こっちの日常 1
「ジジジジジ……」
これはよくわからんセミかなにかが鳴いてる音。
「ジジジジジ…………」
これは真夏の太陽の暴力的な光線が地面を焼く音。
「……あっちいなあ……」
キャアキャアとサッカーマム達の歓声がグラウンドに響く。
小学生にあがったばかりの子供たちのサッカーの試合だ。
オレは試合中のコートを囲んで観戦してる保護者の列に、嫁さんと娘と仲良く揃って加わっていた。
試合に出てる息子のショウが、ボールを追いかけて駆け回ってるのを応援していたのだ。
今日は新一年生が地元のサッカークラブに入団してから初めて迎えた試合だから、保護者が大挙して詰めかけてる。
まあ日曜だしなあ。試合中のサッカーコートの周りには、この炎天下の中で汗だくになってカメラを構えるパパやママにじいちゃんばあちゃんなどの保護者達。
熱中症とか大丈夫か心配になっちゃうよ。
とかいいつつ、オレの方も汗びっしょりだ。
すでにもうシャツの脇はどえらい感じに変色している。
なんだよ今日の太陽、セミの音と同じくらいの音で地面を焼くなんて、世界を終わらす勢いかよ。
マジで熱い。あっちい。
炎天下とはよくいったもんだ。
汗が止まらないぜチクショウ。
この太陽の暴力すら防げちゃうような結界とか張れる能力が切実に欲しい……
なんてアホなことを考えてたら試合の後半が始まった。
ショウたちも汗びっしょりだなあ。
それにしても、服のチョイスをミスったなあ……
絶対汗かくのわかってたのに、お気に入りのグレーのシャツ着て来てしまった。
おかげでオレの脇はみっともないくらい汗で変色しちゃってる。
人生とは選択の連続だ、とは何のキャッチコピーだったか……とにかく生きてる限り、何かしらの選択を繰り返してるわけです。
今朝のオレが服選びで選択したのは、最近ぽっこり出てきた下っ腹を程よく隠せるシルエットの、お気に入りのシャツだった。
素材と色的に脇汗が目立つかも……なんてチラっとも考えなかった。
あとビシっと髪型が決まっちゃったので、帽子かぶらずに来たし……おかげで今クラクラきてます。
はぁ〜……失敗したなあ。
絶対チョイスをミスらない神の啓示を聞ける力があれば欲しいよ。
そんな後悔と反省をしていたのは、隣からヒリヒリとプレッシャーを感じたからだ。
しかし気づかないフリをしてポーカーフェイスバリアを張る。
「だからゆうたやん……あほやねえ……」
一言でペラペラのバリアをばっさりと切り裂いてきたのは、ジト目でオレを見る嫁さんだ。
朝の服選びでひと悶着、いや、ふた悶着あったためか容赦の気配はなさそうだ。
「……べ、別に問題ねえし……」
「いやいや、脇ジミの主張がエグイんですけど……それで問題ないんやとしたら、私の感覚がおかしくなってるんですかねぇ……(ジットリ)」
嫁の放つ嫌味のジャブにえぐられたオレの心。
「パパ……やだあ……」と娘の声が追撃する……うぐぐぐ。
あ~、やっちまったなあ。
思い返せば、今朝の着替えタイムの時に、さもあらんことを察知して忠告をくれた嫁さん。
「あー、うん」とか適当に聞き流して、忠告を無視した形で服を選んだオレ。
そういえば、隣で着替えてた嫁のこめかみがピクリと動いていた気がする。
たぶん、サッカーマムの面々を意識して服を選んでいたのがバレていた。
だって……子供の初試合だから、ママたちは気合入りまくりだ。
中には若くて可愛いママさんもくる。
エレガントで美しいお母さまもいらっしゃる。
もしかしたら、びっくりするくらい綺麗な大人の女性になった昔の同級生とかと奇跡の再会をしたりして。
ちょっとでもカッコよく見られたいよなあ!……などと邪に考えてオシャレを心がけたオレ。
ひょっとしたら楽しくおしゃべり出来て「……ショウくんのパパっておもしろいんですねえ(キラキラ)」……とか「……ショウくんのパパってかっこいいね(ハート)」とか……あったりしてさあ!……などと想像し、鼻歌フンフーンと浮かれていた。
なんとなく嫁さんの圧力を感じて背中に悪寒が走る。
振り返ってみた嫁さんの顔には、怒った時によく使われる血管ピクピクのマークが貼りついてるように見えた。
やばい、だいぶピキピキきてそうだ……
『朝から不機嫌な顔してると、可愛い顔が台無しだぜハニー!(ニッコリ)』
神に誓って言うが、オレは不機嫌そうな嫁に軽快なフォローをいれて空気を作り直すつもりで言ったのだ。
『はああ!?……なんでウチが不機嫌やねん!(怒)』
……失敗した。オレには女心を掌で転がすスキルはない。切実に欲しい。
嫁さんは本格的に不機嫌になった。
これが今朝のひと悶着。
今日はこれからせっかくの息子の初試合なのに、朝からやってしまった。
なんか方向転換して空気を変えないとなあ……
『もっと汗かいても大丈夫な恰好のがいいんちゃうの?』
不機嫌なまま言う嫁さん。
チラっと見ると、形のいいお尻をプリンとさせながらスキニーにねじ込んでいる。
あれ? あなた……それはつい最近買ったばっかりの、一番お気にいりのズボンじゃないですか?
さらに海外ブランド(格安系)で買ったお気に入りのシャツを鏡に向かって合わせている。
ははーん。キミも意識しているね?
試合の応援に来るパパさんや、サッカークラブのコーチなど、カッコいい男が何人かいるもんな。
己のことを棚に上げてちょっと嫉妬したオレは、言ってはいけないことを言ってしまった。
『ちょっとそのスキニーだと太ももがパツパツできつそうに見えるんじゃないかい?』
思わず口に出してしまって即座に後悔した。やっべえ。
嫁さんは、最近体重が増えたのをメチャクチャ気にしている。
毎晩1時間ほどかけてみっちりとヨガ的な運動に励んでいるぐらいだ。
そんなに頑張るなら、運動後に必ず食べるご褒美のおやつをやめればいいのに……
そう思いながらもオレも応援してるし、たまに付き合ったりしている。
なのに、体形的なことについ触れてしまった……
『はあぁぁ!?(怒)』
あ、顔色変わった。
絶対またピキピキきてる……ヤバイヤバイ。
なにかフォローを!
『いやあ、ユイはめっちゃいいお尻と太ももしてるから、他のパパさんとかにジロジロ見られちゃうんじゃないかって思ってさあ!』
能天気6:嫁スキ4の空気を演出する。
『ふん……うっさいボケが……』
小声でガラの悪い暴言を吐く嫁さん。
ダメだ、演出失敗。
機嫌が悪すぎて無駄だった。
『あんた、なにやら気合い入った格好してるけど、そんな服着たかて、その腹周りは隠せてへんよ! 昔はもっと痩せてて良かったのに……すっかり下っ腹の出たおっさんやんか! ダイエットしい!』
バッサリきた。
怒りがダイレクトに言葉に乗っかってます。
ううう……。
それが今朝のふた悶着。