邂逅
ウイーーン……ウイーーン……バリバリバリバリ!
夕方の裏山に響く草刈り機の音。
現在のオレ、絶賛草刈り中。
開始10分ですでに汗だくだわ……せっかく風呂入ったのになあ……。
今は6月。もうすぐ梅雨入りだというこの時期に、草がボウボウなのはこの辺りではウチぐらいなもんで、嫁さんがずっと文句言ってた。近所の目があるから恥ずかしいってさ。
はあ~、面倒くさがって先延ばしにしてたツケだなあ……
これじゃあもう一回風呂に入る羽目になりそうだなあ。
ブツブツと愚痴りながらも、せっせと草刈り機を振るっていく。
ズバー! バサー! と、おもしろいように草が刈られ、藪が道へと、道が広場へと姿を変えていく。
エンジン式草刈り機ってやつだ。
オレが愛用してるやつは、ちっちゃいエンジンに自転車のハンドルみたいなのがついてて、そこから伸びた物干しざおみたいな1mくらいのフレームの先に、チップソーっていう太陽みたいな形の円盤型の刃がついてる。
ハンドルのレバーを操作するとエンジンのパワーでチップソーが高速回転して草を切る機械だ。
もう10年くらい使ってるからちょっと型は古くなっちゃってるが、頼もしいオレの相棒だ。
重量はガソリン満タンで5~6kgってとこかな?
10分も連続で振り回してたら結構疲れる。
疲労に比例して草刈りの効果は絶大だけどね。
ちなみに我が家は神奈川のベッドタウン……てゆーか田舎のエリアの住宅地にある。
こじんまりとしてるが、それなりに色々出来そうなちょびっとした庭もある一軒家(中古)だ。
10年前、結婚することが決まったときに、愛の巣となる新居を探した。
最初は、子供が生まれても手狭にならない程度にスペースがあるアパートなりマンションなりを探していたのだが、チマチマ払い続けなければならないマンションの家賃と、家賃に比例して狭小な居住スペースを考えたら、中古の一軒家をローン組んで買っちゃった方がいいんじゃねーか? と一念発起し、35年のフルローンで買っちゃったのだ。
職場までは車で1時間ちょい。十分に通勤圏内だったのも決め手になった。
その後転職してちょっと遠くなっちゃったけどね……
ちなみに、築15年のわりになかなかいい物件だった。
田舎だから静かだし、家の裏側は山を背にしているので隣家が無くてプライバシー維持できるし、もう10km程都市部に近づいた辺りにある住宅地の中古物件に比べたら3割程も安かったし。
こりゃあええ物件勧めてもらいましたわあ……し・か・も、庭があるなんて最高じゃあないかー!……と喜んでたら、入居一年目の春先から、庭内でも敷地外でもにょきにょきと雑草が伸びまくって、我が家の敷地への侵入が猛々しかった。
さらにはハチがブーン、カナブンもブンブーン、トンボに蝶どころか蛾やカメムシまでブンブンブーンだ。
それどころか! ある日、靴のあたりがガサガサいってる! と青い顔した嫁さんに玄関まで引っ張っていかれたら、鎧を纏ったような黒光りした細長いボディに足がいっぱい生えてる虫が、ワサワサとオレの靴に出たり入ったりしとるじゃないか……こ、これはムカデ! ……こいつまで出るんかーーい!
田舎あるある。自然の猛威だ。
虫なんかとほとんど触れ合ってこなかった都会育ちの嫁さんは、入居してから5年ほどは宅内に侵入したカメムシを発見するたびに涙目でギャアギャア騒いでたなあ……
……ちなみにカメムシってさ、なんであんなに侵入がうまいんだろうか。忍びのスキル持ってるんじゃないかってくらい、戸締り関係なく侵入してきやがる。
捕獲・放棄時にあやまって圧力かけちゃったりしたら激臭地獄だしな……我が家は全員、アイツらがキライです。
そんな自然の脅威に隣接している我が家なので、入居して間もないころは大変だった。
当時、引っ越して早々に当然のように心が折れかけてた嫁さんに、改めて庭付き一戸建ての魅力をプレゼンする必要に駆られたオレは、情熱だけを武器に説得した。
庭だよ庭! 広いしさあ、あこがれのBBQだって出来ちゃうよ?
夏はプールに花火、大雪の時は雪だるまだってつくっちゃうぜ。
こんなことマンション住まいじゃできないでしょ!
……え? 管理?……大丈夫・大丈夫! 草は生えりゃ刈ればいいのよ!
近所にホームセンターあるし、この際だから草刈り機買っちゃおう!
それでオレがバササーっと刈るからまかせといて!
虫? 大丈夫! オレ田舎育ちだから余裕よ余裕!……あ、黒いG以外ね……
と、とにかく、虫が多いなんて贅沢な環境だよ? 今時はカブトムシどころかコオロギまで店頭販売されてるご時世よ? そんなのこの辺じゃゴロゴロいるし!
近くの田んぼには、まだホタルだっているんだぜ!
VIVA! 自然だよ!
子供のこと考えたらこの環境はきっとプラスになるはずだよ!
……そんな感じで嫁さんのこと何度も説得したっけなあ。
……当時の嫁さんは、大学卒業したばっかりで、結婚・マイホーム購入・引っ越しと、人生のメインイベントが立て続けに向かってきたわけで、かなりテンパってた。
しかもお腹の中には新しい命が宿っていたんだよなあ……というか、もうこの頃は臨月間近で、情緒も乱れまくってたから色々大変だったなあ……
要するに、彼女がまだ大学在学中にも関わらず……なんとゆーか愛情が暴発して、授かってしまったということなんだが……その結果、急ではあるがユイが大学卒業してすぐに結婚することになったんだ。
なんか色々スミマセン、お義父さん……多分オレは嫁さんの実家に対しては一生頭が上がらないと思う。
そんな都会育ちの嫁さんにとって、この地がちょっとでも暮らしやすくなるように、オレはもう張り切って庭の手入れをしたもんだ。
毎年春を迎えるたびにせっせと草を刈り、庭の主役的存在である梅の木の枝を落とし、植栽を整え、合間に虫たちを可能な限り敷地外に排除し……そんなこんなを続けて、気がつけば10年だ。
10年目の我が家においても相変わらず、嫁さんのメンタルのケアと家族の平穏な生活のためにも、庭の手入れは最優先の重要なミッションなのだ。
しかし入居してから10歳年をとったオレはついに40歳。もう立派なおっさんとなってしまった……。
情けない話だが、ぶっちゃけ疲れが貯まって動けなくなる日も増えてきた。
最近は特に、庭の手入れ作業を重労働に感じてるってことは、オレも衰えたってことだよなあ。
……ちょっと面倒になってきてるのを自覚している。
そんなワケで、今年もちょびっとサボって放置気味に先延ばしてた結果、現在こうやって汗だくで作業する羽目になったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……パーパー!……ちょっとー!……パー! パー!……ってばあああ!」
ん? なんか声が聞こえるなあと思って振り返ると、娘のコトネが真っ赤な顔で呼んでいた。
草刈り機を使ってる最中は、エンジンの爆音で周囲の音が聞こえづらいもので、オレを呼んでることに気づいた時の娘は、かなり大声を出して疲れたのかキレ気味になっていた。
ゼエゼエと肩で息をしている……あ、結構長い間オレを呼んでたのかな?
ごめんごめん気づいてなかった……だってお前10歳のわりに背がちっちぇしなあ……。
「どうしたのよー? なんか用かー?」
草刈り機のスイッチを切って、娘の方に向きながら話しかける。
「もう! ずっと呼んでたのに全然気づかないじゃん!」
……あ、まだ怒ってるね。
「ママがー! ちょっと早いけどー! あと30分くらいで晩御飯にするって! 伝えて来てってー!」
もう草刈り機の爆音はないのに……まだ大声出してるよ……
「へいへーい」
「……なんで庭じゃないとこまで草刈りしてるのー?」
あ、気がついたのか、普通の声量に戻しよった。
「……あー、山下さんに頼まれたんだよー。ちっちゃい神社があるらしくってさー」
我が家の裏っ側はちょっとした山で、ご近所に住んでる地主の山下さんが自分の手で管理されている。
だけど山下さんもご高齢のため、ここ数年はなかなか山の手入れが出来ず、なかでもウチの家の裏側にあたる麓は、まったく手入れがされていないボウボウの藪となっていた。
そこに野ざらしの小さな鳥居があるのは知っていたが、その奥がどうなっているかは知らなかった。
山下さんとの世間話の際に、そこに大社の末社のような有名なものではないが、一応ちゃんとした感じの土地神を祭ったような小さな神社があることを聞いた。
オレ……10年住んでるのに初めて知ったよ……
慣れない土地に来た若い家族に対していつも優しく接してくれた山下さんには、本当に色々とお世話になって感謝しているので、恩返しというか、何か手伝いが出来ないかと思って申し出たら大層ありがたがってくださって、神社の救出と整備をさせて頂くことになっていたのだった。
せっかく重い腰を上げて庭の草刈りをやったので、ついでにこっちの手入れも一緒にやってしまおうと思いたったのだ。
「りょうかーい。もうちょい手入れやってから戻るわ~。ママに言っといて~」
家に戻るコトネを見送りつつ、一息入れたついでにタバコ休憩をとることにする。
1mmの軽い洋種をふかし煙を吐き出しながら周囲を確認する。
もう1時間くらいやってたかな? 草刈りで汗を流した成果はバッチリだ。
鳥居から20mほどの距離の藪を開拓した結果、2本の小さな灯篭と、赤い屋根の小さな祠が姿を現していた。
あとは祠の後ろの藪を刈れば大体は恰好がつくなあ……そこまでやれば今日はOKかな。
そう決めたオレは吸殻をポケットの携帯灰皿にねじ込み、再びエンジンのスイッチを入れた草刈り機を振り回し始めた。
この辺は、結構太い草や周囲に茂った木から伸びた根っこ、はては竹ノコまで生えててなかなかに手ごたえがある。こりゃ骨が折れるなあ……とりあえずガンガンやっちまうかあ。
作業を進めていくと、ギャリギャリギャイン! と草刈り機の刃が悲鳴を上げた。
おっと石でも落ちてたかな? ……ん? 金属っぽいのが落ちてるな? 空き缶かな?
捨てられた空き缶にしては……小ぶりで細いし、なんか変だなあ……と思ったが、あまり気にせず蹴っ飛ばして草刈りの範囲から排除する。
……何か嫌な感じがした。
吹っ飛んでいくそれが、鈍い光とかすかな音を発しているような……。
まあいいか。
オレは気にしないようにして、そのまま草刈り機を振り回して草刈り作業を進めた。
ウイーーン……ウイーーン……バリバリバリバリ!……ズバシャアア!
夕方の裏山に響く草刈りの音……に混じって、なんか変なもん切った音が!?
……なんとなくいやな感触があった。
草刈りしてる時に、カエルとか、ヘビとか、藪の中に隠れた小動物を、草ごと刈ってしまうことがたまにあるのだ。
あ~……やっちまったか……!?
機械を通して手元に伝わった感触に罪悪感を感じながら、刈ったばかりの草の束をかき分けてみる。
……ん?……んんん!?……なんか……ちっちゃいのが倒れてるぞ!?
……なんか……え?……人?……んんん!?
……そこには胸部をバッサリいかれて虫の息となった10cm程のなにかが倒れていた。
半ば断ち切られた胴体から大量の光る液体をドクドクと流している……。
……なんじゃあこりゃああぁああ!?
ちっちゃくて……人間みたいな格好で……動物の様な頭部……??
……えーっと……これってもしかして……獣人?……なのか?
ただし、よくアニメとかゲームに出てくるケモミミで有名な、あの獣人……では……ない。
……ない気がする……
だって……倒れてる姿を何度もガン見してるけど……どうみても人間の体っぽいのに、頭部だけ……ネズミ!? の頭だ……
アニメとかで見る獣人ってのは、こんなにリアルな動物の顔をしていないじゃん……
なんかキラキラしたモンが色々くっついた、豪奢なスーツっぽい服。
ネズミ然とした頭部は、金色に輝いた光沢のある体毛。
クリックリのつぶらな瞳は涙で濡れたように光っている。
……なんですか……これ?
「……我の名は……ヴィシュバー・クルマーン……創成の魔王……魔王……魔王……」
……口から光る液体を溢れさせながら……苦しそうな声が……耳の奥で反響する。
……しゃべったあああぁあ!?…………ガクブル……