表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様はそこにいる  作者: 村崎羯諦
92/95

救済計画

 私の目の前には、何百行にもわたって綴られた魔術式が広がっている。白いチョークで埋め尽くされた倉庫の床は壮観な眺めだった。


 私は深呼吸をしながら高ぶる気持ちを必死に抑えようとした。しかし、そんなことなどお構いなしに心臓の鼓動は早まっていく。私は大きく息を吸い込んだ。そして自分だけに聞こえる声で、完成したとつぶやく。

 私が魔術師になってから一年。兄貴が死んでから六年。短いようで、とてつもなく長い時間だった。


 それでも。それでも私はやり遂げた。『時空跳躍』の魔術式を完成させたんだ。



 私は倉庫の隅に置いてあったスーツケースを魔術式の近くに持ってくる。

 手ぶらで過去に行くわけにはいかない。服をはじめとした生活用品、そして何よりもお金の準備が必要だ。最初私は六年前に発行された紙幣だけを過去に持っていくことを考えていたが、もしかしたらそれをもとにしたちょっとしたトラブルに巻き込まれるかもしれないと思い、換金できる宝石などを持っていくことにした。身分証などは過去で魔術を使って偽造するとしても。やはり無一文では何もできないだろう。あとタイムリープする以上、携帯と言った連絡手段を持っていくこともできない。まあ、現地調達できるだろうから心配はいらないけれど。


 そういった持ち物はすべて大きめのスーツケース一つにまとめた。現地調達を基本としているからか、案外荷物は少なく済んだのだ。


 私はもう一度だけ大きな深呼吸をする。


 すでに何十回もやっていたが、念のためもう一回だけ確認をしておこう。過去に戻ったあとのことについて。


 スーツケースに詰め込んだ宝石やらを換金することがまず第一に必要だ。そして、それさえ済めばあとはそれほど心配する必要はない。どの時代においても、お金さえあれば大抵の行動が保証されるのだ。今までカンパニーからもらっていたお給料をそっくりそのまま持っていくので、それほど衣食住に困ることはないだろう。

 その後すぐに兄貴の死の原因について調べる。しかし、これもあまり心配しすぎる必要はない。タイムリープ先の時間は大分余裕をもって設定しているし、直前に私が因果律を少しいじくれば兄貴の死はキャンセルされるはず。根拠はないが、それでもそう信じるしかない。


 そして、それを実現するために必要なことがある。それは可能な限り他の因果律をいじくらないようにすることだ。もし下手に因果律が代わってしまった場合、事態がもっとややこしいことになる恐れがある。私の目的はただ兄貴を助けることだけ。だからこそ、できる限り確実性を上げる必要がある。失敗はできない以上、注意を払いすぎるに越したことはない。そのためにも兄貴、いや、兄貴の周りの人間全員に私の正体を知られてはいけない。よほど必要ではない限り接触は控えるべきだし、またその際にも自分が水前寺あずさであることをほのめかしたりする行動は控えるべきなのだ。


 これだけは徹底して行わなければならない。特に兄貴に関しては、師匠曰く強い魔力を持っていたらしいから、『印象操作』の魔術も効かないと考えるべきだろう。


 私はそう自分に言い聞かせながら何気なしに自分の髪をなでてみる。

 自分の正体を少しでも隠すため、私は思い切って、今までずっと伸ばしてきた髪をばっさりと切った。今までずっと慣れ親しんできた長髪から、ショートヘアへと髪型を変えることにしたのだ。腰のあたりまで伸びていた髪は、今や肩のあたりまでの長さになっている。もちろん髪型を変えることで周りの目をごまかせるとは思えない。霧江さんは昔、女の子は髪型を変えるだけで印象ががらりと変化すると口癖のように言っていたが、正直本当かはわからない。単なる気休めだと考えた方がいいだろう。何もしないよりはましだ。

 あともう一点。私の知り合いに笑顔を見せてはいけない。これは葵ちゃんから気付かされたことだ。笑った時に浮き出るえくぼが、水前寺あずさの存在を想起させてしまうかもしれない。可能性はできる限り排除すべきだ。


 そして最後の問題。兄貴を助けることに成功したとして、どうやって未来に帰るのかという問題だ。未来にタイムリープする魔術式を改めて構築することはできない。過去に向かう魔術式とはまったくの別物だからだ。たった六年のうちに完成させるなんて不可能に近いのではないだろうか。

 たかが六年ぽっちなのだから、最悪未来に帰る必要はないのかもしれない。しかし、それでも手段を講じておくことに越したことはない。そして、今の私にはその当てがある。神力だ。


 タイムリープの研究と並行して、私は神力の研究も同時に進めていた、そしてある日のこと、兄貴が残した本と私の研究を突き合わせることにより、神力の一つがこの町に存在しているかもしれないことを突き止めたのだ。この事実を知った時、私はとても驚いた。しかし一方で、その事実はなぜ兄貴の部屋に神力の著書があったのか、つまりなぜH.ヴァイデと兄貴に接点があったのかという疑問が解消された。H.ヴァイデはこの町にやってきていたのだ。きっと私と同じように神力の居場所を突き止めたのだろう。そして、その探索の過程で兄貴との接点が生まれた。少し強引だが、こう考えることでつじつまが合う。


 私がこの事実を知った時、すでに『時空跳躍』の魔術式の草案がかなりの部分出来上がっていた。そのため、今までの研究成果を投げ捨てて再び方針転換する意義は小さかった。しかし、私はその事実に目をつけ、神力を未来に帰るための手段として利用できないかと考えたのだ。


 もちろん私一人だけで神力を探し出すことはできない。だからこそ、協力が必要だ。つまり、H.ヴァイデの。


 計画はこうだ。私が兄貴の命を助け、その後自分の正体を兄貴に告げる。そして、それと同時に兄貴からH.ヴァイデを紹介してもらう。もちろん簡単に協力してくれるとは限らない。しかし、こちらにはふんだんな交渉材料がある。何と言ったって私は未来からやってきたのだ。さらにこの六年、魔術式は『物質移転』の魔術を中心に飛躍的な進歩を遂げた。その技術、情報を提供することで協力はすんなりと得られるのではないだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ