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校内放送

作者: たかおみ

高校の夏のことだったと思う。

その時私は夏休みの補習を終え、図書室に向かっていた。

ロの字を描く校舎では、北に面する図書室へ向かうルートはいくつもあり、その中でも当時は南側の教室を出て東の廊下を渡り階段を降りていくコースを好んでいた。

何よりも読書が好きだった私はその日も目当ての本を借りることができ満足だった。

行儀が悪いとは思いつつも帰るまで待ちきれずに借りたばかりの文庫を読みながら歩き出す。

陽が傾き、もう薄暗い廊下に影が落ちる。

バレーボール部やバスケ部はまだ部活中なのだろう、ざわめきが遠くに聞こえる。

と、ピンポンパンとチャイムの音がした。

下校時刻まではまだ余裕があるはずだが、なんだろう?呼び出しだろうか?

足を止めて耳を澄ませる。


「4分の1の転校生、タカサトアヤコが登校しました。正門前でお待ちです」


おいおい転校生の名前呼んじゃうのかよ、そもそも4分の1ってなんだ、そんなことを考えた気がする。

そして再び放送のスイッチが入る音がした。


「4分の1の転校生、タカサトアヤコが登校しました。中庭でお待ちです」


今いる東の廊下からは中庭がよく見える。

単純に様子を見てやろう、くらいの気持ちで窓から下を覗いた。

だがそれらしい者の姿は見えず、もう移動したのかな、と思った。

がしかし、次の瞬間窓から飛び退いた。

なにかと視線があったような気がしたのだ。

他人の視線だけで過剰反応してしまった自分をいぶかしみながら、ゆっくりと窓に近寄りもう一度下を見た。中庭の中央、白いマリア像があるあたりに千切れたマネキンのようなものが転がっていた。

行きの時、中庭にあんなものはあっただろうか。美術部の文化祭の出し物だろうか…それにしては悪趣味が過ぎる。

そう、マネキンは胸部から上までしかなく白いタイルの上に広がると黒髪がいやに目に焼き付いた。その断面は分からないが何か赤黒い塗料のようなものでべったりと塗られており、学校の放課後にはとてもそぐわなかった。

ピンポンパンとチャイムの音ががらんとした廊下に響く。

反射的に上を見やる。

いつのまにか、体育館からの微かなざわめきは聞こえなくなっていた。


「4分の1の転校生、タカサトアヤコが登校しました。1階靴箱でお待ちです」


そろそろと下を覗く。

中庭から、マネキンがなくなっていた。

ドッドッドと耳に心臓の鼓動が響く。

手先から体温の抜けていくような心地がした。

窓から目を離したたった一瞬で消えるなんてあり得るわけがない。頼みの美術部らしい部員の姿も見えない。


「4分の1の転校生、タカサトアヤコが登校しました。1階ホールでお待ちです」


入った。この校内に。

言葉が脳裏にひらめいた。

タカサトアヤコが何者かは分からないが、自分が何かとんでもない事態に巻き込まれつつあるという実感があった。

そんな私を追い立てるようにチャイムは響く。


「4分の1の転校生、タカサトアヤコが登校しました。2階ホールでお待ちです」


2階。

中学生の靴箱や職員室、そして職員室を通り廊下を進むとーーーー図書室がある。

あの時あのマネキンは、自分を見た。そして今自分に向かってきている。

何故だか強く確信し、同時に捕まってしまうという物凄い恐怖に襲われた。

移動しなければ、と己に言い聞かせ固まっていた膝を動かす。

無理矢理に一歩踏み出すが力が抜け倒れこみそうになる。

きっと次に来るのは職員室だ、と浮かんだ。

今の場所ではいけない、職員室から直線上にある図書室ではすぐに捕まってしまう、すぐにーー。

捕まる、捕まってしまう、という恐怖の中で思考だけが高速で動いていた。

マネキンはどうも名前のついた場所ごとに動くらしい。とすると階段を降りて中庭を突っ切るよりも、聖堂、講堂、2階ホール、1階ホール、靴箱とポイントのある方が遠回りだが時間が稼げる。

頭の中で取るべきルートが定まった瞬間、ピンポンパンとチャイムが鳴った。


「4分の1の転校生、タカサトアヤコが登校しました。職員室でお待ちです」


来た。来た、来てしまった、来た来た来た…!!!

震える足で転がるように反転し、西へ走り出す。途中で聖堂を通り過ぎ、そのまま講堂を駆け抜ーー、


「4分の1の転校生、タカサトアヤコが登校しました。図書室でお待ちです」


声にならない悲鳴をあげながら2階ホールに滑り込み、ほとんど飛び降りるようにして1階へ降りる。

捕まりたくない、その思いで靴箱へ


「4分の1の転校生、タカサトアヤコが登校しました。聖堂でお待ちです」


通学時のローファーをひっつかんで玄関ドアを開けはなつ。


「4分の1の転校生、タカサトアヤコが登校しました。講堂2階でお待ちです」


ガァンと音がしてガラスが震える。


「4分の1の転校生、タカサトアヤコが登校しました。2階ホールでお待ちです」


そのまま中庭を転けまろびつつ走り抜ける。


「4分の1の転校生、タカサトアヤコが登校しました。1階ホールでお待ちです」


「4分の1の転校生、タカサトアヤコが登校しました。靴箱でお待ちです」


終業時刻間近のため正門は使えずその横の自動ドアの開ボタンをバンバンと叩く。


「4分の1の転校生、タカサトアヤコが登校しました。中庭でお待ちです」


今日に限って動きが遅い。なかなか開かない。早く、早くしないと追いつかれる、捕まってしまう。嫌だ。捕まるのは嫌だ。

祈るような思いでボタンを連打し、開いた隙間に体をねじ込んだーー

ピンポン、


「4分の1の転校生、タカサトアヤコが登校しました。正門前でお待ちです」


「4分の1の転校生、タカサトアヤコが登校しました。正門前でお待ちです」


「4分の1の転校生、タカサトアヤコが登校しました。お待ちです」


「4分の1の転校生、タカサトアヤコが登校しました。お待ちです」


「4分の1の転校生、タカサトアヤコが登校しました。お待ちです」


「お待ちです」

「お待ちです」

「お待ちです」

「お待ちです」

「お待ちです」

「お待ちです」



そして、どれくらい経っただろうか


「4分の1の転校生、タカサトアヤコが下校しました」


ピンポンパン、とチャイムが鳴り渡る。

それ以降放送は流れることはなく、元のように沈黙した。


ハァ、ハァと荒い息が漏れる。

喉から血がにじんだような味がする。

立ち尽くしたままで足は震え、手先の感覚はない。

それでも、耳をすますと運動部の練習の音が戻って来ていた。

自分は逃げ切ったのだ。



未だ悪夢に囚われているかのようなぼうっとした心地でふらふらと夕暮れの中帰路につく。

その中でも耳に入ってくる日常のざわめきに段々と落ち着きを取り戻し、私には買い食いする余裕が出てきた。

肉まんを腹に収めようやく人心地つく。

その熱が冷え切った体内を内側からポカポカと温めているようだ。

少し気分も上昇し、自然と早足になる。

早く家族の顔を見、母の料理を味わいたいと思うのはやはり先ほどのせいだろう。

あんな目には二度と会いたくない。今後はどんな時でも友人と2人以上で行動しようと心に誓った。

家が見えてきた。駆け足になる。

そのままの勢いで玄関に入り、母親に夕飯をせがもうと声を上げるため息を吸い込む。

とそこで異変に気がついた。

いつも聞こえる夕飯の準備の音、匂い、そして母の忙しく立ち回る足音が、しない。いつも帰ってくると声をかけてくる祖母は、じゃれついてくる犬はなぜいない?まだ日は落ちきっていないのにどうしてこんなに暗い?一片の光も見えない。そして今まで聞こえていたはずの蝉の声は…どこに行った?

フラリと目眩がする。思わずしゃがみこむ。

明滅する視界と被るように玄関のドアが閉じた。

ピンポーン、インターホンのチャイムが鳴った。


「4分の1の転校生、タカサトアヤコがお邪魔しました。門扉の前でお待ちです」



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