表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

メロスは唆されるし追いかけられるしもう大変

 王よ、王よ、ワタシの愛しきアナタサマ、何かがオソトに飛んでいきましたわ。オメザメくださいませ。


 王が祖の声に目を覚ます。ワタシを月の下に連れてって、との甘い声に言われた通りに月の光が射し込む位置に運ぶ。


 ぼう、と音を放つ紅い宝石。白い光を取り込むと艶やかな深紅の髪を持つ、美しい女性が姿を表した。


 姿を表すと早々に、王の首に白い腕を回し、絡み付く紅い美女。そして耳元で囁く。大変デスワ、あの走ってル男、マニアウかもしれませんワ、オモシロクないのです。と王に告げ口をする。


 何を?間に合うわけないだろう、あの距離を三日で駆けきる者など居らぬわ、と笑い飛ばす王。しかし美女は言い立てる。


 だって、オイカケるモノが出て行きましたノ、アレハ必ずあの男をここにミチビキますの、ワカリますの。何とかシナイト、アレが再び戻って来ると、ワタシあれに喰われてシマイマスノ……タスケテ、愛しいアナタサマ。蠱惑的な紅い唇がら、ひゅうひゅうと紫の煙を、もらしながら話す。


 どうすればよいのだ?と王は彼女に応える。美女は、オウサマワタシに力を貸してと、甘える様にしがみつき柔らかく唇を塞ぐ。


 そして自身を王の身体へと注ぎ込み、意識を絡めとっていく……眠りに堕ちる王の意識。代わり彼女がヌルリと笑みを浮かべた。


 さぁ、彼と王は約束、契約をしている。彼の意識には『王』が存在している、彼に添える。愚鈍なメロスに……『紅い宝石』は遠く離れている男に意識を集中し、高めていく。


 ×××××


 慌ただしく、妹の婚礼を終えたメロス。彼は疲れて果てていた。皆と共に囲む祝いの葡萄酒は、この上なく美酒に感じられた。


 しかし友が待っている、純朴なメロスは乾杯の一杯だけ器を飲み干し、そろそろ行かねばと声をかける。


 しかしもう少し、もう少しと注がれる葡萄酒。新婦のただ一人の身内として、断り切れない彼は、困りつつも歓びの中で、それを味わう。


 やがて訪れるトロリとした心地よさと眠気。メロスは新婦に、新郎に挨拶をすると少し休んでからと、一室で横になり仮眠を取った。


 ……王の姿が浮かび上がる夢を見ていた。起きなければ、起きて出発せねば友が死んでしまう。間に合う、休んでからでもと王が、かつての善良な王が唆す。もう少し眠れと……柔らかな言葉に身を任すメロス、その時窓から冷たい風が吹き込んできた。


 ……セリヌンティウスが、セリヌンティウスを忘れると言うのか、メロス、メロス、私を殺すのか、罪のない私を……じゅるりとそれは眠る彼の身体の上に渦をまく。


 異質な何かの気配を感じると、ハッ!と飛び起きる彼。起きなければ!行かなければ!と慌てて外へと飛び出して行った。


 そう、そう、走れ!走れメロスよ!休むことなく走るのだ!と声が背後から追いかけてくる。


 そしてそれが放つ気迫は、逃げ出す亡者を捕らえて食らうという、地獄の番人ケルベロスとはかくありなんという圧倒的な存在感。


 そしてここから、メロスの孤独な戦いが、始まった。


 それは、怠惰を甘く語りかけて来る、常に寄り添うモノと、与えられた責務を果たす様に、叱咤する背後から追うモノの狭間で、自身を保つ戦い。


 走るメロス!村から出ると穏やかに広がる草原、花香り、ひばりの恋の歌……少し休め、カラダが持たないぞ、唆す声、くたびれてきたこともあり、少し休息を取ると、即座に眠りが訪れる。


 うとうとと、浅く眠る。そして休息が少し取れた頃を見計らい、眠りが深くなる前に、それを阻止すべく、走れメロス!起きろメロス!の友の声。


 慌てて起き上がり走り出す彼。都が近づくにつれ、背後の恐ろしき気配は、その凄みを増して行く。


 川が溢れていた。流木が激流に混じりそこを入る事など狂気の沙汰。躊躇すると、そうだよやめなさい、危ない妹さんが悲しむだろう、あきらめて村へと引き返せ、と怠惰が唆す。いや、それは、と少し様子をみようと考えると、


 走れメロス!走れメロスよ!理不尽な死に友を誘うのか、罪なき者を弑する事が真の狂気の沙汰であろう、と背後からの、異形に追いたてられる。喰ってやろうかぁ!お主も友も!とそれは、恐ろしき雄叫びを上げる。


 やめなさい、もう間に合いませんよ。自ら死んでは友の弔いは誰がするのです、怠惰が止めるように唆す。メロスは岸辺で頭を抱えていたが、空を仰ぐ。そして、


 あああー、ゼウスよ、我に力を与えたまえ、と彼は叫ぶと、濁流に身を投じて命がらがら渡りきった。


 それからひたすら、甘く唆す声と異形の気配がメロスを襲う。メロスは何かに突き動かされる様に、ふらふらとなりながらも都へと走る。


 マズイ、と王に憑依している『それ』は危惧を懐き始めた。そして方法の変更をする。


 一旦メロスから離れ、都の外れにある山の道に踏み行った時を狙い、たむろする『山賊』に彼を襲うように手はずを整えた。


 走れメロス!走るのだ!日没の迄にたどり着くのだ!でないとお前の愛しく思うものは全て喰ってやろうぞぉぉ!と相も変わらず、もはや脅迫とも取れる言葉で、追われているメロス。


 そしてあと少し、峠を越えれば、と思った時、手はず通りに山賊が彼の行く手を阻む。


 間に合わない、山賊と戦いながら、彼はもはやこれまでと思ったその時、カッカッカッ!と銀の矢が山賊達を襲った。


 あ!ああー!に!逃げるんだ!逃げろーと生き残った山賊は脱兎の如く散り散り去って行った。怪訝に思った彼は振り向き恩人に対しようとすると、

 

「や!止めるのです!身動きはなりません!わたくしは、アルテミス、貴方を助ける為にここに来たのです、さぁ、メロスよ!力を与えましょう、そして今からわたくしが放つ矢を追うのです!」


 何故か身動きするな、と命じた声は何処か恥じらうモノが漂っていた。そしてメロスを追う、セリヌンティウスの気を含むモノは気がつく。あの老婆の声だと……


「伝令神ヘリメスよ!貴方の力をこの者に!」


 アルテミスが空を仰ぎ声をかける。すると、メロスのふくらはぎから下が銀に輝く。そして矢を放つアルテミス。それをメロスと彼を追うものは、即座に追って行った。


 後に残された女神は、ああ!ダメですわ!一刻も早く沐浴をして穢れを落とせねば!とオリンポスへと帰って行く。


 城では、セリヌンティウスを殺すべく追い詰められたモノが行動に移そうと、哀れな彼を連れ出し、準備を整えていた。


 日が沈む、セリヌンティウスは、待っていた。友を、何故かあの後からは憑き物が落ちたかの様に、不安に駈られることもなく、心静かに待っている事が出来る。


 処刑の刻限だ!と控える兵士に手をあげ合図を送ったその時に、空を裂き風を切り女神の放った聖なる矢が深々と王の身体を貫いた。


 断末魔の叫びと共に、紫の煙が身体から立ち上ぼらせながら、床を転がり苦しむ王。


 ま!間に合ったか!セリヌンティウスよ!そこに駆けつけたメロス、そして彼を追う異形のモノ。それが、紫の煙の塊になりつつある『紅い宝石』の気に襲いかかる。


 黒の煙が、紫の煙を蹂躙していく。混じり合う、二つの力がぶつかる。そしてそれは、お互いを相殺していく……そしてぐるぐると回っていた二つの異形なるものは、やがてその存在を、いとも呆気なく、消していった。


「セリヌンティウス、セリヌンティウスすまなかった、遅くなってしまった、許してくれ」


 メロスは友に近づき頭を下げてあやまる。しかし友もまた彼に謝った。


「メロスよ、謝るのは私の方だ。許してくれ、私はただ一度君を疑ったんだ。許してくれ」


 と友と抱き合うと涙をながした。その時、王がもぞもぞと身体を起こす。


 周囲に緊張がはしるが、目覚めた王を見ると清々しいオーラを放ちながら、皆に何があったのか?と声をかけた。以前の様な、穏やかで清々しいモノを持っているかつての『王』の復活。


 その様子を目にし、家臣たちが、王様が、元に戻られた、戻られた、ばんざーいと声をあげた。きょとんとする王。


 そしてそれを、満足そうに見守るメロスとセリヌンティウス。そしてメロスのところに、城に仕える一人の少女が、顔を赤らめながら近づくと、赤いマントを彼に差し出した。


 意味がわからぬメロスに、呆れた様に答える無二の友。


「早くお嬢さんから、マントを受け取って、大変な旅だったのだね、すまなかったよ、君は裸じゃないか」


 メロスは友の言葉をうけて、恐る恐る首から下へと視線を向ける。そして山の中で出会い助けてもらった、アルテミス、女神様のお声が妙にそれらしくなく慌てていて、そして大いに恥じらっていたのが、即座に理解出来た。そして……



 急に彼も羞恥心で真っ赤になった。



 そう、彼は……その旅の途中で、質素なその衣類を、綺麗さっぱり、紛失していたのだった。



 そう、彼は素っ裸で、取り巻く観衆の中心に、友と共に立っていたのだった。



 そう、メロスは、一糸まとわぬ、すっぽんぽんだったのだ。



『完』

























 














評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ