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神様はそこにいる  作者: 村崎羯諦
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もう一つのプロローグ

「大丈夫ですか?」


 私はその声に反応し、うっすらと目を開ける。視界には灰色のコンクリートしか映らず、どうやら自分がどこかの道路でうつぶせになっていることをぼんやりと理解した。頭を打っているのか軽い頭痛がした。

 私は小さなうめき声をあげながら、ゆっくりと顔をあげ、声のする方へ顔を向ける。

 そこには私の兄貴、水前寺愁斗がいた。

 ああ、なるほど。私は今夢を見ているのか。私は兄貴を見つめながらそんなことを考える。兄貴は高校の制服を着ていて、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。


「えーと……立てます? 大丈夫そうじゃなかったら救急車呼びますけど……」


 兄貴はそういうと、私に手を差し伸べた。私は手を握り、ふらふらと立ち上がる。握り締めた兄貴に手は暖かく、まるで現実世界にいるかのような錯覚さえ覚えてしまう。

 私は改めて兄貴の顔をまじまじと観察した。見れば見るほど、私のよく知る兄貴だった。服装と姿形からちょうど六年くらい前だろうか。夢だとは思えないくらいにリアルな再現だと私は感嘆してしまう。

 兄貴は私ではなく、私の後ろを神妙な面持ちで見つめていた。いったい何を見ているのだろう。ぼんやりとした頭でそんなことを考えていると、突然兄貴は私に背を向け、走り出した。もちろん私の手を握りしめたまま。


 私はわけがわからぬまま一緒に走り出す。兄貴は何かを確認するかのように時々後ろを振り返ったが、何の説明もしてくれない。私も兄貴につられ、後ろを振り返ってみる。するとそこには、スーツを着た男二人組が私たちの後を追いかけているが見えた。


 兄貴はやつらから逃げているのか? いったいどんな理由で? 


 二つの疑問が頭の中を駆け巡るとともに、私の頭は次第にクリアになっていった。気が付けば頭痛は収まり、視界も鮮明になっていた。


 これは本当に夢なのか?


 思考が本来の調子を取り戻すとともに、ふとそのような疑問が浮かんでくる。握り締めた手のぬくもり。早まる鼓動。走るたび足に伝わる振動。何もかもがリアルだ。

 私は走りながら周りの風景に目を向けた。私はこの場所を知っている。ちょうど家の近く。私の住み慣れた近所の風景だ。それも私がまだ小学生だった時の風景。無くなっていたり、変わっていたりしているはずの家や建物が昔の姿のままなのだ。


 私は足を動かしながら必死に頭を落ち着かせる。間違いない。これは夢じゃないのだ。つまり、私の作ったあの魔術式は決して失敗ではなかった。『時空跳躍』の魔術式は成功したんだ。


 私は目の前にいる人物に目を向ける。

 目の前にいる兄貴は本物。その事実は私の胸をかつてないほどに高ぶらせた。

 私は泣きそうになりながら兄貴の手を強く握りしめ、心の中で叫ぶ。








 兄貴!!








 私たちはそのまま近くの細い路地に入り、足を止める。どうやら追手を無事に巻くことができたようだ。

 久しぶりの運動と兄貴に会えた興奮のせいか、息切れがひどい。それは兄貴も同じようで、私たちは黙ったまま塀にもたれかかり、呼吸を落ち着かせる。


 沈黙が流れる中、私は必死に今の状況を整理しようとする。私はタイムリープに成功し、そして何の偶然か兄貴と出会い、正体不明の追手から二人して逃げた。支離滅裂だが、これが現在置かれた状況だ。


 しかし、それと同時に自分がまずい状況にあることを悟る。


 ここに来る前に決めていたじゃないか、兄貴を助ける寸前まで絶対に自分の正体をばらしてはいけない、そしてそのために兄貴たちとの接触を避けるべきということを。今の今まで、タイムリープに成功した興奮からそのことを失念していた。

 浮かれていた気持ちを戒め、私は改めて今後の行動を考える。

 兄貴に会えたのは嬉しい。油断すれば涙が零れ落ちてしまいそうなほど。しかし、私の目的はタイムリープそのものではない。兄貴を助けることなのだ。幸いなことに兄貴は私の正体にまだ気が付いていない。兄貴があの二人組から逃げた理由などいろいろ気になることはあるが、兄貴に気づかれる前に、さっさとおさらばするべきなのだろう。心が痛むが、わざと冷たくあしらうように振る舞う方がいい。これは私の目的のためなのだ。一時の感情に流されないためにも、私は心を鬼にすることを決めた。


 しかし、その時。私は突然兄貴から話しかけられた。


「……俺は水前寺愁斗という者なんだが、お前の名前は?」


 その質問に私は身体が固まった。


 名前? 名前!


 私は瞬時に自分がしでかした痛恨のミスに気が付く。どうしよう。偽名をあらかじめ決めてこなかった。

 私はパニック状態になりながら、必死に聞こえなかったふりをすることに徹した。名前なんてこんな最初に必要になるなんて考えてもみなかった。過去に着いてからすぐに知り合いに出会うなんて想定していなかったから。

 気まずい沈黙が流れる中、私は必死に適当な名前をひねり出そうとした。しかし、案が浮かび上がる前に兄貴がコホンと咳ばらいをし、再び質問をぶつけてきた。


「……俺は水前寺愁斗という者なんだが、お前の名前は?」


 私は同様のあまり、思わず身体をぴくりと反応させてしまった。まずい。今ので聞こえないふりがばれたかもしれない。

 これ以上はごまかしきれない。早く、早く名前を思いつかなきゃ。なんでもいい、小説とかアニメの登場人物の名前でもいいんだ。しかし、この六年間というものそういった類のものに全く触れてこなかった。そのため、瞬時に思いつくような名前が出てこない。


 私の動揺がピークに達したその時、まるで啓示のように、ふとあるアニメの存在を思い出した。それはちょうど私が小学生のころ、夢中になって見ていたアニメだった。


「お前の名前はなんていうの?」


 私と同い年くらいの少女が、魔法を使い、悪者たちをやっつける。とても単純で、ありきたりなアニメ。

 その登場人物の中でも、私はあるキャラクターにとても入れ込んでいた。強く、気高く、やけに大人びた口調で話すそのキャラクターは、小学生の私にとってすごく魅力的に感じられた。確か、そのキャラクターの名前は







―――いいか、兄貴。この機会に覚えとけよ。右からミカエル・オルツァイガ、ガブリエル・リリ、ラファエル・アッテング。そして、一番左にいるのが私が一番好きなキャラ―――








「……ウリエル」


 その言葉が自然に口からこぼれ出る。そして、それと同時に私は自分の発した言葉に顔を赤らめてしまう。

 何を言っているんだ私は? なぜよりによってこんなふざけた名前を言ってしまったんだ? 案の定、兄貴は呆れ顔を浮かべていた。私たちの間に再び気まずい沈黙が流れる。


「すまん。よく聞こえなかったから、もう一回言ってくれないか」


 私は言いようのない後悔に襲われる。しかし、もう後の祭りだ。どう思われようとこの名前で押し通すしかない。どうせ、この後すぐに別れるのだから。

 静かに息を吐きだし、半ば投げやりな気持ちで覚悟を決める。

 私は顔を上げ、私にとって誰よりも大切な人に目を向けた。

 そしてできる限りよそよそしい口調で、つぶやく。


「ウリエル・ソートハント。……それが私の名前だ」

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