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こっちの日常 2

 ちなみにウチの嫁さん、名前はユイ。授かり結婚した時はオレより8歳若くて22歳。


 オレは結構可愛いと思ってる。

 よく職場の連中に「後藤さんの奥さん若くていいなあ!」などと言われてヘヘヘとなってた自慢の嫁だ。

 でも、上の子が10歳、ショウが7歳になったってことは、嫁さんもその分歳を取ったわけで。


 最近なんとゆうか、貫禄が増してきた。

 あとちょびっと体重もね……


 さらに育ちが関西ってこともあってか、神奈川の田舎育ちのオレは完全に力関係で負けている。

 女心のわからないオレ。

 とにかくつまらないことで嫁さんを怒らせない。それがオレにとっての最優先ルールだ。


 朝の二悶着を思い出してたら、また脇から汗が噴き出した気がするぞ……


 もっと相手の感情をコントロールして、うまく優位に立てるような交渉術のスキルが欲しい。

 まあそんなもんは無いので自力で立ち向かうしかないっすよねえ……がんばれオレ。


「あらー、シミになってる? まあこの暑さだし、しょうがないよー(ヘラヘラ)……それよりショウのとこにボール回ってくるかもだぞ、あいつ今日ポジションいい感じに取れてるし!(キリっ!)」


 あくまでポーカーフェイス。汗はかくものです。

 こんな暑い日は、脇ジミなんて別に恥ずかしくもなんともないっす。

 といった姿勢をキープ! ハハハハハ。


 なんたって今日は息子の初試合だぜー。


 まあ練習試合なんだけどさ。それでもなんとなく活躍の予感。

 だって、サッカーはじめたばっかりの小学校1年生の集団なんてさ、みんなで一斉にボールを追いかけまわしてダンゴ状態になるのが普通だ。

 なのに、ウチの息子はちゃんと空いたスペースをキョロキョロと探し、トコトコと移動し、ビシっと手を挙げて「へいっ!」とかやってる。感心だ。


 サッカーを始めてから息子はすっかりハマってしまって、色々気になり出したらしい。

 テレビのスポーツニュースでも、サッカーの映像が流れると貼りついて見るようになった。ちゃんと試合も見てみたくなったようで、録画を頼まれた。

 どうせなら最高峰を見せようと、BSでやってたクラブチームのヨーロッパチャンピオン決定戦を一緒に見たときなんか、キラキラした目でバルサミコのベッシのプレーを食い入るように見てたしなあ。

 すっかり、憧れのスーパースターになったらしい。つい最近までは仮面らいだーだったのにな……成長って早いなあ。

 2時間程の試合を全部見て「あれはなんで?」「今のどうやったの?」と選手のプレーに質問攻めだった。

 よく集中力を切らさなかったもんだ。それだけハマったってことだなあ。


 中学・高校と6年間サッカーやってたパパとしては、頼られるのが嬉しくて一個一個丁寧に教えてやったよ。

 もちろんベッシみたいなプレーなんて出来ないけど、父ちゃん知識だけはパネエんだぜ息子よ。


 そして今。その時覚えたベッシの動きを、自分なりにキョロキョロトコトコビシっと一生懸命再現しようとしている我が息子。素直だなあ……可愛いやつめ。


 体力配分など考えず、全力でボールをおっかける子供たちを見ていたら、不覚にもグッときた。

 突然、目頭が熱くなってきて焦った。これが年とともに涙腺がゆるむってやつかー?……やばいやばい。

 40にもなったらさあ、例えば全力で歌って踊ってるアイドルなんかが急に気になったり、高校野球の全力プレイのダイジェスト見てるだけで込み上げるものがあったりさ、とにかく全力プレイに感動しちまうようになってくるもんなのさ。


 心の中でそう独白してたら「いけー!ショウがんばれー!」「ショウくんがんばれー!」と、娘と嫁さんの応援してる声で我に返った。おお!? ショウガいい感じにボール蹴ってる!


「いけー!!」


 オレも、二人に続いて応援の声を出す。

 考え事したらいつの間にか応援が疎かになっていた。応援と考え事が同時に出来ない不器用なオレ。

 ああ、複数のことが同時に処理できるスペックがオレにあればなあ。並行思考みたいな?

 

「そっちじゃなくて広い方にドリブルしよう! 周りはまた団子になってるよ! 広がってー!」


 無い物ねだりをしてたオレの耳に、ショウのチームのコーチが出した指示が聞こえてきた。

 あの人は……ショウの同級生のパパさんだったっけ……

 サッカーが上手いし子供達へのコーチ経験も豊富にあるからって、チームのコーチになったんだっけ。

 それに比べて、同じサッカー経験者のオレは汗だくで応援してる。

 すごい差だよなあ……

 やっぱり疎かになる応援を自覚しながらまた考えてた。ショウがサッカー始めたばっかりの頃を。



 ◇◇◇◇◇



『パパ!サッカー教えて!』


 そう言って誘ってくる息子からの信頼が嬉しくて、よっしゃあ! まかせとけい! と、近所のでっかいグラウンドがある公園に行った。


 一緒にボール蹴って一緒に走って……そして、すぐにゼエゼエハアハアで動けなくなった。


 最初こそ『よし! パパが教えてやるぞ!』などと息巻いていたのに……全然動けない。


 すこし離れた場所では同じ様に親子でサッカーをしている人達がいる。

 オレより細くて、オレより背が高くて、オレより若くて、オレより高そうな時計つけて、オレよりカッコいいパパさんが、颯爽と華麗なテクニックをちりばめつつ、お子さんにサッカーを教えている。


 つい比べちゃってマジでへこむ。


 もっと若かった頃、もっと体が動いたあの頃、現役でスポーツしてた学生の頃。

 もっと本気でやっときゃよかった……サボらずもっとできたハズだ。

 結婚してからも、もっと節制して筋トレでもやってりゃよかった。

 そしたらオレも、このパパさんみたいにもっと子供にカッコよく教えてやれたかもしれないのに……


 マイナス思考をしてたら気持ちがどんどん落ちてきて、ショウとボール蹴ってるだけなのにゼエゼエハアハアも重症化してきた気がする。

 すまんショウ、しばらく一人で練習しててくれ……

 父ちゃんはへたり込みます。


 そんなこと考えながら、休憩してたら『パパ!』と呼ぶ声。


『パパ! 大丈夫! またこようね!』


 隣のイケパパの様子をしばらく見ていた後、なにかしら気を使った息子がセッセと帰り支度をしながらオレに言った……


 ああ……子供に気を使わせちまった……何が大丈夫なものか……すまん、息子よ。


 最近全然運動してなかったデスクワーカーのパパは、まったくもって体力を失っていたよ。


 格好悪いパパでごめんな。



 ◇◇◇◇◇



 そこまで記憶をなぞってふと我に返る。


 目の前でグラウンドを全力で駆ける息子の雄姿を見てたら、その時のことを思い出しちゃってたんだなあ……


 溢れてくるたくさんの「もっと」は後悔だ。


 これはきっとパパあるあるだ。

 正確には「いまいちなパパあるある」かな。


 子供が生まれて、育って、大きくなった頃に、パパは衰えていくんだ。

 子供からの尊敬を勝ち取るために一緒にやりたい気持ちだけが空回り。

 この頃にはもう体は思うように動かない


 そんな「パパの悩みあるある」じゃないかな?


 例えば、ゲームのようにランクがついたとしたら……今のオレは、Cランクってとこかな。


 オレも今年で40歳だ。


 身長? 体重? 容姿? 財力? 才能?……なんすかソレ? スペックは普通中の普通さ。

 ぽっこり下っ腹だけはCマイナスまでランク落ちちゃうな


 ……嫁さんと出会った頃はBランクだったかな……


 もっとバリバリ仕事してた。

 不景気に変わる金融ショックの前だったから、もうちょっと稼ぎもよかった。


 休日は職場の仲間とフットサルをして、毎週末に健康的な汗を流してた。

 チームで揃いのユニフォームをつくったり、発売されたばっかりのド派手な有名海外選手モデルのシューズをはしゃいで買ってみたり。

 でも仕事も頑張るほどに忙しくなって、子供が増えたことで負担が増えた嫁さんのために、なるべく休日も家にいるようになって。

 いつの間にか、コートから離れて行った。

 転職した今となってはあんな環境は望むべくも無い。

 もうオレがサッカーやることもないのかもなあ……


 ガキの頃から通ってる空手道場にも、大人になってからもしばらくは顔を出してた。

 道場生の子供たちに人生の先輩として歓迎されて、一緒に並んで得意だった型をやったり、ミットを受けてあげたり。

 でもそっちもフットサルと同じ理由で行かなくなった。

 しばらくして、娘のコトネが道場に通うようになったので久しぶりに行ってみた。

 もう脚が上がらなくて上段が蹴れなくなっていた。

 まあ元々背もそんなに高くないから大して蹴れなかったけどね。


 いつの間にか会社と家庭との間を往復するだけの人生に変わってた。

 自分の趣味に費やすような時間もお金も余裕も無くなって。


 気が付けばオレはCランクになっていた。


 仕事もイマイチ乗り切れてない状態が続いてる気がする。

 体力なんて20代から比べたら信じられないくらい落ちた。

 腰痛まであるし……ついでに不摂生で腹も出た。

 職場の女性達からだって、昔と違って男ではなく人間としての対応されるようになった。

 

 そんなのも全部、結局オレ自身のせいなんだよなあ……

 

 メンタルがやばい。癒しが必要だ。

 ハァ〜こんな時に身も心も治癒できちゃう能力があればなあ……


 反対側の対戦チームの保護者の中に、二度見しちゃうくらいオシャレで爽やかなあの時のパパさんを見つけた。

 隣には清楚でぱっちり美しい奥さんが寄り添ってる。


 (あれ……Aランクだなあ)


 Cランクのオレは、またちょっとネガティブな気持ちになった。

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