺れよ。四天王は皆殺しにされ俺に残された兵も魔力も0。今なら無抵抗な俺を殺れるぞ」
「言われなくても分かっている」
故に世界に1本の聖剣を引き抜いた。
この勝負に正解はない。どちらにも悪はない。あるのは正義だけだった。
そしてこの戦いに勝った俺達は戦勝側としてこいつらを悪魔だの非人道的だの人間じゃないだの何だのと罵倒する権利を得る。
「早く殺れよ。もうこの世界に何も思うところはない。あいつを蘇生できなかったのは心残りだがな…」
「…神は残酷だな」
「全くだ」
皮肉げに口を歪ませる魔王。
「誰よりも義に生きたお前を魔王に仕立て上げるとは」
こいつは…目の前のこいつは俺以上に義に厚い男だった。
俺なんかよりよっぽど何かを愛していた魔王だった。
「お前と俺…立場が逆ならば良かったのにな」
「残念ながらそんな世界は存在しないだろうな。俺は人類の敵として世界に認定され魔王となることを望まれたのだから」
この世界では自分から望んで魔王になる事は無い。殆どが周囲に望まれてなるのだ。
何故魔王の存在が望まれるのかって?決まっている。全ての不幸を、理不尽をその一身に背負わせることの出来る犠牲者が必要だからだ。
例えば今日地震が起きたとしよう。それによって愛する誰かが奪われたら?やり切れない思いを俺達は抱えるはずだ。流石に世界に復讐はしないだろう。
しかし、その地震を起こした原因がいるとしたらどうだろう?そいつが引き起こしたのだと心の底から信じることさえできれば俺達はそいつを恨むことができる。
魔王というのはとどのつまりそういう存在だった。全ての不条理…いや、不条理でなくてもいい。些細な嫌なことすらもそいつのせいに出来る便利な存在。それこそが魔王。そしてそれだけの置物。
「まだお喋りするか?」
口の端から血を垂れ流して話す魔王。
「いや、もういい。話したところでこの虚しさは消えないのだから。むしろ余計に虚しくなるだけだろう」
━━━━嗚呼、俺は世界を恨む。
どうして、こんなにも残酷な世界を恨まずにいられようか。
「お前が…世界を救った英雄に…なるならば、俺は世界を滅ぼそうとした大悪人になろう。それでお前達の未来が安泰ならば俺は甘んじてこの結末を受け入れよう。初めから理解していたことだ。この結末に辿り着くのは」
「…お前と俺立場が逆が良かったと今日以上に思った日はなかったしこれからも来ないことだろう」
「もういいだろう」
聖剣を振り上げる。
「そうだな。安らかに眠れ。心優しき魔王」
「…」
胸に剣を突き立てる。
「…クロー…ディア…」
最期に愛する女の名を呟いて倒れた魔王。
最後の一撃までもやはり虚しいだけだった。
こいつは…愛する女を蘇らせるためにここまで生きてきて魔王として君臨していた。
そのために人間を敵に回すことを決意し人間を辞めた。俺はこれほどの男を他に知らない。
俺は褒め称えるべき行動だと思う。
…俺は男として尊敬していた。こいつを。
1人の女のために全てを敵に回してもう一度愛したいと願ったこいつを俺は1人の男して尊敬していた。
そして願うならば…俺はこいつに討伐されたかった。
残酷だ…神様は。人間から程遠い俺に人間の代表をさせて、人間より人間らしい魔王にこれをやらせるとは。
「もう、いいだろ…」
聖剣を引きを抜いた。
喝采はいらない。名誉もいらない。何もかもが必要ない。
こんな存在を消して得る喝采など気持ち悪いことこの上ない。
世界の敵となってくれたあいつに、何も知らずに感謝の1つもしない凡俗からの喝采も何もいらない。
そういう意味ではこうも思う。
「俺も…お前も…結局犠牲者なんだよ…」
剣を両手で逆手に握り自身の喉元にそれを突き立てた。
「今度は…友達にでもなれるといいな…」
カランと乾いた音を立てて落ちる聖剣。
それから冷めていく俺の体。
そして狭まりゆく己の世界。
自分の世界が閉じるのを今感じている。
…これで…終わりだ。
━━━━下らない世界にお別れを。
短編を書いてみました。